第130話 裏切りか? 見放しか? 主人を変えようとする猟犬たち

<放送中>


 思いのほか迅速に、かつ好意的な態度で迎えられた釣鐘つりがねは、フロイトがS課の懐柔策を思案に入れていると予想した。


 S・国内対策課は大日本国に属する公僕の身とはいえ、国際法の下に時として国益を無視して動く組織。国の中枢とは一線を引いている面があるのは事実であり、フロイトが切り離しを画策するのはそうおかしな話でもない。


 釣鐘つりがね自身、現内閣の腐敗ぶりにウンザリしていたのも本当の事だった。


 だからだろう、連れている部下たちも釣鐘つりがねがどう判断するのかを予想しかねている空気がある。


 このまま大日本内閣の手駒であり続けるのか、フロイトから勧誘があったら応じるのか。あるいは他国に亡命する可能性も視野にいれているかもしれないと。


(これでも真面目に公務員をしてきたつもりなんですがね。そりゃあ組織の上にも横にも文句は山のようにありますが)


 上からの忖度という名の命令や、どこから響いてきたか知れぬ天の声によって邪魔されたことは今思い出しても腹が立つ。横から別部署の妨害によって成果を台無しにされたことも数えたら切りがない。


 ただそれが国益に繋がるのであれば、一介の公僕として見ざる聞かざるも止む無しと考えることもできる。だがこれらは国ではなく、国に巣食う個人の利益と安全だけが理由であるのは明らかな件ばかりだった。


 国の名誉を考えて間違いを正さないのではない。国の面子を言い訳に、個人の名誉や財産を守ろうとする寄生虫たちが幅を利かせていたのがこれまでの大日本という国の内閣だった。


 しかし、その閣僚を含む多くの取り巻きたちは消え去った。


 今は混乱している最中ということもあり、ある意味で『様子見』という形をとって落ち着いていると言えなくもない。だが、いずれよろしくない人間たちが権力を握る好機と蠢動し始めるだろう。


 そしてそこには国内の不埒もの以外にも、抜け目ない外国勢の影があるに違いないのだ。


 仮にも愛国者を自負する釣鐘つりがねとしては、この国が他国の属国のような状態にされるなど我慢できるものではなかった。


(列島の中央に位置するサイタマに離反されたら、東西に位置するトカチ、サガへの物資流通と意志統一の妨げとなる。後は孤立してなし崩しです)


 地下都市のため物理的に遮断されがちな一般層に比べ、地表にあるエリート層はまだ各都市の連携が出来ている。

 しかし地理的な問題もあって、サイタマはトカチとサガの物資中継点としての役割があった。ここを押さえられてしまうとせっかく構築した流通ルートが無駄になってしまう。


 残されるルートはサイタマ都市を迂回した陸路を改めて整備するか、海洋を輸送するかだが、現状ではスムーズに移行できるほど大日本国には余力が無い。


(荒廃したまま手つかずの他県跡や国道など、まともに機能させるのに何年かかるやら。海洋は海洋で海賊・・が出る。大日本海軍が麻痺している状態で輸送しても、そんなもの犯罪者へのプレゼントと変わりません)


 無論、陸・海より輸送コストの高い空輸は論外だった。


 孤立した都市の自治制が強まれば、それだけ別の都市の離反の可能性が上がることになる。ひとつの都市だけで生活を完結できるなら、それは市民にとって国と変わりがない話。生活と安全が保障されるかぎり、民は支配者が国でも都市でも気にしないだろう。


 人民に対して国家運営だからこそできるメリットが減ったうえ、海軍の壊滅した今の大日本国には、離反した都市を力で抑える軍事力も激減してしまっていた。


(むしろこんな有様で血を吐いてまで食い止めるより、しばらく放置して後々に再統合を呼びかけるプランのほうが現実的かもしれませんね)


 統治というものは寿命のある人間がすること。フロイトという女がどんな傑物であろうと、ずっと君臨していられるわけではない。

 ならばその支配に綻びが出始めるまで、腰を据えて待つのも悪い案ではないかと釣鐘つりがねは夢想する。


 ……もっとも、待っている間に大日本国こっちが消滅する可能性も大いにあるのが公僕として悩ましいところだった。


(理想としては、正式な手続きをもってフロイトに内閣入りしてもらいたいんですが。まあ、国もフロイトも絶対に拒否するでしょうから無意味なプランです)


 国に残った政治家や官僚たちは、強すぎる政敵に参入されるくらいなら、いっそ国賊のままでいてほしいと願うだろう。

 フロイトは明らかに彼らの手に余る人間である。支配者とは自分たちでコントロールできない人間を病的に嫌うものだ。


「お待たせしました」


 出されたコーヒーの熱がすするまでも無くなった頃、選挙もせずに大統領を名乗ったフロイトという人間が釣鐘つりがねの前に現れた。


「恐らく、初めまして。でも以前から顔くらいはそちらにも知られているかしら?」


 フロイトの言う通り、釣鐘つりがねたちも国の有力者リストに記載された資料から顔くらいは知っている。


 だが実物を見た釣鐘つりがねは、その内包する迫力に半分諦めていた説得プランを完全に諦めることにした。


「ええ。S課の資料にも貴女がパイロットだった頃のものが残っています」


「やだ、小娘だった頃のプロフィールなんて恥ずかしいわ。引退したんだから破棄してほしいわね」


 恥ずかしいなど微塵も思っていないと分かる自信たっぷりの笑みを浮かべるフロイトに、釣鐘つりがねは冬眠前の蛇のような胡乱な笑みを返した。


 若い頃は若い頃で、今は今で己の美貌に絶対の自信がある女の顔であった。


(実際にモデルのような美形とスタイルですからね。弛んだ顔に厚化粧するのはまだまだ先の話でしょう――――つまり、若くて美人の統治者。世間ではそれだけで手の付けられないほどのカリスマ性がある)


 元パイロットのラング・フロイトという女性は、大日本国の内閣に残ったどんな政治家より遥かに有能で、それ以上に人間としての魅力があることを一目で悟らざるを得ない。


(……彼女が壇上で一言しゃべればそれで終わりですね。大日本の政治家たちが束になって弁舌を重ねても、国民にはまるで響かないでしょう)


 異論を挟ませない美人であり、聡明な知性を滲ませ・何より断固たる意志力を感じる佇まい。


 あー、えー、と作文を見ながらたどたどしく、ひたすら官僚の言わせたいことだけ読み上げる政治家などお呼びではない。


(どこか玉鍵さんに似た空気を感じますねぇ。あの子が政治方面に成長したらこんな感じになるかもしれません)


 ラング・フロイトを見て釣鐘つりがねが思い浮かべたのは、玉鍵たまという少女である。


 一般層で出会った頃から目覚ましい戦果を上げ続けている、国内外に名を轟かせるエースパイロット。その天才的な才能はパイロットだけに留まらないことは明白であり、将来はぜひS課に就職してほしいと思っている有望株だ。


「お待たせしてしまったし、前置きなんて面倒な話は置いて、ここは率直に切り込ませてもらおうかしら――――S課まるごとサイタマにこない?」


 ソファの背後に控えている部下、加藤が息を飲む。釣鐘つりがねは特に感想を持たず、瞬膜がありそうな目で続きを促した。


「そちらの職務への姿勢と公平性は聞いているわ。Sに関しては国際法を厳守し、どんな権力者や犯罪者の命令にも従わない。そんな貴方たちが欲しい」


 釣鐘つりがねが就任する以前から、これまでS課が国やその背後にいる星天などの組織から干渉してきた事は数え切れない。


 過去の前任たちの中には従う者もいたが、釣鐘つりがねはそれらすべてを無視、あるいは聞くフリでやり過ごしてきた。


 彼にとって多額の納税をするパイロットは極めて善良な国民であり、そんな彼らを守る事は、納税の有無で国民を選り分ける差別主義者の釣鐘つりがねにとって天職と言えたからだ。


 正しく税金を納める者こそ、公僕が守るべき愛すべき国民。彼らの権利をこそ守る役人こそ、釣鐘つりがねの描く正しい公務員の姿であった。


「これはこれは、思ったより我々を評価して頂いているようで。さては誰彼かまわず甘い言葉で人を垂らし込んでいらっしゃる?」


「あら、本心よ。褒めるのはタダだしね。でも褒めてもスカしてもなびいてくれない慎重な子もいるから、実利と誠意を示せる人間だとアピールはしたいわね」


 実利と誠意。これはいわゆる賄賂金銭の事ではないと、釣鐘つりがねは言葉のニュアンスから直感する。


 それがS課の受け持つ役目である限り、たとえ組織の害となっても下らない横槍はいれない、という言葉だと。


 国際法の下に認められているにも関わらず、『国益を害する』との建前で権力者たちの害となるなら公務を妨害してくる連中と、自分は違うというフロイトの自負であった。


「……なるほど。例えばそちらで保護しているエース・・・は、なかなかなびかない慎重派ですか?」


「フフッ、あれで意外と人情家みたいよ? それだけ裏切ったら後が怖そうだけど」


 玉鍵たまは目下のところ、目の前にいるフロイトによって保護されている。


 救出された、と言い換えてもいい。玉鍵がエリート層に迷い込んだ時、初めに彼女を確保したのは海軍であり、その背後には銀河がいたのだ。


 釣鐘つりがねからすれば部署違い、かつ個人的にファインプレイと思っているので構わないが、フロイトのエージェントたちは軟禁された玉鍵を違法な手段で連れ出していた。


「そうですねぇ。彼女とは私も面識がありますが、恩には恩を、仇には仇を返す子だと思います」


 このセリフは釣鐘つりがねたちも玉鍵の事は十分知っているぞとのアピールだったが、タイトな緋色のスーツを着こなすフロイトに特に動じた様子は無かった。


(既に玉鍵さんとある程度、ある程度ですが信頼関係を築いているようですね……独裁者らしくあの子をただの駒のひとつと見ているかと危惧していましたが、そういう分かり易い悪党役者ではないようだ)


 恐らく玉鍵もフロイトに救助された事は感謝しているだろう。


 ――――もしかしたら感謝を担保として相手を信用し、相応の恩返しをしようと考えたかもしれない


(銀河派閥とのイザコザ、あるいはワザと起こしたのかも……いや、さすがにこれは考えすぎでしょうか)


 たしかに玉鍵の介入によってエリート層に蔓延っていた銀河派閥、その傘下の組織も残らず壊滅した。だがいくら彼女でも恩返しに敵対派閥を残らず蒸発させるなどということは無いだろう。


(やったとしても織姫家とその一連の関係者の犯罪を暴いて、銀河という組織の弱体化を行うくらいでしょうね。それでも大したものですが)


 織姫家と彦星家、さらにそれぞれの経営する軍事企業にもS課は強制捜査を行った。


 この銀河の息の掛かった家への捜査令状発行の決定打となったのは、他ならぬ玉鍵たまと両家の子供たちとのトラブルであった。


 この万人が目にした違法行為が無ければいくら国際法で認められていても、銀河に汚染されている国から様々な捜査妨害が行われていただろう。


(そこから続く銀河帝国今回の件は玉鍵さんにとっても想定外でしょうが――――地表に出てしまったゲートの不具合といい、嫌が応にも『Fever!!』の介入を感じざるを得ません。アレは玉鍵さんに何をさせたいんでしょう?)


 フロイトとの会話中でも裏で巡るましく思考をしていた釣鐘つりがねは、そこで一旦考えるのを止める。


 今ここにいるのは『Fever!!』という人知を越えた高次元存在の思惑を探るためではなく、同じ土俵にいる人間の思惑を知るためだと思い直したからだ。


(フロイトも国が相手をするには持て余す傑物ですが、一番の問題はやはり玉鍵たまあの子でしょうね。たったひとりの少女が国とサイタマ、どちらにつくかで事情がずいぶん変わるとは……)


 彼女がどのような心境でサイタマにいるかは推測の域を出ないが、少なくとも国にも都市にも忠誠心などは無いだろう。

 おそらくは恩義と状況の流れに沿って、サイタマに身を置いているだけと釣鐘つりがねには思えた。


(私も彼女が事故でエリート層に来たことは早くに知っていましたが……いちいち国の対応が悪い。今さら大日本側に勧誘は難しいでしょう)


 あれだけの戦果を挙げたにもかかわらず、国は迅速にエリートへと昇格させなかった。


 これは星天が彼女を手に入れようと国に根回しした事と、国が税率の高い一般層に止めて搾取したい利害の一致からくる計画だったと判明している。


 ゲートの事故で玉鍵が地表に来た時も悪手が目立つ。前例が無いからと、エリート昇格をダラダラと保留したのは不手際だ。かと言って一般層に送り返すこともせずに、星天に代わって彼女を欲しがった銀河の言いなりで、国は玉鍵を放置した。


 もちろんフロイト側の工作もあったろうが、すべての陣営で全般で共通する問題はひとつだろう。


 誰もが玉鍵たまという人材を欲し、そのために法も道理も引っ込めて蠢動した。


 それが回りまわって銀河帝国とやらの暴発となり、海軍のクーデターを許したのだ。


 やがて銀河に首輪をされた者だらけで何もできない大日本の代わりに、彼らを鎮圧したフロイトをリーダーとした組織が都市を掌握。そのまま離反という現状を招いたのだ。


 この世界における絶対の暴力装置。スーパーロボットと、ワールドエース玉鍵たまを使って。


(彼女を体の良い道具として扱おうとした星天と銀河は、組織どころか一族諸共に根絶やし。彼らに抱き込まれていた国の人間も多くが消滅……善悪はともかく、この影響で大日本国は国内外に武力でも経済でも対抗できないほど弱体化してしまいました)


 銀河帝国なる、愚者の妄言を煮詰めたような組織の暴発を防げたのはいい。これに関しては釣鐘つりがねも諸手を上げて喝采を送る。


 ……しかし、病気に犯されているからと代替の目途も経っていないのに外科手術で臓器を残らず摘出されては、国という患者が死んでしまう。


 では、穴だらけになった患者を死なせず済ませるには、どうすればいいか?


(やはり組織としてコンパクトにならざるを得ないでしょうか。それに旗色の悪いほうにいつまでも居座られては、それこそ国力の回復が遅くなる)


 釣鐘つりがねの中で算出された国力再生唯一の道筋において、障害となるのはむしろ大日本国だった。


 彼は己に問う。これは裏切りだろうかと。


 だが、釣鐘つりがねは心の中で首を横に振った。


(公僕とは――――善良な国民に奉仕する公務員のことです。内閣という組織も国民のために存在する奉仕機関に過ぎません。どこまでいっても国民のために働いているのです。我々は権力者の手先ではありません……たとえ現実では、建前でしかなくとも)


「人は彼女に倣うべきでしょうね。恩を仇で返すような人間ばかりでは、それこそ社会が立ち行きません。――――少々、お時間を頂いても? 私は国民に食わせてもらっていると自覚していますが、課の全員がそうとは限らないので。場合によっては人数が減りますが、そこはご容赦を」


「Good。こちらも待たせたのだから、同じくらいなら待ちますとも。帰る方の安全も当然保証するわ」


 釣鐘つりがねの後ろにいる加藤と、フロイトの後ろにいる秘書らしき女性が困惑と共に息を飲む。


 上司たちの会話は歯抜けのように曖昧で、もっと詰めなければならない事がいくらでもあったはずである。それにも関わらずフロイトはS課を勧誘し、釣鐘つりがねはそれを飲んだ。


「課長、それは……」


 自分の上司が公僕として極めて厳格な人間と知っている加藤は、サイタマへの帰順を示した意図を測りかねた。


「ここで話しても二度手間です。皆を集めてから話しましょう」


 立ち上がった釣鐘つりがねに、同じく立ち上がったフロイトが手を出した。


「できればたくさん残ってほしいわね。今、すごく忙しいの」


「お察しします。ですが、我々のやることはS絡みだけなのでお間違いなく」


「そう、それ。あなた方の言う『S案件』でまさに問題が起きてるの」


 握手をしたまま鋭い視線が交差し、やがて手を離した釣鐘つりがねが眼鏡のブリッジを上げた。


「一応、相談の前に伺いましょう」


「タマちゃん――――失礼、玉鍵たまのバイク『功夫クンフーライダー』が行方不明になっている。間違いなく盗難されたと断言するわ」


「アレをか! ――――ん゛ん゛っ、……失敬」


 さながらワニのような目で想像以上に喰い付いてきた爬虫類顔の釣鐘つりがねの迫力に、秘書や加藤はもちろんフロイトさえやや引いてしまう。


(あのバイクの中には……アレに気付くか? いや、最初からアレが入っていると知っていて盗んだんでしょうね。これは最悪のパターンだ)


 巡るましく脳を回転させた釣鐘つりがねは、あのバイクに仕込まれた人類の秘宝が犯罪組織の手に渡った可能性に思い至り、頭痛が起きるほどストレスを感じた。


「分かりました。どの陣営に属していようとそちらは必ず追います」


 それだけ言うとフロイトの返事を聞くことなく、釣鐘つりがねは部下たちのいる別室へと赴く。


「状況が変わりました。これよりS課として犯罪捜査を行います。これは緊急案件です」


 漠然とした不安を抱いて部屋で待機していた部下たちは、入ってきた上司の第一声を聞いて精神をカチリと切り替え背筋を伸ばす。


「標的はS由来の車両と窃盗犯。知っている者もいるでしょう、あの玉鍵たまの乗っていたバイクです」


 上司からの命令があるかぎり、猟犬たちに不安はない。






「たまさーん、どうスっかー?」


「……ダメだ。信号が来ていない。このパーツは別の物に交換しよう」


《電子部品が漏電してパーになってるナ。人工筋肉も焼けてる》


(外側だけきれいに磨いてるとかタチ悪いな。客に不良品掴ませる気マンマンじゃねえか)


 放課後、春日部の知るアーマード・トループスのジャンクパーツを扱う業者を頼って廃材置き場にやってきた。


 基地の倉庫に置いてあったトレーラーを引っ張り出し、ズタボロのホワイトナイトを積んでAT大会会場近くに店を構える『ゴウダ』というおっさんのジャンク店に来ている。


 言っちゃなんだが、こりゃ若い女が来るトコじゃねーぞ春日部よぉ。このおっさんは親戚らしいが地味に治安が悪そうだし、劣化した機械油と錆のにおいが酷いぜ。


 学園の廃材置き場は生ゴミのにおいでこれはこれで最悪だがな。リボンめ、とんでもねえ置き土産をして行きやがって。おかげでトレーラーの自動運転機能まで使って、こんなところまで学生2人で来なきゃならなかったわ。


 ホワイトナイトと一緒に購入したこのAT用トレーラー、整備機能の他にも自動運転で目的地まで行く機能が搭載されている高いやつだ。


 わざわざお高い自動運転装置付きのトレーラーを選んだ理由は、四輪の免許を持ってる大人、訓練ねーちゃんあたりの協力を得られない可能性を考えてのものだった。やっぱオプションってやつは思いがけず必要になるもんだなぁ。


 訓練ねーちゃんと言えば、ねーちゃんの訓練フケてこっちについて来ようとしたアスカたちを恐い顔でとっ捕まえていた。あ、オレは病み上がりってことで免除だとさ。


 つーわけで、今回メッチャ頑張ってくれたのにブッ壊れたまま倉庫に転がしとくのは可哀想ってコトで、春日部とホワイトナイトの修理に来たってわけだ。


 しかしなぁ、譲るのはタダでいいと思っていたから良いとして。壊れたホワイトの修理を引き受けた当の春日部の予算がなぁ。


「おっちゃーん、もっと良いパーツ無いのー?」


 そりゃあオレは金だけは唸るほどある。オレが金を出せば新品のパーツでいくらでもレストアできるだろう。


 ……けどよ、たとえガキでもそこまでおんぶに抱っこは違うと思うんだわ。だからオレから金の話はしないことにした。ま、金は貸さないが体のほうは貸すからよ。一緒にこいつを修理してやろうぜ。


「うるせえな。安く買うために使えるパーツを探すのがジャンクの楽しみだろ。嫌なら新品を買いやがれ。最新ひとつ前の型落ちで、ほぼ未使用のがあるぞ」


 ガキ相手に悪態をついちゃいるが、このおっさんは春日部との間に気安い雰囲気がある。なるほどな、これが親戚ってやつか。


「つまり中古じゃん。もっと安くしてよ」


「ばぁぁぁか。中古のほうがプレミアがついたりすんだよ。特にそっちのは初期生産の高精度品だぞ。こいつの後のシリーズは生産性向上とかぬかして劣悪素材を流用したクソみたいなパーツだ。ジャンク屋が買わないくらいのガラクタだぜ、ありゃ」


(あるよなぁ。売り初めだけ良い素材使って、売れた後にひっそり品質下げるパターン)


《えー? ちゃんと宣言してるのも多いじゃん。さらにおいしくなりましたって》


(ヘッ、物は言いようだ)


 この恰幅の良い腹のおっさん、守銭奴っぽいがそれとなく春日部をマシなパーツに誘導してるな。案外身内には優しいのかもしれねえ。


(まあ、限定モデルとかは美品なら下手な新品より高くなったりはするな)


《販売中止の品とかもネ。調べたら民間モデルではNGの出たパーツとかチラホラあるゾイ。状態がイマイチだけど》


(……おいおい、ここ違法業者じゃねーだろうな)


 気の良いおっさんかと思ったらとんだ食わせ物だぜ。親戚の春日部には悪いが、この手の小悪党には関わりたくねえぞ。


「なあ、玉のねえちゃん、いっそそいつはオレに売っちまわないか? うんと高く買うぜ。なんせ例の決闘で目を引いたATだ、好事家のサイフも緩むってもんさ」


「おっちゃん! これはあーしのホワイトナイトなの!」


 いや、春日部よ。おまえさんの立ち上げたAT部の備品として譲るんだからな? ATは個人所有するのかなりめんどくさいぞ?


《よし、間を取ってシートだけ売ろうゼ》


(何の間を取ったのかも、言ってる意味も分からない)


《たぶんシートが新品だと価値が激減するからサ。ならいっそ開き直ってシートだけ売るのダ。で、後のそれ以外はつみきちゃんに渡すと。お金も入ってホワイトも残って、これぞワンストーンツーバード》


(開き直っちゃいけないところを開いてね?)


《これもまた正しいプレミアの付与条件だゾイ。有名選手の使用品とか、サイン入りとか、美少女の使用済みとかナ》


(最後! 使用済み・・って言い方すんな!)

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