第138話 BULLの叫び!? この首輪を引き千切れ!

 敵の戦車……戦車であってるか? どうでもいいか。ともかく陸戦兵器はスーパーロボットのパーツを実物の車両に組み込んだ、現実技術とS技術のキメラらしい。


 おもわず戦車と言っちまったが、外見は列車の先頭車両みたいな縦長で、ショベルカーのアームみたいなものが2本ついてやがる。


 メインウェポンと思われるのは車体中央に積まれている、3連装のレーザー発振体か。しかし側面にマウントされている60ミリアサルトも侮れない。どちらも直撃したらGUNMETの装甲じゃ耐え切れない威力がありそうだ。


 …けど強そうかと言えばそうも思えない。全体的に野暮ったくて、おおよそ戦闘用ってフォルムじゃないのが理由だろう。


 現実の兵器ってやつは近代の物ほど無駄を排し、機能美を感じるほどの合理的な形状をしているもんだ。


 それなのに、こいつはスクラップから組み上げたGUNMETこっち以上に不細工だぜ。


《うーん。操縦席にアームの攻撃を受けても大した損傷は無いみたい。むしろ中のお爺ちゃんのほうが衝撃で怪我してるかもナ》


 こっちの腕はただの作業用アームだし、そこまでダメージは与えられなかったか。


 GUNMETはオプションに戦闘用アームもあるらしいんで、どうせならそっちを付けたかったんだけどよ。ジャンクパーツに無かったからしょうがねえ。


《操縦席に打撃がクリーンヒットしてもこれじゃ、今のこっちの火力じゃ厳しいゾ》


 脆そうに見えてもそこはS由来の部品か。チッ、頭に血が昇っていたとはいえ考え無しだった。初撃で狙った場所が悪かったかもしれねえ。


 風防キャノピーはクリアパーツにも関わらず、スーパーロボットの部品の中では損傷し辛いパーツのひとつだ。この謎の防御力の恩恵を受けているからこそ、スーパーロボットの操縦席は視界を優先して装甲に包まれていなかったりする場合が多い。


「まあBULLからパーツを流用してるらしいとはいえ、装甲自体は隙間だらけだ。そこを狙うさ」


 あんな不細工な恰好でパーツ全部S由来ってことは無いはずだ。中枢周りはむしろ現実にある重機の流用じゃねえか? なら隙間さえ狙えば十分ダメージになるだろ。


《真正面からはさすがに無理じゃね? でも奥まったところに陣取ってるから側面狙うのも厳しいゾイ》


 この野郎、ほぼ格納庫の横幅を3分の1くらい占めてるからなぁ。さっき列車に例えたが、実際に前後にしか動けないんじゃねえの? 縦スクロールシューティングのボスかっての。


「ブラウンカラーの装甲がBULLのものだとすると、茶色で埋め尽くされてる正面はカッチカチか――――スーツちゃん、予測映像の精度はどんなもんだい?」 


 さしものスーツちゃんのエコーロケーションも、アサルトが放った射撃音の余韻で機能しなくなっちまった。


 けど代わりにそれまでの情報から、『敵のおよその動き』を予測した映像で補強してくれている。これを信用して装甲の隙間を狙うとしたらどんなもんか。


《70パーより下くらいかナ。規格統一品じゃないから、何が飛び出してくるのか分からんちんでめどってめちん》


「ちん、なんて? いやいい。70パーはちょっとキツいな」


 数撃ちゃどれか隙間に当たるだろうが、火線が見えたら向こうもこっちの位置を特定して近辺に撃ち込んでくる。向こうの大火力を考えると正面切っての叩き合いはこっちに不利だ。


 対してGUNMETの攻撃手段で有効打になりそうなのは――――5.56ミリマシンガンは対物には豆鉄砲。20ミリは砲手ガンナーがいない。ミサイルは弾切れ。


 外はともかく中のパイロットには効きそうな肉弾戦と、後は1発きりの75ミリの低反動ソフトリコイルキャノンくらい。


 となると、まずはキャノンで撃破を狙うのが基本だな。さっきのアームアタックは不意打ちだからガッツリ当てられたが、さすがに2撃目は警戒されているだろう。これを何度もやるのはリスクが高い。


 敵も2本のクソ長いアームがある。欲張って格闘戦をしたら、あれを薪割りみたいにブンブン振り下ろされちまう。GUNMETの天板が中身のオレごとヘコんじまうわ。


《煙が残っているうちにキメないとハチの巣にされるよ。スモークはあと1回分あるけど、冷静になられたら60ミリで薙ぎ払いがくると思うデ》


「ちょっとした大砲みたいな口径を連射してくるって、現実でやられると悪夢だなオイ」


 これでSワールドじゃ低威力に分類されるってんだから、いつも戦ってる世界がいかに頭おかしいか実感するぜ。ロボットの手持ちでバカスカ撃てる口径じゃねえよ。


 敵は車体にガッチリ備えつける形で反動を殺しているようだが、それでも反動リコイルを殺し切れずに車両が揺れていたようだから相当な衝撃だろう。手作りらしく愛嬌見せて、ポロッと取れてくれねえかなぁ。


「…あえて誘うか? レーザーもアサルトも車体ごと回頭するしか左右に撃てないようだ。わざと居場所を教えることで横に振らせて、相手がこっちに車体を向けたところを逆に動けば、敵の側面が狙えるかもしれん」


《危険。連射できる武器を相手にすることじゃないデ》


 敵の持つ60ミリアサルトは、20メートル級スーパーロボット用の汎用アサルトライフル。弾数は1弾倉マガジン40発。


 40発もあればたとえ素人でも自分の正面をひと舐めするくらいはできるだろうな。


 加えてここは遮蔽物らしい遮蔽物が無い。弾切れを気にしないならフルオートで振り回しゃ、どう走っても2,3発には引っかけられちまう。その数発がGUNMETに致命傷だ。


 ――――だが、有効打のためには飲まざるを得ないリスクもある。


 こっちの連射できる武器は5.56ミリマシンガンと20ミリチェーンガン。連射速度では圧倒的に勝ってても、肝心の装甲を貫けないんじゃドアノックと変わらん。


 逆に向こうの火力はGUNMETの装甲をズタボロにできる。もっと戦車で戦うような、それこそキロ単位の遠間であったなら多少は弾くこともできなくはないんだがなぁ。


 残念ながら手狭な室内戦闘だ。至近すぎてこっちの装甲が役に立ちそうにない。


 それでも殺すと決めたからには、こっちも真剣に殺すために命のひとつくらい張るのが礼儀ってもんだ。


(……再装填リロードするシステムがあるかは見ただけじゃわっかんねえな。さっき撃った分と合わせると、残弾はもう5、6発ってトコのはずだが)


 ベルト給弾ぽくはないし、その程度の残弾なら横を通り過ぎても当たらない可能性は十分ある。


 まあ、どのみちレーザーもある。あれも照射時間がどれほどか分からんが、車体の回頭が速ければ正面90度くらいは横薙ぎにできると見た方がいい。


 煙幕で威力が減衰していても、対エナジー兵器用の装甲を持っていないGUNMETにはまだまだ脅威だ。


《ゴメン、リロードの音から給弾方式の予想は今は無理。音の洪水でござる》


「お気にめさるな。度胸でなんとかすらぁ」


 どのみちどっかで仕掛けるんだ。保険が無い分だけ緊張感持って戦えるってもんさ。


 まず端まで寄ってから誘いでマシンガンを撃って、そっから反対に走って側面の隙間を確認、75ミリキャノンでブチ抜く。これが基本プランだろう。


 もちろん狙うのは60ミリアサルトの無い側だ。S由来の材質で作られた武器は下手な現実の装甲板より丈夫だからな。


「スモークが切れるギリギリで行くぞ。頼むぜスーツちゃん、GUNMET」


《こいつはタフな数秒間だゼ》


<YES MAAM>


 やがて装輪の駆動音をたぎらせてGUNMETが走り出す。こちらの機動に音で気付いただろうが、こうまで反響が酷いと音で位置までは特定できないだろう。


 敵が目を皿にして晴れ出したスモークの隙間を覗こうとしている合間に、こっちは格納庫の端まで悠々と達する。


 さあ、勝負だクソジジイ。


 マシンガンで射撃を開始。調整不足でガチガチと硬いトリガーを強引に引き絞って、発砲炎と曳光弾の光を煙の中に光らせる。


《敵、車体をこっちに回頭! くるゾ!》


 射撃を中止して、すぐさまGUNMETを真に走らせる。


 こちとらロボ戦車なんでな。砲塔ならぬ上半身を正面に向けたまま下半身を横に向けて走れるんだよ。


 だが、この時点で60ミリの爆音が響く。相手もこっちがバカ正直に止まって撃ってるとは思わなかったか。逆サイドに逃げると踏んで撃ってきやがった!


あち!? うわっち!」


 クソ! やっぱ1発かそこら引っかけられた! 衝撃と共に操縦席のあちこちから火花が飛び散る。突貫で繋ぎ合わせた配線の一部がショートしやがった。


<MISSILE・LAUNCHER LOST CHAIN GUN LOST>


《配電操作が間に合わない。お肌を火傷しないようパイロットスーツに替えるヨ》


「ジャージにしてくれよ!」


《緊急だからリクエストは受け付けませーん。ほら、今のうちに漏電部分をカットしたまい》


(うえ、これ前にスーツちゃんがコピーした星川のパイロットスーツじゃねえか! なんつーものを!)


 フルスキンのピンクカラーで、しかも胸とか股間を強調するだけのような、ホントに申し訳程度のアーマーというエロスーツ。お、オレの男の尊厳が……。


《はいはい、ショック受けてないで。側面取れたジョ》


(後で覚えとけこの野郎!)


 親指のウェポン選択スイッチで75ミリキャノンを選択。照準が大砲用のロングレンジ用に切り替わる。

 今回は至近距離を直射するんだから弾道落下は考えなくていい。真ん中に飛べばそれで当たる!


<READY CANNON>


《側面装甲、分析しなくてもバーコード親父の頭髪並にぜんぶ薄そう。動力部ならどこでもドゾ》


(的確だがひでえ例えだ)


 マークされた部位のうち、一番中枢に届きそうな場所に照準。弾種は徹甲弾じゃないが、反対側までブチ拭いてや――――


「メッシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 ――――ぐっ!?


 かすかに聞こえてきたのはボーイの絶叫。


《低ちゃん? 早く撃って》


(不細工の後ろにボーイがいる!)


 不細工戦車の側面はボーイが駆け込んだ待避所がある。この手の施設はもしもを考えて対爆装備や防火扉になっているもんだが、こういう機能は開きっぱなしじゃ意味がえ!


《コラテラルやコラテラル》


「初宮もいるかもだろ!」


 どの辺りまで奥まっているのかは分からないが、下手したら初宮が押し込まれている部屋まで爆発や火が回っちまうかもしれねえ。


〔やはり無人機か! 通りで動きが良いわけだ!〕


 ジジイはこっちがAI搭載の無人戦闘車両機とでも思ったのか、待避所から姿を見せたボーイを確認するとスピーカーから忌々しそうな声を上げた。


「メッシュゥ! おまえっ、おまえぇぇぇぇぇっ!」


(…やっぱ禄でもない事になってたか)


 不細工の車体が邪魔で姿は見えないが、ボーイの半狂乱の声だけは聞こえてくる。


〔その浅はかさがおまえの限界だ、ボーイ!〕


《回避!》


「うおっ!?」


 射撃を中断したうえ、さらにボーイの位置を確認するためつい動きを止めちまった! 思いのほか可動域の広い敵のアームの1本が、こっちを叩き潰そうと伸びてくる。


 装輪をブン回して横に回避する。こっちは敵の正面側になるがしょうがねえ。逆側は行き止まりだ、アームでプレッシャーかけられたら退路が無い!


〔無人機は味方を巻き込む攻撃はできない。おまえがコックピットから出た時点で、もうこいつはまともに戦えんのさ!〕


 チッ、抜かしやがれと言いたいが、ジジイの勘違いもあながち間違いじゃない。初宮の位置が分からないと迂闊に手が出せねえ。


「ボーイ! 扉閉めて待避所に行ってろ! ボーイ!」


《ダメ、向こうの通信切れてるゾ》


「アホがぁ! スピーカー……積んでなかったなっ、クソ!」


 どっかの機材に干渉してんのか、ガチャガチャうるさい雑音ノイズが入ってたのはオレもだし、そんなものはよくあることだから無視していた。


 だがボーイからすればかなり不快だったんだろう。けどよぉ、不快だからって通信機を切るな! 素人が!


 GUNMETのほうも急いで組んだから、できるだけ端折れる部分はカットしている。そのため外部スピーカーは積んでいない。


 展望塔キューポラから頭を出して声を張り上げるか? 無理だ、強引に複座タンデムにしたせいでオレの席はかなり奥まったところにある。 ここから這い上がって頭を出して、なんて悠長な事をやってたら操縦席に戻る前に撃たれちまう。


 ……S課や治安の到着はまだか? ジジイがここにいるってことは、アスカのほうは交渉相手が来なくて待ち惚けだろうな。


 クソ、勢いでオレだけ先行し過ぎちまったか。足並み揃える作戦を提案したのはオレだってのに、それをオレ自身が狂わせてどうすんだ。


「なんで殺したぁ!? 仲間だったろぉ!」


〔理想の実現に及び腰の者は足手まといと判断した! 今の腐った世界に乾坤一擲の一撃を与えるには、ひとつの目標に向けて全員が無心で挑まなければならないのだ!〕


《あー、やっぱり殺しちゃってたかー。ナムナム》


「予想はしてた。こういう理想だなんだと喚く野郎が行き着くのは、自分勝手な粛清ばっかさ。バカバカしい」


〔我々がここで倒れても、いつかこの世界を自由と平等の社会に戻す勇士が現れる! そのための筋道を作るんだ! どれだけ血を流そうとも!〕


「血を流すって、自分で味方殺してりゃ世話ないぜ」


《なんか様子がおかしいナ。薬物でも使ってるのかモ》


 ……ケッ、バカの説法のおかげで白けて頭が冷えたぜ。要は貫通した弾が側面に流れず、不細工を爆発させなきゃいいんだ。なら難しいことじゃねえ。


「GUNMET、グランプリングフック、緊急ジャンプロケット準備」


<YES HOOK JUMP READY>


《低ちゃん何スンノ?》


「横撃ちがダメなら、もっと確実で安全な方向・・にするってだけだ」


〔そこで見ていろボーイ! このガラクタから上がる炎こそ、我々アンダーワールドによる、この腐った世界への反撃の狼煙となるのだ!〕


「スモーク!」


 兵装に残った最後の煙幕スモーク展開ディス装置チャージャーを起動する。封入された3発の煙幕が、ようやく視界の晴れた格納庫を再び白く汚染していく。


〔むおっ!?〕


 ジジイはとっさに2本のアームを振る。ただしその動きは攻撃というよりアームで正面に壁を作る防御が近い。開幕で操縦席に食らったこっちのアーム攻撃の印象が、さぞ強烈だったんだろうよ。


「グランプリングフック発射! ジャンプロケット―――点火!」


 GUNMETの天面に4基備えられたワイヤー付きのフックが真上に発射され、天井へと突き刺さったと同時に巻き上げを開始する。


 さらに少しでも早くその場を退避するために、車体下部に設置された緊急用のロケットモーターを点火して、44トンもの車体を強引に浮き上がらせる。


 どこへ向けて? もちろん――――垂直、真上へと。


〔この、くたばれ! 圧政の象徴!〕


 60ミリの轟音と青いレーザーの発光が暗い格納庫内を包んでいく。どこに逃げようと殺すと言うように、正面すべてに向けてありったけの火力を放ち続ける。


 どちらの射程も格納庫の端から端まで到達して余りある。撃ちまくれば必ず当たるだろう。


 平面にいるならば。


 天井に掛けたフックの後部2基を余分に引き絞り、尻側を上げたGUNMETは車両前面が下を向いた。

 そこには砲火を撒き散らし、白い景色を汚す不細工な野郎が誰もいなくなった場所を撃ち続けている。


 ――――戦車の最大の弱点は真上と真下。なけなしの常識で正面装甲を固めたこの不細工とて理屈は同じ。むしろ現実に即した技術を使っているなら、積載重量の縛りはなお顕著。


 1箇所でも厚い装甲を持つならば、それ以外のどこかを脆くしなければ運用はままならない。すべてに堅牢な装甲を施すなど非効率。


 弱点は戦術でカバーし、持ち味を生かす事こそパイロットの腕。その弱点を突くのもパイロットオレたちの命と飯のタネさ。


 理想に酔っぱらった革命、口だけ達者なてめえなんぞに出来ねえモンを見せてやる!


「目標、操縦席直近」


《砲身俯角、限度いっぱい。フック固定を確認。弾種HighExplosiveAntiTankMultiPurpose。発射よろし》


 S由来の風防キャノピーが割れないってんなら操縦席それの周り、現実技術側に風穴あけて、もろとも抉り出してやるよ!


「75ミリ低反動ソフトリコイルキャノン、発射ファイヤ!」


 砲口初速1090メートル秒。貫徹力350ミリの超至近弾がソフトリコイルの名に恥じない低反動で繰り出され、不細工タンクの天板を難なくブチ抜いた。


 ……思考加速しているオレにとって、戦闘の光景は常人よりスローモーションに見える。


 多目的榴弾の至近爆発によって操縦席ごとカチあげられた中のジジイが、風防キャノピーの天井に衝撃で叩きつけられ、顔から胸までグシャリと潰れて埋没するさまが嫌でもハッキリと見えた。


 お手製でもシートベルトくらい付けとけや。まあ、生きてようがお先は真っ暗だがな。ここで訳も分からず死んだ方がマシだろうよ。


 狙い通り。車両そのものは吹っ飛ばさずに済んだ。主を失い擱座した異形の戦車は、まるでずっとそうしていたかのように沈黙する。


 手強かったぜ。もちろんジジイがじゃねえ、この不細工でもねえ。


 BULLDOG、おまえのパーツは凄かった。できれば初陣、まともなおまえに乗って戦いたかったよ。


「……初宮を迎えに行こう。散々迷惑かけちまった」


《低ちゃん、もしかして泣いてる?》


「隙間から入ってきたスモークが目に染みただけだ。気密なんて無いからな。外に出る、制服に戻してくれ」


 今までロボットを使い潰してきたオレが感傷になんか浸るかよ。どこまで行ってもオレにとってロボットは商売道具さ。


 それでも悲しいなんて感じちまうのは、きっと女の体になったせいだ。そうに決まってる。





 降りた先ではブロック丸ごと投げ出されたジジイの操縦席を見つめて、へたり込んでいるボーイがいた。


 透明な風防キャノピーの中はベットリとした血が全体に付着し、この操縦席がいかに強い力でシェイクされたのかを物語っている。


 声を掛けるか迷うところだ。敵対したとはいえ元は仲間。死んだことに思う事はあるだろう。何より、殺したのは紛れも無くオレだしよ。


(先に初宮の身柄を確保するか。ボーイは――――できればここでお別れしたほうが後腐れが無いんだがな)


 ボーイたちコソ泥のやった事は重大だ。今は大日本だサイタマだとゴタゴタしてるが、どっちにしろ国際法に照らし合わせればその対応は底辺送りか即射殺かのどちらかしかない。


 アンダーワールドの住人についてもS課のメスが入るだろう。大量の摘発、あるいは駆除と呼ばれるような対処がなされる可能性が高い。


 逃げても地獄。残っても地獄だ。


《だがなって事は、つまり助けたいと?》


(そこまでじゃないがよ。仲間割れからとはいえ、こっちに寝返って戦ったボーイこいつくらいは口添えしてもいいってだけさ)


 手数のひとつにするって予定は狂っちまったが、一緒に戦ったのは事実だしな。


 治安と包囲して圧迫し、身代わりのアスカとの交渉にも人手を割かせてコソ泥どものマンパワーを削り切るつもりだったのに。


 今回は明らかにオレが先走り過ぎた。だいたいは1人ピンで戦ってるせいかね、ここぞの連携が甘いや。


(ま、ボーイの件は後だ。スーツちゃん、初宮の位置は分かるか?)


《さすがに無理デス。でもそこまで厳重に閉じ込めてないと思う。その辺に亀甲縛りにでもして寝かせてるんでない? 怪盗の遊び心で》


(普通に縛れ。もしそんな遊び心を発揮してたらボーイは見捨てる)


「初宮! どこだ! 初宮!」


 何度か呼びかけたが返事が無いな。声が届かないほど遠いってことは無いはずだ。隔壁のある部屋の向こうか?


《向こうの廊下に血痕。女装少年の靴跡と一致》


 血溜まりを踏んで歩いた跡か。戻ってくる形で付いてるって事は、この先で大量に血を流したやつがいる。


 いらねえかもだが用心として腰の拳銃を抜いておく。非殺傷弾とはいえ人間相手なら十分な抑止力になるだろう。前みたいな戦闘サイボーグが出たらケツ捲って逃げるが。


「この部屋か……開けたらドカンは勘弁」


《ドアノブに細工無し。他のトラップの可能性も低いナ。ビビッてないでガンガンいこうゼ》


「ケッ、ロボットに乗ってない状態で死にたくないんだよ」


 オレはパイロットなんでな。どうせ死ぬなら操縦席がいい。最後の最後まで操縦棹を握っていたいんだ。


 ――――スーパーロボットのパイロットだけが、オレを人間にしてくれたんだ。手放せるかよ。


《それなら大丈夫V、V、V、勝利。スーツちゃんがいる限り死なせないサ。だから思い切ってくぱぁしようぜ》


「言い方っ。いちいちエロを絡めなくてよろしい」


《えーっ? スーツちゃんわかんなーい。くぱぁって胸キュン?》


「っ、こぉんの野郎っ。もういい、開けるぞ!」


 金属製の重いドアを開けると同時に思考加速に入る。そのゆっくりに感じる時間を使って室内を観察する。

 とっさの判断を要することでも、こうして余裕を持って対処ができるのが思考加速の強みだ。


 場所は監視のモニター室か? 持ち込まれた大量のモニターが所狭しと並んで暗い部屋を照らしていた。


 その中に倒れている人間が二人。一瞬血の気が引くが、体格や容姿から初宮ではないとすぐ分かった。


《どちらも死亡してる。死後30分前後くらいかナ》


(ボーイの仲間か……)


 どっちも銃撃で死んだようだな。体に複数の銃創があり、そこから大量に出血している。


 他に人影は見当たらない。ハズレか?


(スーツちゃん、ここに初宮の痕跡はあるかい?)


《そこの機材に擦った跡。たぶんワイヤー。ここにはっちゃんが繋がれていたんじゃないかと思う》


 連れ出されたか、もしくは自力で脱出したか? まだ近くにいてくれるといいが。


「連れ出されたとしたらどこだ? オレに変装したアスカと交渉するために、コソ泥の生き残りがCARS側に向かってる可能性は?」


《ありえるナ。アンダーワールドが怪盗を支援してたってことは、準メンバー的な実働要員もいるかもしれない》


「…ちょっとかわいそうだが、ボーイに聞くのが早そうだ」


 最後にインテリっぽい若い男と、ライダースーツ着てる女の目だけ閉じさせてその場を後にする。


 おまえらの事は知らねえし興味も無い。あばよ――――怪盗。






<放送中>


〔敷島様、御気分が優れませんか?〕


「別に……」


 ゆっくりと進むCARSの車内で黒髪のカツラを被っているアスカは、自分でも理解し難い苛立ちを募らせていた。


 相棒であるアスカの反対を押し切り、玉鍵はまったく信用ならない男と一緒にスクラップ場へと向かってしまった。

 しかもそこでジャンク品から戦車を組み上げて、それで戦うというのだから完全に常軌を逸している。


 だが、彼女ならそれを成してしまうだろうとも確信している。アスカの中の玉鍵たまという少女は、不可能と言われることを当然のように達成してしまう存在。


 ただしそれは天才にありがちな飄々としたものではない。玉鍵は血を流し、歯を喰い縛り、最後の最後まで抗う。だからこその奇跡を掴んできた、アスカ自分ともまた違う形の天才だった。


 誰よりも天才のようでいて、凡人のように熱く戦う。それが玉鍵たま。


 唯一無二、アスカ自分の相棒。


 けれど――――玉鍵には自分アスカ以外の仲間がいて。


(何が初宮よ。一般層の凡人パイロットにあんたのチームメイトなんて勤まるもんですか)


〔間もなく目的地周辺です。ですが先程から爆発音が連続していました、どうやらかなり激しい戦闘が行われていたようで〕


「きっとタマよ。あいつ意外と堪え性が無いわね」


 違う。玉鍵は待つ必要があるときは待てる人間だと心の裏のアスカが囁く。


 つまり、堪えられないほどに初宮という少女を案じている。先走ってしまうほど。それほど玉鍵の中で大きい存在なのだと。


「音が止んだってことは、露払いが出来たってことよ。予定通りこのまま行って」


〔承知いたしました〕


 目的地は都市大戦において防衛施設として建造されたらしい地下基地。都市大戦はアスカが生まれる前の話であり、彼女の知る限りそういう施設があったというくらいで、どのような場所なのかは詳しく知らなかった。


〔路面が最悪の状況ですがどうかご安心を。ワイルドな路面とCARS最高のオフロード走破性能をお楽しみください〕


「あんた皮肉やジョークも言えるのね」


 CARSはそう言ったが窓から見える路面は確かに最悪で、アスカの尻が派手に跳ねるのは避けられなかった。


 風穴の空いた道路と建築物、散乱するドローンと思しきスクラップの山。火の手、黒煙。サイレンの音。


 ああ、ここをタマが通ったなと、アスカはぼんやりしながらも悟った。


 ――――障害のすべてを薙ぎ倒したこの光景。本当は玉鍵とアスカの、最高のペアの後ろにこそあるべき道なのに。


 そう思って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る