第156話 合体前に解散の危機!? 新生ガンドールチーム初宮由香、離脱!
火曜。基地で訓練を終えてぼちぼち帰ろうとしていた時に長官ねーちゃんから呼び出しを受けた。オレだけじゃなく向井と夏堀もだ。
「由香がしばらくエリート層に留まる!?」
盗聴対策された長官室に案内された時点で変な案件なんだろうとは思ったが、聞かされたのは思わぬ話だった。
思わずといった感じで応接用のテーブルに身を乗り出した夏堀の腰を軽く叩いて座るよう促す。
サイタマ学園のブレザーほどじゃないが、うちの学校もわりとスカート短いんだから気をつけろよ。三人掛けのソファで隣に座ってる向井がどこ向いていいのかわかんねえ顔してるだろうが。
《うむ、ティーンらしい下着で大変よろしい。でも生地が少しヘタってるから帰りにWizardに誘おうゼ》
(ガキのパンツの感想述べてんじゃねえよ。あんな圧迫感のある服屋の犠牲はオレだけで十分だ)
入店前から入口の左右に店長と店員たちがスタンバッてるとか10代のガキへの接客じゃねえぞ。どこの金持ち御用達だっての。他の客から珍獣見る目でジロジロ見られて落ち着かねえっての。
夏堀が腰かけるのを待って長官ねーちゃんが困った顔で話し出す。ねーちゃん自身もかなり困惑しているらしく、いつもハキハキしてる言動や態度にキレがない。
「おね――――私の先輩で天野和美っていう訓練教官がサイタマに居てね。彼女がとても由香ちゃんを気に入ったみたいなの。もしかしたらパイロットとしてすごく伸びるかもって」
(訓練ねーちゃんがねぇ……)
初宮は客観的に見て……言っちゃ悪いがパイロットとしての技量は『並の下のほう』だ。
親の呪縛を吹っ切ったあとは度胸と根性だけは見せるようになったが、いかんせんガキの頃からの運動の積み上げが浅い。
そのせいで根本的に運動のための下地が体に無いから、どうしても夏堀辺りに比べると訓練の成果が出ていなかった。
そもそも本格的な運動の負荷を受け止めるための準備の段階だったからな。いくら若くても1、2ヶ月の基礎訓練程度で戦える体は出来ちゃくれねえ。体力も筋力も反射神経も、さあぼちぼち付けようかって時期だったんだ。
それでもちょっと前まで親の呪いみたいな言いつけに委縮して、意見ひとつ張り上げられなかったんだぜ? そこを考えれば今でも十分立派なんだがよ。
「そんな事が出来るんですか?」
陸上で引き締まったケツが引っ込んで、やっと前に視線を向けられるようになった向井が疑問を述べる。
まだ同級生の下着に動揺していて、若干声が上ずったのは聞こえないフリをしてやるのが男の人情だろう。
女の下着ひとつで精神が乱れるピュアな時期がオレにもあったもんだ。あれは――――あれは――――ええっと、いつ頃だったっけ?
「大日本統治では無理だったわね。でも今はラン――――フロイト大統領の方針で一般層とエリート層の交流を模索するつもりらしいの。あっ! ……これまだオフレコね。ものすっっっごくデリケートな試みだから」
「いや、そんなデリケートな話を学生に聞かせないでくださいよぉ」
《なっちゃんがもっともだナ。プロトゼッターの紹介の時もぜんぜん違う機密のロボットを見せてくるし、法子ちゃんはうっかりさんじゃのう。そこがかわいいんだけどネ》
(――――ん? ああ。余計な事を聞かされた夏堀と向井の顔色が悪いがな)
オレはサイタマのほうでこの辺の話をにおわされたから平気だが、今まで特定の人間以外は交流どころか、階層を跨いでは通信さえできなかったからな。
エリートから見れば一般は地底人扱い。一般からすれば地表の人間はほぼ宇宙人みたい感覚だもんなぁ。隔たりが大きすぎて交流と言われてもピンとこないし、いらん争いの種にしか思えないだろう。
オレが上にいたときも、二言目には地底人地底人とうるせえヤツがいたもんだ。そういやあのリボン女は底辺行きになったようだが、まだ生きてるかねぇ? あの性格じゃ戦闘前に周りの敵意買って
「
オレはゲートの不具合による偶然。初宮は誘拐でエリート層に行っちまっただけで、どちらにせよサイタマのほうから呼び込まれたわけじゃない。
となりゃ歓迎されてるとは考えにくい。場合によってはオレのときみたいにタコどもが初宮を虐める可能性もある。
それもアホなガキだけじゃなく、エリート出身ってだけでプライドの高いクソみてえな大人共も混じってだ……そんときゃ遠慮なく地表に殴り込ませてもらうぞ? セントラルタワーのエレベーター占拠してサイタマへ直行だ。
赤毛ねーちゃんや訓練ねーちゃんにもちょっーとばかし、監督不行き届きってやつを教えてやらぁ。
「扱いはたまちゃんの時と近いと思うわ。留学生という形で教育機関に通いつつ、サイタマ基地でおねえ、ンン゛ッ、和美、さんが教導するつもりみたい」
《低ちゃん様っ! 間違いないわ、高屋敷様は絶対に天野様をいつもは『お姉さま』って呼んでらしてよっ!》
(はしたなくてよスーツちゃん様。人の呼び方ひとつで興奮してんじゃねえよ)
「大丈夫なんですか? 玉鍵さんはまだしも、由香じゃ……」
「むしろ先に玉鍵がいたのもキツイかもな。嫌でも比べられる。凡人からしたらたまらないぞ」
「心配ではあるわね。でも和美さんの話だと街で問題のあった大人も学園の問題児も、今はほとんどいなくなったって言うの。だからそこまでおかしな事にはならないはずよ」
(どうかねぇ。ヤバイのが消えたらそいつらに頭を押さえられてた下位のヤバイのが顔を出すだけ、ってのが人間社会だからなぁ)
《低ちゃん、あんまりおんぶに抱っこだとはっちゃんが成長しないゾ?》
…分かっちゃいるがな。
自分の人生の責任取らされるのは結局自分だ。だが放り込まれるステージが身の丈に合ってなかったら問題だろ。
「初宮自身は受け入れているってことでいいんですか?」
奥手の初宮に畳みかけて強引に了解を毟り取ってるようなら、多少赤毛ねーちゃんたちと悶着起こしても連れ帰ったほうがいいだろう。
ただでさえあいつは親元を単身で出てきた人間だ。周りが敵ばっかりなんてところに置いておくのは、相手はクソ親とはいえそこから連れ出したオレの責任もある。
重大な決断に関わった大人として、せめて社会に出れる年まではオレが保護者代わりであるべきだろう。
「ええ。むしろやる気があるみたいよ。地表との通信の許可を出すから、みんなで話してみて」
<放送中>
「由香!? その怪我どうしたの!?」
長官室にて特別に設けられた地表との通信機会に挑んだ夏堀マコトと向井グント、そして玉鍵たまはモニターに映った少女の姿に目を丸くした。
顔のあちこちに湿布を張られその端から黒ずんだ皮膚が覗く少女の姿は、明らかにうっかりぶつけたという程度ではなく、意図的に殴られた痕であることが夏堀には分かった。
<えへっ……大喧嘩しちゃった>
「はあ!?」
あの大人しい由香がケンカ? 反射的にそう思って否定しようとした夏堀は、星川たちのグループと揉めた時のやり取りを思い出して口にブレーキが掛かる。
初宮由香という人間は本気で怒ると自分以上にキレる人間である。玉鍵との交流にさいし1日交替というルールを作る切っ掛けになったのも、画面の向こうで苦笑いする初宮の闘牛のような暴れっぷりが最終的な理由だった。
「敵は誰だ? 人数は?」
夏堀を少しだけ押しのける形で向井がカメラの前に顔を出す。普段は過剰なまでに異性に触れないように気を遣う思春期の少年でも、負傷した仲間を心配するあまり夏堀への遠慮が引っ込んでいた。
<大丈夫だよ向井君。1対1だし、お互い素手だったから>
「そういう問題じゃないでしょ! なんで喧嘩なんか!? いじめられたの!?」
<――――ちょっと、誰が
画面を食い入るように見ていた夏堀は、席に座っている初宮を背後から押しのけるようにカメラの前に現れた赤毛の少女に面食らう。
湿布の面積や腫れ方こそ初宮ほどではないが、顔に生々しい引っかき傷の痕があるツインテールの女子。
いかにも強気そうな目つきを持つ彼女は、見知らぬ人間の登場に困惑している夏堀と向井を値踏みするように一瞥したあと、二人の後ろにいた玉鍵を見てグワッと眉を吊り上げた。
<タマッ! この嘘つき! 何が初宮は大人しいよ! とんでもないバーサーカーじゃないのコイツっ!!>
おかげでこのありさまよ! そう言ってカメラに食いつき、どアップで自分の引っかき傷をビシッと指さす。
「アスカと喧嘩したのか…」
本当に信じられないという気持ちが入った声を出す玉鍵に、画面の向こうの少女は『見りゃわかんでしょ!』とますますヒートアップする。
しかしまだ何か文句を言おうとしたところを、伸し掛かられる形になっていた初宮が強引に押し退ける。
<玉鍵さん!>
画面の向こうの湿布だらけの少女は玉鍵の名前を嬉しそうに呼んだものの、そこからしばらく瞳を揺らして沈黙する。
やがて彷徨っていた目線をしっかりと前に向けて、ひとつひとつの言葉を覚悟を持って紡いだ。
<……私、天野さんのお誘いに乗って、こっちで真剣に鍛えてもらおうと思うの>
「由香!? それって――――」
<マコちゃん、私、私ね、もっと強くなりたいの。でも玉鍵さんの近くにいると私はどうしても甘えちゃう……マコちゃん、向井君、勝手に決めてごめんなさい。どうか私の我儘を聞いてください>
画面越しに頭を下げる親友に夏堀は絶句する。隣にいる向井も眉を潜めて初宮由香の下がり切った後頭部を見つめる。
彼女の言い分は、つまり新生ガンドールチームの離脱を意味していた。
<放送中>
通信を終える直前、初宮は玉鍵が自分に向けている視線と、小さな頷きの意味を受け止めた。
玉鍵は静かに初宮を見つめていた。怒っているわけでも嘆いているわけでもなく、それでいて無関心なわけでもない目。
このような表現しては、親の人格に恵まれなかった初宮由香にとっておかしいのだが――――まるで厳しくも優しい、子を見守る親のような目だった。
『仲間に迷惑をかけてでも我儘を貫きたいなら好きにしろ……ただし、不義理をした夏堀と向井に許してもらえるくらいには成果を出して来い』
その落ち着いた一言が、画面の向こうの玉鍵が初宮にかけてくれた唯一の言葉だった。
それでも通信の最後に『ちゃんとおまえの事を分かっているよ』というように頷いてくれたことで、初宮は無言のうちに応援してくれていると確信することができた。
「……なによ、気持ち悪い。泣くか喜ぶかハッキリすれば?」
心底嫌そうに眉を寄せた赤毛の少女は、初宮の座っている背もたれに肘をついて睨みつける。
「あの野郎、何が『初宮を頼む』よ。この顔見てよく頼めたもんだわ」
あー痛いと、わざとらしく痛がるアスカを初宮は珍しく皮肉気を含んだ目付きで見て、こちらも大げさに痛がりながら腫れた顔に手をあてる。
「言っとくけど私が姉弟子なんだからね? ちゃんと敬いなさい」
もたれていた肘を席から離し、アスカは垂れていたツインテールを勢いよく振ると、腰に手を当てて踏ん反り返る。
「そういう体育会系のノリが嫌いそうなタイプかと思ってたんですけど。実力が無ければ目上でもバカにするような感じで」
己の抱える不満を全力でぶつけあうような、真剣な殴り合いをした副作用か。すでにお互いの性格の根っこを理解した気がした二人は、まるで『仲の良くない姉妹』のような印象を相手に持っていた。
夏堀マコトの時といい、もしかしたら自分は言葉を交わすより殴り合いをしたほうが相手を理解できる野蛮な性格なのかもと、初宮は思わぬ自分の内面に複雑な気分になる。
「否定はしないわ。つまりアンタは二重の意味で私より
他の連中に紹介くらいはしてあげる、後は自分でなんとかなさい。そう言い捨ててアスカは通話室をひとりで出て行った。
階層を気にせず通話できるこの施設は、普段であれば特別な権限が無い者には入ることもできない。今回はフロイト大統領の意向で特別に使えているだけ。用が済んだら速やかに退室するしかない。
それでも初宮は、ドアの前でもう一度だけ振り返る。
「行ってきます」
何も映していないモニターの向こうに玉鍵たまの姿を幻視して、初宮は歩き出した。
自分をすべてから守ってくれていた大きな白い翼の、その先の世界へ。
辛くても傷ついても、1人で立っていられる自分を目指して。
初めは動揺のほうが強く困惑するだけだった夏堀は、やがて話の内容を脳内でかみ砕けると徐々に荒れだした。CARSに押し込むのも一苦労だったぜ。
夏堀はピリピリした空気のまま、車内の窓から外に視線を向けていた。別に見飽きた風景を見てるわけじゃない。オレの顔を見てるとつい愚痴りたくなるからだろう。
…夏堀が怒るのも無理は無い。初宮の突然の脱退はチームを組んでいるオレたちからすればマイナスでしかないからな。
けど、あいつはずっと親の言いつけって呪いに縛られてたんだ。それがやっと我を出せるようになった。
初宮、おまえのやったことははっきり言って不義理だが、一回くらいは好きにすりゃいいさ。我儘のひとつも言わずに育つほうが不健全ってもんだ。こっちのフォローは任せときな。
とはいえ、目下の問題は解決法が見えなくて頭が痛え。どうすっかね?
《ロボットの選定からやり直す? いっそゼッター続投という手もあるナ。低ちゃんは問題ない。あるとしたら陰キャ君となっちゃんだニィ。あのロボットは体力的にキツイかも》
今は2号と3号を無人で運用しているが、本来はどちらも有人機。操縦席は普通に残っている。これに2人を突っ込めば人数的には収まりは良い。
けどアレはそこらのお行儀の良いロボットとは訳が違う。体の出来てない十代の少年少女を優しくエスコートしてくれるような、そんな配慮のある代物じゃねえ。
常時襲い来る潰されかねないほどの重力負荷を跳ね飛ばし、各種ボタンを指で弾いて、死ぬ気で握り締めたスティックを思い通りに振り回せる体の強さが必要だ。
ゼッターは正しく戦闘用。パイロットに遣う気配りなんざ初めから最低限に調整されている。道具の側に人間が合わせろって感じの兵器だからな。
元々ちょっと戦闘センスがあるだけのガキを乗せるのは無理な仕様なんだよ。それこそレンジャーとか、軍人の中でも死ぬほど鍛えたフィジカルお化けくらいじゃねえと無理なんだ。
(向井は人並み以上に鍛えてるし男だから、パイロットスーツの性能さえ良ければギリギリ耐えられそうだが……夏堀がネックだな)
あれで操縦自体はうまい方なんだが、耐G能力は基本フィジカル頼りの項目だ。操縦センスだけじゃ身体能力はカバーし切れねえ。スーツちゃんの言う通り、今の段階だとあいつら乗せるのは現実的じゃない。
(それにガンドールとは操縦形式も勝手が違う。なんせ性質の違う3形態に変形して、それぞれがメインパイロットになるロボットだ。あいつらの向き不向きを踏まえるともっとややこしい話になる)
《こっちは陰キャ君が問題かな? ゼッターはどちらかというと全形態が接近戦仕様だし》
(向井は射撃が得意だからな。だがゼッターにはあいつの長所を生かせる形態が無い)
強弁すればゼッタービームの使える
どだい鎖分銅なんて武器の主流にはなれない。射撃兵装ひとつあれば多少のリーチなんて意味がないもんよ。
最後の
携行式の武器も一切無く、3形態で一番素直な肉弾戦ロボットでもある。向井も夏堀も向いてないだろう。どうしてもゼッターに乗るとしたら
《欠員が一番使い辛い
(合体では足担当で、分離機としてはクセの無い
合体機を使うチームはこの辺りの欠員事情が深刻だ。なにせ一人でも欠けたら合体できなくなる。
一部だけの合体でもある程度は戦えるゼッターみたいなタイプもあるが、欠員が合体のキーパーツ担当の場合はそれも無理だ。
まあ中には頭部に足だけとか、手だけ付けられる不気味すぎるロボットもかつては存在したらしいけどよ。
コンペンションを勝ち抜くために形態数をアピールしたロボットらしいんだが、かさましした形態はどれも似たり寄ったりなうえに低性能で、とても使い物にならない代物だったようだ。
切羽詰まったオモチャメーカーじゃあるまいし、いい加減な仕事はやめてほしいぜ。
《どうじゃろ? とりあえず合体まで操縦棹握ってるだけでいいって話だったら、むしろ応募が殺到するんでない?》
(そんなタコい根性のパイロットはこっちから願い下げだ。賭けてもいいが、絶対に対人関係でトラブルになるぞ。そういう野郎はな)
《じゃあしばらく
(前回の戦闘で2人も分離機で出撃してるから、そこまで抵抗は無いんだろうが……あんま良い手じゃねえよ)
いろいろな事情からパイロットを辞めるヤツはわりといるとはいえ、こんな感じにいきなり抜けられたら残った側はたまらない。
理想としては数ヶ月前、最低でも2週間くらいは前にチームへ辞めたい旨を宣言してもらい、後任を見つけて訓練するくらいの時間的余裕がほしいところだ。
ああ、もちろん戦死や傷病なら突然でもしょうがねえぜ? たまーにオカルトめいた話のある業界だが、初めから死人にロボットを動かしてもらうのは期待してねえ。
…仲間のピンチに撃墜されたはずの分離機がひとりでに再起動して、うまいこと合体できたなんて話がチラホラあるがね。後で機体のログを見たら合体前にパイロットはとっくに死んでた、とかな。
他にも普通に出撃して基地に戻ってきたとき、操縦席から誰も降りてこないから覗いてみると有人式のはずなのに席がカラッポ。
担当パイロットは前回の戦闘で重傷を負い、病室のベットで意識不明のままだった。なんて怪談話があったりもする。
戦わなくちゃいけない、仲間を助けなくちゃいけない、そんな気持ちにマシンの方が応えてくれたんだ、とか。メルヘンな事を言うやつもいる。
顔は厳ついクセに男のロマンってやつが大好きな、おセンチな連中だぜ。
〔間もなく目的地です。指定の駐車場でお待ちしておりますので、ごゆるりとショッピングをお楽しみください。お帰りになるさいはお声がけを〕
「ありがとう、
「いいよ、こうなったら玉鍵さんを独り占めしてやるっ」
「(おまえは何を言ってるんだ?) まあ向井を付き合わせるわけにはいかないからな」
夏堀を宥めるためと気分転換を兼ねて、結局は若い女子向けの服屋Wizardにやってきた。
ここはスーツちゃん好みのニッチな商品が多く、二次元に出て来そうな乳やら脇やら腹やら強調した極物ファッションの他にも、隙間だらけの改造巫女服やらバニースーツといったコスプレめいた衣装、果ては縞パンとかまで取り扱っている。
こんな頭痛のしてくるラインナップのクセに、最近は妙に売れて繁盛しているらしいからおっかねぇ。大丈夫か第二都市。3次元の常識が2次元基準に浸食されてねえ?
店舗の前で降りるとガラス張りのドアの向こうに、待ってましたと言わんばかりに列を作っている店員たちの姿が見える。その中央にはいつもテンションの高い女店長。
入りたくねえーっ。もうこの時点で回れ右してぇーっ。
「さすが玉鍵さん。完全にVIP待遇だね。私もここに来たことあるけど、こんな応対されたことないよ」
「(言っとくが)嬉しくない(からな?)」
少しニヤつきながらボショボショと嫌な事を耳打ちしてくる夏堀。少しは気が紛れたんなら連れてきた甲斐があるってもんだ。というか、これでもイライラされたらこっちがたまんねえわ。
「お帰りなさいませ玉鍵様! Wizardへようこそ!」
鼻息荒い女店長の挨拶に続いて、他の店員もお帰りなさいませの合唱をしてくる。それぞれの手にはすでに今期の新作やら流行やらの見本があって、『これ買ってくれ』オーラがバンバン出ていて気後れするわ。
「友人と来た(んだ。悪いが引っ込んでてくれねえか)。今日は二人だけで回らせて(くれや)」
あとお帰りなさいませはおかしくね? 大昔の日本にあったらしいメイドだか執事喫茶だかが客にそんな挨拶してたらしいがよ。
「これは失礼いたしました! 御用がありましたらぜひ私にお声がけを。それとご友人様、お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
ご友人様とか社会人にバカ丁寧に言われた夏堀が、なんとも挙動不審になりつつも答えている。
夏堀の言う通り普段はこんな丁寧な接客しない、フランクな店らしいんだがなぁ。まあ金ヅル相手となりゃ一端の商人なら揉み手のひとつもするか。
《おおぅ、覚悟を感じるシスター風衣装があるゾ。最先端だネ》
(神様なんざ存在しないとはいえ、罰当たりが過ぎるだろ。なんでハイレグなんだよ。上もなんとなくボンテージっぽいし、間違いなくそういう趣味のプレイ用じゃん。大人の店で扱えや)
相変わらず恐ろしい展示物飾ってやがる。こんなん着て町を練り歩く女子がいるのは荒廃したサイバーパンクな世界くらいだ。それもセンスが古臭い感じの。
とりあえず露出して、髪にメッシュが入ってればそれっぽいって理屈でよ。あと女がモヒカンだったりするやつ。
《では早速モーフィングデータを取得しませう》
(せんでいい! コピーしたら買わなくちゃいけなくなるだろうが!)
データの万引きみたいな真似をする気は
「うわ、下の角度エグ……た、玉鍵さん、もしかしてこういうの興味あるの?」
「無い!(ふざけんな!)」
えぇい! さっさとパンツでも何でも買って帰るぞ! まだ家の掃除が残ってんだからな!
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