第88話 LAT-06H『スコープダック』

 なんとなく玉鍵と共に校舎を出たベルフラウは、やはり何となく彼女の傍に寄る形で歩いていた。方向的に考えて、玉鍵は先ほどの発言通り廃材置き場には向かわないらしい。


(ATを用意したって言ったけど、どうやって?)


 アーマード・トループスは特殊車両扱いの軍需品。民間にもレストアした型落ち品を非武装で卸すことはあるものの、基本的に高額なうえに所有するための条件が厳しい。


 保管庫として専用の建物が必要であったり、学園運用と違って個人免許もいる。そもそも購入するためには一定の社会的信用が必要で、その選定期間も長い。お金があればすぐ買えるというものでないのだ。


 聞きたいような聞きたくないような、この期に及んでも玉鍵派となってしまうことを恐れているベルフラウは悩む。けれど自分の足は頭と違って悩むことなく少女に追従してしまう。


 玉鍵たまは個人として見れば非常に有益な人物。交流に損得を強く意識するベルフラウにとっては、ぜひともお近づきになりたいタイプである。しかし彼女を取り巻く問題は大きく、損得でいえばまだまだに傾いている。できれば関わりたくないのが本音だった。


「あのさ、こっちはVIPとかの専用の出入り口なんだけど。それに天野教官を待たなくていいの?」


 玉鍵が進んでいく方向に疑問を持ったベルフラウは、ついそう聞いてしまい後悔する。このまま何気なく別れてしまえばよかったと。


 ―――しかし、学園に来て間もない留学生が道に迷ったり、立ち入れないところに行ってしまうのは無理もない。それが少しかわいそうに思ってしまった。


(お、お姉さまによろしくと言われているし、それにこのくらいなら仲がいいってわけじゃないわ。このくらいなら一般的な親切よ)


 自分で自分に謎の言い訳をしつつ、無遠慮に進む玉鍵に警告をする。


「車はこっちにつけるそうだ。天野、さんの事は乗った後でいい」


 見た目の麗しさに似合わぬ、どこか男性的な仕草と言葉遣い。その奇妙なギャップがベルフラウの中の何か・・にいちいち突き刺さる。


 こうして連れ立って歩いているだけで体温が上がってしまい、留学生の顔をもっとよく視界に収めようと目が勝手に追跡してしまう。ベルフラウはこれに近い感覚を訓練教官の天野に感じたことがあるが、玉鍵に感じる感覚はより鮮明で強かった。


(……私ってば、どうしちゃったの?)


 自分の中に起きた感覚に困惑しながら、ベルフラウはしきりに眼鏡のブリッジを指で持ち上げる。


 発汗の影響で眼鏡のポジションが微妙にずり落ちてしまい不快に感じているからだが、浮ついた気持ちを無意識に取り繕う際のベルフラウの癖でもあった。


「く、車? タクシーでも呼んだの? 普通のタクシーはこっちには入れない―――」


 はずよ、と続けるところでベルフラウは目を見開いて言葉に詰まった。


 こちらにあるのは学園の生徒たちから『少女漫画に出てきそう』と言われる格子の門。中世のお城や屋敷でも参考にしたような、無駄に凝った装飾を持つ大きな金属製の門が付けられている。


 特権階級の生徒とその親たちの顕示欲を満足させるためにつけられたと、暗に揶揄されている機能性の低いレトロな代物。しかし―――


(―――きれい)


 両脇を彩る花壇と奥に見える白い門。そしてその中を歩く玉鍵。まるで物語のワンシーンのような光景にベルフラウはしばし現実を忘れて見入った。


 成金の娘たちなどではとても出せない気品。淑女の風格。


 ただおしとやかというだけでは出せない、ただ金持ちというだけでは出せない。高潔な精神性を内包して初めて現れる高貴さ、人としてのが玉鍵たまという少女から滲み出て、ここに一枚の絵を完成させているようだった。


「もう着いているようだな。どうした、勝鬨かちどき?」


「~~~ッ、なななんでもないわ」


 玉鍵の声で我に返ったベルフラウは慌てて平静を装う。まさか馬鹿正直に『貴女に見惚れていた』などと気持ちの悪い事を言う訳にもいかない。


 そもそも自分自身でさえ自分の感情が良く分からなくなっている。この少女を見ているだけで己の内面に潜んでいた無自覚な何か・・を呼び起こされるようだった。


「そうか」


 玉鍵はベルフラウの苦しい言い訳に頓着せず歩みを再開させる。それがまたこちらに無関心なようで微妙に悔しい気がしてしまい、離れる算段をしていたはずのベルフラウはまた後に続いてしまう。


 やがて植物の蔓が巻き付いたイメージで装飾された白く塗られた門が、玉鍵の通行に反応して自動で開かれた。


 そのこと自体は何の不思議も無い。人の接近にセンサーが反応して、開閉装置が正常に動作して門が開いたに過ぎないのだから。


 疑問があるとすればふたつ。ひとつは登録された特定の人間でなければこの門は利用できないようになっているはずで、一般の生徒が近づいても門は開かないはずだという事。


 もうひとつはこちらに駐車できる車両は限定されているはずだという事。そこらのタクシーなどが駐車していたらすぐさま警備員が飛んでくるだろう。


「ウソ……」


 開いた門の向こうに見えたのは、『特権階級特定の人物』用に設けられた専用の車両用スペースに横付けされた高級送迎サービス、『CARS』の車だった。


 CARSはそこらの流しのタクシーとは訳が違う。個人契約の完全な専用車であり、その料金は法外と言って差し支えないほど高額。ただその金額に見合う安全と快適を約束し、時には法に背いてでも顧客を守ることで客から高い評価を得ていた。


 レトロな見た目に反して装甲車並の耐久力を持つ車両には戦闘用の武装まで搭載されているなど、さながら傭兵めいた側面も持っており、国の要人が『護衛』としてこぞって契約しているという実績もある。まさに自他ともに認めるVIP御用達の送迎車だ。


<お久しぶりでございます玉鍵様、本日もCARSのご利用ありがとうございます>


「CARS、もう直ったのか?」


<以前の襲撃で破損した車両は一般層配属のCARS55フィフティーファイブですね、生憎とまだ修理中でございます。ですので今回はエリート層に配属されております車両の中からCARS14フォーティーンをご用意いたしました。こちらは最上級プラン用のハイエンドモデルとなっております―――自画自賛ですが、この車両を玉鍵様にご利用頂けることを誇らしく思っております>


「ふぉ、14フォーティーン?」


(CARSの10番台の車両って、確か個人の最高クラス……国から支給されたの? どんだけVIP待遇なのよ)


「自慢の車両に期待するよ。CARS、こっちの生徒を同乗させてかまわないか?」


<もちろんです。こちらの車両の座席はいずれも玉鍵様が自由に埋める権利がございます―――これは失礼いたしました。最上級プランの契約内容について、玉鍵様に口頭での説明はいたしておりませんでした。移動中に口頭でもご説明いたしましょう>


「それは……聞くと長くなりそうだな」


<ご安心ください。最上級プランに移動距離の制限はございません。車内には軽食とドリンクもご用意いたしております>


 この留学生が並ではないのは分かっている。いや、分かっていたつもり・・・だったとベルフラウは自身に染みついていた感覚を反省した。


 侮っていた。どれほど戦果を挙げようと、所詮は一般層の人間だと。この少女に何度驚かされても心の何処かで無意識に侮っていたのだろう。


 ―――ベルフラウ・勝鬨かちどきは損得で物事を判断する。だからこそ、金銭という定規で測れる価値には素直だった。


勝鬨かちどき、悪いが先に基地に行かせてもらうぞ。おまえはそのまま乗って家に送ってもらうといい」


「えっと、あの、基地に何しに行くの?」


「色々だ。パイロットだからな」


 パイロットだから、という説明だけですべて済むと言わんばかりの玉鍵。彼女は開いた後部のドアからさっさと車に乗ってしまった。


 結局、CARSにベルフラウは同乗した。


 学園を離れるときポケットに入れている端末に友人の花代から連絡があったが、ベルフラウはなぜかその着信を無視してしまった。






 大日本国サイタマ基地。これがエリートの基地か、ひとつひとつは空が高いってところ以外は地下都市の基地とさして変わらねえか。


 それよりも格納庫兼発進カタパルトになってる、『特定のロボット専用』の基地がベッドタウンの住宅みたいにポコポコ生えてるのはどうなんだ? なんかありがたみがねえなぁ。


(しかも言っちゃなんだがよ、トンチキな見た目の基地が多いな)


 用途の分からんとんがったパーツがあったり、そもそもデッサンおかしくね? ってな歪な建物だったり。奇抜な事が芸術と勘違いしてるヤツが『機能性度外視でカッコよくデザインしました』、みたいな変な意匠をあしらっていたりよ。上から見てU字型の建物とか、反対側への移動がクッソ面倒じゃね?


《えー、カッチョいいジャーン。『1』から『5』までの数字がペイントされた格納庫が並んでたりしてさ、アレが開いて中からパーツ機が一斉に発進する光景とか超燃える》


(さいですか。けどよぉ、そのカッチョいいのが何棟も並んでるってどうよ)


《海の見える崖の上が見栄え的に一等地だネ。きっと競争倍率高いゾ。無駄にザバーンと波飛沫の演出があるのがスーパーロボット基地の醍醐味であるからシテ》


(塩害が酷そう)


 ロボや基地の装甲とかは塩害なんざ無縁って、いわゆるスーパーな素材で出来てるかもしれねえが、なんでもかんでもって事は無いだろう。職員の使う通勤用の車とかは普通だろうしな。


 まあこの辺はサイタマだから塩害なんて気にしなくていいか。昔の映像に比べてずいぶん様変わりしてるからパッと見ではどこの都市なのかさっぱりだわ。夜間とはいえ上空を飛べたから、まだ地形で日本のどの辺かおおよそで分かるのが救いだな。海がこっちでマウント富士がここだからこっちが関東、程度のおおざっぱな判断だけど。


 地表はあちこちの都市が潰れたせいか遠慮なしにデカくてストレートな大道路が作られていて、陸からでも沿岸部に手早く行けるようになっているようだ。あの道路を使ってスーパーロボットやパーツを海岸の基地に輸送してるのかねぇ。


 夜間で見えにくかったが、上空から見た感じ細々と点在する照明から道路のラインは各地に伸びているのが分かっている。あれでトカチやサガにも行けるとすれば、最悪そっちに逃げ込むのも手かもしれねえな。


 まあ問題は多い。何より移動手段が陸上では、上空から丸わかりだ。戦闘機も飛んでるし、何事も上を押さえられちまうと都合が悪いったらねえや。


<玉鍵様、サイタマ基地のフロイト様より通信が届いております>


「オープンで通話させてくれ」


<承知いたしました>


S・B<―――初めまして玉鍵さん。私はラング・フロイトよ。和美から聞いているかしら?>


「…初めまして。聞いてます」


 運転席の背面にある小さなモニターに、目付きの鋭い気の強そうな成人女性が映った。短いウェーブの掛かった赤毛をしていて、年は訓練ねーちゃんと同じくらいに見える。


 けどスーツちゃんの話だと、エリート層は見た目の年齢は信用ならないらしい。外科的処置で皮膚や内臓を人工的な物に替えているヤツもいるんだとか。


 と言っても別に機械の力でスーパーパワーが手に入るみたいな代物ではなく、医療目的の代替え臓器とか義手とか、まあ広義的に言えばサイボーグ? 程度の代物らしい。


 ちょっとガッカリな気分になるのはSF系創作の弊害だろうな。それ言ったらコンタクトレンズや歯のインプラントだってサイボーグと呼べなくも無いのだ。


《和美ちゃんとも法子ちゃんとも違った美人じゃのぅ》


(この赤毛ねーちゃんも元パイロットらしいな。ねーちゃんコンビに戦績は譲るが、個人の実力だけなら上回っていたらしいぜ。by訓練ねーちゃん)


 コンビで戦うねーちゃんコンビは戦果こそ折半されるが、二人で戦うから損耗も半減するし、一人よりも立ち向かえる敵の数と種類も増える。結果的にそれがうまくハマって、実力は上だがソロのために戦闘を厳選しなきゃいけない赤毛ねーちゃんを押さえてエースになれたようだ。


 まあ数は力だよな。単純に火線の数が倍になるし、対応力も倍になる。人間関係の折り合いさえつけられれば単機よりいい。


 ……それが一番しんどいんだがな。


《十代のときにこの三人があの・・パイロットスーツで並んでたら……当時の男子は気が散ってしょうがなかったろうニャー》


(おいやめろ。今のねーちゃんたちに映像がダブる)


《むしろの年だからエロく感じる人もいるはずっ》


 きっつ! 何がとは言わんが、きっつ!


S・B<和美のエスコートは気に入らなかった?>


 クソッ、変なイメージがこびり付いて離れん。散れ散れ、想像するなオレ。30代間際の赤いハイレグレオタードとか、もう視覚の暴力だろ。ああもう、この変態スーツめ。モニターの前で余裕のある態度で座ってる赤毛ねーちゃんが、モニターの下はハイレグなのを想像しちまったじゃねーか。


「用があれば自分でどこへでも行く。それに生ゴミをぶっ掛けてくるような相手のいる場所に長居したくない」


S・B<……和美から聞いていたより深刻なようね。それでお嬢さん、今日はどちらまで?>


「ついさっき乗ったCARSにこうして連絡を入れてくるくらいなら、あたり・・・はついているんじゃないの(かよ)?」


 ランプとかいう女はモニター越しでも分かるくらい、意地の悪い感じでニヤリと笑った。


S・B<ベース06の第7作業場に向かいなさい。欲しい物は一式、もう届いているわよ。もちろん誰にも触らせていないわ>


「(そりゃ)どうも。CARS、ベース06に向かってくれ」


<畏まりました。目的地到着まで12分を予定しております>


S・B<私も向かうわ。ちょっとお話しましょう。ああそれと、タマカギって呼びにくいからタマでいいかしら? 私の事もランちゃんでいいわよ?>


「(あんたもかよ!)好きにして(くれ)」


S・B<ククッ、それじゃ現場で>


 オレが辟易してることが伝わったか。むしろそれで嬉しそうでやんの。訓練ねーちゃんからもちょっとイジメっ子気質というか、加虐趣味がある女とか言われてたもんな。


 実力もあるし悪い人じゃないんだけど、とか途中でフォローはしてたがね。人間素で出てくる感想が本音だよ。


「……ラングお姉さま」


《ヒャッホウッ! お姉さま呼びヒャッホウッ!》


(落ち着け)


 お姉さま? どこの女学院だよ。毎日下級生のネクタイが曲がってるトコだろソレ。


「玉鍵さん! 私もついて行っていいかしらっ!?」


「落ち着け」


《スバラシイ、やはり百合は世界を巣食うッ》


 救えよ、寄生されてんじゃねえよ。






 LAT-06H『スコープダック』


 頭文字のLはライトのL、番号の後ろのHはHOBBYのHだ。型式はもっと細かくあるが面倒だから目が滑って覚えてられん。製造年代による世代の違いや、改修を表すブロックとかいう呼び方もあるらしいが、何が何だか正直わっかんねえ。


 コンテナで搬入された機材を基地から借り受けたスペースで開放して、納品漏れがないかリストチェックする。まあ仮に漏れがあってもクレームつける暇も無いけどな。


ブツを確認したら早速組むぞ。手直しを考えるとあんまり時間が無い)


《PR溶液の配合が先でない? パワーを上げた配合は安定するまでけっこう時間が必要みたいだよ》


(いや、都市運用の仕様でいい。こっちは稼働時間優先、連戦を想定しとこう。連中が溶液交換のインターバルを設けてくれると思わない方がいいだろう)


 逆にそんな時間があったほうが怖いわ。休憩時間に細工でもされそうだぜ。


「AT1機と予備パーツ。各種工具にPRL満載のタンク。そして簡易整備機能もある専用トレーラー……いや、ホント買ったわねぇ」


 モニターではスーツだったのに、なぜか整備のツナギ姿でやってきた赤毛のねーちゃんが呆れてるのも無理はねえ。散財ここに極まれりだ。税金その他諸々込みで、家が数件建つくらいの金額が吹き飛んじまったわ。まさに金持ちの道楽だよ、ホビーATコレは。


 降着姿勢のダックは名前の通りアヒルのように脚部が畳まれ、上半身がせり出すように下がって全高が半分ほどになる。それでも今のオレにはちょっと操縦席が高いな。乗り込むための取っ手がついてるから昇ることはできるがよ。


《おっと、さすがに制服で乗り込んじゃダメだぞい。いかにスーツちゃんの鉄壁ディフェンスでもパンモロしてまうでぇ、低ちゃん》


(……そういやクッソ短いスカートだったな。その辺の更衣室借りるか)


《その前にランちゃんと話せば? 見た感じ手伝ってくれるみたいだし》


 ツナギ着てるからってそうとは限らないと思うがね。まあ反応は見とくか、ねーちゃんたちの友人でも敵かもしれねえし。


 誰かの友人だから味方ってのは安易だ。ほんの数年会ってないヤツが変な団体にハマっておかしくなってたりするのが現実だからな。


(えぇっと……ランドだっけ? ランプだっけ?)


《本人が言ってたしランちゃんでええヤン。あとラングな》


 そのラングのねーちゃんは興奮気味の勝鬨かちどきを適当にあしらっている。ああいう女子の扱いに慣れてんだろうな。まあ空回りしてることに気付かないほど舞い上がってるから、相手にされてなくてもショックは受けないだろう。


「ラングさん、こちらのスペース借りさせてもらいます」


《何度聞いても低ちゃんの丁寧語は違和感あるのぉ》


(うるせえ。オレはTPOってやつをわきまえてんだよ)


 どこ行っても相手が誰でも言葉遣いを変えない野郎なんざ、ただの空気読めないタコだろうが。そういうヤツは出来ないことを棚に上げて粋がってるだけのガキなんだよ。本人はカッコイイつもりなんだろうがな。そういうの平気だってヤツは、客にタメ口聞いてくる店員とか下品な顔のオッサン想像してみろ、かなり不愉快だぞ?


 この基地の所属じゃないオレが、こうして基地のスペースを利用できるのは赤毛ねーちゃんの手回しだ。最初は訓練ねーちゃんに頼むつもりだったんだがな。こっちの赤毛ねーちゃんのほうが偉いらしいから渡りに船ってとこだ。


 ダメと言われたとき用の整備機能付きトレーラー、無駄になっちまったな。まあ輸送で使うしアクシデントが起きた時の保険にもなるからいいんだけどよ。


「構わないわよ。和美がちょっと頼りないみたいだし、私がその分サポートするわ。あの子って昔から突発的な事に弱いのよ」


 頼りないのニュアンスは小馬鹿にした感じゃなく、愛嬌のように聞こえるのは実際そう思ってるからだろう。訓練ねーちゃんのほうは過去のトラウマかちょっとだけ苦手意識があるようだが、赤毛ねーちゃんのほうはかなり好意的なようだな。


(まあなんだ、世話になってるのに厄介事を引っ張って来ちまったから、渋られるのはしょうがねえんだけどよ)


 廃材置き場を見限ったとはいえ、他のルートでATこいつを手に入れるためにはいくつかのハードルがあった。


 まず金。


 今のオレは立場があやふやだ。一般層に属しているのにエリート層に来ちまった、いわば不法入国者に近い。そのせいで口座に金があっても犯罪の可能性があるとか言われて、精査期間が設けられちまうから大金の出金は時間が掛かる。不備は無いから最終的には降りるそうだが、とても決闘には間に合わない。


 次に身分保障。


 これも同様に今のオレには厳しい。別の社会的信用のある大人、それも地位のある人間が必要だった。


 最後が保管場所。


 ホビー目的のATは管理と保管庫の届が必要になる。問題は後者で、今から一端の格納庫なんて作ってられんし、そもそもオレが使える土地なんか地表には無い。ホビーATには車と似たような預かりサービスもあるようなんだが、そういうところはバトルファイト部の連中の影が見え隠れしていて預ける気にならなかった。


《後で払うと言われても、赤の他人が簡単に扱える額でもないからねー》


 で、頼ったのが訓練ねーちゃん経由で連絡つけた長官ねーちゃんだ。ややこしいかもしれんが、残念ながら訓練ねーちゃんには支援を渋られてよ。


 つまりこのアーマード・トループス・ホビーは、長官ねーちゃんがパトロンで所有者ってわけだ。


 精査期間も問題ない。実はこのねーちゃん、趣味にかこつけていつでも持てるように届だけは出してやがった。マニア怖ぇ。


 保管場所だけはどうしようもないから訓練ねーちゃんの方を泣き落として、サイタマ基地を保管場所名義にして置かせてもらった。こっちの管理届は訓練ねーちゃん名義。


 後はまとまった金の出金準備が整い次第、長官ねーちゃんと訓練ねーちゃんに金を払う。それまで意地でも死ねなくなったわ。


 一般層は当人が死ぬと近親の類縁がいない限り、国が口座ごと接収しちまうからな。これだけ肩代わりさせておっ死んだら恨まれるってレベルじゃねえ。


 さあ、面倒くせえ手順を踏んでやっと手に入れたATだ。タコどもに目に物ってヤツを見せてやんよ。

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