第152話 夏堀と向井の懸念。人類の敵はやはり人類なのか?

「いっ、て……」


 クッソ、体がバキバキ言うぜ。昨日の無茶がさっそく来やがった。


《モーニン、低ちゃん。マッスルペインが駆け巡る朝はいかがかな?》


「筋肉痛の単語としてあってるかソレ? 力が入らなくて毛布が重く感じるわ」


 翌日に痛みが出るのは代謝が活発な証拠だろうがよ。1個前のオッサンのときは2日くらい後に痛かったもんだ。


 久々に敷いた布団からモゾリと這い出して体の調子を確認する。寝巻のパジャマを脱いで軽く伸びをするだけで筋肉や腱がミシミシ言いやがってかなわねえや。


「この痛みが筋肉になると思えば我慢もできるんだがなぁ。戦闘に訓練にそこそこ頑張ってるのに、肉が欠片も付きやしねえ」


《そういう肉体構成になっちゃたんだからしょうがないでショ。筋肉はともかく、よっぽど不摂生しない限り痩せも太りもしない体って女の子には垂涎の性能やで》


「わかってるよ、愚痴だ愚痴」


 衣装ダンスから新しい下着を出して身に着ける。オレの畳み方と少し違うのが混じってるのは、オレが不在の間に夏堀や初宮が洗濯してくれたやつだろう。


 他人の下着まで洗わせちまって悪いな。ま、おまえらが不精に溜め込んだ洗濯物の山をこっちも洗ったんだからチャラってことで。


《そろそろ新しい下着に替える時期かな。基地の帰りにWizardに寄ろうズ》


 あの若者向けの服屋かぁ。オレが来るとマッハで寄ってくる店長の笑顔の圧が強いから、あんま行きたくねえんだけどなぁ。


「まだ生地もゴムもヘタってねえし、もう少し使えるだろ」


《チッチッ。ヘタったのが分かっちゃう頃に買い替えるのは乙女として遅いのダヨ。低ちゃんはお金持ちなんだからブラとパンツで経済回してどうぞ》


「下着に限定すんな。また女の見栄の話かよ」


 女はちょっとした身だしなみひとつで口撃・・材料になるから隙を見せるなとか言われてもなぁ。


 服の方なら外から見えるから、安すぎる服やくたびれたやつを着てると下に見られるのは分かるがよ。下着は見えないんだからそこまで気合いれなくていいんじゃね?


《この辺はスーツちゃんの言う通りにしなさい。真の乙女力は性別より性格にこそ滲み出るのデス》


「へいへい。んー、今日の朝飯は素直にごはん物にするか。ライスボール大量生産のためにアホみたいな量を炊いてるしな」


 夏堀が来てから一般家庭用の電気釜で一番デカいのに買い替えたが、前のやつを捨てていなかったから今回だけ2個炊きした。どっちも最大で炊いてるから結構な量になる。


 部屋から出るとタイマーセットで炊かれている米の甘い匂いが廊下に漂っている。この匂いを嗅ぐと味噌汁を用意したくなるのはジャポネーゼ由来のDNAのせいかねえ。


 今回は量も多いし、朝っぱらから手の込んだ飯は面倒なので下ごしらえしたおかずでちゃちゃっとやっつけることにする。


 塩麹漬けの鮭と卵焼きをメインに、昆布塩で揉んだキュウリと白菜。ニボシエキスを溶かし込んだ味噌汁の具は……シルクトーフと細切りにした大根でいいか。


 後はビタミン補給用に買い付けたちょっとすっぱいオレンジ。もう少し吟味するべきだったぜ。ハニーシロップを垂らしたヨーグルトとでもあえて誤魔化しとこう。


「お……は、よう」


 起きてきた夏堀がスゲーあくびをする。昨日は少し寝るのが遅かったようだな。


《ムホッ、無防備》


 ブラが痒かったのか、ヨレヨレのタンクトップの下から手を入れて胸元を掻いているから腹が丸見えだ。スーツちゃんに突っ込まれたようにあんま人の事は言えねえけど、そのシャツはそろそろ寿命じゃね? あと下に短パンくらい穿いてこい。


 おまえは知らないから仕方ないがよ、オレの中身は男なんだわ。まあ夏堀はまだ中坊だし血流が流れるべきオレの海綿体は消えて無くなっちまったせいか、そういう気分にはならないんだが。


《ボーイッシュな子のこういうだらしない姿って、わざとらしさが無い自然なエッチさがあるというか。いやぁ、いいものですなぁ》


「(朝っぱらから妄言飛ばしてんじゃねえよ。)おはよう。こっちはいいからまず顔を洗ってこい」


 ライスボール作りの方には駆り出させてもらうぜ。具は何がいいかねぇ。






<放送中>


「玉鍵サン! 久しぶりダネ!」


 骨折で吊られている片腕を気にしないほどの勢いでファ雨汐ユーシーが玉鍵に抱き着く。


 星川たちの中で一番身長の高いファだけに、クラスでもっとも背丈の小さい玉鍵の頭は胸元に埋まる形になる。


 長官の要請で水資源の確保のために駆り出されたシスターズチームの中で、唯一ファだけは腕を骨折していたため不参加であり、親の用事も重なって帰還後の打ち上げにも出ていなかった。そのため今日が玉鍵との再会日である。


「ああ、久しぶり。腕の具合はどうだ?」


 感激しているファとは対照的にいつも通りの玉鍵に周りを囲む星川たちは苦笑する。その態度はあまりにもいつも通り過ぎて、こちらまで毎日会っていたような錯覚をするほどだった。


「ダイジョウブだよ。もうすぐギプスも取れるヨ」


「思ったよりずっと治りが早いってさ。パイロット復帰まであと1ヶ月もいらないかもってさ」


 親友の言葉をノッチーこと槍先切子が補足する。もともと単純骨折ということでそこまで深刻な負傷でもなく、十代と若く健康体のファは回復が早いようだった。


 そこから教師が来るまでの間、ガッチリと玉鍵の席の周りを固めて談笑するであろうシスターズチームの面々。


 その様子を少し離れた自分の席で嫌そうに見ているのは、陸上の朝練を終えて教室に遅れて入ってきた夏堀マコトである。


 近くの席には向井グントもいるが、こちらは触らぬ神に祟りなしと、どちらにもうっかり目線を向けるような愚は犯していない。


 玉鍵の相手は日ごとの順番制と決まっている。そして今日は星川たちの番であり、夏堀が割って入るのは協定違反となってしまうので黙っているしかない。


 しかしひとつの懸念事項が夏堀の頭に鎌首をもたげ、どうしても視線を切れなかった。


(由香、いつ帰ってくるんだろ。できれば今日の午後か、遅くても明日辺りには戻ってきてほしいなぁ)


 夏堀と向井、そして玉鍵のチームメイトである初宮由香は学校どころか今は一般層にさえいない。何者かによる拉致という形でエリート層へ連れて行かれたためだ。


 幸いにして大した怪我もなく救出されたものの、その身はまだエリート層の都市サイタマに置かれたまま。


 比較的社交的な夏堀は初宮以外にも友人は多いが、やはりクラスで一番の仲良しが不在というのは日常を送るうえで堪えてしまう。陸上部の友人はいずれもパイロットではないため、残念ながら夏堀とは別クラスなのが痛い。


 加えて言えば現在合体機を訓練中の夏堀たちにとって、チームメイトが1人でも不在になれば合体が出来なくなるため大幅な戦力ダウンとなる。

 実戦以前にも訓練内容にさえ影響してくるので、早く戻ってきてほしいと思っているのは夏堀だけでなく向井も同様だろう。


「…何かあったか?」


 チラリと見られた向井はやや怪訝な顔で問うてくる。彼は悪い人間ではないのだが、いかんせん会話相手としてはあまり面白みの無い少年だった。


「んー、別に。由香はどうしてるかなって」


「さほど心配しなくてもいいだろう。玉鍵の友人というだけでも無碍にはされないはずだ」


 客観的に見れば初宮はエリートが欲しがるような人材ではないので、すぐ一般に返されるであろうと夏堀も理解はしている。


 ただ理屈はどうあれ、ひとりの友人として損得抜きで心配してしまうのは人情であろう。


「これが玉鍵さんだったら、返せ返さないで第二とサイタマで戦争になりかねないところなんだろうなぁ」


「いや、現状が間違いなくその状態だろう。いくら所属が第二だと言っても、あれだけの戦果を出す人材が事故とはいえ手元にいたことを忘れるのは難しいはずだ」


 Sワールドのパイロットとして信じがたい戦績を残し続ける少女。玉鍵たま。


 彼女は二週間ほど前に事故によって地表に出てしまい、それでも出撃を取りやめることなくエリート層に属するロボットに搭乗して戦っていた。


 そして元より持っていたとてつもない戦果レコードを、エリート層でさらに塗り替えている。


 全高200メートル越えの超弩級ロボット、ザンバスターでの活躍は一般層でも大きな話題となった。


 1回の出撃で1000を超える撃破数を叩き出し、おまけとでも言うようにSRキラーの撃破をも同時達成するという冗談のような戦果。


 しかもこれは味方機の救援に行った先で打ち立てた記録であり、本来の役目もキッチリと達成している。


 これほどの人材をポイッと素直に返してくるほど、あのエリートという人種はお人好しではないだろう事は確かだ。


「玉鍵さんがまたエリートに行っちゃう可能性もあるって、向井くんは思ってるの?」


 あんなやつらのところに? という言葉を夏堀で口の中でだけ転がして飲み込んだ。


 ――――何かとエリート出身者に見下されがちな一般出身のパイロット。戦場でかち合った時に嫌味な通信を一方的に入れられ、憤慨した者も少なくない。


 中には強引に殿しんがりめいた役割を押し付けられた事例もあり、一般のパイロットたちにとってエリートは印象がよくないのだ。


 それだけに一般を見下す傲慢な連中が、一般出身の玉鍵にあらゆる分野でゴボウ抜きにされてしまったのは痛快だった。

 さらには無様に救出までされたとあって、一般層の人間たちは自分たちのプライドも満たされた気分になり、立役者の玉鍵たまに喝采が送られている。


 夏堀にとって玉鍵のこの活躍は、他とは少し違う意味で胸がすく思いだったのでよく覚えている。


 親の権力を使って強引に殿しんがりを押し付けて逃げて行った、忌まわしい幼馴染の事を思い出して。あの一家はエリート層出身ではなかったとはいえ、一般層における事実上の特権階級だった。


「考えたくない事だが。エリート連中も玉鍵なら受け入れるだろう。どんな派閥もひとつくらいの特例なら許容されるものだ」


 実利があればなおさらな。そう締めくくった向井は、しかし身柄がこちらあるのだからまず大丈夫だろうと付け加える。


「――――しかし、サイタマの事情も加味すると第二が折れるかもしれない」


 そう言った舌の根が乾かぬうちに、向井は机に肘をつく夏堀が不安になる一言を付け加えた。


「サイタマは大日本から独立した事でトカチやサガ、さらに外国勢からも目をつけられている。当面の防衛戦力としても玉鍵をサイタマに張り付けたいと考えるかもしれない」


「実績もあるしね……」


 サイタマの独立は銀河帝国を名乗るテロリスト集団が、大日本の海軍を抱き込んでクーデターを起こしたのが引き金だった。


 銀河の戦力は膨大で、大日本の海軍を抱き込んだだけでは飽き足らず、武装した飛行船という『動く基地』を使う事で裏技的にスーパーロボットまで掌握していた。


 人々の生活のために作られるロボットを使い、同じく人類生存の砦のはずの基地制圧に投入する始末である。


 そして使われたロボットは、よりにもよって不死鳥王ファイヤーアーク。夏堀だけでなく向井や初宮にとっても因縁のあるロボットだったのは酷い悪夢であった。


 これを迎え撃ったのは同じくあの機体と悪い因縁があり、過去にもファイヤーアークを退けた少女、玉鍵たまである。


 今になって思えば、彼女が一般層から事故でエリート層に出たことも、あるいはこの対決を実現するための定められた運命のように夏堀は思えた。


(……そういえばあいつ、親子そろって底辺送りになったって聞いたんだけどな。ファイヤーアークもヘッドパーツだけしか無くなったから、解体されたはずなのに)


 夏堀がファイヤーアークを見て思い起こすのは腐れ縁の忌まわしい幼馴染『火山宗太』と、その父親の元第二基地長官『火山宗次郎』だ。


 火山親子は国に犯罪者として拘束され、底辺層送りになったと公式には通達されている。

 だがその国の役人たちが縁故と汚職に塗れていれば、罪から逃れる事も出来るだろう。大日本とはそういう国だったのだから。


(もしかして幼馴染あいつが乗っていたのかしら?)


 厳格なパイロット認証があったファイヤーアークを思い出した夏堀は、迷惑な幼馴染だった火山宗太の搭乗を一瞬だけ疑い、すぐに無理だと否定した。


 ファイヤーヘッドの登録は火山宗太が降りたあと、別人の月影という少年に変更されている。

 それに認証以前の問題として、彼はジャスティーンで暴走したさいに玉鍵に力づくで取り押さえられた結果、半死半生の大怪我を負っていた。


 もはや完治してもパイロットなどとても出来そうにない負傷だったはずなので、地表で暴れたファイヤーアークのパイロットは別人の可能性が高いだろう。


(……まあ銀河とかいう武装決起集団もファイヤーアークも、残らず玉鍵さんが倒しちゃったんだし。もうどうでもいいか)


 あのテロリスト対サイタマ基地の戦闘はSワールドのものではないが、『緊急特番・スーパーチャンネル』という題名で全世界へ向けてゲリラ放送されていた。


 これに関しては以前にアーマード・トループスでの対決や、直近ではGUNMETという可変戦車の特番が組まれているので、もはや基地の人間にはお馴染みである。


 そしてこの特番の最大の特徴は、通常の『スーパーチャンネル』と違って玉鍵たまというパイロットが大きくクローズアップされている点にある。


 通常版でも活躍したパイロットに放送が偏ることはままあったが、特番は明らかに玉鍵を主役として放送が組み立てられていた。


 ――――そしてこの放送によって、向井が懸念しているように夏堀を含む人類は、薄々気付いていながら見ないふりをしていた、ある恐ろしい事実と向き合うことになる。


 すなわち、スーパーロボットの力はこちらの世界でも『戦争の道具』として使えるという事実に。


 機体の特性によっては基地の区画から離れずとも、その場で他国を攻撃できるという現実に。


 あの禍々しい金色の光を纏ったスーパーロボットの攻撃は、テロリストだけでなく都市や国家防衛の常識をも打ち破ってしまった。


 大日本の残存政府や外国勢がサイタマの離反を受けても、すぐさま武力制圧に出ていけない理由のひとつは、おそらくあの異質なスーパーロボット『テイオウ』の存在があるからだろう。


 一介のパイロットかつ学生でしかない夏堀には今後の事など分からないが、人類同士の争いにあんな強力過ぎるスーパーロボットを持ち出したらどうなるかくらいは分かる。


(でもそうなると、やっぱり私たちが戦争に駆り出されるのかな……)


 かつて核兵器という最悪の武力によって互いを牽制してきた人類の歴史を、今度はスーパーロボットで繰り返すことになるかもしれないと思うと、夏堀は授業前からすでに陰鬱な気分になるしかなかった。


 …もしもそうなったとしたら、他国という敵を穿つ鋭い矢じりの先頭は、間違いなくエースが任されることになるだろう。


 向井も夏堀も、その事に思い至ってひとりの少女に目を向ける。


 誰よりも強く心優しい彼女が、大義名分を盾に人間同士の醜い殺し合いに駆り出されるかもしれない。そんな嫌な未来が来ないことを祈るばかりだった。

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