第153話 神か悪魔か

<放送中>


「お疲れ様です、獅堂整備長。ゼッターの整備について話とはなんでしょうか?」


 書類仕事に一区切りつけてのち、長官室に入ってきた整備棟からの通信を受けた高屋敷法子は、画面の向こうで思ったより深刻な顔をしている厳つい老人に要件を訪ねる。


 通信ログの主題として取り上げられているのは50メートル級のスーパーロボット。エリート層で開発された最新鋭機『ゼッターガーディアン』についてであった。


<……うまく言えんのだが、あれは危険じゃ。少なくとも嬢ちゃんが乗ってきた機体はもう使わんほうがいい>


「修理してもトラブルの危険があると?」


 ゼッターが先の戦いにおいて被った大まかな損傷は、まずダモクレスを貫いた右手の破損。ガードに使用した左腕の装甲に軽度のダメージ。ゼッタービーム照射機の溶解。


 そして2号機と3号機のゼッター炉心を過剰に酷使したことによる、一部の破損が報告されていた。


 当然これらの他にも細かいダメージはあるが、あれほどの激戦を潜り抜けた事からすればかなり軽い部類であろう。事実、整備長からの最初の報告ではほんの数日で十分に万全の稼働状態に持っていけると書かれていた。


<いや、問題は1号の炉心だ。そしてついさっき、2号と3号の炉心も同じく問題が出てきた>


「そちらに行きます。データは流さないでください」


<頼む>


 通信を終えて席から立ち上がった法子は、軽く身だしなみを整えると直接整備棟に向かうことにする。


 着始めは窮屈でしょうがなかったスーツにも随分と慣れ、タイトなスカートの歩幅も馴染んできたことに少しだけ苦笑いをする。基礎訓練はまだしっかり続けているが、自分に現役時代ほどの身体能力はもう無いだろう。


「ラングはゼッターシリーズの配備増強について否定的だったけど、何がそんなに悪いのかしらね?」


 ゼッターシリーズは世界では大日本だけが独占していた新機軸のスーパーロボット。その大日本地表3都市、トカチ・サイタマ・サガの中でもサイタマだけが生産を請け負っていたため、事実上のサイタマ独占機となっていた。


 例外として前期生産の現行機がトカチとサガに1機づつ受注生産で納品されているものの、機体の扱いがあまりにも難しいことからそれ以上の注文は無く、ゼッタータイプをもっとも多く保有しているのはサイタマであることに変わりはない。


 その中でも今回一般層にやってきたGは、エリート層のサイタマ基地が作り上げた最新中の最新鋭機である。


 本来ならエリート層でしか運用されていないゼッターの、それも新型が一般層の基地にあること自体がかなり異例の事態だった。


 長官室を出るとすぐに保安の敬礼を受けて護衛が張り付く。


 彼らの態度ひとつ取っても前任の火山長官の時とは真面目さが段違いであり、見る者が見れば高屋敷法子がいかに有能で、かつその人柄でも部下から尊敬を集めている事が伺えるだろう。


「整備棟へ向かいます」


 もともとゼッター関連の情報全般が秘匿レベルの高いものであり、セキュリティを考えればなるべく通信でのやり取りはしたくなかった。


 なぜなら一般層の基地では間違いなく地表の基地より間諜対策が低レベルであるため、他の都市のエージェントなどにゼッターの技術が知られかねないからだ。


 法子からすれば他の都市で強力なロボットの開発が行われる事は、別段悪い事のように思えない。しかしラングはその強力なロボットとそれらの技術によって、過去にあったような都市間での戦争が再度勃発する危険性を憂慮していた。


 人の集団とは食べていけるだけの狩猟では飽き足らず、力を持てばいずれ同じ人間の財産に手を伸ばそうとする侵略者に変貌する。それは歴史が証明しているとラングは警告する。


「おう」


 整備棟の中でも一種特別な扱いとなっている一角にやってきた法子を、金属とグリスのにおいをさせる老兵が言葉少なに出迎える。


 ここは複数ある整備庫の中でもエースの中のエース機が優先的にその身を収める区画。すなわち玉鍵たまの乗る機体専用と言っても過言ではない場所である。


 彼女に付いている保安の職員にチラリと目線を向けた獅堂だったが、その面構えを見て小さく頷くだけで特に何も言わなかった。


 火山時代の不真面目な職員はもういない。


「論より証拠じゃ。見てくれ」


 親指で示されたのは窓越しに佇む1体のロボット。


 分離した戦闘機形態には戻されておらず、上半身、胴体、下半身で3分割されているゼッターGである。


 その中枢機構にはいくつもの配線とチューブが接続されており、整備士たちによってついさっきまで本格的な整備が行われていたことが伺い知れた。


 ――――ただ、その中で炉心にあたる部分を囲うように不自然なシールド材が張り巡らされている点が法子には気になった。


 待避所を抜けて可動式のタラップを進む獅堂に追従して法子もゼッターに近づく。なにせ全高50メートルにも及ぶ機体。こういった機材がなければ点検もままならない。


 そうして電動で移動するタラップがロボットに近づくにつれ、法子はとても漠然とした形容しがたい不快な感覚、不安のようなものを感じた。


 まるで何か得体のしれない存在にじっと見られているような、自分の価値を品定めされているような薄気味悪さを。


「……やっぱり長官も根はパイロットか。変な感じがするんじゃろ?」


 足を止めずに顔を向けた獅堂は、無意識に眉を寄せていた法子を見て神妙な顔をする。


「これは、なんなんです?」


 この問いかけに老人はタラップに肘をついて、軽く上を見上げる。釣られて法子もその方向を見ると――――ゼッターの頭部にあるふたつの眼球と視線が合った気がした。


「別に何もしてこないよこんよ。まあ、今の感覚を踏まえてこれを見てくれ」


 錯覚か。改めて見たゼッターのメインアイは目玉ではなくただの無機質なカメラだった。だが獅堂が『今の感覚』と言ったように、法子もゼッターの視覚装置から何か・・を感じたことを否定できなかった。


 パキパキとシールド材の目張りを外していく獅堂の先から、やがて淡い緑色の光が漏れ出してくる。


 閲覧した資料の記憶からその発光に見覚えのある法子は、実際に目の当たりにした光に奇妙な美と感動を覚えて思わず吐息を吐いた。


「きれい……」


 まるで宝石を通して零れてくるような純然たるグリーンの発光。


 法子はその光に子供の頃に読んだおとぎ話に出てくる、エメラルドで出来ていると言われた都市を思い出す。


 もっとも、作中のエメラルドの都市は先に渡されるメガネに仕掛けがあるだけの欺瞞であったのだが。


「おい、しっかりしてくれ」


 バシバシと肩を叩かれて法子は我に返った。気付けば獅堂を押しのけて前に出ており、無意識に炉心に歩み寄ろうとしていた事に戦慄する。


 ゼッター光は基本的に人体に無害とされており、相当な高出力になったとき以外は生身で近づいても問題はない。


 だが、ならばなぜこの炉心はわざわざ遮蔽用のシールド材で囲われているのか?


「どうもこの光はパイロットほど気になっちまうらしい。気をしっかり持ってくれ」


 そう言った老人は手にしていたホログラフ式のファイルからとある項目を呼び出し、未だぼんやりしかける頭を振って意識を保とうとしていた法子に見せる。


「こっちが格納庫に入ったばかりの時に撮影した炉心1号基の状態じゃ。そしてこっちがついさっきの画像……ほんの数時間で形状が激変しちまっとる」


「自己修復、ですか?」


 スーパーロボットの中には修理や整備に人の手を介さず、自己完結してしまう機体も存在する。ただし破損した箇所が修復されたとしても形状が変化するという事例は報告されていない。あくまでこの機能は損傷を回復するための復元能力であり、元の状態に戻るだけであるためだ。


 逆に人の手を借りた修理の場合、元からの形状がバージョンアップによって前期より有益な形に変わったり、純正パーツの調達が難しく代替え品を用いた結果、見た目にやや変化が生じるのは一般や底辺に所属する整備士たちの日常であった。


「修復されとるのは事実じゃな。じゃが修理とは少し違う。明らかに性能が上がっとるんじゃ」


 ホログラフの項目をスライドして炉心性能の対比図を表示した獅堂は、この変化が1号機の炉心だけでなく2号と3号にも起きていると示した。


1号機ドラゴンに搭載されとるゼッター炉の型式を見てくれ。こいつはの、あんたが持ってきたプロトゼッター、その3号機に積まれていたエンジンなんじゃ」


 その言葉に目を見開いた法子は、つい目が滑りそうになるほど細かい表記の中からゼッター炉の型式番号に目を向ける。


 ロボオタクを自認するだけにこういった部品の知識も持ち合わせている法子は、表記されている文字列から確かにゼッターG1号の炉心の型式と、2号3号の型式が明らかに同世代では無いことが分かった。


「わざわざ旧式の、それも試作品に乗せた炉心を新型のはずのGに流用してるんですか? 性能は明らかに劣るはずなのに。それにこれは、前に整備長が見せてくれたものと形がかなり違いますよ?」


 プロトタイプ・ゼッターロボの炉心が戦闘後に異常変形したことは法子にも報告されている。これを受けて整備長の判断で炉心は厳重に封印され、エリート層には修理のためでなく炉心の調査のためにプロトを送り返していた。


「むしろこいつのほうが新しいやつより高出力な上に頑丈よ。登録されとる型式が誤りとしか思えんくらいじゃ―――だが、こいつは間違いなくあのプロトに積まれていたゼッター炉だ。形はすっかり変わっちまったが、一度弄ったものなら儂には分かる」


「自己進化したと?」


「そんな物騒な項目、データのどこ探しても見つからんかったがの。エリートの整備か開発者か、どっちか知らんがわざわざ封印して送ってやったのに、誰がコレを新型に積もうなんて思いやがったんだか」


 戦闘データを蓄積して自動的に進化・発展していくスーパーロボット。その特徴を獅堂は長所とは取らず、むしろ人の手に余る機能だと危惧していた。


 いつか人間の制御を振り切り、究極の殲滅能力だけに特化した最悪の兵器となって人類の存続を脅かすのではないかと。


「1号に引っ張られたんじゃろうな、2号と3号の炉心にも近いことが起きとる。今の時点でさえ機体の耐久力が追い付いてないくらいのパワーじゃ……もし次に嬢ちゃんが全開でブン回したら、何が起きるか本当に分からんぞ」


 通常の結末で考えれば機体がエンジンパワーに耐えられずに分解するだろう。ただの普通車に究極のドラッぐマシンのごとく、ロケットエンジンを搭載するようなものだ。あっという間に接合部が千切れ飛び、エンジンだけが明後日の方向に飛んでいくに違いない。


 だが、獅堂はまったく別の未来を想像した。


 プロトゼッターのエンジンを限界まで使いこなし、未知の力さえ呼び覚ました玉鍵たま。彼女はゼッターGの心臓として生まれ変わったプロトの炉心を再び進化させた。この現象がもし続くとすれば、人類はあらゆるロボットを超える恐るべきスーパーロボットを手に入れるかもしれない。


 そんな悪魔のような力を持つロボットが、本当に人類に扱えるだろうか?


「……たまちゃんが最後に見せたあの光弾による攻撃は、ゼッターGの武装には無いそうです。あれもたまちゃんがこの子から引き出した新しい力だとすれば……決して悪いことになるばかりではないと思います」


「長官! こいつは危険じゃ! もう嬢ちゃんは乗せるな!」


「それを決めるのはパイロット本人です。獅堂整備長」


 パイロットの願いに応えて力をくれるスーパーロボット。それは元エースパイロットである高屋敷法子にとって、むしろ尊いと感じる進化だった。


 もう一度、法子はゼッターの顔を見る。クリアパーツの向こうに見えるカメラとその視線からは先ほどの気味悪さは無くなり、むしろ誇らしげな戦士の瞳のごとく強い光を湛えているように法子には思えた。


 まるで、戦いの神のように。





 訓練前に整備棟に寄ってライスボールをたんまり入れたボックスを渡してやると、整備のガキどもはすげえ喜んでくれた。


 なんで2週間そこらでそんなに痩せガリってんのか聞いたら愛想笑いで誤魔化されちまったが。若者にありがちな飯代浮かせて趣味に金かけてるパターンかね。


 それか中坊といえば思春期のサルだし、ついつい性コンテンツに金を回してるから外見が女のオレには言いにくいのかもしれねえな。中身は男だからそういうの理解あるぜ? あ、手だけはしっかり洗えよな。


ジジイの機嫌が悪いから気をつけろか。むしろあの爺さんは怒ってねえ時のほうが珍しいんじゃねえの? 実際は声がうるせえだけだがよ)


《整備や格納庫は騒音が常にしてるところだし、高齢で耳も少し遠いから習慣で怒鳴ってるっぽいかな。周りにはそれが怒ってるように見えるんジャロ》


(ははっ、そういう爺さんって、怪我や病気でもして静かなところに置いといたら一気に老けそうだよな――――マジで機嫌悪いな……)


 整備の待避所に入ると、そこには安物のパイプ椅子に座ったまま飢えた熊みたいなオーラを出してるジジイがいた。


「おはよう、整備長。(あんまガキ恐がらせんなよ)」


「……おう」


 よく分らんが見えてる地雷踏んでまでプライベートに突っ込む仲でもえ。申し送りと差し入れ済ませたら退散だ。


「差し入れのライスボール( だ。イライラしてねえで食うもの食って落ち着けや。)スープはミソスープ( だぜ)」


 ジジイは置かれたボックスとスープ容器を見たあと天を仰ぎ、やがてデカい溜息をついた。


 ミソスープ嫌いだったか? 人によっちゃションベンの臭いに思えるらしいしなぁ。この爺さん苗字はジャポネーゼっぽいが、顔は海外勢っぽいし名前も確か英語圏めいてたはずだ。ミソスープはチョイスミスだったか。嫌いでも変えてはやんねえが。


「悪いな。ありがたく食わせてもらう」


(ああ、まだイライラはしてるがひとまずガキの前だと気持ちを切り替えたのか。こういうとこは年の功かねぇ)


《逆に年を取るほどキレやすくなるタイプもいるけどナ》


(老衰で脳が緩んで自制が効かなくなるんだろ。そういうのはっとくに限る)


「嬢ちゃん、おめえ……いや、最近戦い詰めなんだろ? 『スーパーチャンネル』で観たぜ。今週くらいは休んだらどうだ?」


「(あん? なんだよ藪から棒に。ああ、もしかして)整備が過重労働状態なの(か)?」


「ん、まあ……そんなとこだ」


(歯切れ悪いな? それにこの爺さんはこっちを心配している口振りで自分が休む口実にするような、クソい性格には思えねえんだが?)


 どっちかって言うと余計な仕事を見つけてきては勝手に残業してるクチだろ、この生粋のワーカーホリックって感じだもんよ。


《確かに戦いすぎかナ。エリート層に行った2週間のうちにATで連戦、ザンバスター戦、テロリストサイボーグ、ジャリンガー、テイオウ、GUNMET、最後にゼッターで敵と味方の2連戦だもんげ》


(ジャリンガーのときは功夫クンフーで逃げ回ってただけで、戦ったのはアスカたちだがな)


 そうは言っても改めて並べるとったなぁ。半分以上金になんねえ戦闘ばっかなのがムカつくぜ。GUNMETに至っては調達資金がオレの持ち出しだから大赤字だ。


 そういやGUNMETも回収出来てねえわ。サイタマで買い取ってくれねえかなぁ。同じく置いてきた功夫クンフーの方はたぶん初宮とセットで戻ってくるだろう。


 ああ、そうそう。功夫クンフーと言えばこの指輪、物質転換機のゴタゴタについて聞いといたほうがいいか。このジジイが主犯らしいし。


「その話はひとまず置いて、指輪コレについて聞きたい(んだがなぁ? 何考えてたんだジジイ)」


「ヘへッ、うまいこと届いたようだな」


「笑い事( じゃねえだろ)? 今の状況になってなかったら重犯罪者( だったぞ)」


 サイタマが大日本から離反して赤毛ねーちゃんがトップになったからうやむやになってるが、最終的にバレる前提だし共犯者の長官ねーちゃんだってタダじゃすまなかったはずだ。


「はんっ、政府のクソどもは信用ならんと思っての。そう思って気付いたら体が動いとったんじゃ。最後は丸く収まったんじゃからええじゃろ? ――――嬢ちゃんがサイタマのトップに掛け合って庇ってくれたそうじゃな。長官から聞いた、ありがとよ」


「(チッ。あれで助かったのは事実だし、物のついでってだけだ。)別にいい」


《ツンデレ乙》


「(うるせぇ!)長官( ねえ……じゃなく)、高屋敷長官の他に共犯者は?」


《今さら聞くの? もう罪に問われないのにサ》


(…戦利品のチョロまかしなんてヤバイ事に首突っ込むヤツは、全員把握しときたいだろ)


《なるへそ。つまり全員にお礼を言いたいと。低ちゃんたまに律儀だよナ》


(違うっての)


「そこまでバレとるか。サンダーバードだ。あいつは重機の資格を持っとったからコンテナ弄るときに二人でチャチャッとな。パイロットを辞めた後は基地で小遣い稼ぎにいろいろと運搬の手伝いをしとったからの、別に怪しまれんかった」


 ガキを巻き込んでんじゃねえよ……。というかあのタンクトップマッチョ、昨日一言も言いやがらねえでやんの。隠れて手を貸すのが好きなクチか? めんどくせえなぁ。


「分かった。(アホだらけだぜこの基地は)」


 リスクに見合わねえが今度クソ高い飯でも奢ってやるか。あの野郎からしたら年下の女に優しくしてるつもりなんだろうが、中身のオレはおまえより年上のおっさんなんだよ。


 体格ガタイが良くてもまだ10代のガキに恩を受けて知らんぷりは気持ち悪りぃからな。


「ああ、サンダーと言えば38サーティエイトは今どうなってる?」


 オレの乗機として登録しちゃいるが2週間前の話だ。事故とはいえエリート層に行っちまってたから、パイロット不在でキャンセルされててもおかしくはない。


「なんじゃい? もちろんガンドールの整備は怠っとらんぞ――――おい嬢ちゃん? まさか」


「次は38サーティエイトに搭乗予定で整備してくれ。ゼッターは使わない」


《あれ? 休まないんだ? その心は?》


(連戦して思ったんだが、なんのかんの間を置かないほうが戦うためのメンタルを維持できる感じなんでな。若い体のおかげか疲れはあんま残らないし。怪我なり病気なりしない限りは基本戦ったほうがよさそうだと思ってよ。視聴率だって戦ったほうが稼げるんだろ?)


《そりゃまあ。でもゼッターに乗らないのはなぜに?》


(もともとガンドールに乗るために訓練してたんだぜ? 本来の乗機に戻るだけさ)


 向井たちが45フォーティファイブナインに乗って戦っていたのだって、それぞれガンドールに乗るために訓練してたからだろ。初宮だって500ファイブハンドレッドを乗りこなすために頑張ってると言っていた。


 なら今さらオレが38サーティエイトに乗らないはえよ。


 ゼッターだってあんまり急ピッチで整備されたら今度こそ故障するかもしれないしな。最近オレが乗るロボットはブッ壊れちまうことが多いから、不安要素は極力無くしたいってのもある。


「ほっ……はははははっ。わかったわかった。ガンドールを優先しておく」


(なんか急に上機嫌になったな? 仕事してくれりゃあなんでもいいが)


 実は最新型のゼッターを持て余してたのか? いや、確かガンドールはこの爺さんが開発に噛んでたって雉森から聞いたことがあったな。自分のロボットが優先されて嬉しかったのかもしれん。


「おまえら! 今やってる仕事を一区切りしたら休憩じゃ! 全員終わったら嬢ちゃんの差し入れを食ってよし!」


 インカム使って外に怒鳴るジジイ。ロボットがある限り昼も夜もなくて、パイロット以上に大変だな、整備ってのは。






<放送中>


「うまい……」


 我先に掴んだおにぎりを頬張った面々は、久しぶりの玉鍵の差し入れにしみじみとした感想を漏らした。


 特に仲間内のリーダー格であるアーノルドは、最初から両手におにぎりを掴むヤンチャぶりである。


 黒い指に掴まれた白いおにぎりは万人向けを意識したのか海苔は巻かれておらず、代わりに薄くスライスされたコンビーフでサンドイッチされていた。


 具材はカレーの風味をつけたツナマヨが入っており、食べ盛りの少年たちの胃袋を一口ごとに刺激する。


 おにぎりを夢中でガッつく彼らが、昨日の朝まで幽霊のような生気の無さだったのを覚えている者は少ないだろう。


 ワールドエース玉鍵たまの乗る機体の整備士だった少年たちは、なまじそれまでの仕事に充実感を感じていたために、それを失ったとき自分たちの存在意義があやふやになり、徐々に気力が萎えてしまった。


 恩人である整備長に尻を叩かれ整備の仕事だけは続けていたが、間が空くと思い出すのは光り輝いていた時間ばかり。


 忙しい中にもエースの、それも飛び切り美人の少女と繋がりがあるのは整備士としても男としても本当に誇らしかった。


 それだけに『スーパーチャンネル』に映るエリートの機体で活躍する玉鍵の映像を見るのは悔しかった。


 機体に少しでも異常を見出すとエリート層にいる整備士たちの仕事をボロクソに叩き、自分たちならもっと良い状態であの子に渡してやれるのにと口々に言いあった。


 それを見咎めた整備長に『人様の事を抜かしてねえで、自分の仕事だけしてろ!』と、こっぴどく怒られても。アーノルドたちはどうしても自分たちこそが玉鍵機の整備士であるという思いを捨てきれなかったのだ。


 悔しくて日々の食事が喉を通らなくなるほどに。


「言った通りだったろ、アル。玉鍵さんはゼッターに乗らないって」


 とりあえず腹に炭水化物を入れて落ち着いた仲間から、指についたごはんつぶをついばむアーノルドに勝ち誇った指摘が入る。


「玉鍵さんは38サーティエイトだってさ。整備を怠らなくて当たりだったね」


 同じく別の仲間が3つ目のおにぎりに手を伸ばしながらひとりで納得してうんうんと頷く。一人頭3個の計算なので彼はこれが最後のひとつだ。


「あの人は単機のほうがいいとはオレは思うんだけどなぁ。誰も付いていけないんだから」


 一足早くみそ汁を啜る最後のひとりがアーノルドの内面と同じ意見を呟いたことで、米粒まで大事に咀嚼していたアーノルドは彼に顔を向いて頷いた。


「ああ。そりゃガンドールも悪い機体じゃないけどさ。玉鍵さんはもっともっと強力な、それこそエリートの持ってる『隠し玉』って機体に乗るべきなんだよ」


 リーダー格の言葉に3人の少年たちはおのおのが玉鍵に似合うスーパーロボットを想像する。


 例えばアーノルドたちもその大きさと爆発的な戦闘力に呆然としたような、超弩級のスーパーロボット『ザンバスター』のような機体。


 例えば『スーパーチャンネル』で放送されたにも関わらず、その戦闘力の全容が理解できない異様なスーパーロボット『テイオウ』のような機体。


 例えば――――パイロットの意志に呼応して戦闘力を上げるという未知数の力に目覚めた、神にも悪魔にもなれそうなスーパーロボット『ゼッター』のような機体を。



「ザンバスターは普段乗りできるサイズじゃないだろ」


「テイオウは国際問題になりそうだよ」


「ゼッターは整備長が危険だって言ってたぞ」


 大きすぎて出撃枠に見合わない。外国さえ攻撃できるなど平和を脅かす。整備長のカンは当たる。


 それぞれが相手の推しロボットにダメ出ししながら、自分たちのために用意してくれたおにぎりとみそ汁を余すことなく腹に収めていく。


 そしてみそ汁の最後のひとしずくまで飲み干したアーノルドは、結局パイロットの乗りたい機体を万全に整備してやるのが自分たちの仕事だと自負する、誰よりも玉鍵を気遣う整備長と同じ結論に至った。


 たとえそれが危険でもポンコツでも、その機体で命を張るのはパイロット自身。己の亡骸を任せるかもしれない棺桶を自分で選ぶくらい、誰にも文句を言われたくないだろうと。


 ――――そんな彼が玉鍵のために持論を曲げてまで長官に反対したのは皮肉な話だと思いながら。


 ファイヤーアークの時は玉鍵の意志を汲み、火山元長官の命令を無視してBULLDOGを持ち出した獅堂。


 幸い今回の玉鍵はゼッターを使う気は無かったが、もし彼女が乗りたいと言っていたらあの老人はどうしていただろう? すべてを飲み込んでゼッターを整備したのだろうか?


 獅堂が玉鍵のためだけに寝食を忘れて設計している新型は、まだアーノルドたちにもその全容は教えられていない。

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