第124話 テ イ オ ウ 攻撃

「サブエンジンスフィアからエレベーターに電力を供給。テイオウ発進準備」


 このエレベーターは途中下車前提だ。ザンバスターの大重量を支えるほどの上の蓋は隠ぺいのためか、可動部が潰され完全に閉め切りの床になっていた。これはもうテイオウの兵装で吹き飛ばすしかない。組み立てに手間取ると腕部にあるちょうどいい威力の火器が使えず分解状態でつっかえることになる。


 メインエンジンスファアさえ動けば無理やり破壊することも出来なくはない。だがそれをやっちまうと基地周辺まで被害が出そうだからやめとこう。試射の段階で繊細な調整がいるものを撃つのは危なすぎる。


 こいつは人の都合で日の目を見ることなく眠り続けていた赤ん坊。優しく起こしてやらねえとな。


《テイオウ組み立て用意。胴体、両腕、脚部の順にエレベーターリフトアップ》


 巨大エレベーターがテイオウからの電力供給を受け、レールに乗っている各パーツが順繰りに上へと昇っていく。さらにリフトに備えられた作業アームによって胴体パーツが大空洞の中央へと配置された。


「腕部パーツセッティング。肩部ジョイント、受け入れ準備」


 肩にある腕の接合口にあたる装甲が部分的に開口し、肩関節に該当する内部の中枢機構が腕部パーツを受け取るために露出する。


《両腕、パーツを右腕、左腕に分離。胴体とのドッキング用意。3、2、1、接合》


 ひとつのパーツとして固められていた腕が二つに分離し、レールの誘導で胴体の左右へと配置される。


 同じく腕パーツからも接合部となる中枢機構が伸びていき、胴体のジョイントとドッキング。そのまま肩回りの関節となって再び内部へと収まった。


「腕部機能、信号に問題なし。合体終了。次、脚部受け入れ。腰部ボールジョイント露出」


 テイオウの脚部は腰から下まですべてを含む。いっそ『下半身』と表現したほうがいいものだ。合体部位は腰関節で、ひとつの巨大なボールジョイントで繋げるという珍しい関節機構を採用している。


《ジョイント、接合、全接続問題なし。エレベーター天板接近、激突まで10秒》


 この大きな球体関節の恩恵で、77メートルもの巨体を誇るテイオウはゴツいボディに見合わぬ腰回りの柔軟性が確保され、上半身を捻る・・という動作も可能になっている。


「脚部、信号に問題なし。テイオウ、格納形態から戦闘形態へ。最終変形を開始」


 格納用にコンパクトに畳まれていた手足を変形させ、いよいよテイオウを人の姿に近づける。ロボットの鎧である装甲が全体に大きく張り出し、ガチガチに縮こまっていた関節が人型ロボットらしい適度な柔軟性を得て、仮初の命を与えられていく。


「メインエンジンスフィア、起動するぞ―――――起きろテイオウ!」


 そして、肝心かなめでありながら人には最後まで作り出せなかった王の心臓『次元融合システム』に火を入れる。


 その瞬間に空間、いや、世界そのものが目覚めた・・・・感覚を感じた。


 どこかで詰まっていた何かが流れ出していくような清流の感触。淀んでいた器に新しいものを受け入れるような生まれ変わった実感。


 ―――――天を目指す強き王の誕生を祝うような、万雷の拍手と喝采が上がったような気分を。


 計器を見るまでもない。装甲越しでさえグングンと膨れ上がっていくパワーが分かる。たった2センチそこらの球体が発生させた膨大なエネルギーが見る間に蓄積され、輝く球体となって胴体の空洞を、王のいのちを埋めていく。


 これはただの光じゃない。人知を超えた力で圧縮され、物質化するまで集まり顕現した光の粒子。『タキオン』


 けれどその奇跡の産物でさえ、次元融合システムの副産物でしかない。


 もはや時空を我が物としたテイオウは、物質ごときではその膨張に耐えられないはずの超エネルギーでさえ保存を可能とし、望むだけで無限のエネルギーを得られるのだ。


《起動――――成功。次元融合システム安定値。テイオウ、全機能正常に稼働中》


 嘘偽りなく世界を滅ぼせる力を内包したパンドラボックス。


 それが『テイオウ』。


 滅びの丘に佇む王。


 居もしない神の教えを納めた聖櫃アークなんて物の数じゃない。こっちは紛うことなき厄災の箱だ。それを開いたのは銀河、間違いなくおまえらだぜ。


(んじゃまあ一発、花火といこうか)


《おっけぃ。『次元ディメンションブラスト』発射準備。天板の他にジャリンガーの残骸もあるから強めでイクゾイ》


(おう。飛行機能作動、エレベーターリフト切り離し)


「《ブラスト発射!》」


 腕部に淡く光るサブスフィアが強く輝き、天に向けて黄金の光が駆け上がる。


 時空間が滅茶苦茶に歪むことで発生した、ありえない形の光の屈折とその軌跡が生み出した滅びの輝きだ。


 光線は絶大な破壊力を物語るように堅牢な天板を容易く貫く。粉々に打ち砕かれた瓦礫は狂った重力に撒かれて舞い上がり、埃のごとく空の彼方へと吹き飛ばされていく。


 金色の光に溶けていく瓦礫の中には、大きな手や足の残骸も見えた。


 ……悪いなジャリンガー。おまえの分も連中に叩き込んでやるよ。


 Sワールドで戦うために生まれたおまえに、こんな人間同士のイザコザで倒れるなんてくだらない結末を用意した、あのクソ野郎どもを代わりにぶちのめしてやるさ。


 さあ上がれ、テイオウ。地の底は退屈だったろう? 鬱憤のすべてを引き受けてくれるデカい的が待ってるぜ。







<放送中>


〔銀河帝国は無益な争いを望んでいない。ただちに武装を解除し、正当なる相応しき者に基地を返還せよ〕


 勝ち誇ったように響いてくる尊大な放送に、隊列の正面を張るアスカのバスターモビルが親指を下に向けるモーションを行う。


「ブァァァァッカじゃないの!? なぁぁぁにが正当なる相応しき者よっ。都市を人質に取るような卑怯者がよく言うわ!」


 コックピットで精一杯の悪態をつくアスカの額からは一筋の血が垂れて、訓練で鍛えられたしなやかな足に数滴が落ちていた。


 敵は50メートル級の大型に分類されるスーパーロボット。それも飛行が可能で遠近に十分な武装を持つ、トータルバランスの取れた機体である。


 対してサイズが小さいうえに高機動の近接戦しか得手が無く、重力下では飛ぶことの出来ないバスターモビルには有効な反撃手段が無い。


 さらに自らの背後に基地を背負うアスカたちは、ファイヤーアークの攻撃をたとえ簡単に避けられるものでさえ受け止めるしかなかった。


 10メートル級としては比較的頑丈なロボットのバスターモビルでなければ、とっくの昔に破壊されているところだろう。ザンバスター開発にも技術ノウハウを提供したその設計は確かなもので、アスカたち3機は半壊近くまで損傷しながらもまだ動けていた。


B3.<きゃあ!?>


B2.<ベル!?>


 だが気合いで削り取られた装甲が戻るわけもなく、ベルフラウの機体がファイヤーアークの脚部から放たれた小型ミサイルの一斉射に包まれた。


 万全の体勢であればそこまで深刻な被害はなかったかもしれない。小型とはいえバスターモビルもスーパー寄りのロボット、さらに対ミサイル兵装として妨害装置を持っていることで、誘導が効かないミサイルは大きく的を外れたのだから。


 しかし大きく損傷していればその限りではない。


 ファイヤーアークの攻撃によって装甲に亀裂が入り脱落した部位からは、脆い中枢機構が露出していた。ウィークポイントに爆圧という攻撃を受けたベルフラウの機体がついに擱座してしまう。


 3機がこれまでファイヤーアークの攻撃をなんとか凌げてきたのは、天野教官によって叩き込まれた攻撃の捌き・・技術が生かせていたからだった。


 機体のスペックを知識として十分に理解し、装甲の厚い部分を活用して多少なりとも攻撃をいなせていたからである。


 だが、機体が動かなければどんな技量を持っていようといなしようがない。そこにファイヤーアークの額に輝く五角形の宝石、ビームの照射口に緑色の燐光が収束する。


「ぐっ!」


B2.<くぅ~~~~っ!>


B3.<み、ミズキ! 敷島さん!>


 とっさにファイヤーアークの射線に割って入ったアスカとミズキは、ベルフラウを狙う強力なビーム攻撃をまともに受けてしまった。


 ガードに使ったバスターモビルの腕部表面がジュワリと溶解し、さらに熱の余波によって各部の駆動系にも深刻なダメージが伝播していく。


B2.<あっ!?>


 アスカ機以上にダメージが蓄積していたミズキの機体が、ファイヤーアークの攻撃でデコボコに損壊した路面にゴトンと膝をつく。その落ち方は素人にも目にも立て直せないと分かるダメージを感じさせた。


〔愚かな非国民たちよ。銀河の慈悲を受ける最後のチャンスを与えよう――――ただちに無条件降伏し、銀河に弓引く大罪人、玉鍵たまを引き渡せ。地底人が奪った銀河の所有物を返還せよ〕


「何が所有物よ! 盗もうとしたのはあんたらでしょ! まさに盗人猛々しいわ!」


 玉鍵のことを悪く言われ、瞬間的に頭へ血が昇ったアスカは吠えた。だがそれはスピーカーから流れる老人らしき男の声も同様で、盗人と呼ばれたことに激昂する。


〔非国民!〕


 老人の怒りに呼応したようにファイヤーアークがついに実体剣を抜く。


 それは不死鳥王ファイヤーアーク最大の武器『ファイヤーソード』。


 炎の揺らめきと見紛う超高熱のエナジーをまとった一撃は、同格のスーパーロボットさえ両断する威力を持つ。


 さらには攻撃の際に目標との間に強力なエナジーを用いた空間を作り上げ、逃げ場の一切を無くしてしまう。まさに一撃必中の必殺技を放つ剣。


 かくして伝家の宝刀が抜かれ、ファイヤーアークからアスカたちの下へと続く炎の道が出来上がる。ファイヤーソードから溢れ出すエナジーによって作られた死の道が。


〔愚物! コックピットを降りて跪けぃ! さすれば――――〕


「くたばれクソ銀河ぁ!!」


〔ひぃぃぃぃいいいいいっ! 非国民! 非国民! 非・国・民ひ・こ・く・み・ん!!〕


 泡を吹くような汚い唾の音と、老人のヒステリックな声が空に響き渡る。それは紛うことなき死刑宣告だった。


 天へと掲げた剣を担いだファイヤーアークは噴射口バーニヤを吹かし、自ら作り上げた道を滑るようにして3機のバスターモビル目掛けて突進する。


B3.<逃げて!>


B2.<敷島さん!>


 擱座した二人が自分たちを見捨てるよう声をかけるがもはや遅い。強力なエナジー放出の余波によって作られた炎の壁は見た目以上にアスカたちを堅牢に包み込んでいる。そして道いっぱいを使って突っ込んでくるファイヤーアークから逃れる術はもはや無い。


 振りかぶられた灼熱の炎が立ち上る剣はエネルギーのままに巨大化し、10メートルそこらのロボット3機程度の胴体など一太刀で刈り取っていくだろう。


(私はあんたらなんかに絶対負けない! 仇はきっと、きっとタマが取ってくれる! タマ、後はお願い。私、あんたに逢えてよかった)


 数秒後にアスカは死ぬ。ミズキも死ぬ。ベルフラウも死ぬ。数分後に背後の基地にいるラングたちも死ぬ。


 死ぬ。死ぬ。死ぬ。街にいる銀河に従わない者たちも、そのことごとくが処刑台に引きずり出されて死ぬだろう。


 ――――――世界は悪意で満ちている。 


 人の社会は悪意こそが支配してきた。


 困難に打ち勝つために献身した真の英雄はすべからく背後の権力者の手によって退場させられ、社会は常に悪党が実権を握るのが常であった。それが人の培ってきた社会であり、生まれ持った人間の業。


 悪徳こそが最後に君臨し、悪党が社会を運営する。


 だからこそ支配層は従える者たちに法と善を説くのだ。彼らが楽に支配するために。民を奪われるだけの羊とするために。


 銀河が悪ならばこの結末こそが正着。いつも通り悪が勝ち、彼らが別の悪に敗れるか自滅するまで彼らの時代が続くだろう。


 嘘偽りなくそれこそが生き物の正道。自然の理に準じ、狡く小賢しい者が生き残り続けてきたならば、人とて悪党こそが正しい進化を遂げた生物ではないのか? 


 ――――――――――――――――――――悪党こそが人類の最大公約数というならば。


 ならば、ならば! ならば!! たったひとりが人類の理を否定したらどうなるか!!!


 羽ばたく不死鳥を阻み、地を割って吹き上がったのは金色こんじきの光。


 轟音と共に漏れた奔流はアスカたちを取り巻く暗い炎をかき消して、目前まで迫った死の刃さえも押し返す。まるで光そのものに運命さえ退ける力があるかのように。


 暗黒の空へと立ち昇る、もっとも大きな光は柱の如き姿で天を突き、あらゆる者の目を集めた。


 人は見る。曇天の空に突き刺さった柱の中で、金色の滝を昇っていく巨大な影を。


 純白の装甲を輝かせ、圧倒的な超暴力の気配を漂わせた鋼鉄の王の姿を。


「……遅いじゃない、バカ」


 アスカが、ラングが、和美が、ベルが、ミズキが。Sに関わる善人という少数派たちは待っていた。最後の最後まで信じていた、最後の最後まで望んでいた。


 全ての理不尽を打ち砕く、たったひとりのパイロットを!







(……ホントにファイヤーアークでやんの。乗ってるのは誰だ?)


 コンソールを操作して忌々しいフォルムをズームアップする。ファイヤーアークは合体してもほとんどのパーツ機の風防キャノピーが見えるから、外からパイロットの判別ができる。


 新造したとき仕様変更でもしたのか? 風防キャノピーの内側が機械で埋まってら。比較的操縦席のスペースが広いタイプのロボットとはいえ、あれじゃパイロットは窮屈だろうな。


 前のファイヤーヘッドのパイロットは月影とかいうニンジャみたいな名前のガキだったっけ。まああいつは一般層だから違うだろう。そうであっても敵対したんならボコらせてもらうがよ。


B1.<……遅いじゃない、バカ>


「アスカ、全員無事か?」


 怪我はしてるようだが悪態つけるなら大丈夫だな。


B2.<玉鍵さん!? それに乗ってるの玉鍵さんだよね!?>


B3.<見たことない機体……100メートル級?>


 それぞれの操縦席を映すワイプ画面上で見る限り、誰も大怪我はしてない。鼻血や切り傷、打ち身くらいか。


(スーツちゃん、こいつら損傷で爆発するような心配はあるかい?)


無いにゃい


「(さよか。)よく持たせてくれた。後は任せとけ」


00B.<タマ、そんなのどこから引っ張り出してきたのよ。うちのデータに無いわよ?>


「ザンバスターの格納庫のさらに下にあった。どっかのバカな責任者が隠蔽したロボットらしい(ぜ?)」


00B.<状況は――――あなたに言うまでもないか。一切の責任は問わない、敵を撃滅して!>


「(オーライ、ってこれダメなのかよスーツちゃん。)わかった」


《アイドルはイメージを守りまセウ》


(誰がアイドルだ、検閲が厳しいっての)


〔ひれ伏せぃ! 大罪人玉鍵たま! 銀河大帝の威光に触れよ!〕


「バカじゃねえの?」


 おっと、つい完全な素の感想が漏れちまったわ。


ーか、今のはいいんだ?)


《うーん、よくは無いんだけど。あまりにも同意見だったのデ》


 ……だよなぁ。銀河大帝って。太陽系の1惑星からチョロっと出てきたミジンコレベルの勢力が名乗るには仰々しすぎるだろ。せめて主要惑星ぜんぶ支配してから名乗れや。


〔ひ、非国民! この銀河大帝に対してぇッ!!〕


 こいつさっきからうっせーな。気に入らない事があると非国民って叫ぶクセでもあんのか? ネーミングセンスといい頭悪そうだなぁ。ジジイみたいだし痴呆入ってるんじゃね?


〔―――――玉鍵たま! 銀河の至宝を返還せよ! さすれば特別に貴様を銀河の末席に加え、正統なる血脈を残す栄誉を与える!〕


「《気持ち悪っ! ヒヒジジイ、キモっ!!》」


 うぉぉ……さぶいぼが出るっ、キの字の会話になんて付き合うんじゃなかった。


〔ひっ、非国民がぁ! 躾の時間だ!〕


(うーわ、あのサイコパス君とおんなじ事言ってら。しかもあれだけキーキー言ってて今さら威厳が出せてるつもりかよ)


《子供の口調は周りの言葉を真似るもんだからナ》


 ある意味でサラブレッドだったんだろうなぁ、あいつ。誰も欲しくない環境と血筋だぜ。


 カルトの親玉から攻撃命令が下ったのか、それまで棒立ちだったファイヤーアークからテイオウにビームが照射される。前に見たヘッドビームだ。あんときは車両形態のブレイガーだったし、人質までいるから逃げ回るしかなかったっけな。


 ただし今回は背後に基地とアスカたちがいる。照射の兆しが見えても回避するわけにはいかない。


 ――――必要ないしな。


《エナジー吸収成功。効率82パーセント》


B3.<……バリア? それもすごい出力、ぜんぜんビームが散らない>


 テイオウのまとった不可視のシールドは照射されたビームを分解変換し、こちらのエネルギーと同化させて打ち消した。


《これも次元融合システムのちょっとした応用ジャ。エナジー系はぜーんぶ吸収できちゃうのサ》


(先に設定しとく必要があるがな)


 ファイヤーアークの武装はその性能のすべてに至るまで露見している。ヤツ用に調整すればどんな攻撃もテイオウのエネルギー補給と変わらない。


「それじゃお返しだ」


 溜まりに溜まったエネルギーをサブスフィアに送り込み、次元を歪めるほどの輝きを放つテイオウの右手を持ち上げる。


〔愚かな! 無辜の民を犠牲にするか? ファイヤーアークの背後を見よ!〕


 不死鳥は徹頭徹尾においてサイタマ都市を背負っている。もしテイオウが50メートル級スーパーロボットにダメージを与えられるほどのエナジー兵器を照射すれば、そのエネルギーの余波だけで都市は大きな損害を被るだろう。


 熱線やら粒子砲の類ならな。


次元デイメンションブラスト、座標設定。目標、ファイヤーアーク―――――腕部)


《パイロットにピンポイントで直撃できるけど?》


(ガキが乗ってるかもしれねえ。ギリギリまでやめとく)


 照準を十分絞ってトリガーを引く。相手に向けたサブスフィアの前に光が急激に収束し、極太のエネルギー波が照射された。


〔なぁ!? 我が民を虐殺するか!〕


 誰の民だって? カルトジジイ、てめえのじゃねえよ。


 エネルギー波は過たずファイヤーアークの右腕に命中し、たった1発で根元から千切れ飛んでしまう。


 しかし、過剰とも思える破壊力を秘めたビームは後方に抜けることなく消え去った。


 別次元の彼方へと。


「どうとでも調節できる。そういう攻撃だ」


 続けざまに次元ディメンションブラストを放ってファイヤーアークの脚部を破壊する。


 両方の膝部位が一瞬で吹き飛んだことで胴体がダルマ落としのようにゴトリと落ちる。そしてそのまま己の足の残骸を巻き込んで、不死鳥は無様に仰向けに倒れていった。


 この場所この時間に『次元ディメンションブラストを撃った』という『可能性』を、多次元の向こうから重ね合わせた攻撃だ。装甲もシールドも何の役にも立ちはしない。言っててオレも理屈はわからんがな。


B02.<い、1発で? すごい威力……>


 ひとつの次元では1発に見えても、実質何百発分もの攻撃を食らったようなもの。どんな防御自慢のロボットでも保たねーよ。


 このまま手足をぜんぶブッ壊して転がしとくか。


〔待てぃ! これを見ろ!〕


 作業的にファイヤーアークを解体に入ったとき、カルトジジイの声を合図に曇った空へと一枚のスクリーンが投影された。


 そこに映っていたのは春日部の首を掴んでカメラに見せつけるサイボーグと、背後には蜘蛛型のロボットもいた。


 ……そういや1機撃ち漏らしてたっけな。トリモチで動けなくなっていたサイボーグをジャリンガーが暴れたドサクサで救助して、退避しようとしていた春日部を捕まえたのか。


〔即座に機体を降りて降伏せよ。まごつくなよ? 10秒ごとにこの娘の指が1本づつねじ切れるぞ〕


<たまさん! あーしはいいから! 戦って!>


「……子供を人質にとって王様のつもりかよクソ野郎」


〔黙れ俗物! 大事の前の小事である!〕


(スーツちゃん)


《位置は探査済み。座標をセット。出力は極小でネ? でないとつみきちんまで巻き込んじゃうヨン》


〔口ごたえの罰だ! まずは小指を抜いてやれぃ!〕


「抜けるもんならな」


 本来次元デイメンションブラストはビーム砲じゃない。時空間そのものに干渉して空間そのものをかき回し、対象を問答無用で粉砕する空間干渉兵器だ。


 直線に飛ぶビーム光の姿を取っているように見えるのなんざ、3次元の人間には多次元の認識ができないから、混乱した脳がそう解釈しているだけに過ぎない。


 まあ小難しい話はどうでもいい。望んだ結果さえもらえればな。


「っ! ……………? あ、あれ?」


 サイボーグの手に力が掛かったことで、己の小指が引き抜かれると思った春日部は健気に激痛に耐えようと身構えていた。


 だが、あいつの周りにはもう誰もいない。サイボーグも、蜘蛛のロボットも。


 残っているのはどちらも足の底くらい。その残骸・・にさえ倒れるほどの高さも残っちゃいない。ああ、サイボーグに関しちゃ春日部の首と指を持ってた手くらいは残ってるぜ。


 子供を人質に取るようなクソ相手に、殺しはナシだなんだと言う気はねえ。生ごみ片付けるのに理由なんていらねえわ。


〔な、何が? 何が起こった!? 何をした!〕


 次元デイメンションブラストを指定座標に送り込んだ・・・・・だけさ。


 もちろんオレだけじゃこんな繊細な調整は不可能だがよ、こっちには有能で美少女大好きな変態スーツがいるんだわ。春日部に怪我はさせることはない。


 けど種明かしなんてしてやんねー。オレは正義の味方でもイキってる悪役でもない。ご丁寧にベラベラしゃべってやるほどエンターテイメントに興味は無いんでな。


「メインエンジンスフィアフルドライブ。目標セット、飛行船まるごと、海軍目標まるごと。その他―――銀河派閥個人」


《次元融合システム出力上昇。多次元ターゲッティング。1、2、4、8、16、32、64、128―――――》


 このシステムは厳密には兵器じゃない。次元融合システムによって出来てしまう・・・・・・だけの使い方ってだけ。


 全次元干渉。


 あらゆる次元から干渉できるエネルギーの前には、どんな壁も防御も意味が無く、どんな方法で隠れていようと一瞬で見つけ出せる。


〔き、貴様! 何をしたぁッ!? この卑しい地底人風情がぁッッッ!!〕



《――――32768、65536、131072。ターゲットフルロック。第1射、用意完了》


〔聞け俗物! じっ、人類のために我々は立ったのだ! 人類を『Fever!!』から解放する! この崇高な目的に協力するのが正しい国民の義務である! 人類のために!〕


 背後の04基地から外壁を破ってロボットが現れた。確かマグネッタとグナイゼナウだったか? 基地の中で無理やり合体したのかよ。ご苦労なこった。


《人類のためにってのがマインドコントロールのキーワードなのかナ? デモナー、つみきちゃんの事といい今さら芸が無いし、蛇足だニャー》


(同意見だ。この酷い茶番を終わらせよう)


 テイオウ心臓部に膨れ上がる光球タキオンの輝きに、右腕と左腕のサブスフィアを合わせていく。それらは頭部に存在する制御スフィアの補助を受けて、ゆっくりと共振をし始める。


 見る者すべてに美しくも不吉さを感じさせる光。


 それは核融合の光よりも禍々しく、星の縮退よりもおぞましい、滅びの光。


「オレの生きるこの世界に、おまえらの居ていい場所はどこにもない」


 多くの者が泣いた。狂った一族とその取り巻きによって、たくさんの人々が理不尽な苦しみを受け続けた。


 次元の狭間に記憶されたありとあらゆる涙が、次元融合システムの光に導かれて収束していく。


 それは魂なんて立派なものじゃない。心の底からの憎悪と悲しみが焼き付いた、いつかのどこかの時間と空間。


 涙で出来た記憶の欠片。


 誰かが。罰を。罰を。罰を。どうか罰を与えてくれと叫んでいる。法で裁かれぬ人の姿をした化け物たちに、思い知らせてくれと泣いている。


〔聞くのだ若人よ! 何を犠牲にしてもやり遂げねばならないっ、それが大義である!〕


「その大義とやらで、積み上げてきた涙の重さを知れ」


 この攻撃・・にあえて名前をつけるとするならば、やはりこいつの名前を冠してやるべきだろう―――――ワタシたちの想いを叶えてくれた、あなたの名前と共に。


〔こっ、このっ、ひこく――――〕


「《テ イ オ ウ 攻撃》」


 遠い過去に存在し、無数の未来から送り込まれる。物質存在すべてを超越したエネルギー。


 光がこの世界を埋め尽す。

 

 物質はひとつ残らず擦り潰され、光の中へと消えていった。海軍機も、マグネッタも、グナイゼナウも、ファイヤーアークも。人そのものさえも。


 瞬間放射された波動だけで粉々に粉砕された飛行船は、その残骸が落ちるよりも前に光の中でさらに細かく打ち砕かれ、打ち砕かれ続け、地表には欠片ひとつ落ちることは無い。


 消えていく彼らの記憶に残るものがあったとするのなら、それは滅びの神が掲げた『王』の文字だけ。


 そして天は晴れる。暗黒の時代の終わりを告げ、輝く王の誕生を祝うように。

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