第98話 届け! 絆の拳!?
(どういうこった? それ以前に――――)
ベンチで鼻水ズルズルの4人をチーンさせてたら、さっき試合で転がした3年の男子が火器満載の黒いATを持ち出して懲りもせずに会場に現れやがった。
すぐさまリボンのATと壁を調べていたS課の職員たちが警告を飛ばす。しかし男子生徒は彼らが存在しないかのような態度で再びオレを呼んだ。気味の悪くなるほど明るい声で。
〔乗らないというならそっちのベンチにミサイルを撃ち込むよ。まあたぶん、それでも君だけはうまく逃げるんだろう。でも、他の子は確実に死ぬだろうね〕
(―――正気かコイツ?)
これ見よがしに肩の9連ミサイルポッドを見せつける黒いAT。その体躯はスコープダックよりワンサイズ大きい。これが
《声の感じだと脅しじゃないね。本当に撃ち込んでくる気だよ》
「おまえ『Fever!!』が恐くないのか!?」
ここにはパイロットが4人もいるんだぞ? 正気の沙汰じゃねえ。おまえの家がどんな権力持ってようが何の意味も無い相手だぞ。
〔問題ないさ。僕もパイロットだからね〕
は?
〔君も僕もパイロット。ならこれはパイロット同士の争いだ。『Fever!!』は出てこないよ〕
……は?
《あー、そういう解釈なんだ。確かに出てこない可能性はあるかも》
(え!? マジで出てこないのかよ?)
《パイロットを陰で操ってとか、つまり権力者の道具としてパイロットを使った争いならNGだと思う。でも―――》
(…パイロット本人が望んで別のパイロットを襲うならセーフってか?)
おいおいおい、とんだ抜け道があったもんだな。もっと言えばよくもまあそこまで調べたもんだ。検証してもし『Fever!!』を怒らせたら関係者残らず地獄行きだってのに。
「ちょっと、あいつパイロットだったの!?」
「そ、そういえば資格を取ったとか自慢してたような……」
黒いATから目だけは離さず、敷島が春日部を問い詰める。それにサイドテールを揺らした春日部はうろ覚えという物言いで答えた。
「実戦には出ないけど資格だけは取ってるパターン?」
「きゃあ!?」
そうしてるうちにしびれを切らしたらしいヤツのライフルが火を噴き、一発の銃弾がベンチの手前を穿った。
会場に突然響いた銃撃音が耳を裂くような音で鼓膜を苛む。後ろにいる花代が射撃音に悲鳴をあげてへたり込んだようだ。
〔あなた! 何をしてるのか分かってるの!? すぐに降りなさい!〕
〔織姫君は愛人に降格するとして、勝ったキミを今日から副部長、そして僕の正妻に迎えるよ! さあ、これも花嫁修業さ!〕
放送で赤毛ねーちゃんの叱責が飛ぶがこれも無視して、世にもおぞましい妄想を垂れ流す男子。自分の聞きたいことしか耳に入らないのか?
「こ、こいつマジで頭がおかしい!」
ヤベーな。なーんか変だ気持ち悪いとは感じていたが、敷島の言う通りマジで頭おかしい野郎だったわ。
それに今ここでどうしようと、いずれ軍のATなりで構成された鎮圧部隊が送り込まれて、1機そこらのATなんざ数で押し潰されるしかねえだろうに。本当に後先考える気はないらしい。
こいつ世の中に稀にいる、いわゆる名称表記が憚られるキの字ってヤツか?
なら論理的な説得なんざ通じようがない。どう転んでも破滅するって自覚さえない。今そうしたいからするだけ。自分がやりたいからやるだけ。
誰が迷惑しようと何の罪悪感もない。そういう
――――いけすかねえ。
「おい! こっちは武装しちゃダメなのか!?」
こういう野郎に間を空けるとマズイ。主導権を持っている苛立った人間ってのは簡単に暴力を選ぶ。とにかく話しかけるなりして興味を引き続けるしかねえ。
〔何を言ってるんだい? これは実戦だ。武装を持った機体を用意してなかった君のミスさ。こうして待ってるだけでもありがたく思いたまえ〕
「……敷島、全員連れて逃げろ――――刺激するな、オレが乗り込んでる最中に平気でベンチにミサイルを飛ばしてくるかもしれない」
ヤツのスピーカーに紛れて敷島に話しかける。守るものがオレの身ひとつなら何とかしてみせるが、さすがにこの状況で別のヤツまで面倒見るのは無理だ。
せめてベンチの向こうの壁の裏まで逃がさねえと。人間なんざ爆発のひとつで簡単に死ぬ。
「!?」
何を言っているんだとでも言いたげな顔をするも声を上げない。敷島もあいつはヤバイと空気と言動で気付いている。オレに興味が向いている間に退避したほうがいいと冷静に分析できている。
やっぱおまえ実戦系の天才肌だな。間違いなくオレよりセンスあるぜ。
《これはやるしかないね。仮に射撃が下手でもこの状況じゃ、火器でひと舐めされたらみんな死んじゃうよ》
(そういうこった。タコの気が変わらないうちに乗り込むぞ)
タコの注意を引き、かつ敷島たちが逃げる時間を稼ぐためにホワイトナイトへと歩く。急がず、遅すぎず。
〔早くしなって。本当に撃っちゃ――――〕
「待ても出来ないのか犬っコロ! 黙って待ってろッ!!」
くだらないマネしやがって! もうガキだろうが人間扱いなんざしてやんねえぞ!
降着姿勢のホワイトナイトに飛び込み、乾いた涙の跡が残るゴーグルを被る。
(スーツちゃん!)
《はいな。各種支援再開、キモ男にぶちかましたれぃ! ―――さっそく来たぞい!》
こっちが降着姿勢を解除するより早く、ヤツの右腕に構えたライフルがこちらに向き始める。
それを思考加速された世界で認識し、
操縦席のカバーを閉じていないことはおろか、まだ立ち上がってさえいない状態で走り出したATに驚いたタコは、こっちの突然の接近に長銃身のライフルを扱いきれず照準が逸れた。
すれ違い様のパンチで相手のライフルをひん曲げる。ズームパンチが打てれば直接操縦席に叩き込んでやったんだが、生憎と左右どっちもリロードしてねえ。まずは壊せるところをブッ壊す。
《ライフル破損。でも早く起きて、さすがにこの姿勢じゃうまく走れないよ》
(おう! 敷島たちは逃げたか?)
《大丈夫。もう安全圏》
「よし。もう素は終わりだ、全開で頼むぜ!」
《アイサー!》
操縦席のカバーを閉じながら降着姿勢を解除する。
コイツはどうしても狭いスペースしかない航空輸送機なんかにATを格納するための、ごくごく基本の動作なんだぜ? 使うヤツはもっぱら整備士だろうがな。
〔くっ、お行儀が悪いね!〕
《ミサイルロック!》
「当たるか!」
先ほどまでの平地から一転、フィールドのいたるところにせり出した高さの違う壁を縫ってロックオンを切る。
(要は
積んでる火器勝負の平地と違ってな、遮蔽物の多い市街地は低性能機でも色々と小技が使えるんだよ!
(リロード!)
《左腕ズームパンチリロード。このカートリッジが最後だゾ。それとゴーグルの機能を掌握したよん。後で壊すしかないナ》
(スーツちゃんの痕跡は残せねえからな。よし、映像が来た)
AT映像取得はゴーグル方式。嫌いじゃないがスーツちゃんの網膜投影支援と相性が悪いな。
それまでAT用の画面表示だったものが、ここから馴染みのあるスーツちゃん方式に切り替わる。
こいつの情報精度はそこらのロボットの比じゃねえぜ。場所によっては相手が壁の向こうでも熱源から推測したり、音の反射でおよその位置を表示してくれる優れものだ。
「チッ」
切り込もうと思ったところで嫌な気配を感じ、方向転換せず別の壁の陰に逃げ込む。その一瞬後を猛烈な銃弾が舐めていった。
(腰のガトリングか、邪魔っ気な)
ミサイルではロックオンし切れないと判断して、とにかく弾をばら撒く戦術に変更したようだ。ケッ、オレもやってきた戦法だからよくわかるぜ。
ATは前の体で散々乗ってたロートルに戦闘感覚が似ている。陸戦型の泥臭いロボットだ。開幕で爆発系の火器をぶっ放し、次に相手の足を止めるために弾を撒き、最後は接近して止めを刺す。
ああ、これこそ何度もやってたオレの必勝パターンさ。それだけに敵にやられると腹が立つな! 対処法が嫌ってほど判っちまうぜ!
壁を遮蔽物にしてグランドホイールの駆動音とターンスパイクの切り返しで移動位置を幻惑する。
デカい見かけによらず追い足は速いようだが、いかんせん操るパイロットがヘボだ。障害物がある限り逃げ切れる。
やがて壁から姿を晒すときに飛んでくる射撃はどんどんタイミングを外れ、ついにはこっちが姿を出しても砲口を向け切れず撃たれなくなった。
(ボチボチいいか、行くぞ!)
壁から飛び出したとき相手の黒いATは、もはやこちらの位置を把握できず完全に真後ろを向いていた。
ようやく気付いてなんとか切り返そうとしているその横っ腹、操縦席のある胴体に遠慮なくズームパンチを叩き込む。足くらいは潰れるかもしれんが自業自得だボケ!
「《!? 》」
1撃目に違和感を感じ、連打を中断して2発目は相手の腰に釣られたガトリング砲を狙う。
《ガトリング砲破壊。でも1発目は効いてないっぽい。メッチャ固いよあのAT》
(こっちのナックルパートの方が破損したぞ。ヘビィ級
〔ちょこまかと!〕
クローが装備された左腕が振り回された。その瞬間に感じたゾワッとくる感覚に任せて、クローの範囲よりさらに内側の
射撃音。3本爪のクローの真ん中から火線が飛び出し、銃撃が床を舐めていく。
(内装火器かよ!? ライフル、ガトリングの他にまだ持ってやがったか!)
《低ちゃん、こいつヘビィ級じゃない。流通してるどのATよりサイズが大きいゾ。例えるならスーパーヘビィ級だ》
(そのよ―――うおっ)
回避行動を交えながらもう一度接近する。さっきからターンスパイクの切り返しが追い付かないから、もう回転の勢いでグルグル回って幻惑するしかねーわ。スーツちゃんの支援が無きゃとっくに目が回ってるところだ。
(腕がダメなら足だ!)
再び接近されるのを嫌がって、追い払うような大振りのクロー。それを急制動で
(うおおお? っととっ、おいマジか、刺さらねえぞ!?)
逆にこっちの足がスパイクの勢いで押し返されちまった。ホントにどんだけ固いんだこいつ!
《回避!》
よろけから立て直したところに射撃が飛ぶ。ギリギリ火線には捕らえられなかったがこりゃヤベーぞ。こっちの装備で倒せる手段が
(
《どうする低ちゃん? こっちの攻撃が効かないし、いっそ時間稼いで応援を待つのも手だよ》
この異常事態だ。他のタコならともかく、赤毛ねーちゃんやS課の職員が治安に連絡を入れていない訳が無い。ネックだった敷島たちも避難したし、それが一番堅実な方法かもし――――
<たまさん! 受け取って!>
―――突然の通信から聞こえてきたのは春日部の声。
同時に壁の陰からグランドホイールを回して現れたのは、両方の腕が無い操縦席剥き出しのAT。
その腰にワイヤーで強引にマウントされた物体には見覚えがあった。
〔躾を邪魔するな!〕
《まずいッ》
「っ! クソバカ!」
一直線に走り込んでくる春日部に黒いATのミサイルポッドが向く。
ただでさえカバーの無いあの状態では、爆発の破片ひとつでも浴びれば助からない!
思考を加速した事ですべてが鈍化したようなゆっくりの世界の中、たったひとつ視界に映った床に転がる物体に全神経を集中させる。
(スーツちゃん!)
《発射タイミング・弾道予測! 今!》
「《キック!!》」
床に転がったままになっていた銃身の曲がったライフル。それ目掛けて基礎動作の音声入力を絶叫する。
蹴り上げられたライフルと9連ミサイルポッドの発射口が交差した瞬間、直後に発射されたミサイルが触発し、黒いATの目の前で爆発が起きる。
〔ぐわぁ!?〕
<きゃあああっ!?>
至近でモロに爆発を被った黒いATが派手に転倒する。その炸裂の激しさに、生身の春日部もまた悲鳴を上げた。
――――だがオレの元へとATを走らせるその直進は止まらない。断固たる覚悟によって、春日部は恐怖を乗り越える意志があった。
〔こ、この、おかしいだろう!? なんだこの展開!?〕
あれほどの至近弾でなお起き上がろうとする黒いAT。爆発したのは発射された一発のみで、ポッドに残った他の弾頭に誘爆しなかったからだろう。
だが―――テメエが起き上がるまでに、オレは春日部から覚悟のバトンを受け取ったぜ。
それは1本のATの腕。
リボン機に残っていたもう1本、偽装した炸裂ボルトを取り付けた左腕だ。どういう経緯か知らねえが、春日部はリボン機を証拠品として検分していたS課から腕だけ
「たまさん! これならブラックファイヤの装甲でも抜けるはずだよ! 使って!」
(……無茶しやがって。破片で傷だらけじゃねえか)
《大怪我はしていない。ダイジョブダイジョブ》
しかし細かい破片を浴びた春日部は安物のパイロットスーツがあちこち破けて血だらけだ――――ガキが、それも女が受けていい傷じゃねえ。
起き上がりはしたがまだ
「それじゃ、爆発鎮火と行こうか」
ワイヤーから外した腕をクソ野郎に突きつける。ズームパンチは
おまえに届くとよ。
〔こ、この、卑怯だぞ! それを捨てないとミサイ――――〕
「撃っていいのか?」
〔ルを―――何?〕
「他が誘爆しなかったのはたまたまだ。そんな至近距離で爆発を受けたポッド、チェックもせず撃っていいのか。1発でその威力だぞ」
こちらから見えているポッドの正面には前部剥き出し型のミサイルが8発。明らかに損傷している部分があり、とてもいい状態とは言えない。むしろよく誘爆しなかったもんだ。
タコ野郎もついさっきの衝撃を思い出したんだろう。明らかに動揺した気配が漏れる。
〔な、ならこっちを撃つだけだ!〕
左腕の3本爪クローを開口し、その中央に見える銃口をこちらに突きつける。でも、そりゃ無理だ。
「残弾管理も出来ないのか? もう弾切れだろう」
それはさっき撃ち尽くさせたからな。しかも内装火器の構造上、手持ちのライフルみたいに簡単にリロードとはいかねえんじゃねえの? そもそも予備マガジンっぽいものも見当たらないしな。
〔あ、あ、ぁ〕
おまえに残っているのはもうこっちと同じ、格闘だけ。けどよ―――
「―――こっちの動きさえまともに追えないおまえに、
これ見よがしに腕を構え、歩を進める。
〔来るな! やり直しだ! おかしいだろ! おかしい! ここは僕が勝って、君が僕に惚れる場面だろぉ!!〕
「はあ!? ―――寝言は寝て言え!!」
またも意味不明な理論を吐き出したタコ。もう一言たりとも聞きたくねえ。
(スーツちゃん)
《装甲を抜ける候補はこの辺。オススメはさっきズームパンチした脇腹あたりかな。狙いどころはいい線行ってたじぇい……でも、角度はもうちょっと操縦席側に上げようか。さすがにこの状況で殺さないで済ますのは無理だゾ、低ちゃん》
……そんなんじゃねーよ。狙えるところを狙う、それだけさ。
「行くぞ!(クソ野郎!!)」
〔ひ!? う、うわああああああーっ!!〕
足のペダルを踏み潰し特攻をかけようとしたその瞬間、ホワイトナイトが揺れるほどの閃光と爆風が巻き起こった。
それがなんの爆発かなど、言うまでもない。
(……………ばっかやろう)
ブラックファイヤ―――だったものは床に二本の太い脚部だけを残して、肩から下腹部までがゴッソリと吹き飛んでいた。
《ありゃりゃ、ビビッて無理に撃とうとしたミサイルポッドが誘爆しちゃったか。まあ勝ちは勝ちだね、お疲れ低ちゃん》
やがてゴトリとコケた脚部もまた炎に巻かれる。それは焼かれていく安物の棺桶のようだった。
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