第96話 2対1! 振るえ! 戦友の拳!!

 ちょっと空けただけなのに先ほどより会場の人数が明らかに多くなった。空いている席はまったく無く、どのブースも人間がひしめき合っている。


 そしてもうひとつ変わった点として観客の色付けが明確になった感じだ。


 オレ側と、リボン側。オレ側はどこか気弱な感じがする表情の生徒が多いか? なんか悲痛な顔して祈ってるヤツまでいらぁ。


 向こう側についた生徒は学園カーストの上位が多いっぽい。まあ上位は上位で固まるもんだ。程度の差はあれリボン女に近い連中なんだろうよ。そう考えるといけすかねえ顔のヤツばっかりに見えるぜ。


(チッ、人に代理戦争させてんじゃねえよ……ってのは言い過ぎか?)


《いいんでない? 実際そんな感じの話が聞こえてくるし》


 やっぱりかよ。自分じゃ勝てない相手がブチのめされる姿が見たい陰キャが随分と集まったもんだ。別にテメーらのために戦うんじゃねーんだがな。


(まあいいや、外野が煩くてもやることは変わらねえ。で、手に入った得物はどうだいスーツちゃん)


《さすが規格統一品。ほとんど調節しなくても問題ないヨン》


 向こうにいられなくなったとかでこっちに逃げてきた春日から、手土産代わりに自分のATの腕部パーツがオレに提供された。


 パーツだけとはいえ相手チームのロボットを使うという話だから回収するとき悶着があったようだが、これは赤毛ねーちゃんが黙らせている。


 ただでさえ5対1総当たりのハンディキャップ戦をしていたのに、そのうえ2対1ツーオンワンで試合するのにまだハンデが欲しいのかとリボンを挑発したようだ。相手のベンチまでかなりあるのにリボンの発狂したみたいな怒声が響いてきていい気味だった。


(オーライ。片腕3発のカートリッジに予備のカートリッジがふたつ。計12発のズームパンチか。こんだけありゃ四肢と頭を潰してもまだ2発余るな)


 敵は2体。操縦席のある胴体はさすがにマズいが、そこ以外はブッ潰すつもりで行くぞ。後で負け惜しみなんざ一言だって言えないくらいに黙らせてやる。


 ―――――踏みつけた人間が黙って踏まれたままだと思ってるその腐った根性、テメーらのATごとコナゴナにしてやんよ。


《それはいいけどホントに支援なしでいくの? 監督、ブルペンのスーツちゃん選手はイイカンジにあったまっているゾッ》


(腹は立ってるが殺し合いじゃねーからな。春日より腕が上なら厳しいが、それでもまあなんとかすらぁ)


《春日部つみきね。春日だとピンクのベストを連想して激しくイヤなので訂正ヨロ。それと花ちゃんは花子でも花道でもなく花代ミズキであーる》


 へいへい。今後も関わってくるようなら覚えとくよ。


〔会場の皆様、お待たせしました。『残った相手が話にならないくらい弱そうだから』という理由により、玉鍵選手からの提案で2対1の変則マッチとしまーす〕


《にひひひっ、ラングちゃんも煽るねー》


(あのリボンとは敵対派閥なんだっけ? まあ自分の友人の弟子がヒデーめに遭わされたんだ、ガキのおイタとは言え意趣返しのひとつもしたくなるさ)


 審判のアナウンスに従ってホワイトナイトを試合場の中央に進ませる。操縦席のカバーを開いたままの視界には換装されたダークグリーンの両腕が見えた。


 敷島は腕を換えるのに最後まで反対していたが、ズームパンチこれがあると無いとでは戦法の幅が大違いなんでな。


 連中を雑魚みたいに言ったし実際雑魚と思っちゃいるがよ、それでももしも・・・があるのが戦闘だ。ナメるのは口だけにしとかねえと足元を掬われる。


 あーあ、Sワールドでもない場所でオレ何やってんだろうな。


 ……いや、分かってるがよ、事の発端はオレだ。こんなバカ騒ぎになったのも、花代が泣かされたのも、オレが向こうのリボン女と悶着起こしたせいだってさ。


 だからってここまで悪意をぶつけられるとは思ってなかったぜ。これでオレもちょっとエリートってヤツに幻想を抱いていたのかもしれねえ。生活に余裕があればお優しいんじゃねえかってよ。


 ――――地表に住んでようが平和ボケしてようが、やっぱタコはタコだったわ。階層問わず他人を何の躊躇いもなく苦しめて平気な連中が、人間らしく当たり前にいたってだけだがね。


《低ちゃん、バイタル落ちてるよ?》


(悪ぃ。つまんねえこと考えた。持ち直す)


 さっきから向こうが顔真っ赤で地底人だなんだと怒鳴ってるがどうでもいい。耳が腐る。しゃべるな……ウンザリなんだよ。テメーらみたいなのは。


〔両者、開始位置へ〕


 カバーを閉じてロボットの駆動音に数秒だけ身を任せる。どんなロボットでもオレは操縦席ここが一番落ち着く。


 戦って、生き残って、明日を手に入れる―――――それだけのために、たったそれだけを手に入れるためにfknはfdオレボクはasまeggとjffsaパイロットになったqfたpktyんだ。


<……Ready?―――――Fight!>


 てめえらなんぞに、あんたたちなんかに、地の底のゴミ溜めを這いずってた人間の必死さなんて分かるわけがない。私にいる・・この人がどれだけ泣いてきたかなんて分かりっこない。おまえたちなんかにおまえたちなんかにおまえたちなんかに―――――


《―――ん、ちゃん―――低ちゃん!》


「…………っ……? うおっ!?」


 視界が滲んだカメラ越しに、それでも眼前に迫った鋼鉄の拳を認識して体が反応する。


 その場にターンスパイクを打ち込み回転しながら赤い頭、その後頭部にホワイトナイトの左肘を後ろのヤツをどつく感じで叩きつけた。


(目が! クソ、なんだ!? 滲んで見えねえっ。ゴーグルの故障か?)


《涙だよ。早く拭って。もう1機がすぐ来るよ》


 涙? なんでオレが泣いてんだ? 整備中にゴーグルの中に埃でも入ったか?


 ゴーグルを外そうとしたところでホワイトナイト以外の駆動音が迫るのを耳が捉えた。その音を頼りに位置と距離を測り、とにかく当たるを幸いに右のズームパンチを放つ。


「《浅いっ》」


 操縦席に届いた衝撃に手応えが浅いと感じる。真芯を外した。だが地面から伝わってきた何か倒れた振動で、相手をふっ飛ばすことには成功したとわかる。肩あたりを引っかけたか?


〔Down! 1、2――― 〕


 ここでゴーグルを外してジャージの裾で乱暴に目を拭う。チッ、なんでこんなボロボロ涙が出てんだ。ゴーグルの中まで濡れてんじゃねえか。


 考えてる暇は無い。ゴーグルをブンッと振って水滴を払い被り直す。


《ちょっとちょっと、ボーッとしてたらホントに負けちゃうぞ》


(すまん。ここから仕切り直しだ)


 状況は思ったより悪くはねえ。転倒した赤頭は今ちょうど起き上がるところ。初めの肘くれたヤツはパイロットが脳震盪でも起こしたのか、倒れはしなかったがやっとこっちに向き直ったところだった。


(Sワールドだったらもう死んでたな。どっちがどっちか知らねえが心配して損したぜ。本当に大した事ねえや)


《そう言いつつちょっと焦ってるね? やっぱり心配だから手取り足取り手伝わせろぉ》


「問題ねえよ」


 ズームパンチの動作確認のためにショートカットに登録していたアクションを呼び出す。その場で起き上がったタコどもを挑発するように右、左と燃焼ガスで加速したパンチをくうに炸裂させる。


 腕部の排莢口から人の手首ほどもある空ケースが硝煙を纏って飛び出し、床に落ちて高い音を立てた。


《残、右1発。左2発。ギャラリーにアピールとかプロレスかな? でも嫌いじゃニャイぜ》


〔Fight!〕


 はっ、突っ込んで倒された途端に二人揃って様子見か。そういうところがお遊戯ってんだよ!


 ホワイトナイトのグランドホイールを軋ませて今度はこっちが突撃する。どっちもフォローできないような半端な距離とってんじゃねえや。右肩にナックルパートの跡がある側めがけて何の小細工も無しで接近する。


 躱そうとしたのか、それともただ浮足立ったのか、とりあえずって感じにホイールで後退しようとしたところへ体当たり気味に左を突き込む。


 後退された分だけ威力は半減するが、それは人間のパンチでの話だ。ATはそのパンチ機構によって拳法で言うところの寸勁に近い事ができるんだからな。


 肩に押し付けるくらい近くからズームパンチ。バキンという音と共に赤帽子の肩関節、その内部機構が接合部から露出するほど壊れて脱落した。


 人間で言ったら肩の骨折ってところか、さらに右を繰り出しもう一方の肩も叩き割る。


 返す刀で再び左。下から抉る様に股関節の駆動部へ。男だったら特定の内臓が潰れる位置にブチかます。


《ズームパンチ残弾ゼロ。敵のタンクの破損を確認、撃破》


 ……そういう情報を貰うのも素で戦うやるときはアレなんだが、まあいいや。


 タンクが破損したことでマッスルチューブの内圧が無くなり、脚部を維持できなくなった赤帽子がガクリと膝をついて倒れこむ。ホントに玉潰されたみたいになっちまったな。こいつリボンと男子のどっちだ? 

 どうでもいいか。順番が変わるだけだ。


〔Down! 彦星機K.O!〕


 男のほうか――――後方のセンサーに赤表示。その場をホイールを使って退避する。1秒前にいたところに大振りのパンチを振ってリボン機が通り過ぎる。


 おっせーよ。いやマジでおっせーわ、スパイクで切り返しもできないのか。


《! 低ちゃん!》


(だから素で戦うって。黙って見ててくれ)


《炸裂ボルト! あのAT、拳にルール違反の装備を偽装して付けてるよ! 危険だよ!》


(……そうかい。まあ任せとけ)


 触発で爆発して装甲を一点集中で溶かし燃焼ガスを内部に送り込む、いわゆるモンロー効果を利用したHEAT弾みたいな装備だったか? いや、液状化した金属を装甲に極小で叩きつけて穴を開けるんだっけ? ……どっちでもいいか。そのままPR溶液が爆発炎上すれば証拠が残らないって話だろ。


 ――――ふざけんなよ。命のやり取りに持ち込むんだったらガキでも女でも容赦しねえぞ。


 ホイールを使って大回りで戻ってくるリボン。あいつに言わせりゃ一撃離脱してるイメージかもしれねえな。そして一発当たれば私の勝ちとでも思ってんだろうよ。


 背後で擱座している男のATがすぐ後ろにくるよう位置取りし、ショートカットからリロードを選択。ホワイトナイトは入力に従って腰の装甲に備えた予備のカートリッジを取り出し、右腕の弾倉受け入れ口となっている穴へと殴るように押し込んだ。


 そんな大回りだからリロードの隙も狙えねえんだよ。相手の弾数の把握くらいしろや。


 再びラリアットみてえな大振りで右を振ってくるリボン。ああなるほど、コンパクトなパンチだと自分の近くで爆発するから嫌なんだな。 


 こっちが軽く上体を反らすだけで空を切ったリボンの拳。ここでガラ空きの頭でなく、腹でなく、その振り切って伸びた右腕めがけてズームパンチを連打する。


 1発目、肘関節がひしゃげる。2発目、装甲が弾けてマッスルチューブが露出する。3発目、フレームが変形して腕が肘から脱落、千切れ飛ぶ。


 自身の勢いと攻撃直後に殴られた影響でリボン機はバランスを崩し、止まりきれず背後で擱座した男子機に衝突して転倒した。


〔Down! 1、2―――〕


 転がっているATの腕を拾い上げてぼんやりとリボンが立つのを待つ。そういや片方だけダウンした時は起きてるほうだけで続行か、どっちも止まるのか決めてなかったな。


 1機はもう潰したし、今となってはどうでもいいがよ。


 起き上がったリボン機からようやく困惑みたいな気配が出てきた。自分が負けそうなのが本当に予想外だというような遅すぎる困惑が。


 けど許してやんねえ。もうテメエは行きつくところまで行っちまった。3ダウンなんざ頼まれたって狙わねえ。


「炸裂ボルトとはずいぶん物騒な装備だな」


 外部スピーカーをオンにして大音量の告発を行う。炸裂ボルトの一言でAT越しでも会場の空気が変わったのが分かった。


〔玉鍵選手、どういうことですか?〕


〔言いがかりをつけないで! 地底人の大嘘よ!〕


 ……簡単に認めるとは思っちゃいないさ。


 リボンのATから千切れた腕を持ち上げる。ナックルバトルは相手の脱落したパーツを蹴って飛ばしたり、それを掴んで殴るのもアリ。単調になりがちな格闘戦のちょっとしたフレーバーって感じに認められている。


 訂正、ボクシングじゃねーな。プロレスだわこりゃ。


「言いがかりなら――――これで操縦席あたりを殴っても構わないな?」


〔っ!〕


 要は腕っていう棒を持つわけだからリーチは伸びる。しかしズームパンチより威力は低い。ナックルバトルの歴史の中でも相手のパーツを持って殴った試合はかなりのレアケースらしい。蹴飛ばしてぶつけた試合はそこそこあるんだがな。


「構わないんだよな? なら、こちらの思い違いだ。審判」


〔ま――――〕


〔Fight!〕


 グランドホイールは使わない。あえてズシンズシンと歩行でリボンへと近づく。千切れたヤツの腕を持ったまま――――死刑執行人として。


〔待ちなさい! 言いがかりについて抗議しますわ! そこで止まりなさい! 止まれ! 審判ジャッジ!〕


 赤毛ねーちゃんは応じない。それが分かるとリボンは慌ててホイールを使って距離を取ろうとする。ここでオレも本格的に追いかける形に移行する。


 こいつらほどのピーキーな配合じゃないが、PR溶液交換の時に試合用の配合に換装しているから、プレッシャーを掛けながらであれば追い足も十分通用する。右、左と、斜めに斜めに、ジリジリと壁際に追い込んでいく。


 完璧なコンディションなら逃げ回れたかもしれねーが、片腕が脱落してバランスの狂ったATは切り返しに難があるうえに、ピーキー過ぎた配合はPR溶液の不安定活性を招いて見る間に速度が落ち始める。


 持久力が無いんだよ、瞬間パワー型はな。動けない相手を嬲るしか能のないテメーにゃ分かんねえだろうが。


 不調に陥った乗機を解析する知識も直す技量もないリボンは、あっという間に追い詰められた。


〔ち、中止要請! 中止要請よ! あんたたち!〕


 もう逃げきれないと悟ったらしいリボンが自分のベンチに向けたらしい声を張り上げた。


 チッ、失念してた。試合中に明らかな異常がある場合は選手の安全を考慮して、ベンチのメンバーから申請することでも試合を止めることができるんだっけか。


〔早くしなさいグズ! 早く! この!〕


《……おやん? ウヒョヒョヒョヒョッ》


 ベンチに応える気配は無い。なぜなら―――そこはすでに無人だったから。


 別に不思議でも何でもねえ。恐怖と利益で従っていたヤツなんてそんなもんさ。


「みんなおまえが嫌いだとさ」


 振り上げた腕を槍を刺すように構えるとリボンは息を飲んだ。この拳が触発すれば何が起きるのか、用意した本人が一番分かってるよなぁ?


〔待ちなさい! こんな事は認められ―――ぃや、やめ〕


 やめてで止めた事が無いヤツがくだらねえこと言うなよ。それにそこまで苦しいもんじゃねえ、火葬が早まるだけさ。おまえだってそう思ってオレに向けたんだろ? ――――おまえ自身のたっぷりの悪意、受け取りな。


〔いやああああああっっっ!!〕


〔タマ! 待ちな―――――〕


 炸裂。投げつけた腕部の拳部分が接触した瞬間、発光と共に一瞬で命中箇所が溶解し、穴の奥へ入り込んだメタルジェットが高熱を持って暴れまわる――――――――試合場の壁の中で。


 ……バカバカしい時間は終わりだ。それでもケジメとして、輝くスポットライトに向けてホワイトナイトの両腕を掲げる。


〔~~~~っっっ、T.K.O! WIN TAMA!〕


 リボン、テメーへの情けじゃねえ。腕部パーツこいつを貸してくれた春日部に、人殺しをした凶器を返すわけにはいかねえんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る