第105話 頑張れベル、ミズキ! 帰ったらステーキだ!
<放送中>
「じゃ、じゃあ、行ってきます!」
「ベルフラウ、出撃します」
「頑張ってらっしゃい。いい? パイロットの一番の役目は生きて帰ることよ」
はい! という大きくしっかりした返事を聞いて天野は少しだけ安堵する。今日初めて出撃する二人の弟子たちが、先週の予備試験よりもずっと落ち着いている事が伝わったからだ。
ほんの一週間前まではこうはいかなかった。天野仕込みの技量はともかく、実戦では死ぬかもしれないという精神的なプレッシャーからくる気迫不足は顕著で、これまで何度かあった出撃の機会を先延ばしにする他なかったほどである。
もっともその怖気を助長してしまったのが心配性の天野による再三の注意が原因だとは、当の本人たちは気付いていなかったが。弟子を死なせたくないために過剰にSワールドの恐ろしさを教え込んだことで、二人の弟子はすっかり萎縮してしまったのである。
「ま、さらっと流してきなさいな。一度出撃すれば次からは『こんなもんか』って思えるようになるわ」
逆に負けん気が強く克己心のあるアスカは二人よりデビューが早い。勝気で天才肌の少女は天野の注意を受ければ受けるほど意地になり、そうすることでむしろ恐怖が抑えられ、戦えるだけの精神的なコンディションを作ることに成功していた。
最後に、誰とはなくこの場にいるもう一人に視線が集まる。
雪よりも白いジャージを着こんだその少女は体格が小さく、同学年の少女たちの中で誰よりも小さい。
だが、彼女が内包する空気は誰よりも強く、初陣のミズキとベルフラウをその存在感で勇気づけていた。
「……何かあっても……あきらめるな。生き残っていれば……何とかする」
いつもより少しだけ言葉がたどたどしいのは、戦いに行く友人を心から心配するがゆえか。それでも最後を締めくくった言葉は二人に強い希望を抱かせる力強いものだった。
玉鍵たまは左の親指で自らを指さし、愛らしい容姿に見合わぬような力強さで『任せろ』と代弁するような仕草をする。
その言葉は決して口先だけのポーズだけでは無い。事実として玉鍵は二度に渡ってSワールドへと仲間を救出に向かい、全員で生還している実績を持っているからだ。
二人の出撃はパイロットの間で俗に二段目と言われる9時。早すぎず遅すぎない理想的な時刻といえる。
一段目である早朝の6時は当然それより早く起きて準備をする必要があり、出撃を控えて緊張からあまり眠れていないパイロットからすれば厳しい時刻である。
だが逆に遅すぎるのもよくない。夜間はステルス機などの難敵と遭遇することがあり、全体的に昼間よりも難度が高い傾向があると言われているためだ。
もっとも、エリート層は直前での出撃拒否も可能なためコンディションの悪化を理由にして、夜間に当たったパイロットが直前で出撃を取りやめることが少なくないのだが。
激励のおかげか最後の堅さが抜けて、気力に満ちた背中で格納庫に向かっていく二人。
それを最後まで見つめていた天野たちは、彼女たちが格納庫に繋がるドアの向こうに消えるのを見届けると、基地で開店している有料の休憩所へと向かう。
一般層と比べれば無料の休憩所であってもかなり良いサービスを受けられるのだが、天野とアスカは玉鍵を左右で挟んだまま迷うことなく有料を選んだ。
この何かというとトラブルを起こす、美しくも厄介な少女を不特定多数が出入りする場所に置いておくなどとんでもない話。というのが、もはや天野たちの共通認識である。
ジャリンガーチームとのイザコザの報告を聞いたとき、ラングの反応はいたって淡白なものだったが、天野はものの1週間で2度目のトラブルを起こした玉鍵に頭痛を感じてしまった。
どうも玉鍵たまという少女は根本的にトラブルの方が寄ってくる体質らしい。
そのため少しでも人を選別でき、場合によっては店員が率先して味方してくれる有料休憩所のほうが都合が良かったのだ。
あるいは彼女の万能性はその才能以上に、引っ切り無しにやってくるトラブルが磨いたものなのかもしれないと天野は思えてならなかった。
「タマ、あんたは何頼む?」
「ほうじ茶」
「渋っ……あんたねぇ、お茶にしてもさ、もっと女の子らしくハーブティーとかにしなさいよ。私はこの苺のマリトッツォも食べようかな。タマも食べれば? やたら細いんだから」
「アスカ、余計なお世話よ。それとパイロットはカロリー計算をしなさい……若いうちに食べ物で悪いクセをつけると、後でずぅぅぅっと痛い目を見るわよ?」
砂糖とクリームのたっぷり入った飲み物に、さらにデザートまでつけようとする少女に、同じくかつて少女だった天野が大人になった女性として実感を伴った忠告をする。
成長期に加えてパイロットとしての訓練量もあり、いくらカロリーがあっても足りない気持ちは分かるが、それが常態化した後の人生は筆舌に尽くしがたいほどの我慢の連続となる。
もちろん良い女としてのプライドを捨てない場合の話だが。天野は引退後に訓練教官となったので、捨てる誘惑を感じても捨てるわけにはいかなかったほうである。
すこしぽっちゃりしたほうが女らしいという言い訳を免罪符に、パイロット時代に比べてすっかり横面積が変わってしまった知り合いを思い浮かべて今日も天野は節制する。男も女も、気を抜けばあっという間なのだから。
忠告を無視してカロリー爆弾を注文したアスカを見て、先達として天野は過去の自分がいると心の中で繰り返される悲劇に合掌する。
しかし、時刻は違うが今日出撃するのはアスカも同じであり、強がりな彼女なりにストレスが掛かっていて、そのために甘いものがほしいのだろうとは分かった。
戦いの経験者として理解できる。アスカの行動は無理もないのだ。嘘偽りなく命が掛かっているのだから。
一方で同じく戦うはずの玉鍵はと言えば、朝から変わることなく落ち着いている。
ラングの要求で急遽アスカとのペアの形で出撃することになった彼女は、それでも特に何も文句は言わずに『わかりました』と答えただけだった。
むしろアスカのほうが玉鍵とのペアという現実に入れ込みすぎて、昨日から元気が空回りしている感がある。
(たった1日の機種転換訓練をしただけで出撃、か。これが他の子なら何が何でも止めるんだけど、相手がたまちゃんじゃ止めようがないわ)
厳密には訓練でもバスターモビルを使っているので2日だが、そんなことは些細な話だろう。エリート層でならみっちり3ヶ月は訓練に明け暮れて当然、天野からすれば半年は訓練期間として欲しいところだ。子供を死なせないための訓練はいくらやっても多いということは無い。
(アスカとの連携も2日とは思えないくらい良好……どちらかというと単機で戦うほうが性に合うみたいだけどね)
玉鍵の戦い方は死角が無い。それは別に悪いことではないが、仲間がいる場合は無用なところにまで神経を使っているということでもある。
信頼した仲間に特定の役割は任せ、自分の役割に注力するのがチームプレイの理想だ。でなければそれは、二人のソロパイロットが近くにいるというだけになってしまう。
その二人が強ければ問題は無いと言えば無い。しかし、高屋敷法子という最高のパートナーを持って戦っていた天野和美というエースパイロットは、コンビプレイの神髄というものにある種の信仰を持っていた。
天野は夢想する。この二人がお互いの背中を預け合うようになれば、とてつもないエースコンビが誕生するのではないかと。
もちろん今でも玉鍵だけで十分に素晴らしいのは分かっている――――だが、だからこそ見てみたい、『一人の限界』という足枷を外された玉鍵を。
訓練教官の天野は見てみたい、エースパイロット和美は見てみたいのだ。天才の新たな可能性を。
その鍵となるもう一人のパイロットとして、才能豊かで負けん気の強いアスカは適任に思える。アスカであればいずれ玉鍵の戦場にもついていけるだろう。その才能を自分たちコンビより実力で上にいたラングが保証し、そして天野が鍛えるのだから。
「そういえばミズキが初陣祝いにお肉が食べたいって。分厚いステーキ」
「……そういうのは店で食べたほうがいいんじゃないか?」
生クリームの白の中に、新鮮な苺の断面が美しいマリトッツォをモリモリと口にしながら、チラリと玉鍵の方を窺うアスカ。
ラングの話では、これで意外にも家事万能で家庭的な玉鍵にアスカはすっかり懐いており、何かというと料理のリクエストなどをしているという。
最近は学園にも玉鍵お手製のランチボックスを持っていき、それまで使っていた学食やキッチンカーはご無沙汰らしい。しかもラング自身も弁当を持たされたと、いつもの不敵な笑みを引っ込めて顔をほころばせていた。
(なにそれズルイ。ラングのやつめ、むしろあんたが家事しなさいよ)
これを聞いたとき天野は無性に悔しい気分になったものだ。ラングの仕事量で家事までこなすのは時間的に無理があるのはわかっているし、そういう話でもないと理解もしている。
けれど、あのまま自分が玉鍵と暮らしていたらと思うと、なんともやるせないのだった。
「それなら初陣祝いに良いお肉でも買ってきましょうか」
「むっ、なによ和……美教官、あたしのときはケーキだけだったじゃないっ」
「初陣で無茶な戦い方したからって言ったでしょ。それと、次はおまけしないわよ?」
なら押しかけてしまおう。弟子のお祝いくらいなら自分が混じっても構うまい。
それに我関せずというようにお茶を飲む玉鍵にも、ラングから『エリート昇格』の話が現実味を帯びてきたと仄めかされていた。ここで前祝いに奮発しないでは大人を名乗れないというものだろう。
――――どこか細かった天野の弟子たちの絆が、この少女を中心に強くなってきている。その絆がもっと強くなるなら、天野のサイフの口もほどよく軽くなるというものだった。
(半分はラングに付けとこ)
エリート層であっても、まだまだ牛肉は高いのだ。
「じゃ、じゃあ、行ってきます!」
出撃当日。ちょっとやっつけ感があるものの、バスターモビルの操作はなんとかモノにした。
感覚で操作するから覚えることがそこまでじゃないのと、こいつは白兵戦装備オンリーで火器が無いからやることが少なかったからだ。なんせ手持ちの電磁ロッドくらいしか武器が無いからな。
バスターモビルの基本的な戦闘スタイルは推力と軽量であることを生かした高機動戦法。背面に背負った巨大なブースターを使って素早く加速し、狭い範囲をキルゾーンに設定してその中で動き回って戦う。
なんで狭い範囲なのかといえば、いかんせん10メートル級の推力では加速はよくても最高速自体はイマイチだからだ。加速が良いから狭い場所では素早く見えても、俯瞰で直線移動を見たら実はそこまで早くはないのである。
だから戦闘範囲を限定してそこから抜けた相手は無理に追わない。相手の死角を取るためにも敵を中心として三次元機動を維持できるスペースだけで留める。それ以上広げてしまうとゆっくり動く小さい的になっちまうからな。
バスターモビルにとって怖い相手は長距離攻撃が得意なヤツ、それもレーザーなんかの弾速が早い火器持ちが怖い。ミサイルは妨害機能があるので意外となんとかなる。なんであれ、こっちは飛び道具が無いせいであまり反撃できないからストレスが溜まるんだよなぁ。こいつ。
「頑張ってらっしゃい。いい? パイロットの一番の役目は生きて帰ることよ」
おーおー、訓練ねーちゃんが教え子に最後の激励をしてらぁ。このねーちゃんの訓練指針と戦闘理念『生きて帰る』はオレも共感している。
ちょーっと根性論と練習時間が重たいところはあるが、まあ良い教官なんじゃねえかな?
赤毛のねーちゃんは座学の教育者には向いてそうだが、正直言ってパイロットの教官としては向いてない気がする。
なんせ本人が感覚派の天才で座学も優秀、それが出来て当たり前って人間だからなぁ。振り落とせるだけ振り落として、残ったヤツだけ育てるってライオンタイプっぽい。
超がつく一流を育てるならいいが、ありゃ一般人に吸収するのは無理だろうよ。オレも無理だ。エリート専用教官ってトコだな。
そこいくと訓練ねーちゃんは教え方が理論派でバランスもいい。もちろん戦う以上は根性も説くが、あくまで生徒を生き残らせるための発破のひとつ。根っこは知性派の人情家のようだな。
「ベルフラウ、出撃します」
花代と
このロボットと宇宙戦闘に関してはオレより経験値が上になるから、宇宙フィールドでのシミュレーションは陸戦のみの訓練機よりずっと動きが良かった。あれならよっぽど妙なアクシデントでも起きるか、変な相手に向かっていかなきゃたぶん生き残れるだろう。
(ただなぁ……)
《ムホホホホッ、眼福眼福》
(あんまりジロジロ見るもんじゃねーぞ、スーツちゃん)
……やっぱり
《この素敵映像を見ないなんてとんでもない! でも低ちゃんがこのスーツを着てくれるならシャットアウトしようゾ?》
(すまねえ二人とも、変態無機物の性癖の餌食になってくれ)
《変態じゃねーし!? あのねえ低ちゃん、ミズキちゃんもベルちゃんも美少女なんだから、こんな格好してたらローアングルで見るでしょ絶対!》
(せめてローアングルはやめてやれ……)
「ま、さらっと流してきなさいな。一度出撃すれば次からは『こんなもんか』って思えるようになるわ」
二人と違って2回戦っている敷島がツンデレチックな激励をする。
あれを翻訳すると『リスクは最小限にして、倒したらすぐ帰ってこい。生きて帰れば次がある』かね。ちょっと面倒な性格してるが良いヤツなんだよな。飯の支度も文句を言いつつ手伝ってくれるしよ。
ちなみにこいつも出撃のときはハイレグスーツ確定だ。今は下にジャージ穿いてるから半袖ジャージで見た目は普通に見える。このやろう、最後までオレにおそろいのスーツを着せようとしてきてマジで困ったわ。というかオレのサイズを用意するなや、ねーちゃんズの差し金か?
《低ちゃん、何か一言》
(ハイレグの無い世界に行きたい……)
《ノンノン、二人に何か声かけてあげなよ。みんな待ってるよん》
あん? ああ、はいはい。そういうことか。
「(おまえら、若い女がそんな恰好で死んだら死に切れんぞ。)何かあっても(自己責任だが、すぐ)あきらめるな(よ)。生き残っていれば(……知らない仲じゃないし、一回くらいは)何とかする」
(スゥーツちゃーん? 規制が激しいんじゃないですかぁー?)
《せっかく羞恥心に打ち勝ってるのに、そんなこと指摘したら恥ずかしさで動きが鈍くなったりして大変でしょ? 今の世界はわりと露出にオープンな風潮だけど、女の子だって恥ずかしいものは恥ずかしいんだからネ。プンプンッ》
なら着るなよ! あと何がプンプンッだ!
《それと低ちゃんにとても大事なお話です》
(な、なんだよ改まって)
《低ちゃんの生きる世界線に縞パンとハイレグスーツの無い世界は存在しません! 無ければなんとしてもスーツちゃんが流行をねじ込みます! ブルマも旧スクもビキニアーマーも、クールジャパンが世界に誇る文化なんだよ!》
(そりゃ
《ほらほら、和美ちゃんたちと休憩所に行きましょうねー。まだ出撃まで3時間あるんだから。まったりしようぜい》
(テンションの乱高下が激しすぎて風邪ひくわ! あ゛あ゛クソ、あったかいお茶が飲みてえ!)
<放送中>
花代にとって宇宙フィールドはもっとも戦い慣れた空間だ。何せパイロットになると決めた時から、花代は戦闘域を宇宙に限定して訓練していくつもりだったくらいである。
「ベル、そっちはどう?」
W.<今のところ反応なし。この辺りの暗礁地帯にはいないかも>
Sワールドからの帰還には最低1機の撃破という実績が必要となる。ただしこれはその条件をクリアしないと帰還のためのゲートが開かないためであり、別に国や都市で決めたルールではない。
恐らくこれは『Fever!!』の決めたルール。だからこそ必ず敵が配置されているはずなのだ。でなければどれだけ強いパイロットであろうと、来た時点で帰れなくなるのだから。
そして敵は特定の条件を除いて自ら倒す必要がある。でなければゲートが開いても条件を満たしていないと判断されるのか、潜ることができない。
このルールがあるからこそ、一度出撃してしまえばエリートだからといって戦わずして帰るということは難しいのだ。
―――そう、難しくはあるができなくはない。
例えばチームを組んだ味方の戦果に便乗するという方法も、あるにはある。もっとも、損傷で止む無くといったしかたない事情があるならまだしも、何度も続けば周囲から軽蔑の対象となってしまうが。
戦いに誤魔化しは一切きかない。Sワールドでのパイロットの戦いは『スーパーチャンネル』という謎の配信番組によって放送されているためだ。
基地内でのみ放送されるこの番組は『Fever!!』が行っていると言われており、いわゆる
そのため画面に映ったパイロットに権力者の息が掛かっていようと、無様な姿は無様なまま放送されてしまう。
この放送を録画した物は編集可能であるものの、パイロットの活躍を不当に捻じ曲げた編集は行うことは
……過去に一度、権力者の子供の情けない戦果を他の勇敢なパイロットとの戦果に書き換えた編集がされたことがあるが、彼らは『Fever!!』の手によるものと思われる
パイロットの不利益は許さない。それが徹底した『Fever!!』の姿勢。そこに人間社会の生臭い事情やヒエラルキーの入る余地は無かったのである。
だからこそエリートである花代たちであっても1機は自分の手で倒す必要があるのだ。帰還、そして世間体という意味でも。
「――――いるよ、なんかそんな感じがするもん。ひっそりとこっちを見てる気がする」
W.<分かった。探すのに夢中になって
花代が宇宙フィールドを己の戦場に選んだ理由はふたつだ。ひとつは花代ミズキという少女は視線に鋭敏な反応を示す人間だからである。
たとえロボット越しでも『見られているのは自分』という認識があるのか、遮蔽物となる物が無ければ相当に遠くでも気が付く。
花代ミズキのそれを一種の超能力と見る事もできるが、強弱はあれど女性であればそう珍しくもない能力でもあるので議論の余地があるかもしれない。しかし、その力は間違いなくミズキに備わっていた。
そしてこの能力が最も力を発揮するであろうフィールド、遮蔽物の少ないフィールドと言えば宇宙だったのである。この事に思い至ったミズキはすぐに自身の注力する目標を定めた。
それがフィールド特化。他はダメでも宇宙だけは全力全開で戦えるパイロットになることだった。
おそらく自分はまんべんなく訓練しても凡庸以下にしかなれない。そんな予感を抱えた彼女には、他のあらゆるものを捨て去って一点突破するしか生き残る方法を考えられなかったのだ。
「―――――違う―――――こっち? ―――――この辺……」
視線の方角、距離、数、それらを経験則で絞りつつ隕石群の外周を飛ぶ。
感知している視線は隕石群を指している。だがここで欲張って中には入ってはいけないとミズキは自制する。隕石に囲まれては視線が塞がれてしまい逆に精度が落ちてしまうからだ。
視線感知の一点に関しては、並のレーダーよりよほど信用しているこの感覚こそがミズキの命綱。
「―――――っ!?」
瞬間、ゾワリとした感覚がミズキの背中を走り抜ける。
しかし、ミズキは持ち前の臆病さを盾にして、すんでのところで自機の軌跡に変化を見せなかった。
W.<ミズキ? どうしたの?>
それでも通信から拾ったわずかな呼吸音の変化に気付いたベルフラウが声をかける。この辺りは幼等部からの付き合いである友人同士の呼吸の妙であろう。
「……ベル、ここは
極力変えていないつもりの声のトーンに自信が無い。通信していること自体が危険極まりない。だからこそ
” 絶対に悟られるわけにはいかない” それだけがミズキの頭の中を支配する。
W.<―――
(気付いてくれたっ、さすがベル)
友人のわずかなイントネーションの違いから、ミズキは『何かある』と伝え、ベルは『何かあった』と受け取った。
大きなリアクションを出せない『何か』。
一刻も早くその情報を共有するため、しかし悟られぬために、ミズキの青をベースにイエローのラインを肩に入れたバスターモビルは同じ速度を維持し続ける。
(ついてるんだか、ついてないんだか……)
踏み込みたくなるブースターペダルに足の裏をベッタリと張り付け、追従するベル機と共に2機のバスターモビルは隕石群からそっと離れていった。
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