第151話 生活臭!? メディアで映るようなお洒落キッチンなど使っていない証拠!
久々に戻ってきたオレ名義のオレの家。
夏堀たちの話だと前身が学生寮だったことを覚えている人もいて、たまに入居方法を聞かれることもあるらしい。
「
こいつは送迎サービスとして一般層で契約しているCARSの1両で、ナンバーは
スーツちゃんがAIの中身をちょいと弄っちまってたから一抹の不安があったんだが、どうやら細工はバレずに済んだらしい。
エリート層に出ちまった日からロッカーに入れっぱなしだった制服やら何やらまとめた荷物を持って、新調された質感の良い座席から立つ。
基本的にスーツちゃんを着ているオレには必要の無いものだが、もし見られたときダミーの制服を入れとかないと辻褄があわないから突っ込んでたものだ。まともに袖を通してないから置きっぱなしでもカビてなくて助かったぜ。
途中で買い付けた食材はトランクのほうだ。家を空けて2週間あまり、オーガニックの青果食品はさすがに悪くなっちまってるだろうからな。
……キッチンの共同冷蔵庫はともかく、管理人室に置いた自前の冷蔵庫を開けるの
〔ありがとうございます。また玉鍵様にお仕えできることを誇りに思います。本日もCARSのご利用ありがとうございました〕
チカチカとウィンカーを点滅させて発進していく新調したレトロボディのCARSを見送る。
《やっぱりアスカちん荒れてたみたいだネ》
(物に当たるのがクセにならねえうちに矯正しときたいもんだ)
CARSはAIを搭載した完全無人の車両で一般層だけでなくエリート層でも使われており、全車両の情報が共有されている。それを利用してエリート層で使っていた
アスカは無駄に切れ散らかし、初宮はお通夜状態らしい。
CARSを通じて伝言だけ頼んでおいたがどこまで効果があるやら。
本来は一般からエリートへ通信を上げるのは法的にアウトだからサービス外らしいが、その法律の効力を担保する国からサイタマが独立して第二も追従姿勢を示しているので、今だけグレーゾーンとして扱ってくれた。
前はもっと頭が固かった印象なんだがな。スーツちゃんが弄ったせいで、データ上で見えないところにバグが混じったのかもしれねえ。あんときゃ生きるために仕方なかったとはいえ、CARSにはちょっと悪いことしちまったな。スクラップ行きにならず修理されてよかったよ。
「夏堀、悪いが風呂の準備を頼む。( オレは)明日の食事の下ごしらえをするよ」
何せオレたちだけじゃなく整備のガキどもの差し入れも作らなきゃいけないからな。たった2週間でゲッソリ痩せてんじゃねえよビックリしたわ。
元が寮のこの家のキッチンは設備が意外と充実しているから、無駄に拡張しなくてもそこそこ量が作れるのが救いだぜ。帰ってきたばっかりであんま凝ったのを作るのは面倒だから、今回は具入りのライスボールでも大量生産するか。
「あ、うん。その、その、ね? 玉鍵さん」
こちらに答えつつも妙にモジモジとしている夏堀。おいおいあんまスカートの端を握るな、シワになるし短いから見えちまうぞ。
《こ、これはまさか告白っ!? はっちゃんが居ない間に抜け駆けなんて、なっちゃん悪い子っ》
(
どっちかというと悪戯して叱られる前提のガキだろ。そういや家が近づいてくるほど車内で口数が少なくなってたな。
「どうした、夏堀?(だいたいは怒らねえから言ってみろ)」
《それオカンが絶対怒るパターン》
(物によるだろ。怒らないと約束しようと叱るモンはキッチリ叱るってのが大人の役割ってもんだ)
「あまり家の掃除が出来てなくて、えぇと、その……」
なーんか嫌な予感がして寮へと足を向ける。背後に食材バックを背負い、すべてを諦めた死刑囚みたいについてくる夏堀がその予感を助長する。
(……なんか異臭がするな)
入ってすぐ感じたのは空気の籠ったにおい。
《いかがわしい体育用具倉庫的な?》
(いかがわしいという単語はいらん。用具室なんて入ったこと
「《……うわぁ》」
洗ってない皿が積まれたキッチン。洗濯物が溢れた籠。リサイクルに出し忘れたゴミ満載の
振り返ると見たことないほど汗をかいているモコモコスリッパの夏堀がいる。その内履きも固まった埃が付着していた。
まあつらつらと言い訳をねじ込んでこない点だけは評価してやらぁ。
「風呂磨き終ったらこっちも手伝え」
これは風呂のほうもカビが生えてんだろ。今日はもう面倒くせえからカビの根絶は明日からだ。ラップと洗剤を大量に買わねえといかん。
「はいっ!」
明日の初宮への伝言の内容は決まった。家の惨状について戻ってきたら問い正すので覚悟しておけ、だ。
<放送中>
「戦利品が無い?」
マルチタスクで流れるように仕事をこなしていたラングは、ひとつの報告を聞いてそれまでの作業をピタリと止めた。
該当の報告から詳しいデータを呼び出し、戦利品の内容を確認する。先の秘匿基地の破壊によって膨大な量の戦利品が出現しているため判別し辛いが、過去の数少ない基地破壊によって得られた物資データと照らし合わせると、確かに違和感があった。
(あれほど巨大で異常な能力を持つ敵を撃破すれば何らかの特別な品か、もしくは膨大な物資が出てくるはずなのに)
ラングは玉鍵が倒した今回の敵をその性能からSRキラーに類するものと見ていた。そのため物資量は気に留めず、倉庫番の調査によって何かしら特別な物資の明記がひとつふたつ載るとばかり考えていた。
(基地と、その前の
デスクに据え付けられた端末から録画された『スーパーチャンネル』の映像を呼び出し、玉鍵の駆るゼッターGの映像だけをコンピューターで抽出したものを観察する。
このタイミングで淹れたまま飲み忘れていたカップのコーヒーに口をつけると、自慢の豆で淹れた黒い液体はすっかり冷めきっていて苦味ばかりが口に残った。
(高高度に吹き荒れる強風のなか無誘導爆弾をポイッと落として、切り立った崖の隙間を正確無比に抜いてドカン、か。初手から信じがたい技量ね。でも問題はここから)
強力な爆弾により広域を破壊されたことで『存在が知られた・攻撃を受けた』と判断したのか、秘匿基地が防衛設備を立ち上げ姿を現す。
これを受けてすぐさまロボット形態となったゼッターG。タイプ・ドラゴンはここでひとつめの異常な数値を弾き出す。
(ありえない威力のエナジー兵器。その出力は画面からの推定で……旧型の50倍以上)
スーパーロボットとて機械。工業製品である以上、予め持たされた機能限界というものがある。
確かにスーパーロボットに類するSワールドの機械は限界を超えた性能を発揮することが過去に幾たびか確認されているが、それとてパーセンテージで加算される程度であり、数十倍の出力という0の桁が増えるような数値を叩き出すほど極端なものではない。
現行機の10倍の出力を謳い文句にロールアウトしたゼッターG。しかしこの算出はシミュレーター上の理論値でしかなく、実働ではリミッターを外しても3倍に満たない出力しか発揮できないはずであった。間違っても現行機の50倍などという威力でエナジー放射ができるはずがない。
その後もゼッターは
(やっぱり搭乗するパイロットの資質によって極端に性能が変わるのね、ゼッタータイプ……でも、たとえ強力でもこのシリーズ一本は危険だわ。パイロットごとの性能の振り幅が大きすぎる)
――――Sワールド用の兵器開発に携わる関係者の中には常々、『ロボットを特定の機体シリーズに絞って生産すべき』という全体のスリム化を提案する者が一定数いる。
これは効率という意味では非常に理にかなった話であり、ラングも一定の理解を示していた。
開発や整備・修理の手間はもちろん、パイロットの育成という意味でも操作形式や機体性質の近い兵器のほうが習熟しやすいのは事実なのだ。
さらに個人の適性に合うロボットをいくつものゲテモノロボットから探すより、あらかじめ基地側が強い機体を選別しておき、パイロットが訓練によって正式採用のロボットシリーズの特性に合わせる訓練をしたほうが遥かに効率的である。
そして、すでに大勢の若いパイロットたちの命と引き換えにトライアンドエラーは繰り返され、『強いロボット』の傾向と弱い機体の傾向はある程度見えている。
手探りで技術の枝葉を無秩序に伸ばす時期は過ぎ、伸ばした中で太い木の幹になる部分にのみ注力するべき時期だという、効率重視の者たちの言い分には確かに一理あるのだ。
――――だが、効率化の果てに待っていたのが人類の今の惨状ではないのか? ラングはそこが気にかかり、理解はしても賛同はしなかった。
効率化を優先したことによる食品の汚染。流通を最適化しすぎたことによるちょっとした事故での経済的大打撃。
『不要』を切り捨てて『無駄』を切り捨てて、待っていたのは自分たちが住む星から資源を絞りつくして、自然を失った荒廃した世界だったではないかと。
そうなってさえ人間は懲りることなく今度は宇宙にまで欲望の手を伸ばし――――そしてこの星に閉じ込められたのだ。凶悪な犯罪者のように。
あるいは、汚した場所を先に片付けなさいと大人に叱られる子供のように。
あの上位者の思惑などラングにも分からないが、『Fever!!』は人類の死滅を目論む天敵ではない。侵略者でもない。
強いて言うならば種の保護管理者。もしくは飼育員と言い換えてもいいだろう。少なくとも大きな視点では敵対していない。
あの存在は人類に向けて言ったのだ『カッケーメカに乗って
……ではカッケー、格好いいとは何を指すのか?
見た目のデザインが良い機体か? 劇的に活躍するロボットか? それとも、地味で泥臭いニッチな格好良さか。格好いいの定義は無数にある。
人類はまだまだ試行錯誤をすべきだとラングは思う。この問題はごく単純に、『Fever!!』の言う『カッケー』の主観とのせめぎあいかもしれないのだ。
もしロボットに個性を無くしたことで飽きられたら、かの存在が人類をどう扱うか分かったものではない。
いい加減に人類は謙虚さを覚えるべきだろう。知性と暴力性によって星の生命の頂点に立った人間は、あまりにも傲慢に慣れすぎている。
自分たちがこの世界の支配者、生命の保護者、そして簒奪者であり続けられた時代は終わったと実感すべきなのだ。
人類を超える上位存在『Fever!!』の出現によって。
(おっといけない。リアルコズミックホラーより、空振った釣果の原因を調べないとね)
映像は第二基地から出撃した巨大トレーラーが友軍信号を出しているはずのゼッターを攻撃し、ロボットに変形したところ。
(ここまで露骨に味方へ戦闘を仕掛けるパイロットも珍しいわね。パイロット同士のいざこざにロボットを持ち出した
ケンカならシミュレーション対決なり当人同士で殴り合いでもすればいいものを。稀にロボットを使って決着をつけようとする愚かな若者が出てしまうのがS基地の悪しき恒例である。戻ってきたらS関連の犯罪として重犯罪者扱いとなるのにだ。
本来は夢のまた夢の兵器スーパーロボット。そのパイロットになれるというロマンに押し出されて脳が湯だった結果、一部の馬鹿はロマンですべて押し通せると思い込んでしまうほど知性が下がるのかもしれないとラングは分析している。
「……Wow」
危なげなく白いロボット、ダモクレスの攻撃を躱していたゼッターが意表を突かれ、ここで初めてガードに回る。その光景にラングは驚いた。
これまで見た玉鍵たまの戦闘記録において、彼女が完全なガード体勢を取ったのはこれが初めてかもしれないと。
玉鍵はヌルヌルと当然のように攻撃を躱して無傷のまま戦えるわりに、実はベテランのような泥臭い戦法も得手としている。
攻撃をあえてガードしつつ受けることで反撃に転じるための時間を短縮したり、近接攻撃をどっしりと待ち構えて受け止めることで、逆に殴ってきた相手の体勢を崩すという玄人じみた戦法を取ることがままあった。
だがこのガードはそのどちらでもない。本当に『慌ててブロックした』印象をラングは受けた。
「やるわね、この子」
ダモクレスのパイロットネームの表示には
どういう遺恨から攻撃するほど玉鍵を恨んでいるのかは不明だが、あの玉鍵に一撃当てるほどの技量の持ち主なのは間違いないだろう。
そこから暫定名『自爆・大怪球』のエナジー吸収攻撃を受けてゼッターが墜落しかかる。しかし機体は即座に持ち直した。ものの数秒でマシントラブルを解決する玉鍵の対応力はさすがの一言だとラングは唸る。
(けど、無敵に近い防御技術を誇る玉鍵に大きな隙が出来てしまったのはどうしようもない。私がダモクレスのパイロットなら……やっぱり)
ラングの読み通り、ここぞとばかりに大技へ移行するダモクレス。エネルギーの渦に巻き込まれ行動不能になったゼッター目掛け、第三者が画面越しから見ても殺意を感じるほどの動きで白いロボットがアッパーを繰り出す。
「――――Nice! タマ! Berry Nice! Foo!」
ダモクレスの必殺の一撃を合体解除という機転でゼッターが避けた。思わずガッツポーズをしたラングには、すでに先の戦利品未収穫検証の件は頭に無い。
今この時だけはサイタマの大統領フロイトではなく、元パイロットのラングとしてワールドエース玉鍵たまの戦いに夢中になっていた。
……だが、そこから続く光景にラングは凍り付くことになる。
警告にも関わらず健気に集まってくる玉鍵の友人たち。いまだ味方撃ちを諦めないダモクレス。そして不吉に点滅を始めた大怪球。
画面からじわりと漂ってくる不気味な気配。それはかつてパイロットとして研ぎ澄まされていたときラングも感じたことのある――――たくさんの死人が出る予感。
もはや死臭がにおいたつほど嫌な気配が漂う中、突如何もかもを振り払うようにゼッタードラゴンが飛翔する。
己を鼓舞するように宙で胸を張り、やがて機体全身を覆うほどの発光を纏って光の玉となったドラゴンは、あらゆる慣性制御の限界を突き抜けたジクザク軌道で大怪球へと突っ込んでいく。
「っ!?」
画面を閃光が覆う。あまりにも真剣にモニターに噛り付いていたラングは、その光を諸に見てしまい反射的に目を瞑った。
録画映像をポーズにし、シバシバと瞬きして目の感覚を確かめたラングは、少し落ち着きを取り戻して改めて冷静に映像を分析する。
「……たぶん、これが戦利品の出なかった原因ね」
ゼッターGが最後に放ったゼッター並みの大きさの光弾。このすさまじい攻撃によって大怪球は欠片も残さず完全に消滅していた。
裏付けには詳細な分析を待つ必要があるが、ラングは今の映像から受けた直感で、この攻撃こそ戦利品未出現の原因なのだろうと判断する。
画面では再びゼッターとダモクレスが対峙しているが、その結果はすでに知れている。
ラングはここで映像を止め、端末からゼッターの開発チームを呼び出した。
自爆型を爆発させることなく消滅させた方法に原因があるのか、まったく別の理由からかの検証は後でいい。
「ゼッタータイプでこの攻撃ができる機体には、原則あの武器の使用禁止を通達しないといけないわね」
あの球体がどんな戦利品を持っていたのかは定かではないが、仮にSRキラークラスであったなら過去の科学技術やそれ以上の超技術を戦利品として手にすることが出来たかもしれない。
例えばテイオウの炉心を作り出した物質転換機のような、人類の頭脳がまだ達していない代物であった可能性もある。
今後も人間はSワールドで戦い続けるだろう。しかしその意義はどこまで行っても戦利品を得ることであり、どれほど手強い相手を屠ろうと物資が手に入らなければ無駄骨、徒労でしかないのだから。
――――なお、この命令に返ってきたゼッター開発者のオブラート包みの返答は、『あんなメチャクチャできる機能、現行機にもGにも初めからついてないです』というものだった。
逆に検証するから早く回収してほしいと願われたラングは、法子から玉鍵を取り返すために思案していた計画が狂ってしまい眉を寄せる。
玉鍵たまの代わりに最新鋭機ゼッターGを第二へくれてやるという作戦は、重度のロボオタクである法子にはかなり有効なはずだったから。
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