第150話 帰ってきたT

<放送中>


「玉鍵さぁん! お帰りぃっ!」


 あまりにも待ち切れずコックピット用の昇降機に降り立ったばかりの少女に全身全霊で抱き着く。


 あれほどの戦闘を繰り広げたパイロットとは思えないほど華奢な体は、両手を広げた夏堀マコトの胸にすっぽり収まるほど小さい。


「ああ、夏堀。ただいま――――くるしい」


 再会に歓喜している自分に比べ、まるで昨日も会っていたかのように答える少女に対してマコトが抱きしめる力を強めて無言のうちに抗議すると、彼女はマコトの背中をタップして緩めるよう訴えてくる。


 その軽い仕草は抱きしめた子供の背中を優しく叩くように暖かく、思わず鼻にツンときたマコトは余計に強く少女を抱きしめた。


「夏堀、玉鍵が潰れるぞ」


「潰れないわよっ、人をゴリラみたいに言わないでよねっ」


 見かねた少年がチームメイトを宥めると、マコトはそれに抗議して抱きしめていた玉鍵たまを庇うように向井から遠ざけた。


 着陸と同時に玉鍵の降りるハンガーに飛び出していったマコトに代わり、整備士へ機体の受け渡しの書類を書かされた向井グントからするといい面の皮であった。玉鍵を抱きしめるためか反射的に放り出したヘルメットをキャッチしてやったのも向井だというのに。


 溜息をついた向井は預かっていた彼女の分のヘルメットをマコトに放る。それを受けるために拘束が緩んだところを見計らい、玉鍵は向井の思惑通りマコトの胸を脱出した。


「助かった、向井」


「無事の帰還。何よりだ」


 染みついた訓練によってつい敬礼しそうになった少年は持ち上げかけた右手に小さく苦笑すると、その手を少女へと差し出す。


 玉鍵はこれに応え、少しだけぎこちなく握り返した。


 目の前の同級生の反応に少しは異性として意識してくれているのかと思い至り、向井は自分のしたことが無性に恥ずかしくなってすぐ手を引っ込めた。考えてみれば異性同性を問わず、向井にとって自主的に握手など初めてのこと。


 それだけ自分も玉鍵の帰還に浮かれているのだと自覚し、夏堀を笑えないなと少年は顔を赤らめながら再び苦笑した。


 元テロリストに育てられ、その育ての親を殺してしまった孤児、向井グント。自分がこんな風に笑える生活を送れるとは、過去の自分も向井を育てた老人も思ってはいなかっただろうと思って。


 そうして二人に促される形で玉鍵はタラップの端へと近づいた。


 ヘルメットもパイロットスーツも身に着けない主義の玉鍵が、雪のように白いジャージ姿で上から姿を見せると、待ち構えていた大勢の人々から歓声が上がった。


 多くのパイロット、整備士、職員たちが少女の帰還を心から歓迎していた。


「……ただいま」


 皆の歓声に戸惑いながら、ポニーテールを解いた髪を照れ隠しのように弄る玉鍵。そんな彼女らしからぬ年相応の初々しい姿に、第二基地の格納庫はますます盛り上がった。







<放送中>


「お゛か゛え゛り゛だ゛ま゛ぢゃぁぁぁぁんっ!」


 幾人もから何度目かの強い抱擁を受けて、玉鍵はもはや悟りを開いたような顔で高屋敷法子のハグを受け入れていた。無理に脱出しようとしても余計に時間が掛かると、ついさっきまで玉鍵を抱きしめていた星川マイムたちで学んだからであろう。


「長官、そろそろ離してやれい。さすがに嬢ちゃんが疲れとるわ」


 玉鍵帰還の報を聞いて整備棟の詰め所まで乗り込んできたのは第二基地の長官、高屋敷法子である。彼女もまた友人たちの例に漏れず、玉鍵を思い切り抱きしめて無事を喜んだ。


 しかし長官らの気持ちは分かるが、明らかに疲労の色が濃い玉鍵をこれ以上疲れさせるのは酷だと判断した整備長、獅堂フロストは老人らしからぬ筋骨たくましい腕で二人を引き離す。


「積もる話もあるじゃろうが、今日の出撃日はまだ終わっとらん。長官はさっさと仕事に戻ってくれ」


 たった今帰還した者ばかりが今日戦うパイロットの全員ではない。時刻はまだ正午にもなっていないのだ。


 未だにSワールドで戦っている者もいれば、この後に来る自分の出撃時刻をヒリヒリした気分で待っている者たちもいる。日曜という名の出撃日は終わっていない。


「う゛ーっ、じゃあ明日! 明日基地に来てね!」


 護衛の保安と秘書に左右から捕まれ連行されていく法子は、諦め悪く自動ドアから顔を出すと『ありがとう、たまちゃん』と言って今度こそドアは閉まった。


「よし! 無事帰ってきたパイロットどもはとっとと整備棟から出ていけ。なんなら家に帰って休め。整備士以外が現場でチョロチョロされたら仕事にならねえんだ。ほれ、帰った帰った」


 パンパンと手を叩いて有無を言わさず帰宅を促す獅堂の言葉に、整備士以外の全員がゾロゾロと整備棟を出ていく。彼の言う通り帰還したパイロットに仕事はもう無い。機体を引き渡した時点で後は整備士の仕事である。


 そして身勝手な理由で仕事を邪魔する者に対して、ただでさえ忙しい整備士がケンカっ早くなることは周知の事実だった。


「嬢ちゃん。あー、んー、なんだ、アレだ。よく戻ってきたな――――けど、一般層ここに義理立てるこたぁねえからな?」


 ただ一言、お帰りといえば済むところを、厳つい老人は彼らしい不器用な物言いにして玉鍵の生還を喜ぶ。


 しかし同時に、どれだけ地下で歓迎されたとしても、おまえはエリートとして地表に戻るべきだと遠回しに言い添えた。


 たとえ本音では残ってほしくとも、一般層とエリート層では生活環境の違いは明白。それにこの少女はすでにエリート層でも不動の地位を築いている。変な人情に引き摺られて一般層に残るのは、玉鍵たまという未来ある少女の人生にはマイナスでしかないと考えて。


「ありがとう。それと――――すまない、GARNETは上に壊れたまま置いてある」


「あぁん? そんなもの上の整備士の怠慢じゃ。嬢ちゃんが気にするこたぁないわい」


 その顔が本当に申し訳なさそうだったから。獅堂はつい玉鍵の頭をガシガシと撫でた。


「っと、すまん。油が」


 いつものようにグリスに汚れた手であったため、玉鍵の髪を汚してしまったと感じた獅堂は少女に謝る。けど玉鍵は乱れた髪を気にすることなく手を軽く上げて老人に応え、たくさんの仲間たちに囲まれて去っていった。


(…長官に釘刺して置かんといかんかもな。エリートと嬢ちゃん取り合い出したら面倒なことになる)


 都市に戦利品と防衛力という多大な恩恵を与えるワールドエース。その所属を巡ってサイタマと第二とで争う可能性に思い至り、老人は越権と知りながらも必要とあれば意見することに決める。


 どうせ80を超える自分の生い先は短い。心優しいがためにいつも無理をしがちな少女のために、己の進退を賭けてでも良い未来を作ってやろうと思いながら。


「さあガキども! 久しぶりの嬢ちゃんの機体じゃ! 気合い入れて行くぞ!」


 常に重厚な機械音の響き渡る整備区画。その騒音に負けない声量で古参兵の檄が飛ぶ。


 いつもその怒鳴り声を聞いている整備士たちは、強面の老人の声に抑えられない喜びが混じっていることを感じ取った。








「玉鍵ぃ、てめえ心配させやがって!」


「大剣先輩、セクハラですよ」


 顔が全体的に四角で眉がやたらと太くて濃い、マシンサンダーのリーダーがすげえ笑顔で頭を撫でまくろうとしてくるのを、雉森がオレを背後から引き寄せて空振りさせる。


《頭にまたも素敵な感触っ》


(オレを介して堪能してんじゃねえよ)


《うーむ。やっぱりサイズは和美ちゃんが一番だナ。そして意外にも2番手はゆっちゃん》


(…まあ中坊の発育じゃねえとオレも思ったがよ。そもそもガキの胸に言及すんなや)


 周りを固められて引っ張ってこられた有料の休憩所。そこには6時1段目の出撃に参加していた面子が集まっていた。普段は有料の場所を利用しないような連中までいやがる。


 向井たちに星川たち、キャスに雉森たちに大剣たちも。


「(おまえら)1機も撃破してないんじゃなかったの( か)?」


「え? あはははっ、そうだったっけ?」


 夏堀を筆頭に、オレが見回した端から目を反らすガキども。大剣に至っては口笛を吹いてやがる。濃い顔立ちといいベタな誤魔化しかたといい、こいつマジで大昔からタイムスリップしてきたんじゃねえの?


 それにしてもどいつもこいつも、お人好しの嘘つきばっかりだぜ。こいつらあのとき会敵さえしてないと言いながら、すでにあの時点で数機を撃破し終わってやがった。


 とっとと逃げろってオレの忠告を無視して帰還できるのに居残りやがって。


「HEHE。そんなに睨んでやるなよ、TAMA。もう過ぎた事じゃないか。全員で生還できたことを喜ぼうぜ?」


 褐色の厚い筋肉をタンクトップから覗かせて、サンダーがグイッと親指を向けてくる。大剣といいこいつといい、暑っ苦しいなぁオイ。


(――――ホントに一般層なんだな。ここは)


 自爆野郎と綺羅星きらぼしとの連戦の後。さすがのゼッターもボロボロだってんで、予定していた時間ギリギリまで戦うのを諦め、オレも素直に帰還した。


 水資源を出す輸送型は1機だけだがキッチリ撃破しているし、おまけで秘匿基地と自爆野郎を潰したことでそれ以外の物資も大量に獲得出来ている。第二にもサイタマにも義理は十分果たしたろうって思ってな。


 そうそう、大馬鹿野郎の綺羅星きらぼしはあいつのお仲間の三島たちによって、擱座したダモクレスから救助されている。


 …人命と比べて言うこっちゃねえが、置いてけぼりにされるダモクレスは哀れだった。いずれ向こうで分解され、プリマテリアルという形で還ってくるとしても。


 戦果無しの連中がゲートを使って帰ってこれたのは、あの場でオレとチーム申請したからだ。


 代わりに三島から小型機10機分の金銭を受け取るって形で、金で解決したってわけ。


 まあ自爆野郎を相手にしたとき実際に共闘したわけだし、綺羅星きらぼしを助ける事にそこまで抵抗はなかったしな。どいつもこいつも未成年ガキだしよ。大人なら一度くらいはクソガキでも助けてやるのがまとな社会人ってもんだろう。


 三島も野伏も、綺羅星きらぼしさえ連れて帰れりゃ報酬も撃墜スコアも何もいらねえとさ。お人好しの良い仲間を持ったことに感謝しとけよ綺羅星クソガキ


 こうしてシャトルを呼んで全員で戻ることになったワケだが、見ての通りありさまだ。


 ゲートに突入してから回廊が妙に長いという、前にも感じたことのある感触の中で出てきたところは、剝き出しの岩盤が覗く天井と外壁。


 忌まわしくも懐かしいサイタマ直下の一般層。今回のリスタート地点たる第二都市だった。


 何がゲートに作用したのやらさっぱり分からん。けど満身創痍のロボットで狭苦しい地下を飛び続けるわけにもいかず、見慣れた格納庫にゼッターを下すことになった。


《久々の古巣はどうカニ?》


(やっぱ空気が違うな。空調が効いていても地表より重い感じがするよ)


 岩盤に囲まれているという、物理的な閉塞感がそう感じさせるんだろう。空が高くて青いってのは、思ったより人にとって大事な事なんだな。


(これで2回目か。『Fever!!』はゲートのメンテナンスしたほうがいいんじゃねえかな。クレームはどこに入れりゃいいんだか)


《お客様対応センターにお繋ぎします……ズッタンズッタン! チャラララララララッ、チャーチャーチャーチャーチャーッ! 今ぁは動ぉけぇなぁい♪》


(待ち受けメロディの歌詞でクレームを拒否すんな。オカルトパワー発揮してスイカバーで突撃すんぞ)


《スイカはともかく、メンテナンスしたからこっちに戻って来たんでない?》


(……あぁ、なるほど。ゲートの帰還先はパイロットの所属基準なのか。オレはてっきりロボットのほうだと思ってたよ)


 普通はパイロットと搭乗するロボットの所属が別々ってこと自体が無いがね。


 けど、そうなるとザンバスターの時はゲート大混乱だったんじゃね? ザンバスターとアスカはエリート層所属で、オレは一般だもんよ。あんときはどう判定したんだ?


 まあいいか。考えるのが面倒くせえ。


「玉鍵さんはどれ食べる? お祝いだから私たちで出すわよ」


 オレがボケッとしている間にいつのまにか話が進み、夏堀たちはここでケーキを食うことになったらしい。まあ入場するだけでも有料とはいえ、ただ入るだけってのもアレだしな。店で席に着いたなら何か頼むのがスジってもんだろ。


 それにしてもお祝いか、なんかおかしい表現な気がするぜ。いつものように戦って、生きて帰ってきただけだろうに。


 ……いや、それこそまさしく目出度い日か。オレのジンクスだった5回目を抜けて、今回のリスタートは生存記録を更新し続けている。


 もちろん今後も死ぬ気は無い。死ぬ気はなくとも死ぬのがパイロットだとしても。


 そういやアスカ、たぶん勝手にキレてんだろうなぁ。近くにいる初宮に当たり散らしてなきゃいいが。


 ま、縁が合ったらまた会おうや。初宮はのしつけて着払いで送ってくれ。







<放送中>


<たまちゃんが第二都市側に?>


 秘匿基地の撃破による戦利品ラッシュで沸き返っているサイタマ。しかしそこにもたらされた最新の報告を聞いたラング・フロイトは、言いようのない偏頭痛を感じてせめて情報という名の頭痛を共有したくなり、親友の天野和美に通信を入れた。


「一度あった事はってやつなのかしらね。あの子、あらゆる意味で驚かせてくれるわ」


 玉鍵の所属を巡ってはサイタマのエリート層に招聘することを決定している。だが調査すると銀河の暴発によって発生した膨大な雑務が山積み状態であったことから、書類上の手続きが終わっておらず宙ぶらりんになっていた。


 むしろラングは玉鍵の件はすべて最優先事項と考えており、他の何を遅延させてもかまわないと、真っ先に組み込んでいる気になっていたのである。


 しかしラングの部下たちはそうではない。


 人手不足の混乱の中でどうにか都市機能を維持するため仕事をこなしていた彼らは、直近では大きな問題にならないパイロットの案件についてすべて優先順位を下位とし、後回しにしていたのだ。


 そして順位を取り違えた中には、玉鍵たまの所属移動に関する電子データも紛れ込んでいたのである。


 ラングの部下たちは決して愚かでも怠慢でもない。これは有能な彼らをしてパンクするような仕事量だった、という事だろう。


 あるいは『Fever!!』の介入かと、ラングの優秀な頭脳は勝手に様々な推測をしていき、赤毛の女傑はいらぬストレスを溜めることになった。


<となると、法子の粘り腰が極まりそうね……>


「水の件があるから最終的には折れるわ。たぶんね」


 第二基地を仕切る高屋敷法子には水の援助をサイタマに頼んだ引け目がある。


 だが同時に、独立して間もないサイタマには地下の直下都市にだけは追従して欲しいという弱みがあった。話の転がり方によっては互いの主張で膠着状態に陥る出目もありえる。


 そうなると決め手となるのは、やはり玉鍵本人の意志。


 損得だけで普通に考えればエリート層一択のはずとはいえ、若者らしい仲間意識から一般層に留まる可能性もあるとラングは見ていた。


<法子には私からも口添えしてみるわ>


「お願い。私、どうもあの子には寄り切られちゃうのよねぇ」


 大人になった今でも十代のような真っ直ぐな瞳で見てくる友人の言葉は、今でもラングの合理的なはずの心を動かしてしまう。


 しかし都市ひとつ国から独立させた人間として、友情だけで物事を右左するわけにはもういかないのだ。


<……代わりと言ってはなんだけど、ア――――>


「ああっ! 緊急の通信が来ちゃったっ、またねSee you!」


 返事を聞かずに通信を切る。先ほどからいくつもの重要な通信が来ているのは本当の事であるので、まったくのデタラメという事もない。


 あれだけアスカが懐いていた玉鍵が帰ってこない。それによって本気で荒れているであろう姪っ子の相手など、今日ばかりはしたくないラングだった。

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