第132話 合流。心強い味方? S・国内対策課!

<放送中>


「お久しぶり、というほどではないですかね。地表ここで会うとは思いませんでしたよ、玉鍵さん」


 フロイトからの連絡を受けて彼女のマンションに急行した釣鐘つりがねは、そこでブレザー姿の玉鍵たまと再会した。


 彼女と最後に会ったのは一般層。そこで国から提示できるSRキラーの戦利品報酬について説明した以来である。


 万人が一目で息を飲む芸術作品のような容姿はサイタマに来ても変わることなく、パイロットとしての活躍もまた国内外に並ぶ者がいないほどに新たなページを綴っている少女。玉鍵たま。


「こんばんわ。また、よろしくおねがいします」


 また、という言葉にわずかなイントネーションの違いを感じた釣鐘つりがねは、過去に一般層の第二基地において副長官をしていた耳目という男の件を思い出す。


 あのときの玉鍵は友人のために耳目の家に乗り込み、耳目親子の睾丸を踏み潰すという大暴れをしていた。それを自身でS課に告白してきた玉鍵は、釣鐘つりがねの独断で罰金刑という軽い罪になっている。


 犯した罪に対して軽く済ませ過ぎている事に難色を示した政府高官もいたが、後に免罪という形で戦利品を安く買い叩けた事を考えればトータルで釣鐘つりがねの判断は正しかったと言えるだろう。


 どうせ彼らは法の厳格性を危惧したわけではなく、免罪をダシにして玉鍵に国と奴隷のような契約を結ばせようと画策していただけなのだ。それを防ぐ意味でも過去の自分の判断は間違っていなかったと現在の彼は確信していた。


「…はい。お任せください」


 釣鐘つりがねが可能な限り表情筋を駆使してにこやかにほほ笑むと、玉鍵の隣に座っていた赤毛の少女が怯えたようにソファの背もたれへのけ反った。


(フロイトの姪との事ですが、年もあってまだまだ青いようですね)


 親戚ということで血が繋がっているだけに、あの自信に満ち溢れた指導者ラング・フロイトと確かに似ている面はある。

 事実、S課でまとめたプロフィールから才能の大きさを感じさせる空気はあるものの、アスカ・フロイト・敷島という少女を釣鐘つりがねは人間として未完成だと評価した。


 対して玉鍵は部下にも恐いと評判の自分を前にしても、なんの怯えも動揺も見せることなく泰然としている。何度か面識があるので多少慣れているという点もあるだろう。


 しかし彼女は初対面から釣鐘つりがねを恐れていなかった。地下駐車場で会った時から、この少女は変わることなく釣鐘つりがねを正面から見る。怯えぬよう気を張るようなこともなくごく自然に、まるで普通の知り合いのように。


(エリート層に招致されると途端に階級意識を持って、ひどく横柄になる者もいるのですが……この子は相変わらずですねぇ)


 一般的な礼儀としての上下には配慮しつつも、あくまで相手と精神的な立場は対等を旨とする。そんな対人関係における姿勢が玉鍵からは感じられる。一般層で初めて会った時から、地表にいる今この場においても。


 釣鐘つりがねが見て一般層時代と変わったところといえば、その手に質素なアクセサリーが輝いていることくらいだ。


(超然としていてもやはり女の子ですか。少し微笑ましいくらいです。年の離れた姪というものがいたらこんな気分になるのでしょうかね)


 バイクの件について捜査を始めていたS課はフロイトから新たな調査と保護依頼を受け、バイクを追う者たちとチームを分ける形でマンションを訪れた。


 釣鐘つりがねとしても最後までバイクに関わっていた玉鍵から話を聞きたいという捜査上の目的があっての事である。


 しかし、残念ながら当の玉鍵もバイクを地下に放置してからの事は分からないとのことだった。彼女からすれば一刻も早く地下で見つけたロボットを発進させねばならず、乗っていたバイクは半ば瓦礫に埋まることを覚悟していたという。


 その後は二人に簡単な事情聴取を行い、落下したドローンの解析が難航しそうであると部下に伝えられた釣鐘つりがねはひとまず聴取を打ち切った。


釣鐘つりがね、さん。5分くらい時間ありますか?」


「ええ。いくらでも作らせて頂きますよ? ……人払いをしましょうか?」


 ここまで受動的だった玉鍵が不意に話を持ち掛けてきたことで、釣鐘つりがねはすぐに何か大事な話があると直観し、ふさわしい場を作る提案をする。


「アスカ、少し外してくれ」


あによ、隠し事?」


 ソファに溶けそうなほど寄りかかり、明らかに疲れた様子でダルそうにしていた赤毛の少女は、玉鍵にそう促されると一転して上体を起こし不満そうに口を尖らせた。


 このとき釣鐘つりがねは内心で渋面を作る。S課の作成した玉鍵のプロフィールにおいて、玉鍵たまが名前呼びをする相手はいないはずであった。


(重要人物の情報収集がおざなりです。担当者は叱っておかないといけませんね)


「一般層の事を聞きたいだけだ。この人は一般層にも伝手がある」


「そのくらい私がいても別にいいじゃない。もう大日本のルールなんて守ってる理由は無いんだから。どこで何を聞いても平気よ」


 大日本国の一般層とエリート層の間は情報規制がなされており、特に市民の通信は厳格に統制されている。そのため層を跨ぐ都市の情報は互いに漠然としか伝わってこない。市民に規制なしで伝わるものがあるとすれば人の統制など受け付けない存在、『Fever!!』が放送しているといわれるスーパーチャンネルくらいであった。


 だが、サイタマはその大日本から離反し、国の法に従う理由は消え去っている。


「…………………聞いたら後悔するぞ?」


「ちょ、なにマジな顔してるの……やっぱただの話じゃないのね? だったらなおの事よ、相棒なんだから」


 玉鍵のような整い過ぎた容姿の人間に、しかも強い眼力で見つめられて動揺しないでいられる人間は少ないだろう。しかしアスカという少女は一度だけおどけてから座り直し、玉鍵を相棒と呼ぶとじっと見つめ返す。


 その瞳と言葉から、釣鐘つりがねはアスカという少女が玉鍵へ全幅の信頼を寄せていると感じさせた。


 やがて根負けしたらしい黒髪の少女は小さな溜息を洩らすと、とても申し訳なさそうに釣鐘つりがねを見た。そのやり取りから言わんとすることは分かっているため頷いて返す。


「ではそちらはお二人、こちらは私だけということで」


 部下にこの部屋の周囲を厳重に守るよう指示を出すと、すでに盗聴等の無いことは調査し終えていた彼はソファに座り直す。


 やがて静かになった部屋で白く美しい左手がテーブルの前に差し出された。


「物質転換機だ」


「―――――はあっ!?」


 わずかに間を置いてアスカの放った叫びは、釣鐘つりがねの心の声も代弁するものだった。








「つまり、それが何なのか知ってて怪盗は狙ってるってことよね?」


 アスカの指摘にオッサンがメガネをキラッと光らせる。勝鬨かちどきもたまにやるが、メガネキャラのよくやるソレってどうやってんの?


 さすがに泡食ったアスカだったが、こいつは頭の回転が速いし度胸もある。すぐに腹を括って話の要点をついてきた。あーだこーだとイチから説明しなくていいから助かるぜ。


 ただ補足する情報としてS課の細メガネのオッサンが持ってた話も打ち明けられて、今度はこっちが驚く番になった。


(あのジジイ、本人も知らないだけで実は予知能力者なんじゃねえの? 思い切り良すぎだろ)


《やるほうもやるほうだけど、話に乗る方も乗る方だナ》


 これまでの話を統括すると、この事件のアホみたいに無計画な隠蔽工作の全容が浮き彫りになる。


 発端は整備長。ジジイのカンだけがトリガーだ。


 あの爺さんは具体的な根拠も無く物理転換機の隠蔽を行い、それを咎めるべき長官ねーちゃんや細メガネのオッサンまでもが懸念の確たる証拠を提示されないのに協力した。


 いや、バカじゃねえの? 結果として大当たりだったけどよ。


 どうも物質転換機は一般層にあった頃から怪盗に狙われていたようだ。実際にあのコソ泥タコは一度ダミーに引っかかっており、偽物の入ったコンテナをエリート層へ不正な手段を使って上げている。


 おそらくクライアントに依頼される形で犯行に及んだパターンだ。それもただの金持ちとかじゃなく、国の中で立場のある権力者によ。これではその下で働く公務員にコンテナ守れったって無理な話だ。


 なんせ相手は怪盗のアシストのために国営事業のスケジュールを弄れて、かつ戦利品の入ったコンテナの運搬を請け負うセントラルタワーのエレベーターを使えるような野郎をケツ持ちにしてる。


 法を守る側のはずの国が手引きしてるってんだから、そりゃまともな防犯手段じゃ通用しねえ。それこそこっちも犯罪に手を染めなきゃ無理だ。熱血スポーツ漫画じゃあるまいし、ルール違反に対抗するには同じ土俵に立たなきゃな。


(けどそのおかげでコソ泥が首尾よく持っていったコンテナは偽物。ヘタこいたと気付いたタコはさぞ慌てたろうよ。いい気味だ)


《どうだろ? 指定したブツがあくまでコンテナ・・・・で、中身を知らされていなかったら偽物でも知った事じゃなかったかもしれぬゾエ》


なるほどなる。物が物だ、明確には伝えてない可能性はあるか。そうじゃなきゃコンテナごとなんてデカい梱包のまま盗まないかもな。)


《犯行の印象的に部下や下請けって感じじゃないネ。あくまで対等の取引だったんじゃないかな? お互いにどう思っているかは別として》


(まあな。コソ泥がテイオウ攻撃の検知に引っかかってない事を考えると、少なくとも銀河派閥とズブズブってことはないだろう)


 スーツちゃんの言う通り互いの関係性は薄い気がする。コンテナが偽物と分かったときに怪盗がその場にいたらクライアントに殺されてるだろうから、物の引き渡しでも顔合わせはしなかったっぽいな。


 銀河とコソ泥が偽物と気付いたタイミングはかなり後だろう。おそらくは銀河帝国(笑)とやらの出現するちょっと前あたり。


 細メガネのオッサンの話では、あのスピーカーで喚いていた銀河大帝(笑)の正体は俗称で『ご老公』なんて言われる政府の元要人だったらしい。


 サイボーグ化しなければ延命できないほどの高齢で、最近になって一気に体へガタが来ていたんだそうな。


 そのクソを煮詰めた出涸らしミイラにとって、物質転換機は新しい体を手に入れるための唯一の手段だったんだろう。


 刻一刻と近付く寿命に焦っていたクソは、とにかくちょっパヤで装置を使いたかった。それなのにコソ泥から得た物質転換機が偽物だったってんだから、喜んだ分ショックはさぞ大きかったろうよ。


 その結果がガキのカンシャクみたいなずさんな強奪作戦と、銀河のクーデターってわけか。これでホントに政府の要人かよ? 完全に痴呆入ってキレやすくなったジジイじゃん。


 まあ分からんではねえよ。死のタイリミットの前には捲土重来の機会なんざハナクソより価値がねえもん。


 本当に国を憂いているなら自分が無駄死にしても後継者なりにチャンスを託すんだろうが、自称・大帝様は本人がひたすら死にたくないだけだったってわけだ。なぁーにが大義だよバーカ。


 結果的に物質転換機の入った本物のコンテナは、整備長たちの用意した偽コンテナの活躍でギリギリまで守られることになった。


 本物は整備長のジジイと長官ねーちゃんによって功夫クンフーライダーに隠され、オレ名義のコンテナに詰められ06基地に届けられることになる。


 この隠蔽工作、スーツちゃんの計測でも時系列的に考えてこれ以上ない工作手段とタイミングらしい。これより遅かったら戦利品に誰も手を出せないし、無理に動かしたら何かしてますと全員にバレちまう。コソ泥の前に二人が国によってお縄にされていた事だろう。


 しかもその隠蔽工作を長官ねーちゃんに打ち明けられ、目の前の細メガネのオッサンも一枚噛んだってんだから驚きだ。それでいいのか公務員。


「間違いなくそうでしょう。バイクでないならソレしかありません」


 アスカの独り言のような言葉に細メガネのオッサンが律儀に答える。目付きはアレだが意外とガキに優しいオッサンかもしれねえな。


「なんで? 銀河はくたばったのに――――ちょ、いいわよ、自分で解くから」


 ツインテールの根元が痛痒いのか、頭をガシガシし出したので手を止めて解いてやる。オレもたまにポニテやツインテにするから分かるよ。皮膚が炎症起こすから引っ掻くのはやめとけ。


(アスカの言う通りイマイチ分かんねえのはコソ泥の動機だな。依頼人が消し飛んだ今、なんでまた狙ってくるんだ? そりゃあ盗む価値は十分あると思うけどよ)


怪盗・・だからじゃナイ? 依頼人がどうあれ狙った獲物は逃がさない、とか息巻いてそう》


(クソみたいなプライドだな……やられる側からすりゃ迷惑以外の何物でもねえわ)


 何が怪盗だ、手段を選ばなくなった時点でカッコよくもなんともねえよ。


「他層に移動ができると言ったらそこそこの要人よね? もしくはそれに類する高度な身分偽装をしているか……どうなってんのよこの国は」


「お恥ずかしいかぎりです。特権の行使は公務であればこそなのですが」


 2人して溜息をつくアスカとオッサン。大日本と決別してサイタマについたって話が本当ならこのオッサンたち、思い切ったなぁ。


《外交特権的な権利を持ってる政府の人間なら、物も情報も融通が利いたろうネ。怪盗君たちの正体は本物の要人か、偽物か。どっちかニャ?》


(……本物の要人かその近親者かもな。偽身分ぽくねえ。さすがに偽装そういうのは銀河みてえなクソなら鼻が利くはずだ。その辺から脅してコソ泥を手駒にして操るだろう。むしろ身分偽装犯罪は銀河が胴元じゃねえのか?)


 小さい組織なら足がつかないよう証拠を処分するだろうが、国まで絡む大きな組織なら顧客のデータをいざって時の脅し用に残してる可能性は低くないだろう。


 自分たちが何をやっていようが国は罪を裁く側だ。犯罪者が何を告発しようと知らぬ存ぜぬで通し、一方的に刑罰を与えるだけで話は終わる。


 無理そうなら獄中で病死・・なり自殺・・させちまえばいいんだから楽なもんさ。けったクソわりぃぜ。


 しかしコソ泥たちの動き方から察するに、銀河に脅されてる印象は無い。ドライなもんだ。


 つまり、コソ泥は銀河が裏で手を出せない程度には対抗できる人間で、そこそこに組織になっている。屋根裏に集まってコソコソ計画立ててるような小集団じゃねえな。


「いずれにしても中々に手の広い組織のようです。ただ、それにしては名前を聞いたことがありません。怪盗と名乗り出したのは最近の事なのかもしれませんね」


 細メガネのオッサンも規模に関しちゃ同意見か。構成員にエリート層と地下を行き来できるくらい、身分のある人間のひとりふたりはいそう――――


(――――秘密裏に移動できるルートがある可能性もあるか?)


《なんじゃらホイ? 低ちゃん、文脈が繋がってないゾイ》


(バカ正直に正規ルートで行き来できるタコって話ばかり考えてたがよ。地表と地下を好きに行き来できる、裏道みたいなモンは無いのかと思ってな)


 可能性は低い。岩盤ブチ抜いて地下都市へとシャフトを通すのは大工事だ。普通なら小さな穴でも記録に残す。


 けど、オレはちょっと前に存在しないを見ている。


 テイオウを納めていた格納庫。ザンバスターの格納庫のさらに下に造られた隠された空間を。


「(えぇっと、このオッサンは確か、んー、)釣鐘つりがねさん(だったよな?)」


《スゲエ……低ちゃんが名前を忘れてないなんて。だいぶ怪しかったけド》


(うるせぇ。記憶を引っ張り出すのに手間取っただけだい)


「どうしましたか? 気になることはなんでも仰ってください」


 両手の指を絡めて、座っている自分の膝に肘をあてた姿勢のオッサンは少し前のめりになってオレに話を促す。メガネが室内の照明を反射して瞳は見えねえ。


「この都市の地下と地表のの空間に、人間が活動するスペースはありますか?」


 怪盗ものにありがちな設定だ。一般にはあまり知られていない、昔からある地下道やら下水道を使ったルートを使って潜伏・移動しているかもしれねえ。


 さすがにコンテナみたいな大きな物は無理でも、人間が通れる程度の出入口なら結構な数があるのかもな。


 地表への唯一のルートであるセントラルタワーのエレベーターはどうしたって物と人の記録が残る。けど警備ガチガチのセントラルタワーのエレベーターを使わず階層を移動できるとしたら、かなり隠密行動がし易いだろう。


 案外、このマンションの近くにも出入り口があったりしてな。


「デッドスペースっ! そこに潜伏して階層を上下に動いてるのが怪盗ってことね? もしかしたら怪盗はサイタマや第二都市の市民でさえないのかも」


 オッサンの返答より先にツインテールを解いていたアスカが、それだって顔で立ち上がる。


 急な話の転換にも柔軟についてきたアスカは、怪盗がただの国内犯罪者ではなく、市民として登録されていない不法滞在者の可能性にまで思い至った。オレはそこまで考えてなかったなぁ。やっぱ頭いいわ。


「……なるほど。地下都市を作るに際し、多少なりとも工事用の通路や退避スペースは作っている。施工完了後も潰されることなく残っているエリアもあるかもしれません。なら、そこに密かに住み着いている不法滞在者もいるかもしれない」


 怪盗の構成員の全員が不法滞在者ってこともないだろうが、そういったアングラの通路を利用する伝手なり手段なりはあるだろうな。


《ほいで低ちゃん、正体や居場所を突き止めるのはいいとして、それからどうすんの? さすがに乗り込んでいってぶちのめすのは危険すぎる気がするのぅ》


(同意見だ。わざわざ相手の土俵に上がったりはしねえよ)


 オレをおいてけぼりに地下の捜査や駆除・・について、なんとも熱心に話し出していた物騒な二人に手を上げることで注目を集める。


「大丈夫よタマ。使うガスは一般層に届く前に分解されるのを使うから」


《完全にペット飼ってるお家のGを薬で駆除するときの理論ナ》


(国からすりゃ一般層の市民はペット。不法滞在者はGと似たようなもんだろうが、アスカの口から聞きたくなかったなぁ)


「巣穴からコソ泥を出すだけならガスなんて物騒な物を使う事は無い」


 不法滞在者の対策はオレらの領分じゃねえよ。目下の相手はコソ泥とその一味だけだ。


「そうですね。地下のどこに潜んでいるかも分からない相手、まして物言わぬ死体を探すというのも面倒なものです」


(こいつらが口にしてたガスって、非殺傷のほうじゃなくてまんま毒ガスかよ。おっかねえなぁ……)


 あぶり出すだけかと思ったら、中坊が皆殺しの方向で話しててオッサンも乗り気とか、この二人イカレてるぜ。


《なんのかんの現代人って事ジャロ。各国共通で人間を階級分けしてるわけだし、むしろアスカちんたちの感覚のほうが普通でナイ? 階級外なら人間にあらず。人類種にあらずジャ》


 不法滞在者は税金払ってないだろうしな。いっそ底辺層を経験した人間から見れば、そういった人種はズルいという感覚さえ感じる。


 クソ高い税金払ってんのに肥溜めみたいなところに送り込まれて、義務で戦わされて殺されていく底辺層の人間からすればよ。


 ……まあいいさ。オレが用のあるのはケンカ売ってきたコソ泥だけだ。


「女の家に不法侵入した変質者・・・。そう喧伝してやればまたすぐ表に出てくると思う。怪盗なんて立派な名称、変質者に使ってやることはない」


「……ンフッ、言うわねぇあんた」


 少しの間だけポカンとしたアスカは、やがて堪えきれないというように鼻を鳴らして笑った。


「確かに。現時点では怪盗というよりストーカーの類ですねぇ。女性の家に侵入するわ、持ち物を盗むわ。立派に性犯罪者として治安のデータベースに登録できるでしょう」


《マンション内で紛失した物や動かされた物は無いけどナ。もしも低ちゃんのパンツの一枚でも盗んでいたら、スーツちゃんの知覚能力が覚醒して必ず見つけ出したでゴザル。もちろん見つけた後はバラバラでござるの巻》


(バラバラはともかく、スーツちゃんがコソ泥を見つけられるなら覚醒してほしいんですが)


 オレは人間同士の諍いにスーパーロボットを使いたくないだけで、別に探偵ごっこしたいわけじゃねえしよ。それ以外で捕まえられるなら方法はなんでもいいわ。超能力のある先町の予知とかでもいいぜ。


《それには低ちゃんの下着を生贄にする必要があるでゴンス。アスカちんとランちゃんの下着も追加で覚醒スーツちゃんをリンク召喚ッ!》


(最後まで繋げてから魔法カードで除去されてしまえ)


 演出が長くなる分、やられる側になるとだいぶ虚無るぞアレ。


「そちらがよろしければメディアに掛け合ってみますが、いいんですか? 変質者に家宅侵入されたというのはあまり外聞がいいとは言えませんが」


「恥ずかしいからって泣き寝入りするように見える? ラングだって恥をかかせた相手をブチのめす方に賛成してくれるわよ」


(……ちょっと軽率だったな。男の感覚だけで考えた作戦だったわ)


 不審者に家に入られたなんて、普通の女からすれば隠したい話かもしれなかった。それに家主の意向ってのもある。アスカはああ言ってるが、この作戦は赤毛ねーちゃんにOK貰ってからだな。


《まあねー。でもアスカちんもランちゃんも、変質者は問答無用でグーパン派じゃネ? ダイジョブダイジョブ》


(血なのか教育なのか……アスカも赤毛ねーちゃんみたいなカッコいい女になりそうだな)


《むしろ好きな人にはかわいく尽くすタイプかもヨン? 少なくても愛の熱量は高そうデス》


(どうかねぇ。今のところ色恋って話はなさそうだが。ま、中身男のオレでは機微に気付かないだけかもしれんけど。意外と気になる男子の一人もいるかもなぁ)


《……ソーダネ。死ぬほど気になるヒト・・はいるかもナ》


(マジ!? ……いや、中坊の甘酸っぱい恋愛を詮索するのも野暮か。あんま変な男でないならプライベートに踏み込むもんじゃねえな。でも、こういうとき女だったらむしろ食い気味で聞くべきなのかねぇ)


 まあ別にそこまで女の演技をすることもないよな。体は正真正銘の女のわけだから、男が女装してるわけじゃねえんだし。


 アスカたちには悪いが、まだ男の感覚でいる自分を再確認できてちょっと安心したわ。


 多少涙もろくなったりはしても基本の考え方や感覚は男の自分を残している。今後とも頼むぞオレの男思考。女の体に負けるなよ。


 明後日は出撃日。こんなゴタゴタの中でも色々な事情から戦いに行くパイロットもいるだろう。そいつらが少しでも安心してSワールドへ行けるように、できれば明日にでもコソ泥を殴り殺せりゃいいんだが。

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