ＴＳ男です。週イチでスーパーなロボットに乗ってます

第127話 太々しく生きる

＜放送中＞

「……やっぱり溜め込んでいたわ。辛かったでしょうね」

　玉鍵の部屋を出た後、天野とこれからの事を打ち合わせるためにリビングで腰かけたラングから酷く痛ましそうな声が漏れる。

　いつもの親友らしい自信と強気は鳴りを潜め、疲労のにじんだ表情からはこの天才をして激動の変化に飲み込まれないよう抗うだけで手一杯である事が伺えた。

　それでも周囲の者たちの手前、ラングはどれだけ追い詰められようと不敵に笑っていなければならない。まして、身も心も疲れ切って倒れた少女の前では。

　女傑と謳われるラング・フロイトが弱い面を見せられるのはほんの一握りの相手だけ。その中に自分が含まれている事を天野和美は誇らしく思っている。

「それじゃあ、やっぱりたまちゃんは……」

　銀河派閥の人間を数千もの単位で――――その先を口にすることはできず、天野は黙った。

「情けない話よ。大人の私たちがモタモタしていたから、引き金を引く役割があの子に回って来てしまった」

　暴発した銀河によって引き起こされたクーデターによって、ついにフロイト派と銀河派という都市を二分する勢力が激突することになった。

　これまで水面下で争いながらサイタマを掌握しようとしていたのはフロイト派も同様だが、このような無茶な形で大日本から離反したかったわけではない。だが、都市を人質にされ時間稼ぎさえ出来ない状況となればやむを得なかった。

　ラングたちが組織を立ち上げるよりずっと前から大日本の内閣は銀河派に汚染されてしまっている。そんな政府の判断など待っていてもフロイト派は残らず処刑される未来しか待っていない。

　もはや何をどうしようと遅きに失する。銀河によって賽は振られ、お互いの命を賭けた全面対決の盤面は出来上がってしまったのだ。ならばラングたちとて勝ちにいくしかない。

　生き残るために。

　そしてこのときラングはサイタマ都市の一部と人命を、コラテラル（必要）・ダメージ（経費）として諦め、市民を巻き込んで攻撃したという虐殺者の汚名を被る覚悟を決めた。

　もちろん犠牲を最小限に抑える努力はするつもりだったが、どれだけラングが努力しようと確実に被害は出る。それは本当にどうしようもない事。どうすることも出来ない事だった。

　そう――――人知を超えた力が無いのなら。

「あの子は一切悪くない。むしろ人間が考える中で、もっとも理想的な形で被害を抑えたと言っていい」

　戦えば最終的にフロイト派が勝っていたとラングは断言できる。だがしかし、こちらの構成員にも多大な犠牲が出ただろうことは想像に難くない。そしてそれ以上に、街に住む非戦闘員たちに甚大な被害が及ぶのは避けられなかった。

　戦いの決着がついた後も面倒極まることになる。逃げ散った銀河派は潜在的な脅威として常にフロイト派の統治を脅かし、戦いで疲弊した組織では大日本国を相手に正面から対抗するのは至難。

　また、どれほど市民の意識を誘導したとしても、都市を巻き込んで戦ったラングは銀河派閥と同様に汚名がどこまでもついて回ることになったはずだ。

「敵だけを倒し、都市にも無関係な人々にも被害を及ぼさない攻撃法を持つスーパーロボット、『テイオウ』。そんなジョーカーを駆って現れたタマこそ、このサイタマの、いいえ、―――――大日本の救世主よ」

　撃沈すれば銀河の乗りつけていた飛行船は都市へと落下し、都市は火の海となったはず。その後も海軍まで含む残党と泥沼のゲリラ戦になる。

　もはや完全な内戦だ。銀河派による暴行・略奪・虐殺によって、巻き込まれた市民は筆舌に尽くしがたい苦痛を味わうことになる。フロイト派とて素行の悪い末端が犯罪を行う可能性は十分にあった。

　そんな悪夢ばかりの未来を、玉鍵たまはすべて未然に防いだのだ。都市が戦火に包まれる未来を、サイタマの運命を変えてくれた。

「でもね、それでもタマは泣いていたの。頭の良いあの子は間違いなく最善を選んだ。けど、それを世間が認めてくれないとも分かっている」

　多数を助けるために少数を犠牲にしなければならない。それは誰かを率いている者であれば必ずと言っていいほど直面する問題。

　正しく決断できなければ全員が死ぬ。それでも人々は少数を見捨てた者を悪しざまに批難するのが常なのだ。無責任に口だけ出す自分たちがどうすることもできなくても。

　多くの人命を奪ったという簡素な一言で説明するなら、あの少女は虐殺者かもしれない。しかし、その前後の事情に見ないふりをして玉鍵を批難するのはあまりにも卑怯だろう。

　玉鍵たまは軽はずみにトリガーを引いたのではない。これ以上はどうすることもできないと理解し、迫りくるタイムリミットの中で覚悟を持って引くしかなかったのだ。

　自分が多くの命を奪うという恐怖と罪悪感を押し殺して。

　あの瞬間、たった１４才の少女が都市の行く末を、国の未来を担うしかなかった。そしてそこまで追い詰めたのは他ならぬラングたちこの国の大人。

　玉鍵にトリガーを引かせたのは、銀河の暴発を許し、横暴を許し、問題を先送りにしてきた大人たちなのだ。

　どれほど恐ろしかっただろう。どれほど苦悩しただろう。それでも彼女はすべてを堪えて罪を背負ったのだ。

　……本当はラングに強くしがみついて泣くほど嫌だったのに。

「誰にも虐殺者なんて言わせない。言わせるわけにはいかない」

　玉鍵の涙の跡が残るスーツを見て、ラングは知らず拳を握った。それは銀河への憤りのためであり、己の不甲斐なさを感じたため。

「……私にできることはある？」

　これからどうするの、そう軽々しく聞くことを天野はしなかった。世間で天才、女傑と言われるこの親友とて『そんなことこっちが聞きたい』と喚きたいくらいの状況であろうから。

　だから天野は己が出来ることでラングを助ける。面倒なだけの組織の長なんて進んでやってしまうほどの、この世話焼きでお節介の友人が好きだから。

「そうね、私はしばらく忙しくなりそうだから学園と子供たちをお願い。秩序が混乱してるときほど小悪党が入り込んでくるからね。これを機会に学び舎も洗浄と行きましょう」

　サイタマ学園は銀河派閥の力が大きかった機関のひとつ。そのせいで玉鍵や花代ミズキが迷惑を被ったのは記憶に新しい。その中枢人物たちの後ろ盾が軒並み消えた今こそ健全化のチャンスだろう。

「わかったわ。もうただの訓練教官をしてる場合じゃないわね」

　自分には向かないとフロイト派の権力構成からやや距離を置いていた天野。しかし、守るべき者のために自分にできることがあるのならば是非はない。

　天野和美にとって守るべきは生徒であり、友人であり、彼女らと生きていくための健全な社会なのだ。

　――――その社会が今より良いものであるのなら、多少国名が変わってもいいだろう。

　少なくとも、子供を無理にパイロットに仕立てて使い潰すような政策を取りたがる現政権よりは。

「おっ、やっと和美にも私の苦労を分かち合ってもらえるようね」

　まるで先ほどの疲労感が嘘のように軽口を言い、すっかり気持ちを上向けた親友に天野は苦笑する。

　そしてスーツのスカートを整え腰を上げたラングは、最後に玉鍵のいる部屋を見つめると天野の耳元にそっと告げた。

「噂で消息不明になっていた例の物質転換機、今はタマが持ってるわ。犯人は法子だって」

「―――――はあ！？」

　美人なはずの友人の変顔を見て悪戯が成功したようにラングは笑む。そして天野が再起動する前にさっさと玄関に向かった。

「ちょーっ、ラング！　説明していきなさい！」

「ごめーん（Ｓｏｒｒｙ）、ホントに時間無いの。タマに聞いてちょうだいねー」

　追いかけてくる友人に構わずドアを閉めたラングは、そこからすぐに『天野和美の友人』から『大統領（独裁者）』の顔に切り替わった。

　即座に待機していた護衛が周りを固め、このたった１時間ほどで溜まりに溜まった案件を秘書が伝えてくる。

　後世に自分の人生の軌跡がどう評されようとかまわない。

　走り抜けるのだ、守るべき者を守るために。

　倒れてから４８時間、やっとベッドから出る許可が下りた。熱もすっかり下がったし、いい加減体を動かさないと関節がコチコチに固まっちまいそうだったぜ。

「ホントに無理しないでよね。また倒れられたらたまんないわ」

　こんな感じにトゲのある口振りのクセに、アスカは家でずいぶん世話を焼いてくれている。

　おっかなびっくり使っていた包丁も多少は慣れて、今ではリンゴカッターで安全に剥けるようになっている。諦めんの早すぎだろオイ。

　時間かけて習熟するよりさっさと道具のほうでなんとかするあたり、赤毛ねーちゃんと同じく合理的な西洋人の血かねぇ。

　別に結果は同じだし、これが出来なきゃ死ぬってわけでもないからいいけどよ。ただ皮をウサギにするためだけに、最後だけはＤＩＹ的に包丁で加工するのはなんなんだ。

　スゲー自慢げに出してきたからなんとなく褒めたら、すごい良い笑顔になって毎食出してくるようになった。まあパイロットにとって果物は大事なビタミン源だからありがてえ。

《むふん、ツンデレはいいものダ。文化の歪みだネ》

（もしかして極みと言いたいのか）

《最近はそうとも言うー》

　オレがダウンしてたった２日ぽっちだが、外では色々あったようだ。

　まず人が少なくなった。これはオレが消した（・・・）分じゃなく、サイタマはクーデターの真っ最中だから外を出歩く人間が減ったって意味だ。

　そう、サイタマは目下フロイト派による実効支配を受けて、大日本国からの独立に向けて動いているらしい。

「でもこんなときでも学園に行けとか和美も鬼畜よね。生徒なんて半分くらいしか来てないのにさ」

（……親が銀河派だったガキの中には、オレが孤児にしたやつもいるだろうな）

《今さらだニャー。ダイジョブダイジョブ、どうせ親の遺産をあてにしてボケる前に早く死ねとか思ってるような連中ばっかやで。きっと》

　一応、親の行方不明を名乗り出たもので必要ならば生活を支援することになっているらしい。言（つ）っても、スーツちゃんが調べた限り保護を名目にした監視に近いようだがな。

　学園は生徒や教師こそ減ったが、今のところ平静を保っているらしい。中にはしつこくイジメてくる人間が学園からいなくなったと、すっかり晴れやかな顔つきになった生徒もいるようだ。

　まーな。イジメられてる側を諭して、イジメっ子と無理にでも仲良くしろってのはあんまりな要求だろう。相手にするなとか言われても、向こうから寄ってくるのにどうしろとってなもんだ。

　そういうヤツがクラスに居ると全体の空気も悪くなり、ストレスからかさらにイジメやら非行的な態度をするヤツが出てくるようにもなる。

　ガキを躾けるべき大人の言うこっちゃねーかもだが、素行の悪い生徒を根気よく指導するより、そいつがいなくなったほうが他の子供たちが楽に健全化するもんさ。

　暇潰しに観た人情教師物語のロン毛には悪いが、腐ったミカンの理論が真実なんだよ。

「タマ」

　テーブル越しに対面に座っているアスカが、刺すだけでパキリと音がする皮の厚いウィンナーをフォークで持ち上げ、それをオレに突き付けてきた。

「悩んでんじゃないわよ。アンタはバカに対処しただけ。その結末を受け取るのは連中とその近く人間の責任であって、アンタが長々と気に病むことなんてないわ」

　ウィンナーはアスカの口に消え、乱暴に咀嚼されたあと白い喉へと流れていく。

「私はタマが何人殺そうとかまわない。その数の何倍も助けてると知ってるし、その中には私やラング、和美やミズキたちもいる――――殺したんじゃない。助けたのよ、アンタは」

「アスカ―――」

「事情を知りもしないバカが何を言ってきても、思い切り胸を張ってやんなさい。アンタはたださえ胸が無いんだから」

　……ガキに気を遣わせちまうとはな。年食っても青い野郎だぜ。オレは。

　赤毛ねーちゃんに言われて、多少は整理をつけたつもりだったんだがな。それでもグチャグチャ考えちまったよ。

　ハッ、らしくねえ。オレはもっとシンプルにパイロットでいたいし、パイロットでいればよかったんだ。

　ロボットに乗って、Ｓワールドで敵を倒して、日銭を稼いで生きていく。たったそれだけで十分だったじゃねえか。

　くだらねえ因縁つけてくる連中は遠慮なくブチ転がす。絡んできたタコの後の事なんて知ったこっちゃねえ。そういう人間だっただろ、オレは。

「ありがとう（よ）」

「う、そ、そんな真面目な顔で言わないでよ。アンタが落ち込んでると張り合いが無いし、そっ、そうっ。そういう感じの激励なんだからね！」

《ツンデレ丸裸。激励って隠せてニャイ》

　あのときオレは大勢を問答無用で殺した。これはどうしようもなく事実だ、反論は無い。

　――――けど、それがどうした？　命張って敵対したら、そりゃ最後は殺し合いだろ。なにも不自然じゃ無（ね）え。

　こっちが勝って向こうが負けた。こっちが生き残って向こうが死んだ。たったそれだけの結末だ。生存競争を挑んで負けた側に、受けて勝った側が文句を言われる筋合いは無い。

　そうだ。もっとシンプルに行こうぜ。

　オレには人類の存亡もイデオロギーもどうでもいい。パイロットとしてただ思い切り戦って、精一杯生きていければ。

　戦って手に入った物を喜んで、守れた物を喜んで。それでいいのさ。

「……いいやつだな、アスカは」

　目の前にいるアスカと一緒に食う飯だって、オレの立派な戦果。守れた物。

「だっ、だから違うってばっ！　もう……バカ」

（スーツちゃんもありがとうよ。今回もスーツちゃんがいなきゃ無理だった）

《ニョホホッ。貴重な低ちゃんのデレ頂きますた。スッキリしたかネ？》

（アスカのリンゴを齧ったくらいには爽やかだ。今さら人殺しでクサクサ悩むほどご立派な人格してねーしな）　

　世間がオレを批難するならもうそれでいいさ。

　ただし、オレを攻撃しても黙ってると思ったら大間違いだ。

　殴ってきたヤツは殴り返す。口ばっかりの正義厨なんざお呼びじゃねえ。

《それでこそ低ちゃん。アスカちんの言ったように無い胸を張ってイケ》

（ああ、悪びれずに胸を張るさ。この無い胸をな―――ってやかましいわ！）

《乙女の心の障壁、パッドありマス》

（いらん！）

＜放送中＞

「たまさん、すみませんでした（サーセンした）！」

　事前にアスカから連絡を受けた春日部つみきは、学園にある高級車専門の校門に陣取って玉鍵たちを待っていた。

　横には同じく花代ミズキとベルフラウ・勝鬨（かちどき）、さらに大石大五郎と先町テルミもいる。

　後者の二人に関しては社交的な花代が、アスカから受けた『タマが登校する』という情報を伝えたからである。

　相棒のベルフラウは彼らに知らせることにやや難色を示したが、危険な状況を共に体験した事で多少は気を許しており、最終的には同意している。

　今の学園は都市と同様に混乱状態。パイロットとはいえひとりの子供として、味方と言える人間で固まっていたいという心理もあった。

　高級送迎車ＣＡＲＳの後部座席から降りた玉鍵へ向けて、９０度以上に腰を折ったつみきは開口一番に謝る。

　両手は頭の上で合掌し、あまりの勢いで前屈したためにスカートのお尻側が舞い上がって、やや後ろにいた大五郎は顔を赤らめつつ顔を逸らした。黒だった。

「おはよう。怪我は無かったか？」

　全力で謝るつみきに向けて、玉鍵は二心の無さを伺わせる透き通る声で友人の安否を確認する。

「無いっス！　ホワイトナイトは壊すわ、敵に捕まるわ。迷惑ばっかりかけてごめんなさい！」

「ならいい」

「でもっ―――」

「戦ったらロボットは壊れる。あたりまえのことだ。春日部、よく持ち堪えてくれた」

「そーねー。持って来いって言われたのに、自分で戦うのはどーかと思うけどねー」

　チクリと嫌味を言いつつ、アスカが玉鍵の背中から顔を出して肩に顎を乗せる。その姿は手を差し出すと顔を乗せてくる、人懐こい犬のよう。

　彼女の行動は傍目から見て、一緒に登校できることが嬉しいと態度に出ていた。

「すみません（サーセン）！」

「アスカ」

　玉鍵が困ったような声で諫めると、アスカはハイハイというように手を広げて口を閉じた。

「どこまでいっても、女子供を人質に取るようなやつが悪い。気にするな―――おはよう」

　つみきの肩に優しく手を置くと、玉鍵は歩き出しながら他のメンバーにも挨拶をする。

　その態度からは見舞いに行った時のような極度の疲労や、精神的な危うさは感じられない。特に精神的なトラウマ（傷）を気にしていた一同は内心で大きく安堵した。

「玉鍵しゃん。うちの連中を助けてくれて、ありがとう（あいがと）ございました（もした）」

　全員がいくつかの無難な話題を交わしたあと、大石が切り出す。

　それに合わせてテルミも深く頭を下げる。

「ユージもコージも、命だけは助かりそう。本当にありがとう」

　ジャリンガー４のパイロットである二人は、銀河派閥に属する親たちから洗脳教育を受けていた。その影響でバイクを取り戻した玉鍵を襲っている。

　幸いにして二人の蛮行はアスカたちの活躍によって防がれ、そして２人の救出も玉鍵が行ったことで一命を取り留めていた。

　ただ、本来４人で操るべき合体機を先の戦闘で疲弊しきった２人で操るというのはあまりにも無理があった。

　超能力を使い過ぎないように設定したリミッターは手動でカットされており、洗脳の影響で危険な状態でも力を絞りつくした彼らは生死の境を彷徨うことになる。

　やせ衰えたことで皮膚に皴が寄り、死にかけの老人のような姿になった二人だが、医者の見立てでは順調に回復すれば半年ほどで表面上は戻るとのことだった。

　……どちらも若干の障害が残る可能性が高いとも。

　超能力の過剰使用によって脳の力と栄養を使い過ぎた彼らは、短時間とはいえ脳酸欠に近い状態となってしまったのだ。

　また脳が変質した影響で、超能力を失った可能性も示唆されている。軽度とはいえ障害と、持っていた力の喪失。二人の今後の人生は苦難が予想されるだろうことは想像に難くない。

「マグネッタとグナイゼナウの連中も、夢から覚めたみたいな顔をしちょる。性格も別人みたいになったき」

　玉鍵の駆る白いスーパーロボットの攻撃によって、機体が消失した０４基地所属の２機は、パイロットだけが消失を免れて基地の敷地内に倒れていた。

　しかし、この２機のパイロットたちの境遇はハッキリと別れている。

　問題はマグネッタの方で、２人のパイロットはいずれも半死半生の状態で救助されることになった。

　この機体は全身サイボークのパイロットが使う事を前提とした特殊機で、分離機状態では通常通り、合体時にパイロットもロボットの一部となることで操るという特殊な操縦形式を採用している。

　そんな彼らの体は（ボディ）はまさしく『ロボットの一部』と認識されたらしく、生命維持に必要な最低限の部位を除いて、マグネッタごと消失していたのだ。

　洗脳が解けたことで性格がまともになっただけに、新しい体（ボディ）の調達の目途が立っていない彼らの未来を、同じ基地に所属している大石は憂いている。

　もちろん大石もテルミも、それらを玉鍵の前で口にする気は無い。

　戦いの後で彼女が倒れたのは、強い罪悪感という精神的な苦痛からであると２人は思っていた。

　それは大石とテルミだけではない。アスカもつみきも、ミズキもベルフラウもだ。本当は心優しい目の前の少女が、やむを得ずとはいえ大量の人間を殺してしまったという恐怖と後悔に耐えられなかったのだと考えていた。

　この話はまだ確定ではない。世間では多くの者は行方不明と発表され、アスカたち事件に近しい者たちもそう説明されている。

　だが当事者としての体感で、玉鍵が銀河と決着（・・）をつけたと直感していた。

「……大石の怪我は大丈夫か？」

「おう。なんも心配ない（なか）。体力も治癒力の人一倍やき」

「あのときは助けてくれてありがとう。おかげでこっちは怪我をせずに済んだ」

　そう言った玉鍵は足を止めると、全員に向けて小さく頭を下げた。

「皆に助けられた。ありがとう」

　ふわりと優しく揺れて、陽を浴びてキラキラと輝く少女の長い髪に全員が見惚れる。

　どこか飄々としていても、玉鍵たまという少女は他者を気遣える優しい人間なのだ。愛国者ぶって当然のように人を傷つける人間とは違う。

　人質に取ったつみきの指を捻じ切れなどと、平気で告げる腐り切った一族。

　人が大量に死んだこと自体を痛ましく思っても、アスカたちは銀河に連なる者たちが死んだことに道徳的な感情はもはや刺激されなかった。