第131話 脅迫? 一線を越えた怪盗
電卓アプリを突き合わせていた春日部とおっさんがようやく合意して、諸々の手続きを終えたらボチボチいい時間になっていた。そろそろ基地でシゴかれてるアスカたちと合流するとしよう。
と思っていたら、春日部がトイレに行っている間にダブついてる大型ドローンとやらのセールスをされた。
主に警備用として商品化された企業向けのヤツらしい。基本装備は警報装置だそうだがオプションで
春日部の親戚
それに今住んでる家には置き場がねえ。悪いがこっちは居候の身でよ。デカいもん入れるのは家主にお伺いを立てる必要がある。
ただ確かに春日部辺りの護衛用として、こいつはちょうどいいかもしれねえ。まだ若干アスカたちと春日部は距離があるしな。ちょいと悩んだが1基だけ買ってみるか。置き場所はしばらくトレーラーの中でいいだろう。
さすがに民間用で実包を積むわけにはいかねえけど、
近いうちに消滅させた銀河連中の
買い付けたパーツや消耗品を積み込み、スクラップの山に埋もれるようにして店を構えるゴウダ商会を後にする。オレの心配するこっちゃねえが、地震なんかで雪崩でも起きたら店ごと潰されて死ぬんじゃねえの?
トレーラーは自動運転だから座席に座ってれば勝手に基地まで向かってくれる。暇になった春日部が話しかけてくるので、ホワイトナイトの代金代わりに店で出す餃子のレシピを教わった。
もちろんこの作り方を商売にしないことは断っている。聞くと単純ながらに思わぬ一手間が入っていて、シンプルな物ほど独学でうまく作るのは難しいと痛感したぜ。
「たまさん、あっちゃんから料理うまいって聞いてますよ。スゲー自慢されるっス。料理が趣味なんスか?」
「趣味(ってほどじゃねえが)。まあそんなとこ(だ)」
(実利寄りだから趣味とも違う気がする)
《低ちゃん、実利なら普通は食べられればいいやって程度で止まるもんだヨ? ケーキ焼いたりはもう十分趣味の領域ナリ》
(どうせならうまいほうがいいだろ? なら実利だ実利)
「あーしも何か食べたいなー。中華以外で。ここ大事っス」
「いいけど(よ)、そこまでレパートリーは無いぞ?」
オレが最初に作る飯は漫画辺りから拾ってくるものが多い。これをスーツちゃんが監修して出回ってない食材の代用案なんかを出してくれて、何度か作ってまともなもんにするって感じだ。
料理系の漫画とかには登場する料理の調理法が載ってたりするんだが、細かいところは『ニュアンスで分かれ』って感じであんま実用的じゃねえんだよなぁ。
中には完全に現実の調理技術や衛生管理と乖離した、トンデモグルメファンタジーも紛れてたりするしよ。このレシピで作ったら絶対体壊すって素人でも分かるヤベーのまであるからおっかねえわ。
その点、実際に繁盛してる店のレシピと言ったら間違いは
フードパウダーに汚染されてる一般層じゃこうはいかない。オーガニック系の調理法はなかなかお目に掛かれないからありがてえや。
「やりぃ! カレー! カレーがいいな!」
(……こいつん
《基本は店の残り物だからじゃネ?》
(世知辛えなぁ、飲食業界)
《WARNING、親父ギャグを検知》
(いやまて今のは違う。素だ)
「たまさんならいいっスよ? むしろ引退したらあーしの店を代わりに継いでくれません? 絶対繁盛しますって」
「(いや、実家経営だろ。他人が継げるかよ。おまえは)継がないのか?」
調理はまだ練習の段階らしいが、それでも店の手伝いのためにサイドメニューに関してはもう一通り教えられているらしい。ならいずれメインも教わることになるはずだ。
「うーん、あーしはあんま継ぐ気は無いんだー。飲食店って大変だし」
助手席のダッシュボードにヘニョッと身を預けた春日部はマジトーンで愚痴る。実家の仕事だからこそ苦しい内情も見えていて、子供心にウンザリしているようだ。
「たまさんみたいな人がオーナーしてくれたら、メッチャ頑張るんだけどなー」
ダッシュボードに上半身を預けたまま、なぜかこっちをチラチラする春日部。アホか、オレは死ぬまでパイロットだよ。
引退はリスタート出来ずに完全に死ぬか、もしくは年齢制限かのどっちかと決めてんだ。
前者はつまり消滅、すべてから
《ムホホッ、ナイスπスラッシュ。ミズキちゃんほどではないけどふくよかな記号の導く答えに、輝かしい未来を感じル》
(突然に卑猥な公式を導き出すな)
《レストランや居酒屋をヒロインと切り盛りするエンドも恋愛ゲームだと定番だよネ。つみきちゃんEND狙ってみる?》
(おまえは何を言ってるんだ)
女が女を攻略してどうすんだか。それにオレみたいな境遇じゃあな。
リスタート野郎は恋人なんて作るもんじゃねえよ。死んだあと別人になって現れるわけにもいかねーし。深い関係なんて出来たら精神的に浮ついてヘマするのがオチだ。
《うむ。やはり低ちゃんはスーツちゃんグッドENDがお似合いデス。最後に帰ってきてくれれば浮気もオッケイよ?》
(意味が分からない)
《ただし百合に限る。この1点は譲れないから、そこんとこ夜露死苦ゥ!》
(人の脳内でナナハンかっ飛ばすのやめてもらっていいですか)
スーツちゃんとの会話は気が紛れるけど、オレの脳の栄養を使うから長いと疲れるし腹が減るんだよ。
この脳内での会話は一種の独り芝居のようなもんだ。スーツちゃんは服越しにオレへ会話の元になるデータを送信して、それをオレの脳が出力するって形で会話の体を成している。つまり極めて科学的な信号のやり取りであって、いわゆるテレパシーとかスピリチュアル的なもんじゃねえらしい。
雑に言うと他人に脳を貸して、ひとつの頭で2人分の思考をしているようなもんかね。まあアウトプットだけだから正確には1.5人分か?
初めに聞いた時には驚いたもんだが、確かに『脳に直接語り掛ける』ってのは服の機能じゃねえもんな。この脳内会話はそういう仕組みだったのかと納得したもんだ。
《基地が見えてきたじぇい。少しは片付いてきたかネ?》
(建造物の残骸はあるわ人の死体はあるわで、ちょっとした世紀末みたいに荒れ放題だったもんなぁ……今も痕跡は酷えもんだが)
敵関係は機材ごとテイオウで消し飛ばしたとはいえ、それ以外は事件の終息後も残ったまんまだ。無関係な死人の亡骸まで消すわけにもいかなかったしよ。
地表を赤く彩っていた日が沈み、赤や緑の航空機用のライトがより輝いて見える。それだけはきれいだ。
逆に白い光でライトアップされたS基地の独特なフォルムは、名前を聞いてもさっぱりの覚えれない芸術家が捏ね回したクソみてえなオブジェとしか見えねえ。
オレは何度リスタートしても芸術方面の才能だけは生えそうにねえな。良さがさっぱり分かんねえわ。
修繕のために組まれた足場に覆われた建物があちこちにあり、下に視線を向ければとりあえず脇に避けられた残骸の山。高熱で溶けて穴の開いた道路は隔離されて通行規制が掛けられている。
そして……人の死体があった場所を隠しているブルーシート。人手が足りなくて洗浄が追い付いてないんだろう。
どれもこれもいつもの基地とは違う景色、それは深刻な災害が通り過ぎた爪痕のよう。
……いや、事実として災害か。スーパーロボットが
《まだ軽く済んだ方けどナー。もしテイオウ以外で応戦してたら、それこそ都市が壊れてホントにサイタマが世紀末だったナリ》
(下手したら外した攻撃なんかが地盤ブチ抜いて、一般層の辺りまで被害が出ていたかもな。暴れたロボットのサイズと性能を考えたら、確かにこれでもマシだろうよ)
基地で起きた殺人の多くは入り込んでいた銀河の人間と、そいつの搭乗する保安の乗ったATの仕業とはいえ、アスカたちがファイヤーアークを引き付けなかったらアレがスーパーロボットにふさわしい規模で虐殺に使われた事だろう。
そして応戦したオレのロボットがテイオウでなかったら、たとえどんな戦い方をしていたとしても少なくない被害が基地にも都市にも出ていたに違いない。
ケッ、何が大義だ。御大層な物言いするヤツは決まって碌なもんじゃねえや。
《そういや低ちゃん。みんなには近日中に怪盗と決着をつけるみたいに言ってたけど、もしかしてテイオウを使うのかニャ?》
(その案も考えはした。けど、使わない方向でいくつもりだよ)
コソ泥がどこに隠れていようと、たぶんテイオウの次元融合システムを使えば見つけ出すことも抹殺することも容易だろう。
けど、それはオレの考えるスーパーロボットの使い方に合わない。
(ガッツリ使ったこの口で言うことじゃないかもだが、やっぱスーパーと付くロボットってのはSワールドで使ってナンボだろ。
オレたちパイロットは言ってみりゃ狩人みたいなもんだ。銃を向けるのは獲物であるべきで、人間相手に侵略する軍隊や私欲を満たすために人に銃を突きつける強盗じゃねえんだよ。
国同士のゴタゴタや国内の内ゲバに
《……ムフッ。低ちゃんがいいならそれでいいと思うよん。それでどーすんノ?》
(考え中)
《ズコーっ》
(大丈夫だって。どう考えても用があるのは向こうなんだ。それに言うに事欠いて自称・怪盗(笑)だぜ? わざわざ顔を見せにくるわ予告をするわ、犯人は
一度目は逃がしちまったが、次は遠慮なく両手足バッキバキに折ってとっ捕まえやる。過剰防衛なんざ知るか。
オレたちパイロットが命を賭けて手に入れてきた戦利品を汚い手でかすめ取ろうなんて野郎、誰が許せるかよ。この指輪を持っていたSRキラーとやらに殺されたパイロットたちのためにもな。
……戦利品ってのは大勢のパイロットたちの命の対価だ。あっちゃならねえんだよ、横取りは。
中二臭えコソ泥が。パイロットをナメ腐ったらどんなことになるのか、その身に思い知らせてやる。
<放送中>
「疲っっっかれたぁ……」
妙に張り切っている訓練教官の天野和美によっていつも以上に密度の濃い訓練を終えたアスカは、もはや重力を感じるほど疲労した足でマンションの廊下を歩く。
――――今のサイタマは歴史の大きな揺らぎの中に放り込まれた船のような状況であり、今後どのようなアクシデントも起こり得るだろう。その漠然とした不安は大人たちはもちろん、子供たちにも伝播していた。
だからこそ天野は平時通りにアスカたちをしごいた。変わらぬ日常がここにある、守って見せると示すように。
もっとも、大人の矜持を見せるためにしごかれる側のアスカたちからすれば、たまったものではなかったが。
三人はヘトヘトの体でシャワーを済ませると、今日は疲労抜きのため別行動していた玉鍵・つみきと合流してそれぞれの家に帰宅することになった。
なお玉鍵と行動したつみきにも天野の訓練が当然あるのだが、彼女には実家の手伝いという大義名分があるため週の何日かは訓練を免除されている。
トレーラーに積まれていた
その後は5人揃っての帰宅となる。これは防犯のためではあるが、まるで部活動をしているようでアスカは疲れながらも内心で少しだけ楽しかった。
4人は銀河との抗争の後も、玉鍵の厚意から変わらずCARSの送迎サービスを利用している。
これは現在もサイタマ都市は予断を許さない状況であり、さらに『怪盗Flash』なる愉快犯が暗躍していることへの防犯の意味があった。
もともと肝が太いうえにCARSの利用経験のあるアスカと違い、最初こそ高級送迎サービスのCARSを使う事に気後れしていたベルフラウたちも、今では訓練の疲労に勝てずうたた寝するくらいには慣れてきている。
今日の夕食は多数決の結果ラーメンとなった。反対したのはラーメン屋が実家のため食べ飽きているつみきと、あまり頻繁に食べる物じゃないと苦言を呈した玉鍵である。
訓練後ということもあって、最後に送っていった春日部つみきの実家であるラーメン屋から漂うにおいに猛烈に引かれてしまい、若さに任せて結構な量を平らげたアスカのお腹はいつもより重い。
(タマめぇ。ひとりだけ冷静に食ってんじゃないわよ)
厳しい訓練を受けることから運動部めいた食欲を発揮する3人に比べ、玉鍵は普通の量を普通に食べて食事を終えている。並んで歩く少女のすっきりしたお腹回りを見てアスカは心の中で理不尽な悪態をついた。
150センチという小さな体を維持するには順当なところかもしれないが、とりわけ自分たちが大食らいに思えてしまうのは女子としてなかなかに業腹である。
マンションに続く廊下を連れ立って歩く制服姿の少女からは、不思議とラーメンのにおいはしない。腰まである髪をさっそうとなびかせて歩む姿は、今日もキラキラと輝いているようだった。
(こっちも食べてるから鼻がバカになってるんだろうけど、それにしたって人間の体臭がこんな淡くて……甘いにおいになるもんかしら)
女だって人間という動物。環境や食べ物によって体臭が臭うものに変わるのが普通のはずである。しかし一緒に暮らしている相棒から不快なにおいがしたことはこれまで一度たりともない。
(やっぱり普段の生活習慣なのかしら? ラングや和美も節制してるっていうし)
玉鍵は食べ物に拘りがあるわりには過剰に食べない。おそらく自分でカロリー計算をしているのだろうが、中学生でこの節度はストイックが過ぎる気がした。
表面上だけで見れば常に冷静で洞察力に優れ、計算されたように最適解を導き出す。まるで機械のような行動をする人間。玉鍵たま。
若くして多くの誘惑に耐え、プロのアスリートのような生活方針が日常的となっているのだとすれば、その聡明さはいっそ冷たく不気味でさえある。あえて口を悪くして言うなら『人間味が無い』とさえ言えた。
――――しかし、これが戦いとなると彼女の内包する熱量は誰よりも熱い。
無駄に絶叫したり乱暴な口調で騒ぐわけではないが、勝利と生還に拘る断固たる意志がひとつひとつの行動によって見る者に伝わってくるのだ。
(こういうヤツだから強いんでしょうけどね……女の子としてはこんなに可愛いクセに、パイロットとしてはぜんぜん可愛くないわ。追いかけるのが大変過ぎるっての)
そんな静かな熱さはとても真似できないが、アスカは密かに玉鍵のようなどんな理不尽をも跳ね返す強さを目標としていた。
人間ならどんなに強い者でも弱る時がある。そんなときに守ってやれる者が必ず必要だと、アスカは中学生という若輩ながらに強く思っている。
なまじ頭が良く我が強かった事で、両親の不仲の中にあっても泣くことなくじっと耐えていた自分。あの頃の小さなアスカに玉鍵が重なる。
そしてそんな幼いアスカを黙って抱きしめてくれた叔母、ラングに自分を重ねる。
『耐えられる』と『平気』は違う。それをアスカは誰よりも知っていた。
もしも玉鍵たまという強者が弱ったら、世の中のあらゆる悪意がこの才能豊かな少女の弱みに付け込んでくるだろう。
光が弱まるとき、それは影が大きくなる時なのだから。
そんなときこそ相棒である自分が戦えなくてはならない。むしろ代わりに戦うのではなく、普段から無用な悪意に晒されないように守れたらいい。
あのとき姪を守ってくれたの叔母のように。いつからかアスカという少女はそう考えるようになっていた。
「…………どうしたの?」
マンションのドアに辿り着く数メートル手前で、急にピタリと立ち止まった玉鍵は、疲労から惰性で歩いていたアスカを手で制した。
胸元に来た左手には教室で話題の中心となった銀色のリングが輝いており、落ち着きのあるシンプルな指輪はこの少女によく似合っている。
「変な気配がある。賊にマンションに入られたようだ」
「え゛っ」
このマンションは基地勤めの中でも高官用の居住施設。建物自体も基地の敷地内に建てられている。そのため治安や防犯という意味では都市でも最高ランクの場所であり、これまで犯罪とはまず無縁の区画であった。
アスカの頭に一瞬だけ何かの間違い、勘違いという言葉が思い浮かぶ。
だが、口に出したのはあの玉鍵たま。何よりその相棒である自分が彼女を信用しなくてどうするのかと思い直し、疲れている体と脳に鞭を入れて気を引き締める。
「保安……は今ちょっとアレか。ラングのエージェントを借りられないか連絡してみるわ――――って、ちょっとタマッ」
こっちはこっちで忙しいだろうけど。という言葉を飲み込み端末を取り出したアスカは、自分を止めたクセに玄関のドアへ音もするりと近寄っていく玉鍵に慌てる。
「壁を背にして待ってろ」
いつものように登録された認証で開いたドアを、玉鍵は無造作に開いて入っていく。
追いかけるかこのまま端末の操作を続けるかで迷ったアスカは、最終的に相棒との
自分が目標としているのは相棒。玉鍵の後ろにくっ付いていくだけのオプションでは無い。彼女とは別の役目を担える対等の人間なのだと言い聞かせて。
おそらくは土足で廊下に入ったであろう玉鍵のローファーが鳴らすわずかなカツンという音を聞きながら、アスカは端末からラングへの緊急連絡コードを選択する。
当分は忙しくて家に帰れないだろうと言っていた叔母は、それでもこの連絡だけは取ってくれるだろう。
そこにズシンッという衝撃音と共に、開かれたままにしていた玄関から濃密な白煙がボワリと上がった。
「タマッ!?」
思わず端末から意識を外して玄関に目を向けたアスカの動体視力に、煙を突き抜けて玄関へと飛んできた大きな物体が捉えられる。
物体はそのまま手すりの上部を引っかける形でガシャンと硬質の音を立てて激突し、上に軽く跳ね上がる。やがて重力に引かれた物体は放物線を描くとマンションの吹き抜けへと落下していった。
「無事だ」
すぐに口元をハンカチで覆った少女が煙から現れ、その身に血などが付着していないことを確認したアスカはひとまず安堵する。
「大丈夫っ!?」
「ああ、特別害のある煙じゃな―――」
「違う! あんたよ、あんた! 怪我とかしてないでしょうねっ!?」
「……平気だ。ありがとう」
ハンカチを戻した少女はアスカの気遣いに、自分と同年代とは思えないほど大人びた優しい目をして礼の言葉を返してきた。
「えっ、いや、社会常識的に考えて、気遣うのは当たり前だしっ? というか、さっきの何?」
あまりにも素直な感謝の言葉を受けて、妙に気恥ずかしくなった思春期の少女は、物体が落下していった吹き抜けの下を覗くことで誤魔化した。
5階下に落ちていた物体は全長1メートルほども無い、ロボットと思しき機械。落下の衝撃か、あるいは玉鍵の攻撃を受けて破損したらしくパーツが周囲に飛び散っている。音に驚いたらしい住人の何人かがドアを開けて覗いている動きもあった。
エントランスにあるオブジェと比較して、ロボットのおよその大きさを測ったアスカは顔をしかめる。
セキュリティのある場所へ秘密裏に侵入できるサイズではない。住人の誰かが手引きした可能性が考えられた。
「触らないで! 爆発するかもしれないわよ!」
それに思い至ったところで外に出てきた住人に強い言葉で警告する。もしロボットを持ち込む手引きをした人間なら、ここで証拠隠滅や部屋の中から持ち出した何かを回収すると予想できるからだ。爆発すると警告されたのに近寄るような住人なら、まず疑ったほうがいいだろう。
「自律式のドローンのようだ。部屋に侵入して待ち構えていたらしい――――嫌な置き土産だ」
ハンカチの他に玉鍵が手にしていたのは1枚のホログラムカード。
そこには見知らぬ女生徒たちが映っている。同年代らしいが身に着けている制服はセーラー服で、ブレザー指定のサイタマ学園のものではなかった。
「一般層の、友人だ」
相棒の絞り出すような声は、怒りと苦悶に満ちていた。
(チッ、下手こいた。煙幕がガスだったらヤバかったな)
つい内装の被害を気にして玄関の向こうに蹴っ飛ばせる位置取りをしたから、反応がワンテンポ遅れちまった。
《パイロット相手に爆弾や毒ガスはナシとしても、暴徒鎮圧用の非殺傷ガスならありえたからニィ》
(あーあ、掃除が大変だぜ。アスカはガチで疲れてるみたいだし、のんびりしてたオレが地道に片付けるしかねえな)
スーツちゃんの筋力補助を受けて
「大丈夫っ!?」
言われた通り壁際にいたアスカが駆け寄ってくる。良い子だ、漫画とかだとこういうときカモのヒナみてえに何言われても危険な場所にくっ付いてくる頭の弱いヤツがいて、だいたいそいつのせいで余計なトラブルが起きるからな。
「ああ、特別害のある煙じゃな―――」
「違う! あんたよ、あんた! 怪我とかしてないでしょうねっ!?」
食い気味で詰め寄られて引く。疲れ過ぎてテンションおかしくなってんのか? でも、まあ……
「平気だ。ありがとう(よ)」
心配してくれてんのは伝わる。ガキなのに良いやつだよおまえは。
《そのテレ顔、REC》
(くだらねえもんを撮るな)
「えっ、いや、社会常識的に考えて、気遣うのは当たり前だしっ? というか、さっきの何?」
《うむ。まさに伝統芸。REC》
すまねえアスカ。代わりにこの変態無機物に撮られてやってくれ。
(あー、撮りながらでいいから不審な通信を探してくれ。近くにあのドローンを回収するヤツがいるはずだ)
自律行動型のようだがあんなもんヒョコヒョコ長距離を飛び回ってるわけがねえ。ここに来るまでの運搬役を用意してるだろ。
《んー、それらしい通信は無いナ。警告だけの使い捨てなんでナイ?》
ケッ、ならもっと小さいヤツ寄越せよな。ちょっとしたマシンガンくらいなら積めそうなサイズじゃねえか。ついさっきオレが買ったドローンと同じメーカーってのも気持ち悪いぜ。
「触らないで! 爆発するかもしれないわよ!」
(スーツちゃん?)
《しないと思う。燃えるくらいはあるかも》
地下都市の一般層と違って地表なら多少燃えても空気汚染の心配は無いか。ならその辺の規制も緩そうだ。
「自律式のドローンのようだ。部屋に侵入して待ち構えていたらしい(コソ泥のクソ野郎らしい)嫌な置き土産だ」
(よもや脅迫とはな。この怪盗、かなり古風なタイプのようだ)
怪盗を世直しメインのダークヒーローとして書く作品も多いが、昔の作品では女性キャラクターを相手に猟奇殺人をする怪盗も登場する。石膏像に犠牲者を塗りこめたのはどの作品だったっけ? 古風すぎるのは演出が地味であんま印象に残らねえんだよなぁ。
《匂わせってヤツだね。おまえの弱点を知ってるぞ、こっちの言う事を聞かないと大変なことになるぞって、暗に脅してくるパターン》
カッコつけのコソ泥と思ってたら、思い通りにならないとキレる癇癪持ちだったか。いるよなぁ、余裕ぶりたがるクセに気に入らないことがあるとすぐ暴れて喚くやつ。
これでもうあのタコは怪盗じゃなくて人を盾にした脅迫者だ。中二臭いなりにカッコつけるなら最後までカッコつけろや犯罪者め。
(さすがに本格的な危害は『Fever!!』が許さないだろうが、パイロットの
パイロットに手出しはできないにしても、その周囲の人間となるとグレーゾーンだ。
基地ではパイロットの家族も保護対象って事で世間に周知してるし、S絡みと分かるようにステッカーなんかを配布して犯罪者を牽制している。
だが、実際に『Fever!!』が守ってくれるかどうかは実のところあやふやだ。やった事への報復はされるパターンが多いんだがな。犯罪の予防は確定とはいえないのが実情だったりする。
《一般層に仲間がいるのかナ? それともエリート層と行き来できるのか。思ったより大きな組織かもネ》
(仲間は確実にいるだろ。こういうワザとスキを見せる愉快犯が単独ってのは難しいもんさ。1人なら普通はもっと静かにやる。でなきゃ公的機関より裏社会の勢力に捕まって殺されてるよ)
スーツちゃんの言う通り思ったより規模が大きなグループかもな。もしかしたら昼間に来た女装野郎は人目を引くための
まあいい。ブチ転がす人数が増えるだけだ。
――――そっちも元気にやってるみたいだな、初宮。こっちのヘマで迷惑かけねえよう、ちょいと気張っていくぜ。
「(オレの)一般層の、友人だ(からな)」
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