第97話 黒いAT

<放送中>


〔~~~~っっっ、T.K.O! WIN TAMA!〕


「! ぃぃぃっよっしゃーっ!!」「やった! やったわ! 勝ち! 私の勝ち!」「……よか、た」


 つみきの横で女性らしからぬ喝采を上げるのは敷島アスカとベルフラウ・勝鬨かちどき。そして安堵からかガスが抜けたようにヘナヘナと沈んだのは花代ミズキだった。


「あ゛、あ、ア゛ア゛や゛、や゛っだ! やっだぁー! だまざん! だまざんイエーッ!!」


 もちろん興奮したつみきも大声で勝者を称える。自分でも何を言っているかわからないくらいにメチャクチャな声を上げて。


 正直に告白するならば、自らに湧き上がる感情は玉鍵の強さへの畏敬以上に、圧倒的な安堵・・の気持ちが噴出していた。


 もしもここで玉鍵が負けてしまったら、織姫を裏切ったつみきにとって最悪のシナリオとなっていたからである。憎悪を募らせたあの女は間違いなくつみきを破滅へと追い込むために即座に動き出しただろう。


 それを心の奥で恐れていたつみきは、絶望をまとった真の恐怖から解放された実感を得て原始の喜びを爆発させたのだった。


 織姫たちは敗れた。それも何重もの意味で。


 バトルファイト部のレギュラーメンバーとして完全に敗北し、学園のヒエラルキーという意味で完全に蹴落とされ、そして何より違法な武器をパイロット相手に用いたことで、織姫ランに入念な国の捜査が行われることは確実だった。


 それも彼女が頼りにしている家の力が及ばないほどの強権をもって。これで親共々間違いなく失脚する。


 学園の女帝はここに倒れた。春日部つみきは一切の誇張なく、人生のすべてを賭けた勝負に勝ったのだ。


 会場もまた客層が二分された通りに明暗が分かれている。つみきたち玉鍵側は勝鬨かちどきをあげるように咆哮し、対して織姫側はお通夜のように顔色が悪い。


 しかし、人間とは現金な者で、ちょうど境界辺りに座っていた者たちが日和見に喝采を上げ出すと、それが波のように織姫側を侵食してついにはほとんどの者が勝者を称えるように拍手を始めた。


 時勢に乗り遅れたくない一心で。


 試合場で力強く両腕を掲げたホワイトナイトに、玉鍵たまという新たな強者に媚びを売る。


 勝者を讃えている美しい場面のようでいて、中身は酷く滑稽な光景に、つみきは興奮していた頭がすっと冷えて冷静になる。


(人の事は言えないけど、みんな節操ないなぁ)


 けれど、興奮とはまた違う感覚でつみきは心が温かくなっていくのが分かった。


 恐らくは偶然だろう。しかしホワイトナイトはつみきに向けて勝利のポーズを見せているようにも見えたのだ。


『つみきのくれたこの腕が役に立ったぞ』。そう玉鍵が言ってくれているかのように。


(ヤッベエ、たまさんヤッベエ。なんでこんなキューンってくること平気で出来ちゃうかな)


 圧倒的な強さと高潔さを見せつけたホワイトナイト。その雄姿はまさに純白の騎士のよう。


 まるで自分が逆境にある騎士に肩入れして、正しき騎士の勝利に貢献したお姫様にでもなったような気分で、つみきは興奮とは別の感情で頬を染める。


 罵倒されても、反則をされても、命を狙われようとも。玉鍵は最後までフェアプレイを守り通して敵を打ち倒した。


 春日部つみきが見てきたバトルファイトとはまるで違う。金とプライドだけですべてを捻じ曲げ、それがプロだと言い放つ連中とは真逆の、本当のスポーツ選手の姿がそこにある。


「…………きれい」


 それはまさしく邪悪を打ち払う剣。心正しき者。


 ATという決してカッコいいわけではないあの機体があれほどまでに美しく思える理由、それはきっと鋼鉄の内部に玉鍵たまという清く強い魂を宿すことが出来たからであろう。


 春日部つみきはひとりのAT選手としてそう思い、ひとりの人間としてそう感じた。


 戦いとは、ルールとは、ロボットとは。どこまでもパイロット次第なのだろうと。






<放送中>


「立ち上がりが危ないような気がしたけど、杞憂だったわね」


 審判席でくつろぐラングは玉鍵の試合の推移を思い出してそう納得する。


 開幕で微動だにせず相手を迎え撃つ形をとったホワイトナイト。それ自体は選手の作戦であり口を挟む余地はない。


 しかし織姫機が無造作に突出したあの瞬間、ラングには相手の引き付けが過ぎると感じた。これは直観的な話であって根拠は無い。だがラングは何かしらのトラブルで玉鍵が動けないのではと危機感を持ったのだ。


 結局のところこの織姫機の攻撃は最小限の回避によっていなされ、まさかの後頭部への背面エルボーによってあしらわれている。


「たまちゃん、あれで意外とサービス精神があるのね。もっとストイックな印象だったわ」


 同じく審判席にいた天野がラングの試合評価に頷く。天野もまたかつてエースと呼ばれたパイロットとして、玉鍵の立ち上がりに微妙な違和感を持っていた。


「初め高みの見物を決め込んでいた彦星機は動きが鈍かった。けれど相方が軽くいなされて驚き、やっと攻撃に加わったところでカウンターを浴びてダウン――――でも」


「でもタマはなぜか絶好のクリーンヒットの機会を逃した。当てたのはまさかの肩。あの子なら中堅戦みたいに頭部を吹き飛ばすのも訳ないでしょうに」


 今度はラングが天野の推察を引き継ぐ。学生時代は高屋敷を含めた3人で暇さえあれば腕を競った仲である。戦うことに関しての引き出しは出し尽くしており、お互いの戦術思考は筒抜け状態なのだ。


「カメラでもやられたのかと思ったわ。まるで音を頼りにカンで殴ったみたいだったから」


 それが出来たとしたらとんだ離れ業だ。しかし玉鍵の資料を見る限りあながち冗談でもないのがあの少女の恐ろしいところだろう。


 何せ玉鍵というパイロットは、あの超難物で知られるプロトゼッターをモニターが破損した状態で操り、手動での合体に成功しているのだから。


 一度目はサブモニターのみ。二度目はメインもサブも壊れたまさに目隠しの状態で。


 これはプロトゼッターの記録装置から解析されたデータであり、合体用の補助的な機器と計器だけを頼りに成功させているということが分かっている。それはかつてエースと言われた天野をしても信じがたい技量だった。


 ただでさえ難しいあの機体の合体を最悪の環境でこなしている玉鍵であれば、なるほど音と床の振動を頼りにパンチを当てることも可能だろう。


 だがそれを言えばあの瞬間に致命打をいれない理由がない。少なくとも効率という意味では2機のうち1機は倒しておくべき場面だったはず。


 しかしホワイトナイトは相手を転倒させるにとどめた。


「あの時点で決着してはあまりに盛り上がらないってところかしらね。フフ、いいパフォーマンスだったわよアレ。ゾクっときたわ」


 ラングが右、左と自分の腕を前に出す。それを見た天野にはラングの白い腕から硝煙を引いて排莢されるズームパンチの薬莢が見えたような気がした。


「茶化さないでよ。本当なら天才の驕りと、大人として叱るべきなんだから」


 相手を挑発しつつ観客にもアピールして楽しませる。齢14にして試合はおろか会場さえも完全に支配した刺激的なパフォーマンス。これまでの経歴も合わせ、玉鍵という少女は生まれついてのエンターテイナーかもしれないと天野は感じた。


「その後は巻き・・に入って彦星機を撃破……まあ相手にならないのはしょうがないとして、ろくに抵抗できずにボコボコなのはどうよって思ったわ。あれでホントに優勝してるの? ぜんぜん興味なかったから知らなかったわ」


「あなたでも知らないことがあるのね……確かに黒い噂はあったわ。相手側にトラブルが多発したって噂。今回の事を考えると真実なんでしょうね」


「過去の不正を暴くのはこれからとして、今は手に入った強い札を最大限に使いましょうか。タマちゃん・・・には感謝してもしきれないわね」


 派閥の指導者として黒い笑みを浮かべる友人に天野がわずかに眉を寄せる。目をかけた少女の活躍に少々高揚気味であるようだと感じた。


 ラングの判断は論理的に正しい事ばかり。老若男女問わず有能な者には立場を超えて敬意を持つ。


 反面、無能や敵対者に対しては冷淡な面があり、学生時代からの友人としてはそこは残念な事だった。


(我儘な話だけどね。自分では出来ない事を相手に求めるなんて)


 指導者とは非情な決断を迫られることもある。良識や道徳だけではままならない問題もあるのだ。

 彼女の重責に基づく決断を批難するには天野の立場は軽すぎる。何を口走っても無責任な感想であろう。


 織姫ランが炸裂ボルトという不正品を意図的に装備したことは、織姫の怯えようから明らかとなった。実物であることも深く穿たれた壁によって既に証明されている。


 ――――これが通常の法廷で裁くのであれば、まだ織姫は親と銀河派閥の力で罪を覆せたかもしれない。どんな不正も犯罪も、黒を白に変えるだけの力が彼らにはある。


 だが使用しようとした相手はSワールドのパイロット。しかも自国だけでなく世界各国が注目する期待のワールドエースである。


 金の卵を割ろうとした織姫への国の不快感は大変なもので、彼女はラングの告発によって即座に派遣されたS課の職員によって、迅速に拘束されている。


 織姫の親がどう動こうと、今後は中学生という身分を無視した方法での厳しい取り調べが待っているだろう。


「あの子、ATの中から引きずり出したときどっちも・・・・漏らしてたそうよ。あの機体の回収する人がお気の毒だわ」


「ラング!」


 さすがに同じ女性として批難した天野に、ラングはお人好しねと肩を竦めるとこの試合の総評に入る。


「100点の中の400点。ハンデを物ともせず観客を楽しませ、悪事を暴き、敵を寝返らせ、友達も救った。純粋に戦闘としてもこれ以上ない内容だったわ」


「100点の中の300点。危険すぎるわ。不正を見つけた時点で試合を止めるべきだった」


 対して天野はもしもを軽視した行動を減点してラングより低い評価をつける。


 それでも満点を3周りしている点は関係ない。命の危険は何より先に回避すべきことだと天野は考えていた。


「……そこがパイロット思考の限界よ、和美。あの子はね、決闘だけじゃなく政治的にも勝つ方法を選んだの――――それもたぶん、自分のためじゃない」


 ラングが目を向けたのはひとつのモニター。そこにはベンチに押し掛けた天野の弟子たち。ベルフラウとミズキ、アスカ。そしてもう一人、春日部つみきの姿もあった。


 レフェリーストップなどという半端な決着では織姫こそ失脚しても学園の織姫側だった者と、彼女たちに傷つけられてきた者たちがそれぞれに深い遺恨を残すだろう。


 下手をすれば改心して鞍替えした者や、脅迫されたとはいえ不正に力を貸した者に双方から憎悪が向かうかもしれない。


 裏切者とは、石を投げる卑怯者その他大勢が不満をぶつけるには格好の弱者なのだ。


 だからこそ決定的な、覆しようのない、誰の目で見ても分かりやすい玉鍵の勝利と織姫の敗北という構図が必要だったのだろう。


 ミズキとつみきが完全無欠に勝った側、玉鍵のスカートの後ろに立っていると周囲に認識させるために。


「見なさい、わざわざ借りたパーツを掲げているあの機体。あんなにカッコよくて――――優しい勝利のポーズってある?」


 その場の戦いに勝利しただけでは足りない。より広くて深い、人間関係という見えざる戦いにも勝利するために玉鍵は危険を冒したのだ。


「決定。ノリコには悪いけど、あの子は何が何でもエリート層に留める。あの子に地表の強力なバックアップをしていけば、それだけで世界はもっとよくなるわ」


 生まれ育った都市を自らの手で改善しようと、昇格を蹴って一般層に留まった高屋敷法子。しかし彼女をしても腐敗した体制の打破は難しく、飼い殺しのような状態で足踏みするしかなかった。


 その環境を変えたのが玉鍵たま。一般層で暗躍していた銀河の下位組織を表に引き摺りだし、次々と壊滅へ追い込む切っ掛けを作った。


 これを契機としてラングが手を回し、第二基地長官の座へと高屋敷を捻じ込むことに成功したのだ。今後はあのエネルギッシュな女長官の下で、基地を中心に健全化していくことだろう。


「外科手術を終えたら内服療法に切り替えるものよ。バランスよく使わないとね。切れ過ぎるメスに今度はこっちで暴れてもらいましょう」


「法子になんて言おうから……」


 口では玉鍵の意志に任せるとは言っていたものの、できれば返してほしいというのが高屋敷の本音であろう。


 ――――ラングは輝かしい未来を想い、天野は直近の悩ましい未来を思い、それぞれ今後の事に頭を使っていた時、審判席の機器からアラームが鳴り響いた。


「何? これは……障害物設置の警告?」


 アーマード・トループスを用いた競技には2種類ある。


 格闘のみを用いて、遮る物の無い空間で行うナックルバトルに対し、障害物となる壁を不規則に設置した試合場で行うもうひとつのゲーム形式が存在した。


 そのためこの会場にはもうひとつのゲームルールに沿った設備として、ボタンひとつで床から何枚もの分厚い壁がせり出す機能が備わっている。


「そんな予定無いわよ。ちょっと、これ誰が動かしてるの?」


 切り替えボタンは審判席にもあるが機器のメインのボタンではない。そのため主要装置とオンオフで競合した場合は反応しないようになっていた。


〔終わったと思ったのかい? バトルファイトは危険なゲームさ〕


 会場のスピーカーを通じて響いた男の明るい声に、観客がまだ出し物があるのかとざわつき出す。


 すでに決着はついたはず、しかし織姫側にいた生徒や大人たちは降ってわいた逆転のチャンスではと俄然色めき立った。


 正規の試合かそうでないかなどどうでもいい。自分たちが蹴落とされた事実が消えてなくなってくれればなんでもいいという空気の中、ひとりの若い男の声が会場に響く。


〔さあ、機体に乗るんだ。玉鍵くん。ここからが僕との本当の勝負だ〕


 それは織姫と同じく予備拘束されているはずの彦星の声。


 障壁によって様変わりした会場には、たった今エレベーターより進み出た黒いATがライトに照らされ、その姿を観客に見せつける。


 ライフル、ミサイル、ガトリング。あらゆる火器を身に着けた完全武装のATがそこにいた。


役割を・・・間違えた・・・・君を躾けてあげよう、このリアルバトルで〕


 ――――ナックルバトルと対を成す、もうひとつのゲーム方式。


 その名はリアルバトル。火器を用いた戦闘を前提としたルールという、極めて危険な競技であった。

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