第136話 怪盗からジョブチェンジ? 生贄召喚!『テロリスト・メッシュ』

<放送中>


 背水の陣の覚悟を決めたメッシュの気迫に、半ば押し切られる形でピューマとディンゴは従っていた。彼らはどちらも十代と若く、大人の積年の感情を乗せた生々しい迫力の前に怯んでしまい、思わず流されてしまった形である。


 作戦に反抗するボーイに対して老人が銃を向けたときに二人は止めず、結果として自分たちよりもさらに若いボーイが撃たれた事実に戦き、もはや引くに引けないと諦めを抱いた心理もあった。


「……メッシュはどう?」


 すっかり目付きの悪くなった老人は、町の各地を監視するドローンのカメラ群を二人に任せて2時間ほど外出し、先ほど戻って来ている。


 その気配に何やら不気味な物を感じたピューマは、彼に近づきたくなくてディンゴに対応を任せていた。


「顔色はだいぶ良くなった。外で頭を冷やしてきたんだろう」


 本当にそう? と口走りそうになったピューマは自身の唇をひと舐めして口をつぐむ。


 やはり場合によっては自分だけでも逃げるしかないと、心に決めながら。


 ――――アンダーワールドの人間に逃げ込む先など、どこにもないのだが。


「治安、思いのほか動きがいいぞ。人員が歯抜けになってガタガタじゃなかったのか?」


 モニターに向けた顔は動かさず、ディンゴが目だけ向けて確認を取ったのは、動き易そうな黒いライダースーツに身を包んだピューマである。


 正式な市民であれば学園の高等部に通っているであろう年齢のピューマは、色の薄い金髪を弄りながら嫌そうにディンゴを見た。


 彼の事は嫌いではないが、どうしてもエリートめいて人を見下した目を向けてくるところが鼻につき、好きにもなれない。


 ディンゴからすれば普通に接しているつもりで、むしろ好意的なつもりである。しかし、エリート出身のディンゴとアンダーワールドで生きてきたピューマの人生の違いは大きく、二人の心の距離は微妙に遠い。


「たぶん指揮を執ってるS課の人間が優秀なんでしょ。あいつらは構成員に一人も銀河の人間はいないって話だし」


「……可能なのかそんなこと?」


「私に聞かないでよ。エリートの人事のことならアンタのほうが詳しいんじゃないの?」


 突き放すような言葉を受けて、今度はディンゴが細い顎を撫でてピューマの指摘に嫌な顔をした。


 ディンゴは怪盗Flashの実動隊、メッシュ・ピューマ・ボーイの中で唯一の地表出身者。それも国の中で中堅に位置する役人の息子である。


 親の弄る端末から情報を抜き取り、国の人事や大口の事業情報などをアンダーワールドへ流すのがこれまでの彼の役割。プライドの高い彼が無知蒙昧に抜き取った情報を届けていますなどどは言えない。


「S課の人事には一般層に出ずっぱりの課長が絡んでいるらしい。かなりやり手というか、国際法を盾に国の配慮・・要求さえ無視する勤勉な男のようだ。たしか釣鐘つりがねと言ったはずだ」


「そういうヤツだけが役人なら、この国もまだまともだったのかしらね」


「税金を納めない人間は国民と認めないらしいぞ。弱者救済の意志はないらしい」


 ディンゴが弱者、と口にしたときピューマは小さく舌打ちした。


 彼に悪意はないかもしれないが、国に税金を納めてこなかった自分の家族を小馬鹿にされたようで苛立ちが募る。貧民の自覚があっても、それを他人から面と向かって言われたら腹も立つ。


 やはりどこまで行ってもエリート。彼は味方ではあっても仲間ではない。ピューマのディンゴへの心情は、アンダーワールドの住人に共通しているものかもしれない。


 実のところアンダーワールドの有力者からも、サイタマの独立によって情報源としての価値が薄まったと判断され、何かの拍子に消耗しても構わない『不要な駒』という判断から怪盗の実働部隊に選ばれたのがディンゴである。


 ――――もっとも、それを言えばここに集まったメンバー全員がアンダーワールドの有力者たちからすれば、いずれも捨て駒に近い人材でしかない。


 市民を名乗らずとも長く地下に君臨し続けてきた有力者たちにとって、自分たちの地位が振り出しに戻るのは手放しで歓迎できる話でもなかったのだ。


 成功してもいい。だが、失敗してもそれはそれでいい。水面の揺らぎの中の落ち葉のように、浮くも沈むもその場の運に任せる。それがアンダーワールドの総意。


 地に潜み太陽を憎む者といえど、やはり日の光に憧れる気持ちは本当の事なのだから。


「なかなか出てこないわね。もっとお友達を大事にするかと思ってたわ」


 会話に間が空いた事で居心地が悪くなったピューマが、会話ともいえない話を始める。


 メッシュの言いつけで監視を始めたものの、今のところ玉鍵に動きは無く、緊張が緩んできたためでもある。


 マンションの地下駐車場へCARSの車両が入っていった事は確認しているが、そこから車が出てくる様子はまだ見られなかった。


 何両かの車は出入りしているものの、いずれも怪盗のドローン騒ぎによって行われた交通規制によって途中で足止めを受けている。土曜の朝という事で、仕事や学園に向かう生徒を乗せていた車だろう。


「まな板の胸と同じで情も薄いのかもね」


 ピューマの皮肉気な物言いからは玉鍵への敵意が見える。


 ディンゴの知る限り、彼女は玉鍵の事をずっとまな板と呼び続けている。それは内心の嫉妬から零れる言葉以外の何物でもない。


 アンダーワールドに生まれたことで、初めから日陰者の人生を余儀なくされた彼女。


 そんなピューマにとって、世界的に脚光を浴び続けている玉鍵たまという存在は高熱を放つ閃光のようなもの。まるで強すぎる日差しのように己のプライドを焼く、耳に入るだけで我慢ならない存在であるらしい。


 Flashを名乗っている自分たちが頼りないライトの光とすれば、玉鍵は一瞬ですべてを焼き尽くす核融合の光であるのかもしれない。

 星の生命に恩恵と厄災を与える太陽で作り出される、創造と滅びの光。当人の意志に関係なく、良くも悪くも影響を与える大きすぎる力。


 玉鍵たま。彼女こそがサイタマを、いやすでに大日本という腐った国そのものを打倒しつつある英雄。


 あるいは――――破壊者だ。


 そんな人外を相手に、同じ人間に向けるような嫉妬を感じることもないだろうに。ディンゴはどこか異性の嫌な一面を見た気分であった。


 男のディンゴからすれば無益な話にしか思えないのだが、それを口にすれば碌なことにならない程度の事は肌で感じ取れるので彼は指摘しなかった。


 もちろん男とて他人を嫉妬すれば妬みもする。しかし、エリートの子として生まれ、地位や財力はもちろん、容姿も能力も相応に持っているディンゴは持たざる者の暗い怒りに鈍い面があった。


 だから『おまえだっていい線行っている』などと、気になっている女子に軽口を叩けるようになるには彼はまだまだ経験が足りない。ディンゴとてまだサイタマの高等部に通っている若者なのだから。


「ちょっとかわいそ。あなた、まな板が自分をよく見せるためにはべらせた取り巻きのひとりだったんじゃない?」


 ボーイの件で精神的に不安定になっているピューマは、無意識に他者を攻撃することで心の安定を取り戻そうと、ワイヤーで繋がれている少女に話を振った。


 これにはさすがにディンゴは眉を潜める。が、彼の担当するモニターに微細ながら変化があったため、何も言えずに意識をピューマたちから外す。


 ……本当はモニターの事など言い訳に過ぎない。気になっている異性の醜い面を見たくないと、あえて無視したのが本音であった。


「……その口で何を言っても、あなたみたいな人は玉鍵さんになれませんよ」


 静かな、しかし言葉に重い石を括り付けたようなずっしりとした言葉で少女はピューマの軽口を迎え撃った。


 その目に明確な敵意と蔑みを宿しながら。


「あんた――――」


「玉鍵さんは口だけじゃない、いつも行動と結果で示してきたの。グチグチと口だけ動かしてる人とは違う」


「このっ」


「よせピューマッ」


 思わず椅子から立ち上がろうとした黒いツナギの少女を、ディンゴが手で制する。


「玉鍵と取引したらおさらばだ。年下に絡むな」


 怯むことなく反論されたことに腹を立て、年下相手に凄む仲間をさすがに見かねたディンゴは強い口調でけん制する。


 睡眠剤の効果が切れて意識がはっきりとしてきた少女は、自分の状況をメッシュに簡単に説明されたあと玉鍵に助けを乞うよう指示された。代わりに身の安全を保障するとして。


 このメッシュの要求を愚かと断ずるなら、それはその通りである。


 パイロットは『Fever!!』に守られているという話は世間に浸透している事実。このメッシュの要求は蹴ってしまってもリスクは無い。


 だが、実際に自分が見知らぬ者たちに誘拐され、脅迫されて冷静にこの話を信じられるかは別の問題。おそらくは恐怖から従ってしまう者も少なくないだろう。


 気弱そうな少女であればなおの事。メッシュもそれを期待していた。交渉を有利に進めるために、少しでも人質の思考を誘導して、彼女の言葉を中継して玉鍵の行動を縛ろうと考えたのである。


 しかしこの少女はどれだけメッシュに凄まれようと、アンダーワールドの住人たちの困窮を訴え同情を引き出そうとしても揺れなかった。


 目の前で精一杯の感情を乗せて語る老人を、まるで自分では1流と思っている3流役者の安い演技でも観るかのような、いっそかわいそうな者を見る目を向けて相手にしようとしなかったのである。


 あまりの態度に思わず手が出そうになったメッシュを引き剥がしたのも、やはりディンゴであった。『Fever!!』の事も当然あるが、いくら一般層の人間だからと年下の少女が殴られるのを、男として見ていられなかったのだ。


 ディンゴはエリートのお坊ちゃまとして特権階級意識こそあるものの、広義的に見れば善人に属する性格であった。


「なによ、みんなして玉鍵、玉鍵って」


 スネてそっぽを向くピューマに溜息をついたディンゴは、ガラの悪い年上にも怯むことなく向き合った人質の少女、見た目より意志の強い初宮由香という人間に興味がわいて視線を向けた。


 渡された資料では三つ編みだったはずだが、ごく最近に髪型を変えたらしく少女の髪型は小ざっぱりしたショートになっている。


 気弱そうな顔立ちこそホログラムそのままであったが、実物の眼の光はどこか強いものがあった。


「玉鍵が助けに来るって、信じてるのか?」


 初宮由香は口を開かず、モニターだらけの狭い室内の向こう側、もっとずっと遠い所を見るような目をするだけだった。


 Sワールドに取り残されるも1週間もの間を生き延び、玉鍵によって救助された初宮由香。


 見た目はどうあれ、彼女は間違いなく死線を潜ってきた人間。肝が据わるのも分からないではなかった。

 そして生存限界の中で助けられたとなれば、救出に来た玉鍵に特別な信頼を寄せるのも自然な事だろう。


 これまで一般層では取り残されたパイロットが救助された例などなく、初めての生還例となればありがたみもひとしおであろうから。


 玉鍵はその後も再び危険を冒してSワールドに赴き、初宮由香を始めとした仲間たちを助けている。SRキラーを撃破したこの戦いは、玉鍵たまのチームメイトへの想いを知らしめるものでもあった。


 自分を良く見せるためだけの、適当にはべらせる取り巻きアクセサリー。人間関係にそんな思考をする者が命賭けで助けにいくわけがない。


 ピューマの発言は成功者にしばしば向けられるひがみから来た、ただの言いがかりでしかないだろう。


 初宮由香にこちらと話す気が無いと悟ったディンゴは、未だスネている仲間に内心で小さく失望したあと担当しているモニターに目を戻した。


 そして数秒後、彼は唖然とする。


「な、なんだこれは!?」



 先ほど小さな変化があったモニター。しかしそれ以後は変化がなかったことから意識を外した矢先、アスファルトを巻き上げて爆走する異形の車両が映し出されたのだった。


<ディンゴ! ピューマ! メッシュになんか従うな!>


 オープン回線に向けて叫ばれている声は、メッシュに撃たれて逃げたボーイのもの。その通信元はまさにこの巨大な車両から発せられていると思われた。


「生きていたか……よかった」


 腕の傷は致命傷では無かったとはいえ、追っ手を放たれたボーイの生存を危ぶんでいたディンゴは、思わず胸を撫でおろす。

 今や敵同士になったとはいえ、つい数時間前まで仲間だった相手への気持ちは複雑であった。


 それはピューマも同じだったようで、先程までのしかめっ面が安堵に緩む。むしろ同郷である彼女のほうがボーイを心配していたかもしれない。


「!? 治安部隊がっ」


 安堵から一転、複数の画面に映る映像が劇的に変化したことで、2人の頭からボーイの事が消える。


 それまで交通封鎖を行っていただけの治安の装甲車たちが、次々と動き出していた。


 行先は簡単に推測できる。街全体を包囲してから縮めていく動きの中心、つまり怪盗のねぐら。この場所だと。


「か、CARSが地下から出たわ!」


 同じくマンションの地下から14表記のCARSが現れる。慌ただしい治安と違いその動きには焦りのようなものはなく、悠然とこちらに進路を取っている。


「もしかして……こいつら連携してる!?」


 あまりにも同時過ぎる。玉鍵はS課や治安と結託し、ギリギリまでこちらを捕縛する準備をしていたのかとピューマはおののく。


 心のどこかで、玉鍵はこの件を黙し1人でこちらと交渉すると考えていた。


 まるで創作のヒーローのように、玉鍵たまは単身で立ち向かってくると。


 むしろ彼女の光を妬むピューマだからこそ、そのヒーロー的行動を信じていたともいえる。


 否、そう考えるしかなかったと言うべきか。現実を無視し、都合の良い事実だけを手繰り寄せねばこの作戦は成功しないと分かっていたために。


「ボーイ、おまえまだオレたちの事を……」


 混乱するピューマを他所に、ディンゴはまだ自分たちの説得を諦めず立ち向かってくるボーイの姿に、胸を締め付けられるような気分を味わっていた。


 スクラップを組み上げたと思わしきその車両はボロボロで、まるで傷ついたボーイの心と体そのものに思えて。


「……S課に我々を売ったか、ボーイ」


 暗い声に2人が振り向くと、いつのまにか背後にメッシュが立っていた。


 モニター光だけの室内に幽鬼のような顔つきの老人が進み出る。


「玉鍵との交渉の間、なんとしても治安とボーイを阻止するんだ。そのための準備もしてある――――負けたら殺されるか、底辺送りだ。我々に退路なんてない。もうアンダーワールドにさえ逃げ場なんてないんだ」


「メッシュ、あんた何があったんだ? ちょっとおかしいぞ」


「そ、そうよ。指輪を手に入れてもこれじゃあ――――」


「今さらだと言っている! ここまでやったからには、最後まで無理を通すしかないんだ! たとえ我々がここで倒れても、この事件こそが自由と平等を求める声になる! 我々は崇高な使命の礎となるんだ!」


 いくつかの口論の後、暗い室内に数回の閃光が瞬く。


 その閃光Flashは―――――銃撃音を伴っていた。







「ボーイ! 建築物に当たる! 撃ちっぱなしにするな!」


 とんでもない騒音に包まれた操縦席で怒鳴り散らす。そうでもしないと聞こえやしねえ。


 やっつけで取り付けたチェーンガンの排莢口の配置が悪かったようで、ボーイが撃つたびにGUNMETの天板を薬莢の雨が叩いてカンカンコンコンうるさいったらない。


「だってよぉ! 敵がどんどん来やがるじゃんか!」


(チィッ、とんだビビリだ。こっちは戦車だぞ、人間が使う程度の銃で効くわけないだろっ)


《撃たれ続けるのは恐いからナ。普通の初陣はこんなもんでナイ?》


 ケッ、パイロットとしては同意するがな。


 戦闘で自分だけやられっぱなしってのはかなりのストレスだ。効果的じゃないと頭で分かっていても、つい反撃したくなる。


 けどな、射線の先に民間の建物があるのに撃とうとすんな! トーチカとか防空壕じゃねえんだ、20ミリクラスに舐められたら普通の建物なんて一瞬でグズグスだわ。


(クソッ、交通規制が間に合わなくて一直線に行けないのが響いてきたな。まさか停めてる車を踏み潰していくわけにもいかねえし、しょうがねえんだが)


 予定より遅れてはいるものの、それでも移動自体は順調だ。敵もこっちに気が付いて武装ドローンを集中してきている。オレらに来た分だけ他の味方歩兵が楽になるなら戦車冥利に尽きるってもんだ。


 目指すはサイタマ郊外の外れも外れ。負の遺産の埋立地。元はサイタマ軍の地下シェルターのあったという場所。


 スーツちゃんのサイタマ・プチ歴史授業だと、トーキョーやチバとの都市大戦とやらで、何発もの対塹壕爆弾バンカーバスターを受けて放棄されたってところらしい。


 爆走するGUNMETはそこを目指して走っている。無線でボーイが仲間に呼びかけながら。


 オレたちとは別のルートで、S課と治安も同時に2方向から部隊が詰めている。CARSはそっちとも別に、ワザとちんたら走って歩調を合わせている。


 行くも逃げるも判断が難しいようにな。あと少しで指輪が射程圏と思えば引くに引けないだろうよ。


 メッシュとやらはさぞ泡食ってるだろう。オレとだけ交渉してさっさと撤収するつもりだったんだろうが、初めからテメーの思惑は破綻してんだよ。


 誰がバカ正直に1人で向かうか。いやいや、もちろんオレに扮したアスカは1人で向かってるぜ? 治安やS課が勝手にオレと歩調を合わせてるだけさ。


 普通の誘拐犯なら逃げて場を仕切り直したいだろうが、メッシュたちはそれができない。交渉相手のオレが場所の変更を認めないと突っぱねてるからな。


 間違ってんだよ初めから。背後に『Fever!!』っておっかねえケツ持ちが付いてるパイロットが、人質ビジネスに向いてるワケねえだろ。


 何をテンパったか知らねえが、うっかりでしたすみませんで許されるとは思わねえほうがいいぜ? 手を出した物に見合う最後をくれてやる。


《む、ドローンおかわり接近、数26――――RPG弾頭装備、数6! 爆弾の代わりに上から落とす気だ、1機につき4発!》


(RPG!? グレネードだけじゃなかったのかよ!)


 RPGは戦車なんかの硬い装甲を持つ車両を撃破することを目的とした、成型炸薬を用いた弾頭を持つ歩兵用装備。運動エネルギーで装甲をブチ抜く徹甲弾系と違い、厚い装甲を化学エネルギーを用いて突破する。


 その性質上、さほどの初速は必要なく発射に反動が少ない。加えて頑丈な砲身や固定装置を必要としないという利点がある。もちろん、上からポロリと落とすなら発射する必要さえない。


(即席のタンクキラーってか。そんなもん天板へ24発も食らってられるか! ブチ墜とすぞ)


《5.56ミリだと仰角が足りないよ。上面にある20ミリじゃないと》


 GUNMETの股間部にあるマシンガンは基本的に歩兵掃討用のため、銃身をほとんど上方向には向けられない。


 対して爆撃を目的としたドローンは上空に位置するのが当たり前。オレからの操縦で使える兵装は―――ブラスト弾くらいか。


 ブラスト弾。一般にはキャニスター弾と言われる歩兵殺傷用の散弾をばら撒く射出兵器だ。こいつなら散弾のどこかに引っかけることができるだろう。


 ……問題はATのコンピューターをサブコンとして強引に噛ませたやっつけシステムでは、対空兵装として使えないってところだ。


 他にある6連ミサイルは地対地ミサイルであり、こっちも空の目標には使えない。強引に撃てなくも無いが、素直に空へ飛んでくれるかは怪しいところだ。


(ボーイの腕に賭けて逃げ回るか? いやダメだ、こっちでなんとかするしかねえわ)


 多少は広い道路とはいえ、小回りが利いて空を飛ぶドローンから戦車が逃げ回るのは無理がある。それこそ完全に回避するとなったら、駐車してある車もガードレールも軒並み踏み潰して回るような大立ち回りになっちまう。


「GUNMET! スタンディングモード、アーム展開!」


<YES STANDING MODE ARM ON>


「うわ!? なんだぁ!?」


「ボーイ! 体踏ん張ってろ! 傾けるぞ・・・・!」


 GUNMETの可変機構が起動して、潰れるように縮んでいた車体が持ち上がる。


 戦車として隙の無かった折り重なる装甲は分割され、そこから装輪式の車体前面がフレームごと左右3基の小型タイヤを引き上げ、後部にある大型の計6輪のタイヤへと重心を移動させる。


 戦車と呼称したが、こいつは履帯ではなく装輪タイヤ式なのだ。その姿はどこかコミカルで、四つん這いの人間が近い。


 変化するのはタイヤ位置だけではない。胴体に折り畳まれていたのは無骨な2本のアーム。4つのペンチめいた巨大な指をガキカギと鳴らし、作業用アームがスィングしてせり出してくる。


 これこそがGUNMET本来の姿。無骨な戦車としてのシンボルを残しながら、現実で再現できる可能な限りの戦闘ロボットの特性も与えられた、まさに異形のあいのこ兵器。


 アーマード・トループスともバスターモビルとも違う、Sワールド寄りの兵器たちに最後まで抵抗した、戦車という名の現実兵器のなれの果て。


 GUNMET。おまえの意地を見せてくれ!


(うぉりゃあ!)


 GUNMETを可能な限りビルの真横につけ、そのまま思い切りアクセルを吹かす。


 さらに操縦席に吊られたアーム専用の2本のコントローラー。その左腕側を強引に振ることで、あえて車体のバランスを崩すと、その瞬間にわずかだか片輪6基が浮き上がった。


「倒れぇー!? 倒れるっ! 倒れるぅ!」


 ガキが騒いでるが知らん! 浮いた装輪をビルの壁に引っかけて、さらに底面を押し付けるような勢いで車体を傾ける。


《銃身が向かないから、壁に片輪乗せて車体ごと角度をつけるのカー、無茶苦茶するニャア。射撃のチャンスは一瞬だぞ。あと逆さまになったらまず復帰できないからネ》


分かってるわーってるよ! でも砲塔の動かない自走砲の狙い方って、つまりこう・・だろうが!)


《普通は車体を左右に振るだけで、車体ごと上空を向いたりはしないデス。RPG持ちを強調表示したデ》


(ありがとよ!)


 ここで左右の装輪に逆回転をかけると、5.56ミリマシンガンのついた車体正面が対空砲の如くギャリギャリと上向いていく。


 支えのための左アームで路面を削りつつ、後は射線にいるドローン目掛けてマシンガンを撃ちまくるだけだ。


<FULL MARK BEAUTIFUL!>


《撃破。結局マシンガン持ちも墜とすんかーい》


(カンカンうるさいのはオレも思ってたからな。これ以上合奏されてたまるかっ)


 所詮は市販品に人間用の火器をつけて武装しただけのありあわせ。5.56ミリの小口径とはいえ、ライフル弾に耐えられる装甲なんてあるわけがない。


「すげ……」


 壁に乗り上げて斜めになった車体を戻し、進撃を再開する。まごまごしてると爆弾のおかわりが来ちまうかもしれんしな。しっかし、歩兵装備ばかりとはいえよくもまあこれだけ武器をかき集めたもんだ。


「GUNMET、タンクモード」


<YES TANK MODE>


《あれ? タンクに戻しちゃうんだ?》


(立たせたのはどうにか銃口を上に向けるための行動でしかねえよ。腕を振ってその反動で片輪走行にして、浮いた側で壁に乗り上げて車体を斜めにしたってだけさ。タンクのほうが足も速いし防御も硬い。走るなら基本はこっちだろ)


 スタンデイングモードは主に都市の暴徒を威圧するときとか、土木作業に従事するときの形態なんじゃねえの? そうでもなきゃ陸戦兵器が車高を高くする理由は無いからな。平面から見て的が大きくなるだけじゃん。


(それにしても、なぁーんかキナ臭くなってきたぞ。ありあわせの兵器とはいえ、これだけの数が用意できるって事は……)


《アンダーワールドの人間が、怪盗に武器の供給をかなり手伝ってるって事だナ》


 ありあわせってのは、つまりが手作業だ。工業ラインに乗った製品では想定していない手を加えるって事だからな。それだけ多くの人間が関わってることになる。


 ボーイ。おまえのお仲間、ちょっと絶望的かもしれねえぞ。怪盗どころかこれはもう、立派なテロリスト集団じゃねえか。

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