第99話 黒い下種の最後
<放送中>
敷島アスカの誘導でベンチのドアを潜った4人は、ひとり残した玉鍵の事を考え奥歯をかみ砕くような気分を味わっていた。
その中でも特に怒りと無念を抱えていたのは敷島アスカである。
「あのクソ野郎! 何が本当の勝負よ! おまえなんか武装したってタマに勝てるわけないでしょ!! またぶっ飛ばされてろぉ!!」
先の試合を見れば彦星と玉鍵の技量差は歴然である。半ば玉鍵への人質となっていた自分たちが脱出すれば、彼女の足枷はもう何もない。たとえ火器を搭載した機体で挑もうとも、彦星は成すすべもなく倒されるだろう。
シミュレーションで玉鍵と戦ったアスカは知っている。自分でさえ手も足も出ない相手に、あんな下手くそが何人いようが物の数ではないと。
それでも玉鍵が再び三下と戦わざるを得なかったのは、アスカたちという人質がいたからだ。
治安部隊があの黒いATを鎮圧するのも時間の問題だったというのに、あの場にアスカたちがいたから玉鍵はそのわずかな時間を稼ぐために残るしかなかった。
アスカにとって彦星と同意見なのは業腹だが、おそらく彦星が言った通り玉鍵だけならあっさり逃げ切れただろうに。
ドアが閉じる瞬間まで
『待ても出来ないのか犬っコロ! 黙って待ってろッ!!』
玉鍵があれほど乱暴な言葉を使う姿は初めてだった。それはもちろん相手の注意を自分に引くという、彼女らしい冷静な判断もあっただろう。
だが、それほどまでに怒っていたというのも間違いない。卑怯な手口でアスカたちの命を弄ぶあの男に、玉鍵は本当に怒ったのだ。
「――――みんな、協力してほしいっす! あのままじゃたまさんがヤバい!」
「何がヤバいのよ! あんたは異常者の先輩でも心配してれば!?」
突然思い詰めた顔で呼びかけてきたつみきに、ただでさえ苛立っていたアスカが吠えた。
アスカにとってつみきはまだ敵陣営の人間という感覚であり、彦星の凶行を受けた今、この場に仲間のような顔でいること自体が不愉快だった。
それは花代ミズキとベルフラウ・
しかしつみきは怯むことなくアスカたちをまっすぐ瞳に捉えた。その真摯な視線に心の壁を穿たれた気分になったアスカたちがわずかにたじろく。
「あいつの機体、工業規格に載ってない
あれは現行の
それをつみきが見せられたのはつい数日前の事。無邪気に人殺しの兵器を搭載した機体を自慢する彦星に、つみきは内心寒気がしたものだった。
彦星の親はAT産業の中核に携わっており、まるで子供のオモチャのようにトライアル終了後の機体を丸ごと1機、強請られるままに息子へ与えたらしいのだ。
当人は学園で練習や試合をしてデータ収集する仕事を手伝うためと言っていたが、そんな規格外の機体を研究施設でもない場所で運用できるわけもない。
まして火器搭載のリアルバトルは中等部のバトルファイト部門には無い。大学部以上の成人にのみ許された競技である。火器搭載機に乗ること自体が違法でさえあった。
あれは数々の違法の証拠品ともいえる機体。それをまさか日の当たる場所で堂々とお披露目するとは。本当に
「……何をするつもりよ?」
つみきの必死の呼びかけにアスカが少しだけ応じる構えを見せる。
他の二人より立場が強いらしい彼女が聞く判断をすれば残りも黙って聞くしかないようで、つみきの言葉を嫌そうにしながらも待っていた。
「炸裂ボルトだよ。たぶん織姫の機体は左手にも付けてる。それを何とかたまさんに届けよう」
「バカじゃないの!? 外してる時間も装備してもらう隙も無いじゃない!」
悲鳴に近い声でつみきの作戦の穴を批難したのはミズキだった。
織姫に脅迫され、玉鍵の機体に細工をせざるを得なかったミズキは織姫の取り巻きをしていたつみきに強い嫌悪感があった。
それはとっさに感情から出た、ごく反射的な言葉ではあったが正論である。クリアすべき課題があまりにも高い机上の空論だった。
特に取り外した炸裂ボルトを戦闘中に再装備などできるわけもないというのは、提案したつみきも含めた全員の共通認識である。
そう、つみき自身も
「あーしは腕一本を外すだけなら40秒でやれる。ATを使って
作戦を聞いていたベルフラウが、三人の中で一番初めにつみきの意図を理解して息を飲む。
それは織姫戦で玉鍵が見せた戦法。相手から叩き折った腕を織姫自身に突き付けた、あの戦法だった。
結局あの戦いで玉鍵は炸裂ボルトを織姫に当てなかったが、その威力は頑丈な試合会場の壁に穴を空けるほどであると証明されている。
リアルバトルでも使われるこの会場の設備を破壊できるほどの威力であれば、新型といえど通用するだろう。
「で、でもあれはもう証拠品として抑えられて―――」
「ラングに掛け合う! 時間が無いわ、地下まで走るわよ! っ、ああもう! おまえらいいから来なさい!」
自分の端末から叔母にコールを入れながら、アスカはまだ戸惑っているミズキとベルフラウを接収された織姫の機体のある地下駐車場へ向かうよう強引に押し出す。
そしてコールを待ちながらつみきに刺すような目を向けた。
「裏切ったら殺す!」
「こわっ……でも、あざっす」
つみきもまた三人を追い抜く勢いで駆け出す。時間が無い、玉鍵たまの戦いはもう始まっている。
<放送中>
玉鍵と彦星の戦闘はやはり一方的な展開となった。連戦したホビー仕様のライト級と、ヘビィ級を超える火器満載の新型機。とても勝負になるわけがない―――――圧倒的な玉鍵のペースである。
審判席から血を吐くような思いで成り行きを見ていた天野は、ここで初めて玉鍵たまというエースパイロットの
勝負の立ち上がりからして劇的な展開。玉鍵のホワイトナイトは相手の一瞬の油断をついて降着姿勢のままで黒いATに突進し、右腕に持っていた大型ライフルを破壊することに成功。
彦星からすれば開幕前から相手に銃口を突きつけた状態にして、余裕をもって始めるつもりだったのだろう。
しかし、その傲慢な思考を玉鍵は読み切り奇襲を仕掛けたのだ。機体をまだ立たせてもいない体勢という、完全な非戦闘状態を目くらましにして。
(すごい。まったく射線に入らない)
さらに玉鍵のターンは続く。壁とフェイントを駆使して立ち回る玉鍵のホワイトナイトは、黒いATのミサイル装備を完全に殺していた。あれではどんな高性能の火器管制システムを積んでいようと
そして無駄弾を撃つばかりのガトリングが銃身加熱で赤熱化した頃、我慢に我慢を重ねたホワイトナイトがついに仕掛けた。
まるで壁の向こうが見えているような動きで相手の後ろを取った玉鍵は、まず一撃目を胴体に叩きこむ。
――――だが、そこから急激に姿勢を崩して二撃目をガトリングに打ち込んでしまった。
(外し……違う! よろけたんじゃない、狙いを変えたんだわ!)
一撃目のズームパンチで何かしら違和感を感じ、連撃を諦めた玉鍵はすぐさま別の目標に切り替えたのだろう。そして天野の予想通り、ホワイトナイトの腕部はナックルパート部分がひしゃげていた。
<ちょこまかと!>
対する黒いATは胴体部への攻撃がダメージにならなかったようで、その大きなクローアームを振るって玉鍵機を狙う。
(飛び込んだ!? 法子の言う通り度胸がありすぎるでしょ!)
明らかに自身のATより大型の機体を前に、白いATは躊躇うことなく肉薄する。それを天野は無謀と判断し――――次の次の瞬間に玉鍵が正しかったと見せつけられた。
「腕部に内蔵式火器……」
爪を振るった先にわずかに遅れて砲火が走る。もしここで距離を取っていたら、ホワイトナイトはあの銃撃をまともに受けていたかもしれない。
「! あぶない!」
銃口の内側に入られたことを嫌がったのか、黒いATがその場から押し込むように白いATを跳ね飛ばす。射線から逃げるため肉薄するあまり、玉鍵でもこれは避けることは無理だった。
「――――いいわ、そのまま向かいなさい。私が話をつけておく」
先ほど全員無事という通信を入れてきたアスカに天野と揃って安堵したラング。その友人に再び誰からか通信が来ていた。天野はそれを耳にしつつも意識は会場にくぎ付けである。
なにせ玉鍵の操るホワイトナイトは、もはや遮蔽物に隠れることなくその場で射撃を回避し始めたのだから。
まるで輪舞のように華麗に舞うその姿は、とてもATという無骨なロボットで行っているとは思えないほど。それも操作テクニックだけではない。
相手の銃口が向く位置を巧みに躱し、行動を読み勝っているからこそ当たらないのだ。
(これがライフルかガトリングなら、まだ当たったかもね。でも大型の腕部に格闘用の爪、さらに内蔵した機銃と弾薬入りの武器じゃ無理よ。即応の微調整なんて出来るわけがない。重すぎる)
一見すると凶悪に見える武装だが、実際に近距離であれを振るうとなるとその重量と大きさは明らかに持て余すサイズまで肥大化している。
その姿はまるで腕の大きさの違うカニのように
「やった!」
もはや声を出していることも忘れて天野はガッツポーズを取った。ズームパンチの手応えから攻撃を切り替えた玉鍵は、先の試合で見せたように脚部のスパイクをパイルバンカーとして叩き込んだのである。
そこは位置的にコックピットに近いと思われる場所だが、パイロットの胴体には当たらないであろう位置。
これほど理不尽な戦いでまだ相手の命を気遣う玉鍵に、天野は戦いのテクニック以上に感動する。玉鍵はその圧倒的な力を振るうだけの暴君ではないと確信したのだ。
「温いわね」
「温いって、ラングあなた―――」
ラングからすればもはやコックピット内のパイロットを狙うべきという状況。しかし天野からすれば、それは玉鍵に殺人をさせるのかという話。甘過ぎる人間を見たときに出す顔をしたラングに注意が逸れたとき、それは起こった。
「「―――効いてない!?」」
天野もラングも、今の攻撃で終わったと思っていた。ATのターンスパイクは急制動に用いるために堅牢かつ強力な出力を持つ。
もともと装甲の薄いATにとっては正規のパイルバンカーと変わらない威力であり、その攻撃が通じないなど予想外の事であった。
押し退けられたようによろけたホワイトナイトに向けて、再び黒いATの腕から銃撃が始まる。
しかしそれさえも玉鍵は片足が浮いたままなんとか回避していく。
(どれだけ機体をコントロールできるのよ! とんでもない子ね、もう!)
そのまま攻撃を躱し切り、転倒することなく持ち直した白いATに天野は舌を巻く。
天野も授業でATを操作する。その難易度は良く分かっていた。およそ信じがたい制御能力。あれでは敵に何をされても玉鍵のATは転ばないだろう。
だが、これはもうナックルバトルではない。転倒すればそこに付け込まれ死ぬかもしれない玉鍵に対し、彦星の黒いATはその圧倒的な防御力を示した。スパイクさえ通らない相手にどこを狙えばいいというのか。
当たらない攻撃を繰り返す黒いATと、効かない攻撃を抱えて逃げ回る白いAT。そのまま事態は膠着するかと思われた。
それは別にかまわない。いずれ治安部隊に属するAT部隊が来るのだから。
いくらあの黒い機体が頑丈であろうと、何機もの火器で攻撃されれば耐えきれないだろう。
それに玉鍵は仲間を逃がすという目的をもう達成している。生身で殺されかねない状況から生徒たち全員が脱し、それで目的達成。後は逃げ回るだけで事足りるのだ。
むしろこうして危険を冒してまで正面戦闘をしているのは蛇足でさえあった。
彦星アタルの協力者はすでにS課の職員によって捕らえられ、彼はもうこの会場から無事には出られない。玉鍵の技量であれば時間切れまで逃げることも可能だろう。
だがしかし、天野には予期できなかった転機が訪れる。思わぬ闖入者によって。
会場に現れたのは新たなAT。頭部のパーツが無い機体の操縦席に剥き出しで座っている緋色のパイロットスーツ。
ヘルメットもせずにサイドテールを揺らす春日部つみきが、戦いに乱入してきた。
そこから天野の時間が遅くなる。かつてパイロット時代に稀に感じていた感覚が天野和美の頭脳を再び襲っていた。
思考の劇的な加速によって起きる現象。ゾーン。天野は今、ゆっくりの世界の中で、黒いATに恐ろしい兆候を察知する。
撃つ気だ。彦星は躊躇いなくつみきを撃つ。それを直感で理解した天野和美は、久々に訪れたゾーンの終わりに絶叫した。
「やめてぇぇぇぇぇぇっ!!」
炸裂したミサイルの爆風に薙ぎ払われ、一人の生徒の命が消える。その恐怖にどうすることもできずに息を飲む。
―――だが、ミサイルはつみきへと飛来することなく発射直後に爆発を起こした。
直前に天野の動体視力が捉えたのは信じがたい映像。ホワイトナイトが蹴り飛ばしたライフルが、今まさにポッドから出ようとしていたミサイルの進路を阻んだのだ。
「……ナイスシュート、タマ」
ラングが深い息を吐いて額の汗を拭う。そこからわずかに遅れて、目で見た映像が脳で処理され、天野和美の頭脳が状況を完全に理解するのに3秒を要した。
(狙ってミサイルを? いえ、さすがに無理よ。たぶんあれを黒いATに当てて少しでも狙いを逸らしたかったんだわ)
玉鍵はあの状況からとっさにつみきを助けるため、即席の飛び道具としてライフルを蹴っ飛ばしたのだろう。そう結論した天野もまた、ぶはぁと息を吐く。気付かないうちに体が呼吸を忘れていたようだった。
<こ、この、おかしいだろう!? なんだこの展開!?>
「しぶとい……まだ動く」
呆れた声を出したラングが黒いATを睨みつける。さすがに爆発で損傷はしているようだが、それでも立ち上がるだけの余力を彦星機は残していた。
<それじゃ、爆発鎮火と行こうか>
ここで不意に聞こえてきたのは、今までほとんど無言で戦っていた玉鍵の通信音声。その声質からは凍えるような冷たい怒りが滲みだしている。
あまり強い感情を見せない大人より落ち着いた少女が、天野さえ寒気を感じるほどに激怒していた。
当然としてその怒りを向けられた彦星はより強くその怒りを感じ、その信じがたい異常人格の持ち主さえ恐怖にたじろく様がATの動きにも如実に現れる。
何より注目すべきはホワイトナイトが手にしたATの腕。それがなんであるか。天野も彦星も即座に理解した。
「ラング! さっきの連絡って!?」
「……助けてくれた友達のために命を張りたい。そんな覚悟、止められないでしょ?」
大人として、教官として、言いたいことが天野の頭の中を渦巻いていく。
けれど同時に、パイロットとしての自分はラングの言葉にどうしようもなく共感してしまう。
もし自分が春日部つみきの立場に置かれたら、やはり天野も法子やラングのために、あの場所に飛び込んでいっただろうから。
〔こ、この、卑怯だぞ! それを捨てないとミサイ――――〕
<撃っていいのか?>
<ルを―――何?>
怒りの内圧が膨れ上がったままに、それでも玉鍵が愚か者にひとつの忠告をする。
<他が誘爆しなかったのはたまたまだ。そんな至近距離で爆発を受けたポッド、チェックもせず撃っていいのか。1発でその威力だぞ>
回避に長けた玉鍵は彦星にまともなロックオンを許すことが無く、撃つ機会を逃したまま破損した9連ミサイルポッドには、まだ8発ものミサイルが残っている。
未だ黒いATは健在とはいえ、先ほどのミサイル1発で受けた損傷を考えれば、あれだけの弾薬が誘爆すれば無事では済まない事は確実である。
<な、ならこっちを撃つだけだ!>
彦星も危険を感じたのか、ミサイルを保留して腕部機銃を二人に向ける。
ホワイトナイトはまだしも、その後ろで生身を晒すつみきにまで躊躇いなく銃を向ける彦星は、やはりどこまでも異常だった。
しかし銃が火を噴くより早く、玉鍵の冷ややかな声がもはや物理的な圧力さえ感じる存在感で差し込まれる。
<残弾管理も出来ないのか? もう弾切れだろう>
その言葉が事実だと、一向に弾を吐き出さない銃口が物語っている。
<あ、あ、ぁ>
ロボットの装甲越しでも天野には見えた。這い上がってくる恐怖でスティックを潰しそうなほど強く握り、カチカチとトリガーを何度も押している彦星の姿が。
そしてついにホワイトナイトが動き出す。友から受け取ったそのパーツを、騎士の剣の如く携えて。
<こっちの動きさえまともに追えないおまえに――――
不可能な事だ。たぶん誰であろうとも。
怒りを込めたワールドエースの一撃を、誰が躱せるというのだろう。
<来るな! やり直しだ! おかしいだろ! おかしい! ここは僕が勝って、君が僕に惚れる場面だろぉ!!>
「「<はあ!?>」」
天野もラングも、通信越しの玉鍵さえも。一瞬思考が停止する。これは恐らく耳にした全員がそうだったろう。
<寝言は寝て言え!! ―――行くぞ!>
すぐに持ち直した玉鍵機が突撃姿勢を取った。もはや使える火器の無い彦星は絶望的な戦力差を覆しようがない。
貫けない鎧に安心していた先程とは違う。自らの命に届く武器を手にした玉鍵たまという怪物が、彦星アタルに止めを刺そうと向かってくる。
――――それは自己愛の塊のようなこの少年にとって、絶対に認められない現実だった。
<ひ!? う、うわああああああーっ!!>
大きな爆発が彦星の上げた悲鳴を一瞬でかき消す。
炸裂ボルトではない。玉鍵はまだ近づいておらず、その手にはATの腕が変わらず持たれている。
「うそ……」
「プレッシャーに耐えられなかったようね。それともまだ撃てるほうに賭けたのかしら」
予想外の決着に呆然とする天野に対して、ラングは冷淡に原因を究明する。
黒いATは無残に爆散した。天野の動体視力から見ても、彦星機のミサイルポッドが爆発したようにしか見えなかった。
彼はまだ残っていたミサイルに、暴発の危険を冒してでも賭けたのだろうか?
(違う……死の恐怖に負けて冷静さを失い、思わず引き金を引いただけ。賭けたんじゃない、ポッドの損傷を確かめもせずに、都合よく正常に使えてほしいと甘い期待をしたんだわ。壊れた機械を叩いて動かそうとするように、何の知恵もなく)
恐怖から逃れようと安易な期待に飛びついた彦星アタル。その結末は――――自爆。
損傷していたミサイルポッドは弾頭を飛ばすことなく装填されたままで爆発を起こし、残りの弾薬にまで飛び火して大爆発を起こしたのだ。
スパイクを弾くほど堅牢を誇った装甲も、8発ものミサイルの爆発を一度に浴びてはひとたまりもなく、もちろん操縦していた彦星の姿など跡形も無い。
探せば細かい肉片の残骸くらいは出てくるかもしれない。とはいえ、それで何になるかと問われたら天野には何も思いつかなかった。
「いっそ燃えるPR溶液と共に、残らず焼き尽くされてしまった方がいいかもね」
あれはこの世にいてはいけない人種よ、そう吐き捨てるラングに天野は何も言えなかった。
まだ未成年だったから。そう口にするにはあまりにも彦星アタルという少年は邪悪過ぎた。ラングによく甘いと零される天野和美をもってしても、その精神性は最後まで理解できなかった。
そんな見ている者にどこまでも気持ち悪い気分を残した少年がいた一方で、すべてが決着した会場でホワイトナイトを降りた玉鍵が、傷ついたつみきの手当てをしている場面が映し出される。
敵への怒りを消し去って友人の手当てをする玉鍵と、傷を受けながらも嬉しそうなつみき。そして二人に駆け寄っていくアスカたちの姿に、天野はやっと救われた気がした。
「和美。今度は大人の私たちが頑張る番よ」
「……そうね。たまちゃんの守った物をなんとしても守るわ」
春日部つみきと花代ミズキ。この二人を生贄にしようとする者たちから自分たち大人が守る。もちろんアスカもベルフラウもだ。
そして強くてもまだ幼い玉鍵たまも。せめてコックピットから降りているときだけは大人の自分たちが守らねばならない。
―――何よりも手強い、人間社会という名の悪意から。
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