第147話 栄華に忍びよる悪意の剣、その名はダモクレス

<放送中>


(分離機形態でさえ敵部隊を蹂躙するのか、さすがワールドエース)


 作戦室に詰めているなかでもっとも階級の高い男。サイタマ基地の長官である彼は改めてモニターに映る編隊飛行中の3機に、もはや感心を通り越して畏怖さえ感じている。


 彼女は一般層にいた頃からオペレーターというものに不信感があるらしく、サイタマに来た今でも誰ともオペレーター契約を結んでいない。それでも野心的な数名が声をかけようとしたものの、これはラングや天野、そして長官である彼によって差し止められている。


 オペレーターたちの私欲はひとまず抜きにして、彼らの言い分もわからないではない。オペレーターの情報や分析、状況報告は間接的にパイロットの安全や戦果に繋がるものである。ワールドエース玉鍵たまから戦死の影を少しでも遠ざけるためにバックアップすべきだという考えには確かに一理ある。


 しかし同時に、玉鍵たまという少女についてオペレーターたちの目は曇っていると言わざるを得ない。


 彼女は世間が言うような国や街、人類のために戦っている献身の少女ではないのだ。他者を助けるお人好しではあっても、権力者に唯々諾々と従う人間でない。


 かつては長官もそういった少女だと思っていた。だがラングからその認識を改めるように言われ、実物に引き合わされたとき驚くほど合点がいった。


 物理的に圧迫された気さえして後ずさってしまうような、圧倒的な存在感を放つ少女の姿をしたなにか・・・。それが彼の第一印象であったから。


 抜群の容姿の美しさもあるが、あれほどのパワーを内側に感じさせる人間には会ったことがない。間違いなく彼が敬愛するラング以上。


 そんな人間が他人の都合で巻こうとする鎖に黙っているはずがない。事実、彼女は一般層において当時の長官だった火山宗次郎の横暴に抵抗した記録が残っている。彼女は拳銃を構えたSP2人を叩きのめし、その際に暴発した銃弾は火山の耳を抉っていた。


 エースの戦果に目がくらんだ彼らは諦めきれないようだったが、接触した時点でそれが故意でなくとも命令違反と判断して懲戒解雇にすると、大統領名義で宣言するとさすがに黙った。


 なにせ彼女はたった1戦するだけで都市を大いに潤す金の卵を産むニワトリ。大日本から独立してまだまだ物資融通がままならないサイタマにあって、これほどの逸材に基地の人間関係でヘソを曲げられては困るのだ。


 しかも玉鍵たまが一般層に戻りたがっているという、にわかには信じられない情報もある。長官の彼としてもサイタマ基地に勤める人間として、稼ぎ頭のパイロットには不快感を与えたくない。


 彼女たちパイロットが戦えばこそ生活のための物資が手に入る。それを長官はよくわかっていた。


(それに他の者はともかく、玉鍵女史には専属のオペレーターが付いているようなものだしな)


 玉鍵の戦闘状況とコンディションは『スーパーチャンネル』という形で頻繁に流れている。その頻度は他のパイロットの比ではない。


(『Fever!!』は彼女が殊の外お気に入りのようだ)


『スーパーチャンネル』はSワールドにおけるパイロットたちの活躍を忌憚なく放送する、謎の映像配信である。


 その配信を担っているのは『Fever!!』であると囁かれており、どのような都市・国の基地でも放送されている。それがたとえ国や都市の権力者に不都合なものであっても止めることはできない。


 そんな『スーパーチャンネル』にも傾向はあり、活躍の大きいパイロットとそのロボットが集中的に映される場面がある。


 俗に『特集』などと言われるコーナーとして扱われており、稀に他の場面を映していても活躍している者をワイプ画像として同時に表示することもあった。


 その最たる例が今画面の向こうで赤い戦闘機を駆って戦っている少女パイロット。玉鍵たまである。


 パイロットスーツもヘルメットもせずに白いジャージ姿でコックピットに座る彼女は、爆弾投下後の強烈な引き起こしの負荷を物ともせず、青い空の下でドラゴンの名を冠する機体を自在に操っていた。


(無誘導の爆弾をあの高度から投下して、さらに山の隙間を縫って完璧な位置に着弾させる……信じがたい技量だ)


 始めは彼女が出撃機に要求したオプションに何を考えているのかと疑問を持った彼は、これだけの射爆技術があればむしろ上策だと納得する。少しでも戦闘時間を稼ぐために爆弾実体弾を搭載したのだろうと。


(最初から長期戦を想定しているというわけか)


 合体機として設計されたゼッターGは、当然分離した状態より合体後のロボット形態のほうが強い。だが合体後の戦闘のほうが消耗が激しいのも道理。長期戦を考慮した場合、エネルギー使用の少ない分離機状態で戦うのもパイロットには選択肢に入る。理屈の上では。


 しかしそれができるパイロットは決して多くない。


 誰だって少しでも死から遠ざかりたいもの。いくら効率を考えようと、戦地でわざわざ弱い状態でいることがどれほどのストレスか。出撃枠対策のためとはいえ分離機で突入する事さえ、本来ならしたくないのが普通だろう。


 そして普通ではない玉鍵は分離機で戦うことを厭わない。それもまたエースの技量あってこそのものだろうと長官は納得していた。


「―――――基地!?」


 それは誰が最初に発した言葉か。悲鳴に近い声が響く合間に作戦室にいる全員が画面に映る光景から事態を理解する。初めは地震かと思われた微振動は、粉砕された敵部隊に呼応するように動き出した山岳地形・・そのものだった。


「秘匿基地だと!?」


 山脈をまるごとくり抜いて作られたらしい自然物に偽装した設備が、爆撃を合図としたようにせきを切って人工的な顔を次々と見せていく。


 岩が割れて次々と対空砲台やランチャーが顔を出し、山岳の中腹は開かれ巨大な滑走路が顔を覗かせる。


 まさしくここはスーパーロボットの鬼門『敵の基地』。ちょっかいをかけたが最後、大戦力が飛び出してくる最悪の場所。


 基地を破壊できれば戦利品は莫大だが、その推定戦力は並のスーパーロボット数機程度では太刀打ちできず、十数体規模でもなければ攻略は難しいとされている。


 ただし通常の基地は明らかにそれと分かる様子をしており、こちらからある程度まで近づかなければなにもしてこない。


 だが稀に隠された形で存在する施設もある。それが秘匿基地と呼ばれるトラップのような代物だ。


 この基地の特徴としてギリギリまで隠蔽を優先するため近付いても気付かない場合が多い。そのため懐深く入った後にはじめて基地だと気付くこともある。


 そこで敵に『気付いた』と知られれば最悪。静寂から一変、秘密を守るためかのような執拗な攻撃を受けることになる。まるでおびき寄せられて殺し間に飛び込んだかのような目に合うのだ。


 ここに来てついに玉鍵が合体を敢行する。なお秘匿基地のインパクトに圧倒されて全員が気付いていないが、遠方から哨戒機らしき敵が近づいているのも『スーパーチャンネル』は映していた。


 合体によって50メートルもの巨大な戦闘兵器へと変貌したゼッターG。1号機をメインとするその形態はゼッタードラゴン。


 その最大の攻撃手段は旧ゼッターと同じもの。


 腹部から頭部に発射口を移すことで、より柔軟な射界を確保した必殺のエナジー兵器、『ゼッタービーム』である。


 長官もオペレーターもこれまで見てきた多くのスーパーロボットの戦いから、ドラゴンの挙動を見て初手で最大出力でのビーム照射を行うと直感する。


 照準は基地の滑走路と、その奥に続く格納庫ブロック。敵の迎撃機の発進を妨害することを目的としていると思われた。


 ――――基地破壊などという考えは浮かばない。いかなスーパーロボットの火力と言えど、頑健な敵基地の破壊は簡単なことではない。


 テイオウやザンバスターに代表される規格外のスーパーロボットならともかく、通常の機体では基地の完全破壊など数十機掛かりで総攻撃を行う必要があると全員が知っているからだ。


 ……だから、映像を見ていたすべての人間の反応が遅れた。


 意識に浮かんだのは、光。閃光。


「何が起きた!?」


 突然に信じがたい光量が作戦室内を包み、サイタマ基地の長官は目をやられて遅まきながら顔を手で遮る。しかし手をかざすより早く光は途切れ、先ほどの発光と一転して目にうるさい虹色の画面が映っていた。


 ゼッターガーディアンの活動を大画面に映していたことが災いした。ゼッターの頭部から照射された高出力ビームの発光を『スーパーチャンネル』が『受ける側』として存分に映し、あまりの発光にモニターが一時的に画面焼けを起こしたのだと理解するのに数秒を要する。


「め、メインモニターは回復中。それまでサブを拡大しますっ」


 統括のオペレーターが指示を出してメインからサブの立体モニターを拡大表示する。


「山が……消えた」


 三次元的に描き出された映像には完全に破壊され消滅した山脈と、その向こうに続く大地だったもの。そしてその上空ですべてが消え去った地表を冷たく見下ろす、赤いゼッターロボ。


 その姿はさながら、取るに足らない雑兵を薙ぎ払った孤高の武人のようで。


「――――ぶ、物資が搬入エリアに大量出現! 撃破! 秘匿基地、撃破です!」


 おぉ…という慟哭のような声が響き渡る。


 これは感心のおののきではない。ただひたすらに呆気にとられたのだ。結果を聞いても実感がないほどに。


「ゼ、ゼッターGのスペックを」


 長官の要求に応えて今回の出撃に登録されているスーパーロボットから、ゼッターGの性能表が長官席のモニターに表示される。


(……あんな威力のビームを撃てる性能じゃない。どういうことだ?)


 ゼッターGは確かに強い。最新型ということもあり同級のスーパーロボットと比べて地味ながらほとんどの項目をトータルで上回っている。旧型ゼッターと比べればその差はより顕著で、サイズ差以上の数値を持っていた。


 だが、あれほどの高出力ビームを放てるスペックはどの項目を覗いても存在しない。旧型のエナジー兵器の10倍どころか、単純な破壊規模なら100倍近いのではないだろうか。


(? この炉心、3機のうちひとつだけ型番が違う?)


 新造した機体であるゼッターGは、従来機より性能を引き上げるためにロボットの心臓である炉心エンジンもサイズアップされて新規開発されている。


 これまでのゼッターロボは全高40メートル以下の38メートル。これに対してGは50メートル。当然ボディサイズに合わせて積み込む炉心も大型化しており、従来のゼッター炉では規格が合わない――――合わないはずである。


 だというのにゼッタードラゴンこと1号機の炉心の型式番号だけが2号3号に比べて明らかに古い。エンジンに与えられてる数字とアルファベットで表されるデータを読み解くと、このエンジンは2世代も前のものだった。


「旧式がどうして使われている……」


 彼がひとり訝しむ間にも戦場では事態が動く。破壊されたはずの基地から飛び出したのは、推定200メートル級の巨大な球体状の敵。


 そして、明確に味方へと攻撃した一般層のパイロットの乱入。そのショッキングな場面を受けて長官の思考は押し流されていく。


 彼に今少し余裕があったなら、調べていたエンジンの型式からとあることに思い至っただろう。


 ――――型式の先頭にエックスの文字を冠するもの。それは正式採用されていない試作品などにつけられている記号である。







D.<見つけたぜ、玉鍵っ!>


 変形を完了した白いロボットが全方位の無線を垂れ流している。すでに声の合間に漏れる呼吸が荒いのはなんでだ? 興奮してんのか?


綺羅星きらぼし、さっきのは誤――――』


 こちらの問いに頭部の左右についたビームの発射口らしきものが向く。


 ゼッターの身を捻って射線に入らないよう半身になる。先ほどいた場所にイエローカラーのビームが走った。


「――――誤射じゃないか。どういうつもりだ」


《触手》


 チッ、話してるときに。シュンと驚くほどの速さで伸びてきた黒いゴムホースめいた物体を、腕のリッパーと手持ちのアックスで叩き切る。

 切られた端から黒い液体がドバッとこぼれて、思ったよりあっさりと力を無くして落ちていく黒いチューブ。なんか機械って感じじゃねえな?


(このチューブの動き、人工筋肉なのか? やたら瞬発力がある)


 水道のホースに一気に水を流したような挙動だった。モーター駆動じゃこんな動きはできない。


《触手といったらヌルヌルで柔軟じゃなきゃネ》


(そういういかがわしい話はしてない。こんなもの有効なのかって話だ)


《先端に刃物をつけて油圧で振り回す殺人ロボとかは、昔マジで考案されたことはあったみたいだよ? 銃火器と違って弾切れがないから長時間稼働できるってコンセプト》


(バッテリーの問題があるだろ。あんま有効には思えないなぁ)


 綺羅星きらぼしのほうにもチューブは伸びており、向こうの白いロボットは足に備わったカッターで黒いチューブを切り飛ばしていく。


D.<あっ!? クソッ、離せ!>


 だが1本だけ切り損ねたチューブが綺羅星きらぼし機の足に絡まった。それを好機と見たのか、さらに複数のチューブが噴き出るインクのような速度でビュンビュンと伸びて白いロボットが拘束されていく。


 まずはこっちの動きを止めようとするタイプなのか? となると当てにくいが一発の威力が大きいって武装を隠してそうだな。


「ブゥゥゥメラン!」


 ゼッターのアックスを引っ張り合いになって伸び切っているチューブ群へと投げつける。


 ゼッターアックスはカウンター側にもゴツい刃がある形状をしており、現実の手投げ斧のように回転数に気を遣う必要は無い。当たればどこでも切れる。


 チューブはかなり弾性の高い素材のようだが、投げつけたアックスによってうまいこと両断されていく。斧にしちゃ良い切れ味だぜ。


 さらにこいつはブーメランのように手元に返ってくる仕様だ。この仕様はロボット側が投擲場所から移動していても、ある程度なら追従してくれるのでアホのように棒立ちにならずに済むのも長所だ。

 コンピューター制御だからキャッチをしくじってこっちの腕部がスパッてこともない。故障してなきゃな。


《おやん? 敵対したのに助けるんダ?》


(事情がわかんねえ。あのロボットの機能で綺羅星きらぼしがおかしくなってる可能性もあるから、ほんの少しだけ様子を見る)


 スーパーロボットの中にはパイロットの精神状態に悪影響をもたらす機能がついているものもある。


 本来は臆病者ビビりを強制で戦わせるために、一種の戦意高揚を狙った機能だ。


 なんせSワールドのパイロットはガキばっかだからな。ロボットに乗って戦えると喜び勇んで突入したはいいが、本当の殺し合いだと実感すると途端に動けなくなるヤツもいる。それこそクソ漏らして泣き叫ぶヤツだっているくらいだ。


 だからパイロットの精神状態の悪化を緩和するために、国は色々な要求を開発者に突き付けた。


 画面上の敵を威圧感の無いマイルドな姿で表示したり、パイロットと簡単な受け答えのできる人工知能を搭載して孤独感を緩和したりな。


 他にも自分が強力なロボットに乗って戦ってますって思えるように、操縦席周りを無駄にスタイリッシュにしたロボットなんかもある。


 要は自己暗示でもなんでも、パイロットがビビらなきゃいいってな。


 そんな中のひとつの回答として、外部からの物理的な刺激で恐怖を忘れさせて戦意を高める機能ってのが生まれた。


 パイロットの脳機能そのものを誤魔化しちまう方法だ。


 その手段が外部からの電気信号か投薬かの違いはあるが、まあ聞いてるだけで碌なもんじゃねえのは分かるだろう。


 それでも死ぬよりはマシってんで、承知のうえで使うガキもいる。その辺は自己責任だし、他人のオレは何も言うことはない。


 だがこれが過剰に効いちまったせいで、敵味方区別のないクルクルパー状態にされちまうことがたまにあるんだわ。

 これが迷惑だからオレはこういったシステムは嫌いだね。弱いガキを無理やり戦わせるクソみいな機能のクセに、仰々しくて中二臭い名称を付けてることが多いしよ。


D.<…………頼んでねえよ! 助けてくれなんて! おまえは、いつもいつもぉッ!>


「敵は向こうだ。文句は後で聞いてやる」


 さっきから諦め悪くチューブを伸ばしてきやがる。数も速度もさほどじゃないから捌けるが、チューブは切っても再生するらしくいいかげん鬱陶しい。まずはこいつからだ。


(目立つところは目のマーキングだが、弱そうな箇所って感じじゃねえな。球体形ってのは案外やりにくいぞ、弱点がまるでわからん)


 脆いとしたらチューブの伸びてる下のほうか? 余計な機能がある分だけ装甲は薄くなるはずだ。こりゃビームを浴びせるよりツーのドリルで真下からブチ抜いてやるほうがいいかもな。


 ―――――ロックオン警報っ!?


綺羅星きらぼしッ、いい加減にしろ!」


 身をかわした直後に複数の投げナイフみたいなものが掠めていく。スーパーロボットが投げナイフかよ!? ゴツい斧投げてるこっちもアレだがよ!


D.<うるせえ! オレと勝負しろっ!>


 白いロボットは翼などがなくても問題なく飛行できるタイプらしく、綺羅星きらぼし機が敵などそっちのけでこちらに突進してくる。しかもその動きはロボットの関節らしからず、妙に滑らかでぬるぬるしてやがる。


(スーツちゃん、あのロボットのデータあるか?)


《闘魂ダモクレス。45メートルサイズの単座型で近接戦闘主体。操縦形式にパイロットの筋肉が発する電気信号を受けて動きを再現する、ダイレクトモーションシステムを採用。低ちゃんが前にシミュレーション試験したモビルグラップラーに近いね》


(あれか。どうりで人間臭い挙動をするわけだ)


 ロボットの挙動に人間臭さなんていらないし意味がない機能だ。だがパイロットの動きが反映されるシステムなら、無駄な動きだって勝手にトレースしちまう。


 人間にもただ立ってるだけなのに落ち着きなくユラユラしたりするヤツっているだろ? ああいった無意識のクセまで動きに出てるからこの白いロボットの挙動がやたら人間臭い。


 ーかロボットの顔、口が動いてないかアレ? なんていうなんつう無駄な機能つけてやがる。


D.<せいッ! せいッ! ~~~っ! せいやぁっ!>


(そういや綺羅星きらぼしカラテマンだったか。無駄にうるせえ掛け声かけやがって)


《それを言うならカラテガールでは? ブラックベルト・ギャルでもいいッス》


(どっちでもいいわ!)


 空中であることを感じさせない安定した下半身で打ち込みにくるダモクレスとやらをさばく。左右のパンチ連撃。前蹴り、からの切り返しのソバット。カラテにゃ詳しくねえがこんなアクロバットなもんだったか?


 だが最後の大技は欲張りすぎだ。


「頭冷やせっ」


 ソバットから背後に回り込んで、こっちもお返しの蹴りを見舞う。


 アーマードトループスを参考に格闘モーションのショートカットを作っといて正解だったぜ。でなきゃ加減無しのリッパーやアックスを叩き込まなきゃならなかった。


D.<きゃあああああッ!?>


《ムホッ、オレっ子だけど悲鳴は女の子じゃノウ》


(不謹慎すぎるから黙ってろ変態スーツ)


《一言! こんなスーツちゃんに一言っ!》


(戦闘中だから後!)


D.<やりやがったなっ! ――――双頭剣!>


 体勢を立て直したダモクレスが胸部の装甲板と思われたプレードを外すと、それは両端が長く鋭利に伸びてツインブレードとなった。


《ブラックベルト・ギャルって響き、ベルトで拘束されてるファッションみたいでエロくない?》


「後にしろって言ってるだろが!」


 あぶねえっ!? 振り回してくる刀身の軌道がメチャクチャだぞコイツ。さては剣どころか無手しかやったことがねえな? それで双剣なんて扱い辛いもの出してくるもんじゃねえぞ。


 人間が振り回すのと違って自傷する動作はロボット側で制限されるからまだ無事だが、生身でやってたらとっくに自分が怪我してんぞ。


 そのクセ繰り出してくる一刀一刀は妙に早く鋭い。勢いとパワーでなんとかするつもりかよ。


 ひときわ大振りの一刀をかわして超接近戦クロスファイトに持ち込む。本来ツインブレードは馬上で左右の敵に対処するために考案された武器だ、元より手持ちの接近戦には向いてねえよっ。


 操縦席は頭部か? ぶん殴ってやるからしばらく目を回してろ!


D.<かかったぁ!>


(うおっ!?)


 切り返しの合間にガラ空きの頭部を殴るつもりが、綺羅星きらぼしは振った途中でブレードを収納して、予想より早いフォローアクションで殴りつけてきた。


 ツインブレードは畳まれ、代わりに鋭いピックが2本付いたナックルガードがメリケンサックとなって放たれる。


 初撃をアックスの腹を盾代わりにしてなんとかガードするも、さすがにこの重い得物ではパンチの連打についていけない。

 何発かは腕で防御を余儀なくされ、1撃ごとにゼッターの腕部装甲にホッチキスの穴みたいなものが出来ていく。


(チィッ! もう遠慮してやんねえぞっ!)


 下から斧をすくい上げる形でダモクレスの伸び切った腕を切り上げる。


 だが下からの振り上げでは初動の加速が足らず、切断どころか腕部の装甲に食い込む程度になり、鈍器で殴るのと変わらない結果になった。


 関節に柔軟な可動域を持つタイプのロボットでも、要所要所はカッチカチの無機物で外骨格だ。もっと狙うところを考えねえと切れないか。


D.<へっ、へへっ、へへへっ! ……初めて当てたぜぇ!>


 腕をかち上げられたダモクレスは後退するも、仕切り直した間合いで綺羅星きらぼしのねばっこい笑い声が響く。


(やっぱおかしくなってんな)


《むーん? ダモクレスにパイロットの精神に影響する機能は無いはずなんだけド。操縦システムのせいでロボットがダメージを受けると痛みがフィードバックする副作用くらい?》


(痛がってねえぞ。自分で打った薬物とかか? クソがっ)


 長官ねーちゃん! もうちょっともちっとパイロットの管理しとけ! ガキがヤクやりだしたらおしまいだぞ!


《! 退避! 離れて!》


「やべっ!」


 いつのまにか立体パズルのように表面が分解し、中から白い光が漏れ出していたタコ。その光は一気に輝きを増し、放射された光がゼッターを一瞬だけ包む。


 思わず綺羅星きらぼしに意識を集中したツケは、デカブツの大技を阻止できないという形で負債を払わされることになった。


《パワー急速ダウン! エンジン2号、3号が停止!》


(コントロールも利かねえ!? どうしたゼッター!)


 力なく落下する機体を立て直そうとしても、ドラゴンの飛行機能を担保するウィングがうまく反応しない。墜落する!


「こぉなクソッ! 」


 天地が逆さまになった操縦席のハードスイッチ周りをバチバチと操作して、辛うじて動いている1号のエンジンを経由して2号、3号のゼッター炉に再起動のためのエネルギーを送る。


「寝ぼけんなゼッターっ!」


《地表まで800! 2号炉、3号炉、連結よろし。点火カウント3、2、1》



点火コンタクト!)


 詰まったパイプが錆を吐き出すような挙動を見せ、見る間にゼッターの出力が回復する。再起動1発で成功だ! 兄貴より優秀だな!


(なんだったんだ? 故障って感じとは違ったぞ。敵が何かしたのか?)


《敵にゼッターのエネルギーを吸われたっぽい。さっきより明らかに熱量が増してる》


 エネルギーの吸収!? コード接続も無しで、しかも一瞬で引っ張っていけるのかよ、規格とかどうなってんだ。


D.<ダブル! ハリケェェェン!>


 ――――体勢を立て直した矢先、無線にそんな叫びが聞こえた。


 敵の隠し玉に驚き、無意識に注意を切っちまっていた背後。友軍のレーダー反応を持つそのロボットに、オレはそれまでの経過を忘れて背を向けちまっていた。


 突如として視界がかき回される! 天も地も、前後左右も何もかも! 体が操縦席のシートから引きずり出されて飛び上がりそうになる!


《回避! 回避! 拘束技! 振り切って! 低ちゃん!!》


 竜巻!? それだけが口から脳をまるごと吐き出しそうなほどの回転の中で頭に浮かんだ。ゼッターがふたつの竜巻に捕らわれ、猛回転させられながら上空へと跳ね上げられている!?


 そして眼下に映るのは、カラテのサンチンってやつの構えから、十二分にタメ・・を作って待ち構えるダモクレス。


D.<疾風ッ! 正ぇぇぇ拳ッ! 突きぃぃぃぃぃッッッ!!>


 ――――られる!?

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