第119話 変形せよ! その名は功夫ファイター!

<放送中>


 小口径ながら普段から自動拳銃を携えているラングは、不意に向けられようとした銃口が己を捉える前に、反復動作によって条件反射の域に達している動きで相手の腕を3発の銃弾で撃ち抜く。


 ボディアーマーの無い部位を撃ち抜かれた保安のはずの男は、それでも銃を構え直そうとする根性を見せたものの、硬いヒールを履いた女戦士による喉を目がけたハイキックによって昏倒することになった。


「もうっ、スーツのスカート破けちゃったじゃない―――ハイッ、すぐ状況確認をする! 手が遅いわよ!」


 突然すぎる出来事に呆気にとられている他の職員たちに向けてパンパンと手を叩き、ラングは混乱から停滞していた組織を立ち直らせた。


 よもやのS基地内でのテロ行為。


 それもかねてから勤めている職員による反逆という未曾有の事態に陥っているサイタマ基地において、それでも混乱が最小限で抑えられているのは、やはりラング・フロイトという女傑が実地で指揮を執っているからであろう。


 誰を信じればいいか分からない状態でも、ラングという名船長がこの基地の舵を握っているという安心感があることによって、彼らは嵐の中でも船員として動くことができるのだ。


「まさか保安までとは……」


 倒れた保安の職員を拘束しながらも、信じられないというようにこぼしたのはこの00基地の本来の長官である。


 彼も立場上の要として銃は所持していたが、ラングほどの素早い反応を見せることができず、構えるどころか高価なスーツの懐から抜くことさえ出来ずに終わっている。


 基本は2名1組で動いている保安職員が、不意に作戦室へと1人で入室してきたことに違和感を持ったのは、ラングだけでなく彼もそうであった。


 だが訓練でしか発砲経験の無い人間には、その違和感を根拠に人へ銃を向けるという発想はとっさに出てこなかったのである。


「むしろ抱き込めるなら保安は理想でしょうね。警備情報も防犯状況も把握できて、武器も外から持ち込む必要が無いんだから」


 ラングたち基地の人間が06基地の異常に気が付いたのは、端末に姪のアスカから連絡が入ったのとほぼ同時であった。


『人類のために』と叫び暴れだした人間が各部署に現れ、さらに鎮圧に向かった保安からも同様の事態が勃発し、あらゆる場所で同時多発的に発生したテロによって統率の取れない状況になってしまった。


 幸いと言うべきか、反乱を起こした者たちの数はそこそこであるものの、1区画ごととしては多くなく、武装もせいぜい拳銃と保安用のライフルが数丁程度であることが次第に分かってきた。


 さらに決起こそ同時だが各連携はまったく取れていないようで、合流するでもなくその場に立て籠るのみ。これならば最終的には鎮圧できると予想された。


 懸念材料をあげるのであれば、保安にまでテロリストが混じっている状況のため、鎮圧部隊の人員は慎重な抽出を行う必要があることだろう。


「……保安は持ち場を保持。機動戦力はラング派こっちのエージェントを使うわ」


 数は少なくとも自動小銃を持つ不確定要素が混じっては、保安もいつ後ろから撃たれるかと鎮圧どころではないだろう。まして重要な区画にテロリストが紛れている可能性のある集団を、大手を振ってウロウロさせるわけにはいかない。


 いずれの部署もその場の職員だけで対処できる戦力差と判断したラングは、自らの私兵を使って基地内のクリアリングすることを決断した。


「まず06基地から強奪されたコンテナを奪還するわよ!」


 だがそれより先にすべき事として、敵の目的らしきコンテナを追うべきと判断する。


 アスカからの通信で入った情報から、テロリストたちがどんなコンテナを奪ったのかはすでに判明していた。ラングはその特徴を聞いて脳裏に嫌な予感が走り、何より優先的に対処することを即座に決定する。


(法子、あんたあのコンテナに何を入れてきたの? これはもう、タマの私物ってだけじゃないわよね?)


 一般層にいる親友の思惑をラングは図りかねる。一本気でからめ手などは苦手な彼女が、玉鍵たま奪還のために珍しく使った拙い望郷作戦とばかり思っていた。


「06基地で複数回の爆発の報告。それと、ベルフラウ・勝鬨かちどきというパイロット他1名が、倉庫に駐車してあるアーマード・トループスを持ち出したと」


 引っ切り無しに上がってくる情報の整理に追われている職員のうち、06近辺を担当する女性職員が困惑気味の報告をラングへと行う。続けて人員の損害として該当する倉庫内の人間が、おそらくは残らず殺害されている可能性を示唆した。


 しかし、後半はラングが今知りたい情報ではない。死人は何も語らないからだ。


(ATを持ち出したのはタマ? それならトレーラーは押さえてくれそうね)


「メインゲートの状況報告! トレーラーが通るとしたらそこだけよ!」


「こ、混乱中! 通信に応答がありません!」


Damn itチクショウ!」


 以前よりはパワーバランスが傾いたとはいえ、都市にはまだまだ銀河派閥の力が残っている。このテロは十中八九、銀河の手によるものだと直感したラングは、何が何でも基地の敷地内でトレーラーを止めるしかないと結論した。


 都市のすべての治安部隊が銀河の息が掛かっているとまでは言わないが、ここまでやる以上は逃走と隠蔽の手段は周到に用意されているだろう。

 街に出られたら最後、どこかの地下の駐車場やトンネルなどに潜って、そのままトレーラーごと忽然と消えるに違いない。


「動かせるバスターモビルを3機すぐに用意して! 基地の敷地内ならあれも動かせるわ。トレーラーを行かせるな!」


「あ、貴方が乗られるのですか!?」


 それを聞いた長官が仰天するも、ラングは素で悔しそうな顔をして否定する。


「私だってできればそうしたいけどね。今日はうちの自慢の姪たちに譲るとするわ」


 ラングにはもう個人を超えた立場と責任がある。この場の指揮を放り出して、何も考えずにパイロットとして暴れられる身では無いのだ。


(なんとか援軍が来るまで持たせてね……まあ、タマなら1人でなんとかしちゃうかもしれないけど)


 陣頭指揮に忙殺され続けるラングは、続けて入っていたアスカの連絡にしばらく気付かなかった。








(こぉんのやろう! キッチリ絶縁処理してんじゃねーよ!)


 大型トレーラーの高い席から飛び降りて、無言の怒りをぶつけるようにオレに向かってきたのは、さっき春日部を殺そうとしていたクソマッチョ。


 運転席のもう1人も降りてきたが、こっちは女だったからスタンガンで早々にダウンさせた。前のヤツみたいに爆破とか自殺とかバカされちゃ困るから、さすがに今回はもう一発くれてやって完全に昏倒させている。


 パイロットは殺せないって優位性は、終始こっちにアドバンテージを与えてくれるから助かるぜ。

 さすがに訓練されてる相手に2対1で殺しに来られてたら、ケンカ自慢の素人程度のオレじゃ敵わねえからな。


 ギリギリまで奪ったスタンガン得物は隠して、オレに組み付こうとしたところを刈り取らせて貰ったぜ。


 しかしその辺は敵も織り込み済みだったようで、この女は武器を一切所持していなかった。オレに奪われるのを避けるために、銃やナイフはトレーラーに置いてきたんだろう。


 ならトレーラーの運転席に行ってブンってやりたいところだが、どうにも手強い目の前のクソマッチョが行かせてくれねえ。


 こいつしっかり格闘技ってやつを修めてやがる。軍人用の格闘技のようだが、日本拳法がベースってことはこいつらのルーツは自衛隊ってやつの流れかもしれねえな。


 クソ、向こうは手加減しなきゃいけないハンデがあるから、ケンカ殺法しか能のないオレでもスーツちゃんの支援込みでなんとか捌けてるが、ここからこっからの打開策がえ。


 髪留めのゴムでスイッチを入れっぱなしにしたスタンガンを2度ほど押し付けてやったが、皮膚に見えるところもまったく効いてる感じがしない。


 これじゃただのバッテリーの無駄だぜ。電流流しっぱなしで服の中にでも突っ込んでやろうかと思ったんだがな!


《ゲームでロボ属性と言うと電気が弱点ぽいけど、むしろロボだからこそ対策バッチリだよネ、普通》


違いないちげえねえ! こいつはサイボーグだがな! 弱点のひとつも持ってろっての、可愛げのない野郎だぜっ!)


 生物と無機物の融合は元々かなり無理がある。手足が機械になって強い出力を発揮できたとしても、その接合部である生身はどうするかって話だ。


 現実問題として、人の出せる以上の出力には生身側が耐えられない。付けたところから千切れちまう。

 となると虫なんかに代表される外骨格的な要素も入れる必要があるわけだが、それだともう接合部を無くすために外側ガワをぜんぶ機械に切り替えなきゃいけなくなる。


 理想は生身と機械の境界線を無くして、内臓だけを機械のに入れる感じになるんじゃねえかな。


 どうやら目の前のクソマッチョはそのタイプのようだ。生身の皮膚に見える場所も神経なんかは無いらしい。接触センサーくらいはあるはずだが、戦闘用なら交戦中に余計な機能がカットできるのかもな。


 さっきから相手はこっちを掴むことを目的とした動き。殺せないなりに締め落とすか、手の平に見えるスタンガンと同じ理屈の電極らしき突起物を押し付けて動けなくさせるつもりだろう。これがとにかく邪魔っ気だ。


 だがまだ状況は悪くない。クソマッチョが当初の目的であるコンテナの奪取を思い出したら、悔しいが今のオレの装備では止められないからだ。


 スタンガンという最大の攻撃が通じない以上、こいつが何をしても嫌がらせ程度にしかならねえがな。こんな重戦車みたいなカチコチマッチョに、中坊サイズの今のオレではキックもパンチも何発打ったって通じるわけがねえ。


 けどその嫌がらせで怒らせ続けるのが目標だ。冷静になってコンテナに向かわれるのが一番困る。


《回避!》


(うおっ!?)


 さすがに向こうさんもこっちの動きに慣れてきたか。ステップにフェイントを入れたつもりが引っかかってくれなかった。


 乱暴に虫でも払うような形で腕がブンブンと振るわれる。実はこれがかなり嫌な攻撃だ。パンチなんかの直線的な攻撃と違って、避ける場所の選択肢が少ない。


 相手はデカい。左右に逃げると指の先に引っかけられる危険があり、サイボーグ相手に密着するのはどんな奥の手があるかわからねえから嫌だ。


 服をビリビリ破いて虫の足みたいな隠し腕とか出て来たら、ちょっとしたSFホラーだぜ。


 かと言ってバックステップで後ろに下がりすぎると、ヤツの攻撃リズムに間が空いてふっと冷静になられる可能性がある。


 クソマッチョが『もう少しで捕まえられる』と思う場所で踏み留まるしかないこの状況。


 眼球なら多少はスタンガンが効くかと予想しちゃいるが、身長150センチそこらのオレでは2メートル越えの巨体の目玉は位置が高すぎる。リーチが短すぎて泣けてくるわ。


 それでもこのままじゃジリ貧ってヤツだ。あと何撃かで捕まっちまうかもしれねえ。こうなりゃちょいと危険だが、一発逆転を狙うしかねーか?


(スーツちゃん、グラサンの下の目玉を狙うぞ。あれが機械仕掛けでカメラでも、電量が流れればレンズくらいは焼けるだろ)


《まーね。でもジャンプしたら跳んだらフォロー効かないよ?》


(いかんせん身長タッパが無いのが辛いなあ。パイロットにはそこまで必要な要素でも無いのに、こんなことでチビのハンデを感じるとは――――ここ!)


 右手を大きく払うアクションを狙ってしゃがみ、スーツちゃんの筋力補助の助けも借りてほぼ垂直に跳ぶ。狙うのは右目。


 右利きは目も足も右が利き側になる。利き腕を逆に矯正されたやつが球技や射撃が下手になるのは、視線がズレて物の真芯を捉えにくくなるからだ。


 サイボーグに利き目うんぬんなんて無いかも知れねえが、ちょっとでも効果がありそうな手段を取る。


「っ!」


 上体逸らしスウェーバックされた!? 読み負けたのかよ!


 クソマッチョはバックステップを行わず、上体を逸らした反動を利用して、熊の掌底めいた手を突き出してくる。手の平には高圧電流を流す電極がフォークのように張り出して、こっちのスタンガンと同じ青い光を放っていた。


 ヤベエ、迂闊に飛び上がり、伸び上がった体は逃がしようが無い。


「~~~こぉんの!」


 とっさに逆上がりする要領で体を空中で畳み・・、マッチョの突き出した手の平を壁に見立てて思い切り蹴った。


 サイボーグの腕力とスーツちゃんの補助を受けた筋力の合算値の結果か、オレの体は人間の出せる飛距離とは思えないほど後方にぶっ飛んでいく。


っぶねえ! 欲張り過ぎた。オレのローファーが……)


 クソマッチョもタダでは終わらないとばかりに、手を蹴られたときオレの足を掴もうとしやがった。おかげで踵が電極に刺さっていた靴の片っぽを持ってかれちまったわ。


 底の厚い踵だからそれで済んだが、別の個所だったら痺れてたかもしれねえ。儲けたと考えるべきなんだろうがな!



 クソが! 靴下が汚れるだろうが! 白は汚れがスゲー目立つってのに!

 

《後方!》


(うおっとぉ!?)


 思考加速した世界で靴下とローファーに気を取られてる間に、オレの体は10メートル近く真後ろに飛び、危うく背後にしていたコンテナの縁に当たりそうになる。


 スーツちゃんの警告で身を縮めたことで、なんとか激突は免れた。


 だかこりゃあ……オレは勝ちを急ぐあまり何重もの意味でやっちまったかもしれねえ。


 コンテナから気を逸らすために戦っていたのに、その中に飛び込んじまうような位置取りしてどうするよ? しかもパワー負けしてる側がこんな狭い場所に入り込むとか悪手にもほどがある。逃げ場がえじゃん。


(チッ、間に合うか?)


 相手は一見鈍そうなデカブツだが、パワーがあるだけに突進は早い。事実、ヤツはオレを追い詰めるためにダッシュしてくる。このままコンテナの中にまで入られたら、サイボークの巨体で蓋をされるようなものだ。


《ちょ、低ちゃん! このコンテナの中身、功夫ライダーだよコレ!》


(はあっ!?)


《疑問は後! 音声認証急いで!》


 敵はもう目の前。後ろを見て事実を確認する時間も無いほど。こうなりゃ――――!


功夫クンフー! ライトMAX!」


 オレの音声に呼応して、コンテナの薄暗闇から大型バイクの強烈なライトが、最大の光量をもって本当に発光した。


 サイボーグとは言え突然の発光体への対処は目の調節が遅れるのか、ちょうど枠を掴んで中に入り込んできたクソマッチョがわずかに怯み、同時に投げつけていたスタンガンを顔に食らう。


「ぐがっ!?」


 やっぱ顔は多少効くのか。だからこそ警戒してたってわけだなチクショウが!


《乗って! 結束ベルトを全部外す暇は無いゾ。功夫ライダーのパワーで引きちぎろう》


 コンテナの中で動かないようにベルト留めされている功夫ライダーに飛び乗る。いくつかのベルトはさっきのオレの射撃でコンテナの外壁ごと千切れ飛んでいた。


 よう、功夫クンフー地表ここでおまえに会えるとは思ってなかったぜ。見ての通りちょいとゴタついてんだ、力を貸してくれや!


《功夫ライダー再起動。風防カウルのフォルムを全天候型に変更して展開。まだ精製途中だけど噴射炎はもう防御できるよ、行ったれ低ちゃん!》


「おう!」


 単なる風防というより、もはやその防御力は装甲とさえいえるS由来の技術で構築されたカウルの形状変化を待つことなく、右手のアクセルを回す。


 さらに短時間の飛行さえ可能とする噴射装置を起動させ、功夫ライダーは己を拘束するベルトを噴射の熱とパワーで千切り溶かし、文字通りの意味でコンテナを飛び出した・・・・・


(喰らえ!)


 スタンガンのダメージから立て直しつつあったクソマッチョに、そのまま体当たりをかます。


 ヤツはとっさに横に跳んで直撃だけは免れようとしたが、低空ダッシュした大型バイクの先端は逆にその無防備になった横っ腹に突き刺さる形になった。


 派手に折れ曲がったサイボーグを踏み越えて、ライダーの調子を確認しながらUターン。


(さすがに初速が足りなかったな。感触的にそこまで威力は出なかった)


《人間なら十分骨折ものだったけどニャー。次はスパイクで串刺し+ミキサーの刑にしたろうゼイ》


 外に飛び出したことでこっちの自由度は俄然跳ね上がった。戦闘は機動力で圧倒的に勝る側が主導権を取れる。スキを見て今度こそコナゴナになるまで轢いてやるぞサイボーク野郎。


 功夫ライダーこいつの前輪部に展開するスパイクは、現行の人類技術で作った装甲なんざガリガリに削り取れるぜ。テメエの生身がどれだけ残ってるのか知らねえが、スクラップ混ぜのミンチになれや!


《待った! 回避回避回避!》


(なに!?)


 スパイクを展開するためウィリー走行に移行しようとしたとき、スーツちゃんからの警告。これを聞いて攻撃を中断、回避のための蛇行運転に入る。


(空から!? なんだよ、榴弾か?)


 警告から1秒と経たぬ間に、上空から飛来したのは無数のグレネード弾らしき飛翔体。それは途中で爆発すると、地上の獲物に襲い掛かる様に白い液体を撒き散らした。


 液体はかなりの粘性があるようで、ひと塊1メートルほどの面積に、さほど飛び散ることなくベチャッと路面に張り付いていく。

 立ち上がろうとしていたところで巻き込まれたサイボーグは、落下物の衝撃によって再び路面に叩きつけられ、そのまま粘体に絡まれて身動きがとれなくなったようだった。


(なんだありゃ……)


《白くてネバネバと言ったらせい―――》


「断じて違う! 緊迫した状況で言う事か!?」


《2000メートルくらい上空に、エンジンをカットした静音のVTOL機? そこから撃ってきた非殺傷用のトリモチ弾みたい。って、うわーお、さらにその飛行体から降下部隊っぽいのを降ろし出したヨン。AT……じゃない? その半分くらいの大きさの何かが4。パラシュート展開》


(本当に戦争でもおっぱじめる気か!?)


 腕か? 装備か? 上空2000の距離からピンポイントで、しかもトリモチ弾みたいなグレネードと変わらん代物で正確にこっちを狙えるって、どんな相手だよ。


 それにパイロット対策の装備なのかもしれんが、そんな高所から落としたら飛散したトリモチだろうがボウリングの玉を叩きつけるのと変わらねえんじゃねえの? クソマッチョの体が油切れたみたいなギシギシ音たててんぞ。


《都市運用・Sワールド運用、いずれもこれまでの記録に機種該当無し。丸いクモみたいな形状だネ》


(どっちかと言うと敵側のフォルムだな。胴体下の筒がランチャーの出所か?)


 さてどうすっか。十中八九、あれがサイボーグ野郎のコンテナ輸送のアテだろう。


《低ちゃん、功夫ライダーのメモリーに法子ちゃんと整備長のお爺ちゃんの連名でメッセージが入ってる》


(それは後だ。スーツちゃん、コンテナの中身は他に何があった?)


《このバイクだけだね。つまり連中が欲しいのは功夫ライダーなんでナイ?》


 ……スーパーロボットのコクピットバイクが欲しいのかよ? どっかのバイク収集癖のある金持ちにでも依頼されたのか? ここまで犠牲を出して?


(メッセージってのを頼む)


《はいな。まずお爺ちゃんから「嬢ちゃんに託す。時が来るまで誰にも奪われるな」》


(具体的な理由を記載しとけよ! 何がどうなってんのかわっかんねえじゃん! 次!)


《法子ちゃん「もしこのバイクを緊迫した状況で受け取ったなら、『バトルモード』と叫んで。スーパーロボットに変形するわ」》


(あんたは何がしたいんだ長官ねーちゃん! 絶対アニメか何かに影響されたセリフだよなぁ!?)


《んー、確かに。功夫ライダーのシステムに新しい機構が組み込まれてるネ。人型になれるヨ。それにエナジー系の銃器も1丁だけど搭載されてる》


(……チッ、考えてる時間が惜しい。落下傘降下してる間に叩けばあのクモと戦わなくて済むか。そのエナジー兵器はバイク形態では使えないのか?)


《無理っス》


 機動力か攻撃力か。相手が空で無防備なら選択肢は考えるまでもないな。地上に降りる前に残らず撃ち落としてやる!


「バトルモード」


《ノン。『叫ぶ』デス》


「ぐ……バトルモォードッ!」


 スーパーロボットのこういうトコ嫌いだぜ、チクショウ!


 オレの叫びに呼応して、バイクがプログラムらしいキビキビした挙動で立ち上がる・・・・・


《低ちゃん、変形完了まで絶対動いちゃダメだゾ。ものごっつコンパクトな操縦席だから》


(そらそうだろうよ! 大型とはいえバイクだぞ、こんなもの人型に変形させたら搭乗スペースなんて極小だわ)


 車体が立ち上がる過程で前輪部が左右二つに分かれ、シートの両脇に移動し、後輪はシートの真下あたりに格納される。


 車体後部のフレームは変形して脚部に、前部は腕へ。正面のコンソールが顔の間際までくるほどせり出すと、空いたスペースからロボットの顔らしきものが上がってくる。


 そして最後に再びコンソールが引っ込んだ。変形というよりもうパズルだなこりゃ。数字の書いてあるパネルを空いてるスペースに移動させて並べるヤツ。変形に一切の余裕が無い。


 というか個々のパーツはちゃんと接合してんのか? 変形を見るに中枢機構なんてありゃしなかった。完全にがらんどう・・・・・じゃねえか。スーパーロボットらしい変形機構と言えばそうなんだけどよ。そしてなにより――――


(―――せ、せ、せめぇぇぇぇぇッ! 冗談抜きで押し潰されるかと思ったわ!)


 なんだよコレ!? 大人が風防付きの三輪車に乗るレベルの狭さじゃん。チビのオレでも本当のギリギリだぞ。


《変形終了。名称はプロト・功夫ファイターだって》


(じゃあ功夫ファイターでいい。いちいち名前にプロトなんてくっつけてられるか)


 ファイターの右手には車体のどっから出てきたのか分からんブルパップ式のライフル。まあエナジー系の中でも一番使い勝手のいいレーザーなのはありがたいぜ。


《操縦は基本バイクの延長。細かい挙動はクンフーマスターと同じくイメージコントロール》


(オーライ……お呼びじゃねえよ。クモ野郎)


 照準が合ってるならこの程度の射撃は問題ない。パラシュートでふわふわ降りてくる的なんてな!


 1匹目。レーザーはあっさり胴体を抜けた、爆発。2匹目。同じく。3匹目、パラシュートを切ったがもう遅い。

 

 命中、爆発はしなかったがクモの腹の下をレーザーで焼き切った。たぶん減速用の噴射装置があるあたり。破損すれば地面に叩きつけられるだけだ。パラシュートで降りてくるようなロボットなら耐えられないだろう。


 4匹目には急速降下でメインゲートの陰に逃げられた。向こうは間際に2発撃ち返してきたが、弾速の遅いグレネード系なら視認してからでも余裕で撃てる。


 レーザーで焼かれたトリモチ弾は四散することなく鉄くずに。今度こそ榴弾でも撃ってくるかと思ってつい撃っちまったが、エネルギーの無駄だったな。躱せばよかったぜ。


《地面に強い落下音。クモ03撃破。04は着地。混乱してるのかな? 動きが鈍いナ》


(お仲間がいっぺんに潰れたらそうなるだろうよ。すぐ同じところに送ってやるさ。というか、とっとと片付けて外に出たい)


 ATの居住性ってまだマシだったんだな。狭すぎて気分が悪くなってきたぜ。ATはゴーグル内に映像が映るから広く感じなくもないのに対し、こいつはモロに密閉空間なのが目に入るから圧迫感が酷えや。


《そんな低ちゃんに残念なお知らせカモ? 04基地からロボットパーツが発進―――機種、ジャリンガー4頭部》


「嫌な予感しかしないが……通信は繋がるか?」


《専用回線は分からないけど、オープン回線なら向こうも拾えるんじゃネ?》


「こちら玉鍵、ジャリンガーに乗ってるのは誰だ?」


 ……返答無し。これは力士くんや先町って女ではないな。となれば味方・・の可能性は低くなった。


 あのクソガキどもが自分らの下がりに下がった評価を取り戻すために、基地の防備に出張ってきたとも考えられるが。まあ、嫌な気配しかしてねえし違うだろ。


 空から迫る影から伝わってくるこれは、間違えようがない―――――殺気だ。


J.<……おまえがいなきゃ>


 リーダーのほうか、両方か。どのみち報われねえな……力士くん。


J.<おまえがぁぁぁぁぁ!>


 飛来するロボットの頭部。それはひどく滑稽ながらも、50メートル級のパーツに相応しい重圧を持って、功夫ファイターに襲い掛かってきた。

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