第128話 食事時のバックアタック

<放送中>


 サイタマ都市離反の報が世界中に轟く中、その直下にある一般層においても選択が迫られていた。


 すなわちサイタマと同時に離反するか、あるいは大統領を名乗る女性指導者の勧誘を断るかである。


 普通であれば考えるまでもない話だったかもしれない。しかし、都市の上層部の人間たちはそれぞれの言い分をぶつけて紛糾していた。


 現在の一般層ではこのような話が一笑に付されない程度には、親方である大日本政府への不満と疑心が高まっていたのだ。


 一般層においてもサイタマと同様、人間の消失事件が起きている。それはいずれも銀河の下位組織『星天』に連なる者たちで、その因果を含まれた人間たちもまた忽然と消えていた。


 このことから比較的まともで良識のある役員たちの発言力が増し、金と暴力を後ろ盾として横暴を極めていた都市の運営が、ついに正常化に向けて傾いたのである。


 力を失った恐怖政治ほど急速に瓦解するものは無い。これまで太々しく場を仕切っていた役員の姿が都市から消えると、取り巻きの役員たちはまるで自分たちも国を憂いていたような顔で都政の正常化推進を謳うという、なんとも浅ましい様相であった。


「サイタマ都市直下であるこの第二都市において上層はと変わりません。ここで日和見に待っていても物資の搬入が滞り、いずれ都市として窒息するだけです。しかし早い段階で追従すれば今の政府よりずっと有利な条件を結べます」


 そして――――いつもこの場に形ばかりで参加していた高屋敷法子は、心の奥に黒い怒りを感じながらも積極的に発言して場をサイタマ追従有利に傾けることに専念する。


 第二基地長官に就任するより前から賄賂も懐柔も一切を断り続けていた法子は、これまで発言のほとんどを無視されお飾りのような立場であった。


 彼女は星天の息の掛かった役員からすれば前任の火山と違いコントロールできない厄介者であり、かと言って排除できない以上は発言を取り上げない居ない者として扱うのが一番だったからである。


 だが、今や立場は逆転した。二言目には政治の分からない小娘と陰口、ひどい者になると面と向かって叩いてきた役員たちが全方位から糾弾されてまともに発言できなくなっている。


 リーダー役の消えた彼らはもはや自分の立場と身の安全にしか興味はなく、聡い者は星天の残党と高屋敷、どちらにつけば生き残れるかを小悪党の嗅覚で鋭敏に察知していた。


 人を小娘とバカにしてきた人間が、舌の根も乾かぬうちに法子を神輿にするという滑稽さ。これが本当に市民の命を預かる連中かと法子たち良識派は馬鹿馬鹿しくなる。


 それでも基地の長官として都市の決定を力で毟り取るわけにはいかない。いや、暴力を使える立場だからこそ、形だけでも民意を募るというスタンスでなければならないのだ。


(もーっ、ラングめぇ。こんな無茶をするなんて。せめてもっと打ち合わせてからにしてよねっ!)


 高屋敷法子はかつてエースパイロットとしてエリート層に招致された。しかしこの国を、特に生まれ育った一般層の境遇を良くするためにあえてここに残った覚悟した人間。


 しかしそれは大日本政府という国家を正常化するという意味ではない。この国に住む人々の暮らしが少しでも良くなれば、という意味である。絶対に現政府である必要性はないのだ。


 大日本と呼ばれるこの国に忠誠など法子には初めから無い。銀河や星天といった国家に根を張る寄生虫に踊らされ、子供を使い潰して悪びれない政府などにはとても頭を垂れる気にはならない。


 どんなに国が犯罪組織だけ・・を悪者に仕立てようと、彼らから蜜を貰っていた人間が国側にいたことを法子は消させない。国家の威信などと嘯いて、自身の影を無かった事にしようとするなど絶対に許さない。


 今日までに死んでいった若いパイロットのために。明日からも死んでいく子供たちのために。


 その数を少しでも減らすために。







「都市が独立するために必要な条件は簡単に3つ。ひとつは現政権より国際的な支持を受けること。もうひとつは都市ひとつを運営できるだけの各種の組織力を持っていること。そして大日本国の力づくでの奪還に対抗できること。この3点よ」


 自習時間のひとつを使ってオレの机の周りに集まった勝鬨かちどきと花代。そして別クラスのアスカ。なんでいるんだ、おまえ。


何よあによう。こっちも担当教師がいないから自習なの。前からいけ好かなかった若作りのチャラ教師なんだけどさ、やっぱあいつ銀河だったのね。聞いた話だとこいつも行方不明・・・・だそうよ」



 はんっ、と鼻で笑ったアスカは机に脚をかけて座っている椅子を傾ける。後ろにひっくり返るなよ。


《ナイス太もも》


(やっぱ短いよなぁ、この制服)


 どのクラスもテイオウを動かした日から来ていない生徒がチラホラいるようだ。それとオレの周囲から放射状に席が空いてるのは、やっぱオレらが怖いからかねぇ?


 ……ガキはどれだけクソでも対象にしていなかったから、学園に来てないガキはそいつの親のトラブルだろうな。


 ちょうどオレの前の空いていた席に我が物顔で座ったアスカは、こっちに椅子を向けると対面で座って踏ん反り返っている。自習する気はないようだ。


「他国との物資のやり取りが必要だった過去の国家運営と違って、今はやろうと思えばどんな小国でもSワールドを使って足りない物資を調達できる。ある意味で、たった1都市だけでも自給自足が可能なのが今の世界。物資的にはどの都市でも不可能じゃなくなっている」


 隣の勝鬨かちどきがアスカの言葉を補足する。自慢のハイテクメガネに映っているのは生放映されている『サイタマ独立宣言』のニュースのようだ。


 その番組で顔が映っている『フロイト大統領』とやらは赤毛ねーちゃんだった、あんた独裁者だったのかよ。まあ他人に顎で使われてるキャラじゃねえとは思ってたけどさ。


「政府に税として取られる分が無くなれば、都市やパイロットの取り分が増えるかしら?」


 自分で言って少し思案顔をした勝鬨かちどき。そういうのは毟る手が変わるだけで、親分が国から都市になるだけって気もするが……大日本国は取るだけ取るくせに還元がしょっぱいとはよく言われてるからなぁ。多少はマシになるかもしれん。


(それもこれもSワールドでの狩りに成功すればの話だけどな。運が悪いと大した成果あがり無しって週もある)


《フィールドによって敵の種類や数に傾向はあっても、絶対じゃないからネ。勢い勇んで突入したのに小型機1機しか出てこない、なんてこともあるからニィ》


(だからって欲張って敵を探し回ったあげく、ヤベー敵や大群を引いちまうこともあるから難しいもんさ。稼ぎ時を誤ったらお陀仏だ)


 基本スーパーロボットってやつは何しても目立つって事を忘れちゃいけない。戦闘が始まればさらに目立ってあっという間に大乱戦だ。敵は人間側に都合のいいタイミングと戦力で来てくれるわけじゃねえもんよ。


 だからどんだけ都市側に強請られても無理はしないほうがいい。パイロットにとって自分の命以上の戦果はえんだから。


「支持はどうなんだろう。当事者の大日本は当然反対姿勢として、他国としても都市の離反って前例は作られたくないんじゃないかな」


 細さと販売規模が売りの準チョコ菓子をポリポリ食いながら、至極もっともな意見を口にする花代。さすがに堂々とおやつ食いはどうなんだ。一応自習は授業扱いだろ。


「国はともかく都市レベルに限っては案外反応が悪くないみたいよ? どの都市も以前から自国のやり方にウンザリしてるんじゃない?」


 特に税金と司法が悪いと不満を垂れる中坊ども。ニュースの上っ面だけで世間を知った気になってるガキと違って、こいつら実際に頭いいんだよなぁ。三人の中で一番成績が低いらしい花代さえ平均より上らしい。


「フロイト派なら組織力も問題ない。ただ、さすがに急すぎて人手の無さはいかんともしがたいとは思う」


 従業員や責任者が消えて営業できなくなっている店舗のニュースに触れ、勝鬨かちどきはメガネのブリッジを持ち上げた。


《消した人間の特徴として『渡された仕事は下へ下へと丸投げ』って人間が多かったみたいだから、実務能力的にはそこまで問題になってないみたい。むしろ場をかき乱す問題児がいなくなって楽になったところも多いみたいだナ。完全に営業できない店はドがつくブラック店舗だけジャロ》


(銀河か、あいつらどんだけ腐ってたのかよく分かるなぁ。肩書と給料だけもらって苦労は他人任せ、それで会社が回ったってんなら、さぞ奴隷たちが頑張ってたんだろうよ)


 それが銀河派閥の人材の特徴ってんだから逆にスゲーわ。どうやったらそんな社会構造を作って会社を支配できるんだ? 人生棒に振る覚悟のマゾでも大量に確保してたのか? ブラック企業の急先鋒じゃん。


《やっぱ洗脳とかジャネ? もしくは健気な真面目クンが変な使命感で死ぬほど頑張ってたのかもナ》


 いい加減な上司のせいで業務が滞っても、それにキレるより挽回するまで仕事するってのが社畜だもんな。で、そのせいで問題が発覚しないうえに業績と報酬だけは上司がさらっていくと。


 バカじゃねえの? いや、煽りじゃなくマジでよ。もちろん不真面目なヤツが一番悪いが、ドMも悲痛な顔をしながら我慢してないで、テメエもバカの片棒担いでるって気付けや。


 あーバカバカしい。らしくなく悩むんじゃなかったわ。次元融合システムから流れ込んできた悪事の情報通り、消えたのは本物マジモンのクソばっかじゃねえか。トイレにクソ流すのに罪悪感を感じるやつなんていないっつーの。


 司法の裁き? 知ったことかよ。その司法が裁かないまま見ないフリのクセによ。元から国が守る気のない法律書なんざ誰だって鼻紙以下だろ。


 一気に気が楽になったわ。やっぱひとりで部屋に籠ってクサクサ悩むもんじゃねーな。陰気なスパイラルに入って簡単に気付ける事にも気付かなくなっちまう。


「その人手なんだけどさー、一般層の人間を地表に上げて対応するって話があるのよねー」


 ……あ?


 倒れるか倒れないかのギリギリまで傾けた椅子で伸びをしたアスカが、なんか気になる話題を持ってきた。伸び終わりに椅子を戻す勢いが強くてガッタンと音を立てる。


《縦縞……だと? しかも細い黄色と白》


(一瞬だけめくれたスカートの中をしっかり見てんじゃねーよ)


「どういう話なんだ?」


「やっぱ気になる? サイタマには少し前から第二都市の人間を地表に入居させる計画があったみたいなのよ。これラングの発案よ」


『Fever!!』出現前の昔と違い、人口激減と階層分けですっかり人が居なくなった地表では土地が余りまくっている。


 これを活用すれば地下都市を段階的に縮小して、住人すべてを地表に移住させることはもう十分可能な段階なのではないか。というのが赤毛ねーちゃんの考えみたいだ。


「地上に人が多くなると環境回復が遅くなるし逆に悪化するかもしれないから、そこだけは懸念材料だったみたいだけどね。それも地表の人間そのものが減っていれば、ある程度は解決ってワケ」


(……あんま現実的では無いか? 人間はポコポコ増えるからな。当初は許容数に収まってもいずれ溢れるぞ)


 なんせ年がら年じゅう発情期のサルだ。以前は少子化だなんだと騒いでいたらしいが、人が減りすぎた今なら案外すぐ増えるかもれん。


《人手不足の今だけエリート昇格の条件を緩くして乗り切るって話でナイ? 募集定員数になったら移住は終わりで、人が増え出したらまた下層に落としていくとか》


(短期アルバイト応募の感覚で都民を募るのかよ。たまんねえな)


 どんな制度になるのかでも変わってくるが、今のところあんま聞こえのいい計画じゃねーわ。


「差別するわけじゃないけど……ゴメン玉鍵さん、私はあまり一般に良い印象は無いわ。あなたのような人は本当に特別だろうから」


 勝鬨かちどきはバカ正直な面があるのかね。言わんでもいいことを。


「あー、スラムとかあるって聞くもんねぇ」


 明確には口にしてないが、花代も相棒と同意見のようだ。まあオレもあのスラムの連中を人手不足だからって上げるのはどうかと思うがね。


「さすがに人選はするわよ。募集人数だって都市の規模で言ったらそこまでいらないもの」


《だいぶ倍率が高いのぅ。不正とか多そうだニャー》


(どうかねぇ。一番不正大好きな連中は殺しちまったとはいえ、所詮どいつもこいつも人間だもんなぁ)


 今後の推移次第でまた地下に落とされるリスクを考えると募集に躊躇する面があるだろうが、それでも地表は地下の人間には憧れだからな。不正してでも上がりたいってヤツは多いだろう。


「でもそんな計画、急に出来ないでしょ? 人手の目途が立つ頃には解決してそう」


「そこはある程度強制なんじゃない? 移民問題と一緒よ、いちいち双方のご機嫌伺いしてたら進まないわ」


(一般層に戻ったと思ったら初宮たちと入れ違い、なんてこともあるか?)


《欲しいのは社会運営のための大人だろうから未成年は対象外でゲスよ、きっと》


 そりゃそうか。パイロットは子供でもできるが、仕事の中には成人前提の仕事も多いだろう。例えばガキに犯罪者相手の治安部隊なんてさせるわけにもいかねえもんな。たとえ出来る能力があったとしても、そういうのを子供にやらせちゃいけねえよ。


(まあどのみち今日明日の話じゃねえようだ。オレは先の事より今週の出撃の事でも気にしよう気にすべぇ


 ザンバスターで寝込んでテイオウで寝込んでと、おかげで1週間があっという間だった気がする。次の出撃まで今日含めて3日しかねえじゃん。


《テイオウで今週の出撃はカウントでいーんでナイ? 今はサイタマのどの基地も出撃どころじゃないと思うナリ》


 ……これも職業病ってやつかねぇ。日曜が近づくと勝手に頭が出撃に向けて切り替わっちまう。


 パイロットだけが騒いでもロボットはカタパルトに乗らない。一般層以上は『送り出して貰ってる』と思わねえとな。底辺? あれば強制地獄行きの欠陥アトラクションだクソがっ。


(んじゃ、基地の空気を見てからで。どうあれ基礎訓練くらいはしとかねえと――――って、ああ、その前にテイオウを片付けにゃならんか。だいぶ雑に汎用ハンガーに置いちまったからな。整備士たちがストレス感じてそうだ)


《次元融合システムの認証は低ちゃんになってるけど、サブエンジンだけで移動くらいはできるから大丈夫でしょ》


 あれは誰でもポンポン使えたらヤバすぎるからな。こっちで勝手に設定させてもらった。ついでに言えば認証解除すると自動的に次元融合システムの核が自壊するようになっている。


 テイオウ、おまえが悪いわけじゃないけどよ。アホの人類におまえの力はちょっと手に余ると思うんだわ。ザンバスターと同様に切り札ってことで納得してくれや。


(あれもこれも基地に行ってからか。なら今の問題は昼飯だな。学食のラーメンは地味にうまくなかったけど、他はどうなんだろう)


《トラブル続きで利用してないもんね。ごはん物ならマシかもナ》


 3人はまだ都市の行く末について真剣に話してる。けどオレはあんまり興味がえや。まともな待遇で暮らせてまともな環境で戦えてれば、そこまで不満はないもんでよ。


 ……一応、赤毛ねーちゃん側につくつもりではあるがね。オレでよければ、な。







<放送中>


「アンタねぇ……いっそ明日までベッドに縛り付けておきましょうか? 昨日まで寝てた人間が訓練なんてするもんじゃないわよっ!」


 アスカの横に座っている玉鍵が怒鳴り声を受けて、まるで強風に見舞われたような仕草で首を傾ける。


 もしかしたら玉鍵たまという少女はとんでもない部分で常識が抜けているのではないか、という危惧を覚えたアスカは病み上がりの人間は大人しくしておくべきだと繰り返した。


 いつもより空いている学食で合流した2年の春日部つみきと先町テルミ、そして3年の大石大五郎。7人は大人数用のテーブルのひとつに陣取って思い思いの食事をしていた。


 つみきとテルミは弁当持参。これは大五郎もだが、彼は大きな弁当箱の他に学食のカツ丼も頼んでいた。柔道部に所属する巨漢にふさわしいカロリー摂取量である。


 対して以前からの学食派はミズキとベルフラウ。そして今日は玉鍵とアスカも学食を利用する。


 ちょっと前から弁当派になったアスカだったが、それは玉鍵が用意してくれたもの。さすがに病み上がりの人間に弁当を用意してくれとは言えず、アスカ自身もまだちゃんとしたお弁当を作るのはハードルが高い。それでも作れなくはないが、過去に玉鍵の作った弁当に比べたらクオリティが悲惨なことになるだろう事は確実で、自分が作るとは言い出せなかった。


「軽くストレッチくらいならいいんじゃない? あんまり動かないのも辛いしね」


 1年上のテルミがきつね色のジャガイモにフォークを刺しながらやんわりと玉鍵の援護に回る。ジャガイモのコンソメ炒めはテルミがよく作るお気に入りのおかずだ。


 テルミは玉鍵の不調の理由のひとつに生理があることを知っていて、周期が終わった後は軽い運動をしたほうが楽になるという自分の経験則からの言葉でもあった。


 もちろんチームメイトで友人とはいえ、さすがに男の大五郎がいるところでこんな話をはっきりとは言えない。テルミとて多感な時期の女子中学生なのだ。


「おおっ、春日部センパイのお弁当ってスゴイですねぇ」


 女子にしては大きな弁当箱を持ってきたつみきが蓋を開けるのを興味深く見ていたミズキ。彼女はラーメン系のサイドメニューがミッチリ詰まっている弁当を見て思わず声を出した。もともと社交的な性格を持つミズキはつみきへの警戒心が緩まってきたようで、最初に比べてかなり態度が軟化している。


「うー、あーしもたまには学食利用したいんだけどね。家が飯屋だと店の残り物とか詰められちゃうんだ……」


 箸で持ち上げたのはしなっとしてしまった揚げ餃子。揚げることで弁当のおかずになるよう誤魔化した春日部弁当の伝統あるおかずである。煮玉子やチャーシューに至っては、もはやつみきにとって怨敵に見えるほど食べ飽きている代物だった。


「シェアでもします? 玉子とクリームコロッケなら交換しますけど」


 相棒に比べてまだ警戒心が解かれていないベルフラウ。しかしつみきの実家が繁盛しているラーメン屋であることを知っているベルフラウは、つい食欲に流されて提案する。パイロットとしてしっかり訓練していることもあり、天野教官の教え子は総じて平均的な女子より食べるのだ。


「まだ手をつけておらんき。カツ一切れ食うか?」


 持ち込んだドカ弁にはもう箸をいれてしまったが、カツ丼はまだ蓋も取っていなかった大石が善意でつみきにすすめる。たいらげるという言葉がピッタリの持ち方で弁当を持つ手は指も皮膚も太い。


「大さん、女の子にそういうのは嫌がられるからやめときなさい」


「むっ、すまないすまんがじゃ


「あはは。いーっスよ。チャーシューと交換ってことで」


 家のアルバイトで接客もこなすつみきの社交性はミズキに輪をかけて高く、男性にもかなり慣れている。加えて理不尽極まる先輩の下で大きなトラブルに見舞われず過ごせる立ち回りの良さは、何気にこの中で随一であった。


「あんたら行儀悪いわねぇ……チャーシュー、チキン南蛮一切れと交換して。あ、端っこだからね」


 口で憎まれ口を叩きつつ、アスカも自分の定食の皿を示す。チキンに掛かったあん・・の味付けはイマイチだった。


「……ふ」


 そんなやり取りの中。わずかな、本当にわずかなものだったが、その場の全員が小さく玉鍵が笑った事に気付いた。


 アスカもミズキもベルフラウも、大五郎もテルミもつみきだって。何気なく過ごしているように見えて、この少女をとても心配していたからだ。


「タマ。アンタもシェアする?」


「ありがとう」


 その『ありがとう』の一言に籠った感謝の気持ちを感じ、アスカたちはいつもより優しい気分になって昼食を楽しんだのだった。







「……ふ」


(これが学食名物、衣ばっかりの揚げ物か。吐き気をもよおす邪悪とはまさにこの事だ)


 日替わりメニューに付いていたエビフライ。意外に大きいなと感心していたところにこの裏切り。やってくれるぜ。無駄に衣の揚げ具合が良いのがなおムカつくわ。


《衣が身に付いてるというより、衣の塊に尻尾から極限まで切り詰めた胴を張り付けたって感じ? どこをくしで刺してもエビは無傷だゼィ》


(箱に入った人間を剣で刺す手品かっての。お寒いを通り越して笑いがこみ上げてきたわ。やってる事が一般層と同じおんなじゃねーか。切り取った身は別の料理に使ったんだろうなぁ)


 こっちはフードパウダーが使われてないから普通に食えるがよ。何が悲しくてパン粉の塊をタルタルソースかけて食わにゃならん。


「タマ。アンタもシェアする?」


 あん? ああ、全員でいろいろ融通しあってんのか。残念飯に集中してたから会話が聞こえてなかったぜ。エビフライは自分で作ってリベンジするか。


「ありがとう(よ。でも見ての通りでなぁ)」


 チッ、オレもチャーシューやカツが食いたいが、スカスカフライじゃレートが合わねえや。こんなもんで肉と交換はさすがに欲張りすぎる。んー、コンソメの香りがするイモがあるな。これならギリギリかねぇ? ちょっとはエビの身もあるしよ。ほんのちょっとな。


「春日部の揚げ餃子と、イモとフライの交換、いいか?」


「えっ、わ、私の? た、ただのイモ炒めよ? これでいいなら……ど、どうぞ」


 ありがてえ。うん、コンソメの厚みのある風味がしっかりイモについててシンプルにうまいな。今のオレは食えないが、コンソメチップスがこんな感じの後味だったっけ。こっちも自分で作ってみっか。


「これはおいしいな(………たしか、そう、)先町」


(よし、合ってた!)


《美少女の名前は覚えたまい、美少女のだけハ》


(限定かい)


「そっ、そう? 気に入ったならぜんぶ食べていいわよ」


 さすがにイモでもこんな虚無フライとじゃ釣り合わないから遠慮するよ。それにガキは食わないとな。減食ダイエットなんて運動しないやつがやるこった。オレらパイロットは訓練してカロリーを飛ばしゃいい。


「テルミしゃんは料理上手だからのぉ。玉鍵しゃんと良い勝負ができるかもしれん」


「無理よ!? 大さん適当な事言わないでっ!」


 先町に肩をバシバシ叩かれながら、ガッハッハと見た目を裏切らない笑い方をする力士くん。さすが超能力者、けっこうな怪我をしていたのにきれいに治るもんだ。


 ……チームメイトのタコ二人の処遇はまだ決まっていないと言っていた。


 国はたとえ子供で怪我をしていようが問答無用で底辺層に落とす。あのタコどもがまだ地表の病院に入院していられるのは、サイタマが独立宣言してガキの処遇どころじゃないからだ。


 朝の顔つきからすると、力士くんも先町もバカなんてほっとけと周りが言ってもスッパリ諦めるのは無理だろう。となると、まだチームメイトの処遇に温情がありそうな赤毛ねーちゃん側になるんだろうな。


 じゃあ次は揚げ餃子――――


《投擲物。ティーカップ、液体入り》


 ――――チッ!


 フライの乗った定食のトレーを強引に引き抜いて、振り向きざまに飛んでくるティーカップの液体が周囲に散らないよう斜めにさばく。今日は人が少ないから二次被害を考えなくていいのは助かるぜ。


「きゃあ!? なにっ!? 」


 背後で動揺した先町の悲鳴が上がったが、オレの目は投球ポーズを戻して逃げ出そうとする男子学生だけを捉えている。


(スーツちゃん)


《投擲コース表示。トレーカッター!》


(切れねえよ! っとぉ!)


 サイドスローで投げつけたトレーが被った液体を散らしながら飛んでいく。うわ悪い、掃除のおばちゃんたち。


 逃げる後頭部めがけた樹脂製トレーの投擲だったが、男の機敏な動作で無難に回避される。こりゃ意外。躱され床に落ちて跳ねたトレーを尻目に、男は廊下へと逃げる。


 どこの何様だ? ―――――逃げようと踵を返したときの顔、オレに恨みがあるにしては妙に落ち着いたツラだった。


 その動きはまるで怒ったオレに追いかけさせて、どこかに釣り出そうとしていたように見えた。

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