第129話 女装男子現る!?
<放送中>
「追わなくていい」
楽しい昼食のひと時を荒らした男子生徒は慌てて逃げて行った。
後ろから物を投げるという卑怯極まる行為をした相手に怒ったアスカや大五郎たちが立ち上がる中、投げられたカップに機敏に対応した玉鍵だけは冷めた声で全員を止める。
「いいわけないでしょ! ああいうのは思い知らせてやらないとまたやってくるわよ!?」
フロイト派の秘蔵っ子と呼ばれ、銀河派閥だけでなく味方派閥の学生からも嫉妬から嫌がらせを受けたことのあるアスカが吠える。
普段であればもっと周囲に根回しなどを行い相手をけん制して追い詰めるアスカだが、狙われたのが玉鍵という一点によって怒りが業火のように吹き上がり、女子なりの報復手順を省略するほどブチ切れていた。
「ろくでもないこと
カップに入っていたのはお茶のようで、熱湯だったなら火傷が心配だと大五郎は気遣う。この少女にそんな心配はいらないだろうと思わないでもないが、それでも誰かを気にすることは大切な事だと彼は思っていた。
「ああ、平気。皆は?」
「大丈夫。こっちのテーブルまでは飛んでこなかったわ」
テルミが全員の言葉を代弁する。玉鍵の完璧な対処によって、ティーカップはもとより中身の液体も掛かることはなかった。
「スゲーっ。床、きれいに
視線を落としたつみきが床を見て驚きを漏らす。飛び散った液体はまるでテーブルを避けるようにして斜めに床を濡らしている。
とっさにトレーで弾いたとは思えない精度の受け流し。しかも液体という難物を鮮やかに捌く玉鍵の技量につみきは感嘆した。
これがもし反射だけで考えなしに弾いたり、ただブロックしただけでは多少は液体を被ることになったはずである。しかし玉鍵本人にも席にも、お茶は一滴たりとも掛かってなかった。
まるで投げ込まれる物体をじっくりと観察し、被害を受けない最適解を吟味したかのよう。これこそ玉鍵の思考速度と判断力を証明するものだとつみきには思えた。
「……見たことないなぁ。3年みたいだったけど」
そんな中、交友関係の広いミズキが脳内リストに該当しない顔つきに眉を顰める。
さすがのミズキでも学園に通う全員を知っているわけではないが、友達の友達と言った浅い関係まで把握している彼女からすると、中等部に限れば『知らない生徒』がいるのは珍しいことだった。
「どうせ銀河の坊ちゃんやお嬢様のお零れに預かってた、取り巻きの安い男子でしょ。近いうちに底辺送りよ」
玉鍵を傷つけられたそうになったこともあるが、なにより食事を邪魔された事に憤怒しているベルフラウ。しかし、今後に待っているであろう男子の暗い未来を想像して怒りを落ち着けると、左の中指でメガネを持ち上げて冷笑を浮かべた。
投げたトレーを回収した玉鍵は、それを返却場に持っていくと食堂の職員に詫びて戻ってくる。
「すまん。とっさでこれしか使えなかった」
玉鍵がトレーを引き抜いたことで、その上に乗っていた定食たちは地味にテーブルに転がっていた。彼女はそれを仲間たちに謝ると、少し皿から飛び散った千切りキャベツを片付ける。
「あれはしょうがないわ。それに悪いのはさっきのヤツよ……次会ったらあの頭をゴミ箱に突っ込んでやるっ」
幸いにしてお皿から散ったのは少量のキャベツくらい。スライスされたトマトやキュウリ、エビフライは無事だった。
むしろ派手にぶちまけられていてもおかしくないところを、キャベツが散ったのは玉鍵の座っていた周りだけなのだから大したものだろう。
さながらテーブルクロスを引き抜くマジックのような手際。さらにトレーには縁の部分があるだけに、難度は布の遥かに上だろうに。
「3年か。ならおいが調べておくき。みんなは1人で無茶したらいかんぞ」
変に追い詰めて女子相手に逆上されても怖い。こういうときこそ男の自分の出番だと大五郎は奮起する。
パイロット同士の諍いでは『Fever!!』の判定が緩くなる疑惑が出ている以上、年下の女子を危険な目に合わせるのは男の自分が避けなければいけないと。
「……いや、全員この件では動かないでくれ」
報復を誓うアスカや調査を決めた大五郎に、玉鍵から意外な言葉が掛けられる。反応の早いアスカが問い詰めようと口を開けたとき、手でそれを制した少女は全員の注目を浴びながら話を続けた。
「奇妙な印象があった。あれは
誘い? 何人かがオウム返しした言葉に玉鍵が頷く。食事のために後ろにまとめていた黒い髪が揺れて、少女の白いうなじがより艶やかに見えた。
「追いかけさせるのが目的に思える。人気の無い場所にでも連れて行きたかったんだろう。それに、学園の生徒じゃないかもしれない」
「えぇっ!? 部外者?」
ミズキが目を丸くする。それなら自分の交友データに入っていなくても納得だった。
「当てるつもりで投げたトレーを躱された。うぬぼれかもしれないが、素人が避けられるタイミングじゃなかったはずだ」
「……タマが狙って外した。それは確かにおかしな話ね」
怒りの矛先が消えてイライラしていたアスカだったが、玉鍵の分析を聞いて冷静な自分が戻ってくると、この事態の深刻性に思い至る。
「たまさんの攻撃を避けるって、
全広6メートルの人型戦闘ロボット、
目の前の少女の戦闘技術は超がつく一級品。たとえトレーという日用品の投擲であっても、避けるのは簡単な事ではないはずなのだ。
「玉鍵さんが病み上がりということを差し引いても、異常」
見るだけで魂を吸い取られそうな美しい少女だが、玉鍵はロボット操縦だけでなく生身での戦闘力も常人を逸脱している。何人ものテロリストを1人で制圧してしまうほどの戦士なのだ。
あえて深追いしなかったとはいえ、そんな玉鍵から逃げ切ることが出来るという時点であの男子生徒は間違いなく並ではないだろう。
「……まだ銀河のテロリストが残ってるの?」
呟くようなテルミの声には怯えがあった。
テルミの目の前で仲間の乗った車両を爆破し、自らも喉を切って死んだテロリストたちの事を思い出してしまったのだ。車の窓に内側から飛び散った大量の血は、忘れたくても忘れられるものではない。
「しばらく2人以上で行動してくれ。当てが外れたことに苛立って、別のアプローチをしてくるかもしれない――――数日中に片づける」
片付ける、という玉鍵の強い言葉を聞いた全員が無茶なことはしないよう説得した。
そもそもこの中の誰を狙って投げた物なのかの確証も無い。あるいは玉鍵に限らず、フロイト派に属する生徒を無差別に狙ったものかもしれないのだから。
だが、少女は小さく首を横に振り、強い視線で廊下の先を見つめた。
これは私の因縁だと言うように。
午後の授業は体育。これは教師がちゃんといるらしく、4時限の途中で普通にやることが知らされている。
なもんで、別クラスのアスカは昼休みが終わる予鈴を聞くとブーたれながらも大人しく自分のクラスに戻っていった。
あいつは態度が生意気なだけで、性格の根っこはわりかし真面目なのかもな。
「CARS、それじゃ頼む」
〔お預かりいたします。ドローンは授業時間終了1分前にこちらに待機させる予定ですが、変更がありましたらご連絡ください〕
開いた窓を潜ってコンテナ付きのドローンが外に出ていく。やっぱ端末があると便利だわ。あちこち簡単に連絡を付けられる。
やろうと思えばスーツちゃんが通信を代行してくれるとはいえ、それをやっちまうと『端末が無いのにどうやって?』って話になっちまうからな。いちいち誤魔化すのも面倒だ。
そんで一般層に戻るのにまだ時間が掛かる感じになっちまったし、利便性を考えて箱に入れたままにしていた貰い物の新品端末を開封することにした。
今までは連絡をアスカに代行してもらってたんだよな、これでもう文句を言われずに済むぜ。
……これは民間人用の端末だから、通信はサイタマ都市内限定だ。こいつでは一般層にメールひとつ入れられない。
あいつら、ちゃんと飯食って元気にやってっかな。
「CARSって送迎のイメージしかなかったなぁ」
「高額の契約には色々盛り込んであるみたいよ? 車内での食事の提供や、手術を伴うレベルの高度な医療サービスまであるわ」
なんか後ろで物欲しそうな感想を出した花代に、CARSのサービスについて調べた
こいつらが何してたのかっていうと、オレの着替え待ちだ。前から訓練ねーちゃんやアスカも一緒になって、おまえは1人に出来ねえってんでどこにでも誰かが付いてきやがる。クソ、オレは3歳児かっての。
オレの着替えは基本トイレの個室で、持っている荷物は校舎外に待機してるCARSの飛ばしてくれる配達ドローンにいちいち預けている。
なんせ学園に来て早々にリボン女、あのボスザルを怒らせちまったからな。鍵も無いようなところにはとても置けられたもんじゃなかったんだ。
だからこうしてCARSの色々なサービスを最大限利用させてもらっている。まあその面倒があったおかげでスーツちゃんを着続けることが出来るともいえるがね。さすがに目隠しの無い多人数がいる場所ではモーフィングは無理だしな。
学園に限らず様々な企業や施設とCARS本社との間には、CARSの各サービスの行使を認める契約がされているらしい。
だからCARSの車体から発進するこのドローンは、警備を堂々とスルーして学園の敷地に入ってこられるのだ。
契約上違法な物は運ばない建前だが、たぶん
(なあ、スーツちゃん。リボン女はもういないし、ぼちぼち教室なり更衣室に着替えを置いてもいいんじゃねえかな)
《なにを仰るラビットさん。女の子は油断大敵ゾ。短パンだからと気を緩めては隙間からチラリするように、低ちゃんの荷物なんてあっと言う間に変態に漁られちゃうゼ?》
(えぇ……)
サイタマ学園指定の体操服はジャージの色が赤と青と緑で、今の1年坊は赤になる。心配していた
いずれにしてもオレが着るのは上下ともジャージだがな。まあ上くらいは半袖でもいいが。
「待たせた( な)。行こう( ぜ)」
CARSへの荷物受け渡しを待っていてくれた赤ジャージの
「うーん。玉鍵さんというと白いジャージの印象だから、なんか赤いジャージって違和感あるなぁ」
「そうね。玉鍵さん、たまには体操服でもいいんじゃない? 今日もけっこう暑いし」
「いや、別に白以外も普通に着てるぞ?」
色違いのジャージひとつでそんな首を捻られてもなぁ。花代たちに妙に半袖短パンを勧められたが、好きにさせてくれや。
3人で移動の間に例の男子について、公的に上がっている情報を軽く漁ってみる。
スーツちゃんによって網膜投影された生徒名簿をざっと眺めていくが、正直こんな書面とにらめっこしてもな。オレじゃ手掛かりなんて見つけられねえわ。
《現在の中等部生徒名簿に該当無し》
バストアップのホログラフがついた中高生のリストには、やはり件の男子の顔は無かったか。制服だけ拝借して潜り込んできたんだろう。
学園関係者か完全な部外者か、その辺だけでも早いトコ絞り込みたいところだな。
例えばもっと上の高等部や大学、あるいは逆に小等部に在籍している可能性はあるか?
まさかあの
(スーツちゃん、あの野郎がサイボーグの線はありそうかい?)
《ありえるナ。言われて見れば動きが良すぎた気がするゾイ》
スーツちゃん計測でオレの投げたトレーの投擲速度は、初速で約151キロ。そしてあの野郎との距離は12メートル程度。人間の反射神経で躱すのは至難のはずだった。
しかも相手は逃げ出す途中だったからほぼ背を向けている。トレーは後頭部に当たるようコースを取っていた。タイミング的にもドンピシャのはずの一発。
これを見もせずに避けられちまった。何者だよ、あいつ。
もしくは超能力者って線もあるかね。そっちはジャリンガーチームだけで腹いっぱいだっての。
そういやジャリンガーの開発者のメタボ親父、オレがダウンしてる間に死んじまったらしい。
死因は首吊りのパフォーマンスがマジになっちまったという、つまり事故だ。遠因はアル中の禁断症状。
あのメタボは酒を取り上げられた状態で拘留されたことに腹を立て、拘留された部屋でメチャクチャに暴れまくったらしい。
だが基地はとっ捕まえたアル中メタボの相手なんかしていられる状態じゃなかったから、アル中オヤジはずっと無視された。
一向に酒が手に入らず、いよいよおかしくなって自分のネクタイ片手に『酒を渡さないと首を吊る』とか監視カメラの前で言い出したメタボ。
けど間抜けな事に、メタボは首にネクタイをかけたまま騒いだ拍子にツルンと足を滑らせた。で、そのままこの世とサヨナラしちまったらしい。
職員のひとりが気付いたときには、とっくに死後数時間が経過していた。
人手不足のせいで付きっ切りの監視がいなかった事や、拘留した部屋も暫定的に用意されたもので、やろうと思えば首吊りできるような家具の引っかけがあったのが決定打だ。
勝手の分かっている保安は裏切り騒動のせいで使えず、止む無く素人の職員が動いたせいで色々としくじってるな。
まあ状況的にしょうがねえ面があるだろう。荒事専門である保安が信用出来なかったんだ。この辺が違えばもう少しまともな対処だったかもな。
余計な話だが、首吊りに使ったネクタイは頸動脈にきれいに極まらず、相当もがき苦しみながら死んでいく様がカメラに記録されていたらしい。
メタボ親父の太い指はどれだけ掻き毟ってもネクタイと首の間に入らず、首の脂肪の影響もあってか頸動脈もキチンと決まらなかった。そのせいで最後の最後まで失神できなかったようだ。
問題だらけの男だったが、あるいは頭脳の価値だけを鑑みて底辺落ちせずに済んだ未来もあったかもしれないんだがな。
けど、そんな可能性も自分のやらかしでパアにしたってんだから救えねえ。つまり死ぬべくして死んだんだろうよ。
これで04基地の長官は死に、さらにメタボ設計のスーパーロボットもすべて失機。ジャリンガー4、グナイゼナウ、マグネッタの3機は跡形も無い。
力士くんたちは今後どうするのかねえ。二人ともサブパイロットとしてしか参加していないようだし、今さら単座出撃は厳しいだろうな。
……まあ人の心配よりまずは自分の事か。サイボーグや超能力者が相手となると、一筋縄じゃいかねえかもしれん。
(まともにやりあったらヤベー野郎かもな。首突っ込んできそうなガキどもの手前ああは言ったが、オレ単品じゃ手に余りそうだ。悪いが頼りにさせてもらうぜスーツちゃん)
《おっけい。ビーチバレーコスで手を打とう》
(それはつまり水着では?)
《ノンノン。激しく動く競技用、というのがスーツちゃんには重要なのデス。パレオは論外として、動くとすぐ脱げちゃうような露骨なのも実はNG。ピッチリしつつも布面積少なめが至高。Foo!》
(もう少し性癖を隠す努力をしろ。全力でフェチズムをオープンしてんじゃねえよ)
《んだば、バスケコスで》
(……そのくらいなら、まあ。ドリブルどころかバスケット用のボールに触った事も無いんだけどなぁ)
それを言ってたら球技全般をまともにやってないがね。学校に通うのも今回が初めてだしよ。体育の授業でボールを弄れたときはちょっとだけ感動したもんだ。
今日やるのは短距離走と幅跳びだがね。球技が
《さあ低ちゃん、スーツちゃん全面協力の下にクラス無双『なんかやっちゃいました?』しようゼッ》
(いや、そんな無駄な事やんねーし。命の危険が無いなら自分だけでやるよ)
この体、それでなくても高スペックだしな。スーツちゃんの支援まで付けたら人外認定されちまうわ。
女性教員の指導の下に、まずは軽く柔軟から始める。
―――そして孤立するオレ。生徒が奇数でペアを組めはイジメじゃね?
《ダイジョブダイジョブ。パートナーはスーツちゃんがいるじぇ》
(ありがとよ。でも今欲しいのは脳内音声と服じゃなくて、体のある人間なんだわ)
「た、玉鍵さん。柔軟手伝うわよっ」
なんか鼻息の荒い
まあ、なんとなく試してみたくなってやってみる。こういうシーン、青春マンガに出てくるよなぁ。
「ふぉぉ……」
背中を合わせたとき、背中の向こうから変な声が聞こえた。おい、大丈夫かよ
「私っ! 次は私っ!」
オレは遊園地のアトラクションじゃねーぞ花代。
(そういや外見は人の身体っぽくカモフラージュしてるとして、サイボーグってこんな感じにしっかり触ったら違和感あるもんか?)
いくら
それにメンテナンスのためのハッチみたいな部位も必要のはずだ。カモフラージュが完璧だと手入れに困るはずだしな。
まあそこはどんな技術を使ってるかで変わるかもしれんがよ。それでもいちいち整備のために、皮や肉の偽装を切り刻むもんかねぇ。
《あると思うヨ。それと公式の医療目的用は高級品でも体に繋ぎ目があるナ。義肢の本体は骨部分で、皮膚から筋肉までのお肉は外見だけで、半分ぬいぐるみみたいなもんだゾ。触らなくても見分けは簡単でヤンス》
(春日部を人質に取りやがったサイボークは分かり易かったな。メタリックなパーツが表皮にくっ付いててよ)
《ベルちゃんの背中から感じる金属はブラのホックくらいだのう。ムヒョヒョ》
(堪能してんじゃねーよ)
チッ、この変態無機物は趣味に走り出すと使い物にならねえや。
そっからは軽く跳んだり走ったりで終わりだ。この体は鍛えてなくても国内代表レベルの運動能力を有している。さらにちょっと鍛えたら世界狙える潜在力だ。大真面目にやるこたぁ
なんか記録を測るたびに花代がキャーキャー言ってたが、パイロットに必要なのは長く跳んだり早く走ったりじゃねーんだよなぁ。重力負荷に耐える筋力と体力があればひとまず十分だぜ?
《発見。正面の1年女子。例の男子だよん》
体育から戻って着替えを済ませ、
(オイオイ、女装したのかよ。しかも気合入ってんな……マジで女にしか見えん)
何気なく前から歩いてくる女子の身体的特徴がスーツちゃんに精査され、網膜投影でオレにもその類似点が複数伝えられる。顔や外見をどれだけ別人にしても、変えにくい部分ってのはあるからな。
(どういう意図だと思う? すれ違いざまにナイフでブスリか?)
《それもありえるナ。先制しちゃう?》
(しらばっくれられたら面倒だ。ギリギリまで引き付け――――)
「……あっ! 玉鍵さん! そいつあの男だよ!」
気付かないフリをして廊下を歩き続けていたとき、
《あちゃーっ。ミズキちゃん人の特徴を覚えるのが得意なのかナ?》
その特徴を野郎は変装で潰しているはずなんだがな。花代はこれでカンがいいのか?
「えっ、あの……」
「女装とか、あなた変態っ!?」
相方の指摘を受けて
けどなぁ、足腰がぜんぜん落ち着いてないところを見るとケンカ自体は素人だな。下がってな。
「……変装には自信があったんだけどな。自信を失くしそうだよ」
花代に指摘された直後は『訳が分からず狼狽えている女生徒』っぽい仕草で女の声を出した女装野郎。
だが、やつはオレが花代の言葉に疑念を持っていないと悟ったようで、それまでの気弱そうな演技をやめると声変わりを終えた男の声を出した。
声もスゲーが、喉ぼとけを意図的に引っ込めることができるのがスゲーわ。どうやってんだソレ。
「どこの誰( だテメエ)。(オレに)何か用( か)?」
「君のポケットにそっと入れるつもりだったんだけど、バレたらしょうがないか」
野郎はスカートのポケットに手を入れると、1枚のカードを取り出してキザったらしく投げてきた。
それを指で弾いて叩き落とし、ダッシュのための前傾姿勢を取る。バカ正直に受け取るとでも思ったのかよ?
「おっと待ち―――」
廊下を踏みつけて一気に突進する。
「―――
チッ、フェイント無しとはいえ掌底を避けやがった。
しかも驚くほど身軽に後退しやがる。2撃目の間合いから出られちまったわ。これに関しちゃ今のオレがチビって面もある。前の体のリーチならもう一発いけたってのによ。
「敵か味方かも分からない相手を殴ろうとするのか、君は!」
「背後から物を投げてくる味方がいるか」
(スーツちゃんッ)
《筋力補助開始。でも上履きの底が心配だナ。思い切り踏み込んだらベロッと剥けちゃうかも》
そういやシューズじゃなかったな。まあローファーよりマシだろ。
筋力補助を受けてさらに踏み込み、野郎との距離を潰す。さっき以上の速度と移動距離に面食らっているのが気配で分かる。くらえっ!
どてっ腹めがけて突進の勢いをつけたサイドキックをかます。躱すのがうまいなら逃げ難い部分に当ててやらぁ!
《おぉ、足の裏で防がれた。しかも低ちゃんのキックの勢いを利用して大きく離脱しちゃったよ》
野郎、これも防ぐのかよ。こっちの蹴りに足を合わせてバネ代わりにしやがった。こんなことできるのはサッカー漫画の双子くらいだと思ってたぜ。
追撃しようとしたとき、左足の違和感に気付いて止まる。
……クソ、しくじった。スーツちゃの警告通り上履きの底からベコッと開いた音がしやがる。靴を壊しちまったらしい。踏みにじった底のラバー面からゴムの焼けるにおいまでするぜ。
野郎はぶっ飛んだ廊下の先にあった階段から、下の階へ転がるように逃げていった。前回と違って誘いじゃなく、マジ逃げだなありゃ。
「玉鍵さん! 大丈夫!?」
背後から追いかけてきた花代に、平気だと手を上げて示す。
……やめだ。靴下で追いかけっこは勘弁だぜ。
《ちゃんとした格闘訓練を受けた動きだネ。それに身体能力が明らかに常人以上だよ。低ちゃんのマジキックをあんな無茶な形で受けたら、普通なら足や股関節が壊れるはず》
(やっぱサイボーグか?)
《体重からすると体内に機械部品は無いはず。遺伝子改造した体とかかも》
(そりゃまた突飛なヤツが出てきたなぁ……まあ、クローンの製造が出来る技術があるなら不可能とは言えないのか、厄介なこった)
「ふ、二人とも、これ」
【あなたの持つ指輪、頂きにあがります 怪盗Flash】
白いシルクハットと赤い仮面のイラストには、そんな臭っさいセリフが書かれていた。
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