第162話 きゃっぴぴぴぴぃーん☆

※ちょっとグロテスクな表現があるかもしれません。苦手な方は※から区切りまで飛ばしてください。




 出撃日。世間じゃ日曜ってやつだ。働いてるやつらは働いてるのに、なんで休みの代名詞みたいに言われんのかね。


 昨日は出先で面倒事が多くて寝るのが遅くなっちまった。クソ眠てえ。


「あ゛ー……」


《おっさんか。女の子の伸び・・はもっとこう、『うーん(はぁと)』って感じに可愛くしてどうぞ》


「それはそれで不気味じゃねえ? 中身が野郎なのは知ってんだろ」


 んー、どう動かしても体がパキパキ言わねえなぁ。体がおっさんのときは何かというとあちこち鳴ってたもんだが。ぐにょんと気持ち悪いくらい曲がるだけだわ。


「おはようスーツちゃん」


《モーニン低ちゃん。本日の出撃は2段目、9時からだよん》


 なんのかんの2段目は一番良い時間だよな。午前中で早すぎず遅すぎずでよ。さっと帰ってくれば午後は好きにできる。


 Sワールドへの出撃には『出撃枠』っていう上限があり、枠は6時・9時・12時って感じに3時間ごとにリセットされる仕様だ。


 ただし余っても持ち越せない。だから基地側は出撃するロボットの組み合わせで、できるだけ枠に余りが無いよう調整する。時間帯は抽選だ。


 お偉い親のいるパイロットが出撃するときは、しれっと緊急用の予備枠を空けてたようだがな。一般層から星天とかいう特権階級が消えた今はどうなのかねえ。


 出撃枠の数え方は機数ではなく、ほぼロボットのサイズで決まる。他にも細々した条件があるらしいが、パイロットにとっちゃ『デカいロボ=枠ドカ食い』って認識だけでだいたいOKだ。


 普通は抽選で決められる出撃時刻だが、オレは過去の報酬の一環として、一般層での出撃時刻を自由に決めることができる。この権利は国から第二都市が離脱した後も、サイタマ大統領ラング・フロイトの名の下に有効だ。


 悪いが今回はチームメイトの問題もあるし、昼より厳しくなりがちな夜間の担当は無し。なんか夜はゲンも悪いようだしな。またエリート層に出ちまっても困る。


「飯はー……いろいろ乗っけたトーストでいいか」


 スープは仕込んでるのがある。あとはサラダとフルーツと。今朝は一人分だけだからあっという間だろ。


 結局、夏堀とは今日まで顔を合わせず終い。出撃時刻は基地から連絡されたろうから、そんとき合わせることになりそうだ。不参加ならそれはそれで通知が来るだろう。


《夜に星川ちゃんたちからかなりメッセージ入ってるじぇい》


「緊急じゃないよな? なら顔洗ってからで」


 女子は端末でしょっちゅうやり取りしてるみたいだが、あいつらちゃん寝てんのかね? 分で返さないといけない縛りでもしてんのか?


 軽く身支度して朝飯を作りながら、端末に受けている連絡をスーツちゃんに読み上げてもらう。


《玉鍵さん、昨日は本当にありがとう。ゆっちゃんがご迷惑をおかけしました。こちらでも反省させるので見捨てないであげてね。今回は別の時間帯だから一緒に戦えなくて残念です。それとチームで入居について本気で考えているので、詳しい条件を教えてください》


「星川か。なんか事務的っーか、学生とも社会人とも違う変な感じの硬さがあるな」


《正解。白で13のパネルが点灯します》


「オレはいつのまにクイズ会場に紛れ込んだんだ? なんのパネルだ」


《4色で競って25のパネル取っていって、取れたパネルだけがめくれて最後のクイズで映像が見えるやつドス》


「パネルは25枚でありんしょ。間違いありんせん」


《マイちゃんはメッセージでの連絡になにかのトラウマを感じる文体だのぉ。これはやっちまった系の痛いメッセージを送ったことがあるんジャロ。ゲボハハハッ》


(口調合わせたこっちを拾わず、やることぜんぶ念力で説明つける怪物王子の親父みたいな笑い方すんなや。恥ずかしいだろ)


 今朝のトーストに乗せるのは黒コショウ振ったスクランブルエッグとカリッと焼いたベーコンにレタスと、まあシンプルにいこうか。具材のレパートリーはいろいろあるが、結局こういうオーソドックスなやつが一番うまいよなぁ。


 フルーツは残ってるイチゴでいいか。ヘタ取るだけでいいから楽だし。これにあとはヨーグルトと、キャベツとトマトと豆をくったくたになるまで煮たスープだ。


 ……ありゃ、具の原型がほとんどえわ。煮込みすぎた。


 後は食後に赤毛ねーちゃんから貰った高い紅茶でも試してみるか。淹れ方がわからんが。こういう本格的なお茶って、そこらのポットで出来るんかね?


《ああ、あと治安からもあるね。逮捕協力の感謝の言葉と『次は危ないからやめてね』っていうお小言》


「言わんとすることはわかるが、連絡してるうちに手遅れになることもあるからなぁ」


 特にタコい治安に当たると、それこそなんにもしねえしよ。するのが事故処理だけじゃ被害受けるこっちはたまんねえんだよ。


 昨日の訓練終わりに星川たちと街に行ったのはいいんだが、メンバーのひとりの湯ヶ島が変な勧誘キャッチに引っかかってトラブルになった。


 事前にあの辺をうろつくヤツは男でも女でも関わるなと、強めに言っといたのにコレだよ。


 笑顔のクセにまとってる空気がなーんか悪かったから、背後で変な連中とつるんでる連中だったんだろう。嘘くさいほど笑顔を振りまく人間ってのは、気を抜いた端々で黒い顔が零れるもんだ。


 こっちがパイロットと知ると笑顔一転、シッシッと追い払われたからそれで済ませとけばいいものを。湯ヶ島ってあんな融通効かない感じの真面目くんだったのか?


 パイロットを相手にしない=犯罪者だと感づいた湯ヶ島が妙な正義感を発揮して、その場で騒いだからおかしなことになっちまった。


 向こうが上から『手を出したらいけない相手には何があっても手を出すな』と、ちゃんと躾のできてるタコならまだ良かったんたがな。どうも悪党にしたって上も下もおつむの悪いタコばかりの集団だったらしい。


 女相手に拳振り上げたら思わず蹴っちまったわ。大して効きもしない跳び蹴りなんてするほど素人じゃないつもりだったんだがなあ。急ぎでブチ当てるにはしょうがなかった。


《あのときのゆっちゃん、ヒーロー見るみたいな目で低ちゃん見てたねぇ。両足でやる金色×バツ字系キックでカッコよかったジョ》


「あのベルト使ったら灰になるわ。ただの飛び蹴りだろ。それにしても湯ヶ島め、説教中もボケッとしやがって。反省が薄いからバックブリーカー決めてやったわ」


 あいつ肉付きいいのに体硬いのな。大して曲げてねえのに背骨がミシミシ行ってたぞ。あれなら初宮のほうがまだ柔らかいぜ。星川に言って柔軟させるか。


《そして低ちゃんの蛮族歴史がまた1ページ》


「人類の系譜を辿れば乞食だろうが王族だろうが、等しく猿から派生したバーバリアンだろ。先祖にならって何が悪い」


《『Fever!!』を待てばよかったのに。ゆっちゃんはパイロットだもん》


「そりゃ放っておけば『Fever!!』が代わりに制裁してくれたかもしれねえが、あの存在はたまに小便にでも行くのかパイロットへの犯罪を見逃すことがあるじゃん。いまいち信用ならねえんだよ」


 湯ヶ島が怪我してからじゃ遅い。


 それに殴られるというか、暴力を加えるって意志を向けられるだけで普通は恐いもんだろ。身勝手な理由で女子供に向けれていいもんじゃねえよ。


 まーあとは酷いもんだ。一人目をのす・・頃にはワラワラ出てきたタコの仲間の相手まですることになっちまった。


 こっちがパイロットと知ってさえ引くに引けなくなったようで、終いにはナイフ得物まで持ち出してきやがって。勝手に変な面子張ってる悪党ほどこういうときは始末に負えねえわ。


 何が『パイロットを引退したら会いに行く』だ。ああいう連中は大昔のヤ○ザと言ってる事が変わり映えしねえな。組のお礼参りが恐いなら逆らうなってか? あんまり腹が立ったからひとり残らず念入りにブチのめしちまったわ。


 ……最近は『Fever!!』の目に見えた粛清が無いから、どうせ平気だと高をくくったアホがぼちぼち出てきたのかもな。


 あんたも忙しいのかもしれんが、仕事しないと忘れられるぞ『Fever!!』さんよ。


 まあ性根の腐った連中なうえに刃物も出たとなれば、こっちも加減するいわれは無え。一人残らず顎なり骨なり、まともに戻らないレベルで叩き割ってやったわ。


 本当は殺した方が後の面倒が無いんだがな。さすがにガキの目の前で殺しを見せるのはよくねえ。半殺しで勘弁してやらぁ。


 スーツちゃん曰く『残虐ファイト』な光景だったようだし、殺さなくてもあんまり意味は無かったかもしれんが。数が多かったせいでお手製のメリケンサックが血塗れになったっての。


 あーあ、せっかく作ったのに使い過ぎて壊しちまったよ。自作としちゃ持った方かね。


「また得物がいるな。もっと質の良い、できれば正規品のゴツめなメリケンサックか特殊警棒でも欲しいとこだ。自作するとデカすぎてどうしてもかさばる」


 ただでさえスカートのポケットが盛り上がって見っともねえし、いかにも『武装してます』って丸わかりで奇襲し辛いしな。


《今の低ちゃんなら法子ちゃんあたりに言えば『自衛用』ってことで調達してくれるんじゃネ? 他にはミコっちゃんに言えば面白機能満載の武器を作ってくれそう》


「三島は創作に出てくるマッドサイエンティストじゃねえぞ。現実の博士キャラはひとりでシコシコ変なもん作らんて」


 そもそも学問だって分野ってのがあんだろ。一人でなんでもかんでも修得できるわけがないし、そもそも設計するのと製作だって別畑だ。学者と職人レベルの違いがある。


 何かにつけて『こんな事もあろうかと』って、トンチキなアイテム作って出してこれるやつはリアルにはいねえよ。


 それに変な機能は一切いらん。武器ってのは頑丈で取り回しが良きゃいいんだ。余計な機能満載でときめくのは中学2年までだ。


《もしくはお爺ちゃんに言えば突貫で作ってくれそう。きっと麻酔針が出たり声が変わったりするデ》


「知ってるか? 麻酔ってそこそこ危ないし民間人には調達難しいんだぜ? あの漫画の爺さん、絶対黒幕のメンバーの関係者だよな」


 あ゛ー、スーツちゃんとバカ話してると飯どころじゃねえわ。予定9時とはいえ、基地に向かう前に差し入れ作りやらなんやらすることはある。さっさと朝飯かきこもう。







<※放送中>


 治安の検死が終わり死体の片づけにきた特殊清掃業者――――身内のいない死体の処理も業務内容に含む――――の人間は、その凄惨な現場を目撃して揃って嘔吐した。


 まず、数が多い。治安から聞かされてる数は20名。だが明らかにそれ以上の死体がたった一部屋、狭い事務所の応接間に詰め込まれていた。


 ドアを開けた瞬間に死体の体が腰の高さまである室内は、その死因の残忍さもあって、見た者に地獄という言葉を連想させるほどの空間と化している。


 彼らはいずれも特殊清掃業者として勤務して10年近い。酷い死体だっていくつも見ているし、今でもふと思い出して叫びたくなるようなトラウマ級の亡骸さえ見ている者もいる。


 それでも彼らは嘔吐を堪えきれなかった。その死体がどんな最後を遂げたのか、浮かべている死相から嫌でも理解できたからだ。


 苦痛と恐怖。生物の死というものを絞りに絞り出し、こと切れる最後の最後まで己のしでかした事を後悔をさせられ続けたに違いない。


「治安に連絡しとけ。数がおかしいだろ。誰かがここについでに捨てていった、ってことは無いだろう」


 死体はいずれも同じ方法、それも極めて残忍かつ面倒な方法で殺されている。人間がこれを真似るには相当大がかりな手段を取らねばできないだろう。


 リーダー格の中年男はマスクをしていてなお口元を覆いたくなる気持ちを堪え、の数からおよその人数を数える。その数は見えているだけで30名は下らない。


 この死体の下にさらに積まれている分があることを考えれば、最終的な人数は100名近いのではないだろうかと試算する。


「これ、全員首から下が……っ」


 リーダーの横に来て気丈に振舞おうとした一番年下の若者が慌てて身をよじり、毟る様にマスクを外して再び吐いた。


 吐しゃ物がビチャリと落ちる音を聞いて、別の一人がまたもらいゲロしてしまう。


 普段であれば体育会系の性根から癇癪を起こして怒鳴り散らしているところだが、さしもの中年男も今回ばかりは部下たちを責める気になれなかった。


(生きたまま首から下の皮を剥いて、最後までじっくり中身をかき・・出しやがったのか。普通こんなになる前にショック死するだろ。それをこの人数、ひとり残らずやったのかよ……)


 想像を絶する激痛だろう。いや、ほぼ感じるのはそれだけのはずだ。思考などできるレベルではない。


 だというのに、彼らの絶望を浮かべた表情はリーダーに物語る。


 淡々と生皮を剥がれ、筋肉を削がれ、内臓を取り外されていく自分たちの体。そうやってじっくりと、まるで精肉工場の流れ作業のようにして、人間のはずの自分が取り返しのつかない体にされていく。


 その一部始終、一切合切を、私たちは最後の最後まで見せつけられて死にましたと。


「『Fever!!』……」


 間違いない。あの存在を怒らせたのだ。この死体たちは。それもここまでの規模で見つかるはいつ以来か。


 ――――仕事人としての条件反射か、リーダーは放心していながらも己の端末に入った連絡に出る。


「……はい。あ、ああ、社長。なんです? え、いや、勘弁してくださいよ残業なんて。この現場はひどいってもんじゃない。終わったらヘトヘトですって」


 端末の向こうの主は、今の現場が終わったら別の現場にも向かうように言ってきた。


 それを聞いたリーダーの男はとても出来ないと抵抗する。肉体労働としても精神的な負担の意味でも、それこそ今すぐ帰って酒でも飲んで眠りたいくらいなのだから。


「4件!? ここと同じやつがですか!?」


 社長の口にした件数に呆れると同時に、その規模と様相を聞かされた中年はすっかり店じまいの気分になった。


 この現場と同じような状況になっている場所が4件。しかもこれらはどれも暗黒街だという。


 泣き落としをしてくる社長に話はひとまずここを終えてから改めてと、強引に通話を切った中年は理由をつけてバックれる算段を始める。


 会社の言い分を丸呑みしていたら社員なんて使い潰されるだけ。適度に逃げる必要があると、これまで入っては辞めていった同僚たちを見て彼は思い知っていたからだ。


「あの……、治安から確認です。死体の中に顎の割れたものや治療されたばかりの首はあるかって」


 初めに指示を出した社員からそう聞いたリーダーは瞬間的に『目の前の仏さんを見ていないのか』と腹を立てたが、広がる光景に細かいところなど目に入らなかったのは仕方ないと溜息をついた。


「ああ、何人かいるよ。血塗れで分かりにくいが、包帯はわりと新しい感じだな」


 ――――数時間前、都市にある医療施設のいくつかから入院患者が忽然と消えるという事件があった。


 失踪した患者の素性を調べた治安は、全員にいくつかの共通点を見出している。


 本日未明、街中においてあるパイロットと乱闘になって重傷を負ったチンピラと、彼らの属する犯罪コミュニティの人間であると。






 功夫クンフーライダーの足回りを確認しながら基地まで向かう。ガキども乗せるためにCARSを利用してると用がないから、ジジイから渡された後はあまり走らせてなかったんだよな。


 まあデータ共有のために預けただけだから、特に何も変わっちゃいないんだがよ。それでもなんとなくオレのクセが付いてきてるのが分かる。乗り回しが前より楽になった。


 なんせデカすぎて足が付かないから、最初の頃は強引にアクセル吹かして振り回すようにして乗ってたからな。それに比べればマイルドな速度でも言う事を聞くようになった気がする。


「ジャスティーンに潰された辺りも、多少は工事の最中って光景になってきたな」


 ただの瓦礫の山だったところが片付けられて、足場やら遮蔽プレートやらが目立つようになってきた。前はビル群だったところだし、またビルでも建つのかねえ。


《次は天井と連結したような長いビルが建つ予定らしいゾイ。今や天板部も特権階級が激減したからね。上の土地が余ってるみたい》


 第二都市の構成するABCDの区画の他にある、上流階級用の区画は天井にある。


 名前の通り天井の岩肌に張り付く感じ存在する居住区だ。あそこに住んでる連中の多くがこれまで犯してきた犯罪が発覚して、大量の逮捕者が出ている。その結果として半ばゴーストタウンみたいになってるようだ。


 逆に言えば一気に人気ひとけが無くなるほど犯罪者が住んでたってことじゃねえか。いったいどんな区画だよ、暗黒街といい勝負だわ。


《低ちゃん、出撃の3時間前には基地にいないと怒られるデ。このペースだと遅刻だべ》


「っと、トロトロ走りすぎたな。安全運転しつつ巻いていくべ」


 アクセルをじわりと回して功夫クンフーの速度を上げる。こいつは素の馬力がありすぎて、軽い気持ちでアクセル回しただけでも猛ダッシュしちまうから気を付けねえと。


 通い慣れた道を流して基地の駐車場に辿り着く。この時間ともなればすでに1段目のパイロットが出撃待ちの段階だろう。基地全体が次の出撃のためにピリピリしてる感じがある。


 ……帰ってこいよ、ガキども。


ここからこっから更衣室に荷物置いて、整備に差し入れ渡して。十分間に合うな)


 向井は――――無料んトコか。着いたら教えてくれと、はいよっと。


 端末に入っていた向井の伝言に向けてメッセージを送っておく。有料を使わないのは節約してんのかね。


 知り合い何人かとすれ違って挨拶を交わしつつ更衣室に入る。


 有料の専用ロッカーを開いて制服や小物を突っ込んで終わり。着替えは必要ない。バイクに乗った時点でスーツちゃんがいつものジャージにモーフィングしてるからな。


《さあ低ちゃん。今こそアスカちんたちの贈ってくれた、みんなの真心の籠ったパイロットスーツに着替えるタイ》


(嫌でごわす。罪悪感を刺激する言い方はやめてくれ。ほっっっんと貰っといて悪いが、いくらなんでもあれはない。気持ちはありがたいけど真剣に勘弁してくれ)


 真心が籠ってようとあんな仮装大賞着るくらいなら、いっそ制服で乗るわ。


 いやマジで嫌だからな? 女で自分からあんなスーツ着たいってやつはそういう趣味か露出狂だろ。


 こうやってしばらく躱していけば、そのうちサイズも合わなくなるだろ。前にスーツちゃんはオレの体の成長はこれで打ち止めとか言ってたが、もうちょっとくらいは成長するって。


 たぶん、おそらく。せめて身長だけでも。


《むー、じゃあ帰ったら寮で着てよぉー。1回くらい袖を通さないとさすがに不義理では? 絶対に感想を聞かれるデ》


(……チッ、嫌な物言いを。それなら現物を一度だけ着る。それでいいだろ?)


 実際にスーツちゃんのモーフィング元になってる服はどれも一度は袖を通してる。じゃないと着ているはずの服が新品のものしか家に無いって、変な状態になっちまうからよ。


《おーし言質取っTA! アスカちん、みんな! スーツちゃんはやりましたぜ!》


(誰に何を報告してんだ……)


 オレがパイロットスーツ着るのがそんな報告するほどの事件か? いやまあ、あのエロスーツを中坊の体で着るのはちょっとした事件か。なんか誘導された気がするぞ。


 ここでブチブチ言ってると余計に何か約束させられそうだ。さっさと整備棟に行くか。


《ハイレグスーツ♪ ハイレグスーツ♪ ぼくらぁーの――――おやん?》


「(酷い歌だ……言動規制? どうしたよ?)」


 ああ、更衣室に誰か入ってきたのか。


 そういや、なんでかオレが更衣室に居ると、知り合い以外入ってこないんだよな。居る連中もすぐ怯えたみたいな顔で掃けちまうし。オレの横で着替えるのは星川たちや初宮たち、あとキャスくらいだ。


「玉鍵さぁん! ハロハローッ! おっはよー!」


「《…………は?》」


 誰だ? 派手なピンク髪? 染めてるにしてもすげえ色にしたな。それにインナーカラーとかいうやつで暗い青も入ってるか。って、いやちょっと待て!? この声にこの顔!


「な、夏堀か?」


《うーわー、思い切ったねぇ……》


 運動部らしい黒いショートが見る影もえ。ストロベリー味のチョコみたいな髪しやがって。


 もしかしてこれのせいで休んでたのか? 何かの気の迷いで派手にイメチャンしたはいいが、ふと冷静になったらお披露目の踏ん切りがつかなかったとかよ。


 あいたたたたた。もうそれしか言えん。あーあ、若気の至りで最大級にやっちまったなぁ。あいたたたたた。


「もーっ! いつまでも夏堀夏堀って他人行儀だなぁ。マコリン♪ って呼んで?」


(《あいたたたたたたた》)


 げ、元気ではあるようだ。けど、これって本当に大丈夫か? 向井がドン引きしそう。

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