第144話 対抗心? それぞれの暗闘
<放送中>
時間は少し遡る。それは初宮を心配して付き添っていた玉鍵を、病室から追い出すようにして締め出したアスカと初宮の場面から。
これが玉鍵と自分たちに必要だと直感したから連携したものの、アスカも初宮もお互いの関係の立ち位置がまだ掴めず、しばらく気まずい沈黙が室内に落ちる。
口を開いたのはまず初宮から。
「助けに来てくださり、ありがとうございます。フロイトさん」
ややオドオドしている少女ではあるが、それは親の顔色を窺う昔のクセが抜けきっていないため。しかし内面はかなり意識改革が進んだことで、パイロットらしい年相応以上の精神的な太さを持ち始めている。
「……別に。
いつも初対面の相手にはやや身構えてしまい、好戦的な態度を取りがちなアスカは、途中から心のどこかでバツが悪くなりぶっきらぼうに返した。
助けに行ったのに助けられた、という汚点が勝気なはずのアスカが大上段に出れない理由。
アスカは怪盗との戦いにおいて、相手の狂気に押し負け不覚を取ってしまった。これをすんでのところで助けたのは初宮の一撃である。
初宮は薬で体の自由が利かない中、それでも怪盗の脳天に金属パイプを叩きつけてアスカへの暴力を阻止していた。
彼女を一方的に助けることで、玉鍵のチームメイトを相手に精神的な優位性を確保することを目的としていたアスカからすれば、打ち立てていた計画がすっかり狂ってしまった形。
結果的に助けたがこちらも助けられた。今のイーブンの状態では初宮とどう向き合えばいいのか、アスカには分からなかったのである。
それでも自分が『玉鍵たまの相棒』であることを強調するのは忘れない。
言葉に含んだ意味に気付いたのか、初宮の瞳がわずかに揺れる。
『あいつはもう
「それでもありがとうございます。私
『チームメイトではない、
「…あんたがタマのなんなワケ? くっ付いてるだけじゃない」
私は違うわと、自信を持って言いたげなツインテールの少女。これに初宮は言い返せなかった。
今の自分が玉鍵にとって負担でしかない自覚があるから。
娘をないがしろにする親から引き離し、住まいを融通し、パイロットという生計の立て方を教え、戦いにおいても初宮を全力で助けてくれる存在。玉鍵たま。
その恩に初宮はまだ何も返せていない。だからアスカの物言いに反論なんて出来ない。すれば厚かましい恩知らずだと公言するに等しいからだ。
加えて、初宮はアスカというパイロットの事を、一方的に嫌と言うほど知っている。
『スーパーチャンネル』によって放送された超弩級ロボット、ザンバスターでの戦いは一般層においても大変な話題となっていたからだ。
話題の多くは玉鍵の活躍とザンバスターの戦闘力、その出撃枠の膨大さによるものだが、ここにもうひとつ別の話題が上ることが多かった。
それが玉鍵とペアを組んだもう1人のパイロット、アスカ・フロイト・敷島の話題である。
嫉妬心の強い者たちから玉鍵の傍にいる彼女へのヘイトが荒れ狂ったが、その一方で玉鍵の戦闘をサポートし、ワールドエースの超人な戦いに懸命に喰らい付くアスカの実力を高く評価する者たちもいた。
アスカという少女はただのサブパイロットではない、玉鍵の戦いに最後までついていった傑物だと。
この評価が囁かれたとき、初宮を始めとするブレイガーチームは複雑な気分であった。
ただでさえ影で玉鍵ありきのワンマンチームと揶揄されるなか、彼女と比肩はせずとも追従はできる実力を持つアスカの登場は、特に初宮由香の心に強い衝撃をもたらした。
――――同時にそれは、ウジウジと玉鍵の帰りを待っているだけだった少女に、精神の覚醒に近い克己心をもたらすことになる。
「私は玉鍵さんのチームメイトだよ。フロイトさん」
今はかなわないと自覚する。だが、それだけで敗北を認めるほど初宮はもう弱くない。
『今はあなたのほうが近いけど、すぐに取り戻す』
気弱そうに思えた少女の目からそのような含みを感じ、アスカは心の中で定まっていなかった初宮由香と自分の立ち位置を確定した。
こいつは敵だと。
奇しくもそれは初宮も同じ。あの人の横におまえはいらないと、病室のベッドの上にありながら魂が吠えるかのように気迫が満ちた。
2人の口角が無意識に小さくつりあがり、やがて小さな笑い声が漏れた。
遠目には優しく微笑み合っているように見える少女たちは、見る者に寒気のするような気配を伴って、しばらくお互い視線を逸らすことなく笑い続けていた。
(……なあスーツちゃん。素で言うけど、これはちょっと厳しくねえか?)
ゼッター実機の硬めのシートまで再現したシミュレーションの1基。その操縦席に乗せていたケツにドカンという衝撃が走る。
あ、ヤベエと前もって分かるから今はまだ余裕がある。けどこれが不意に尻が浮き上がるほどの衝撃がきたら誰だって焦るだろう。まして戦闘中ならなおさらだ。
Z2.<キャアッ!?>
合体角度の限界を誤ったことでドッキングプロセスが機能せず、ゼッター2号機と1号機がビリヤードの玉のように弾かれる。
激突によって2号機が受けた強烈な慣性モーメントは、ただちに無慈悲な結論を弾き出した。
それは航空機にとって運用外である横の回転。コマのような動きとなった2号機はコントロールを失い急速に落下していく。
俗にフラットスピンと呼ばれる、飛行機にとって復帰が極めて困難な状態だ。こうなってしまうと脱出するしかない。
…確かアメちゃんのF-なんとかだったかが、パイロットの脱出後に奇跡的に復帰して無人飛行。そのまま胴体着陸に成功したという嘘みたいなホントの話もあるがよ。まあ普通は墜落するだけだ。
しかしそれは飛行に揚力の助けが不可欠な通常航空機の話であり、素で強力な推力を持つスーパーロボットの分離機であれば、持ち前のパワーで強引に引き戻すことも可能だ。
もちろんこれはパイロットが目を回さなければの話。ゼッター仕様のシミュレーションは実機ほどでなくとも、並のロボットとは比べ物にならない負荷を強いてパイロットの脳を揺らしたようだ。
脳が揺れて体の自由が利かない状態から完全に復帰するまで、だいたい10秒はかかる。そこまで掛からずとも数秒の間は視界も何もグニャグニャ。計器なんてまとも見えないし、今の自分の状況を把握するまでにはさらに数秒を要するだろう。
Z2.<ちょ、ちょおぉぉぉぉっ――――>
ブツリと通信が途切れる。墜落して地面に叩きつけられた2号機は頑丈な機体のおかげで完全な破壊こそ免れたが、肝心のパイロットは激突の衝撃によって死亡と判断されて
《合体テスト10回のうち成功は2回。キャスちんと同程度カニ》
一般層でゼッターに乗ったさい、2号機を担当したキャスリン・マクスウェルか。本来の乗機はワイルドワスプって言う、ロボット・戦闘機・その中間形態に変形する小難しいやつに乗っていただけに、ゼッターにも乗ってすぐ早く慣れ始めた器用なタイプだった。
星川んとこの槍先がキャスの事を『天才マックス』と呼んでいたように、あいつもアスカと同じ天才枠で技量とセンスがかなり高かったのを記憶している。
(よくやってるほうだと思うがよ。やっぱあんまり別のロボットに乗せて変なクセつけさせたくねえな)
前のロボットの操作のクセが抜けなくて、とっさに混乱するってのはパイロットでなくてもある話だろう。これが戦うやつにとってはかなりの鬼門だ。混乱しているうちにますます追い込まれることになる。
《むしろはっちゃんが合体
天才のはずのアスカはこの調子の一方で、初宮は自分で言った通りオレに合わせるのが妙にうまかった。
決まり通りの軌道で飛んでいるだけとはいえ、シミュレーションで再現されたランダム気流によって多少のゆらぎはある。それをふまえて丁寧に合体を行う余裕まであったほどだ。
さすがに成功率100パーセントとまではいかないが、ゼッターの合体を初めてやって6割成功なら上出来だろう。
(オレがゼッターに乗った時の『スーパーチャンネル』の基地版を、動画データ入れた記憶媒体が損傷するほど繰り返して見てたってのはマジかもしれん。研究熱心だねぇ)
《ムホホ。そこ以外も擦り切れるほど見てると思うゾヨ》
(でも戦闘機の扱いはお粗末だ。あれじゃ普通に飛んでてもちょっとしたアクシデントで落っこちるぞ)
初宮の欠点は航空機の扱いが下手糞って事だ。特に空間認識が未熟で天地の把握が苦手らしく、よく操作をミスって降下してしまい墜落しかけていた。これは計器を見ればすぐ判別がつくんだが、その判断を下すまでの混乱が酷い。
過去に使ったのは初陣で乗った小型の陸戦機が1機と、通信担当でブレイガー。そして今後の乗機予定でシミュレーションしているらしいガンドールだからな。飛行型の経験値が無いからしょうがねえ面はある。
一応、1回だけオレに付き合う形で航空機型の分離機をシミュレーションで飛ばしてるんだが、そんときもビルにボコボコ当ててるからなぁ。
それにしても初宮たち、オレがいない間もちゃんと訓練してたようで少し安心したが、けどまさか初宮がキーパーツに乗るとはねえ。
基地への移動中に聞いた話だと、初宮はガンドールの分離機でもっともサイズの大きい胴体部、20メートル級の
けどガンドールは合体機だ。合体機には単機とはまた違う、もうひとつの適性が求められる。
それは合体プロセス時の度胸だ。
頭部になる
この4機の分離機で構成される50メートル級スーパーロボット、『銃撃巨弾ガンドール』。
キーパーツは合体の起点となる性質上、合体開始から終了までの待機時間がもっとも長い。すべての分離機を受け入れるまでキーパーツ担当機はその場から動けないのだ。どれほど敵の攻撃が激しかろうと逃げることは許されない。
度胸一番。仲間を信じて合体完了まで死んでも動じない不動の精神。それがキーパーツを担当するパイロットの条件だ。
Z3.<フロイトさん、無理に突っ込もうとしないで。余計にブレますよ。大気中は常に後ろに引っ張られる分を計算にいれてください>
Z2.<わかってるわよ! こいつ機体のフォルムが流体力学的にメチャクチャで変な気流が生まれるから難しいのよっ!>
(2はまだマシな方なんだがな)
オレも3号機で似た文句を言ったから覚えてる。とにかくS関連はデザインが現実を逸脱してるものばっかでスゲーからな。
《スーパーロボットの世界にエリアルールなんて存在しないでヤンス》
昔、超音速戦闘機の開発にさいして、音速突破のための条件に『コーラ瓶のくびれ』って話があった。
ざっくり言うと、速度があるほど機体を流れていく空気の流れが絡みつき、抵抗を増して機体を後ろに引っ張るという、航空機の流体力学上の現象がある。それの解決法がボディのくびれだ。
大昔にあった瓶コーラのような、途中から胴体がスリムになるデザインが抵抗軽減に有効だと分かり、現実の戦闘機はエリアルールと呼ばれる理論を採用した航空機が発達していくことになる。
ちなみにスーパーロボットはだいたいパワーと頑丈さで解決だ。スーツちゃんの言う通りエリアルールもクソもねえ。
Z2.<こっちの事はほっといてよ! そっちは飛ばすのうまくないクセに!>
Z3.<わかってます>
おぉ、初めて会った頃は親や幼馴染の顔色を伺ってオドオドしてたのに、今じゃ勝気なアスカを相手にしても口がきけるってんだから、ずいぶん成長したもんだぜ。
《合体はともかく、アスカちんは戦闘機形態で動かす分にはもう平気そう》
(……どっちにしても向こうで1回は合体せにゃならん。こりゃ敵がいないうちにオート合体で決定だ。出会い頭の遭遇戦にならなきゃ、だけどよ)
どだいぶっつけで緊急合体なんて出来っこねえんだ。もしかして訓練ねーちゃん、初めから落とすつもりでシミュレーションを指示したのか? アスカは口でダメだと言って聞くタイプじゃねえしな。
《合体ではアスカちん、分離機戦闘だとはっちゃんが心配ってことかネ? 低ちゃん氏》
(左様。スーツちゃん氏の言う通りにござる)
今回はフィールドが指定されている。いつものように安全そうなフィールドを選ぶってことが出来ない。いきなり戦闘になる可能性があるかぎり、こいつらを連れて行くのはリスクが高すぎる。
そりゃSワールドにある各フィールド状況は、ゲートの向こうに見える映像を分析することである程度わかるようになっているがよ。敵が隠れてる事もあればゲート通過の時間差で視認範囲に入ることも稀にある。確実な安全は保障できない。
確実でなくとも参考にはしてはいるがね。できるだけ対空配備の少なそうなところに飛び込むのがオレのフィールド選択の一番の理由だったくらいだ。
なんせ開いたゲートは向こうにいる敵からも見えるようで、激戦区ではゲートを潜り抜けた途端に馬鹿みたいな数の対空攻撃に晒されることもあるんでな。こうなると最悪だ。
地面が近付く前にシャトルが撃ち落とされたら、それだけで墜落死が確定するロボットもあるしよ。特に陸戦の量産機はこういったタイプが稀にある。良いロボットが回ってこない底辺には対空射撃が多いか少ないかは、それだけで死活問題なのだ。
――――じゃあ飛行できるタイプなら万事解決かといえば、これも考え物なんだがよ。
飛行できるロボットは一見すると、いっぱいに広がる大空を自由に飛んでいるように見える。
けど実際に飛行できるのは、重力を振り切るエネルギーを保てる機動に限られる。
エンジンパワーによる加速と揚力。この二点が重力の強引な勧誘に負ければ機体はたちまち失速し、最悪は地面に向かって真っ逆さまだ。
パイロットは計算と経験側から、自分の機体が
まあ、スーパーロボットの分離機は持ち前のパワーで、揚力も何も強引に解決してくれるがね。
けど墜落したら只では済まないのは普通の航空機と一緒だ。さっきのアスカ機のようにバラバラにはならないにしても、中のパイロットの方が墜落の衝撃でだいたいオシャカになる。
――――飛べない人間が空に上がるってのは、それだけで死ぬ確率が上がる行動なんだよ。何かの拍子に落ちたらあっさり死ぬ。
乗り始めはおっかなびっくりで、安全マージンを取るから事故率はそこまでじゃない。けど慣れてくると自分ごとの無茶を探るようになる、この辺の時期が一番危ない。
飛行型ロボットに乗ったパイロットの死亡原因には、他のロボットに搭乗するパイロットとは違い『事故死』の項目が上位に入るくらいだ。
乗るのは楽だが乗りこなすのが大変なタイプなんだよ、飛行型は。ましてゼッターの分離機は機敏な戦闘機だ。もともと素人が動かすには荷が重い系統だろ。アワアワしてる間に事故るだけだ。
《2人の事はエネルギーブーストと割り切るのだナ。今回はサブパイロットみたいなものなんだし》
(そうしたいのは山々なんだがよ。結局前の時だって3機フルで使わなかったら敵が倒せなかったろ)
あの時の敵は物理防御が異様に固く、肉弾戦と爆発物しか得物が無いゼッター
ビームで装甲を剥ぎ、さらに
《それはケンカ売られた低ちゃんが、わざわざ向かっていったからでショ? 2人が乗ってなかったら普通に逃げてたんでナイ?》
(……選択肢があると、つい撃破の方法を考えちまうからダメだな)
スーツちゃんの言う通り、あのとき1人だったらさっさと
《まーまー。今回は大物を狙うわけでもないし、同じフィールドに味方も多いんだから安全第一ってコトで。2人に教導する気でイキたまい》
(訓練ねーちゃんが合格出したらな)
オレの判定は不合格だ……未熟なヤツが死ぬのはしょうがねえが、それは本人の責任で死んでほしいって意味だ。オレが他人の命を預かるってのは好きじゃねえや。
やっぱオレは単座が気楽でいい。いつもより長生きしたせいか、色々と抱え過ぎちまったかもしれねえ。
<放送中>
一般層第二基地には国から有用な頭脳を持つ人材として認定を受け、基地内に個人の研究ラボを持つほどの天才少女がいる。
名は三島ミコト。若干14才でありながら、すでに複数の博士号を取得した頭脳の超人。
その能力の高さから過去に何度もエリート層に招聘されているが、彼女は決まってヘラヘラと笑いながらこれを断り続け、今も一般層住まいに甘んじている。
三島は電子ドアの反応を受けて監視カメラを覗く。映像で相手が誰であるか知ると同時に、カメラ越しの気配から頼んだ要件の結果を知って静かに溜息をついた。
ラボの電子ドアが開くと袖余りの白衣を軽く振って、座ったまま友人の少女を出迎える。
このラボに入れる人間はとても少なく、やってきたこの長身褐色の少女は数少ないフリーパスのひとり。
ラボの入室制限同様に、三島から数少ない友人認定を受けているのはチームメイトの野伏ティコであった。
彼女は三島の予想通り、しゅんとした顔で告げる。
「ヒカル、出撃、は、ひとり、する、て」
失語症を患っているティコは、三島の作ったチョーカー型の発声器による会話を行うため、単語こそ明瞭だが言葉の繋がりはややたどたどしい。
「……そうかい。本当に、本当に管理が甘かったよ。ボクとしたことが」
三島とティコはパイロットであり、どちらも30メートル級合体ロボ『獣機キングタイガー』に搭乗するタイガーチームに所属している。
だが、そのチームリーダーたる
肉体強化といっても、もちろんトレーニングなどの健全な方法ではない。
極端な話、薬物や脳手術による『肉体そのものの改造・変質』である。これによってヒカルは過去に例を見ないほどの身体能力をたった数日で獲得するに至っていた。
事態を知った三島が即座に基地に掛け合い、狂人とのこれ以上の関りを遮断したものの、すでに受けた改造は残ったまま。
ヒカルは超人化の代償として、精神的にひどく不安定な状態となっていた。
高揚している間は暴走したかのように好戦的になり、沈んでいるときは自殺しかねないほど消沈する。
元からメンタルが強い方ではなかったが、気持ちの乱高下がヒカルの心に明らかに負担を掛けているのは明白だった。
そんな彼女は三島たち、特に三島をなぜか避けるようになり、ついには1人で戦うと言い出す始末。説得のために避けられていないティコを送り込んだが、残念ながら色よい返事はもらえなかった。
「今は躁の状態かな? 鬱よりマシとはいえ、どうしたものか」
自分から動き回っているということは高揚しているのだろう。狂人の伝手で手に入れたスーパーロボットがヒカルに向いている機体ということで、並々ならぬ意気込みがあるようだ。
あるいは八つ当たりの相手をSワールドで探しているのかもしれない。わざわざスラムにケンカ相手を探しにいく愚行だけは懲りてくれたのが幸いだと、三島はやるせない気分で頭を掻いた。
ここで無理に止めると一気に鬱に入ってしまい、本当に自殺してしまいかねない。三島の努力によって治療薬の開発は進めているが、まだまだ時間が掛かる状態で、今は対処療法しか手が無かった。
「戦う、人、いない、イライラ、してる」
「…彼女はもうエリート層だからね。向こうでもたくさんの人を騒がせているようだし、ヒカルは余計に気に入らないんだろう」
三島の言う彼女とは、ついこの間までヒカルが一方的にライバル視して突っかかっていた少女の事である。
彼女は偶発的な事故で地表に行ったが、万人が優秀と認める経歴を持つこともあり、そのままエリート層の住人となっていた。
もっとも、三島からすれば彼女の
「しかたない。今回もヒカルが気付かない範囲でサポートしていこうか、ティコ」
「うん、ティコ、がんばる」
「……大怪我しない程度に、ヒカルが入院でもしてくれたら手があるんだけどねぇ」
「ミコト、それ、は、最後、の、手段」
うっすらと暗い目つきをした三島をティコが戒める。天才の名を欲しいままにしている友人だが、やはり常人とは紙一重な部分があるのをティコは理解していた。
――――だが、三島の放った『入院』という言葉に、ティコ自身もまた目の前の友人と同じくらい気配が変わったことを彼女自身は自覚していないだろう。
ひっそりと茂る山林の闇のような、静かで暗い目をしていたことを対面の三島だけは知っている。
山が時に生贄を求める土地であったように、ここまで踏み込んだら二度と返さないという、ティコの気持ちを知っている。
それは三島も同じこと。
彼女を友としたあの日から時からずっと、
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