第149話 Zetter! Exceed・Charge!!

※後半の<放送中>はご不快な方もおられるかもしれません。その場合はそっ閉じをお願いいたします( TДT)





「このフィールドにいるパイロット全員にオープンで回線で通達! 超大型の自爆型と交戦中! 予想破壊規模は大陸全土! 今すぐシャトルを呼んで全力で帰還しろ! 出来ないやつは大気圏を離脱できるなら宇宙まで逃げろ! 繰り返す!」


《基地、というか色んなところから通信来たよ、どうする?》


(放っとけ!)


 もう四の五の言ってる場合じゃねえよ。根拠がどうかとか、爆発が確実かどうかなんていちいち説明してられっか! 全員逃げろ! とにかく急いで1機倒してシャトルを呼べ!


 これは危険を知った人間として義理で教えてるだけだ。文句なんざ聞かねえし、説明はしてもひとりひとり逃げろと説得してやる義務はえわ! 信じないヤツは勝手に死ね!


《なっちゃんと陰キャ君もいるけど、それじゃあしょうが――――》


「先に言え! 回線どれだ!?」


G9. <――応――――し―――っ、やった、繋がった! 玉鍵さんっ!>


 モニターに友軍用のワイプ画面が現れ、フルフェイスのヘルメットをした夏堀と向井の顔が映る。


 ほんのちょっと前くらいの時間なのに妙に懐かし、じゃねえよ! コードからするとおまえらガンドールで出張ってきたのか!? 初宮はエリート層だぞ、500ファイブハンドレッド38サーティエイトは誰が乗ってるんだ?


G45.<玉鍵! そちらの位置情報を送ってくれ! 援護に向かう!>


「向井、こっちはいい。すぐシャトルで戻れ! 巻き込まれたら死ぬぞ! 一般層の連中がいるなら(フン縛ってでも)連れていけ!」


《2人の位置的にはこちらに来るのに4分ってとこかな? ガンドール形態ならだけど》


 合体後のガンドールは飛行できるものの、分離機状態では全機が陸戦機だ。移動速度はどれも速くない。


(合体時間と合わせたらコールしたシャトルが来ちまうな。まあ最初から援護は期待してねえさ)


G9.<玉鍵さん! 由香は大丈夫なの!? 長官から無事に助け出されたって聞いたけど、私っ>


「無事だ、サイタマで保護してる。それより早く逃げろ!」


G45.<……こちらは出撃したばかりだ。まだ敵と交戦していない。索敵は続けているが望み薄だ>


 向井から出た言葉にギリっと勝手に奥歯が鳴る。


 敵といつ遭遇するかは運だ。出会い頭にわんさと出てくることもあれば、こっちから探しても中々見つからないこともある。元より出会いがしらの交戦を避けるために、普通は降下場所に敵の気配の無い場所を選ぶしな。その安全策が裏目に出やがったか。


《回避!》


 一瞬の動揺からボケッとまっすぐ飛ばしちまったゼッターを、赤熱化したチューブが絡めとろうとしてくる。


 チューブこいつの目的も知れた。このチューブは攻撃じゃない。拘束のための装備だ。高熱を発してヒートウィップとして使っているのも、それさえこっちを倒すためじゃなく、ロボットの手足や推進装置を破壊するため。


 侵入者オレたちが万が一にも自爆範囲から逃げられないように。


 これまでの敵とは一線を画したコンセプト。己と相対したスーパーロボットだけじゃなく、フィールドにやってきた相手をまとめて始末することを目的とした『超・範囲攻撃』。


 これまでの狩り狩られる対等の関係から一転、まるで憎悪で戦争やってる敵同士じゃねえか。性格悪くなってねえか『Fever!!』さんよ!


D.<クソォッ!  放せっ、放せってのぉッ!>


 ダモクレスがついに捕まった。巻き付けられたチューブはそのまま熱によってロボットの手足を切断しようと試みている。


 しょうがねえからアックスを投げつけようとした構えたとき、それより早く青い光線がダモクレスの近辺に撃ち込まれてチューブの一部を溶断した。


 発射地点が変わっているが、あれはおそらくグランドタイガーの長距離砲だろう。撃ったら移動、良い砲兵じゃねえか。


 ……三島たちは別の敵を探して倒す道より、綺羅星きらぼしを見捨てずこのまま戦う道を選んだか。


「アックス、ブゥゥメラン!」


 撃ってきたビームの照射コースを邪魔しないよう、投げる角度を調節してグランドタイガーには狙い辛い側のチューブを切断する。


「さっさと出ろ! 綺羅星きらぼし!」


D.《テメエ! 誰が助けてくれって言ったよ! オレは――――》


「黙れぇ! (オレと)決着つけたいならまず生き残ってみせろッ!」


 なんとか敵の懐から離脱しようとするダモクレス。それをさせまいとしつこく伸びてくるチューブをゼッターとグランドタイガーの攻撃が交互に防ぐ。


 ……チッ、グランドタイガーの砲はそろそろ限界か? 過熱か何かで発射間隔が長くなってるな。それにあの威力だ、ロボットのジェネレーターに直結したタイプでもエネルギーを相当食うはずだ。このままじゃヘバっちまうぞ。


 オレたちの攻撃のほとんどはダモクレスを追うチューブだけじゃなく、後方に位置するクソデカい本体にも入っている。しかし大して効いてる感じがない。図体がデカいだけにとんでもない耐久力だ。


 そして特徴的な目玉のデザインが赤く点滅を始めた。あれってやっぱ自爆カウントアレだよな? 視覚的に分かりやすくて涙が出るぜ、クソが!


《マズいネ。通信を聞いた味方がむしろ集まってきてるゾ》


(なんでだよ! 向井たちは!?)


《足は遅いけどこっちも来てるっぽい》


「逃げろって言ってるだろ! エリートも一般も底辺も関係無え! とにかく全機逃げろ!」


G9.<いやー、逃げたいのは山々なんだけどさ、敵がいないのよ>


G45.<そういうことだ。どうせなら最後まで付き合う>


MTP.<玉鍵っ! 待ってろ! 大剣様がすぐ援護してやるぜ!>


MTD.<車両型で、山岳フィー、ルドは、無理がある、がなっ>


MTF.<チーム参加の初陣がこれかぁ……>


S1.<玉鍵さん! 私! マイムよ!>


S2.<バカ、先走るなよ!>


S5.<待って、シズクちゃんが>


S3.<…先に行って、シスター3は遅い>


「マシンサンダーと星川たちまでいるのか!? 分離機だけで!?」


《順当なトコじゃない? 今回は一般層のための戦いみたいなもんだし。助けられてる側の第二基地が大勢出撃しないと格好がつかないヨ》


WWL.<こちらワスプリーダー、キャスリンよ。僚機は退避させたわ。私はそちらの援護に向かう>


(キャスもか! ……あ゛ーっクソッ、ガキのパイロットは我が強いったらねえわ! 大人の言うこと聞きゃしねえ!)


《……低ちゃん、真面目な話だけどこれはもう無理だよ。シャトルは間に合わないからゼッターの推力で大気圏外まで退避しよう。衛星軌道くらいにまで昇ればまず助かる。そこから星の反対側まで行ければ確実サ》


「味方が寄ってきてんのに逃げられるか! むしろオレが通信バラ撒いたからこんなことになってんだぞッ!?」


《爆発に関しては低ちゃんのせいじゃないよ。知らないでいても結局は巻き込まれるのは同じだし。みんなは、まあ運が無かったね》


 こいつは! こいつは時折さらっと、本当に何でもない事のように言う――――を見捨てろと。それが友人だろうと仲間だろうと、女でも子供でも関係ない。普段は美少女だなんだと騒ぐクセに、肝心なときには鼻紙みたいに平気で切り捨てる。


 スーツちゃんよぉ……オレの相棒よぉ……そこがおまえの、たったひとつ大嫌いな点だ!


「逃げねえ。こいつを引き当てちまったのはオレだ! オレの―――――オレたちの獲物だ!! そうだろゼッタァーッ!!!」


 バクンと、これまでにない心音のような衝撃が操縦席に走る。


《!? ゼッター炉が急激に出力上昇? えっ、なにコレ》


「誰が逃げるかよ! こいつこそがゼッターの初陣を飾る最高の花火だろうが! モソモソ動いてた毛虫なんぞで飾れるか!」


 スティックに手から神経が流れ出していくような錯覚のなか、手が、足が、オレが、ゼッターロボそのものになったような感覚を味わう。


 この炉心の振動は―――――まさに心音だ。ゼッターオレの血が、肉が、目の前の敵を前に高揚している!


《タイム! ちょ、低ちゃんタイム! 1号炉の反応に引っ張られて2号3号も暴走状態だよ! 出力が高すぎる! 爆発するって!》


しないしねえ!」


 確かに内に秘めたパワーでボディがぶっ壊れそうさ!


 だが壊れない! 壊させない! おまえをオレが最後まで引っ張って行ってやる! だからもっとだ、もっと昂れゼッター!


「いくぞ! ここまで来たら覚悟決めろやぁ!」


《待って! いくらパワーが上がってもビームは撃てないよ! 発射口は壊れてる。炉心を暴走させて体当たりでもする気!? それこそまとめて大爆発ジャン! 意味がないって!》


「撃破じゃねえ! 消すんだよぉ! 何もかも!」


 ゼッターの光はただのエネルギーじゃない。宇宙から降り注ぐ命の選別を担う力だ!


 選んだ存在を守り、選ばれなかった存在を否定する。否定されたものを先の無い別世界へと送り、その存在をこの世界ここに存在する事を認めない!


 ゼッターは望んでいる。生きとし生きる者、可能性のその先を。存在を繋げたその先を――――だから自爆なんざ、進化の先を自分で絶つ野郎は絶対に認めない!


「タコ野郎ぉ! おまえをオレたち・・は否定するッ!」


 上がれ、上がれ、上がれ、上がれ! もっと、もっと、もっとだ!! 駆け上がれゼッタァーッ!! おまえはこんなもんじゃないはずだぁッ!!


《全炉心暴走ぉー!? 壊れるぅ! 炉心が溶解するぅーっ!》


「ゼッタァァァァァァッッ! おまえのすべてをし・ぼ・り・だ・せぇぇぇぇぇぇっっっ!!」


 閃光がボディを包む。装甲のあらゆる部分を透過して、ゼッター光の輝きが視界のすべてを満たす。


 脆いビームの照射口なんざもう用はない。吐き出す場所が無いならゼッターオレごと叩きつけるまでだ!


過剰イクシィィィィード! 充填チャァァァァァジ!!」


 光をまとい、耐G性能を超えた速度でゼッタードラゴンが飛翔する。天に激流のごとく駆け昇り、制御し切れぬ己の力をのたうたせてもがき続ける竜の様に空を往く。


「チャァァァァァジ! スパァァァァァァク!!」


 あまりにも早すぎる直角の機動で何度も照準を修正し、それでもゼッターの導くその先へ。オレたちの獲物、その懐へと飛んでいく!


 濃縮に濃縮を重ね、もはやゼッター光の塊となった竜の化身が、巨大な光の玉となって駆け抜ける!


 照射口なんざいらねえ、もはやゼッターオレが砲身そのものだ!!


「消・し・飛・べぇぇぇぇっっっ!!」


 オレの意志と連動し、ゼッターロボ本体をカタパルトにして射出された光弾が歪みのたうち、それでも敵目掛けて一直線に叩きつけられた。


 その光は瞬く間に地形そのものを包み込み、一帯の大地の岩盤さえも巻き上げて爆発――――した瞬間に縮退して収まっていく。


 それは爆発の鎮火ではない。外界への流出を次元的に封じられたエネルギーの濁流が反射を繰り返し、哀れな犠牲者に何乗にも増幅した死滅のエネルギーが浴びせかけられ続ける無限地獄。


 否定! 否定! 否定! なにもかも巻き込んで自爆? 爆発? そんな事は否定する! おまえの存在をこの世界から否定する! ゼッターの光は進化に否定された存在を認めない! 


 オ マ エ ハ ココデ―――――終わりだ。


 ……手から消えていたスティックの感覚が急速に戻ってくる。戦いは終わったと体が直感したからだろう。


 外の空気さえ感じるほどオレと一体となっていた、装甲という肌の感覚が消えていく。


 残されたのは操縦席の管理された空調の流れだけを感じる、生身のオレの肌。


 それに伴ってあれだけ理解出来ていたゼッターの光の意味に靄が掛かり、あんなに高揚していた理由を思い出せない。


 戦いの終結に、いっそ喪失感さえ感じて。無意味に悲しくなる。


 やがて縮小し切った光の玉が輝きを無くすと、その中心には山も敵もなく、広大な爆心地があるだけだった。








「コンディションチェック、重要な部分から」


 更地になった地表に降下する。自然豊かだった山岳は見る影も無い。


 灰燼。スーパーロボットが暴れるってのはこういうことだ。


《2号機3号機炉心にダメージ甚大。なんとか動いてるけど出力は最小値。合体が解けかかってるよ、変に腰を捻ると昔のプラモみたいにポロッと行くレベル》


「あー、昔のはすぐ関節とかバカになってたんだっけ?」


 元よりプラモデルはそこまでワチャワチャ動かすもんじゃねえけど。モデラーは作るだけ作ったら飾って終わりが普通だし。


「1号の炉心は――――健在か。これもパイロットが乗ってる恩恵か?」


 スーツちゃんの言う通りモニターされてる3基のゼッター炉は、2基の数値が最低値。その中でドラゴンだけ平均……のちょっと下だ。さすがに少しはヘバってるか。


《どちらかというと2号3号はエンジンの慣らし・・・をしないうちに思い切り吹かしたから壊れた感じ。新米ロボにスパルタが過ぎるゾ。1号の炉心は中古品を引っ張ってきた物みたいだから、これだけ高出力に慣れてたんだナ》


「なんだ、完全な新造品じゃなかったのか。しかし中古もバカにできねえな。勝負所こそベテランの味が効くってもんだ」


 オレも同じベテランとしてロボットに負けてらんねえわ。外見ガワはすっかり新品になっちまったが、中身は中古なうえにジャンクそのものだし。なんだよ、似た者同士だなゼッターさんよ。



「――――自分でやっておいてアレだが、マジで消し飛んだな」


 うまく表現できないが、ゼッターの出力を目一杯上げたとき、あの自爆型を爆発させずにブッ殺せるという確信があの瞬間だけ確かにあった。


 こいつに任せりゃなんとかなる、そこに至るまでの道筋だけオレが引っ張ってやればいいと。あのときだけは信じ切っていた。


 …まあ実際に何とかなったわけだが。性能表に載ってないけどゼッターって、もしかして精神干渉してくるタイプのロボットなのか? こわっ。


《本体はもちろん無数に伸びてたチューブも、切って飛び散った破片の欠片さえも、なにひとつ残らず消滅したナ》


 あの攻撃の理屈としてはゼッタービームと同様。光を浴びた対象を一時的に『存在しない別世界』へと移動させて消滅させてしまうというもの。まだわずかに感覚として残っているあの力とビームとの違いは、照射面積に関係ないという点だろう。


 命中箇所を消すビームと違い、あれは少しでも触れたものを丸ごと飲み込んでしまう。そして存在すべてを否定して消滅させてしまうのだ。理屈はさっぱりだがな。


「オープンで通信。三島、野伏―――綺羅星きらぼし、生きてるか?」


 爆心地の位置的にたぶん平気だったはずだが、どうしたって地表にいるしかない三島たちの陸戦機では、あの爆発に伴う地震で地割れに巻き込まれてもおかしくはない。


 ダモクレスは空中だったが、持ち上がった岩盤に巻き込まれていたのが見えた。まあ、あいつも死んではいないだろう。


 他の連中はまだこの辺りまで到達してもいないから、こっちも無事なはずだ。


TT.<い、った、……一応、こちらは平気だよ。まったく、星が爆発したのかと思っ――――>


D.<玉鍵ぃぃぃぃっ! まだ、まだだあぁぁぁぁっ!>


 ここに来てゴッソリと被っていた土を巻き上げ、ヨタヨタと起き上がる不屈のロボットが1機。失神していてもオレの声に反応したのか、綺羅星きらぼし


 白かったボディを土で汚したダモクレスが、手足に深刻な損傷が見て取れるダモクレスが、それでも大地をしっかりと踏みしめてこっちを向いて構える。


 ――――その満身創痍のダモクレスの背後に、綺羅星きらぼしというカラテマンの姿が確かに見えた。


 毎日のように大真面目に練習して、汗水たらして築き上げたひとりのパイロットの体幹だけが、たったそれだけがボロボロのダモクレスを支えている。


TT.<ヒカル! もう、もうやめるんだっ! こんな事で何が決まる!>


「…いいだろ。来い」


《低ちゃん!?》


TT.<待ってくれ玉鍵っ! ヒカル、やめろ、やめてくれ! 本当に殺される!>


 ギシギシと関節が鳴るようなぎこちない動きでゼッターをダモクレスの正面に向き直す。


 ああ、正面から見ると格闘技素人のオレでもよくわかる。きれいな構えだ。死ぬほど繰り返してきた動きってヤツの集大成だ。


 綺羅星きらぼし、おまえはおまえなりに真剣に生きてたんだな。その構えが馴染むほどに。


 たくさんあるカラテの型の中のたったオンリーひとつワン。それがおまえの選び取った切り札か。


 なんの捻りもない、たった1発の正拳を繰り出すための構え。ヘッ、さっきのアッパーの型よか俄然サマになってるぜ。


《ダメだって! あっちもボロボロだけどこっちだって大概だよ? それにヒカルちゃんの方は殺す気で来るんだよ!? なのに低ちゃんはぜんぜん殺気がないじゃナイッ ……殺されてあげる気なの?》


「バカ言え」


 敵は倒せました、じゃあみんな水に流しておしまい。


 なんて決着、お互い気持ち悪いだろ。グダグダのハッピーエンドなんざ冗談じゃねえ。蛇足でも白黒つけずに戻れるか。


「来い」


 ワールドエースなんて臭い称号クソ食らえだがよ、それでもチャンピオンとして迎え撃つ作法ぐらいは守ってやらあ。


 先手はいつだって挑む側。


「来い、挑戦者チャレンジャー!」


D.<押ぉぉぉ忍ッ!  コォォォォォォォォォォォォッッッ!!>


 己の気力と体力すべてを呼吸で絞り出し、丹田から脳天まで吹き上がる気合が壊れかけのはずのロボットに魂を宿す。


 踏みしめたのは右足。


 一足で一気に間合いを詰められたのは、ロボットであるダモクレスの脚力あってこそ。だがその速度に対応できるのは紛れもなく綺羅星きらぼしのカラテの実力あればこそ。


 ダモクレスの姿が薄まり、一人のカラテマンの姿が重なる。


 今までのどんな動きより、それは綺羅星きらぼしヒカルだった。


 お互いが激突するほどの間合いで、突き刺さるような右の正拳が繰り出される。同時に伸びたゼッターの拳が交差し―――――ダモクレスの胸に赤い拳が一瞬早くねじりこまれようとする。


 ここで――――ダモクレスはやってはいけないことをした。


 武器になる胸の装甲板が外されたまま露出していた2基のローター。ダモクレスの弱点ともいえるそれは、エネルギーの渦を作り出し対象を上空へとかち上げる必殺技のための仕込みの兵器『ダブルハリケーン』


 ゼッターの攻撃が自分より先に届くと直感した綺羅星きらぼしは、これを起動してエネルギーシールド代わりにしようとした。


 おまえのカンで間違いない。確かに同時ならゼッターの拳が先に届くだろう。


 ゼッターの全高は50メートル。ダモクレスは45メートル。


 ほんの少しだが、こっちのほうが体格が大きい。それだけ腕も長くリーチが長くなるのだから。理屈の上では綺羅星きらぼしの判断は正しい。


 だが根本的に間違っている。


 綺羅星きらぼし、おまえの根っこはカラテマンだろ。一撃必殺に賭けないでどうするよ。


 全力の集中を切り、とっさに守りに力を割いてしまったダモクレス。そんなしょっぺえ覚悟のスーパーロボットなんざ、拳ひとつで十分だ。


 ふたつの渦巻くエネルギーの中心に一直線。


 渦の圧力でマニピュレーターが引き裂かれても強引に、無理やりに。ゼッターの鋼鉄の拳を全体重を乗せて、叩き込む!


D.<あ……>


 ダモクレスの胸部を抜けた拳は内部を進むごとに歪な剣のように尖り、炉心を破壊しても飽き足らず、最後は背後まで突き抜ける。


 もはや原型を留めていない拳は、それでもダモクレスに致命傷を与えていた。


 あばよダモクレス。次は味方になってくれよな。







※<放送中>


 ヒカルはどうしようもなく重い瞼を開いたとき、そこがどこなのか一瞬わからなかった。


「……わたし、は?」


 私という一人称がヒカルの元々の一人称。『オレ』と称するのは男に負けたくないという意識から、周りを威嚇するように意図的に使っていたものである。


 酩酊しつつもまるで蓄積した毒が抜けたかのような気分でヒカルはぼんやりする。やがて意識と目の焦点が回復していくと、ここは友人が半ば住み着いている基地のラボラトリーであることを思い出した。


「お目覚めかね。困ったちゃん」


 ベットに寝る自分をのぞき込んできたのは、セーラー服の上に袖のダブついた白衣を身に着けている少女。三島ミコトだった。その横には同じくハチミツ色の肌を持つ友人、野伏ティコがいる。


「薬が抜けるまでかなりダルいと思うが、まあ痛いよりいいだろう? 術後の経過は良好のようだ」


 聞きたいことが頭の中で形になろうとしては消えていく。三島の言う通りヒカルはこのままもうひと眠りしたいほどダルくて仕方なかった。だがそれでも聞かねばならないことがある事だけは、頭が働かなくても思い出せる。


「あれから……どうなった?」


 敗北したのは分かる。それも決定的に。


 痛覚のフィードバックによって、胸に受けた痛みは己の心臓を引き裂かれたかのような痛み。けれどそれ以上の痛みが心に沸き上がる。


 ―――――最後の最後でヒカルは自分自身の信念のはずの、空手を信じられなかった。すべてを賭けて拳を振り切れなかったと。


「玉鍵、の、勝ち。でも、トドメは、見逃して、くれた」


「殺す価値も無い……か」


 すべてを賭けた1発を振るう。一撃必殺。


 その精神は空手家ではないはずの玉鍵にこそあった。それこそが玉鍵たまと綺羅星きらぼしヒカルの決定的な違い――――自信だ。


 女だからという周りの物言いに反発し、男勝りに抗っていたのは不安の表れでしかなく。本当のヒカルは己に自信を持てずに、世間にすねて喘いでいた小娘でしかなかった。


 ヒカルはやっと自身の内面を認める。玉鍵に苛立っていたのはライバル心からではなかったと。


 ただ、どこまでもブレることのないあの自信が妬ましかったのだ。


 そんな嫉妬の塊なだけの女。相手にされるわけがない。


「終わりか。私は……底辺送りなんだろうな」


 味方に攻撃を仕掛けて散々に争ったのだ。サイタマも第二都市もヒカルを危険人物として許さないだろう。


 底辺送りは死刑制度の代わりのようなもの。今さらながらに後悔が襲う。しかし、もう何もかも遅い。


「ミコト、ティコ。ゴメン、今まで悪かった。元気でな」


 思わず涙腺の緩んだヒカルはふたりの顔の変化に気付かず涙を流す。


「それなら心配ない。ボクがヒカルを底辺になど送らせるものか」


「……え?」


 瞳に溜まった涙が流れた落ちたことで、ヒカルは思わぬことを告げてきた友人の顔をはっきりと見ることができた。


 そして―――――悪寒が走る。


 友人の顔を見たとき、ヒカルはなぜかその変わりのない微笑に恐怖を覚えた。思わず目を逸らしてもうひとりの友人を見たとき、こちらでも再びゾワリとした寒気を感じて戸惑う。


「確かにヒカルは底辺行きとして話が進んでいたよ。でも忘れていないかい? ボクはこれで結構な権限と立場があるんだよ?」


 天才としての名を欲しいままにし、国民に対して傲慢な大日本国をして最大限の便宜を図ってきた少女、三島ミコト。彼女であれば減刑の手段があるというのだろうか。


「なに。少しばかり肩書が増えたり減ったりするだけさ。ヒカルは何も気にしなくていい」


「やめてくれ。自分の責任はとるよ」


「あはっ! ならば! ぜひ取ってほしいなぁ! ボクたちの気持ちの責任を!」


 鼻がつくほど顔を間近に迫らせてきた少女に驚き、ヒカルはベッドの上へと逃げようとする。しかし体はうまく動かず、唇に呼吸を感じるほど近いミコトの唇を意識した。


「な、なにがなんなんだよ。ティ、ティコ。ミコトはどうしちまっ――――」


 唇から逃れようと顔を背けたヒカルはもうひとりの友人に助けを求めて――――制服を脱ぎ出したティコの姿に硬直した。


「ミコト、服、シワ、に、なるよ」


「かまわないさ。クリーニングに出すよ……ねえヒカル、君はもうボクのものなんだよ。君の罪状分だけ、ボクが君を買った・・・んだ。ボクが管理責任を負うことで、君は底辺落ちを免れた。言葉は悪いが―――――今の君は人権の無い、ペットみたいなものなんだよ」


 ブワッと、ここでいよいよヒカルの肌に鳥肌が立つ。ミコトの目を見たとき、それは確信に変わった。


 質の悪いジョークなどではない。三島ミコトの人間は、綺羅星きらぼしヒカルを飼う・・気だと。


「生活は保障するよ。君は最後までボクたちが面倒を見る。ずっと傍にいておくれ、ヒカル。ボクと、ティコと3人一緒に」


「じょ、冗談、ティコ! ミコトが、ミコトがおかしい!」


「ティコ、はじめて、だから、うまく、いかない、かも。だけど、一緒、に、なろう、ね? ミコト」


「ボクもさ、ティコ。もちろんヒカルもだ。初々しい者同士、これからじっくりお互いの未知を探求していこうじゃないか」


「は、え、ウソ、ウソだよな? 待て、たち悪いぞっ、こんな、こんなことがっ―――――」


 ――――三島ミコトのラボラトリーに入室できるものは限られる。研究の秘匿のためにも厳格な入退室チェックがなされ、そこでどんな研究・・がされているのかさえ知るものは少ない。


 翌日。正式に綺羅星きらぼしヒカルのパイロットネームは地下都市から消えたのだった。

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