第157話 混迷期? 過去の栄華を忘れられない者たち

<放送中>


「話は聞いたぞ、嬢ちゃん」


 玉鍵たちが長官からの呼び出しを受けた翌日。獅堂はいつもの整備への差し入れを携えて整備棟にやってきた白ジャージの少女を捕まえると、先日に急遽まとめておいた乗機可能な機体をリスト化した電子媒体を差し出した。


 彼女の背後で目ざとく玉鍵の来訪に気付いた整備士の少年アーノルドが声を掛けようとしたところを、『しばらく遠慮しろ』という意味を込めて睨みつける。


 顔に喜色を浮かべていた少年は強面の老人の眼光にさらされ一気に縮み上がると、持っていたビス袋入りのダンボールを抱えて慌てて退散した。


「今日から整備すればひとまず稼働まで持っていける機体もんじゃ。ざっとでいいから目を通してくれ」


 数はそこまで多くない。予め獅堂が玉鍵たちの状況を鑑みて、理想に近い機体を見繕ったためである。


(嬢ちゃんだけならなんでもいけるんじゃがな。チームで使うとなると候補がゴッソリ減っちまうわ)


 渡された電子データを静かにスライドする小柄な少女を見つめて、獅堂は内心で溜息をつく。できれば記載されているロボットよりも高性能な機体に乗せてやりたかったからだ。


 ――――例えば、いま獅堂が設計を急ピッチで進めている『玉鍵専用機』とわざわざ銘打った新型ロボットのような、正真正銘のハイエンドモデルが相応しい。国が何かというとケチろうとするプリマテリアルに糸目をつけない、贅沢な機体に。


 それは従来機の強化型でも調整機でもなく、個人を限定した完全なオンリーワンのスーパーロボットの建造という世界初の試みである。


 かつて国を牛耳っていた一族のコネだけで建造された、呪われた高級機ファイヤーアークのような悪例とは訳が違う。


 なぜならば彼女にはワールドエースの称号という、確たる資格があるからだ。


 ワールドエースであるならば、たった一人のためだけの専用機の建造であっても十分に認めるられるだろう。世界規模の称号はそこらの利権組織や団体が自分たちの面子のために乱発する、実績の無い空虚な肩書とは訳が違う、それこそ万人が納得するだけの実力と実績を玉鍵は持っているのだから。


(エースにゃエースに相応しい機体ってのがある。設計を急がにゃな)


 内心でロボットの青写真に手を加えていると、玉鍵の持つ電子媒体から立体映像が起こされた。


 いくつかの候補が彼女の目に留まったのだろう。数機をホログラフ映像で抜き出し、モデルデータを回転させてロボットの全体を確認している。


 おそらく記載されているスペックだけでなく、ロボットのフォルムから受けるフィーリングを確かめているに違いないと獅堂は判断した。


 こういった精神的なマッチングもパイロットにはバカにできない要素である。整備士の経験則として、根拠は無くとも悪印象を抱く機体というものは整備の目から見ても何かしら問題を抱えているものなのだ。


 顎に軽く指を当てて思案しているその姿は、芸術にまったく縁のない老人をして驚くほど絵になっていると感じた。


 このような可憐な少女こそが若干14才にして世界屈指の戦績を持つエースパイロットとは、事情を知らぬ者には信じられない話だろう。


 訓練のためにアップにしている長髪は今日も宝石のように輝いており、白いジャージの背中で揺れるポニーはかつて日本の文化として広まっていたショドーに使われる筆のような独特の品があった。

 

 やがて候補の中から1機を残してホログラフを拡大表示した玉鍵は、映像を表示している電子媒体を軽く揺らして老人に向き直る。


「……このロボットのシミュレーター用データは?」


「抜かりないわい。どれもすぐセットできる」


 今のは玉鍵自身の問いかけというより、チームリーダーとして仲間のためにした質問であろう。


 この少女にとって乗機の練度はさして関係が無いからだ。なにせ初見のロボットさえ実戦であっさりと乗りこなす適応力の持ち主である。


 それはそれとして慢心することなく訓練を欠かさない堅実さと慎重さがあることも、この昔気質な老人が玉鍵を気に入っている理由のひとつだった。


「基本はどいつも戦闘機じゃ、まあ嬢ちゃんなら問題ないじゃろ。他の2人もさして混乱はせんと思う」


 玉鍵の機種転換に関しては獅堂は何も心配していない。他の2人こそ懸念材料だが、提示した機体は操縦に関してはさほどクセは無いものばかりなので、そこまで頭を抱えることにはならないだろうと考えていた。


「何かありそうならさっさと呼び出して・・・・・『合身』しちまえ。無理に分離機で戦うことはないわい」


 たとえ分離機でも性能以上の戦果を出せる少女とはいえ、さすがに味方を守りながらではままならないだろう。チームメイトの練度に不安が残るようなら一時退避の意味も含めてすぐにドッキングし、彼女が主導権を取ったほうがいい。


 過去の適性試験においては『どんなロボットでも限界以上に使いこなすだろう』と辛口のはずの試験官に言わしめ、事実誰よりも使いこなしてきた実績があるのだから。


「実機を見たい。いつ頃に来ればいい?」


「10分もいらん。残りの連中も連れてくるとええ」


 獅堂がそう言うと少女は少し目を丸くした。普段は見る者に秘めた力と意志を感じさせる強い瞳から年相応の動揺を感じて、年老いた整備兵は優しい気分で笑った。


「実はそいつを選ぶと思っとってな。予め格納庫の奥から引っ張り出しとるからすぐってわけよ」


 スーパーロボットという巨大兵器は保管場所にも苦労するが、それ以上に運搬に苦労が絶えない難物である。見かけより圧倒的に軽い機体がほとんどとはいえ、どうしてもスペースは取るので狭苦しい地下都市で移動させるには運搬エレベーターの緻密なスケジョール調整が必要だ。


 当然それを知っているであろう玉鍵は、おそらく今日中の実機お披露目は無理だと考えていたのだろう。


「何年整備やっとると思っとる。このくらいはお見通しよ」


 余裕を出して機嫌よく笑う獅堂だったが、内心では若干の賭けになると考えていたため実は的中してほっとしていたりする。


(とにかく何でも乗れるからの、この嬢ちゃん。逆に乗りたいと言い出す機体を読み辛いったらないわい)


 得意とする交戦距離は遠近を問わない。得手とするフィールドにも拘らず、陸や空はもちろん海中や宇宙といった特異な環境下においてさえ抜群の適応力を見せる万能ぶり。

 さらに小柄な機体でも超弩級の大型機でも扱える、機体サイズの違いを苦にしない緻密な操縦テクニックまでも併せ持つ。


 白兵戦装備によるバチバチの接近戦も、ロボットの手足自体を使った強引な肉弾戦の戦いも難なくこなし、射撃戦に至ってはその攻撃精度は全パイロットの中でも群を抜く。


 それもただ当てるだけでなく、受けた相手の状況から迅速に弱点を探り当て、次の射撃には的確に敵の弱点をついていく徹底ぶり。


 ロックオン無しの射撃はもちろん、過去には弾速の早いビームとはいえ数光年先への狙撃でさえ成功させているほどの確固たる実績を持っており、玉鍵の射撃を第三者が見ると敵の方から当たりに行っているように錯覚するほどである。


 獅堂は参加していないが、他のパイロットや整備士たちの間では、玉鍵にはどんな傾向の機体がふさわしいかでたびたび論争が起きているという。


(大抵のパイロットは得意分野に偏っていくんじゃがなぁ。この嬢ちゃんだけはオールラウンドでまったく読めん)


 得手不得手の無い者は器用貧乏と呼ばれがちだが、この少女をそう称するものはいないだろう。仮にパイロットとしての能力をパラメーターグラフで表したとしたら、玉鍵たまの各項目の目盛りはすべて円を突き抜けているに違いない。


「武装面の感覚はブレイガーが近いはずじゃ」


 もちろん老人の知る限りの玉鍵の癖も参考にしたつもりではあるが、獅堂が彼女の選ぶ機体を割り出した決め手は他の2名のパイロットの評価であった。


「乗員は3名。そこそこ火器も揃っとるし接近戦も十分できるぞ……ちと珍しい形式なんで敬遠されとったがな。考えてみたらそこもブレイガーと似とるな」


 車から大型戦闘機、さらにスーパーロボットへと変形が進むたびに『巨大化』するという、極めて珍しい変形システムを持つブレイガーもまた、パイロットたちから敬遠された機体であった。


「映像を見た限り、思ったより動ける気はする。装甲は?」


「鎧を着ているような見た目の通りじゃ。硬いところと脆いところがハッキリしとるタイプじゃな。まあ、これも嬢ちゃんなら平気じゃろ」


 玉鍵のテクニックで攻撃面以上に優れている点は防御面の技量であろう。


 何と言ってもこの少女は実戦でクリーンヒットを貰ったことがほとんど無いのである。ガード越しに凌いだり掠る程度はあっても、もろに喰らったことは数えるほどしかない。それされえも深刻なダメージだけは受けていないほどなのだ。


 一時期は周囲に予知能力を疑われたほどの鉄壁ぶりで、対戦シミュレーションでは今の今まで1発たりとも被弾していないほどである。


 これに加えて数字には見えにくいが、玉鍵はロボット自体に機械的に精通しており、機体由来のトラブルを解決する技能までも持っている。それも極めて正確かつ迅速にだ。


 必要とあらば今この瞬間にでも、整備長である獅堂と変わらぬ仕事ができるのではないかと思わせるほどに。


 これらの点から先天的な才能を要求されるような機体こそ例外だが、彼女は『どんな機体でも扱える』と称されるのである。


「一応、ガンドールのほうも整備しておく。だから少しでも気に入らない点があったら遠慮すんなよ?」


 老人がそう言って少女の持つ電子媒体を指で叩くと、ホログラフの中の候補機はフラフラと中空を舞った。


「分かった。ありがとう」


 整備への礼の言葉を忘れない玉鍵に古参の整備士は満足気に頷いた。


 ――――その裏で、獅堂は自分で言っておきながらもガンドールを使うことはもう無いだろうとすでに直感している。


 4機合体のガンドールは当然4名のパイロットを必要とする。しかし初めは玉鍵が、次いで初宮がエリート層に行ってしまったため、訓練しつつも合体ができない状態が続いている。


 運命などという安っぽい言葉は使いたくないが、こういった間が悪い出来事というのは後々まで影響があると老人は人生の経験則で学んでいた。


 玉鍵がチームメイトを呼びに行くのを見送った獅堂は、返却された電子媒体に表示されたままの鎧武者のようなスーパーロボットを見つめる。


 それは玉鍵たちが搭乗予定となった20メートル級合体変形ロボット『スローニン』ともまた違う、出撃した『スローニン』からSワールド内で新たに呼び出すという異色の出撃システムを持つ機体。


 その名は50メートル級『召喚型』スーパーロボット、『戦国武将ダイショーグン』という。







 基礎トレーニングでグラウンドにいた2人に声をかけて集まってもらう。星川たちがまとわりついていると遠慮するのか、自分から来ないんだよな。逆に夏堀たちがオレの周りにいると星川たちは来ない。


 過去に夏堀と星川の間に悶着があったから、お互い関わらないようにしてるのかもしれん。けどすでに固まっているときは相手を呼んでも離れないんだよな。そのクセこいつら同士では話をしたりもしないから、正直間にいるこっちが気まずいわ。


「なーにー? 玉鍵さん」


 何にか知らんが微妙に勝ち誇った顔で寄ってくる夏堀と、針の山でも登ってるような空気で歩いてくる向井。2人にも差し入れのドリンクを渡しつつ、他のヤツの邪魔にならないよう脇による。


 じじいからの提案をオレから2人に話したとき、向井と夏堀はドリンクを片手にまずお互いの顔をチラリと見た。


《どうする? という相談とは違う感じだネ。私はそれでいいけどあんたは? って感じ》


「別に断ってもいい話だ。その場合は(オレも)38サーティエイトで出る」


 多少難があっても慣れたロボットの方を使うのは不正解ってわけじゃない。戦闘の真っ最中に操作に戸惑うようじゃ生還できるわけがねえからな。


「んー、一度シミュレーションで感じを掴んでからにしたいかな」


 まず夏堀が結論を出す。言い分は順当なところだ。ある程度はロボット側の特性にパイロット側が順応する必要があるとはいえ、自分のクセに合わないロボットってのはどうしたって合わないもんだし、そういうロボットを無理に使うと生き残れないもんだ。


 夏堀は新調したウェアの前を開けて首元をタオルで拭う。陸上やってるだけにクールダウンする姿はサマになってら。


「自身で飛行できるのは魅力的だ」


 やや動揺気味ながら向井も務めて平坦な声で答える。


 中身男の偽物が混じってるとはいえ、傍目には女6人の中に男がひとり。しかも汗をかいてジャージの上を脱いだりしてるもんなぁ。この空間に中坊男子がひとりは居心地が悪いだろうよ。


 あと夏堀、色の派手なブラは白シャツだと透けるぞ。気付いた向井が不自然に目を逸らしてんだから察してやれ。あと湯ヶ島、おまえ中坊なのにスゲーの付けてんな? オレはそういうレースとか猛反対する無機物がいるんだよなぁ。いや、いらんけどよ。


 まあ女どもの下着は置いといて。兵隊式の訓練に慣れている向井は心肺機能が夏堀より上のようで、すでにランニングの疲労から回復しているようだな。男ってのもあるだろうが。


 こっちは乗り換えに比較的前向きか。


 飛行型の陸戦機に無いメリットとして、Sワールドとの行き来に使うシャトルとドッキングしなくていいという点がある。追従するだけでいいのは気楽だし、最悪シャトルを落とされても自分で戻ってこれるからな。特に分離機で飛行できれば全滅だけは免れやすい。


「そうか。今整備が実機を出しているから軽く見てみてくれ」


 用意に10分いらねえって話だったから、行って戻ってだがちょうどいいだろ。スーパーロボットの基地ってやつは移動に時間がかかってしょうがねえぜ。一般層の基地はエリート層ほど移動手段が充実してないのもあるかねぇ。


「玉鍵さぁん、私たちも付いて行っていーい?」


「(あん)? かまわない(ぞ)」


 別に他人の乗るロボット見学するのは禁止されてねえし。整備の邪魔したら叩き出されるがよ。ゾロゾロ行くことになるんだから気をつけろよ? あのジジイは女でも頭に拳骨振り下ろしてくるぞ。






<放送中>


 銀河の反乱と大量の人間消失事件から徐々に落ち着きを取り戻しつつあるサイタマ都市。幸いにしてフロイト派の尽力もあり人手不足からの致命的な事故は起こっておらず、むしろ銀河というガン細胞のような一族が摘出されたことで社会全体が健全化の方向に向きつつさえあった。


 そして一般的に『社会の縮図』と称される空間たる学び舎においてもその流れは着実にあり、これまで銀河一族に連なる者たちで構成されていたヒエラルキーは破壊され、残された教師と生徒による思いがけぬ新たな秩序の構築が始まっていた。


「なぁぁぁんで私がっ!」


 ムッスーっという擬音がふさわしい心底嫌そうな顔で相手を見下ろした少女の名はアスカ・フロイト・敷島。


 血筋由来の赤毛はツインテールと呼ばれる髪型にまとめられており、強気な性格を表すように釣り目がちであることを除けば非常に整った顔立ちをしている。


 ただし今日のその美しい顔には湿布とガーゼが張り付けられており、それだけで何かしら悶着があったことが伺い知れた。


「お願いよフロイトさん、あなたしかふさわしい人がいないの」


 放課後に10名という団体で教室にやってきた別クラス・別学年の生徒たちは、訓練に向かおうとしていたアスカを取り囲んで一方的にとんでもない『お願い』をしてきた。


「このままじゃシューティングスターの連中が好き勝手するわ。あいつらを牽制できるのはフロイトさんみたいな強い人じゃないと無理なのよ」


 まるでこれを断ったらこちらが問題を助長したかのように物言いに、さらにアスカの機嫌が下降する。


「好きにさせれば? こっちにちょっかいを掛けてこなれば私は構わないわよっ」


 手でツインテールのひと房を不快気な面持ちでバサリと払い、アスカは態度で『退け』と意思表示する。


 しかし相手も引っ込みがつかないようで、目の前の勝気な少女が不機嫌になっていくのが分かっても囲む形を崩さない。


 これが気弱な少女であれば、一見して下手に出ているとはいえ10人もの相手に取り囲まれた状態で同調圧力を向けられれば、じわりと湧き上がる恐怖から嫌々ながらも頷いたかもしれない。


 だが今ここにいるのはこの都市を牛耳る実力主義のフロイト派の長、ラング・フロイトの姪にして、実技では鬼と称される訓練教官から薫陶を受けるSワールドパイロット。


退け!」


 腹から叩きつけたが如き声量に押されるようにして身を竦ませた正面の少女を切れ目にして、アスカを囲んでいた生徒の円陣に穴が開く。


 持ち前の豊かな才能をさらに厳しい訓練で磨いているこの少女を前に、徒党を組むことでしか身を守れない彼女たちではあまりにも胆力に差があった。


「あんたらも助けなさいよっ」


 ノシノシと歩いてきた赤毛の少女を教室の出口付近で待っていた女生徒たちが迎えると、アスカは傍観していた彼女たちに犬歯を剥いて抗議した。


「いやぁー、相手にならないと思ったっスから」


「変に数をそろえて向き合うと、それこそグループ争いみたいになって教官が知ったらうるさいもん」


 ヘラヘラと笑って抗議を受け流したのは2年の春日部つみき。ふわりとしたクセのある髪を全体的に跳ねさせた少女で、小さなアクセサリーを体の随所に飾る軽薄そうな上級生。


 今ひとりは花代ミズキ。容姿やファッションはつみきより大人しい印象であるものの、こちらも明るく社交的な少女でアスカとも同級生である。なお、この中では体の一部がもっとも大きい。


 恨みがまし気にこちらを見ている女生徒たちに一瞥もくれずにアスカは先陣を切って歩き出す。追従する2人もまた同じ教官から訓練を受けているので、同じく放課後は訓練であった。


「それにしても『私たちの代わりに矢面に立って』、なんて言ってくるってすごいねぇ」


「流星会、でしたっけ? おもしろ恥ずかしいサークル名っスね。銀河派閥の生き残りの集まり。なんか教師までメンバーにいるって話」 


 サイタマ都市を中心に少なくない人数が突然行方不明となった銀河派閥。その中にはもろちん学園の関係者もいる。


 親が後ろ盾が消えてしまい学園を休んでいる生徒や教師もいる。それに伴い学園で大きな顔をしていた人間にくっ付いていた取り巻きたちもまた混乱の極みにあった。


 特にそれまでの横暴が目立った生徒や教師ほど自分がしてきた事を思い浮かべ、報復に怯えていたのである。


 やがてそんな彼らが集まって新たなサークルが学園に誕生したのは、ごく最近のこと。むしろ数が少なくなった者たちが必死に固まるのは自然な流れであったといえるだろう。


 届け出においては『流星会』とされているが、彼らはもっぱら自分たちを『シューティングスター』と称している。表向きはゲーム同好会という弱小サークルを母体として肥大化した一団だった。


 実際は彼ら銀河派閥の生き残りに強引に吸収されたらしく、元のサークルメンバーは残っていない。人数が増えたことで部活として発足を学園に申請している段階だと、社交的で情報通のミズキが調べる意図なく世間話の中で軽く聞き取っていた。


「身内に教師がいたらスムーズだよねえ。元のサークルの子たち、かわいそう」


「今のところ教官がストップかけてるからサークルのままっスけど、放っといたら通すしかなくなりそうっスね。あーしのAT部、何度も書類やり直しさせられて申請苦労したのになぁ」


 つみきはSワールドパイロットを目指す傍ら、アーマード・トループスと呼ばれる現行技術で運用される全高6メートルほどの有人ロボットの乗り手として、部活への昇格を目指して奮闘していた。


 そしてその努力は実り、AT部という部活の発足に成功している。メンバーの多くは過去にバトルファイト部という銀河主体の部活に嫌気がさして去った生徒たちで、今度こそスポーツとしてのATを楽しんでいこうというのがつみきたちAT部のスローガンだ。


 ――――その部活発足の切っ掛けをくれた人物は、サイタマにもういないのだが。


「どいつもこいつもバカばっかりよ」


 手を左右に広げて『呆れた』というジェスチャーをしたアスカは2人に振り返るとビシリと指さした。


「あんなの相手にしちゃダメよ。どうせ諦めてないだろうし、絶対あんたらにも接触してくるはずよ」


 将を射んとするならという言葉がある通り、本命にあしらわれた彼女たちはからめ手で来ることが予想される。アスカの友人を通じて説得するというからめ手を。


 考えただけでウンザリする状況に少女は苛立ちを募らせ、無意識にその視線を誰もいないはずの隣りにやった。


「……ふんっ」


 再び前に向き直って歩き出したアスカ。その一連の仕草を見ていたつみきとミズキは顔を見合わせた。


 彼女の仕草があまりにも自然であったから、2人にも一瞬だけここにいないはずの人間が見えた気がした。


 いつもアスカの隣にいた少女。2人にとっても存在するだけで世界が眩しかった、玉鍵たまの姿が。

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