第133話 怪盗パート? 彼らの事情

※今回、主人公視点はありません。


<放送中>


〔変質者、ドローンを使い女性宅へ〕


 朝方。マヨネーズ多めの明太マヨサラダを頬張っていたアスカは、BGM代わりに垂れ流していたニュースから早速例の仕掛けが行われているのを見つけた。


〔昨日19時頃、Flashを名乗る人物がサイタマ基地マンションの女性宅に大型のドローンを忍び込ませるという事件が発生しました。治安当局は性犯罪を目的とした変質者・・・の仕業と見て調査を行っています〕


「いきなり名指しで変質者と言われたらビックリでしょうね。面白くなってきたわ」


 別にあのドローンはFlashなどと名乗ってはいないらしい。一般層にいる玉鍵の友人が写ったホログラムカードを持っていただけ。


 だが、S課によってお膳立てられた報道は証拠も倫理もすっとばしてFlashを性犯罪者と名指しで報じている。またアスカたちへの配慮として、こちらの名前は報道に出していないのがなかなかの評価点だった。


 侵入された家がどこか広まるのは時間の問題だろう。だがサイタマのメディアはフロイトの味方だ。公共放送で大きく報じられなければすぐに鎮静化するだろう。それにアスカたちとて自身はこれといった危害を加えられたわけでもない。


(……あー、被害無しとは言えないか。室内で煙幕なんて使いやがって、掃除が大変だったわよ)


 疲れた体でS課を名乗る蛇のような目つきの男と相対し、その後は煙幕で汚れた室内を玉鍵と掃除してと、アスカがヘトヘトのまま入浴して眠るころにはすっかり日付が変わってしまっていた。


「後は網に掛かってくれれば芋づるだ」


 チリチリに焼いたツナトーストを齧っていた玉鍵がアスカを一瞥して応える。


 ツナマヨはツナマヨで完成された食べ物であって細かく刻んだ玉ねぎとキュウリを入れたツナマヨは邪道と反対していたためか、アスカの分のトーストはピザトースト風になっている。


 やや肉厚に切られていたピーマンは玉鍵なりのささやかな報復かもしれない。もっとも、焦げ目のついたチーズと熱されて風味を醸し出すトマトソースに促され、アスカのトーストは十代の腹の中にすでに消えていた。


 S課とラングのエージェントたちによって基地と学園近辺は集中的に張り込まれ、Flashの動向に多くの目が光っている。

 また、S課は一般層の長官である高屋敷法子にもFlashの探索を呼び掛けており、今やサイタマは上下において不審者を炙り出す体制が整えられている状態。


 場合によってはFlashのみならず不法滞在者の摘発という形となる可能性もあるため、急遽再編成された治安部隊も動員されており装甲車なども持ち出されている。


 大日本国から離脱したサイタマが不法滞在者にどのような判断をするのかはラング次第となる。仕事が増える一方の叔母をかわいそうに思いつつも、アスカはそれはそれと自分のやることに専念するだけだ。


「タマ。またお昼も作ってくれてるのは嬉しいんだけどさ、無理しないでよ?」


 さすがに寝不足のためか、なかなか起きれなかったアスカがどうにかベッドから這い出した頃には、玉鍵はひとりで朝食を作り終えていた。


 さらにキッチンには3人分のランチボックスもとっくに用意されていて、ゆっくりとライスの荒熱を取っているというスマートぶりである。


 精神的な疲労からついこの間まで寝込んでいたのだ。怪盗なんてものが登場したせいでおかしな事になってしまったが、できればもう少しくらいゆっくりしてほしいのがアスカの本音だ。


「それでひと段落したら遊びに行きましょ。地表は地下なんかより遊べる場所が多いわよ? 私が案内してあげるわ」


 過去の人類が積み上げた、環境破壊という負の遺産によって続いているサイタマの夏はまだまだ終わらない。いっそのこと一部のエリートだけがレジャーに利用していた、サイタマという海の無い土地に建設された『人工海岸』にでも繰り出してみたい。


 輝く太陽と砂浜、そこに水着姿の玉鍵がいればさぞ絵になるだろう。


(れ、レジャーの王道としてね! こういうのは見栄えが大事だからであって、別にタマの水着が見たいとかじゃないわっ)


 内心で謎の言い訳をしつつ葛藤するアスカを、玉鍵はいつものすまし顔で見ていた。


〔――――――玉鍵たまに告ぐ〕


 そこに、続いているニュース映像のままノイズの混じりの人工音声がモニターから響いた。急に現実へと引き戻す事態にアスカの顔が強張っていく。


 もう一度、玉鍵の名前を繰り返した音声。モニターに映るキャスター側にも異常が察知できたようで、にわかに画面が慌ただしくなっていく。


〔これより指定した場所に4時間以内にひとりで来たまえ。持ってくるものは分かっているだろう? こちらは招待客に手荒い真似をしたくない〕


 やがてノイズは画面にも表れ始める。ブロック混じりの画像が徐々に酷くなり、やがて目を閉じたままの一人の少女が映し出された。


「これって……」


 少し野暮ったい三つ編みの少女。深く眠らされてるのか、動画の中で少女に動きはなかった。


「……初宮」


 少女の名は初宮由香。その名をアスカは知っている。昨夜に見せられたホログラムカードに映っていた人物であり、一般層において玉鍵とチームを組んでいた3人の1人だと。








<放送中>


 ―――――時は少し遡る。


「これじゃ怪盗じゃなくてただの脅迫じゃないか!」


 サイタマの地下を走る無数の配管、その整備通路に少年の怒声が響き渡る。


 集まっていたのは年齢の幅が大きいながらもどこか似た空気を持っている男女のグループ。その中でもひと際若い少年は、周りの大人たちを断罪するように指を突き付けて、自分の知らない作戦を批難した。


「ボーイ。直接会ったおまえこそ思い知ったろ。綺麗事で乗り切れる相手じゃない」


 もっとも年長の男がボーイ、という偽称を持つ少年をなだめる。


 この場のほとんどの者は互いの本名を知らない。誰かが逮捕された場合のリスクを抑えるために、割り振られた偽名でやり取りしていた。


「……ワールドエースってのをナメていたわね。生身でも相当やるわよ、あのまな板娘」


 まな板娘という余計な悪口に込められた感情を誰もが察知する。だがピューマと呼ばれるこの女のコンプレックスを指摘しても面倒なことになると、全員ひとまずスルーした。


 誰も乗ってこないのはそれはそれでプライドに障るのか、ピューマは集まった面子から不満げに顔を背けた。


「戦闘サイボーグを含む銀河のエージェントを10人以上相手取って、そのほとんどを無力化したバーサーカーだ。ボーイには荷が重い」


 ディンゴのネームを持つキザな男が首を横に振る。この中では唯一エリート層に戸籍のある人間であり、ビジュアルが良いことから当面の顔出しFlash役は彼が務めることが決まっている。


「だからって友達の女の子を脅しに使うとかおかしいだろ! こんなことしたら世間に認知されても誰にも認めてもらえないよっ」


 最初の構想においてFlashという怪盗は、この腐った世界の世直しを目的に立ち上がった義賊――――というキャラクターである。言わば正しさを演出・・するための広告塔であった。


 その宣伝の最終目標は『平等』のためである。


『平等』。正式には『全人類平等計画』と銘打たれたこの構想は、つまり個に偏りすぎている富を再分配しつつ現在のエリート・一般・底辺に分けられた階層を廃止していくというもの。


 さらにその中にはボーイたちのように、どの階層にも戸籍を持たない人間も含まれる。


 ボーイは彼らが地下にも地表にも属さない者たちの社会、『アンダーワールド』で生まれた無戸籍者の1人だった。


 地表にも地下にも居場所のない彼らにとって、後ろ暗い手段で偽物の戸籍を買うよりも、日の当たる形で住める真っ当な居場所こそ悲願であった。


 しかし、そのためには現状の国際的な階層体制を打ち壊す必要がある。


 今まで当面の障害と目されていた大日本のガン、銀河派閥こそ倒れたものの、今度は国から都市ごと離反するという暴挙に出たフロイト派閥を相手取る必要が出てきていた。この計画を遂行するためにはまだまだ多くの課題が残っている。


 そして何よりも計画の要となるのが多くの市民の支持。一般とエリートから良心的な市民を味方につけ、アンダーワールドの人間が市民権を得られるよう国に働きかけてもらわなければならない。 


 その呼び水と期待され、創作されたのが広告塔となる義賊『怪盗Flash』。反体制の象徴を担うダークヒーローである。


 この計画に賛同するメンバーはここにいる彼らだけではない。


 『怪盗Flash』とは個人ではない。彼らメンバーもFlash本人ではない。


 この計画に賛同する人々すべてがFlashという架空の存在を作り出す、いわば劇団員なのである。


 だがしかし、彼らが当初目指していたはずの義賊ムーブは早々に破綻した。


 見栄えのする悪役として考えていた銀河派閥は消滅し、サイタマは銀河に深部まで汚染されていた国を離反。

 練られていた義賊のデビューストーリーは頓挫し、残されたのは戦闘のどさくさにパイロットからかすめ取ったバイクだけ。


 ……そのバイクの中にあるはずの、彼らの急遽修正した義賊ストーリーを完成させるピースはすでに抜き取られていた。


 初めは銀河の依頼で物質転換機を盗んだことを公表し、そのうえで盗み返すつもりだった。これはマッチポンプだが、物証と共に悪事を指摘することで誰が悪かを知らしめるためだ。


 だがボーイたちは見事にダミーを掴まされてしまい、偽物に気付いて怒り狂った銀河の報復を避けるために潜伏を強いられることになる。


 やがて銀河のクーデターに伴い追及が緩む頃、皮肉にも依頼者銀河の捜査を盗み見る形で所在の知れなかった物質転換機の保管場所が突き止められた。


 ここで怪盗たちは動き出す。計画を修正するために必要なキーパーツを奪取するため。銀河とフロイトの抗争というカオス的状況を利用し、物質転換機をかっさらうために。


 銀河の分家から入手していた虎の子の蜘蛛形パワーローダーを使い、ロボットの発進した大空洞からバイクを引き上げる作業は度胸と時間との戦いだった。


 ――――そして、それらすべてが無駄な努力であったと知った時の彼らの落胆は大きかった。


 バイクに収められていたのは宝飾品用の小さな箱。物質転換機の入っていたと思しきその箱はすでに開封され、中身は影も形もなかったのだから。


「ボーイ。本当に危害を加えるわけじゃない。さすがにこっちだってパイロットに手は出せないんだ。目的はあくまで揺さぶりだ」


 メッシュと呼ばれる一番の年長者。そろそろ中年を過ぎる男が少年に両の手の平を向けて宥める。


 怪盗Flash立ち上げを企画した人物であり、それに伴いこのメンバーを集めたのも彼である。


 アンダーワールドの出身でありながらエリート層と一般層にも意外な人脈を持っており、生粋のエリートのはずのディンゴをその『お坊ちゃま的な潔癖感とお人好しさ』を利用して、Flashへと引き込んだのも彼であった。


「……同じだろ。やってることが銀河と変わらないじゃないか」


 直接的に害せなくとも常人の人生を狂わせるのは難しくない。ただ悪意を匂わせるだけでいい。


 例えば己が悪意のある人間に24時間監視されていると知ったらどうか? 普通の人間はそれだけでまず耐えられないものだ。


「違う! あいつらと一緒にするなっ!」


 ボーイの愚痴に近い言葉に、メッシュでなくディンゴが過敏に反応する。非常灯の明かりの中では判別できないが、細身で神経質な顔は瞬間的な怒りで高揚してると思われた。


 よく言えば擦れていない善人。悪く言えば世間知らずな彼は、『平等な社会』という甘い言葉に酔って賛同した人間である。彼の中の善悪のラインで言えばまだ己が悪者の側になったとは考えておらず――――認めたくもなかったのかもしれない。


「ボーイの言い分じゃないけど、こんなので揺さぶって効くかしら? 絶対に我が強いわよ? 逆に私たちを見つけ出すって息巻いてるんじゃない?」


「それでも守る者が多くなれば警戒も警備も分散される。地道に追い詰めていけば必ず参ってくるはずだ」


 用意したホログラムカードは1枚だけではない。カードには玉鍵たまと接点のある人間が何人もピックアップされている。中にはパイロット以外もいるが、別にそちらにも危害を加えたりはしない。


 ただ、玉鍵たまの下に知り合いの写ったカードを届けるだけ。


 たったそれだけの行為から人は悪い出来事を想像し、手を下さずとも勝手に弱っていく。


 このメッシュが立案した作戦をボーイ以外が嫌々ながらも受け入れたのは、指輪を盗もうにも相手が想像以上に手強いと感じたからだ。


 見知っている自分たちでさえ気付かないほどの完璧な変装をしたボーイを一目で敵と見破ったのは玉鍵の友人だが、友人とはいえその言葉に何の躊躇いも挟まず攻撃に転ずる精神的な瞬発力は、迷わせ騙す側からすれば実に厄介だった。


 あるいは友人に言われずとも、初めから当人も変装を見破っていた可能性さえある。ボーイが身に着けていたカメラに映った玉鍵の映像は、モニター越しでさえ言いようのない強者の迫力を彼らに味わわせていた。


 洞察力・決断力・思考の瞬発力。いずれにおいてもまさにワールドエース。チェスをさせても手が付けられないほど強いに違いない。


 さらに遺伝子強化されているボーイと生身で互角以上に渡り合う身体能力まで持っている。彼が無理なら同じ手術を受けているピューマでも相手にならないだろう。


 では他のメンバーはと言えばメッシュは手術を受けているが二人より身体能力が明らかに劣る、ディンゴはエリートのためそもそも遺伝子を弄っていない。


 つまり正攻法で所持品を盗み出すのは難度が高すぎる。少なくとも玉鍵に万全の体制でいられたら、あの指輪をスリ取れる距離まで近づくことさえできないだろう。


「だからって趣味が悪すぎるだろ。なんだよこれ」


「……あの指輪があればタダで体も治療できる。闇医者なんぞに足元を見られずに済むようになるんだ」


 このメッシュの呟きにピューマ、ボーイが俯く。


 正規の医者に治療を受けるために必要な戸籍が3人には無い。家族にも。そのためちょっとした病気や怪我はともかく、重傷者は非合法な形で治療を模索するしかなく、アンダーワールドにおける医療行為はトラブルが絶えたことがなかった。


 中でも重大なのが3人全員が抱えている問題。遺伝子強化の副作用だ。


 不法滞在者に端金を掴ませて行われた銀河の実験・・は、おびただしい数の死者と引き換えに数パーセントの成功例を生んだ。


 ただし、それもまた限定的な成功でしかない。


 身体能力の向上、延命、肉体年齢の維持。成功した分野は確かにある。しかしそれらは致命的な問題点として、定期的に高価な薬の投与を受ける事が前提の不完全なものであったのだ。


 ――――否。むしろこの欠点こさが銀河の目的だった。延命や若さを謳って市民に手術を受けさせ、いずれはエリート・一般を問わず生涯に渡って投薬による搾取を続けるためである。


 もちろん銀河の意向に逆らえば投薬は制限されるという、奴隷の首輪の役目も果たすおぞましい計画。アンダーワールドの住人などそのための治験でしかない。


 そしてディンゴ以外の3名はおのおのの事情によって手術を受け、生還し、身体能力と引き換えに定期的な投薬を受けなければいけない体となっていた。


 困ったことに供給元の銀河の人間が謎の現象で軒並み消えたことで、彼らは薬を得るルートを失い窮地に立たされている。


 銀河の息がかかっていた闇医者の拠点を襲撃することで幾ばくかの薬は手に入れたものの、製造元が消えてはいずれ立ち行かなくなるのは目に見えていた。


「階層が無くなり、すべての人の立場が振り出しに戻れば市民になるチャンスはある。だが、はっきり言って国やサイタマが我々を受け入れるかは未知数だ――――いずれにせよ指輪がいるんだ。ボーイ」


 指輪を高価な薬を出すための治療器具として使うのは次案。本命は物質転換機の返還を条件に、国から不法滞在者の市民権を勝ち取る事。もちろんサイタマでもいい。


 窃盗依頼者の銀河が消え、さまざまな因果を含んで今や国の管理からも解き放たれた物質転換機。その巨大すぎる希望の光は皮肉にも、パイロットとして戦い指輪を得た少女その人の手の中に戻っている。


 そして図らずも、指輪は未だ個人に託されたまま。


 いかにエースパイロットと言えど、個人が組織より手強いわけもない。この短い煌めきチャンスに賭けて指輪をさらうのだ。


 この光はアンターワールドに生きる者にとっての閃光Flash。この瞬きのようなチャンスをものにして、怪盗Flashは大勢の仲間の命と市民権という宝石を勝ち取る。


 これこそがメッシュたちの計画。アンダーワールドで生まれた者たちの悲願。


 人権の認められた、になること。


「でもホントにこれであの子が指輪を手放す? フロイト辺りに売り渡すだけじゃないの?」


 自分で持っていることに恐怖を感じたなら、それは確かに手放すのは道理かもしれない。


 しかし、相手が怪盗側になるかと言えばピューマには大いに疑問がある。むしろ玉鍵に近しいフロイト派閥に渡すのが順当な結末に思えた。


「玉鍵は指輪の本当の正体を隠している。基地にはロボットの起動キーとだけ証言しているからな。フロイトと懇意にしているのは表向きで、さして信用していないんだろう」


 本当はどんなものか明かせば派閥の強権で毟り取られる、そう危惧しているに違いないとメッシュは言う。


 フロイトが物質転換機を得れば各国は一気にサイタマ独立歓迎に傾くだろう。その見返りを期待して。


 ならば手段が強引にか懐柔にかはともかく、フロイトはなんとしても玉鍵から指輪を得ようとするに違いないのだ。


 ――――だが、それはフロイトと大日本との最終対決の引き金ともなる。14才の少女が銀河に続き、再び大勢の命を天秤にかけることになるのだ。


 心を強く持っている今は平気かもしれない。しかし弱ってきたらどうか? そんなことになるくらいならと、秘密裏に手放したいほどではないだろうか? いっそ奪われてしまえばいいと思うほどに。


「怪盗のする事じゃない。脅して奪うなんて―――」


 ゴロツキじゃないか、という言葉をボーイは飲み込んだ。それもまたアンダーワールドの日常であったから。


「…待って、帰ってきたわ」


 ピューマの一言に全員の意識が向く。端末に中継されているのは忍び込ませたドローンからの映像。


 玉鍵の使うCARSサービスの車両は極めて高性能で、高度な盗撮や盗聴さえ察知するため機材を貼り付けることはできなかった。そのため監視は玉鍵のよく移動する施設に留めている。


 賛同者の協力が得られる基地のマンションもそのひとつ。多機能で大きな物は無理でも、機能を絞った小型のものであればごく短期間に限れば隠すことは難しくない。


「いいな、ボーイ。ドローンはもう部屋に入っている。引き返せないんだ」


 ドローンにはホログラムカードの他に合成音声も入っている。内容は指輪と引き換えに、玉鍵に二度と干渉しないとの文言であった。


「あ、ちょ―――」


 暗視カメラに映った玉鍵の姿を見て音声をスタートしようとした直前、画面がメチャクチャに揺れる。もしもの時用に仕込んでいた逃走用煙幕が漏れて、それっきりドローンからの映像は完全に途切れた。


「――――見た目はあてにならんな、狂暴すぎる」


 おそらくは蹴られた。ホログラムカードを出して見せた瞬間にはもう、玉鍵はその体格に見合わぬ異常な膂力でドローンを蹴っ飛ばしたと思われた。


「こいつ、もしかして遺伝子強化を受けてるんじゃない? 生身ナチュラルでやれることじゃないわ」


「…そういえば治療や健康診断を徹底的に拒否していると情報にあったな」


 ピューマの私見を受け、白く短い顎ヒゲを弄りながらメッシュがつぶやく。


 比較的軽量の物を選んだとはいえ、バッテリーを含むドローンは15キロ以上ある。少女が蹴った程度で破壊できる物ではない。


「え、じゃ、じゃあ仲間なのかよ? オレらの」


「いや、彼女には戸籍がある。遺伝子手術を受けていたとしてもボーイたちとはまた別ルートだろう。いや……遺伝子手術後付けでなく、デザインチャイルドかもしれないな。もしかして銀河に所縁がある人間か?」


 敵対していたからと言って彼女が初めから銀河の敵とは限らない。何かしらの理由から憎悪を募らせ裏切ったか、最初から自身の素性を知らない可能性もあるかとディンゴは推測した。


「接触してみる価値があるかもしれないな。うまくいけば賛同してくれるかもしれない」


「えぇ……、もう無理でしょメッシュ。脅しのカードは切っちゃったのよ? こんな脅迫した相手の話を聞く?」


「オレが説得するっ! この子は一般の出なんだろ? 事故で地表に来ただけでさ。仲間のいる一般層との垣根が無くなるのは悪い話じゃないはずだ」


 急に熱気を出したボーイに3人は一抹の不安を覚えたが、確かにこのワールドエースが味方になれば計画は大きく進むだろう。そのネームバリューで各都市・各階層の橋渡しも期待できるかもしれない。


「難しい交渉になるぞ。血の気の多いボーイだけじゃ不安だ。オレも同行しよう」


 ディンゴの一言にボーイが渋面を作り口を開こうとしたとき、2人はそれ以上に嫌そうな顔をしたピューマに気付いた。


「男って……」


「ちょ、違うよっ」「ピューマ、こいつと一緒にしないでくれ」


 同時に弁解しようとした2人が再びにらみ合うも、女性に氷点下の目つきで見られ続けたことで湿気った導火線のように剣呑な空気は立ち消えた。


「遅きに失する気もするが……情報通りなら敵を許す優しい面もあるようだ。望みはあるか」


 過去に太陽桃香という詐欺師に窮地に立たされながらも、玉鍵は直接太陽を殺さなかった。さらにSワールドからの帰還のときも短い時間ながら、太陽を連れ帰るために待っていたという記録がある。


「手筈が整い次第連絡する。ボーイ、先走るなよ」


「オレ名指しかよ。わかってるよ」


 大まかな方向性が決まると、4人は誰とはなくその場を離れた。


 ここは基地マンションの地下に走っている配線用整備の通路であり、行こうと思えばマンションの敷地にも入れる。


 だがさすがに今夜は早計。ドローンの回収も諦めるしかない。






<放送中>


「変質者…」


 呆然とするディンゴと絶句するボーイの横で、キリキリと歯を鳴らすピューマ。彼女の手にしている端末に映る朝一番のニュースに、メッシュは頭を抱えた。


 客観的に見てもはやこの風評を覆すことは不可能に近い。


 事実として女性宅にドローンを侵入させており、その数時間前には女に変装したボーイが接触を図っている。

 証拠品としてカメラに映されているのは破壊されたドローンと――――怪盗カード。指輪について記載した裏面は黒塗料で塗りつぶされていたが、凝ったデザインのソレは間違いなくボーイが玉鍵に投げたものだった。


 変質者Flash。レポーターやコメンテーターが口々に変質者・・・と付けてFlashの名を使う。


 メッシュたちの望んでいたダークヒーロー『怪盗』の立ち位置ではなく、怪盗を騙るただの『変質者』と強調されて。


「……もう切り替えていくしかない。計画を早める」


 どこか陰のある響きを感じた3人がメッシュを見た。その目下は黒ずみ、視線もまた濁っているように思えた。


 言葉少なに一般層の賛同者へと連絡を取った彼は、自分より圧倒的に若く動揺している彼らを強い言葉で鼓舞した。


「勝ったほうが正義だ。たとえ何をしても、この歴史を塗り替えていこう。人々の平等のために」


 それは洗脳に近い言葉だった。


 ……玉鍵たまとアスカが起きだし、早朝から繰り返されている臨時ニュースを聞くのはその1時間ほど後の事になる。


 ちょうどその頃。どこから現れたのか、サイタマ都市内を無数の武装したドローンが巡回を始めていた。


 退路を断たれた怪盗は―――――怪物と化していた。

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