第140話 THE GUNMET COMPLETED ITS MISSION …GOOD LUCK TAMA

「みんないなくなっちまった。ディンゴも、ピューマも………メッシュも」


 出てきたボーイの様子がおかしい。オレに撃ってきた時点でおかしいのは確定だが、涙の跡が見える目は何も映していないかのように濁っていて、まるで質の悪い地縛霊か何かのようだ。


《あー、一遍に仲間を失って自暴自棄になっちゃったのかもネ》


(…気持ちは分らんでもないが、それでなんでオレに銃を向ける?)


 もしかしてジジイを殺したことを根に持ってんのか? こっちだって命張って戦ってんだ、そこまで面倒見れねえよ。


 どんな悪党でも優しく取り押さえて諭すとか、そんなヒーロームーブなんざガラじゃねえ。オレに銃を向けたら誰だって殺す。


 それが殺し合いに付き合わされる側の権利ってもんだろうが。


「ボーイ! おまえ何がしたいんだ!?」


《あれ? 話しかけるんだ? 身を晒してるうちにさっさと撃っちゃったほうがよくナイ?》


 ちょっと前まで同じロボットに乗って戦っていた相手だろうと、スーツちゃんにとってそれはどうでもいい事でしかないか。女装が似合うだけであくまで野郎だしな。


 オレ自身も頭ではスーツちゃんの言い分が妥当だとは、分かっちゃいるんだ。

 こっちに撃ってきた時点でもうボーイは敵だとよ。こいつはもう敵なんだ。仲良しこよしで甘えたことしてたら殺される。けど――――


(――――口で終わればそれが一番楽だろ)


 短くても一緒に戦った。それにこいつはまだガキだ。だから1回くらいは勘弁してやれなくもない。後でブン殴るくらいはするけどな。


《あはははははっ》


 だがスーツちゃんは、オレの読ませてない思考を見透かして笑いやがる。なんだかんだと理由をつけて撃たない、オレのアホさ加減を。愚かな有機生命体の矛盾した理論を。


 ひとつの生命体として、もっとも救うべきは自分の命。それなのに他人の命のなんざ気にしているのは生物として間違っている、愚かだとケラケラと嗤いやがる。


《ホントは説得なんて出来ると思ってないクセに。そんなに撃ちたくない?》

 

 何よりも、オレ自身が成功するわけがないと知っていて、それでもやっちまう馬鹿な真似を、こいつはいつだって嗤うんだ。


(まだ分かんねえだろっ)


《えー? 分かるでござるヨ。だってもう女装クンは引き金を引いたじゃない。向こうの方が後戻りなんて出来ないよ――――今さら許されると期待している方が度し難い》


 ……チッ、人の揺れる気持ちがわかんねえ無機物め。こいつのこういうとこ嫌いだぜ!


「――――玉鍵、指輪をくれ」


「突然なんだ! 理由を言え!」


《それも聞く必要ある? なんで撃ってきたかも指輪を要求する理由も、低ちゃんはなんとなく予想ついてるでショ?》


(生憎オレはテレパシーなんて無くてな! 口で会話しとかねーと確認できねえんだよっ!)


 ボーイは仲間がみんなおっ死んで心の袋小路にいる。自分やアンダーワールドの人間たちに残された未来に絶望してる。生還のための筋道がどう考えても見つけられないからだ。


 そんなヤツに残されている、残されていると思える行動はふたつだけだろう。


 ひとつは簡単。諦めるだ。


 詰みだと、もうおしまいだと諦める。一番辿り着くのが楽な選択。どんなタコでも選べるクソみたいな結末。


 …もう少し早く、せめてオレを撃つ前にそうしてくれりゃ、おまえだけはもう少し生き残る目があったのによ。今は無理でもそのうち事態が好転するかもしれなかったのに。


 たとえ最後までノーチャンスだったとしても、自分で生き延びる努力をしなくて何になれるわけもねえ。


 けどたぶんこっちじゃねえ。ボーイの選択はもうひとつの側。


 怪盗ごっこを続けること。


 指輪を手に入れて、状況を形だけでもふりだしに戻そうと動く。指輪さえあれば国やサイタマと交渉の余地を残せると考えて。


 自分とアンダーワールドの生き残りのために、指輪の強奪って最後の手札で突っ張り切る。


 半ば、それさえ無役ブタと知りながら。


 このガキは味方に殺されかけ、それで敵に寝返って止めに来た――――けれど、それでもボーイにとって彼らは心の根っこでは仲間のままだったんだろう。


 たったひとり生き残った自分が、死んだ仲間の遺志を継ぐような気分になっている。


 繰り返す。こいつ自身、もはやそんなことは無理筋だと薄々わかっているはずなんだ。


 …だからこれは、悲劇に見えてもただの茶番でしかない。


 考え無しのガキらしい、後始末を放棄するための選択。責任を取ることを自分の命を使って正当化した気になって放棄する。ただの逃げだ。


 こいつはもう死にたいんだ。いや本心から死にたいわけじゃないが、後に残された『失敗の責任』『アンダーワールド住人からの批難』『逮捕者と死人の山』ってバッドエンドを見せられるくらいなら、ここで終わりたいと思ってる。


 弱くて真面目なクソガキが。おまえだけのせいじゃねえだろうに。


「それがあればまだ望みがあるんだ。まだ、まだアンダーワールドの人間は生き残れる」


 うそつけ、自分で言っておいてまったく信用していないだろう。なんだよ、その弱っちい声は。泣く前の幼児みたいじゃねえか。


 でもおまえはガキであっても幼児じゃねえ。大人に踊らされたとしても、自分で動いた以上は責任だって多少はある。突き付けなきゃいけないものは突きつけんぞ。


「どうせ殺されて奪われるだけだぞ! 国だろうとサイタマだろうと、お行儀よくおまえらとの約束なんか守るもんかよ」


 正式な条約だって力がある側が破り捨てるのは簡単な話だ。まして強盗なんてやらかして締結しようとした約束なんざ猶の事。むしろ締結前に襲撃されるのがオチだろうが。


 現実の社会なんてそんなもんだ。力が無ければどんな約束だって履行されるもんかよ。


 でなきゃ、こんなクソみたいな世界になってるもんか。


「それにパイロットを殺した時点でおまえや、おまえの後ろにいる連中も『Fever!!』は許さない。終わったんだよ、ボーイ! なにもかも!」


《Oh、低ちゃん説得ヘタクソな。追いつめてどうすんのサ》


(うるせぇ! 他に何言えってんだ!)


 オレが約束を守らせるとでも宣言すりゃいいのか!? 冗談じゃねえよ! ―――私はこの身ひとつ面倒見るのでいっぱいいっぱいよ! 何千何万の事情なんか責任持てないわよ!


「……終わった。そうだな、終わったのかもしれない」


 ――――眩暈か? 一瞬意識が飛んだ気がする……連戦で削った体力が戻ってないか、クソ。


《んー、低ちゃん。ホントにマズいよ。交渉失敗っぽいゾヨ》


 捨て鉢のガキの説得なんざしたことねえよ! この年のガキは勢いでなんでもやっちまうから厄介なんだ。


「だから――――」


「っ!」


 反射的に引き金を引いた。ボーイの言葉に最悪の含みを感じて、本能が勝手に指を動かした。


 放たれた弾丸はボーイとの間を隔てるハッチに命中して、硬質な音を立てる。


 ガキは手を掛けていたハッチから伝わった衝撃にさほど驚かずに、ただ悲しそうな顔をした。


《あーもー。低ちゃん、ワザと外したナ?》


(オレは射撃が下手なんだっ)


 ……つい照準をズラしちまった。クソッ、ヤベーことになると分かってんのによぉ。


「――――だから! おまえと戦って、オレたちの未来を奪いとる! オレはっ、オレっ! 怪盗Flashだ!! 」


 その宣言を最後にGUNMETのハッチが閉じる。ベラベラ喋っている間に撃ち込めるチャンスは何秒もあったのに、オレは何やってんだ……。


《動き出すよ。女装くんはパイロットじゃないし、操縦も低ちゃんの見よう見まねだろうからかなりモタつくとは思うけどサ。今のうちに逃げるなり隠れるなりしないと》


待避所後ろはダメだ。またカンヅメの繰り返しになる。マシンガンの銃口が向いてない方向に走るしかねえな)


《前は難しくない? 5.56ミリマシンガンはタレット式で、射角は直立時160度、俯角は60度。ほぼ真横と真下に撃てるから、射線を切るのも車体の下に潜り込むのも厳しいゾ》


 戦車形態時は左右に突き出た自分の前輪が邪魔で、射角は40度そこら。対してスタンディングモードは前輪が足になって車体が持ち上がるから、この縛りから解放される。


 なんで戦車を立たせるのか疑問だったが、歩兵を発見して撃ち下ろすための対人用掃討形態なのかもな。


(真下は最初から逃げ道から除外してるよっ、ちょっと動かれたら巻き込まれて死ぬわ!)


 ガキで女でチビだが高スペックのこの体。だがさすがに44トンに踏まれたら怪我じゃ済まねえって。

 ボーイが正式なパイロットならまだ動きが予想できるから考えるが、素人のガチャガチャプレイに付き合いたくない。絶対事故る。


《それじゃとにかく視界を切って、またどこかの待避所や通路に走るしかないナ。逃走ルート候補を表示》


(助かる。向こうの視界は運転席のスリットを使った肉眼頼りでクソ狭い。ちょっと動けば簡単に見失うはずだ)


 近くの待避スペースを目指してGUNMETの横を駆け抜ける。ボーイが操縦席につくまでの時間との勝負だ。ここでできるだけ距離を稼ぎたい。


 戦車って兵器の泣き所のひとつは、とにかく周りが見えないところだ。敵の攻撃に耐えなきゃいけない車両に、よもや開放的な窓を取り付けるわけにもいかねえからな。


 中には窓の代わりにカメラなんかの電子的な機器で周囲を探る装置がついてるのもあって、GUNMETも貧弱ながら警戒装置を持っている。


 ただし主にスクラップから組んだもんだから、GUNMETこいつの警戒カメラはのきなみ壊れてるが。


 正面だけ、かつ銃眼程度の視界でデカブツ動かすのはしんどかったぜ。なけなしの対物レーダーとスーツちゃんの補助がなかったらあちこちぶつけてたかもしれん。


《GUNMET、動作開始》


 チッ、アイドリング状態で降りたのが仇になったか。完全にエンジン停止しとけば素人が起動するにはもっとモタついたか、動かせなかったかもしれねえ。


 だが車体をその場で旋回させるのは意外と難しいぜ?


《んー? もたついてるナ。前に行ったり後ろにいったり、縦列駐車に悪戦苦闘するみたいに動かしてるよ》


(車と戦車じゃ勝手が違うさ。不細工タンクって障害物もある。さぞ困ってるだろうよ)


 ロボット物の主人公じゃあるまいし、素人がいきなり乗って簡単に操れるかよ。この間に距離を稼がせてもらうぜ。


(スーツちゃん、生きてるエレベーターや非常階段を探してくれっ! 脱出すんぞ!)


 ガキの死に花に付き合ってられるか。オレの知らんところで首でも括れ!


《ちょい待ち、低ちゃん。近くに功夫クンフーライダーのタイヤ跡反応がある。こっち》


(やっぱり運び込んでたか)


 網膜投影された映像からピックアップされたのは、スーツちゃんによって画像解析された大型バイクのタイヤ跡。

 跡が続いているのは壁をくりぬく形で設けられた資材置き用のスペースと思われた。


 ちょうどいい、このままさらって行くか。こんなトコ何度も来たくねえ。


功夫クンフー!」


 資材スペースの闇に向け、手をかざしてバイクの認証を行う。それに呼応して倉庫の中にライトが光り、埃の舞う空間を白いビームが照らしていく。


 へっ、ライトオンとは言ってないぜ? 暗いところにひとりで寂しかったか功夫クンフー。置いてけぼりにして悪かったな。


 再会の喜びも束の間、背後からガッシャンという衝撃音が聞こえてきた。


《ぶつけまくって強引に旋回したみたい。こっちを探してるというか、もうライトで見つかったと思うナリ》


(んじゃケツまくって逃げるか)


 マゼンタカラーの風防カウルをひと撫でして、この体には大きすぎるクソデカバイクに跨る。


《そのスカートだとまくるまでも無く、バイクに跨ると常時チラ見えでヤンス》


(男のケツチラをいちいち指摘しなくてよろしい)


 普段はこいつの偽装機能で中型バイクのサイズにしてるんだが、地下に置いていくとき本来の姿のまま戻してなかったから大型バイクのままだった。


 相変わらずまったく足がつかねえなぁ。中坊はもっとこう、成長早いもんじゃねえの? スーツちゃんが言ってたが、マジでオレの身長タッパはこのままなのかよ。


 足が届かないから走り出しが一番大変なんだよなこいつ。重いしよ。


《うーむ悩ましいぃぃぃ。これで走ったらチラどころか全開。さしものスーツちゃんもパンチラを完全には防げないデス。チラリズムは大歓迎だけど、男に低ちゃんのパンツ見せたくなぁい》


(スカートやパンチラの話はもういいっ。功夫クンフーで行けるルートはあるかい?)


《あるけど、装甲的な防御無しの普通のエレベーターのみ。構造体の壁はマシンガンでも抜かれる。非常階段は上に通じてるけど瓦礫が多い。人ひとりならともかく、バイクは無理だゾ》


功夫クンフーの装甲なら対人用の豆鉄砲くらいなら耐えられるだろ)


 こいつの風防カウルは装甲の役割も果たすSワールド性の超材質。形状もその場で自由自在だ。乗り手をすっぽり覆う形で形成することさえ出来る。


 よりパワーのある12.7ミリとかの重機関銃が相手となるとさすがに厳しいが、5.56ミリクラスなら至近距離以外は十分弾けるはずだ。


《撃ちまくられたらエレベーターの方が壊されちゃうよ。5.56ミリは仰角がとれないからある程度上がれば撃てなくなるけどサ。女装くんと射撃時間の勝負する? ブラスト弾を撃ち込まれる危険もあるデ》


 功夫クンフーをエレベーターに突っ込んだら、その時点でもう動くことが出来ない。エレベーターがGUNMETの射撃限界から消えるまで撃たれっぱなしになる。


(GUNMETの残弾は、確かブラストが2とマシンガンが3000くらいだったか?)


《イエス。マルチランチャーのブラスト弾が2発。5.56ミリマシンガンは3077発。銃身が焼け付くまで撃てるナ》


(30秒は余裕で撃たれっ放しか。エレベーターがハチの巣どころか、箱が削げて脱落するな……)


 逃げ切るのはまず無理。となると操縦席からあのガキを引きずり出して黙らせるしかねえ。 


(……もう10秒そこらモタついてくれれば、お互いちょっかいかけずにオサラバできたんだがなぁ) 


 そんなに焼けっぱちのケンカがしてえなら、ほんのちょっとだけ付き合ってやるよ。お代がテメエの命になっても文句言うんじゃねえぞ。


(手短にコンディションチェックだ。功夫クンフーの状態どうだい? 外見の傷は無くなったように見えるが)


《この子は自動修復するからナ。溶けてた偏向ベクターノズルも直ってるヨン。でも液体窒素は補充されてないから飛行は無理ポ》


 直立状態のGUNMETの全高は5メートル強。天板に乗って撃ちおろすのは難しいか? こいつのアンカーはバイク形態じゃないと使えないしな。


(レーザライフルの残りエネルギーは……だいたい3発分、ってとこか)


 そういや空挺降下してきたクモ型ロボを迎撃するのに使って、そのままだったわ。


《マシンガン駆動音っ》


「チッ、功夫クンフー! バトルモード!」


 このバイクにはタイヤに形成するスパイク以外に武装らしい武装は無いが、最近になってロボット形態『功夫クンフーファイター』への変形機構が備わった。


 そしてS由来の技術らしく理屈は抜きで、ロボットへと変形するとバイク時には搭載されていなかったはずの、ブルパップ式のレーザライフルがいつのまにやら装備される。


 武器がどこから出てきたとか考えるのは野暮だぜ? そういう仕組みって思考放棄するのがS技術を扱う上でのお約束さ。


功夫クンフーライダー、ファイター形態へ変形開始。分かってると思うけど終了まで動いちゃダメだぜ?》


「変形に挟まれたら指が潰れちまうからなっと」


 車体が変形の伴ってシートが持ち上がり、視点が高くなる。周囲は風防カウルとスライドしてきたバイクフレームでみっちりだ。


《ライフル装備。変形完了》


 このライフルがファイター唯一の射撃兵装なんだが、やっぱ弾が心もとねえな。


 強奪されてからそこそこ時間が経ってるのに、ライフルのエネルギーを表す目盛りが戻っていない。どうやらレーザーのエネルギーは車両本体とは別カウントらしい。


 自動修復・自動補給という、基本メンテ要らずのバイクだが、液体窒素は別に補充しないといけないし、このライフルも別扱いなんだろう。S技術製とはいえ至れり尽くせりとはいかねえか。


《ファイターでGUNMETと戦うの? ちょっとパワーと装甲に開きがあり過ぎる気がするニャア》


(まあな。操縦席周りはさすがに装甲が厚すぎる。3発で焼き抜いてボーイを殺すのは無理かもしれん)


 このライフルはサイズのわりには射程と威力はある。だがいかに現実技術のみで作った通常兵器とはいえ、GUNMETみたいな本格的な戦闘車両を正面から撃破するには出力不足だ。


 これがアーマード・トループスあたりなら、1発でポンポン抜けるんだがなぁ。さすがハイローミックスの高級機ハイのほうってトコか。


 装輪鳴らして走ってるGUNMETが資材置き場の正面を塞ぐより早く、ファイターの二脚を使ってその場から飛び出した。


 躱し際に改めてGUNMETの車体を観察する。


 変形して立ち上がる異形の戦車。だが、そのボディには技術的な穴があるように見えて思ったより見えてこない。


 そのフレームと装甲の配置は堅牢で、いっそ機能美さえ感じる。イロモノとばかり思っていたこいつから、設計者の執念さえ感じるよう。


 ……敵対するとこうも印象が変わるもんか。GUNMET、おまえ良い戦車だぜ。だからこそ全力でブッ壊させてもらう。こっちも余裕がえや。


(戦車のウィークポイントと言ったら排気口、銃眼、砲口、砲弾庫、燃料タンクあたりか。まあなんでも背面に回ればなんとかなんべぇ)


《回り込むなら腕の振り回しに気を付けてネ。こっちの衝撃緩和性能から考えて、当たったら功夫クンフーはともかく低ちゃんが目を回すよ》


(ジジイの二の舞にはならな――――っとぉ!)


 こいつ最初から旋回で追いかけるのを諦めて、こっち目掛けてバックしてきやがった!


 オレが回避したのに構わず、GUNMETはそのまま壁にドカンとブチ当たる。衝撃で天井から落ちてきた埃や瓦礫の欠片が散乱し、崩落の不安が嫌でも頭を過った。


(――――動かない? ……ああ、そういう。やるじゃねえかボーイ)


 弱点の多い背後に回られるのを避けるために、何が何でも壁を背にする作戦か。ヘタクソなりに直感で、自分の持ってる手札をしっかり理解してやがる。


 へっ、こいつがもしパイロットになってたら、いずれ小技を効かせるやり手になってたかもしれねえな。


《感心してる場合じゃないでしょ。これじゃまた千日手だヨ》


 こっちのレーザーの残り弾数ではGUNMETの正面装甲は焼き切れない。対して向こうも小口径のマシンガンではファイターの装甲が貫けない。


 ブラスト弾は広範囲にベアリングを撒き散らす危険な装備だが、あくまで対人用。バイク形態ならともかく、ファイター形態で操縦席が密閉された今の功夫クンフーならそこまで恐くない。


 背後に回ればなんとかなるかと思ったが、それは向こうも『やられたら困る』って意味で考えること。だから激突しようがお構いなしに壁を背にしたか。


 当たればこっちを潰せるし、逃げられても背面をカバーできるってか? 素人の癖に攻防一体の行動とは恐れ入ったぜ。


 お互いここからの決め手がない――――いいや、そうでもない。


 ボーイ、おまえは防御ためにそこから離れられなくなった。車体の使い方が未熟なりの戦法だが、それじゃオレの行動は止められない。


「いくぞ!」


 そいつにはオレだって乗っていた。操縦席がどこにあり、どこから物を見ているのかだって知っている。組み立てたのだってオレなんだ。車体の構造だって頭に入ってる。


(脚部固定、レーザーライフル照射時間最大へ、照準!)


《え゛、1回で撃ち切っちゃうよ? それでも正面装甲は抜けないゼ?》


(本命の当てはある!)


 トリガーを引くと同時にライフルの銃口から赤いレーザーが照射され、GUNMETの股間部に設置されたマシンガンに着弾した。


 照射時間を長くとればそれだけ1点にダメージが収束するはず。ブレさせることなく可能な限りピンポイントでレーザーを当て続ける。


 収束した光は銃座を貫き、過たず内部に連なる5.56ミリ弾の弾帯ベルトが熱されて暴発。チェーンファイヤ現象を起こしてさらに爆発する。


 …ただし、豆鉄砲の誘爆程度でGUNMETが倒れない事は分かっている。


 重要なのはこの誘爆を目くらましにする事と、マシンガンの設置された内部機構を剥き出しにすることだ。


(固定解除! 走れファイター!)


 功夫クンフーファイターは操縦にスティックやフットペダルの他に、イメージコントロールも使う。この装置のおかげで四肢の柔軟な操作はもちろん、機械の指先たるマニピュレーターの扱いも人の指のように可能。繊細な作業だってお手の物だ。


 ファイターが走り込んだのは束ねられた鋼鉄の筒、20ミリチェーンガンの下。


 不細工タンクにブッ壊されて脱落した、GUNMETの頭部についていたチェーンガン。共に引き千切られている弾帯は、それでも数十発分が銃身側に残っていた。


 切れている配線を掴んで束ね、さらにトン単位の連なる銃身をファイターの肩に乗せて、強引にパワーで持ち上げる。


(スーツちゃん!)


 ―――――こいつは純正品の30ミリがスクラップに無く、やっつけで武装ヘリ用の20ミリを無理やり取り付けた代物だ。


 だがそれだけ設置に四苦八苦したことから、どう操作すればこいつが発射されるのか、どういった配線で動いているのかだって理解してんだよ!


《予測照準。誤差2パー。狙いはもちろん?》


「脱落したマシンガン部!」


 ボーイ! 防げりゃおまえの勝ちだっ!


「《くたばれジェロニモォッ!!》」


 剥き出しの配線を接触させた瞬間、死んでいたチェーンガンの銃身が生き返り爆発したような勢いで暴れまわった。


 単銃身のマシンガンでは決して出来ない毎秒100発近い超連射によって、数十発程度だった残弾は一瞬で撃ち尽くされる。


 その銃弾の行き着く先はそれぞれ。ある弾は装甲に阻まれ、ある弾はあらぬ方向に流れて室内を跳弾して消える。


 ……だが、スーツちゃんの高精度の照準とファイターのパワー頼みの抑え込みによって、ほとんどの銃弾は狙った位置へと吸い込まれていった。


 そこは5.56ミリマシンガンのあった部位。


 その上には改造によって取り付けられた、本来搭載を想定していない複座の操縦席がある。


 メインコンピューターのスペースだけでは複座式にするのに足りず、空間を確保するために引っこ抜かれた機材の中には、なけなしの内部装甲もあった。


 反撃は来ず、GUNMETはピクリともしない。車体の中央からブスブスと立ち上る煙は黒かった。


 所詮素人仕事の泣き所で、パーツ同士の組み合わせが悪く気密が確保できなかった隙間だらけのGUNMET。内部を満たして溢れる黒煙は、中で何かが焼けているからだろう。


 それはきっと破損でショートした配線の煙。黄リン詰めた焼夷弾を撃ったわけじゃない。


 なのに、その煙が火葬の煙に思えて。


 すまねえ、GUNMET。こんな終わり方させちまって。最後まで立ったままのおまえ、やっぱカッコイイぜ。


《どしたの低ちゃん? もう終わったんじゃない? 早くアスカちんのトコに行こうヨ》


「ちょっと待ってくれ」


 ファイターで擱座した車体を登り、天板にあるハッチを開ける。ロックをする暇が無かったのか忘れていたのかは知らんが、指を掛けたら楽に開いた。


《おおっ? スゲエ、生きてる。足はグチャグチャで重傷だけど》


 地雷を踏んだような姿だが、ボーイはまだ生きていた。治療すれば助かる可能性もある。


 こいつのその先に何があるのかと言われたら、まともな未来は無いんだろうが。


 ……それでもこいつはガキだ。ガキのうちは守られなきゃいけねえんだ。


 操縦席からボーイを引き出し、オレもファイターをバイクに戻してボーイの千切れた足を縛って止血する。


「スーツちゃん、痛み止め作れるか? 強いやつだ」


《ストックにもうあるジョ。女装くんに使うの?》


「運んでるとき暴れられても困るしな。起きないくらいキツいのを頼む」


 …こんなもの余計なお世話かもしれねえ。生き残ってもこいつの未来は真っ暗だ。それにオレはガキだろうが死にたいヤツは勝手に死ねと考える人間だ。自分自身、何やってんだと思う。


 仲間の遺志を引き継いだ、なんて自分を偽って死にたがったおまえなんか死んでもかまいやしない。これがオレの本心だ。


 ――――けど、それでも未来なんて本当は誰にも分かんねえ。だからしばらく眠ってろ、ボーイ。おまえは生き残った怪盗だ、当事者のおまえは誘拐した初宮への責任があるだろうが。


 もし初宮がどうかなってたら、そのときは今度こそ殺してやるよ。


 だから生きろ。死んで逃げるな。

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