第89話 《こいつは白く塗らねえのかい?》
<放送中>
「強奪された
お披露目からその使用権を巡って慎重に各国との調整がされていた人類の希望は、あろうことか何者かの手によってコンテナごと持ち去られた。
この報告を目をかけている若手から聞いたとき、S・国内対策課の
すでにあのコンテナは半日ほど前に
ただ、あの戦利品を死に物狂いで戦い勝ち取ったパイロットの玉鍵たまには申し訳ない気持ちで一杯だった。
この国が彼女から買い叩いておきながら、あっさり犯罪者に盗まれるという体たらく。しかもその犯行は間違いなく国家に関わる人間が背後で糸を引いているのだから二重の意味で情けない限りだった。
(仕掛けた網に獲物が掛かったことを、これほど嘆くというのもおかしな話ですがね)
整理整頓を徹底するS課のデスクの中で、さながら瓦礫の山のようなゴチャゴチャの机に向かい続ける男をチラリと見る。
これが他の者の机であれば
さすがに食べ残しから虫が湧いたときは怒鳴ったが、そのせいで半日以上に渡って彼に与えていたタスクが滞り、結局別の誰かがあの机から有機物だけ片付けるという手間を被ることで落ち着いた。
なお、主に片付けるのは
「苦労して盗んだ品が偽物と知ったら
極めて厳重に、執拗に、何重にも梱包して保管された偽物は適当に用意されたガラクタらしい。しかし、過剰なラッピングを解いて
なにせその中身はこの世界に存在した試しがないうえに、やはりこの世に二つとない繊細極まると予想される代物。どれほどじれったかろうが勝手に細心の注意を払って開けてくれるに違いない。そもそも犯罪者がそうしてくれるよう、わざわざ様々な使用上の注意を
(覚悟を決めた老人ほど思い切りのいい存在はいませんね。場合によっては底辺送りにされるような行為なのに、なんの躊躇いも見せなかった。むしろこちらのほうが怖気づきましたよ)
撃破不可能と言われたSRキラー『宇宙戦艦マゼラン』が倒された直後、かの老人は劇的な速さで戦利品出現場所に陣取っていたという。それもコンテナを運ぶための人型作業重機に乗り込んで。
元より誰よりも現場の人間であると周知されている彼は、慣れない業務に携わって鬱憤が溜まっていると思われていた。そのためのストレス発散がしたいのだろうと考えて、周りも好きにさせていたのである。
―――よもや彼が、整備長獅堂フロストが、自らの直感だけを信じて人生を賭けた大犯罪を行うなど誰も思わなかったのだ。
その時点ではまだ何が入っているか分かっていない、未整理のコンテナに限れば作業員の誰でも自然に運べた。出現する戦利品の内容を調べてリスト化するのは運んだ後である。次から次に送られてくる戦利品のスムーズな運搬のために、出現位置となるスペースは常に開けておかねばならないからだ。
そしてわずかに生じた細工の時間を使って――――獅堂はコンテナの中身をすり替えた。
細々とした矛盾や不自然さはもうひとりの協力者が隠してくれた。そもそもあの基地において絶対の信頼を得ている彼であれば、ちょっと不可解なことをしていようと疑われることはない。
本物の物質転換機はとあるコンテナの
本物は
―――ではその
後に信用できるとこの話を打ち明けられ、老人の期待通り断罪するどころか協力者となった高屋敷長官の提案によって選ばれた新しい隠し場所は、実に因縁めいた場所である。
提案を受けた老人ともうひとりも、これに同意して大笑いしたという。最後に聞いた
(まあ、ある意味で一番安全かもしれません。偽物と同じく、こちらもエリート層に上げるというのも実に皮肉な話だ)
「
「おや、存外早かったですね」
梱包を解くのにもっと掛かるかと思っていたが、さすが国家にしがみつき続ける黒カビのような老人。息のかかった専門家の伝手も多いようだと
投網に掛かる獲物が多いほどこの国は正常化し、国民も国が正しく運用されていれば税金に納得して納税意欲が高まるというもの。
内閣直轄、S・国内対策課 課長
義務を怠っているにも関わらずこの国の土地を踏みつけ、犯罪によって国家に損害を与える者に
「機械いじりなんて久しぶり。引退してからはせいぜいシミュレーションルームで遊んでるくらいなのよね」
工具を持ったまま立ち上がって、大きく腰を伸ばした赤毛のねーちゃんは、さらに肩もコキコキと鳴らして体をほぐしている。整備仕事はとにかく腰にくる作業が多いからなぁ。それに工具も部品も大小問わずだいたい重い。
小さいビスやナットの入った袋とか、袋ひとつくらいはそこまでじゃないが、5千個入りまとめて20袋とか40袋とかダンボールに詰まってたりすると箱が小さくてもクッソ重かったりするんだこれが。運動部男子の弁当箱くらいのサイズでもひと箱5キロとか10キロ平気でいく。
赤毛ねーちゃんはハードスイッチ周りのカバーを外してエアダスターで掃除していたオレのほうに来ると、防塵ゴーグルの向こうからまじまじとした目でこっちを見た。
「あなたなんでもできるわねぇ……一般層にATの実機は無いはずよね? タマはこの機体の整備の仕方―――どこで習ったのかしら?」
ちょっと籠った感じの声を出したねーちゃん。埃対策に付けているマスクのせいってだけでもないな、近くで手伝ってる
どういう訳かしらねえが、オレがロボットの整備ができるって事が引っかかるらしい。
(スーツちゃんよ、これって疑われるほどか? 旧式の作業台でイチから組むならまだしもよ、このトレーラーについてる作業台はオート化した現行バージョンだろ。指定した場所にパーツを置いとけば勝手に組んでくれるじゃん。簡易タイプだから細かい改造は出来ないがよ)
《年齢的に見ると知識量が豊富スギって事でナイ? AT乗りに限らずパイロットはパイロット、整備は整備の勉強で人生のお勉強が手一杯なとこあるみたいだC》
そりゃオレだって電子工学みたいな専門的なものはわっかんねえがよ。パーツ単位で完成してるこのATってヤツなら、組むだけなら下手したらオモチャより簡単だぞ? パーツひとつひとつがデカいから組み立てに専用の作業台がいるし、ちょっとオレの
「こんな(オモチャみたいな)もの、コンソールが弄れればだいたい分かる(だろ)」
別にスクラップを組み直すわけでも魔改造するわけでもねえ。ほとんどの箇所は電源入れてボタンをひとつふたつ押せば済む代物だ。手順さえ知ってれば低学年の小学生でも出来ると思うぜ? 後はこうして細かい汚れを落として調整すれば一丁上がりだ。
レストア品は一見きれいに見えてもカバーを開いて見えないところまでチェックしとかないと不安だからな。今は動いていても戦闘中に埃や廃油で基盤がショートしたりしたらかなわねえ。
「あら生意気。一度バラして組み立て勝負でもしてみる?」
(まあ、その知識の取っ掛かりを得るのが大変なんだけどな。幸いオレの場合はスーツちゃんって有能な講師がいるから助かってるよ。おかげで楽に知識を吸収させてもらってる)
《ニョホホホホッ。なんのなんの、たまに低ちゃんがエッチな衣装を着てくれれば何でもしまっセ?》
「嫌ですっ」
おっと、口に出ちまった。頭で考えりゃ済むと分かってても感情が乗ると口に出ちまうな。傍から見たら独り言ブツブツ言ってるヤベーやつになるから気を付けないと。
「ククッ、冗談よ。こっちもそこまで暇じゃないわ―――それじゃ私は仕事に戻るわね。当日を楽しみにしてるわよ、タマ?」
こっちに手を振り、ついでに手伝っていた
長官ねーちゃん? あれはどっちかって言うとオタ男にモテる女だな。詳しく知ってるわけじゃねーけどそんな気がする。ロボオタだし。
それにしても他のふたりと違って油断ならない感じがするというか、オレから見るとかなりおっかねえ女って感じだ。笑顔で無慈悲に敵を食い殺す算段を立ててそうなタイプっての?
いやまあ、それ言ったら女なんて殺意の濃度は違えどだいたいそんな感じだろうがよ。フィジカルじゃ男に勝てないことを知ってる女は、長年そうやって男を倒したり操ってきた生き物だ。
個人の感想だがね。女は『なんでもあり』ならむしろ男より強いんじゃねえかな。生まれつきしたたかな女って生き物はさ。
「勝つわよ玉鍵さん! あいつらに目に物見せてやって!」
へいへい、オメーもしたたかで現金な女だな。手伝ってくれりゃ何でもいいけどよ。
《積載重量に余裕があるのに追加装甲はしなくていいの?》
(ナックルバトルとやらは飛び道具は使わないから、流れ弾のラッキーヒットや爆発物の破片が当たる心配はないさ。ならいっそ軽量なほうがよかんべ。タコガキの格闘なんざ
いくつかのバトルの動画を視聴した限り、1対1での戦闘は交互にド突き合うようなもっさりした戦いだった。
ゲームフィールドが狭いうえに、どのATも最高時速が90キロも出ないから暢気なもんだ。それもあって一度かち合うと足を止めて殴り合う事が多く、ルール的にも露骨に逃げ回るような消極的な戦い方をすると減点対象になるからやっぱり殴り合うしかない。
ルールは比較的シンプルで、時間内に3回倒れるか10カウント内に立てないと戦闘不能でKO判定。決着がつかなかったらポイントの多い方が勝ち。スポーツだとボクシングのルールが近いのか?
ATは直進は早いが構造上の問題で真横への
《いっそ装甲剥いてもっと軽量化する?》
(バランスが崩れそうだからやめとく。手足は打撃にも使うしな。多少はこっちも重くないと転ばせられねえ)
4メートルの工業製品として考えるとATはかなり軽量なロボットだ。軽寄りの普通乗用車を
まあその分
こいつの軽量化に一番役立っていて、一番おっかねえのが装甲の
「そういえばカラーリングはどうするの? H型は見てすぐ民間と見分けられるように都市運用機とは違う色にしないといけないわよ?」
「(マジ!?)そうなのか、うっかりしていた」
いや、当たり前っちゃ当たり前か。
カスタムしたいヤツには嬉しい気遣いなんだろう。でもオレには面倒なだけだわ。そうと知ってたら業者のほうで適当に塗ってもらったのに。
(……別にこのままでいいか。逆に見分けが簡単だろう)
《反対! 反対! 地味すぎるゾ! それに塗装しないと錆びやすいジャン》
(あー、錆はマズいな。ただでさえ中古みたいなもんだし、錆びだしたらあっという間な気がするわ)
錆止めだけでいい気もするが、そこまでやるなら簡単な塗装するくらいしても手間は変わらんだろ。
(……じゃあ二色くらいでチャチャッと塗るか。速乾性の塗料でも今からあんまり凝ったカラーリングは無理だし)
《よっしゃあ! 基本色は白にしようゼイ》
(都市で雪原迷彩にすんの? まあゲームみたいなもんだし別になんでもいいか)
スーパーロボットは派手なカラーリングで当たり前ってタイプがとにかく多いが、一応その辺にも気を遣ってるロボットも少数だが存在する。あんまり効果を実感できない分野だし、塗るものがデカいから凝ったカラーリングは労力が掛かり過ぎるって事情もあるようだ。
中にはカラーリング自体が装甲の地肌ってロボットもあるがね。こういうのは逆に塗料のほうを装甲が受け付けないから別色に塗れないらしい。
《迷彩じゃなくて低ちゃんのイメージカラーだからジャ。なお下着は白以外も付けることをご了承ください》
(誰に何を断った!?)
《低ちゃんの下着の話は置いといて、後は名前を決めないとネ》
(こいつッ……まあいい。名前か、まんまスコープダックじゃダメなのか? 音の響きもいいし結構カッコイイ名前だと思うぞ)
《ペットとかで猫に猫ってつけるのはあんまりでは?》
(そりゃそうだが……うーん、オレあんまセンスないんだよなぁ。スーツちゃんならどんな名前つけるんだい?)
《カラーリングからとってホワイトは入れたい。例えば―――白い牙、ホワイトファング!》
(上下の高速コンビネーションが得意そうだなオイ、他には?)
《白い疾風、ホワイトサイクロン》
(んーちょっと語呂が悪いな。略称にもしづらい。もう一声)
《潔白の切り札、ホワイトジョーカー!》
(痛たたたた……、人に呼ばれたら羞恥心の帯状疱疹になりそう。まだサイクロンのほうがいいや。というかホワイト縛りやめてサイクロン単品でよくね?)
《それだったらジョーカー単品のほうがカッコイイ。スーツちゃんはジョーカーを推します!》
(いや、サイクロンでいいよもう)
《ジョーカー! ジョーカーがいい!》
(サイクロン!)
《ジョォォォカァァァァ! デレレレン、デレレレ、デ・デ・デェンッ》
なんだコレ。というかなんで急にSEを鳴らした?
《ふう……さすが低ちゃん。素晴らしい誘い受けだゼ。スーツちゃんは満足デス》
(100パーセント訳が分からんが、初めからぜんぶ前振りだったのは分かる。人の質問で遊んでんじゃねえよ)
《では次のお題、カマン!》
(大喜利してんじゃねえ! 名前つけるって言ったのそっちだろうがッ)
<放送中>
部室に来てからタンタンタンタンと貧乏ゆすりを続ける先輩『織姫ラン』に2年の春日部つみきは白い目を向けて内心で肩をすくめた。
この厄介な先輩が不機嫌な理由は分かっている。留学初日に織姫を完膚なきまでにやり込めた留学生、玉鍵たまへの嫌がらせがほとんど不発に終わったからだ。
悪い意味で行動力のあるこの三年生は決闘が決まったその日に嫌がらせの手配を始め、ATを手に入れるため留学生が赴くであろう廃材置き場に街の廃品回収業者が運送していたトラック三台分ものスクラップを捨てさせるという暴挙を行っている。
もちろん学園にそんなものを捨てるのは違法であり、娘に甘い彼女の父親がどんな方法で学園にトラックの搬入を承知させたのかは、一般人の春日部では想像したくもなかった。
学食ではバトルファイト部に属する一年生たちに命じて、玉鍵に食べ物や飲み物をかけて汚すことを計画していたのも聞いている。他にもトイレなどの人目の無い場所に立ち寄ったところに汚水をかけるという計画もあったようだ。
だがこれらは留学生の類まれなる反射神経と眼力、そしてあの美貌によってことごとく阻止されている。
そう、あの美貌によってもだ。一目見ただけで人間としての格さえ感じるほどの美人に一年生たちは怯んでしまい、嫌がらせをする手が竦んでしまったという。それでも織姫が怖くて仕掛けても、玉鍵は予知能力でもあるかのように未然に防いでしまうため、ついぞ彼女の制服が汚れることは無かった。
(そういう意味では織姫パイセンはスゲーっす。
春日部つみきはバトルファイト部のレギュラーである。生来立ち回りがうまかったことで織姫の片腕のように思われており、この厄介な先輩から攻撃されることなく過ごせている。しかし、内心では現在のバトルファイト部の環境に辟易としていた。
ラフファイトと呼ぶにはあまりにも暴力的な戦い方をして、そのクセ善人のような顔で自身のスタイルを周囲に押し付け、部をメチャクチャにした主将の彦星アタル。
プライドの固まりで嫉妬深く、誰かを攻撃していないと気が済まないうえに恋愛脳の織姫ラン。
そしてそんな見目と家柄が良いがまったく人の話を聞かない彦星と、女子のカーストを牛耳る織姫のご機嫌をとって学園生活を謳歌しようとする他の部員たち。
春日部はその中のひとりのフリをしながら、毎日ヘドが出る思いをして部室に通っている。
(一年、あと一年我慢すればあのクソみたいな連中は出ていく。そうしたら
入学から今日まで我慢したのだ。その我慢が実を結ぶまでもう少しだけ堪えればいい。
留学生が織姫にどんな扱いを受けようが春日部には知ったことではない。顔につばを吐きかけてやりたくなるような相手の機嫌を今日までとってきたことを無駄にしないためにも、自分は表面上だけは織姫の味方でなくてはならないのだ。
(それに
春日部つみきにとって
やがて端末から連絡を受けた織姫が癇癪を起こし、手にしていた端末を床に叩きつけて部室が騒然とする。どうやら彼女の目論見はまた失敗に終わったらしい。
後輩からは話の分かる2年の先輩、同級生からは織姫に意見できる腰巾着と思われている春日部に自然と視線が向けられる。
「織姫パイセン、その端末何代目っスかー? 買うのはともかく、データの入れ直し面倒っしょ」
春日部は心の中で深い溜息をつきながら、興奮したチンパンジーより凶暴な女を宥めるために軽薄な後輩という顔で話しかける。
さっさと出ていけ。その一言を押し隠して。
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