第130話 中古・ジャンク・スクラップ・売ります買います『心の友、ゴウダ商会』

 あーでもないこーでもないと、端末の電卓アプリを突き合せて親戚のおっさんと値段交渉をしている春日部を横目に、ジャンクの山を眺めながら自販機で買ったブラックのコーヒーを飲む。


 正直なとこ、この体になって舌がガキに戻ってるからかなり苦い。


 けどなぁ、一般層でミルクや砂糖が加わるとオレが受け付けない混ぜ物のリスクが跳ね上がるんだよ。そんでしょうがなくお茶やコーヒーはストレートで飲む習慣がついちまったんだ。


 オレが飲めるってことは、このコーヒー飲料は変な成分は入ってないようだな。エリートは自販機の飲み物ひとつ取っても良いもの飲んでらぁ。


 こういった自販機の飲み物とか、流通の末端までまともな物ってのは皮肉抜きでありがたいね。一般の自販機売りの飲み物なんざ、半分以上の銘柄を一口目で吐き出したからな。


 コーヒー缶らしからぬミリタリーカラーの緑色の缶飲料。笑顔の欠片も無いクソ真面目そうな青年のイラストがついたそれを傾けると、指にはまった細い銀色のリングがキラリと光った。


(……なあスーツちゃん、あのコソ泥野郎はどうやって物質転換機指輪に辿り着いたんだと思う?)


 SRキラー撃破の戦利品として出現した物質転換機。こいつの大きさや形状の情報はまったく外部に漏れていなかったはずだ。


 出現した戦利品の内容はそれぞれの容器に大まかな説明が表記されている場合が多い。これは『Fever!!』なりの人類への配慮なのか、危険物や壊れ物、希少品なんかには必ず記載されている。


 中身も分からず開けたら核物質だったとか、空気に触れたら急速に劣化する物質とかだと困るでしょって感じかねえ。微妙に優しみがあるんだよな、あの高次元存在は。


 だから物質転換機という機材であることは、表記から開封せずとも分かったかもしれない。サイズもある程度は絞れるだろう。


 だが開封してないなら外見は分からないはずだ。まあ戦利品が透明な容器に入ってるパターンもあるがね。


《地道に物証を積み上げて推測したんでナイ? 人がやることは隠しきれないよ。どこかで何かしらの痕跡が出るものサ。量子理論上、どれだけ形が変化してもエントロピーは増減しない、つまり物質が完全に消滅することは無いノダ》


あんだって? なんで突然に量子論になった?)


《どんなに物事を完璧に隠蔽しても、それは『隠蔽した』という事実に変換されたということでもある。つまり消滅してはいないから、方法さえあれば辿れるのデス。ホログラフィック宇宙論とか聞いた事ニャイかね?》


(SF映画だったかアニメで聞いたような……ブラックホールに落ちた物質は原子より細かく砕かれて、事象の地平面とやらに存在が2次元的に張り付いて情報だけが保存されるとかなんとか。その2次元情報がホログラフのように投影されているに過ぎないのが、この宇宙そのもの。って理論だったか?)


《イエス。事象の地平面。別名シュバルツシュルト面。どっちも無駄にカッコイイ名前で草。低ちゃんの知識がアニメ由来でさらに草》


(ケッ、学校に通ったのも今回のリスタートが始めてでな。授業で使う数式なんかはこの優秀なおつむのおかげで丸暗記できたがよ)


 それ以外の理論証明のための小難しい算式なんざ知らねえよ。学者じゃねえんだ、理論だけざっくりでいいわい。


(じゃあ辿れる痕跡があったって事で、それは置いといて。ジジイと長官ねーちゃんの意図は? なんで国に巻き上げられたはずの物質転換機こいつを持ってて、功夫クンフーになんか仕込んだんだ?)


 これって横流しみたいなもんだろ。バレたらS絡みの犯罪者じゃねえか。


 しかもずっとバレないものとは訳が違う。近いうちにお偉いさんや研究者に確実に使われるだろうから、発覚は時間の問題と分かっていたはずだ。


 物の希少性も相まって、さすがにあの2人でも底辺落ちにされちまうだろ。そんなリスクを被ってまでチョロまかした理由は何だ?


《わがんにゃい》


(まあなぁ。オレもわっかんねえわ)


《発端は分からないけど結果の視点から見れば、ある程度の推測はできるかな? たぶん物質転換機をこのまま国に渡すのはマズいと思ったんでナイ?》


 銀河とかいうクソで煮詰めたタコどもが、少なからず国政に影響力を持ってた国だもんな。オレも連中にこれが渡ってたらと思うと良い気分じゃねえがよ。しかしだ、それと自分の人生を天秤に掛けるもんかねえ?


《別にここで考えなくても、会った時にでも聞けばええやん》


(……まあな)


 あんまり納得のいく理由は無さそうだけどな。ねーちゃんにもジジイにもカンでやりましたとか言われそうだぜ。どっちも勢いと本能で人生やってきたみたいな人間だしよ。


(じゃあこれも置いといて、次だ。コソ泥が功夫クンフーに物質転換機が収まってると知っていたとして、なんで指輪って分かったんだ?)


《それは簡単ジャ。指輪の入ってた箱から推測したんでしょ。功夫クンフーの座席の収納スペースに空箱入れっぱなしやったやん》


(あ……)


《低ちゃんゴミのポイ捨てとかしないからニャー》


 残ってた空箱が絶対に物質転換機絡みだと断言はできなくても、まあ怪しむ候補のひとつだわな。アクセサリー入れの空箱なんて入ってたらよ。


《それに今まで装飾品なんて付けてなかった低ちゃんが、いきなり指輪をしてるのもナー》


 オレが指輪をはめた時期で見ても、功夫クンフーライダーをコンテナからブン盗った後からになる。

 コンテナにもバイクにも他にそれらしい物品が見つからなかったら、そりゃあいつの付けてる指輪が怪しいとなるか。


《指輪を見たアスカちんたちも、みんな目をギラギラさせてておもしろかったでおじゃる》


 やれどこのブランドだ、誰のデザインだとピーチクパーチクうるさいったらえ。女ってアクセサリーの類がホント好きだよな。


(スーツちゃんには他人事でおじゃろうが、はぐらかすの大変だったんだぞアレ。うっかり触らせるわけにもいかねーしよぉ)


 この指輪はどういうわけかオレしか付けられないって不思議物質だ。たぶん何かしらの個人認証でもあるんだろうが、さすがに指を透過するから他人は身に着けられないって仕様は現代の科学水準を超えている。どう考えてもS絡みだ。


 考えあぐねたあげく、これがテイオウの本格起動用の認証キーってことにした。あのロボットのメインエンジンスフィアはこれが無いと動かないってことにしてよ。


 スーパーロボットの中にはこういった認証用のアイテムが必要なロボットはわりと多いから、誤魔化す理由としちゃ悪い手じゃねえ。

 操縦用だけじゃなく合体のときだけ必要な物や、特定の強力な攻撃、いわゆる必殺技を使うためだけに必要なアイテムってのもあったりするしな。


 これさ、ガキはカッケェで済むだろうけど、現役のパイロットからするとわりと頭が痛い仕様なんだわ。搭乗用のキーアイテムはともかく、合体とか必殺技は戦闘中に持ち出してガチャガチャやるんだぜ?


 オモチャなら商戦の都合で色々出るのは仕方ないがよ、実戦で使うとなったらゴチャゴチャあると死ぬほど面倒だろ。せめて使い易く1個にまとめてほしいわ。


 オレが乗ったものだと38サーティエイトが合体用と必殺技用として、実銃の38口径回転弾倉式リボルバー拳銃が必要だったな。


 まあ、こういった物品の中には普段からパイロットが持ち歩ける物もあるから、オレの指輪もその手のアイテムってことで落ち着いた。


 人に触らせない理由としてもこれなら十分だ。奪われたり失くしたりしたら重い罪に問われるしよ。


 まして、あの・・テイオウのキーとなったらな。


 全力のテイオウの戦闘力は、これまでのスーパーロボットとは文字通り一線を画する。しかも特定の個人を精密に殺すことに関しては、あのザンバスターさえ上回る能力を持つロボットだ。危険物ってレベルじゃねえ。


 そんな冥府の王の如き怪物、テイオウの認証キー。逆にまともな人間なら触りたくないだろう。

 しかも既にたくさんの人間に向けて砲火を放った曰く付きだ。ファイヤーアークとは別の意味で呪われちまうぜ。


《いっそ派手にブレスレットとかイヤリングとか、アクセサリー付けまくって目立たなくしたら? もっと腕にシルバー巻くとかサ》


(あのキャラ、そんなもん巻かなくても格好にせよ髪型にせよ十分に派手じゃね? 絶対おとなしい性格のヤツがする恰好じゃないよな。いや、決闘者の話はどうでもいいんだ。ゴチャゴチャ付けるのは嫌いなんだよ。操縦席に引っかかったら危ねえし。特に耳とか首で何かプラプラしてると、虫が飛んでるみたいでうっとおしいだろ)


《プラプラしてるモノがひとつ減ったんだし、代わりに付けとけば?》


(消失したオレの下半身のアクセサリーの話はいらんっ)


《こんなスーツちゃんに一言だけ言わせてほしい》


(なんか久々だな。どうぞ)


《ピアスはダメです。ギャル低ちゃんはバッチコイだけど中学生でピアスはダメです。スーツちゃんは許しません。健全にギャルろうネ》


(ピアスに興味はえよ。あと何年生き残ろうがギャルにもならん)


 耳に小さな穴を開ける程度で騒ぐこっちゃねえがよ。こちとら何度も死んでるんだ。たかがファッションなんぞで大事な体を傷つけたくねえわ。


「しつけえなオメエも! これ以上は負けられねえよ!」


「じゃあこっちの濾過ろかフィルターもセットで付けてよー」


 親戚のおっさんの座る机の対面に手をついて、ぴょんこぴょんこ跳んでる春日部。


 ノリの軽いギャルっぽい見た目だが、ああいうところを見るとまだまだガキだよな。そんな短いスカートで跳ぶもんじゃねえぞ。


《薄地の黒。実にけしからんごっちゃんデス》


(中坊の尻を見てんじゃーよ。あと学生の風紀を憂慮してんのかありがたがってんのかハッキリしろ)


 粘り腰の春日部はまだまだ続ける気のようだ。店側としちゃ迷惑な客だよな。ああいう値切り合戦が醍醐味とかいう、奇特な買い物文化を今も続けてる都市もあるらしいがよ。


(そういやスーツちゃん。違法な物が転がってるって言ってたけどさ、もしかしてあのゴツい4つ指のアームか?)


 このスクラップ置き場にはAT以外の機械も色々と転がっている。自動車や重機が多いが、ヘリの物と思しき長いプロペラなんかもあった。


 その中でひときわ異彩を放っているのが、スクラップの山から突き出たあの武骨なロボアームだ。工業用にしちゃデザインに色気がある。


 ああ、色気ってのはエロって意味じゃねえぜ? 余計なコンセプトって意味だ。工業用ならもっとこう、味もクソもない無駄を排したデザインのはずだ。


 サイコパス君が乗っていた黒いATもシオマネキみたいな左右非対称のデカい腕だったが、ATにしてはサイズも様式も規格が違い過ぎる。


《あれも、だネ。戦車ばりの装甲が施されているし、元は軍用機じゃないかな?》


(ほーん……来た時から感じちゃいたが、あんまりお行儀の良い店じゃなさそうだ)


 兵器の武装を潰してから民間に卸すってのはわりとある。オレのホワイトナイトもアーマード・トループスホビーって分類で、元は中古の軍用機ったものを民間用に性能低下改造デチューンして売り出していたロボットだった。


 潰すのは主に火器関係だ。装甲なんかはそのままでもおかしくは無い、か?


 おっさんと姪っ子のじゃれあいはまだ続きそうだし、暇潰しにちょっと見てみるか。


 突き出た腕は天井に向けて4つの長い指を広げ、枝のように生えている。まるで天を掴まんと伸ばしているかのよう。もしくはゾンビが土から蘇ったワンシーンのようだ。


(手足のあるロボットがAT以外にも現実にあるとはな。エリート層はマジでS以外の技術で巨大ロボットを作る気でもあるんかね)


 缶を片手にスクラップの山を登る。この体は軽量なうえに身体能力バツグンだから、足だけでひょいひょい上がれるから楽でいいわ。


 ……靴底についた機械油は後で取るか。下ろしたばかりの新品だと忘れてた。


《散乱しているパーツからの予想だと、たぶん戦車に手を付けたくらいの代物だナ。サイズも現行の戦闘車両とそんなに変わらないと思うナリ》


 スーツちゃんの機能によって網膜に投影される映像には、スクラップから予想される戦車の歪なフォルムが表示されていた。


(たしかにほぼ戦車だなこりゃ。腕、いるかコレ?)


 腕は2本あるが4つ指で非常にゴツい。ごく簡単に掴む、殴るという単純なアクション用と思われる。手には銃火器を持たず、その腕に砲身代わりの携行火器を括りつけるタイプだろうか?


《予想装備は天面に20ミリチェーンガン1門。正面に5.56ミリ機関砲1門。スポット用レーザー1基》


(どっちかってーと歩兵支援寄りかね。弾数が多い装備が多いのも継続的に火力支援するために思える)


 天面にチェーンガンがあるのも射角の自由度を確保するためだろう。スポット用レーザーを持ってるは後方からの砲撃支援や航空支援を受けるためか?


《全体的にATより贅沢な感じだナ。装甲もそれなりにあるヨン》


(組織の規模が大きくなるほどコストに勝る要求は無いからな。数を確保しつつ質を保つためにはハイローで組み合わせるのが普通だ。ATはロークラス、こいつはハイクラスのほうだったんだろうさ)


《追加兵装として背面に75ミリクラスのキャノン1門。対地用6連ミサイルポッド1基。弾頭選択式マルチランチャー1基。スモークディスチャージャー3×2基、というところかのぅ。あと重機代わりになるためのドーザーブレードも装備》


 車体サイズにしちゃ75ミリは小さいな。そこまでの突破力は期待されてなかったか、他の武装の構成的に考えてもあくまで歩兵支援用で、対戦車はそこまで想定してなかったのかもしれん。


 けどなぁ。なーんか近視感というか、旧友と久しぶりに会ったような感覚がある。


(……なんか装備的にロートルやBULLDOGを彷彿とさせるな。意外とこいつが2機のご先祖様だったりして)


《検索……ロボ娘ってエロジャンルに、低ちゃんに似合いそうなコスプレがあったのは置いといて。当たりだね、この戦車はS由来の技術を使わない設計で作られたロートルの系譜だよん》


(前半の情報いらねえっ! つまりどういうこった? ロートルを現実の技術だけで作ろうとしたロボットってことか?)


《こっちのほうがロートルより初出が古いナ。低ちゃんの言う通りロートルのご先祖かも。ここから技術、というかイメージをフィードバックしてロートル系の原型にしたんでない?》


(イメージをフィードバック? 技術じゃなくて?)


《ヒントはプリマテリアルの仕様》


 ……ああ。人のイメージによって望む技術や素材に変化するのが、この素体ってやつ、プリマテリアルの特性。


 より明瞭で具体的なイメージをするほうが出てくる物の性能が高かったり、消費するプリマテリアルの量が少なくて済むという特徴がある。


 この特性を生かすにはとにかくイメージが重要、らしい。オレは建造風景を見たことないから聞いた話だけだが、イメージが不十分だと出てくる物の性能が望んだほどの品じゃなかったり、消費だけして全く出てこなかったりするようだ。


 だから技術者たちはイメージとして掴みやすい現実の兵器や技術を参考にして、その延長に近い路線でスーパーロボット関係の技術を作ったりする。


 機械であるはずのロボットが、わざわざ人のように手持ちの銃火器を持ってたりするのはこの影響がかなり大きいらしい。


 内蔵したり取り付けたほうが簡単で頑丈なのに、マニピュレーターなんて壊れやすい物で武器を持つのは、現行の人間が使う兵器からイメージを貰っている面があるからだ、なんて学者の考察があったっけか。


(墓地で知人の名前を見つけちまった気分だ。なあ、スーツちゃん、こいつの名前は何て言うんだい?)


 ブッ壊れるまで戦ったのか、型落ちで御役御免になったのか。どっちにしても報われねえな。ってやつはさ。


《局地戦用・可変装甲戦闘車両『GUNMET』。異形の人型に変形する、人類の作った最初で最後の立つ・・戦車さ》





<放送中>


「つみきよぉ、おめーとんでもねえ知り合いじゃねえか。学年も違うんだろ? どうやってお近づきになったんだよ?」


「おっちゃん、言っとくけどたまさんに何かしたら、あーしが社会的に殺すからね?」


 太ましい腹を机に埋もれさせ、小狡い商人の顔でヒソヒソと話す叔父を、つみきは陰の籠った目で牽制する。


 もっとも、目の前の叔父は玉鍵を見て一般常識に照らし合わせ美少女とは判断しても、つみきが感じたような脳が漂白されるが如き衝撃を受けている様子はなかった。


「ばぁか言え。そりゃたしかに将来は美人にゃなるだろうがよ、今だとぜんぜん細すぎらあ。いいか、つみき。イイ女ってのはな、もっとこうたぁぁぁっぷりと油の乗ったマダム! って感じの胴回りをしたご婦人の事なんだよ」


 そう。つみきの叔父ゴウダは、熟女系デブ専という深すぎる業を持つ猛者なのである。


 女性の立場で見てロリコンよりはマシとはいえ、それはそれで美的センスの面でどうなんだという気もしないでもない。しかし、彼の今は亡き奥さんの体形を考えれば趣味と合致しており、二人は幸せな夫婦生活を営めていただろう。


 彼が商品としてATを扱っているのも、あるいはこのロボットの寸胴フォルムを気に入ったからかもしれない。


「それはそうと、あんな金ヅ……パトロンがいるならみみっちい値切りをしてんじゃねえよ。金さえ出しゃギルガメッシュ製だろうがバラライカ製だろうが、完動品のATをゴウダ商会でいくらでも仕入れてやるって」


「たまさんはパトロンじゃねーし! もうっ、お金の事になるとゲスになるんだからっ!」


 叔父は根っからの悪人ではないのだが、都市でダーティな商売を続けてきた経歴上、お金に対して狡すっからい面があった。しかし、それだけに度胸もあれば口もまわる。悪党が蔓延る世界をうまく渡る才覚を持っていると言える。


 実のところつみきのAT好きや世渡り上手な面も、この叔父を見て育った影響が大きかったりする。


「まあまあまあ、冗談だって。姪っ子の友達にアコギな商売はしねえよ。けど私物でAT買うような趣味なんだろ? ちょっとくらいこっちと商談させてくれって」


 そのATは修理後に手放す予定という点は、ゴウダにはどうでもいい事らしい。


 金持ちが思い付きで衝動買いすることを期待しているのかと、つみきは貪欲な商売っ気を発揮する叔父に呆れた。


「いやな、ちょいと取引先がゴタゴタして商品がダブついてんだ。それがけてくれると嬉しい」


「夜逃げでもされたの? 取引相手で失敗するなんて珍しいね」


 まだ失敗してねえよっ、という反論にハイハイと返したつみきの前に、年季の入ったホログラフボードが置かれる。


 映し出されているのは警備用などに使われる大型のドローンだった。


「言われたから仕入れたってのに、急にいらねえって言いやがってよ。さすがに締め上げたんだが、そいつはただの仲介だったようでな。買い手のほうが完全に雲隠れしちまいやがったらしい」


 ゴウダの言う『締め上げる』の意味は、未成年には刺激的な内容であることを知っているつみきは深く追求しなかった。

 さすがに叔父は姪に気を遣って後ろ暗い面は隠しているが、こういった黒い空気は身内には薄々伝わるものである。


「小口径のマシンガン程度なら武装も積める積載量だ。どっかの独裁者が治安維持目的で大量に配備するつもりだったんだろうがよ」


「おっちゃん、それって……」


「あーあ、可愛い姪っ子の知り合いにいる別の独裁者様が買ってくれねえかな――――おうふっ」


 とりあえず、つみきは叔父のぶよっとした腹を殴った。


「配備されたら真っ先に撃たれるのはおっちゃんみたいなヤツだよ、ばーかばーか!」


 叔父に呆れたつみきは、たまさーんと声を上げながらスクラップの山にいる玉鍵という少女の下に走る。告げ口でもするつもりだろうとゴウダは内心で苦笑した。


 ――――AT好きからの成り行きとはいえ、碌でもない人間とつるむことになってしまった姪っ子をゴウダはかなり心配していた。


 彼女なりにうまく立ち回ることで、織姫たちからの被害こそ受けていなかったものの、悪い人間と付き合うのは悪い人生を呼ぶ。それを経験則で知っている者として、なんとか連中と姪を引き離せないかと考えていた。


 だが銀河の一族は様々な社会に深く入り込んでおり、海千山千のゴウダのような人間でも、いや、むしろゴウダのような後ろ暗いところのある人間だからこそ難しいと言わざるを得なかった。


 そんなとき、一般層から現れた1人の少女の圧倒的な力によって、ゴウダの姪は未来に潜む暗い道から掬い上げられた。


 あるいは、それは姪だけの話では無いのかもしれない。


 サイタマに巣喰っていた病巣は取り除かれ、この都市は新しい時代を迎えようとしている。


 凛とした年下の少女に子犬のように懐いている姪を見て、ゴウダはこれまでのややダーティな商売の方針を転換する時期と感じた。


 ――――例えば、『怪盗』と名乗る犯罪グループとの関係を切って、真っ当な商売に切り替える頃合いだと。


 元より足のつかない資材調達ルートの斡旋や、ゴウダ商会自体で横流しの軍需品を調達する程度の関係。こういった商売は社会が健全化すればするほど危険になり、儲けが割に合わなくなるのだから。

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