第126話 サイタマ離反!? フロイト大統領!

<放送中>


 銀河派閥の多数の人間が消失したサイタマにおいて、混乱に乗じて街の実権を掌握したのは『大統領』を名乗るラング・フロイトという若い女だった。


 内閣制度を持つ大日本国からすれば大統領など寝耳に水どころの騒ぎではない。


 しかしその大日本においても多数の銀河派閥が入り込んでいた大日本政府は、それぞれの組織派閥の混乱収拾に手いっぱいで、フロイト派がサイタマに立ち上げた独立政権への対処など不可能だった。


 人がいない。本当に政府に人がいないのだ。その理由を正確に知る者さえいない。


 ほんの一瞬前まで話していた相手さえもが忽然と消えたという怪事件に誰もが恐怖する。


 残った者たちはあまりの超常現象を前にして、誰もがとある高位存在を連想した。


 自分たちを宇宙にとっての寄生虫と呼び、この星に押し込めた次元の違う未知の存在。『Fever!!』による大規模な粛清・・だと、口々に囁きあった。


 どこかの誰かがあの存在の逆鱗に触れ、関係者が残らず連座となったのだろうと。


 ……やがてある程度混乱が収まり、ここまでの事を推察するとおのずと消失した人間の共通点は見えてきた。


 それは銀河派閥と関係があった者たちばかり。


 政治家としてと言うより人間として黒い噂のある者たちが多かった事が、いかにこの問題が人として醜い部分に起因するかが窺い知れるよう。


 当然として機能不全に陥ったのは政治関係だけではない。財界・反社会団体・メディアは言うに及ばず、果ては末端の犯罪グループからさえも多くの人間が消えていた。


 そしてこの目も当てられない惨状こそが、それほどまでに銀河派閥という存在と国そのものが根深く癒着していた証でもあった。


(命令が無いと本格的に動けない。公僕としては非常に頭が痛いところです)


 その日、釣鐘つりがねが率いるS・国内対策課の精鋭メンバーたちは一般層を離れ、一時的にエリート層に出向していた。


 とあるお騒がせなエースパイロットによって暴かれた国内ATの企業、『ギルガメッシュ』の強制捜査に協力するためである。


 S課に配属された彼らは特別な権限を持ち、厳重なチェックと精査期間を要求される他の職員と比べて一般層とエリート層を比較的簡単に行き来ができる強力なフットワークを持たされている。今回はその機動力と有能さ、そして企業との癒着の可能性繋がりの希薄さを期待されての応援要請だった。


(たまに家の荷物整理ついでに帰ろうと思っていたらこれです。ご近所には『あの家にはハウスキーパーしか出入りしてない』とか言われていそうですね)


 実のところ釣鐘つりがねの本来の住まいはエリート層にあるのだが、彼は時間効率を優先して一般層の宿舎住まいを続けており、長らく実家に帰ってはいなかった。


 とはいえ、彼にはもうずいぶん前から家族はいない。その土地と家も権利を持っているというだけであり、実家とは名ばかりの物置のような場所でしかなくなっているのだが。


「『Fever!!』の絡んだ件であれば、S課として動けるのではありませんか?」


 釣鐘つりがねが部下の中でも特に伸びしろがあると評価している女性、加藤が眉を潜めたままの上司に果敢に意見を述べる。


 さながら爬虫類のように目つきが冷たく、その目つき以上に怖いと恐れられる彼に明確に意見を言えるというだけでも同僚から一目置かれる加藤は、状況を打破するためにS課として独自に動くべきだと考えているようだった。


 現状のS・国内対策課は犯罪捜査への協力も終わり、織姫という少女とその親や親族・取り巻きの一部の犯罪を暴き立て、底辺層へと送って一息ついたところであった。


 しかし、そこに響いてきたのは銀河帝国を自称する気の触れたような占領放送。


 さらに彼らの下には国から離反したらしい海軍所属の兵隊が大挙して押し寄せ、国際法に守られた釣鐘つりがねたちS課の職員を違法に拘束するという始末である。


 国際法を口にして紳士的に解放を訴えた釣鐘つりがねに対して、彼らは『そのような法など新しく生まれる国に効力は無い』と冷笑していた。


 命令されて動くのが軍人であるならば、命じられた彼らは罪に問われないというのは釣鐘つりがねとしても納得する話であり、彼らが略奪や暴行などに出ない限りは軽蔑はしない。


 しかし、それは軍そのものが国の法に乗っ取ったうえで命令が下されている場合に限る。


 海軍兵士の行いは完全にクーデターの類であり、彼らにとっては上官の命令だとしてもそこに法的な正当性は一切無い。


 釣鐘つりがねは問題終息後に適当・・に叩き潰すことを心にメモし、静かにチャンスを待つことにした。


 ――――そう。それこそ半年でも一年でもじっくりと待つつもりであったのだが。


「『Fever!!』の仕業と決まったわけではありません。あの存在にしては粛清が穏便ですし、あるいは別の場所で生きている可能性さえあります。死体がありませんからね」


 長引くかと思われたクーデターは唐突な終わりを迎えた。


 事の顛末、その一部だけは釣鐘つりがねたちを始めとした多くの者がわかっている。阿呆のように続けられた老人の傲慢な放送は、その断末魔の叫びさえも世界中に届けられていたからだ。


(銀河帝国は勃興早々に玉鍵たま、彼女の駆るスーパーロボットの前に敗れた。連中にとってあの子は完全に鬼門でしたねぇ)


 帝国の飛行船から放送していた老人の声は釣鐘つりがねも聞き覚えがある。政界から引退した後も露骨に政治へ干渉していた厄介な老人だった。


 非常に高齢だが自身の体をサイボーグ化することで延命していた人物で、過去に玉鍵たまの囲い込みをプランニングしてS課に使い走りを要求してきたのもこの老人である。


 さらに言えば、物証こそ無いものの『怪盗』を名乗る犯罪者を雇って物質転換機の強奪を命じていたこともS課の調べで分かっていた。


(あの老人がこんな形で激発したのは、強奪の失敗からでしょうか? このところに急に体調が思わしくなくなったとの情報もありましたからね)


 現代医療では手の打ちようのない病魔、あるいは老衰に怯えた老人は、多少の犠牲を払っても強引に事を進めることを決断したのかもしれない。


 結局のところ、二言目には憂国を謳い周囲を非国民呼ばわりしてきたかの老人一番の関心事は、国でも組織でも人類でもなく、どこまでも自分の命だったのだろう。


「しかし――――この状況でバカンスとも言っていられませんか」 


 現在のS課は派遣されたサイタマの治安部隊の手で海軍の拘束から解放されたものの、組織として完全に機能不全に陥り右往左往する政府のせいで宙ぶらりんになっている。


 未だ混乱している政府関係施設に近づくのは悪手と考え馴染みのホテルに集結していたが、ここで無為に過ごしても得られるものは無いだろう。場合によってはこのサイタマ都市から脱出する必要が出てくるかもしれない。


 どんな行動をするにせよ布石くらいは打っておくべきだろうと、公僕としての釣鐘つりがねを説得する計略家の釣鐘つりがねの方針を彼は採用した。


「まずは忙しそうなところにねじ込んでみますか。そのほうが本音を言ってくれそうですしね。フロイト女史、いえ、閣下・・とやらとコンタクトを取ってください」








 市販薬とはいえ多少は効くな。熱も下がって腹もジクジクした痛みが無くなった。この症状がいわゆる重い・・ってやつだったんだろう。オレも体調が悪化しているときは生理が重くなるんかいね。こういうのを隠して生活してるんだから女ってスゲーよ。


(で、暇でござる)


《熱が下がった子供みたいな事を言ってると、またぶり返すでござるゾ。それに監視もいるでござる》


 部屋の外、家の外、周囲の道路に至るまで警備という名の監視がいるからなあ。しかも指にバイタルセンサーまで付けられてるから、呼吸や心拍が乱れると隣の部屋の訓練ねーちゃんがすっ飛んでくる。


 オレが医者を拒否したことで訓練ねーちゃんに介護のお呼びが掛かったって迷惑かけてるだけに、ちょっと暇だから程度では動き回るわけにもいかねえ。


 それに都市も基地も状況的に忙しいってレベルじゃないはずだしな。大人しくしてるだけしか出来ない人間が引っかき回すのもアレだ。本当はここに置いてる訓練ねーちゃんや連中だって、もっと別の仕事に動員したいはずだろうしよ。


(スーツちゃん、行方不明者・・・・・は何人だっけ?)


《今飛び交ってる情報だと7000人以上。いずれもっと増えるだろうけどネ》


 あのとき、銀河に与する存在を『テイオウ攻撃』で消し飛ばした数は一万近い。標的には、つまり飛行船やファイヤーアークに始まる大小の機材も含まれるから最終統計は1万人は越えないとは思うが。


(……そうかい、これでオレも大量虐殺者の仲間入りだな)


 パイロットの名前はきれいさっぱり忘れちまったが、ジャスティーンで暴れたタコのレコードを桁ごと軽く超えちまったぜ。ファイヤーアークの関係者って、みんな不幸になるんじゃねえの? 間違いなく呪われてるぞあのロボット。二度と作るなよな。


《どうせ残していても底辺送りじゃネ? 手の遅い役人の手間を省いたと思えば、イーッ!》


(爆弾に改造されて、なぜか無意味な人間爆撃に使われたどっかの戦闘員か)


 子供向け特撮にストーリーの合理性を求めるのが間違いなんて言われたりするが、アレはさすがにもう少しなんとかならんもんかね。ガキでも違和感を感じるものは感じるぞ。


(世界の破壊者と戦った地獄の軍団はともかく、消した数が数だ。あまりに人数が多いと国の運営のために底辺送りが躊躇される場合もあるんじゃねえの? そういうのも問答無用で殺しちまったからよ)


 ニュースで流れるように行方不明と言ってはみたが、単に死体が出てないってだけ。消えたものは有象無象区別なく、ひとり残らずオレが殺した。それは殺した側として受け止めるべきだろう。


 個人個人に関しちゃあんま悪びれる気になれないがよ。次元融合システムの影響か、連中のやってきた悪事なんかの情報が流れてきて、あまりに不愉快すぎて吐くかと思ったぜ。オレの体の不調も不愉快すぎることを体感的に知っちまったストレスもあるようだしな。


『Fever!!』が脳に直接罪状公開するようなリアルさこそ無かったものの、嫌な気分になるには十分な経験だった。陰湿なイジメなんかの話から、強姦・殺人・汚職。やりたい放題じゃねえか。


 しかもそれが発覚しても司法がまともに裁かないってんだから終わってるだろ。エリートでもこれかよ。


《誤差だよ誤差。それに低ちゃん、底辺や一般の人間ばかり間引かれるのは気に入らなかったんでしょ?》


(まあ、な)


 善人ぶって断罪する趣味なんざ無いが、エリートぶってる悪党をこの世から消し飛ばしたら『スカッとした』ってのが正直な感想だ。


 まあこれも次元融合システムで流れ込んできた被害者たちの気持ちが入ってるんで、ホントのところオレ個人がどう感じていたのかはよく分からなくなっているんだが。


 ヤベーな、あのシステム。あいつが言ったみたいに多用すると個人の意識が本当に溶けちまうかもしれねえ……あいつって誰だっけ? うわ、マジで何か混ざってるかもしれん。き、気を確かに持てオレ。


 思わず頭を抱えそうになったときドアノックが聞こえた。


「どうぞ」


「Hey。大人しくしてたかしら?」


 入室してきたのは白いスーツ姿の赤毛ねーちゃんだった。相当なお偉いさんらしいし、都市の状況的にどっかでカンヅメでもおかしくないんだがな。


 この部屋に椅子は無く寝床はベッドになっている。床と段差があると底辺層の高層カプセルベッドを思い出すから好きじゃないんだが、ここに世話になると決まったその数時間後には買って置かれていたから、居候の身で注文つけるのもアレなんでありがたく使わせてもらっていた。


 そんなわけか赤毛ねーちゃんは躊躇なくベッドに腰かけた。


 初めは体調の確認から入り、軽く世間話をする。こういうのも落語で言うところの話の枕と言うのかね?


「うーん。聞きたい事を早く聞けって顔してるわね」


 そう言ってオレに顔を近づけたねーちゃんは、耳元でボソッと『殺したの? どこかに飛ばしたの?』と問うてきた。


「こ――――」


 回答しようと口を開いたとき、すぐ口元を手の平で覆われた。うっすらと化粧品のにおいがする。


「1か2で」


(この場合、順番的に1が殺したってことでいいのかね?)


《そーでナイ?》


「1だ」


「……OK。でもこの話は未来永劫2よ。いいわね? タマ」


「それはダメだ(ろ)」


「正直であることは決して美徳ではないし、救われない人もいるの。あなたが高潔な精神を持っていることは私も誇らしいわ――――でも、アスカたちの事も考えてあげて」


《あー確かにね。大量虐殺者の友達って地位は正直キツいナ。行方不明ならまだ未確定と言い張れるデ》


(……………………もとから正義のクソもえし、語る資格もありゃしない。か)


 オレは銀河のタコい連中が気に入らなかった。そしてアスカたちのいる赤毛ねーちゃんの側を選んだ。

 どの陣営の側に立つかはもう確定しているし、今さら『私が殺しましたごめんなさい』なんて世間に独りよがりの贖罪をしても、それは周りの人間に嫌な思いをさせるだけ。皆の負担が増えるだけの行動だろう。


 もうガキの青臭い正義感の出る幕じゃない。スーパーロボットを人同士の争いに使った時点で、オレは言い訳の利かない選択をしたんだな。


「わかった(よ)。そういう事にする」


良い子Good Girl……私たちが絶対に守るから」


 赤毛ねーちゃんに強く頭を抱かれる。大人にガキとして抱きしめられるってのは初めてかもしれない。


 だから、つい体を離した。これ以上はダメだ―――――こんなものが泣くほど欲しかったと頭の奥が思い出しちまう。


「他にある(んだろ)?」


 下手な者には取り扱いを任せられない情報の聞き取りが。少なくともひとつはあるはずだ。例えばオレの指にはまった物質転換機こいつの話とかな。


「そりゃあるけどね。でも、こうしてても聞けるわ」


 押しのけたはずなのに再び抱きしめられた。心臓の音が聞こえるくらい深く。


「ちょ」


「いいから。アスカも似たようなもんよ。あの子プライドが高いから、こっちから構ってあげないと空気漏れPunctureするまで我慢するのよねー」


《わかりみ。アスカちんはプライドが邪魔して泣きたくても簡単に泣けなくてめんどくさいだろうナ。今の低ちゃんみたいに》


(……うるせえ。なんで、こんな、クソッ……、女の体は涙脆くて困る)


 目から勝手に涙が出る。体が震える。どうしてこんなにこみあげてくるんだ。








「すまない。落ち着いた」


 ひでえ赤っ恥だ。赤の他人にしがみ付いてシクシク泣くとか男のするこっちゃねえ。赤毛ねーちゃんのせっかくの白スーツが台無しだ。


「もっと甘えてもいいわよ? 泣くときは思い切り泣く。笑うときは思い切り笑う。それが一番のストレス解消になるわ」


 首を振って遠慮する。包容力というか人間力が高いねーちゃんだわ。アスカが懐いてるわけだよ。


《うむ。下がり気味だったバイタルが上向きになったよん。低ちゃん、自分で思ってるよりずっと罪悪感とか感じてたんだろうネ》


(ケッ、何度も死んでるのに脆いメンタルだぜ。抱きしめられて精神が安定するとはガキかオレは……)


「残念。これからしばらく忙しいから代わりに和美にでも抱き着いててちょうだい。あ、アスカで良いなら無料で貸し出すわよ」


《ムホッ。抱き心地番付と行きますか! 若い子もいいけど、和美ちゃんも大人の女性として油が乗った良い時期でありますゾ?》


(遊び慣れた中年のエロ親父みたいな欲望を垂れ流すな)


 このエロスーツに掛かると何でもカンでもエロを混ぜやがる。成人の訓練ねーちゃんはまだしもアスカはアウトだっていい加減に理解しろ。


「さて、それじゃもう少しこっちの聞きたいことから聞かせてもらうわね。あなたの乗っていたバイクなんだけど、その行方を知らない? 見当たらないの」


「無い? あれはザンバスターの格納庫、その下の大空洞に置いてきた(んだが)」


 オレのバイク『功夫クンフーライダー』。


 スーパーロボット『クンフーマスター』のコックピットバイクにして、最近はそれ自体がロボット形態『功夫クンフーファイター』に変形できるようになったトンデモ系の大型バイク。


 あのときザンバスターの格納庫、そのさらに下に隠蔽されていたスーパーロボット『テイオウ』の保管場所にバイクごと落ちてしまったオレは、上に戻る手段が無く困り果てていた。


 だが77メートルものスーパーロボットを格納する大空洞で分離格納されていたテイオウを発見し、その胴体パーツに設けられた胸の空洞にバイクも入れて一緒に地上へ上げるつもりでいたのだ。


 しかしその空洞はテイオウのメイン炉心となる次元融合システムと、そのエネルギーを一時保存するために物質化した光子の塊『タキオン』の球体が埋めることになり、しかたなく功夫クンフーは地下に置いていくことにしたのだ。


 あの中に収めたままじゃ、いくらS技術由来のバイクでも光子物質の形成の時点で消えてなくなっちまうからな。それどころか下手したらテイオウの胴体内でタキオンが反応を起こして大爆発だ。だからどうしても降ろすしかなかった。


 ただ初めはブチ抜いた天盤やジャリンガーの残骸でバイクが埋まっちまうかと懸念していたものの、大きな落下物は次元ディメンションブラストの大威力のおかげでまったく無く、せいぜい小石程度のものが落ちていくだけに留まっている。


 残骸に埋もれたなら見当たらなくても無理はない。しかし、そうでないのだからあの場所は今も空っぽのはず。


 隠蔽のためなのか横穴みたいなものは全部潰されていたし、テイオウの出撃も強い衝撃が掛かるものじゃなかった。吹き飛んでどっかに入り込んだなんてことはないはずだ。ならあんな目立つマゼンタカラーのバイクを見逃すはずがない。


「……まだよからぬ事で動いている連中がいるようね」


「盗まれた(ってのか)?」


 あの乱痴気騒ぎの最中に自分の目的遂行だけに注力するとは、ずいぶん大胆で偏屈な窃盗犯もいたもんだ。どっかの大泥棒の三代目かよ。


(スーツちゃんは何か分かるかい?)


《むー、テイオウのシステム掌握とかロックオンで忙しかったからナ》


 万能に思えるスーツちゃんでも無理なもんは無理か。


 距離も空間も無関係に干渉が可能になる次元融合システムによる攻撃、『テイオウ攻撃』(命名オレ)。一見とんでもない自由度を誇るあの必殺技だが、その自由さが仇になって攻撃設定がひたすら細かいから大変だったようだ。


 こういうのは事前に何種類かのプリセットを作って設定しておくのが普通だ。だが隠蔽されることになったテイオウはそういったパイロット側の細かいショートカットが入っていなかったのだ。全部1からではさすがのスーツちゃんでも1万を超える正確な標的のロックオンでいっぱいいっぱいだったのだろう。


(となると、今頃その泥棒は頭を掻き毟ってるかもな)


《まーねー。たぶん狙いはバイクじゃなくて物質転換機だったろーし》


 大間抜けのコソ泥だな。腹いせに功夫クンフーを壊すんじゃねーぞ。そっちだってオレが預かってる大事なバイクなんだからな。


「タマ、あのバイクには何があったの?」


「デリケートな話になる。場合によっては知り合いが罪に問われかねない。そっちを融通できる目途がほしい」


 結果的に銀河に奪われなくて済むことになったファインプレイとはいえ、法的には完全に犯罪行為に手を染めてるっぽいからな。最悪は支払いが滞ってるオレの報酬と相殺する方向に持っていけるならそれでもいい。どうせ金銭にしたらもう使い切れない額のはずだ。


 国がまともに払う気があるならだがよ。国が立ち行かなくなるからって、商人からの借金を棒引きにするような政策でも平気でやるのが国ってやつだからな。


「…いいわ。人数にもよるけど私がなんとかする」


 このねーちゃんなら口約束でも信用できるだろう。左手から右手の薬指にはめ直していた指輪を見せる。もう目には入っていただろうが、見た目はただのアクセサリーにしかねえないからな。言われなきゃこれが何なのか分からんだろう。


「バイクに入っていたのはこの指輪。物質転換機だ」


 今まで見たことが無いほど赤毛ねーちゃんの目が丸くなった。しばし、いや、このねーちゃんにしてはかなりの間を置いて『待って』というように手の平を向けられる。


「想像の斜め上だったわ。ちよっと落ち着かせて」


《いつも余裕のラングちゃんが焦っててカワユス》


(これでまだギリ20代だもんな。天才すぎて地位に年が追い付いてない感はある)


 そーなんだよなー。このねーちゃんオレの中身より年下なんだよ。それなのに年上で男のオレが甘えちまうとは情けねえわー。


「………よし、待たせたわね。具体的な証明はできる?」


「今すぐでも。どんなものでも転換できる。ただ、もう微量だけだ」


もう・・微量? 前はもっと作れたの?」


「テイオウのメイン炉心はあの場で、これ・・を使って作ったんだ。一度に作れる量は多くなくて、一度作ると時間経過でゆっくり使用量が戻るらしい。転換量の回復にはしばらくかかると思う」


 今はオレの指に収まっている今回の騒動の中心。この艶のあるの銀色の指輪が『物質転換機』だ。


 ごくシンプルな形状のリングで数字やメーターどころか装飾の類もなにも無いのだが、どの指にも不思議とサイズが合うという変な特性がある。


 それも気味が悪いことに、こいつはサイズ変化の兆しが無いのだ。材質はいたって硬質で、ゴムのように伸び縮みするわけでもないのに気付けばきれいにはまっている。


 不気味すぎてスーツちゃんに分析を頼んだところ、この世界の物質とは微妙に『次元がズレた場所』にある未知の物質で出来ている可能性を示唆された。さすがに大掛かりな装置でも使わないと詳しくは分からないとも言われたが。


 まあその辺はともかく、この指輪をはめているとなんとなく物質転換機の『使う方法と残量』が分かるという親切設計らしい。何もかも謎すぎてわっかんねぇわ。


「あれ、主動力が未完成の状態だったの?」


「あのロボットはメインエンジンが最初から開発できなかったから頓挫していたんだ。このあたりはテイオウのデータログを見れば分かる。収まっている光球はあくまでエネルギーの塊で、本体は原寸2センチ程度の球体だ」


 エンジンがたった2センチそこらの物体だから何とか作れたが、物質転換機こいつが1回に転換できる限界に近い質量になる。もう当面は使い物にならない。それでも証明するため程度の量ならなんとかなるだろう。


「私が付けてもいいかしら?」


 指輪を外して手渡す。だが赤毛ねーちゃんがどれだけ指を入れようとしても指輪はうまく入らなかった。持つことは出来るのに指輪がすり抜けるのだ。


「どうやらタマしか身に着けられないようね。完全な証明は状況が落ち着いてからにしましょう」


 返された指輪をオレが普通にはめると、赤毛ねーちゃんも『これは普通の品じゃないな』と納得したようだった。


「これの輸送には一般層の人間が関わっている。ラング、さんの知り合いも」


「……私の知り合い? って! まさかっ!? 」


「たかや―――」


「あ゛ーっ! 待って! タマ、私そこから先は聞きたくないっ!」


(なんかオーバーリアクションが多くて、キツめの見た目よりひょうきんだよな。このねーちゃん)


《そりぁアスカちんの叔母ちゃんだモノ》


(血か)


《血、というか会社? まさに脈々と受け継がれたキャラクタースピリット》


 なんで会社? 人間の話だろ。


「高屋敷長官だ」


「あの子最近可愛くなーいっ!」


 なんか頭を抱えてカブキのようにヘッドスィングをする赤毛ねーちゃん。大丈夫かよ、様子を見に来た訓練ねーちゃんが絶句してんぞ。


 ……悪い、初宮。そっちに戻るのはもう少しゴタゴタを片付けてからにするよ。

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