第148話 竜に挑む狂った虎

<放送中>


 背後からのビーム攻撃。それを事も無げに回避した赤い機体は、ビームを照射してきた大型トレーラーが変形するのを阻止することなく、むしろ敵がトレーラーの変形を妨害できないような立ち位置を取った。


 味方からの攻撃というハプニングを受けて、なおも泰然と構える姿は見ている者に圧倒的な格の違いを感じさせる。


D.<見つけたぜ、玉鍵っ!>


Z.<綺羅星きらぼし、さっきのは誤――――>


 変形を完了するや否や、ヒカルは変形時の無防備な時間を守ってもらえていた事などお構いなしに、再び頭部にある2門のビーム砲を放つ。


 もちろん不意打ちで当たらない相手に命中するわけもなく、しかも赤い機体は半身になることでビームの合間をすり抜けるという、とんでもない離れ業を見せた。


 攻撃した側より躱した側こそが見る者にプレッシャーを放つ動きに、褐色の肌に汗をにじませた少女がコックピットで呻く。


GT.<……やっぱり、玉鍵、強い。ヒカル、勝てない>


 三島ミコトの乗機『テックタイガー』からの映像を中継された野伏ティコは『グランドタイガー』の狙撃モードをONにしたまま戦いの様子を見守っていた。


 最悪の場合、玉鍵を攻撃してヒカルを援護するためである。


 同クラスの機体と比較して長距離火力に優れるとはいえ、所詮10メートル級の分離機では足止めにもならないだろうと知っていても。


 一見すると対峙しているかのように見える赤いロボットと白いロボット。しかしその実力差は歴然で、白いロボットの側であるティコにとっては気が気ではない。


 次の瞬間には先程の破滅を呼ぶような緑光が、愛するヒカルを消し飛ばしてしまうのでは。そう思うと迂闊に触れないよう意識しているトリガーに、思わず指を掛けたい衝動に駆られてしまう。


 長距離兵装満載のグランドタイガーの全力フルオープン射撃アタックであれば、撃破は無理にしても目くらましにはなるはずだから。


「大丈夫だよ、見た感じだと加減してくれそうだ。問答無用で殺されはしないだろう」


 一方で三島考案による電子戦オプションを装備したテックタイガーは、装備ラックから発進させた数機のステルスドローンによって、離れた場所からでもヒカルの乗るダモクレスと玉鍵の戦闘を無線傍受付きでモニター出来ている。


 玉鍵側の音声と赤い機体の挙動を見るに、ヒカルへの攻撃心はさほどではないと三島は分析していた。


 ――――2匹の虎は戦場から離れた山岳にひっそりと伏せ、荒れ狂う最後の1匹を見守る。


 出撃の日。タイガーチームで残された三島とティコの2人は、ヒカルより早く戦闘フィールドを選択してひっそりとこのフィールドに出撃した。


 三島はその天才的な頭脳とヒカルへの偏愛性によって、彼女の選択するフィールドを読み切り待ち構えていたのである。


 すべては愛する人、綺羅星きらほしヒカルの生還のために。彼女に気付かれることなく援護するためだった。


「あれがエリート層の最新鋭機か。ゼッタータイプのようだけど、前にヒカルが乗った機体とは比較にならないな。サイズも、戦闘力も」


 過去にヒカル、マクスウェル、玉鍵の3人で搭乗したゼッタータイプも強力な機体だった。


 だが、直近の戦闘を目の当たりにした2人は、あの赤いゼッターが信じがたいレベルのパワーでビームを照射したところを目撃している。


 山脈はおろかその後方に続く地形さえも1発で蒸発させる出力のビーム。こんなものを受けてはスーパーロボットといえど耐えられるものではない。


 仮に伏せている位置が悪ければ、三島たちも巻き添えになっていた可能性すらあった。電子戦に優れるテックタイガーのレーダー欺瞞も場合によっては善し悪しだと痛感する。

 

GT.<キング、タイガー、でも、無理、思う>


「キングタイガーで攻撃すればダメージは通るだろうけど、翼の君が相手ではまず当たらないだろうからね」


 30メートル級スーパーロボット『キングタイガー』は、3機の獣型ビーストタイプが合体することで完成する機体。


 獣型ビーストタイプが合体した機体だけに人型でも良好な機動力を持ち、さらに特筆すべきはすべての攻撃に特異な性質を持つ事。


 それはどんな装甲やエネルギーシールドもたやすく破壊できるという、大型のスーパーロボットにも滅多に無い攻撃面の長所だった。


 しかし、キングタイガーのメインパイロットが駆るべき肝心の『シャインタイガー』は、出撃日だと言うのに格納庫に眠ったまま。


 今回の出撃に際し、シャインタイガーのパイロットである綺羅星きらぼしヒカルは、タイガーチームとして登録せずに単機で出撃していた。


「皮肉なものだね、ヒカル。君がダモクレスとは」


 現在の彼女の乗機は単座にして45メートル級を誇る、変形型スーパーロボット『闘魂ダモクレス』。


 全地形走破能力を持つ大型トレーラーから人型へと変形する機体で、本来はSワールドと現実世界本星を往復する『輸送機』として設計案が出されたものだ。


 その経歴から分かる通り、まだSワールドの性質が十分理解されていない最初期に作られた代物で、後に物資の輸送が出来ないと分かると、使用したプリマテリアル惜しさから仕方なく戦闘ロボットに改造されたという経緯を持つ。


 物資運搬の効率を上げるために軽量に作られたこの機体は、45メートルというサイズでありながら自重わずか150トンという超軽量機。


 さらにロボット用の複雑な操縦装置を組み込むことをせず、ロボット形態時はパイロットの神経信号を拾って動作する『ダイレクトモーションシステム』を採用。これによって自分の手足と同じ感覚で動かせるようになっている。


 いかにもなスーパー系の外見に反してその性能は運動性に富み、白兵戦を得意とするテクニカルなロボット。これならば空手を学んでいるヒカルにとっては操縦棹で操作するよりずっと簡単で、ほとんど機種転換訓練をせずとも扱えるのも長所であったろう。


 ……機体の性能だけに目を向けたであろうヒカルが、ダモクレスの名に由来する故事を知っているわけもない。


D.<あっ!? クソッ、離せ!>


GT.<ヒカルっ、ミコっ……>


 巨大な敵の前だと言うのに玉鍵以外には興味が無かったヒカルは、下から伸びてきた複数の触手に囚われてしまう。それを見たティコは、ヒカルへの援護を止めている三島に呼びかけた。


 しかし、患っている失語症を機械的に解決したティコの声はすぐ途切れてしまう。この機械は彼女が興奮状態だとうまく機能しないためだ。


「ティコ、大丈夫だよ。玉鍵がフォローしてくれている」


 友人の興奮を落ち着ける意味でも努めて冷静に返した三島。その言葉通り玉鍵機の投げつけた大型の斧は、ヒカル機に絡みついていた触手を両断してダモクレスを開放した。


(あの敵、大きさのわりに派手な攻撃をしてこないね。どういうコンセプトのメカなんだろう?)


 半ば2機から放置されている敵。三島はこの敵が戦闘用とは違うのではないのかと訝しむ。


D.<…………頼んでねえよ! 助けてくれなんて! おまえは、いつもいつもぉッ!>


 その合間に助けられたはずのヒカルは、むしろその事に激昂したらしく再び玉鍵に襲い掛かる。


Z.<綺羅星きらぼしッ、いい加減にしろ!>


D.<うるせえ! オレと勝負しろっ!>


「……そこまで憎いのかい、ヒカル。自分より輝く者が」


 ――――女だからというだけで、空手の実力を他者から認められなかったヒカル。


 彼女はその鬱憤晴らしのために、スラムにまで喧嘩相手を見繕いに行ったことがある。だがそこで実戦の洗礼を受け敗北したヒカルは、女としての誇りさえ穢されそうになった。


 そこを助けたのは玉鍵だった。彼女はヒカルの前に姿を現すことも名乗ることもせず立ち去り、この件に関して一切話したことが無い。


 …理不尽な話だが、その優しさこそがどうしようもなくヒカルのプライドを傷つけた。それまでの対抗心の中に黒い炎を生み出す切っ掛けとなった。


 これは理屈ではない。


 他人に助けられたからこそ、自分が特別でもなんでもない普通・・の存在であることを実感してしまった。思い上がっていた思春期のヒカルは、ここで初めて大きな恥をかかされたと感じたのだ。


 同年代の女でありながら万人から脚光を浴びる玉鍵と、女だからというだけで努力してきた空手を否定された自分。やがて世間から受けるその差に、ヒカルは無意識下に憎悪を募らせていく。


 いつしかヒカルにとって玉鍵は、殺してでも見返さねばならない存在になっていた。


D.<せいッ! せいッ! ~~~っ! せいやぁっ!>


 強引に接近戦に持ち込むダモクレス。軽量の機体はその場に固定するための反重力制御の効きが良く、空中にあってまるで大地があるかのように腰の入った格闘攻撃を繰り出していく。


 それでも玉鍵の乗る機体は冷静に攻撃をいなし、業を煮やしたヒカルの足技の2連撃、前蹴りからの変則的な回し蹴りさえ躱してしまう。


Z.<頭冷やせっ>


 最後の大技の隙を突いて背後に回り込んだ赤い機体は、体勢の崩れたダモクレスの背中を蹴りつけた。


D.<きゃあああああッ!?>


 この場合、悲鳴を上げられる程度で済んでいるのは玉鍵の温情だと、昂っているヒカルは理解していないだろう。


 背後から無防備なダモクレスにビームを放つなり、手に持った斧で致命打を叩きこむなりできたはずである。まだヒカルが撃破されていないのは、玉鍵が手加減しているからに他ならない。


(やはりエリート層の機体だけあって、性能的にもゼッターのほうが上のようだ。それを玉鍵が使うのだからヒカルに勝ち目など無いだろうね)


D.<やりやがったなっ! ――――双頭剣!>


 それでもヒカルは諦めずに立ち向かっていく。


 ――――冷静な第三者から見たら、手加減されていることも理解せずに挑み続けるヒカルは滑稽と称されるかもしれない。


 だとしても三島は、三島だけはヒカルのその愚直さを愛おしいと感じた。


 天に君臨する竜に地を這う虎が敵うべくもない。それでも虎は孤高のままに、最後の最後まで抗う。


 だからこそ、竜に並び称されるのは虎なのだ。


Z.<後にしろって言ってるだろが!>


 さしもの玉鍵もヒカルの向こう見ずさに声を荒らげる。


 2人で争っている間にも敵からの攻撃とも言えぬ触手による拘束は何度も試みられており、その相手はヒカルより危険と認識されたらしい玉鍵機に集中し始めていた。


 擬似的とはいえ発生した2対1に近い状況。それをヒカルは無意識に活かし、敵の事を頭から完全に消しさってたった1機、目の前の赤い機体にのみ全力で集中する。


 おそらくは脳を弄られたことにより異常な集中力を引き出しやすくなっていたヒカル。彼女が操るダモクレスの動きから、ヒカルはおそらく人生で初めての覚醒状態ゾーンを体験していると三島は確信する。


D.<かかったぁ!>


 感情に任せて攻撃する猪武者だったヒカルは、空間を見渡せるような集中を得たことで本能的に計算高さを発揮した。


 練習不足でまともに扱えないツインブレードをあえて闇雲に振り回し、その裏で最初から狙っていたのはヒカルのもっとも得意とする格闘攻撃。


 瞬間的にブレードを縮小させ、そのスパイク付きのナックルガードをメリケンサックとして使用して、ストレートに殴りつける。


 自身ごと回転するように振り回されていた2枚のブレードに合わせ、冷静に躱すタイミングで動いていたゼッターロボは、この突然の直線攻撃を回避出来なかった。


D.<へっ、へへっ、へへへっ! ……初めて当てたぜぇ!>


「……ヒカル。君は頑張っているほうだと思うよ」


 ツインブレードを擬態にして、ついに玉鍵に攻撃を当てることに成功したヒカル。


 ――――しかしそれも一番威力のある初撃は斧で防がれ、次の連打も冷静に腕でガードされていた。


 確かにヒカルは見事に玉鍵の乗る機体に攻撃を命中させた。対戦シミュレーションでの被弾率は皆無に近い玉鍵に。これは快挙と言っていい。


 …変形ごとにその場で形成されるゼッターの装甲材質上、機体中枢に届かない損傷はほぼダメージにならないとしても。


 追撃を掛ける間もなく玉鍵の斧が下からダモクレスの腕を払う。そのさいに腕部を削られたのを目撃した三島は、ダメージを負ったはずなのに痛みを感じていないヒカルのコンディションを案じる。


 軽量で操縦も容易ということで、未熟なパイロットでも一定の戦闘力を出せるダモクレス。


 しかし、この操縦形式には機体の受けたダメージがパイロットの痛覚にフィードバックするという欠点も抱えている。


 今の攻撃でパイロットが痛みを感じていないのだとすれば、それはパイロットであるヒカル側の肉体にトラブルがあるためだろう。


 異常興奮していることによる痛覚の鈍化であれば、それは常人にもおこる現象であり心配はない。だがそれが脳を弄られた事に由来する感覚異常だとすれば深刻な話となる。


 治療への筋道を考えると、さしもの天才三島でも頭が痛くなる思いだった。


GT.<――……っ――……、―――、みっ>


 つい研究中の治療法に思考が沈んだ三島は、チームメイト用のワイプ画面で懸命に声を出そうとしてもがくティコに気付くのが遅れた。


 もはやその場の全員が忘れているではないかという相手、球体状の敵が奇妙な行動を取っている。


 相対する玉鍵とヒカルより、つい思考に没頭してしまう三島より、ティコはこの中でもっと冷静にただならぬ気配を感じ取っていた。


「ティコ! ヒカルから敵の攻撃を逸らせ! 全力射!」


 それでも一瞬にして状況を分析した三島は、ドローンの映し出す光景からもっとも的確な攻撃ポイントを割り出してグランドタイガーに照準指示を送る。


 テックタイガーからの三次元的なターゲッテイングアシストを受け、ティコが背面に装備したロングレンジキャノン『陽電子衝撃砲』を起動する。


 従来の陽電子ビームは着弾面に角度があると、陽電子の性質上ビームが逸れやすいという性質があり、高威力のわりには敵装甲を貫徹できない場面が多かった。


 この問題点の解決のため、三島が設計したエナジーウェポンはビームの周囲を追従する衝撃波で覆っている。

 衝撃波フィールドで着弾面の表面破壊を行うことで、多少なりと標的にデコボコをつけてやり、直進する陽電子が逸れる問題を解決したのだ。


 これが陽電子衝撃砲。かつて国が絶賛した、三島が作り上げたスーパーロボット専用装備のひとつである。


 またこの衝撃波フィールドコーティングによって、陽電子が他の物質と衝突した際に発生する深刻なガンマ線放射も抑制しており、粒子砲としては破格の安全性を誇る。


 基本的に宇宙でしか運用できないはずの粒子砲装備を、初めて大気中でもパイロットが安全に運用できる性能に仕上げていた。


GT.<―――ふ>


 ティコが照準のブレを抑制するように息を吐き、攻撃を解禁されたグランドタイガーから光線が直進する。


 彼方にいる球体はその身を開口し、淡い光を放っている最中。その光がひと際に輝こうとした瞬間、ビームが着弾した。


 その直後、映像を中継していた無人機の反応が消失する。


「くそっ、ドローンがイカれたか。ティコ!」


 ドローンほどの融通性は無いとはいえ、グランドタイガーの狙撃用スコープならば見えるはずと、今度は三島がティコに映像の中継を要求する。


 具体的な要求を口にする必要もなく、ティコは以心伝心で画像を三島へと転送した。


「効いてないのか!? ……いや、これは」


 ビームの効果はあった。ただし敵へのダメージという形ではなく、ヒカル機への攻撃を防げたという意味で。


 三島の超人的な頭脳と直感は、その場のわずかな情報から、敵がスーパーロボットからエネルギーを吸収する攻撃を行ったと分析する。


 援護の無かった玉鍵機が墜落しかけたのに対して、陽電子のエネルギー光が敵の光を遮る形となったダモクレスは健在。


 ――――そしてダモクレスは、この千載一遇のチャンスにすべてを賭けて動き出す。


「ヒカル!? やめたまえ!」


 ダモクレスの胸部から放たれたエネルギーの渦が、墜落前になんとか体勢を立て直したゼッターロボを再び宙へと放り上げる。


 いかに負荷を軽減する機能を持つとはいえ、ゆうに人体の限界を超える回転を与えられたコックピットの状況はいかなものか。


 ロボットにではない。これは中のパイロットにこそ行動不能状態を作らんとする予備動作竜巻の渦


 そう。神業の技量を持っていようと、ロボットの操縦そのものがままならなければ逃げることも反撃することも叶わない。


D.<疾風ッ! 正ぇぇぇ拳ッ! 突きぃぃぃぃぃッッッ!!>


 落下してくる赤い機体に、正拳とは名ばかりの必殺のアッパーが繰り出される!


「ヒカル!」





「ビルドッ、アウッ!!」


 一か八かで合体を解き、スロットル全開で竜巻の外に脱出する。自機がどの方向を向いているのかも分からない。敵や地面に向けて一直線の可能性もあるが、それで1秒でも長生きできるならオレはそっちを選ぶ!


 誰がテメエなんざにやられるか! どうせ死ぬなら敵に体当たりしてやらぁ!


《引き起こし! 操縦棹起こして!》


 耳に鳴り響くアラートの煩い中、脳に響くスーツちゃんの声だけに従って右手のスティックを引き起こす。


(視界がでんぐり返ってる! 前が見えてるのに見えてねえ!)


 目は開いてるはずなのに視界が意味をなさない。回転で思い切り脳を揺らされたせいか。


《回復まで6秒。でも待ってられないよ。誘導するから再合体だ、低ちゃん!》


(無茶言ってくれるぜっ。外どころか計器ひとつ見えねえってのに!)


《分離状態だと無人機が敵のエネルギー吸収で今度こそ墜落しちゃうヨ。ヒカルちゃんは大技の直後だから邪魔できないはず。今しかないゾ》


「(クッソ、頼む! おまえも気張ってくれよゼッター!)チェェェェンジッ!」


《再合体信号発信、2号機3号機応答。合体シークエンスに移行! スティック起こし、起こし、もうちょい、ピタリ! そのまま垂直上昇!》


 いまだ認識できない視界のまま、相方の声だけを頼りにスティックを動かす。


 いつもはどんなにとぼけていたって、スーツちゃんこいつこそがオレと何度もやってきてくれた相棒だ!

 信じるとか信じないとかの話じゃねえ、オレはスーツちゃんがいなきゃ人間パイロットでいられないんだ!


 だからやってやるさ! おまえが言うなら何度だって!


「ゼッターァァァァッ、ワンッ!」


《スティック固定! 2号機ドッキング用意! スロットル―――緩め!》


 左手のスロットルを一瞬だけ緩める。覚えのあるドカンという衝撃を確かに背中に感じて、わずかに視界が戻ってくる。


《3号機接近! ――――ダメ、タイミングが悪いっ。そのまま上昇続け――――触手!? 回避! 合体中止!》


 掠れた視界の端に赤く発光したチューブが伸びてくるのが見えた。初めの黒とは明らかに違い、ヤベー空気が漂っているのが分かる。


 このままスロットルを開放して上昇すれば、既に合体した1号機と2号機はなんとか逃げ切れるだろう。だが最後尾を行く3号機はあの赤いチューブに捕らわれる。


「――――続行だ! 来い3号!」


《ちょと、低ちゃん!?》


「起点になるヤツは死んでも動かない! それが合体機だ! 飛び込め3号ッ!!」


 まだ視界が十分に利かない中、無人機のはずの3号機の噴射炎が一気に増したように思えた。そうだ! 受け止めてやる! 思い切り来やがれ!


 増速に合わせてこちらもタイミングを合わせて増速。合体を遅らせない程度にドッキングの衝撃を緩和する。


「ビルドォッ、オン!」


 合体によって全身にゼッター光のエネルギーを行き渡らせた3機が、再びゼッタードラゴンへと進化する。


「ゼッタァァァァアックス! ブゥゥゥメラン!」


 合体に伴うゼッター光の残り香か、緑の燐光を纏ったアックスが赤いチューブを次々と切断していく。


「ヘッ、やってみるもんだな! やっぱ合体機は度胸だぜ!」


《メチャクチャするニャア。その分なら視界はもう回復したよね? どっちを先に倒す?》


「敵のほうだ。またエネルギーを奪われたら今度こそ動けなくな――――さっきより回復してないか?」


 分離機状態で運用するとエネルギー消費量と時間経過の回復量の値が逆転して、多少回復するってロボットはたまにある。


 分離機ともまた違うが、例えばブレイガーも一番サイズの小さいブレイダンサー車両形態でいるとSワ-ルド内でさえ回復していく。そういった類の影響か? それにしちゃ劇的な回復だが。


 これがエリート様御用達のゼッターの能力ってわけか。なるほどね、人気な訳だぜ。


《2号機と3号機のゼッター炉が出力上昇中。エネルギーをガンガン作ってる》


「合体状態で? じゃあ違うか。まあ戦えるなら何でもいい」


《秘匿通信を受信。こっちをコールしてル。さっきビームを撃ってきた方向。低ちゃんを狙った訳じゃなさそうだから無視したケド》


「四足機だな、三島たちか?」


 スーツちゃんからの網膜投影で表示された山岳に、隠れるように潜む獣型ビーストタイプの分離機。その見覚えのあるシルエットが強調表示されている。


(回線を開いてくれ。っと、こっちはチューブの相手で忙しい)


 ますます発光した赤い触手を切り伏せていく。どうやらかなり高温のようだ。ヒートウィップとでも言うべきかねぇ。


《熱い触手と戯れる美少女の図》


(戯れてるのはロボットだ。とっととしなさいおしっ


TT.<やあ翼の君、不躾だがお願いがある。ヒカルを助けてくれないか>


「こっちは再三攻撃を受けた。助けてやる義理はもう尽きた」


 なに虫の良い事を言ってやがる。


 味方機を意図的に攻撃した時点で、こっちにも自衛のために応戦する権利が発生している。この権利はたとえ撃ってきたヤツを殺しても、後で過剰防衛なんてクソみたいな話は適用されない強いものだ。


 たとえ誤射でもシャレにならない威力を持つスーパーロボットの兵器には、扱いに相応のリスクが伴う。


 これを間違えたゴメンで済ませたら、絶対バカが1回は誤射だとか言い張ってクソみたいなことをやり出すからな。応戦に限れば殺してもいいんだよ。撃ってきた時点で味方じゃないんだから。


TT.<怒りはもっともだ。でもヒカルは狂人の科学者に脳を弄られておかしくなってしまっているんだ。治療すれば治る。ボクが治して見せる>


(……スーツちゃん)


《うーん、イントネーション的に嘘っぽくは無いカナ》


(マッドサイエンティストに頭を弄られたってのがマジ? 悪の秘密結社でもいるのかこの世界はっ)


「(チッ、)綺羅星きらぼしは後回しにする。その間になんとかそっちで説得しろ。それ以上は協力できない―――敵を倒した後でまだ向かってくるようなら撃墜する。通信終わり」


TT.<待ってくれ! た―――>


(はあ……んじゃ、イモ引かせてくれたタコどもをブチくらしてやっか)


《ウヒョヒョ、そうねー。敵がいたらミコっちゃんも説得なんてしてられないだろうC?》


(あいつらは関係えよ! ええい、行くぞ!)


《それはええけど、当のヒカルちゃんがピンチっぽい》


 あん?


 見れば高熱のチューブに囲まれ追い回されているダモクレスがいた。


 致命傷こそ受けていないが、手足の装甲はヒートウィップによって所々が溶けかけている。


《チマチマ射撃武器で応戦してるけど、サイズのわりにはあまり強力な火器は搭載してないみたい。効いてる感じがしないネ。狙いどころが悪いのもアルカナ》


「懐に飛び込もうにも無数のチューブが邪魔か。そして敵の装甲削ってる間にあんな風に包囲されちまう。遠間のこっちでさえコレ、だもんな!」


 アックスで対処できない分はリッパーで切断しているが、そのたびにこっちも装甲が焦げ始めている。チューブが近づいてきただけで機体表面の温度は2000度を軽く越えやがった。テルミット燃焼だってもっと大人しいぞこの野郎!


 行くと言ったがどうしたもんか。うっかり近付けないとなれば射撃でキメるしかねえんだが。


「スーツちゃん、頭のビームの照射口はどんなもんだい?」


《デロデロ。発射は無理っぽい》


 最初の1発でブッ壊しちまったか。ちょっと穴が開いた程度なら直る外部装甲と違って、さすがに中枢機構に近い部分は直らんからな。


《それと低ちゃんに悪いお知らせがあるデース》


「うわぁ、この聞きたくねえデース。なんだい?」


《あの敵、どんどん熱源が高まってるゾ。それで大きさや形は別物だけど、構造がどこかで見た形式だから調べたんだけどネ? ――――たぶんスーサイダー系だナ、アレ》


「ス、自爆型スーサイダー!? あのサイズでかよ!?」


 前に都市で倒したモスキート野郎の親戚だっての!?


《低ちゃん、シャトルを呼ぼう。もう大型で1機落としてるから権利はあるヨ。そしてこのゼッターならゲートさえできれば十分逃げられる》


「おいおいどうしたスーツちゃん、弱気だな。爆発させる前に倒せばいいんだろ?」


《ビームが撃てれば時間内に倒せたかもネ。でも、残ったゼッタードラゴンの装備じゃ無理だよ。じっくり削ってる時間は無イ》


 チューブを躱しつつチマチマと斧でブッ叩いていたら、爆発まで撃破が間に合わない。スーツちゃんの結論は撤退だった。


《あれが爆発した時の威力を推定すると、この戦闘フィールド全体が吹き飛ぶレベル。大陸消滅規模の破壊力だよ》


「冗談じゃねえぞ……」


《みんなに連絡、入れるだけ入れてみる? 信じない子やもたつく子もいるだろうから確実に助かるワケじゃないけどサ。シャトルを呼べない子たちは、まあ残念だけど諦めるしかないネ》


 オレの後に来た綺羅星きらぼしは確実にシャトルは呼べない。ここに隠れていたらしい三島も、野伏もおそらく無理だ。戦闘の痕跡が無かった。


 そしてこのフィールドに出っ張っている他のパイロットたちも、まだ1機も倒せてないやつはいるだろう。シャトルを呼べないやつは大陸ごと吹き飛び、全員が死ぬ。


 冗談じゃねえぞ! 殺意高すぎだろこのフィールド!?

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