第106話 自業自得の悪夢! 地獄の窯を開いた者たち!
※今回は主人公パートがありません。
<放送中>
まずは大きく隕石群から距離を取ろうと、二人で座標を確認してミズキとベルは極力不自然さが出ないようゆっくりと離脱していく。
上下左右がすべて
もちろん今のように編隊を組んでいれば心配ないが、意図しない偶発的な戦闘やアクシデントで分断されたときの事は常に考えなければならない。無重力下で失神でもして機体が流されれば、機体に掛かった慣性のままにそれだけでありえないほどの距離を暗黒へ向けて進んでしまう。
ここは宇宙。重力下で生まれた生物である人間の常識を徹底的に拒む世界。漂う未知の領域には地面も空気も水も無く、大気という天然のシールドが無い空間は容赦なく恒星からの熱をまき散らしている。
環境そのものが生物の敵。それもまた宇宙戦闘の厳しさのひとつだった。
「基地があった……ギリギリまで息を潜めたままって事は、たぶん秘匿系」
W.<っ! そういうこと……探査用の小型機でも探して、偶然みつけた風に倒すしかないわね>
無事に隕石群から距離を取り、通信が漏れないようにペア同士の近距離レーザー通信で打ち明けたミズキの話に、ベルフラウが戦慄する。
『基地』それはSワールドで稀に発見される敵の大規模な固定施設の総称である。
多くは近づいただけで防衛設備がフル稼働し、分厚い対空弾幕や迎撃の機体が次々に上がってくるという、パイロットにとっては鬼門のような
しかし一方で、この目標を破壊できれば大量の資源が獲得できることも分かっていた。
まさにハイリスクハイリターンの相手。過去に行われた実験的な破壊作戦においては、試験的に複数のパイロットで
その戦果は確かに大きかった……トータルで見れば参加人数と犠牲に見合うものではなかったが。
撃破できれば戦果は大きい。しかし撃破できる戦力をかき集めれば実入りに乏しい。国もパイロットもそれが分かると、わざわざ基地にちょっかいをかけることは非効率と判断され、次第に『基地周辺=危険地帯』という意味でしか無くなっていった。
……だが何事にも例外がある様に、この存在が悩ましい基地にも例外が存在する。
そのひとつがパイロットに『秘匿系』と呼ばれる、念入りに周囲から隠された基地である。
秘匿基地はエリア内に侵入しても発見されるまで迎撃行動が行われず、また迎撃が発動しても通常の基地より攻撃の厚みが薄い。
あくまで見つからないことを前提としているためか、防衛設備が貧弱という特徴があった。
つまり通常の基地に比べれば遥かにローリスクでハイリターンの目標。野心的なパイロットにとってはまたとないご馳走であり、こういった基地を潰せたことで、たった1度の出撃のみで大金を稼げた幸運なパイロットも確かに存在した。
―――けれど、ミズキもベルも見つけた基地に手を出す気はこれっぽっちも無かった。パイロットとして少しは勿体ないと思っているが、精神的に安定していた二人は欲より冷静さが
ローリスクと言っても、それは一般的な基地に比べればの話。たった2機のバスターモビルに基地クラスの目標は手に余る。
バスターモビルは火器を搭載していない珍しいスーパーロボットである。その戦闘スタイルは身軽な機体を活かしての機動戦が持ち味であり、航空機的に言えば敵との
そのため巨大な施設を破壊する爆弾やロケット弾などの面制圧用の武器や、高出力レーザーのような貫通力のある大物武装は持っていない。そういう意味でも基地などの固く面積の広い目標は相性の悪い
「……そうだね。こういう施設なら周囲に探査機のひとつやふたつ隠れているはず。それを倒そう」
未練はある。特にミズキはこうしてコックピットでじっとしていると、大きな戦果を欲しているもうひとりの自分に取り込まれそうで怖かった。
織姫に脅迫されていたとはいえ、玉鍵に妨害を行ってしまった事がミズキはまだ自分の中で消化できていなかったのだ。しかも織姫は決闘のルールを破り玉鍵を殺す手段を用意していた。それは見方によっては『ミズキも殺人に手を貸した』と、そう言われても仕方ない構図。
殺人
けれど玉鍵はそんなミズキを許した。
態度は素っ気ないようでいて、実はとても優しい玉鍵たまという少女は脅迫を受けたミズキを責めるどころか、むしろ心から労った。暴かれたミズキの罪を織姫ランに義憤をぶつける形にもっていき、罪人たるミズキを周りの断罪の目から庇ってさえくれたのである。
周りの人間が覚悟していたよりもずっとあっさり許してくれたのも、当の玉鍵が徹底してミズキを許すスタンスを貫いたことが大きいだろう。
けれど、だからこそ、ミズキは彼女から受けた優しさが苦しい。自分の中に
ただ謝ればいい? 頭を床に擦り付けて謝るだけで済ます? それではただの犬だ。形は違えど、織姫ランという女帝の脅迫に屈した無力な小動物のままで変わりない。力に媚びを売る犬畜生だとミズキは思う。
相手に決断のすべてを預ける、使われるだけの下の人間。いてもいなくてもいい人間。使い捨ての弱者。そんな人間が頭を下げたところで、何の意味があるだろう。
(価値を示したい。ただ漫然と
操作スティックを握る手に力が籠る。安物の手袋は通気性が悪く、気付けば手汗でしっとりと濡れていた。
W.<ミズキ? 大丈夫?>
「……大丈夫よ、探査機を探そう」
ペアで戦うとはパートナーの命も預かるという事。尊敬する天野教官に何度も叩き込まれた言葉がミズキの脳裏に思い出された。
ミズキは天野にもアスカにも玉鍵にも恩がある。だが、一番に恩を返さなければならない人間をあげるなら、それはベルフラウだ。
昔からの親友であり、織姫とのイザコザで仲間の輪から離れようとしたミズキを、他でもないベルが引き留めてくれたのだ。その恩人を危険に晒してまで戦果を求めるなど間違っている。
(もう間違えない。私の土台は
この花代ミズキの決断は、おそらく一番の正解。最善手。最良の選択であったろう。
――――だが、世界は正解というだけで進めるほどきれいでも優しくもなかった。
最善を尽くしても、最良を選んでも、選べる唯一の道を進んでも。
それでも奈落しか待っていない未来もある。
J4.<チッ、なんだよ、先客がいるじゃん>
二人の破滅の足音は、酷く不愉快なオープン通信から聞こえてきた。
<放送中>
出撃日、その18時間ほど前。『04基地』無料休憩所で一人の少女がすっかり気の抜けたマスカットソーダの存在を忘れて瞑想するように瞼を閉じていた。
「予知が示すのは……宇宙……大きな何か……大きな戦果……たくさんの味方……事態の好転」
夢見に現れるイメージから未来を予見する超能力者、先町テルミは先日に見た夢の断片から答えを模索する。
テルミの予知能力は明確なビジョンとして見えるわけではなく、ほとんどは抽象的なイメージや画像の断片として夢の中に現れる。具体的に活用するには見えたイメージと映像を正確に判断しなければならない。その解釈ひとつ誤るだけでせっかくの予知の意味がなくなってしまう。
いつどこで何が起こるかを判断するのさえ難しいが、その中で稀に見える人間や物によってはある程度把握できることはあった。
例えば出てきた人間が夏服を着ていれば夏頃の予知だと分かるし、時計の時刻が見えれば時刻の予想ができるといった感じだ。
解釈の精度に左右されるものの予知自体は正確なため、テルミは関係者からは強力な能力者と呼ばれている。
しかし、世間では超能力の万能なイメージが独り歩きしている面があり、多くの人はテルミの予知精度を知ると『おおざっぱ過ぎて役に立たない』と言われることもしばしばであった。
それでも超能力者だからジャリンガーのパイロットに選ばれ、数は少ないがチームのピンチを予知で救ったこともある。テルミはテルミなりに年長者の大石大五郎と共に、縁の下の力持ちとしてチームを支えている自負があった。
(挽回しないと。このままじゃジャリンガーチームは爪弾きよ)
かねてからチームの問題児として常識人の二人を悩ませていた蟹沢ユージと蛇山コージ。他のパイロットたちから『バカのツートップ』とまで揶揄される二人がまたも問題を犯した。
以前から散々叱られている問題行動、女子のスカートめくりの件である。
そんな
女子からどれだけ批難されても懲りなかったため、最近では彼らとチームを組んでいるテルミまでもが女子から遠巻きにされる始末。いくらユージと姉弟同然に育った仲でもいい加減我慢の限界だった。
―――しかし先日、問題児コンビは様々な意味でとんでもない相手をターゲットに選んで、ものの見事に撃退されることになる。
ターゲットの名は玉鍵たま。テルミの1歳下の中学生であり、つい最近起きた帰還ゲートの
彼女をテルミの知る語彙力で一言で言い表すなら、超人。
能力も容姿も一般人のカテゴリーを軽く超えている。超能力は持っていないという話だが、そんなもの必要ないほどの実力と潜在能力を持ち合わせていると一目で分からせる、異様なまでの存在感を放つ少女だった。
だというのにあろうことか、ユージは無謀にも彼女をスカートめくりのターゲットに選んでしまった。
……蟹沢ユージという少年は、幼いころに発現した超能力という力に優越感を持っている。強力な超能力者として大人たちに持てはやされ、思春期に入るころには自分の特別感に酔いしれるようになっていた。
また親の教育もよくなかった。エリートであることにプライドを持っていたユージの親は、はっきりとではないが一般層の人間を軽視している態度と言動が散見し、その姿を見て育ったユージもまた一般層の人間を最初から下に見る人間になっていた。
だからどんな偉大な功績をあげようと、どんな美しい容姿であろうとも、一般の出というだけでユージからすれば『ちょっかいをかけてもいい相手』と思ったのかもしれない。他に学園の女子たちのユージたちへの警戒が増し、イタズラをし難くなっていたのも理由のひとつだろうか。
二人は見事に返り討ちとなった。スカートをまくるどころかコージは前歯を叩き折られ、ユージもまた鼻の軟骨を潰される大怪我を負わされている。
二人を止めるために大五郎と追いかけてきたテルミは大量の血が落ちた床と倒れている二人を見て、さすがに直後はやり過ぎだろうと思った。しかし年長の大五郎から『これまでのツケと自業自得だ』と諭され、自分も迷惑を被ってきたことを思い出して庇わないことにした。
未成年の内だから鼻と前歯で済んだのだ、いずれ手が後ろに回る年齢になったらイタズラでは済まされなくなる。そう自分に言い聞かせた。あの子供っぽい二人が成人になるまでに馬鹿な事をやめる保証など何処にも無いのだから。
この手痛い反撃で懲りてくれるなら、長い人生の中ではそう悪い事でもない。それにしばらく大人しくなってくれれば周囲の目も和らぐだろうと考えて。
―――――しかし、ユージたちに向けられていた潜在的なヘイトはテルミが思っていた以上のものだった。
この事件をきっかけとしてはっきりと『ユージが悪、玉鍵が善』と世間の評価が区別され、悪いのはユージたちと明瞭なイメージが出来てしまったのだ。
悪い側とは攻めやすい側。報復を正当化しやすいイメージが出来たことで、女子たちに溜まっていた不満が一気に表に出てきたのである。
電子界に流された事件のあらましは瞬く間に学園を駆け巡り、『問題児ユージコージ』の名が悪い意味で学園の外にまで広まってしまっていた。
これまでパイロットだから、子供だから、超能力者だからで許されていた空気が一転、露骨に嫌なものを見る目をされるようになり、あげく同じチームの自分たちまでマイナスの印象を持たれるようになるまでに至っている。
(それなのに、あいつは全然懲りない。今さら
先町テルミは超能力に呼応して動くジャリンガー4の
はっきり言えばパイロットとしての技量はほとんど持っていない。
だからチームを抜けてもひとりではとても戦えないし、かといって別のチームに入れる可能性は限りなく低い。さらに言えば、今の時点でチームを抜けた自分をイメージして見た予知夢は解釈を考えずとも悪いと分かる酷いものだった。
「テルミー! テルミー!」
雑多とはいえ最低限のマナーを持って利用すべき休憩所に、甲高い無神経な声が響く。テルミの近くで怪訝に眉を歪めた数人がその声の主を視界に捉え、嫌そうに視線を切るのが見えた。
「……静かにしてよ。幼児じゃあるまいし」
「ガキ扱いすんなよ!」
周囲からうるさそうに向けられた批難の視線に反発し、より大声を出したのは蟹沢ユージ。
そういうところがガキなんだ、という言葉をテルミは飲み込む。反抗期を迎えたこの少年は、どうせますます反発するだけなのだ。
「それで何よ?」
文句は昨日の時点で言い飽きた。少なくとも数日はこいつを相手に怒鳴りたくないとテルミは話を促す。
テルミの許可を取ることもなく対面にドッカリと座ったユージは、水を向けられると鼻を中心にガーゼで覆われた顔でも分かるほどニヤッと笑った。
「話がついたぜ、全部で30チームが参加する。オレが呼びかけたんだぜ!」
得意げな少年の話の、すっぽりと中身をはしょった内容にテルミの頭に『?』マークが飛び交う。その表情を見たユージはますます笑みを深めて得意げに説明する。
「連合だよ、エリートパイロットたちで連合を組んだんだ! エリートのオレたちが地底人なんかに負けてられるかよ!」
―――その日ジャリンガー4を含む30チーム、総勢98名のパイロットが打倒地底人のスローガンの下に結集した。
そして先町テルミは己の予知で見たイメージにあった『多くの味方』というキーワードを思い出した。そこからユージに強引に連れて行かれた先で、集まっていた連合メンバーに予知の結果を伝えることになる。
『宇宙』『大きな何か』、そして『大きな戦果』というイメージを。
<放送中>
「……状況は? 簡潔に」
緊急通信では埒が明かないと判断したラングは、その日の予定をすべてキャンセルしてサイタマ基地に急行した。
この基地の長官はフロイト派の人間だが、オブラートに包んでいえば可もなく不可もなくを地で行くタイプである。ラングが銀河派の不満を抑えつつ就任させるために、毒にも薬にもならないが従順で無難な人材を起用したからだ。
またそれは、場合によってはラング自身が直接指揮を執るためでもあった。
「敵の秘匿基地を発見したパイロットたちがこれを襲撃。しかし、その中に巨大な宇宙空母が隠れていました。推定サイズ800メートル。初見の敵です―――搭載されている艦載機も強力で数が多く、パイロットたちは迂闊にSワールドから撤退も出来ずに完全に膠着状態です」
「
基地とはつまるところが戦うための施設。その基地の防衛設備や防衛隊だけでなく、中には別の機動戦力が駐留していることもある。見かけ以上の規模の戦力が隠れていることがあるのだ。
(見つけたならそれで満足して、適当に敵を倒して帰ってくればいいものを! 襲うならじっくり相手を調べて、戦力を整えてからが当然じゃない。こんな簡単な理屈がなんで分からないの!?)
「リストを」
ラングの短い一言で、現在出撃しているパイロットのリストが彼女の座る長官席へホログラムデータとして送られる。
本来の長官である年配の男性は当たり前のように彼女の横に付き、長年の実績がある秘書の如く今後ラングから要求されるであろう別の閲覧データを整理し始める。
基地長官としてはいまいちという評価を出されてる彼だが、副官や秘書としてなら十分有能な人物であった。
「……この二人はまだ生きてる?」
ホログラムから指で弾いたふたつの名前は、花代ミズキとベルフラウ・
決して贔屓するわけではないが、悲し気な友人の顔が脳裏をよぎったラングは思わず安否を確認した。
両者――――生存。その報告に大きな深呼吸をしたラングは、そこから次々と指示を飛ばして戦場の状況把握に努める。
(被撃墜4、死亡者11名。大破4、中破12、残りは小破……もうほとんど満身創痍じゃない)
現在は防御に優れる機体が巨大な隕石を背後にして損傷した味方を守っている状態。
ただし反撃の余力は無く、敵の艦載機である小型ロボットの波状攻撃の前に手も足も出ない亀状態。これでは脱出のための時間もスキもない。いかなスーパーロボットでも長く持たないだろう。
(敵は空母のうえに背後に基地まである。補給の心配が無いから延々と攻撃し続けることができるってわけね。それに――――何よ、この数は)
推定される艦載機の最低予測、約1000機。
200機ほどの規模の編隊が5つに別れて1隊が補給に戻り、残り4編隊が隙間なく繰り返し攻撃してくるその様は、まるで壊れたキータップ。同じ文字を画面に打ち続ける狂気のような爆撃の固め打ちだった。
(艦載機を少し倒して帰還の権利を得ても、これじゃシャトルがゲートを開く前に撃ち落される)
事実、すでに撃破されている4機のスーパーロボットは、敵の艦載機を1、2機倒すと他の味方を置いてシャトルを呼び、慌てて逃げ出そうとしたところを狙い撃ちされていた。
艦載機と空母からの攻撃で真っ先にシャトルを落とされ、狼狽したところに集中砲火を浴びて沈むという、スーパーロボットにあるまじき情けない最後であった。
これもまたSワールドの危険な部分。帰還の条件を満たしたとしても、それはゲートを開くシャトルを呼べるだけの権利。敵が残っていれば攻撃に晒され続けることになり、無事に帰れるとは限らないのだ。
「トカチとサガの基地に通信を繋いで、それと建造棟と全格納庫にもよ。あとは――――」
基地に表示されている時刻を目に入れ、ラングはある大きな決断をした。
窮地に陥っているパイロットたちが持ちこたえられる残り時間。次の出撃が行われる3段目の開始時刻。出撃機体のスケジュール変更に要する準備時間。
そしてトカチとサガという、ふたつの地表都市からラングの提案に了解を引き出すための説得時間。
ここがリミット。もうここを置いて決断の瞬間は他に無い。
「アスカ・フロイト・敷島と玉鍵たまに、今すぐ中央格納庫00に来るよう伝えて――――出撃準備よ!」
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