第139話 真の怪盗? 裏切りの5.56ミリ!

 ここに初宮はいない。


 仮にアンダーワールドに属する別の誰かに連れていかれたのだとしたら、まだいい。だが自分で逃走したのだとしたらそれはかなり危険だ。


 人質ならたぶん身の安全は保障される。パイロットに危害を加えるのはリスクが高すぎるから逆に無茶はされないという、この『Fever!!』に乗っ取られた世界特有の変な安心感があるからだ。


 だが自力で脱出して彷徨っているとすれば、これはかなり危険だ。


 別に『Fever!!』はパイロットを危険のすべてから守ってくれるわけじゃない。Sワールドで戦えば戦死することもあるし、事故や病気といったごく自然な出来事によって死ぬことも防いではくれない。


 仮に初宮が大戦でバラ撒かれた地雷や不発弾の残る地表に、知らずに足を踏み入れたら――――『Fever!!』は事故とでも扱って、初宮が爆死しても気にしないだろう。


 人質の方がマシってのも変な話だが、見知らぬ危険地帯をウロウロするよりはずっといいのも今回ばかりは事実だ。どっちにせよとっとと探さねえといかん。


「一度GUNMETのところまで戻るぞ。地表に出るルートもボーイが把握してるはずだ」


 人間を数人移動させるためだけにGUNMETクラスの戦闘車両を上げ下げできる大型エレベーターは使うまい。建物の規模的にも人間用と比較的小さな物資用エレベーターが複数あるはずだ。非常階段もな。


 案外、今もこのどれかのルートで初宮が地上を目指しているかもしれないな。


 どのタイミングで連れ出されたか脱出したかで変わってくるが、さすがにオレらが来た方向ではない気がする。


 当たりをつけて追いかけるか? いや、先回りしてCARSや治安と合流するか。ここにGUNMETを置いてもいけない。


 それにしてもテイオウが置かれていた格納庫に落っこちた件といい、どうも地下と縁が出来ちまったようで縁起が悪いや。前回に引き続き地下をウロウロするハメになるとはよ――――チッ、そういや功夫クンフーも取り戻さないといけないんだった。


 格納庫に戻るとボーイの姿は無かった。


 焦げ臭い油のにおいとわずかにスモークの粉塵が散る空間には擱座した不細工タンクと、そこから千切れて転がっている中身入りの操縦席ブロックがあるのみ。あれだけうるさかった室内戦闘も、終わってみれば死んだ施設らしい無音の世界に変わっていた。


 少し遠くにあるGUNMETは損傷を受けて外観がだいぶ変わっちまってる。上面の20ミリチェーンガンやミサイルランチャーは被弾を受けて根元から外れ、格納庫の壁際にまで飛んでいた。ミサイルはボックスを空にしていて正解だったな。誘爆せずに済んだぜ。


 他の細かい傷は数え切れない。こっちに関しちゃ最初からついてるものも多いがね。


 ジャンクからポンコツでっち上げて、それでも最後まで戦ってくれたGUNMET。おまえはやっぱりBULLの系譜だよ、ギリギリまでしぶといところがそっくりだぜ。


 ……感傷に浸るなんざガラじゃねえか。切り替えてかねえとな。


(ボーイは逃げたフケたか。ならオレらだけで探すとしよう)


 できれば逃げ切れよ。どこに行っても長生きは無理だろうがよ。


《うーん? 徒歩で来た道を戻ったなら、まだ姿が見えてもいいんだけどニャー》


 格納庫から一直線に続く通路の先には動く物は見当たらない。照明が切れてる部分もあるので不鮮明な部分もあるが、スーツちゃんが見えないというならもうここには居ないんだろう。


(脇道でもあるんだろ。こんなに広い格納庫と通路だ、途中に退避スペースや人用の通路のひとつふたつは壁の向こうに設けられてるだろうさ)


 もしかしたらそのどっかに功夫クンフーも置かれているかもしれん。ゴタゴタをひと通り片づけたら赤毛ねーちゃんか細メガネのオッサンに頼んで、人手を借りて調べに来るしかねーな。


 功夫クンフーライダーはパイロット認証しないかぎりエンジンは動かない。あの大型バイクを手押しでこまで運んできたってことはないはずだ。相応の車両に積んで運んできたはず。ならこの地下施設に何かしら動かした跡のひとつもあるだろう。


「偽モンが初宮連れて交渉してるならアスカたちが長引かせてるはずだ。GUNMETで乗り付けて驚かせてやろうぜ」


 もともと引き渡し場所は地上施設跡のほうだからな。わざわざドローンを蹴散らしてここに来たのは、ジジイ以外の仲間を説得するってボーイの意をくんだからだ。


 苦労した割にあいつには悪い結果になっちまったが。まあ説得する前に昇天してたらどうしようもねえ。


 ―――――それでもボーイとの取引、無事に仲間の下まで連れていく、これにて終了だ。坊主、おまえへの義理は果たしたぜ。


(……なんだ?)


 小さく溜息をついてから待機しているGUNMETへと歩き出したとき、不意に前から嫌な感じの駆動音を聞いた。


 その音はグリスの切れかかった機械のような金属の擦れる音を伴って、今この場所で動く唯一の物体から聞こえてくる。


《回避!》


 スーちゃんの脳内絶叫よりわずかに早く、何度も死にまくったオレの感覚にすべてを任せて全力で横へ滑り込む。


 一瞬遅れてオレがいた場所を5.56ミリマシンガンの掃射がバチバチと舐めた。大型車両の重さに耐え切る固い床で跳弾した銃弾が、火花を残して明後日の方向へと消えていく。


「誰だ!?」


 このGUMMETはスクラップから組んだ代物だ。無人操縦ができるような高度なコンピューターは最初から積んでいない。


 こいつに付いてるのはアーマード・トループスのコントロールボックスから引っこ抜いたサブコンピューターだけ。音声で簡単な受け答えができる程度の機体制御装置のみ。


 当然、マシンガンひとつとっても誰かがトリガーを引かなきゃ撃てはしない。


《中身の詮索は後だよ、逃げて!》


 言われるまでもない。歯をガキッと食いしばって一番近い待避所へ向けて脚力の限り駆け抜ける。


 股間部にある小口径の機銃は当たらなければ平気だが、マルチランチャーにまるまる2発残っているブラスト弾を撃たれたらそれで終わりだ。空中で飛び散る無数のベアリング弾によって、たった1発でも風穴だらけのクズ肉にされちまう!


「誰が乗ってる!? どこに隠れてやがったっ!」


 危ねえ、なんとかブラスト弾を撃ち込まれても平気な奥の部屋までノンストップで走り込めたぜ。


「野郎、アンダーワールドの他の連中か? となるとボーイも消しやがったか」


 怪盗ごっこはもうダメと考えて、アンダーワールドに繋がる関係者を可能な限り抹殺にきたか? もう遅えだろ、それにパイロットのオレにまで撃ってくるとはキレ過ぎだ。たまにいる破滅志向の死にたがりか、麻薬でクルクルパーになった薬中野郎か?


 人間社会にはこういう後先を考えないタコが必ず何パーセントか混じってるっていうがよ、ホント厄介だぜ。


「スーツちゃん、こっち側に脱出口はあるか? 向こうは機銃で押さえられちまった。出て行ったらすぐ撃たれる」


 射撃の腕前的にヘタクソが乗ってるのは確実とはいえ、だからって何度も銃口を潜る気にはなれねえ。下手が撃とうがプロが撃とうが、当たれば受ける傷はどっちも一緒だ。


《残念、こっちは行き止まり》


「我慢比べかよ。アスカがキレそうだ」


 向こうには待避所に隠れたオレを攻撃する手段が無い。どうしても殺したいならGUNMETから降りる必要がある。


 対してこっちも対物に通用する装備は無い。向こうが諦めない限りここにカンヅメだ。


「やめろ! GUNMETに乗ってるヤツ! こっちはパイロットだぞ!?」


 頭に血が上ってのことなら冷静になれば引くはずだ。『Fever!!』を相手に賭けに出るなんざ手の込んだ自殺志願者でしかない。


《応答なし、カナ? スピーカーがついてないから話しても聞こえないだけかもだけど》


「チッ、キューポラから顔くらい出せよな。そしたら9ミリ全弾を顔面にくれてやるのによ」


 オレもそうだったが操縦席の配置上、天板から頭を出すにはかなりの隙を晒すことになるからな。悪役よろしく勝ち誇った一声を掛けるためだけにリスクは侵さないか。


「スーツちゃん、ここになんか使えそうなモンはないか? 消火器でも使ってまた煙幕を張るとかできれば、なんとかハッチまで取り付けるかもしれねえ」


《ザンネン。この区画に消火器は無いゾヨ》


「消防法を守れやクソォ!」


 根競べなんぞしてられねえぞ。どうすりゃいい。


《! 低ちゃん、ハッチを動かす音》


 向こうも焦れたか! 出てくるって事は多少なりと武装してるだろうが、操縦席に持ち込めるのはせいぜいサブマシンガンと投げ物くらいだろ。開幕で手榴弾を投げ込まれる前にハチの巣にしてやる! 非殺傷弾でも顔面に食らえば死ぬほど痛えぞコラ!


 亀になったこっちに油断して出てくるつもりだろうが残念だったな、こちとらスーツちゃんて最高の支援装備があるんだよ。


 タイミングを取って一気に飛び出し、動き出した出入り用のハッチに拳銃を向ける。オレは射撃が下手なほうだが何発も撃てるなら問題え。思考加速してれば着弾状況を落ち着いて観察して、次弾の誤差修正だって普通のやつよりずっと楽にできるからな。


 さあ、ツラ見せろ。1発で目玉をブチ抜いてやる! そういや映画でこんなセリフの吹き替えがあったっけなぁ!


「――――――っ!?」


 持ち上げたハッチに隠れていた顔がようやく現れた。それを見たとき、トリガーに掛かっていた指が思わず固まる。


「―――――おまえ、なんのつもりだ!」


 GUNMETの車上に幽霊のような気配で姿見せたのは、サイタマ学園のブレザーに身を包むひとりの少年。


 ボーイだった。






<放送中>


〔敷島様、まだ玉鍵様は到着しておりません。危険ですので可能な限り車外へ出るのはおやめください〕


 目的地につくなりガチャガチャと乱暴にドアを弄ったアスカに、高級無人送迎サービスCARS14フォーティーンのAIがドアロックをしつつ危険を警告する。


「別に危険でもないわよ。開けなさい」


 わざわざ玉鍵を待つまでもない。その玉鍵たまに変装した自分がいるのだ、ならこの姿でさっさと犯人と相対し、隙を見てぶちのめしてから人質を救出すればいい。


 というのが車内で揺られていたときから考えていたアスカの結論である。


 どだいバカバカしい話なのだと、黒髪のカツラを鬱陶しく思いながらアスカは内心で吐き捨てた。


 アスカにせよ玉鍵にせよ、人質の初宮という少女にせよ全員がSワールドパイロット。犯人が無暗に傷つけることなど出来はしないのだ。それ以外の人間が人質や救助人になったならともかく、雑にやっても死人など出ることはまずない。


 玉鍵はこの件で初宮の安全に細心の注意を払うつもりのようだが、アスカは多少の怪我程度なら許容範囲だろうと考えていた。


 誘拐などされてアスカの相棒に心配をかけて危険を冒させている初宮という人間に、いっそ犯人たちへ向ける以上の敵愾心を抱いていたのである。


「ほら、来たわよ。こっちも出ないと格好がつかないでしょ」


 外の管制塔跡らしい細長い建物に人影が現れたのを目ざとく見つけ、アスカは再びドアノブに手をかけた。


〔このまま外に出た場合、変装を見破られる可能性が非常に高いかと思います。事態が悪化するのは確実です〕


 CARSはこれに食い下がる。CARSサービスと契約しているのは玉鍵たまであり、アスカは契約者が設定した同乗者の1名として登録されているだけに過ぎない。彼女のどの要望を叶えるかはサービスを提供するCARS側の判断に委ねられている。


 そしてCARSはアスカの要求を拒絶することを選んだ。規約として契約者の不利益になることは契約者本人の望みでない限り、これを実行しないのがCARSという車両に積まれたAIの基本理念であったからだ。


「このっ、頭が固いったらないわね」


 苛立ちから窓を叩いて座り直す。これが普通の車であったならアスカの知識をもってすれば開くことも可能だが、手持ちに電子的なロックをされたドアを開けるための機材など無い。またCARSの車内は客や強盗が分解して配線を弄るような方法は取れない仕様になっていた。


「CARS、塔の人影をズームアップして」


〔畏まりました〕


 車内に設けられた娯楽用モニターがCARSの車外カメラと連動し、外の様子を映し出す。現状ではこのAIを説得して車の外に出るのは無理と判断したアスカは、とりあえず今できる事として情報収集をする方向に切り替えた。


 経年劣化と戦闘によるものと思われる損傷があるその塔は、窓ガラスが割れたまま放置されておりまさしく廃墟という様相を呈している。


「……ダッサ」


 その何もない窓越しに見えた人物がズームアップされると、アスカは場をわきまえない低俗なジョークを聞いたような気分になった。


 黒いタキシードに短いマント、そして顔には上半分を覆う赤い仮面をつけている不審者が白昼堂々とそこにいる。霧深いロンドンで夜陰にでも紛れれば格好がついたかもしれないが、昼に見るその恰好は安っぽいコスプレとしか思えない。


 頭の中で怪盗の評価をますます下げつつも、アスカは画面に映る物との対比から怪盗の体格を割り出し、骨格から男であることや想像していたより小柄であると分析した。さらに下半分から見える顔つきから、もしかしたら年代的に自分と同じ中高生くらいではとも予想する。


(女装野郎の言っていたディンゴって仲間かしら? メッシュは、たぶん違う。若すぎる―――――そしてアレが、初宮由香)


 怪盗の手で引っ立てられたのは制服姿の縛られた少女。ホログラムカードでも見た格好と同じセーラ服であった。おそらく通学中に誘拐されたのだろう。


 顔を見る限り暴行を受けた様子はないが、引っ張られた時の動きが力なく不自然なことから、何かしら自由を奪う薬物でも使われている可能性があった。


〔車から出て来たまえ子猫ちゃん。お友達が寂しがっているよ〕


 塔の拡声器を使ったと思しき声が廃墟に響く。アスカの予想通り声はかなり若い男のものだった。


「子猫ちゃんって……キモ」


 寒々しくキザったらしいセリフを聞いたアスカは、その一言だけで鳥肌が立つ気分を味わった。すでに底辺を這いずっている怪盗の評価がいよいよ地面の底へと埋没していく。


〔早く出てこいよぉ! 玉鍵ぃッ!〕


 しばらく無言の間が空き、やがて先ほどのすかした口調とはまるで違う余裕の無い声が迸った。


 マイクが拾った唾の音にアスカは不愉快な気分を味わうと共に、相手の精神状態がすこぶる悪いと推測する。それこそあと一押しで自暴自棄になりかねないほどだと。


「……CARS、私の声をタマの声に変えることはできる? なんかナルシストっぽいし、交渉の真似事くらいしてやんないと癇癪起こしそうよ、アレ」


〔変声は可能ですが推奨しかねます〕


「あの塔から人質を蹴落とされてからじゃ遅いのよ。キレたナルシストなんて何するかわかんないわよ?」


 怪盗が世間にごく稀にいる『Fever!!』の報復を恐れない無敵の人間であった場合、アスカは玉鍵の人質を見殺しにしたという事実が出来上がってしまうかもしれない。


 もしそうなったら、たとえアスカのせいでなくとも玉鍵との関係がギクシャクするのは間違いないだろう。


 正直に言えば初宮由香を助けたいという気持ちはアスカにほとんどない。だが玉鍵に嫌われるという結末だけは回避しなければならないと、それだけは心の底から思っていた。


〔承知いたしました。イントネーションなど本人と差異があることはご了承ください〕


「GOOD。スタートで変声を初めて――――スタート―――――『来てやった。人質を放せ、怪盗』」


〔出てこいって言ったんだよぉっ! ボクをバカにしやがって! 女のクセにっ、女ごときのクセにボクに恥をかかせやがってぇ!〕


 アスカの言葉に反応して激情のままに唾を飛ばして怒鳴り散らす怪盗に、まるで異常者を見た気分で困惑する。


(ホントに薬でもやってんじゃないの? もう、早く来なさいよタマ)


 人質がいようと玉鍵さえ来てしまえば簡単な話だ。どちらか注意を引き付けている間にこっそり塔に入り、あの怪盗気取りの男をブチのめすくらいわけないだろう。


 アスカの中では治安やS課の増援の事はもう頭にない。


 アスカと玉鍵、自分に玉鍵たまという最高の相棒がいればどんな問題であろうとも解決できると信じ切っていた。


〔おまえ、ボクが何もできないと思ってるんだろう? パイロットは傷つけられないってさぁ。こんな風にっ!〕


「『あっ!?』」


 平手打ち。怪盗は白い手袋をした手で初宮の頬を強く叩いた。


〔見たかよ、なあ、見たかよ!? このくらいなら平気みたいなんだよなぁ!〕


 怪盗の行為は少なからずアスカを、パイロットであるアスカを動揺させた。


『Fever!!』という守りを無意識に信仰しているパイロットにとって、自分たちに害を与えても何も起こらないという光景は想像以上にショックな事であったのだ。


〔このままどこまで出来るか試してやろうか!? さっさと顔を見せろぉっ!〕


 仮面越しに見えるズームアップされた目は血走り、その視線にアスカは投げ捨てた人間特有の狂気を感じた。


「……CARS、降りるわ。開けて」


〔危険です。応援をお待ちください〕


「女が! 女の子が殴られてんのよ! 助けなかったら――――あいつの相棒じゃない」


(私は全力で胸を張って、タマの相棒でいたいのよ!)


 それにここで初宮由香を助ければ、この事で自分と彼女の間に絶対的な優位ができると裏のアスカが囁いている。


 一般層で先に玉鍵のチームメイトになった初宮を、後追いの自分が精神的な立場において追い越せるのだ。


 被害者相手にゲスな考えだと戒める自分も心にいるが、これは別に自分から仕向けたわけでもない。結果としてそういった形になるだけであり、アスカはあくまで人質救助に協力しているだけ。もちろん、あんな風に平気で女を殴る男に腹を立てているのもれっきとした事実。


 だからこれは義憤だ。自分にそう言い聞かせたアスカは、じわりと沸き上がった黒い感情に蓋をした。


〔――――セリフはこちらで考えますので口だけ動かしてください。どうかお気を付けて〕


「ありがと。タマが何か言ってきたら庇ってあげるわ」


 無理を言ったのは自分でありながら、まるで他人事のようにそういうとアスカは黒髪のカツラを整えて外に出た。


(初宮由香。あんたには悪いけど、タマに必要なのは囚われのお姫様じゃないの。一緒に戦える、最後まで背中を預けられる相棒なのよ)


「『出てやったぞクソ野郎。初宮を放せ』って、ちょっとCARS」


 てっきり言葉少なに玉鍵らしいセリフを紡ぐと思っていたアスカは、あの玉鍵の声で汚い言葉が飛び出たことに戸惑う。


 確かに玉鍵は男性的な口振りで話すこともある。しかしクソ野郎なんて物言いはしない少女だ。少なくともアスカはどんな下劣な男性を前にしても、玉鍵からクソ野郎なんて単語は聞いたことがなかった。


 しかし今は演技の最中。カットを入れるわけにもいかずに困惑しつつ口パクを続ける。


「『そのダセえ仮面は口を覆うものに変えろよ、ゲロ臭いから』」


(かーずぅーっ!? バレるでしょーっ!)


 アスカは知らない事だが、玉鍵はCARSの前では口汚い言葉を使うことがあった。それはCARS14フォーティーンとの会話だけでなく、一般層で利用したことのある車両55フィフティーンファイブからの情報共有による蓄積である。


 そのため14フォーティーンにとって玉鍵たまという契約者は、特に戦闘において口汚い言葉を使って自分を鼓舞し、相手を挑発する人物であると評価されていたのであった。


「『さっさと降りてこい。口臭野郎』」


〔ぎっ、がっ、ぐっ! おまえが上がってこいぃぃぃっっっ! このっ、このっ、クソ女がぁぁぁぁっ!!〕


 このAIバグってる。アスカはCARSの挑発を受けてヒステリックに叫ぶ怪盗の姿を見ながら、これは1人でなんとかしないとと決意を固めるのであった。

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