第134話 仲間割れ!? 地下からやってきた少年

 ……死にたいらしいなゴミカスがぁ。


(4時間といわずに20分で殴り殺しに行ってやるわ。スーツちゃん、悪いが手を貸してくれや)


《アイアイ、マム。低ちゃん恐え》


 指定された場所はサイタマ都市の郊外。地理的にはチバとかトーキョー方面になる。この先は海面上昇で沈んでる場所が多いので、昔よりサイタマに海が近くなったと言えなくもない。

 なんか『Fever!!』の起こした地殻変動の爪痕もあって、自然の理屈に合わない地形になっているらしいが、それは今はどうでもいいか。


「待った! 待ちなさいって! なに行こうとしてんのよ!?」


 家を出ようとしたオレをアスカが腕を引っ張って止めてくる。


「アスカは学校に行け。後で合流する」


 すぐ行って殴って戻ってくれば2時間もいらねえ。昼飯には間に合うだろ。


「バカ言わないで! こういうヤツ相手に言う事聞いても碌な事にならないわ。まず応援を呼んで準備。それから組織的に包囲して1回で叩き潰すのよ」


《うむ。考えとしてはアスカちんのほうが合理的だナ。低ちゃん、パイロットである限り人質を殺したりできないんだし。落ち着いて包囲殲滅しちゃおうゼイ》


(……頭ん中の理屈じゃ分かってるんだけどな)


 オレのせいで無関係な初宮が恐い思いをしてると考えるとよ。チッ、頭を冷さねえと。


「悪かった。マンションを張ってるS課の職員と合流する」


 まず初宮の奪還が優先だ。犯人は出来れば殺してえが、場面がかち合うようなら犯人の殺害より初宮を取る。


 それでもうまいこと殺せる場面があったら逃さねえ。そんときゃ死体の顔が判別できないレベルにボッコボコにしてやんよ。


「心配なのは分かるけど、こういう時こそ落ち着きなさい。あんたはミスしなければ絶対に誰にも負けないんだから」


 腰に手を当てて苦笑いをするアスカは、不思議とオレより年上みたいな空気が出ている。女って生き物はいざってとき男よりずっと肝が据わるからおっかねえや。


(なんというか青臭い中坊の吐くセリフじゃねえよな。やっぱこういうところは赤毛ねーちゃんに似てる。若いのに貫禄があるっていうか、人を引っ張ってく魅力があるわ)


《女の子の『男ってガキねー』ってセリフは、もしかしたら女の子の本能から出てるのかもナー》


 生物的に体格で劣る女は、それこそ若いうちから内面で強くなきゃいけねえんだろう。男より早熟なのも頷ける。


 となると今のオレは真逆なわけで。もしかして体が女で心が男ってスゲー弱いんじゃね?


《フ、男の娘はいつまでも坊やなのだナ》


(子のイントネーションがおかしい気がするんだが? それはともかく、わざわざドブネズミがチーズの在りかを教えてくれたんだ。返礼にネズミ取りと殺鼠剤の準備でも始めようや)


 なんなら可愛いリボンでラッピングしてやるぜ。汚ねえ首も吊れそうな長いやつをよぉ。





〔分かりました。玉鍵さんの案でいきましょう〕


 マンション内を警備する職員に事情を話すと、彼らはすぐ自分たちのボスに連絡を入れた。


 細メガネのオッサンはどっからか調達した指揮車に乗って、都市内に散った複数の部隊に指示を出しているようだ。

 頭は全体に指示できる場所にいないとな。直情的にひとりで飛び出していくようなヤツはなんぼ有能でも、初めから指揮官なんてやるべきじゃねえ。


 放送ジャックの件を踏まえ、コソ泥どもの通信傍受を警戒して基地の通信回線とS課の秘匿回線を噛ませたやり取りをし、これでだいたいの話はついている。


「いいんですか?」


〔不測の事態を考えると、未成年の貴方を巻き込みたくはないのですが。なにぶん人手が少ないもので。今回ばかりはご協力頂けるならお願いしたく〕


 不満ってわけじゃねえが、もちっとこう『大人の仕事に口を出すな』的な、あーだこーだと煩い事になるかと思ったら拍子抜けだ。あっさりオレの案が通っちまったわ。


(こっちから提案しといてなんだが、大丈夫かこの組織)


《実際に人が足りないんだろうネ。でも本当の理由は、低ちゃん大人しく待ってろ言っても勝手に動きそうだ、って思われたんでナイ? それなら最初から組み込んだほうが多少はコントロールできるでの。そっちのほうがWINWIN》


(そりゃな。ケンカ売られたのはオレなのに黙って見とけはえだろ。S課向こうさんも仕事なわけだし邪魔とは言わねえが、引っ込んでろと言われてもこっちはこっちで好きに動いたさ)


 最初はひとりでブチ殺すくらすつもりだったしな。手数がいたほうが初宮を安全に確保し易いと思い直しただけさ。


〔玉鍵さん、実働・・はそちらにいる部下にお任せください。決して失望はさせません〕


「お願いします( 。いや、マジで頼むぞオッサン。)初宮は(オレと違ってただの中坊なんだからよ)」


〔…はい。終わり次第すぐ連絡しますので。では〕


 借りていた軍用っぽいゴツい通信端末を細メガネのおっさんの部下、加藤ってねーちゃんに返す。恐い組織に所属してるわりに人が良さそうな顔つきだ。表の交渉役かねえ?


 オレにしては覚えるのが早かったのは、たまたま戦利品から購入していた昔のバラエティ番組の映像媒体に、同じ名前の芸人がタイムリーにいたからだ。


 さすがに姿は似ても似つかないがよ。こっちの加藤はいかにもな女エージェントって感じで、ハゲヅラにチョビ髭はしていない。


(連絡を入れて5分も経たないうちに対応してくれるって点からすると、まあ信用できそうだな。ダメならそれはそれでこっちが動けばいいこった)


《この国の公務員にしては勤勉じゃノウ。あ、もう違うのカナ?》


(どうだろな。S課としてサイタマに付くって話だが、書類上の所属はまだ大日本だろうしよ)


 サイタマが独立したらどっちにしろ公務員なんかねぇ? どうでもいいか。


 提案した作戦は単純だ。オレがCARSでゆっくり乗り込んでいって注意を引いている間に、S課の職員で周囲をローラーして脱出口を潰していくだけ。


 作戦のネックは引き渡し場所を何度も変えられるかもしれない事。これは早々に作戦を吐けと迫ってきたアスカに突っ込まれた。


 たしかに犯人はパイロットを害するようなアホだが、さすがに全包囲オールラウンドのアホじゃねえだろう。指定した場所に到着しても、尾行や護衛を巻くために何度も移動を指示されるかもしれない。って細メガネのオッサンにも突っ込まれたしな。


 むしろ誘拐犯とのやり取りはそっちのが普通だ。バカ正直に指定した場所でずっと待ち構えてるほうがおかしい。


 ――――だが、それは相手に絶対的なイニシアチブがあればの話だ。


 普通の誘拐なら被害者の身の安全を考慮して、犯人の言いなりかもしれねえ。けどこの世界じゃパイロットはそうそう害せない。


 どこまでがアウトか知らないが、さすがに殺したら『Fever!!』が確実に出てくる。コソ泥が自分を怪盗と言い張れるだけのすげえ脱出マジックを使おうが、そんなもんあの存在には通用しない。


 古典怪盗らしく気球で派手に逃げたと見せかけて、その場の警官に変装して隠れている。なんてベタなトリックをかまそうが、淡々となます切りにされるだけだろうよ。


 対して向こうとは逆に、こっちにある指輪の現物はオレの好きにできる。コソ泥の欲しい物を二度と届かない場所にやっちまうこともできるんだ。


 となりゃ、むしろ交渉のアドバンテージはこっちにある。


 コソ泥には簡単に傍受できる無線を使い、以後の引き渡し場所の変更を認めないと通達しておいた。


 なんせ都市の電波ジャックができる野郎だ、どうせアンテナ張ってるだろうと思ってよ。ま、案の定だったぜ。これ以上ゴチャゴチャ言うなら二度と応じないと伝えたら最終的には向こうが折れた。


 ……正直ヒヤヒヤしたがな。犯人が自暴自棄になって計画を中止し、冥途の土産と初宮に危害を加える可能性はまだ残っている。犯人を追い詰めすぎて『死なば諸共』とか考え出したらマズいんだ。


 だからこっちもある程度の段階まで、せめて初宮ってカードを取り戻すまではお行儀よくテーブルに座ってなきゃいけない。なんともストレスだぜ。


 まあしょうがねえ。『Fever!!』の介入タイミングによっては最悪の結果になっちまう。


 殺害、暴行、強姦。初宮がそんな目に遭わせられた後でノコノコ介入されても遅いんだ。犯人が報復を受けても被害者の受けた痛みは変わらない。


 面倒だが間抜けな怪盗のマジックショーに付き合ってやるよ――――盗み出すのはこっちだがな。


「……じゃあアスカ、そういう訳だからそろそろ学校―――」


「イヤ」


 あのなぁ……Sワールドの話じゃねえんだから、現実の犯罪は中坊の出る幕じゃねえんだよ。遅刻すんぞ?


《低ちゃんがS課の言う事きかないように、アスカちんもそうだベ。なら低ちゃんが手綱の握った方がいいんでナイ? 立ち回れるだけの能力もあるし。それにほっとくと勝手についてきそうジャン》


(ガキに小汚い犯罪に関わってほしくないんだべ。確かにアスカはそこらの大人より頼りになるが、だからってわざわざ誘拐犯なんぞに近寄ってほしくねえや。これは能力の問題じゃない、心の問題だ。元からガキにさせることじゃないんだよ。なんで付いてくる気マンマンなんだか)


《アスカちんがマンマ――――》


(悪意に満ちた抽出をして復唱しなくてよろしいッ)


 クソ、初宮のピンチだっつーのにこの変態お気楽衣装め!


「……その初宮って子、一般層でチーム組んでた子なんでしょ?」


「(あん)? ああ」


相棒・・のチームメイトなら、あたしだって無関係じゃないわよ。いいから連れて行きなさい」


《ウホッ、良い女》


(茶化すな…………まあ、良いヤツだよ)


 チッ、そんな真っすぐ見てくんな。こっちが非常識みたいじゃねえか。


「CARSから出るなよ。1人って指定されてるんだから」


「フフンッ、いいわ。もしもの時はフォローしてあげる」


 これだよ。10代の若者ってだけでも恐いもの知らずなのに、こいつは元から気が強いったらねえわ。


「いいんですか? 玉鍵さん」


 こっちのやり取りを聞いてたろうに止めるでもなく、じっと静観していた加藤のねーちゃんが確認をしてくる。ちょっとは大人として常識説いて援護してくれや。公務員は融通が利かねえってホントだなぁ。


「本人が尻を拭くなら」


 自分から関わると宣言した以上は女だろうが子供だろうが、血を吐いてもやってもらう。口を出すクセにいざってときに逃げるような野郎は後ろから撃ってやるわ。


《お下品。せめておヒップと言いなマシ、低ちゃん様》


(お口から垂れたおクソを拭きやがれですわスーツちゃん様)


「あんたたまにやたら古い言い回しするわね?」


 オレの言葉使いは大昔の漫画とかで覚えたんでな。今風じゃなくて悪かったね。


 あーあ、ガキのおまけが付いてくるとなると、基本殺しはナシにするしかねえか。ほんの数日の間にまた人が死ぬところを見せるのもアレだしよ。


 よかったなぁコソ泥。顔面が崩壊するまで殴って殺してやろうと思ってたのに。アスカに感謝しやがれ。


《で? さっきメガネに言ってたプランで行くのカニ?》


(だいたいな。プランとしてはオレが車から出て初宮を受け取る。で、そのまま捕り物に移行だ)


《雑っ》


(バカ正直に指輪を渡すわけねえだろ? 向こうはどうしたってこっちの言う事を聞くしかねえんだよ。先に渡せとか、同時に交換なんて話は聞くことねえのさ)


 会って見た印象で態度は多少変えるつもりだが、弱気そうなら交渉なんて蹴ってればいい。強気そうなら時間稼いで包囲を狭めてもらえば逃がしたりしねえ。


 この場合、キレやすそうなのが一番厄介だな。さっきの交渉を感触からするとそこまで自暴自棄な感じはしなかったが。


 人工音声だったからなんとも言えないが、微妙なイントネーションからすると女装野郎とは別人に思えた。なるたけ平坦に喋ってるつもりでも、言葉のの使い方は生まれや個性が出るもんだ。


「わかりました。こちら――――お渡ししておきます」


 加藤のねーちゃんが他の職員に指示して、樹脂製のガンケースを前に出してくる。


「これって……」


 テーブルに置かれた黒い箱を前に、アスカの顔が曇った。


 ふたつある簡易なロックを外してケースを開けると、新品らしい小型の拳銃と弾倉マガジン、ガンオイルなんかの手入れ道具が1セット入っていた。


「弾は非殺傷弾です。たださすがに至近距離で撃ったら怪我をさせる威力はあるので、できれば目や喉は狙わないでください」


《一番普及している9ミリ弾仕様の自動拳銃だね。小柄な低ちゃんでも握りやすいように、グリップが細いものをチョイスしたみたい。弾数11+1》


「海軍から押収したもので申し訳ないのですが。お使いになるなら課長の判断で人質の奪還までこちらをお預けします」


「ちょ―――」


 銃を取り出そうと手を伸ばしたとき、アスカから制止したそうな声が聞こえた。けどそのままグリップを掴む。


 悪いなアスカ。この程度のオモチャはもう慣れっ子なんだ。実弾じゃないのが不満なくらいだぜ。


(チッ、右手で使う前提か。物は新品だが古臭え設計だ)


《別にええやん。低ちゃん右利きなんだC》


「……慣れてますね。どこで訓練を?」


(あ、これってヤバイか? 未成年で銃なんて弄ってるわけねえもんな)


 弾倉マガジン抜いて薬室の中に弾が残ってないか確認してとかやってたら、真顔の加藤のねーちゃんに突っ込まれちまった。


《きっとハワイで習ったんジャ》


(それはどっかの映画のヒロインだ)


《それでいいんじゃネ? リアルな銃描写のある映像で覚えたってコトで》


「映画とかを見て、だいたい」


「そ、そう……すごいわね」


(もしかして今のすごいはガキのお遊戯を褒めるすごいか? なんかスゲー恥ずかしいんだが)


《被害妄想おつ》


 変な空気になったがもういいや。腰に差すホルスターも渡されたので巻いておく。


 あーあ、学生服で銃装備かよ。厨二臭えなぁもう。


〔玉鍵さま、本日もCARSをご利用いただきありがとうございます。CARS14フォーティーン、まもなく指定されたマンション地下駐車場に到着いたします〕


 オレの端末に連絡が入る。CARSの通信なら傍受の心配はまず無い。


 地下のカメラは加藤のねーちゃんたちによって掌握されている。ここならアスカを同乗させてもバレないだろう。昨夜の変質者騒ぎの取り調べの協力で遅れるって事で、すでに学園や花代たちには話を通している。


「―――アスカ」


「な、なによ?」


「無茶はしないでくれ。確かに初宮も大事だが、おまえだって(オレの)大事な友達なんだから(よ)」


 パイロットは殺せないって言っても捕り物のゴタゴタの中だ、偶発的な事故って形で怪我したりはするかもしれねえ。そんなことになったら赤毛のねーちゃんや訓練ねーちゃんに言い訳できないしな。


「うぐ……」


 今さらながらに危険と実感したのか、アスカは自分を鼓舞するためにこっちから顔を背けて頬をピシャピシャと叩きまくった。おいおい、そんな勢いで張ったら顔が腫れるぞ。


「よし! 行くわよっ!」


 少し涙目になりつつ、トーンのズレたヤケクソ気味の気炎を上げるアスカ。顔、普通に痛かったんだな。


《ムホホホホッ。今日はスーツちゃん朝から捗って困りマス》


(子供の涙に興奮すんな。さすがに非常識だぞスーツちゃん)


《嬉し涙の元凶に言われたくニャイ》


 嬉しい? ああ……訓練ねーちゃん、あんたやり過ぎちまったのか。アスカ、おまえ訓練が厳しすぎておマゾい性癖に……こりゃ花代たちも時間の問題かもな。せめてソフトな段階で留めておけよー。


(初宮助けなきゃいけないのに締まらねえなぁ。でも、少しリラックスできた。ありがとうよ)


《突然どしたの?》


 ひとりで考えてたら陰湿で刹那的で、バイオレンスな方向にばっかり行っちまう。オレが楽しく生きてくには、こういう軽いノリが一番いいのかも知れねえ。


(なんでもねえよ。ボチボチ行くか)


 マンションを出て地下にある駐車場に赴く。面子は加藤のねーちゃんとアスカとオレ。職員のひとりはここで離れてドアの前に張り付くようだ。


 エレベータを使い地下に向かうと、ライトを点灯させたCARSが近くまでやってくる。磨き上げたレトロ調のボディは今日も立派なもんだ。


「おはようCARS14フォーティーン


〔おはようございます、玉鍵さま。ご用命通りの装備で参りました。本日もCARS14フォーティーンの快適な乗り心地をご堪能ください〕


 CARSは車体にAIを搭載した高級送迎サービスだ。総じて高いが防弾性能を持ち、プランによっては機銃なんかの武装も搭載されている。


《低ちゃん、不審なヤツがいるゾ!》


「敵だ!」


 スーツちゃんの網膜投影で強調された場所に銃を向けながら叫ぶ。確かに駐車場に停まっている高そうな車の陰に、わずかに人の気配があった。それを受けて車体が急発進し、遮蔽物としてオレたちをカバーする形に入る。やるなぁ、CARS。


 このマンションの住人ならここまで気配消してるわけがない。となれば不審者と見なしていいだろう。


「待って! 撃たないでくれ! 敵意は無いんだ!」


 こっちの様子を伺っていたらしい誰かは、オレと加藤のねーちゃんの拳銃を向けられると車の陰から片手だけブンブンと振り、こちらを刺激しないようにか、ゆっくりと姿を現した。


「こっちは丸腰だ。マジで撃たないでくれよ」


 片手を胸の前に上げて出てきたのは男のガキ。比較的小柄だが、顔つきからすると中坊の3年か高1ってトコか?


 恰好は袖の無いデニムのジャケットに赤いシャツ。なんだろう、見てると絶妙に痛々しい気分になる。これで頭にバンダナしてたら発作的に撃ってたかもしれん。


 ――――もう片方の腕はダラリと下げたまま、乾いていない血が滲んでいる。


《あ、こいつ女装マンだゾ》


(マジか。やっぱコソ泥は単品じゃなくチーム単位のようだな。最低2人は確定だ)


「あなたはどこの誰!? ここの入居者の記録にあなたの顔は無いわよ!」


 さすがS課の職員。加藤のねーちゃんはすでにマンションの住人記録について網羅してるようだ。


「ボーイだ。怪盗って言った方が分かりやすいかな」


 思わず困惑した加藤のねーちゃんに代わって、少し前に出る。もちろん銃は突きつけたまま。


「女装野郎。スカートの穿き心地はどうだった?」


「す、好きで穿いたんじゃねえよっ。変装なんだからしょうがないだろ」


「その腕は? 仲間割れか?」


 オレの挑発にピクッ、と女装野郎が露骨に反応した。


 ……こっちは乗り込んでドカンでいいってのに。なんか面倒な話になりそうだ。





 CARSの車内に搭載されている医療用キットを使って、加藤のねーちゃんが女装野郎の腕に応急手当を施す。


 傷は銃弾が数発かすった程度だが、口径が大きいものだったようで皮膚と肉の裂け方がなかなかエグい。ここに来る前にもう鎮痛剤を打っているとのことで、治療中に悲鳴を聞くことはなかった。


 女装野郎がここに来た目的は治療中に聞いている。


(おかしくなった仲間を止めたい、ねぇ)


 怪我してるあたりでピンときて、仲間割れだろうと当たりをつけたらビンゴだった。まあこれがこっちを騙すための怪我って可能性もまだあるが。


《そのメッシュっておじいちゃん、もしかして少し痴呆が入ってるんじゃない? 行動がちょっとおかしいナ》


 仲間割れの発端は朝に流れたニュースだったようだ。


 世間に怪盗として名乗りを上げる前に変質者と報じられた事で、もはや拭えないレッテルを張られたこいつらは計画の中止を視野にいれていた。


 メッシュって爺さん以外は。


 女装野郎含む他のメンバーは既に店仕舞いの気分だったらしい。だがメッシュは意地でもやり遂げると怪気炎をあげて、ずいぶん温度差が出来ていた。


 どうやらこの爺さんとその関係者こそ、怪盗演出の仕掛け人のようだな。女装野郎はあくまで怪盗物語上映のために抜擢された、単なる俳優のひとりか。


 そして様子のおかしくなったメッシュは女装野郎たちには無断で、やってはいけないことに手を出した。


 一般層にいる初宮由香の誘拐だ。


(発案したのは後先考えない無敵のジジイか。そりゃ大胆になるわけだ)


《低ちゃんの言った通り、結構な数の賛同者がいるみたいだネ。もしかして協力者全員が高齢者とか? おおぅ、テリブル》


 こいつらには主要メンバー以外にも協力者がいて、それはエリート層だけじゃなく一般層にも及ぶ。


 そして協力者との伝手を一挙に担っていたのがメッシュって爺さん。


 最初は女装野郎たちを説得しようとしていたが、最後はすっかり及び腰になったこいつを見限って、しれっと始末しようとしたらしい。


 話し始めは怪しい鎮痛薬の影響もあってか明るい感じだったが、人に話すことで頭の整理が出来てきたようで、女装野郎は徐々に沈みだした。


「それで? タマにくっついて行って、もう一時説得する? バカじゃないの? こっちにあんたの手助けする義理は無いわよ」


 女装野郎の事情と要求を聞いたアスカは、本当に呆れたって顔で見下した。だよなぁ、こっちはもう脅しをかけられ、S課と連携して返礼の手札を切ってるんだ。今さら待ったは通じない。


「頼むよ! 色々とやった事は悪かった。けどこっちだって生きていくのに必死だったんだ」


 誰にも拾い上げてもらえない、国にとって存在しない市民。アンダーワールドの住人、か。


 ……なんだろうな。この嫌な気分は。


「1人で行けばいいでしょう!? こっちに縋るな、犯罪者!」


「無理なんだよ! 歩ける地下道はメッシュたちも全部知ってる。武装したドローンに待ち伏せされて終わりだ」


「じゃあ上を行きなさいよ。地上なら相手だって無茶できないでしょ」


「……上も無理だ、もうすぐ分かる」


 上も無理。アスカに反論したその言葉は、加藤のねーちゃんが受けた通信で事実となった。


「無数の武装ドローンが各地の治安部隊と睨み合っています。まだ攻撃はしてこないようですが、これは……」


「あんたとの交渉の邪魔をされたくないって、メッシュが手配した戦闘仕様ドローンだよ。マシンガンだけじゃなく、グレネードの弾とかも投下できる」


「あんたらサイタマと戦争でもする気!?」


「元は対銀河用だったんだよっ!」


(アンダーワールドとかの詳しい内情はわからねえが、つまり今現在の時点で敵はドローンの壁を作った。長時間は無理でも、これじゃ交渉の時間にS課の援護は受けられそうに無い)


《武装の度合からしてスタンガンや睡眠ガスなんかも持ってそう。ノコノコ行ったら動けなくされた後に指輪を奪われそうだナ》


 そっちのほうが初宮の身柄が無傷で帰ってきそうだが、そんな方法で強引に交換されたらこっちが業腹だ。


 CARSの援護を受けられるように、車で乗り付けられる場所ならいいが、向こうもCARSこいつの性能は知っているだろう。出てこいと言って素直に出てくるかは微妙だ。車を降りて建物の奥まったところに来いとか言いそうだな。


 交渉のアドバンテージはこっちにあるとはいえ、女装野郎からの話を聞いたかぎりちょっとメッシュってのはヤバいかもしれない。優位に胡坐を掻いて追い詰めすぎるとキレそうだ。めんどくせぇなぁ。


 ……こりゃ1方向への注力では安全に初宮を助けるのは無理か? 向こうもこっちを全力で警戒してくるだろう。


 ――――だがいきなり、複数の方向から、同時に、初宮に手を伸ばせればどうだ? 


「女装野郎」


「な、なんだよ。あとオレはボーイだ、もう変装の事は勘弁してくれ」


「じゃあボーイ。おまえが説得したいのはメッシュって男か? 説得してどうする。もうS課に目を付けられたんだぞ。説得して逃がしてもいずれ捕まえられて底辺送りだ――――これは恐らくおまえもだ」


 偽物とはいえこいつらは戦利品のコンテナを盗んでいる。他の罪状でもSに関わる犯罪が多い。裁くのが国でもサイタマでも容赦は無いだろう。


 それが分かっているからこそ、メッシュって爺さんも交渉の最後の切り札に指輪が欲しいんだろうさ。


「………オレは、メッシュ以外は物は盗んでも人を誘拐するなんて反対だったんだ。あんたを脅迫したことだって、ほとんどメッシュの独断だ」


「今さら言い訳? あれのせいでタマがどれだけ辛かったか分かってる? 友達を誘拐されて! 辛くないとでも思ってんの!」


「分かってる……言い訳だ。だけど、だけど少しだけ罪滅ぼしがしたいんだ」


 女装野郎は両手を握り締める。怪我で利かないほうの手を強く握ったことで傷が開いたのか、新しい包帯に血が滲んできた。


「メッシュはもう無理かもしれない。でも他の仲間、ピューマやディンゴはきっと思い直してくれる! オレが説得する! こんなの怪盗じゃないって!」


「はっ、こっちの味方になることで司法取引でも期待してるの? S犯罪に? 無理よ無理無理」


 加藤のねーちゃんを見ながらヤレヤレというポーズをするアスカ。その顔には明らかな軽蔑がある。


 寝不足もあってイラついてるせいか、こいつの悪いトコが出てるな。つい余計な挑発が口に出て場の空気を悪くする。


「ボーイ、だったな。手と命を貸すならこっちも手だけ貸してやる」


「タマッ! あんた何を!?」


「手数がいる。治安とS課の応援が期待できない以上、自前で用意するしかない」


「待ってください玉鍵さん。どういうつもりですか?」


 悪いな加藤のねーちゃん。問題引っ張ってきちまったオレ自身がやることやらにゃ、迷惑被ってる初宮に顔向けできねえんだわ。


「ボーイには別動隊として正面からメッシュとやらと対峙してもらう。その混乱を利用して裏で初宮をかっさらう」


 こっちの手を借りたいってんなら、それなりのみそぎをしてもらうぞボーイ。


 ……うまくいったら、ほんの少しだけ減刑を頼んでやらぁ。

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