第141話 アスカ奮闘!? 邪悪な月を砕け!

<放送中>


 外から廃墟と分かる塔の中は、アスカが内部に入っていくとますますその姿を強める。


 コンクリート製の壁や天井にはいくつもの亀裂が入っており劣化が酷い。軽く指をかけるだけで傷口からボロボロと崩れるだろう。さらに床や階段は過去に浮浪者でも住んでいたのか、埃を被るほど年季の入ったゴミが散乱してそのままになっていた。


 エリートが住んでいるはずの地表にもこんな時代があったのかと、アスカは生理的に嫌な気分になりながら破損した照明の配線が垂れ下がる塔の狭い階段を上がっていく。

 やがて辿り着いたのはいかにも管制塔らしい、おー字型の部屋を持つ頂上部の張り出しだった。かつてはここでサイタマ都市軍の航空機や車両に指示を与えていたであろう場所である。


 実のところ、ここに至るまでにアスカの頭には作戦など何もない。せいぜいバレないうちにできるだけ近づいて、後は正面から行って殴り倒せばいいやというレベルのノープランてある。


 このいい加減さはアスカに救出のモチベーションがあまり無いという点も確かにあるが、怪盗側に本気の無茶は出来ないだろうというパイロットらしい精神的な余裕があるからだ。


 怪盗がやった事と言えばせいぜい殴るくらい。誘拐犯としてもひとりしかいない人質の命を奪うわけにはいかないのだから。ならば最悪の事態は起こりえない。


(タマならチームメイト、ううん、女の子が殴られたらそれだけで怒るんだろうけどね。私はそこまで熱くなれないわ)


 先ほどの殴打に対しては女として発作的に怒りを感じたものの、階段を上るうちに徐々に頭が冷えてしまった。


 今のアスカにとってこの行動の原動力は、玉鍵に評価されたいという承認欲求と初宮由香への精神的なマウントが主であり、それにくっ付くように人として培ってきた義憤と道徳がほんのり香る程度である。


 また訓練教官の天野和美からパイロットとして以外にも徒手空拳の戦い方を学んでいるアスカは、その恵まれた才能もあって生身での戦いにおいても一定の手応えを持っていた。


 それこそ同年代の少年程度であれば素手でも簡単に制圧できると考えるくらいには。だから緻密な作戦など考える気にならなかったのである。


 ――――思考を放棄した惰性の行動。その代償をアスカは金属パイプによる奇襲という方で支払わされることになる。


「きゃあ!?」


 入った途端に死角から振り抜かれたパイプの1撃目は、襲撃者の焦りから通路の縁に先端が引っかかるように当たり、幸運にもアスカの体には届かなかった。


 壁を殴ったことで確実に痺れているであろう手を気にもせず、荒々しく唾を吐き散らしながら息を吸う襲撃者。すぐさまの2撃目のために振り被られたパイプは、振り下ろされれば今度こそアスカに当たるだろう。


 その光景を眼球に映したアスカの脊髄は、厳しい訓練によって反射にまで刷り込まれた肉体の反応をもって、脳の判断を待たずに己の四肢へと指令を送る。


 体の出した判断はコンパクトなトーキック。振り被るために無意識に空いた脇腹に、前蹴りに近い軌道でローファーのつま先がえぐるように突き刺さる。


「あがぐッ」


 胴体の中で肋骨周りは筋肉や脂肪が薄く、骨が折れやすい部位であり、折れた骨が内臓を傷つければ致命傷にもなる危険な部分。天野からは無暗に狙うなと戒められている場所であったが、アスカは躊躇いなく蹴りつけた。


 奇襲に驚かされつい悲鳴など上げてしまったアスカは羞恥を感じて舌打ちし、蹴りの痛みからたたらを踏んで下がったタキシードの男を強く睨みつける。


(怪盗よろしく人質片手に奥でふんぞり返ってると思ったら、チンピラみたいな事してくれるじゃない)


 金属パイプを持って奇襲してくる怪盗という、あまりにも世間のイメージから乖離した男に不快感を感じたアスカは、むしろ怒りによって先ほどの奇襲の動揺から立ち直った。


「おま、おまえぇぇぇぇ!」


 脇腹へのキックは想像以上に効いたのか、仮面のつけられていない下半分の口元は苦悶に歪んでよだれが零れていた。


(薬? 精神障害? さっきからちょっと普通じゃないわねコイツ)


 だがここで、あれほど敵愾心剥き出しで叫んでいた怪盗は不意に絶叫を引っ込め、素直に殴られず逆に蹴ってきた女を見て困惑の気配を出した。その理由に察しがついたアスカは勝負を決めるために攻撃に転ずる。


 しかし初撃のようにはいかず、すぐに間合いを取られてしまう。通路と違い存分にパイプを振るえる広さがある室内に入ったことで、怪盗の持つ得物が思ったより邪魔っ気だったのだ。


 これはアスカの室内戦闘における経験不足が大きい。戦うと言えば主に宇宙戦闘を得意とするバスターモビルのパイロットとして戦うため戦場は広い空間が主であり、生身の訓練でも周囲に危険が無いよう広い場所で行っていた。


 ただでさえ障害物の多い室内で、しかも相手が即席とはいえ武器を持っている。本格的な対戦闘は初めてのアスカにとって、それは訓練で想定した以上に厄介なものだった。


「おまえ玉鍵じゃないな!」


 金属パイプを突き付ける怪盗に応えるわけではないが、アスカは視界の邪魔をしていた黒髪のカツラを脱ぐ。


「あんたこそ誰よ。ディンゴてやつ? 今ごろタマがあんたのお仲間を残らずブッ飛ばしてるわよ」


 油断なく怪盗を睨みつつ、手早く赤髪をツインテールに戻したアスカは、ここで相手の動揺を誘うための口戦に移行した。できれば相手の得物を叩き落すか、自分も何かしら対抗手段を探すために室内を探っていく。


(――――初宮由香っ!)


 探る途中で見つけたのは人質の少女。汚れた床に打ち捨てられるようにして倒れている初宮を見つけ、赤く腫れた女の顔をアスカは思わず注視して心がざわついてしまう。


 その動揺を隙と見なした怪盗が、短いマントを翻して再びアスカに襲いかかる。


「馬鹿にしやがってぇっ! どいつもこいつもボクを馬鹿にしやがってえっ! 女のクセに! 女゛の゛ク゛セに゛ぃぃぃぃぃ!!」


 危うく打たれる寸前でパイプを握る持ち手を力づくで止める。少女なりに鍛えた体は膂力という何物にも代えがたい万能の対抗手段を発揮する。


 だが、このとっさの防御は悪手であったかもしれない。


 アスカには理解しがたい異様な憎悪に身を任せた怪盗は力任せに少女の体を押していく。十分に鍛えているはずのアスカの力を持ってしても、その腕力を押し返すには至らず、押し倒されないよう後退する事しかできない。


 なんとか蹴りで体勢を崩せないかと考えるも、今の状態で片足になったら本当に倒されると感じて、アスカは持ちこたえる事しかできなかった。


「女なんか玩具なんだぁ! 男のっ! 月島のっ! 玩具なんだよぉぉぉぉっっっ!! 玩具らしくしろぉぉぉぉっっっ!!」


 はからずも拮抗した力比べのなか、怪盗の噛みつかんばかりに開かれた口から発せられたのは、雄の心の奥底に溜まった汚泥のごとき黒い感情。


 理不尽な言い分のはずの言葉を当然のように叩きつける叫びにアスカは思わず怯む。それは理解しがたい恐怖から来た萎縮。


「こ、この、変態っ!」


 ここで初めてアスカに相手への恐怖の感情が宿った。あまりにも当然のように『女は玩具』だと言い切る怪盗の精神性と、自身の理論を信じ切っているらしきこの男の人格に対して、ひとりの女性として身の毛もよだつほどの嫌悪感と恐怖心が沸き上がる。


 どんな教育を受けたらこんな人間になるのか。そもそもこの男は正気なのか。全力を出しているアスカを押し切っていくほどの腕力と体力は、まだ少年らしき怪盗の体格にまるで合わない。中学生どころか成人男子以上ではないかとアスカは戦慄する。


 目の前の怪盗の首に浮かぶ無数の血管の脈動が、彼のりきみ方の異常さを物語っている。およそ常人ができる体の使い方ではない。


 疑いなく人体のリミッターが切れているか、薬物などによるブーストが掛かっていると感じて、今さらながらに自分が敵の戦力を軽視していたことをアスカは痛感した。


 ――――アスカ・フロイト・敷島はSワールドに赴くパイロット。才能もさることながら訓練教官の天野が課す地道な訓練も欠かすことなく、時には泥臭いと言えるような対人の護身指導もアスカなりに真面目に受けていた。


 実戦とはお行儀の良いものではないと知っているつもりだった。知識のうえでは。


 武器を使う、薬物を使う、奇襲、多人数、汚い事や自身の寿命を削るような行為をしてでも勝ちに来る人間もいると、アスカは体感という意味ではまだまだ理解していなかったのである。


 それでもアスカの煌めく知性は未来を予想する。


 …ただし、残酷な未来をだ。自分はこのままでは力負けすると。


 そしてその後に待っているのはパイプによる滅多打ち。


 未来を想像したアスカの体は強張り、ますます怪盗の力が強まっていくように錯覚する。


『Fever!!』は何をしているのか、本当に助けてくれるのか。あるいは自分が殺された後になるのでは。


 最悪の結末に思い至った少女は、生まれて初めて戦いの恐怖に一瞬だけ屈しかけた。


 一瞬のミス。だがそれこそ実戦では致命的なミス。気力の切れ目は、掴んで防いでいたパイプを強引に剥ぎ取られるという、やはり最悪の形で現実となった。


 つまりここからは自由になった金属による暴力という、少女の体には耐えられない蛮行が行われるのである。


「お゛んなあ゛ああぁぁあ゛ぁあ゛あっっっ!!」


 絶叫と共に振り被る怪盗。そのフォームはメチャクチャ、しかし乗せられた力は間違いなく人体を破壊しうる威力が込められているだろう。


(~~~~っっっ、……たすけて! 助けて! タマ! ラング! 和美ぃ!)


 アスカが心の中で叫んだのは彼女にとってもっとも頼りになる―――――否、頼りにしている人物たち。


 幼い自分を蔑ろにして争い合う両親から引き離し、叔母という立場を超えて本当に愛を注いで育ててくれたラング。小生意気に育ったアスカを実力で叩きのめし、人としてパイロットして真摯に指導してくれる和美。


 そして己の上でも下でもない、アスカと共に歩んでくれると信じられる唯一無二の友達、玉鍵の名を。


 ……ここでいずれかの人物が助けに来ればそれで大団円なのだろう。できるならば玉鍵たまが助ければ、それがもっとも収まりがよいに違いない。


 ―――――だが、アスカへの救いの手は思わぬ相手から差し出された。


 ゴキン、という乾いた音が響く。思わず目を閉じてしまったアスカが再び目を開いたのと、怪盗が膝をつき頭を押さえて悶絶するのは同時だった。


「あ゛い゛、ぎぃぃぃっっっ……」


 仮面の隙間からボタボタと血を滴らせて苦しむ怪盗の背後には、折れ曲がった金属パイプを持ってへたり込む初宮の姿があった。


「と、とどめ、とどめを」


 1撃目の時点で相当な無茶だったのだろう。体の自由が利かないらしい初宮は、よろけながらもどうにか持っていたパイプを支えに懸命に立とうとする。


 だが、すぐに手を床についてしまう。よく見れば彼女の目の焦点は合っていなかった。


「ぎ、ぎざま゛ぁ゛ぁぁぁぁぁっっ!」


 ここで怪盗が滅茶苦茶にパイプを振り回す。手に付着した血もおかまいなしに振り散らし、まるで蛇がのたうつような攻撃は初宮の持っていた金属パイプを叩き飛ばした。


 力任せの攻撃が体に当たらなかったことは幸運と言えるが、手持ちの武器を無くした少女は背後からの奇襲に怒り狂った怪盗の憎悪を一心に向けられることになる。


 このままでは初宮が殺される。そう直感してしまうほどの憎悪の感情。人生でここまで身近に殺意を感じたことのなかったアスカは、無意識に身がすくんでしまう。


 助けに来たのに助けられた、人質に取られて玉鍵に迷惑をかけるような人間に。その事実がアスカの中でぐるぐると回る。


 アスカと初宮はお互いに面識など無く、どんな生い立ちでどんな境遇かも分かってはいない。アスカは玉鍵に聞いたことで人物像程度は知っていたものの、大して興味は抱いていなかった。


 …玉鍵がとても懐かしそうに、心配するように初宮の事を話すことがむしろ苛立たしく、聞きたくなかったのもある。


 そんな初宮由香にアスカは助けられた。自由の利かない体を押して、腫れた顔を庇うことなく敵に挑んだ彼女。


 玉鍵に相応しくないと馬鹿にしていたはずの人間は、間違いなく玉鍵たまが友人と認めるに見合う勇気を持っていたのだ。


 ――――なのにアスカは体を動かすことさえできない。このままでは初宮が殺されると分かっているのに、後ろを向いて隙だらけの怪盗に殴りかかることさえ出来ないでいる。人間と戦うという恐怖を初めて知った体は言うことを聞いてくれなかった。


 殴られたら殴り返せばいいだろうという、無責任な傍観者の、他人事の考えにヒビが入っていた。


 誰かから理不尽な暴力を受けるとは、こんなにも恐ろしいものなのかと戦慄して。


 だからこそ! アスカは震えを止められぬまでも怪盗に掴みかかった。


 殴る蹴るなんて効率のいい行動は頭に浮かばない。ただひたすらに、この暴行を止めたくて。その一心で怪盗に組み付く。


「ばな゛ぜえ゛ぐぞお゛んな゛ぁぁぁぁーっっっ!! づぎじま゛っ、ぼぐはづぎじま゛だぞぉっ!!」


 真理。世の中は必死だからどうなるものでもない。賢明だろうと正しかろうと、愛と慈愛に満ち溢れていようと、理不尽な暴力に蹂躙されることばかり。


 おそらくは人の営みの始まりは愛ではない。ただひたすらに暴力によって行われてきた。だからこそ男は女より力がある。

 狩猟のためでも外敵と戦うためでもない。男は女を組み敷くために強いのだと、少なくともこの怪盗――――月島レイヤという人間は教え込まれ、それを心の底から信じていた。


 なればこそアスカを力づくで跳ね飛ばし、猛り狂った少年は動けない少女ふたりに勝ち誇る。


 この怪盗の名は月島レイヤ。その美形で玉鍵たまを懐柔しようとして失敗した、かつての一般層の少年パイロット。


 親からの命令で親戚である太陽桃香に協力しての行動であったが、彼は玉鍵を気に入り個人的にも手に入れたかった。


 だがまるで相手にされないばかりか強烈な憤怒を買うに終わる。そしてそれ以来、彼の家柄と容姿によって約束されていたはずの順風満帆な人生は一変していくことになる。


 顔の良さで女性に好かれ、女の誰もが勝手に言い寄ってくるのが当たり前だった月島は、あの事件以来まったく相手にされなくなった。

 しかも月島家だけでなく、彼の一族である星天に連なる者たちはこれまでの悪行を白日の下にさらされてしまい、次々と逮捕されていく始末。


 そんな中でS課の手が伸びる前にいち早く逃げた一部が、彼とその家族数名である。


 しかしその逃亡生活は代々の不正によって贅沢を極めていた星天一族にとっては過酷なものとなった。そして一般層のスラムからさらに追いやられ、いつしかアンダーワールドまで落ちた彼らは、そこでさらなる地獄を見ることになる。


 悪行で有名であった彼らの一族はアンダーワールドの人間にさえ爪弾きにされ、わずかな食糧を得るために奴隷同然の待遇で使われたのだ。


 美貌を生かして女から財産を巻き上げていた月島一族。今度は彼らが搾取され、使い倒される番となった。


 ここで唯一、最悪の境遇から一歩だけ抜け出せたのが月島レイヤである。彼は14才と若く、そういった・・・・・嗜好の人間に取り入ることで、アンダーワールドの有力者の玩具という形で生き残った。


 ……いずれは親兄弟たちと同じく自分が気に入った女たちにしようと思っていた事を、己が生きるために自分の体で受け続けた月島の精神はすでに壊れている。


 女は玩具、下位の存在、利用するための消耗品だと教え続けられた月島レイヤに、自分が女の役割と信じて疑っていなかった扱いを受けた日々は、彼にとって悪夢に他ならないかもしれない。


 他の者から見れば因果応報であったとしても、やはりどこまでも彼からすれば理不尽な扱いであったのだ。


 そこで他人の、これまで月島家が泣かせ続けてきた女性の立場を考えることがレイヤには一切無い。これこそ星天の、銀河に連なる邪悪な血統を受け継ぐもっとも確かな証明と言えるだろう。


 彼は女を壊すことに躊躇いがない。これはもはやパイロットが相手だからと、『Fever!!』の存在があるからと、後付けの『思い止まる理由』が入り込む余地が無いほどに、月島の血統という本能に根差したもの。


 だからたとえ破滅が待っていたとしても、もはや月島レイヤは止まらない。初宮を、アスカを殴り殺すことを躊躇わない。


 女の人生を破滅させるために生まれる月の申し子。それが銀河の、星天の産み落とした月島の男なのだから。


「やめてぇぇぇーっ!!」


 起き上がることもできずにアスカは手を伸ばす。レイヤの耳に届いた少女の悲痛な叫びは彼の加虐心を大いに刺激し、口元を無意識に愉悦によって歪めさせる。


 まずは殴った初宮へ、口からよだれをまき散らした狂った男の暴力が降り注ぐ。


 ――――――否。あと1秒遅ければ、間違いなく降り注いでいただろうというべきか。


 悪意は初宮に届かない。アスカにだって届かない。


 なぜなら! 管制塔跡の砕け散ったままの窓枠から、今度こそ今度こそ今度こそ! アスカが見知った絶対の存在が、轟音と共に正義の拳を叩きつけたから!


〔無事かっ!? アスカ! 初宮!〕


 怪盗の体に叩きつけられた鋼鉄の拳は功夫クンフーファイターのもの。ボールのように壁に飛ばされ全身を打った男はそれでも許されず、そのまま壁と功夫クンフーの拳に挟まれて血反吐を吐くことになった。


「……遅いわよ、バカ」


 遠くに響く大量の車両の音を聞きながら、アスカはへろりと蹲る。それは襲い来る恐怖から解放された安心感から。


 そしてそれ以上に『アスカ、初宮』と、自分が先に心配されたようで嬉しかったからである。







っぶねえーっ。ケチらず飛んでよかったぜ)


 今まさに初宮が鉄パイプか何かでブン殴られそうになってやんの。液体窒素無しで吹かした功夫クンフーのノズルがまた焼けちまったがしょうがねえわ。しばらくすりゃ勝手に直る。


 ボーイを運ぶため功夫クンフーファイターのまま地下から出てきたとき、最初に目についたのは広い敷地にポツンと停まってるCARSだった。

 CARSのほうから通信が来てアスカが単身で犯人の下に向かったって言うし、しかもCARSなりに援護のため集音してたら絶賛戦闘中ってなもんだ。


 こいつの隠してる武器は2門のマシンガンと小型のミサイル。しかしマシンガンは建造物相手に貫通できないし、小型とはいえミサイルではアスカたちも巻き込みかねない。


 できる援護としたらせいぜい機銃を撃って、敵の注意を引くくらいがせいぜい。だがいくら威嚇で撃っても、アスカ含むこの三人には誰にも気付かれなかったようだ。


 相当ガチでやり合ってたんだろうな。外の銃声なんて耳に入らないほどに。


 そんで荷物受け取り用のドローンを飛ばして、無理にでも介入しようとしたところでオレ参上。

 とにかくあの塔の上で争っていて、アスカの旗色が悪いことだけを手短に伝えてくれたから、運んできたボーイをCARSに任せて全力で塔の上へとジャンプした。


(状況見てとっさに殴っちまったが、見た目的にもこいつが補欠怪盗でいいんだよな?)


《仮面にタキシードでマント。これで怪盗以外を名乗ってたらむしろ詐欺でハ?》


(だよなぁ。この見た目で不動産屋の社員だったらビックリだ。ケッ、女相手にイキるクソ野郎が。ちょっとちっと加減できなかったかもしれねえな)


《あちこち骨折してるけど残念ながら死んでないZE。むしろ世界遺産である美少女いたぶる野郎は、もっともっと壁と一体になるまでメキメキしようZE☆》


(後でな。まずはアスカと―――――――初宮か?)


 2週間そこらのはずなのに、ずいぶん長いこと会ってなかった気がするな。それに髪型変えたのか。三つ編みから緩いボブになっている。一瞬わからなかったわ。


(…顔が腫れてるな。殴りやがったか)


 このままファイターの拳を押し込んで、マジで口から臓物吐くまで潰してやりたい気分だぜ。チッ、どうも見た目的にガキらしいからこれで勘弁してやらあ。死んでないなら後は知ったこっちねえ。


《とりあえず降車すれば? なんとか変形スペースもあるし。やっぱり感動の再会は熱い抱擁とキスで決まりでショ》


(どこぞの映画会社の、客を馬鹿にした簡単理論を持ち出すな。爆発とキスシーンがあればいいやって効率化が、結局は娯楽ムービーの陳腐化を招いてんだよ。私見だがな)


 功夫クンフーはカツカツの変形機構のせいで操縦席の開閉システムが無く、ファイター形態からではパイロットが降りることができない。そのため一旦バイク形態に戻して、体を晒すことが降車システムの代わりになっている。


 変形機構を動かしファイターからライダーへ。補欠の怪盗野郎を挟んでいた腕が引っ込んだ事で、変な形に潰れていたタキシード野郎の体がズルズルと崩れ落ちる。汚ねえ押し花もあったもんだ。


 ボーイが挙げた仲間の数は3人。銃撃で死んでた2人と、不細工タンクに乗ってたジジイで3人だ。この補欠は誰だ?


 まあいいか。S課の率いた治安部隊も続々と到着している。仮面を剥いで締め上げるのは本職に任せちまおう。それより2人だ。


(見た限りアスカは平気そうか。初宮の容体はどうだい?)


《睡眠薬系のお薬でも打たれたかナ? 体がヘロヘロっぽい。顔の腫れは複数回のビンタとかと予想》


 突っ込み1発で潰すより、こいつの顔面をサッカーボールにでもしてやればよかったな!


(解毒できるかい? 麻薬とかだったらヤバイだろ)


《詳しく検査しないとなんとモ。でもたぶん平気ジャロ。最悪は物質転換機で治療薬を作ればええやん。どんな毒でも脳破壊も、これさえあれば知識なしでスッキリ解決》


 便利なもんだ。物質転換機のスゲエところはなんでも作れるって点だけじゃない。願った仕様や効果を何ひとつ知識なしでさえ、望んだとおりに出してくれるって点にもある。


 オレがテイオウの次元融合システムについて知らなくても、未知の超技術が必要な炉心を作れた理由はこの仕様のおかげだ。


「初宮、初宮。(オレの声)聞こえるか?」


 いわゆる女の子座りの形でへたり込んでいる初宮の体を支えて呼びかける……悪かったなぁ、こんな目に遭わせちまって。


「――――――――たま、かぎ、さん?」


 目の焦点が合ってないが、どうにか見えはするようだ。汗かいて呼吸が荒いのは薬のせいだろう。


「ああ。久しぶりだ、初宮」


 すまねえ。オレのヘマで迷惑かけた。


「…………ぎ…………た………ま……………玉、鍵、さん。玉鍵、さん、玉鍵さん玉鍵さん、玉鍵さん玉鍵さん玉鍵さんっ! だま゛かぎざぁぁぁぁんっっっ!! 」


 ちょっ!? 強っ!  力強っ! そんな猛獣みたいな力でしがみつくなっ……とは、今日ばかりは言えないか。怖かったな、不安だったな、悪かった。もう大丈夫だ。


《そして感極まった2人は、どちらともなく人目もはばからずに熱いチューをするのだった。第1部、姦!》


(不謹慎だからやめーや。あと最後、なんか意味合いがおかしかった気がすんぞ)


 初宮はオレの胸に顔を押し付けて泣き続ける。本当に必死の思いでしがみ付いて。


 …きっと補欠怪盗の拘束や応急処置とか、やるべき事はあるんだろうが――――まあ、今はいいや。泣いてるガキのケアが一番大事だろうしな。


「ちょっと! あたしは!?」


「アスカ?(なんだよ急におまえ)」


 いや待て、くんなくんな、顔の間近まで詰め寄ってくんな。目が恐いぞオイ!?


「アンタがなかなか来ないから、あたし頑張ったんだけど!?」


《抱きしめてミッドナイト》


(0時のバスには乗らねえよ。気の強いアスカでも今回は恐かったか。まあロボットに乗って戦うのと、人間と生身で戦うやるのはだいぶ恐さが違うし無理もねえがよ)


《褒めたればええやン。アスカちんの自己申告通りかーなーりーっ、頑張ってくれたみたいでっセ?》


「ああ、うん。よく頑張ってくれたな。ありがとうアスカ」


《甘いっ。女心の分からない低ちゃんに、この淑女スーツちゃんがアシストしてしんぜYO》


(あ!? テメ!)


 スーツちゃんが人の体を勝手に動かして、アスカまで引っ張り込んで抱きかかえることになっちまった。なんだコレ。死にかけの補欠怪盗の横でよ。


「………まあ、今はこれでいいわ」


 ギリギリとしがみつき泣き続ける初宮と、チョンと服をつまんでる程度で不満げなアスカ。


 よく分らんが……オレが守りたいもんだけは守れたってことでいいか。


 他のヤツの事とかいろいろあるが、アスカの言う通り今はこれで十分、だな。学校はサボるしかねえや。

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