第103話 エロハプニングは主人公の特権? いいえ、モブ・サブもそこそこ役得です(※個人差があります)

「タマ、あんたは一人でいると騒ぎを起こすから今後は単独行動禁止」


(えぇ……)


 溜めに溜めたはぁーっというタメ息のあとで、敷島がとんでもねえこと言いやがった。ガキじゃねえんだからお守り付きは勘弁だぞ。


 治療室前で合流した敷島、花代、勝鬨かちどきは、オレから事情を聞いたのち敷島は頭をボリボリと掻き、花代は苦笑いを浮かべ、勝鬨かちどきは治療室前のドアに向かって虫を見るみたいな目つきで首を掻っ切る動作をした。


 何気に勝鬨かちどきのリアクションが一番ヤベエな。初宮といい、湯ヶ島といい、やっぱおとなしそうな女ほど闇を抱えている気がするわ。


「相手は『ジャリンガー』でしょ? あそこの男子二人がバカなのは有名なの」


 オレの説明の中で心当たりがあったらしい花代が、相手チームの正体について教えてくれた。


 この三人の中だと花代は学園の事はもちろん基地の人間のこともかなり事情通で、隣のハイテクメガネ女である勝鬨かちどきを差し置いて解説役らしい。なんかちょっと嬉しそうだし、誰かに説明すんのが好きなんだろうな。


 超能力戦隊ジャリンガー4。名前の通り4人の超能力者から成るチームで、超能力の無い者には乗れない『ジャリンガー』という50メートル級ロボットに乗っている。


 超能力で操るというのがジャリンガーの最大の特徴のようだが、見る者が見たらそれより特異に映るのは『4人で1機に乗り込む50メートル級ロボット』というところだろう。


 Sワールドへの出撃には出撃枠というものが設けられていて、一回に出せるロボットの上限が決まっている。そしてその枠は1機でひとつという計算ではなく、ロボットのサイズで決まっているっぽいというのがこれまで集積されたデータで分かっている。


 サイズが大きいほど必要な出撃枠は激増するため、こっちからあっちSワールドに送るときはできるだけ小さいことが望ましい。


 そのため大きなロボットを送り出したいなら、向こうで合体してサイズを増やせばいいんじゃね? ということで、合体変形をさせることでサイズを稼ぎつつ出撃枠を抑えるというのが、節約方法のひとつになっていた。


 だがジャリンガーは従来の合体変形ロボのそれとは別の、ちょいとキワモノチックなアプローチを試みたロボットだ。


 ジャリンガーには分離機というものがなく、ロボットを頭、胴体、手足というパーツごとにバラバラに送るという方式を取ったのだ。


 ロケットパンチが飛ぶなら足や胴体も飛びゃいいじゃん。という実に乱暴な理論によって、戦闘メカになったり小型ロボットになったりせず、まんま足や胸が噴射炎を吹かしながらカタパルトで打ち出されて飛んでいくのである。


 そしてパイロットは頭部パーツに4人が集合して搭乗し、ゲートの向こうから順次飛来する胴体と手足をSワールド向こうで拾うのだ。


 方式としてはブレイガーのオプション装備をロボットのパーツでやった感じだな。まあ色々と考えるもんだぜ。言っちゃあれだが見た目がシュール過ぎだろ。変形機構が無いぶんパーツが頑健に作れるのかも知れんがよ。


「女子のスカートはめくるためにある、とか臆面もなく口にしちゃうのがリーダーの蟹沢ユージ。玉鍵さんから特徴を聞く限り、最初にちょっかいをかけてきたのはたぶんそっち」


《わかるっ》


(わかるな)


《もちろんめくるだけじゃなく、自然とめくれるほうがポイントは高いゾ?》


(違う、シチュエーションとかポイントうんぬんの話はしていない)


《……フッ、さすが低ちゃん、分かってるネ。当然自分から恥ずかしそうに捲るのが最高得点さ》


(もうやだこのエロスーツっ!)


《こんなスーツちゃんに一言だけ言わせてほしい》


(ダメです)


《嫌そうにしながら捲るのも、それはそれでイイ!》


(ダメだっってんだろーが!? 許可なくても言うなら聞くな!)


 クソ、前から思ってたがこの無機物、食事の代わりに性欲をエネルギーにしてんじゃねえだろうな。


「それでタマに鼻の骨を折られて、男二人でノビてたら世話ないわね。もうひとりは前歯だっけ?」


「上が二本逝ったって。ちなみにこっちは蛇山コージね」


 自分の歯を指さしてピンと弾く真似をした花代。これを聞いた勝鬨かちどきが愉悦って感じに鼻で笑った。やっぱ怖えぞコイツ。


 顔面が派手に床に叩きつけられた事もあるだろうが、あの男がだいぶ出っ歯気味だったことで起きた不幸だな。まあこれを機に他の歯も矯正してインプラントにでもしとけ。戦う職業ならよくあるこった。


「ご愁傷様。この事をすぐ電子界に流したんだけどさ、今までの被害者の女の子たちから玉鍵さんにすごい勢いで賞賛の声が上がってるわよ」


《Oh……監視される世界の恐怖だナ。次の瞬間には誰かに行動が配信されちゃう》


 タコガキたちは冗談や遊びのつもりでも、女子は真剣に嫌がっていたってところが決定打だろうな。団結した女は怖ぇぞー。


「抗議してもスキンシップだなんだって言って、全然話にならなかったからみんな困ってたのよね。一度被害者女子で囲んで怒ってみたんだけど、嫌そうにスネるだけで効果が無かったの」


 あーはいはい。いるんだよなぁ、ガチで怒られると『冗談だよ、なに本気になってんの』とか言い出して、空気濁した相手が悪いみたいに持っていこうとするタコ野郎。そのクセ自分がイタズラされるとブチ切れるのな。


「それで? チームの残りの二人はタマとエンカウントして無事ってことは、そいつらは何もしてこなかったのよね?」


(エンカ……オレはモンスターか何かか)


《種族は確実にサキュバス》


「(ねえよっ!)ああ、逆に謝られたくらい(だぜ?)」


 アスカが治療室にチラッと目を向けて聞いてきたから首肯する。ジャリンガー連中は怪我人とその付き添いで全員が治療室の中だ。


 やってきた女と太っちょはのびてるメンバーを見ても別に怒ったりせず、どっちも『来るべき時が来た』って感じに諦観を含んだ溜息をついていた。


「ジャリンガーのリーダー登録は蟹沢だけど、実質的なリーダーは先町テルミって子と、もうひとりの大石大五郎って名前の3年生だと思うわ」


 花代の話だとその二人がジャリンガーの良心枠らしい。思春期+反抗期真っ盛りのタコどもが説教を聞かないせいで、こっちの二人が方々に頭を下げて回ってるって話だ。


 苦労人なのかお人好しなのか、オレなら一度で聞かないなら野郎はグーパンだがなぁ。


 他に花代の情報で持ってる超能力の分類も割れた。エロガキAが念動力サイコキネシス、エロガキBが転移能力テレポート、反町君が予知能力プリコグニション、力士君が治癒能力ヒーリングだ。


 しかしちょっと拍子抜けだ。それぞれが一種類の力しかないし、そのひとつも実のところさほど大した能力でもないらしい。


 例えばエロガキAの念動力サイコキネシスは缶ジュースを数本浮かせて操る程度。真剣に集中してやっと人間ひとりを宙に浮かべるパワーしかないようだ。


 まあそれでも十分凄いっちゃ凄いんだが。無意味にスプーン曲げてるよりよっぽど実用的ではある。


《ふむふむ。もし使い方・・・をちゃんと分かってたら手強かったかもね? 風を起こすんじゃなくて、スカート自体を念動力で動かされたら逃げ回るしかなかったゾイ》


(……たぶんその方法は面倒だったり疲れたりするんだろ。それこそパンツなんて気にしてらんねえくらい、スゲー集中し続ける必要があるとかな)


 エロガキAが途中で変なポーズをしてしゃがんだのは、たぶんあいつなりの超能力を本気で使うための儀式なんだろう。ルーティンってヤツだ。


 つまるところ漫画に出てくるような大岩を簡単に振り回すようなパワーは無いし、気軽に使える程度の力ではスカートめくりくらいしか出来ない程度の、しょっぱい能力しかねーってワケだ。イタズラ小僧のお仕置きにしちゃ、ちょっとやり過ぎたかもな。


《なーんか残念戦隊じゃのう。他も同程度なのがね。超能力戦隊というよりドサ周りの芸人チームって感じだナ》


(酷え言われよう。まあ転移能力テレポートはごく短距離で1回につき20メートルそこら。プリコグニ……言いにくいなオイ。予知はイメージも時間軸も曖昧であんまり使い物にならない。治癒能力ヒーリングは痛みの緩和と軽度の治療促進がせいぜいってところじゃなぁ。それとせめて力士君の能力は女子が発現するべきじゃね?)


《あ、ジェンダー的差別発言。あと力士君じゃなくて大石君な。力士ではボクサーになっちゃうゾ》


(スーツちゃんが何言ってるのかイマイチよく分からんが、スモーレスラーか柔道とかが似合いそうだ。それなら整体とか骨接ぎとかも無関係じゃねーし、ヒーラーの力が出てきても不自然でもないのか?)


 ちなみにちょっとだけ話した感じ、どっちかというとあの太っちょのほうが話しやすかった。女のほうは『さすがにやり過ぎじゃない?』って顔に出てたしな。


 まあ顔面からドバドバ血を流してるチームメイトを見れば、仲間が悪いと知っていても批難のひとつくらいはしたくなるだろうからいいさ。手加減が少なくて悪かったな、オレは未知の力の持ち主を相手に甘くしてやるほどユルくねーんだわ。


《ムム? 治療室から誰か出てくるよん》


(終わったか。向こうが大人しいならこのまま手打ちだが、エロガキどもが何をほざくかだな)


 わざわざオレたちがここで待っていたのは、今回の件でさっさと落としどころを擦り合わせるためだ。


 未遂とはいえスカートめくりなんて低俗な事を仕掛けてきたのは向こうさん。未遂なのに鼻と前歯を折ったのはこっち。どっちかというと世間じゃオレが悪いと言われる場面かもな。何があっても暴力はいけませーんってよ、ケッ。


 暴力に発展するのがそんなに嫌なら、最初はなっからバカな事を仕掛けてくんじゃねーよ。道徳を説くお偉い人は暴力はダメだなんだと抜かす前に、まずそれを頭のネジが緩いタコに教えとけや。順序が逆だろ、順序が。


 やられた側に我慢させようとしてんじゃねえよ。







<放送中>


「うちのバカたちが迷惑をかけもした。すまん」


 治療室の前に集まっていた少女たちを前に、大石はまず自分の頭を下げてこちら側に事を構える気が無いことを示した。


 蟹沢ユージと蛇山コージの行動は以前から問題になっていることだった。それを根本的に解決せずに漫然と過ごしてしまったことが、今回の傷害事件に発展しただけに過ぎない。


 その態度が功を奏したのか、少し相手から硬さが抜けた空気が流れる。


 特にドアが開けられるなり刺すような目つきでこちらを見ていた赤毛のツインテール―――サイタマでも有名なフロイトの姓を持つ少女が、その強すぎる視線から敵意を薄れさせ、理性的な色に戻したのが見て取れた。


 おかげで女子の相手があまり得意ではない大石は、これでずいぶんと話がし易くなったと安堵する。


 しかしその安堵も別の女生徒が口を開くまでのこと。フロイトの左右にいる二人から吐き出された声質は、大石にとても友好的とは言えなかった。


「当人じゃない貴方に言うのはなんですが、あの二人は成人なら捕まってるような事をしてるって自覚が無いんですか?」


「自分たちの年なら捕まらないって、自覚があってやってるなら、もっと質が悪いけどね」


 眼鏡を弄りながら冷淡に皮肉を言う1年と、それに合いの手を入れるもう一人。この場で孤立無援の大石は、メンバーで唯一の女子であり常識人の先町テルミに早く来てくれと願う。


 蛇山はかなり懲りたようだったが、蟹沢はあれだけ痛い目にあっても懲りていないようで、殴ってきた女子に恨み言を言っていることを聞き咎めた先町がそんな大バカ者を諭している最中である。


 背後から聞こえてくる先町の口調は厳しいものの半分以上は諦めている感じで、蟹沢が聞き入れようとしない事が見てなくても分かってしまう。


 反抗期を迎えた蟹沢の暴走は最近特に拍車が掛かってきているようで、何かというと他者と比べて競いたがったり、誰彼構わず自分の理屈で一方的に噛みついていく始末。チーム唯一の年長者として大石には頭の痛いところだった。


「そちらがそれでいいなら、こっちはもういい。基地経由で治療費は振り込んでおく」


 沈んでいく気持ちの中で、まるで荘厳な楽器のような音色の声が響く。大石の受け身で潰れてきた耳を打った美声に、思わず顔を上げる―――――上げるべきではないのに、ついその姿を見たくて上げてしまった。


 治療室前の椅子に座っている少女は、ただそれだけで圧倒的な存在感を持っていた。


 他の少女たちも世間で十分に容姿が整っていると言われるはずの顔立ちであるのに、彼女が同じ空間にいるというだけで背景に思えるほどの差。


 知らず大石の喉が鳴る。


 ――――邪な考えからではない。超能力者として生まれたための感性か、この少女から何か得体のしれないパワー・・・のような恐ろしいものを感じるからだ。


 人間なんてちっぽけな枠から逸脱し、善悪を超越した、ただそこにあるいるというだけで周囲が変わってしまう重力のような影響力を放つ存在のように思えてならない。


(……神、という存在が目の前におったらこんな感じじゃろかのぅ)


 美しい。愛らしい。神々しい。


 もし大石がもっと原始的なオスであったなら、彼女を手に入れるためにあらゆる事をしたことだろう。自分をアピールするため富を稼ぎ出し、食べ物を調達し、外敵を倒せる強さを示すだろう。あるいは今がもっと原始的な倫理観の時代であったなら、力ずくでモノにしようとしたかもしれない。


 だが同時に、鳥肌が止まらない。この少女を見ていると、近くにいるだけの人間さえ簡単に狂わせる恐ろしい何かに思えてならないのだ。


 彼女の名は玉鍵たま。チームメンバーの中でもサイコキネシスとテレポートという戦いに長ける超能力を持つ二人を、まるで蚊でも潰すようにひとりで制圧した少女。


 その異様な強さも経歴を見れば納得する。彼女は他者とは桁の違う戦績を叩き出し、これまで誰も倒せなかったSRキラーさえ複数屠っているワールドエースなのだ。生身の戦闘でもその類まれなるポテンシャルを発揮しただけに違いない。


 いかに超能力が使えようとそれは戦い方の選択肢が増えるだけの事。手札一枚増えようが、素人がプロフェッショナルに勝てるわけもないのだから。


「ち、治療費は不要ですにごつ。あいつらの親にもおいが言うとく、良いく、く、薬やろう」


 見ている者の魂を吸い込む魔性の宝石めいた瞳を避けるために、つい視線を下げる……しかし、下げた先には学園の短いスカートで座る玉鍵の足があった。


 大石は無垢すぎるほど白い太股と、その先のスカートの隙間の誘惑から己の首を不自然に曲げて、強引に逃れるしか方法がなかった。


(お、おいは硬派じゃ。ユージたちとは違うき!)


「……分かった。説得が難しいようなら無理せず言ってくれ。こっちも拗れさせたいわけじゃない」


「た、助かる。ほんまにすまんか――――」


はに言ってん大兄はいにぃ!」


 背後から聞こえてきた声は鼻声で聞き取りづらかったが、誰が何を言わんとしているのかは聞くまでもない。


 大石が振り返ると鼻を大きなガーゼと包帯で覆った少年、蟹沢ユージが怒りのオーラを出して立っていた。その背後では『匙を投げた』と言わんばかりの先町の呆れた顔がある。


 やはり今回も説教は通じなかったらしいと、大石は内心で頭を抱えた。


 大石大五郎は俗に心霊治療や気功療法、あるいはヒーラーなどと呼ばれる、現代医学では証明されていない方法で人を治療できる治癒能力者である。


 そのヒーリングという超能力の副次的な産物か、大石は稀に人の感情をオーラで見ることが出来ることがあった。


 といっても、自分で見ようと思って見れるものではなく、かなり強い感情が対象から発せられないと視覚情報として見ることは叶わない。そのためこの力に関しては人には打ち明けていなかった。


 オーラを見る力はあくまで治癒能力の副産物であり、超能力としてはごくごく弱いものなのだろうから。


 そして今ユージの体から放射されているのは赤色のオーラ。これは攻撃的な感情が強いほど鮮やかに現れる色で、燐光のような輝きは今現在憤怒していることを表す。暗い赤なら蓄積した恨みだ。


「おいテメエへめえ! スカートめくりくらいふらいでここまではれすることないだろらろ!」


「ユージ! いい加減にせんか!」


 慌ててユージを叱るが、それで大人しく黙るような少年ならこんな事にはなっていない。いっそヒーリングで痛みを緩和などしないでおけば、痛みでそれどころではなかったかもと頭をよぎってしまう。


「くらい、か決めるのはされた・・・側だ」


 ユージの怒りのオーラが一瞬、暗い紫を帯びた。暗い紫は怯えの色。


 玉鍵の口から零れた声は変わらず美しい。しかし、変わらないはずなのにまるで先ほどとは別人のように冷たく聞こえる。


 ユージが怯んだのはその声に加え、人をそのまま押し潰すような気配が放たれたためだろう。圧倒的な格上の気配についさっきされたことを体が思い出し、無意識に萎縮したのだ。


 それは色が無く、ひたすらに重い。水圧のようなオーラだった。


「中坊にもなってそんなことも理解できないのか? ――――幼稚園児以下か」


テメエへめえ!!」


 玉鍵の言葉に再び赤色が強まるが、先ほどのような勢いはない。ユージの反抗心が玉鍵の冷淡な意志に完全に飲まれていると分かる。


「……あんた、言ってて恥ずかしくないワケ?」


「やってることも情けなければ、女子にノされてるのも恥ずかしいわよね」


「そのうえこんなケガさせられたボクちゃん、かわいそうだろって……キモ」


 玉鍵の取り巻きたちが口々にユージの行動を批難する。発作的に庇ってやりたい気持ちが湧いてくるものの、ここで甘やかしたら元の木阿弥と大石は口を出さないことにした。

 これは後ろで聞いている先町も同様のようで、少し不満げではあるが黙って成り行きを見守る事に決めたようだった。


「二度とするな。次は鼻くらいじゃすまさないぞ」


 玉鍵はユージの虚勢から来た怒りなどまるで相手にしない。ピシャリと最後通告を叩きつけるだけ。


 初めからユージを脅威として見ていない。無関心。言葉通り、園児レベルの相手と思っているようだった。


「ガキ」「女の敵」「小等部からやり直せば?」


 女子から総出で馬鹿にされたのはさすがのユージも堪えたのか、彼はブルブルと震えて小さくうなだれた。


「ユージ、もうこれで懲りろ。おんしは男子っちゅうものを思い違いしとる」


「――――せぇ」


「ユー――――」


「うるせえぇぇぇぇぇっっっ!! オレに説教すんなぁーっ!!」


「「「「きゃあああああっ!?」」」」


 ユージの絶叫と共に治療室前の廊下に局地的な竜巻が起きた。その竜巻にスカートを舞い上げられた女子たちから悲鳴が上がる。


 ドット、黄色、青、灰色。見るとはなく見えてしまった景色に大石の思考に空白が生まれてしまう。


 その隙にユージは肩を掴んでいた大石を振り切り、一人で走り去っていった。


 残されたのはスカートを押さえて廊下の先を睨みつける女子たちと、ひたすらに気まずい空気。大石は謝罪が完全に失敗し、今後もやり直す機会がなくなったことを悟るしかなかった。


 すべてを諦めて現実を受け入れた彼の、唯一の心残りがあるとすれば―――――玉鍵のスカートが鉄壁であったことだろう。







<放送中>


 老人・・の側近として長く仕えてきたその男はそこそこ有能な人物である。どれだけそこそこに有能かといえば、部下から上がってくる膨大な情報をまとめあげて、一日の業務のうちで勤勉に確認をとるくらいには有能である。


 すなわち、要求されたことに対して常に70点や80点を取り続けることができる程度。


 偏屈な上から睨まれず、小賢しい下から突き上げられない程度、という意味でそこそこ有能であった。


 だが、今回彼が任された仕事は緊急を要するうえに絶対の成果が求められる案件。70点どころか99点でもよろしくない。


 100点。パーフェクトだけが求められている。なぜなら、彼の主人である老人の命と悲願が掛かっているからだ。老人が生きるために100点が必要不可欠であり、主人の積年の夢がその100点に掛かっている。


 長年に渡って老人に仕えてきた彼からして、かの老人の死は己の人生の敗北を意味する事。できませんでは済まされない。


 すでに『変事』があってから72時間以上が過ぎている。これ以上の『調査中』の報告もまた許されないだろう。


 もっとも、許されないからといって直接粛清されるほど彼の地位は低くない。せいぜい彼の下の誰かが責任を取るだけではある。


 しかし老人の心証が下がれば彼に近い地位の者たちから足元を掬われかねない。それは組織人として出世コースをひた走ってきた彼にとって我慢ならないことだった。


「………これか?」


 端末で黙々と情報の精査を続けていた彼は、目に留まったとある輸送記録を眺めて思わず独り言が出るほどに期待感を持った。


 多くの記録を虱潰しにあたってきた以上、残された記録の中に必ず該当するものがある。探しているのは電子データの類ではなく、物体として存在するもの。必ずどこかに存在する。


 あらゆるハズレを除外していけば、いずれ必ずたどり着く。


 その記録はセントラルタワーにて記された、輸送エレベーターの記録。


 奇しくも忌まわしい『変事』が起きたものと同じエレベーターで地表へと上げられた、ひとつのコンテナの記録。


 ――――――老人の下に届いた『荷物』は偽物であった。ただちに追跡調査が行われたが、老人の強奪依頼した買い求めた『荷物』の行方はようとして知れなかった。


 わざわざ外部委託・・・・した盗難運搬作業によって、老人の遠縁にあたる男に責任を取らせてまで手に入れた『荷物』が、偽物。


 かの老人が激怒しないわけもなく、関係者の数名もまた『事故死』することになった。これはいずれ歴史に残る・・・・・『変事』と呼ばれることになるだろう。


 なぜなら『荷物』を手に入れさえすれば、この星はかの偉大な老人による支配という輝かしい歴史が綴られることになるのだから。


「送り先はサイタマ……基地か。厄介な」


 ―――この男が困難を乗り越え正解に辿り着いた努力、それ自体は称賛すべきかもしれない。


 だが、世界を俯瞰する第三者が彼らの行いを見たのなら、恐らくはこう思うだろう。


 魔の手がのびてきた、と。

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