第85話 カースト上位の嫌がらせ!? 悪意はスクラップの香り

 学校の終わりにやってきたのは大小立ち並ぶ校舎群の裏手側、その隅にひっそり設けられた鉄筋コンクリート製の危険物保管用のでっかい建物。一部の生徒からは廃材置き場なんて言われてるところだ。


 あのリボン女連中はやっぱ『バトルファイト部』って、名前まんまの部活の部員だったわ。あの場にいた6名は全員レギュラーで、三年の男子である彦摩呂が現在の部長らしい。


 誰も彼も二言目にはバトルファイトバトルファイトと口にするから素で吹きそうになったが、リボン女の言い出した決闘ルールで笑いが引っ込んだ。


(ここで部品見つけて、3日でロボット1機をオレ1人で組めってか。模型じゃあるまいし、ATってのはどんなお手軽ロボットなんだよ)


 勝負はオレと連中の総当たり。話を主導したリボン女はこのルールにビビると思ってたようだが別に構やしない。Sワールドなら出会うロボットはみんな敵だわ。オレが最大で何連戦して、何回殺されたと思ってやがる。


 いやまあ、『玉鍵たま』のオレの話じゃねーからこいつらが知るわけねえんだが。


 オレが強がりでなくそう思ってると伝わったようで、リボン女だけじゃなくほかの女共も鼻白んでやがったな。ま、あいつらからすれば自分の経歴を馬鹿にされた気分なんだろうよ。


 そんなに負けるのが恐いのか? 死ぬわけでもねえのに。


《パーツを作業台に乗せて、後はボタンひとつで組んでくれるみたいだよ。新型・・の作業台はナ》


(ここにあるのは?)


《もちろん旧式》


(だろうなぁ……見るからにお払い箱って感じだよ)


 埃を被った作業台も大概だが、ここに転がってるのはいずれもアーマード・トループスのジャンクパーツらしい。見た感じジャンクどころかスクラップのほうが多いみたいに思えるがね。


『うちに予備機はありませんの。でもプロ・・の玉鍵さんならアマチュアの使う機体の1機くらい、簡単に調達できますでしょう?』


 言葉の最後におーっほっほっ、とか高笑いしそうな物言いで抜かしてやがったな。あのリボン女。


 もちろんロボットなんざ中坊が簡単に調達できるものじゃねえ。ホビーグッズみたいに武装を潰して民間に卸してるものはあるようだが、管理は届け出のあるスポーツ系の組織団体や学園のみで個人所有は無理のようだ。まあ当然だわなぁ。こんなもの個人に卸したら武装がついてなくても絶対にどっかのバカがシャレにならん事件や事故を起こす。


 んじゃあオレの乗機はどうすんだって話で、訓練ねーちゃんに紹介された生徒の片割れ、カチカチから『もしかしたら』程度の期待値でこの廃材置き場について聞くことが出来た。


 なんつーかこういう倉庫ってやつは独特の臭気があるな。打ちっぱなしのコンクリートの臭気、湿った埃、酸化した機械油、装甲の錆のにおい、あとなんかやたらと薬品臭え。


(職人じゃあるまいし、大した知識もないのにどうやって組みゃいいんだいスーツ先生)


 一応コンソールの配線弄るくらいはできるけどよ。本格的に組み上げるとなるとお手上げだ。そこを考えると整備士って連中はスゲーよな、尊敬するぜホント。


《出来の悪い生徒の低ちゃんよ。このロボットのパーツは完全なモジュール構造だから丸ごと替えられるし、金口が合えば面倒な配線接続とかもしなくていいノダ。自動車とかのほうが面倒なくらいだってサ》


(ほーん。でもその交換機構が無事ならって話だろ。見るからに接続部がぶっ壊れてるモンもあんぞ)


《欲しいパーツごとにその部分の状態が良い物を見繕う。これジャンク漁りの基礎ナ》


 へいへい。カチカチの話だとバトルファイト部は学園から潤沢な予算を貰っていて、ちょっと壊れた程度でもスクラップ扱いでここに捨てちまうらしいから、まだ全然動く状態の良い部品が多いらしい。


 二人はもったいないとしきりに言っていたが、道具に妥協を許さないという見方も出来るからオレは何も言う気にならん。もったいないの精神で怪しい部品組み込んだロボットなんざ乗りたくないのはパイロットなら誰だってそうだろ?


(まずは作業場と、選別したパーツを置いておくスペースを確保すっか)


 無造作に捨てられたジャンクの山のせいで作業台周りがとても作業には向いてない。せめてクレーンの動く範囲は片さねえとパーツを持ってくることも出来ないわ。


《ストップ低ちゃん。まず全体に中和剤をいておこう》


(ああ、そうだったそうだった)


 粉塵と気化溶剤対策のゴーグルとマスクを着けて、タップンタップン担いできたクソ重い液体の入った中和剤タンクをホースにセット。周囲にエイリアンの体液みたいな蛍光色の液体を散布する。


 少量なら人体には無害らしいが、まー見るからにケミカルで気持ちのいいもんじゃねえなコレ。フードペーストに色が似てるしよ。


 なんでこんなことしてるかっーと、ATの動力に使われている薬剤が可燃性のヤベーブツだからだ。


 廃棄するにしても見るからにぞんざいな放り込み方してると聞かされて、オレらは薬剤を抜き切らずに捨てている危険性大と踏んで、可燃性を失くす薬を事前に散布する事にしたってワケだ。


 使う物が重くて固い物だけに、どこかにこすって火花でも出たらドカンってのは勘弁してもらいたいからな。


(その薬液ってヤツ、もーちょっと何とかならんかったんかね。配合次第では何もしなくても爆発までするんだろ?)


《ガソリンだって似たようなもんジャン。今はもうガソリンエンジン搭載車なんて、Sワールドのスーパーロボット関係くらいしか走ってないけどナ》


(そこ言われると昔の乗り物って狂気の産物だよな。ちょっと引火したら大爆発だろ。スーパーロボットでガソリンエンジンってのも大概だが……あれはホントに動かすパワー足りてるのかね)


 ATは一風変わった動力システムを採用したロボットで、人工筋肉を用いて四肢を動かす『マッスルチューブシステム』とやらが使われている。その人工筋肉の伸縮には化学反応が用いられており、チューブの中を通る薬液にその可燃性の液体が使われている。


 名称は俗にPR溶液。Power React Liquidというこの液体がATの動力源を担っている大本だ。その性質上、化学反応を強めればそれだけパワーが出るようになっている。


 ただし化学反応で動くわけだから成分が劣化すればパワーは落ちてくるし、反応を強めれば強めるだけ劣化が早まって交換サイクルが短くなる。タンクと一体型のフィルターと、さらにろ過機によってある程度劣化が軽減されるよう作られちゃいるみたいだがな。


 配合比率は使う場所によって大まかな規定があるそうが、大会ではこの配合数値も技術の内としてどんな仕様でも容認されるらしい。


 ちなみに大会では試合ごとに交換する前提だから、稼働時間を削ってギリギリまでパワーを上げるのがセオリーのようだ。


(ついでに消臭剤も持ってきた方がよかったな。操縦席がスゲー臭そうだ)


《焼け石に水な気がするニャー》


 ATを構成する最低限のパーツは胴体フレームを中核として組み上げる。


 まず手足と頭。これに背面装備のバックパックオプション。あとは各部の装甲板に設けられた小型のハードポイントを利用して火器や予備弾倉を取りつけたりも出来る。


 今回はナックルバトルという殴り合いオンリーのルールだから、付けたくても火器は装備できないが。装甲の追加は認められているから、ナックルバトルとやらの空気によっては乗機の重装甲化も考えておかなきゃならんなぁ。


 ATシリーズはライトとヘヴィの二種類で規格化されているらしいが、サイタマ学園で運用しているのはライトタイプのみ。重くするのは長所を殺すだけで不正解な気もするがよ。まあオプションだからすぐ外せるし、後で泡食わないよう準備だけはしておくべきだろう。


《ぼちぼちいいんでナイ? さすがのスーツちゃんも発光するケミカルな液体で低ちゃんを濡れ透けさせるのは忍びないゾ》


(ケミカルじゃなくても濡れ透けさせんでくれ)


 散布した液が浸透するまで待って、学園から引っ張ってきた免許なしで使える重機(設備に備え付けのクレーン扱いらしい)を使って無造作に片づけていく。


 中学の完全下校時刻は18時、ここの片づけやら諸々で今日の作業時間は2時間も作れそうにないな。


 見た目より軽量のスクラップ群は重機のパワーによって押し退けられていく。詰まったところはアームを動かして下からすくい、上へと積み上げる形でチャッチャとやっつけた。


 完全に普段整頓しないズボラなヤツの片づけ方だな。やっててモヤモヤするわ。時間が無いからしょうがねえんだけどよ。


 ……それにこういうのって何か心に来るな。一緒に戦ってきた相棒の死体をゴミみたいに扱ってる気分でよ。


 それでも結局は割り切っちまうんだが。いつかスクラップ破壊のローラーに巻き込まれていく愛車とか想像したくねえ。


 廃棄に出すサインはしたクセに末路は想像はしたくねえってんだから、人間は我儘だよなぁ。


 大まかに片付いたら次は部品集めだ。床が中和剤と油と埃で酷いもんだが、まあスペースは出来たってことで。まずは一番デカくて重要な胴体、次に足、手、最後に頭の順だ。


 実のところATは頭部に当たる部分がスッカスカに近い。胴体の蓋、あるいはヘルメット代わりと言って差し支えないくらいだ。各種視覚機器は搭載されているものの、頭を外してもロボットそのものは問題なく動かすことができる。


 まあ頭にあたるパーツの無い、乗ってる人間剥き出しの作業ロボットとか昔のSF作品でよく見るから変ってほどでもないのか?


 さて、底辺層でスクラップ寸前のロボットに乗せられてた哀れなパイロット、の低ちゃん監修の目利きの時間といくか――――


《微振動。大型トラックくらいの重さの何かが数台来てるゾイ》


 ――――あん?


 換気のために開きっぱなしにしているシャッターの向こうから、スーツちゃんの言う通りデカいトラックが4台ほど敷地内に入ってきた。幌を被ったその荷物は――――スクラップのATの部品か? それもずいぶん汚ったねえ。幌の隙間から見える残骸は雨ざらしにでもしてたようにボロボロだ。


 無人の運搬トラック3台と有人のトラックが1台。乗っているのはここの男子生徒か? ブレザーってことはオレと同じ中坊だろうな。


(エリートって中学で大型免許取れんのか? いいなぁ)


《……んー取れないみたいヨン? 車に同乗して無人車には出来ない細かい事をするバイトならあるみたい》


 工場ラインのオペレーターみたいなもんか? わざわざガキを使うのは若者の貧困救済かね、知らんけど。


(なんかこっち見て固まってるな。実は持ってきたんじゃなくて、ここのジャンクを違法に売っ払うために来たんじゃねえだろうな)


 この手の犯罪は一般層だとわりとある。工場のスクラップだけじゃなく、その辺に駐車してる車やバイクまで頼まれた業者のフリをして持っていく。そうなったら二時間しないうちに別名義にされるか、細かくバラしてパーツ売りされちまうらしい。


 こういう犯罪は大抵暗黒街の連中の仕業だが、その買い手は名の通った中古業者の下請けだったりするから笑えねえ。売る側も買う側もろくでもねえわ。


《とりあえず話してみたら? いられても邪魔だし》


 礼儀としてマスク外して何度か話しかけるとやっと鈍い応答があった。寝ぼけてんのかこいつ? 運転せずに座ってるだけじゃ眠くもなるだろうがよ。


「こ、ここに廃棄するよう言われているんです」


 どうやら泥棒ではないようだ。しきりに恐縮する男子生徒が端末を操作すると、無人車の作業ルーチンに従ってトラックが動き出す。


「《あ》」


 せっかく片した場所にゴシャッとスクラップがバラ撒かれた。ガラガラと無駄に崩れていく破片がさらに床を転がっていき、初めに来た時と変わらぬゴミの無法地帯に戻っていく。


 足元にカランと音を立てて飛んできたのは錆びかけ廃油まみれのナット。コツリと新品のローファーにぶつかって止まった。


 今はスーツちゃんにジャージへモーフィングしてもらっていて、一般層から履いてきた靴はホテルに置いてきている。これは訓練ねーちゃんから支給された制服のローファーだ。貰い物をさっそく汚すことになってちょいと申し訳ない気分だよ。すぐオレが買い取ると言ってもな。


「……このスクラップはどこの物なんだ?」


 汚いのもそうだが塗装が剥げてない部分のカラーリングがここの廃材と明らかに違う。こっちは残らずダークグリーンなのに対して、届いたスクラップは暗めのパープル――――外で見た治安維持用ってロボットと同じ色をしていた。


「さ、さぁ。オレはバイトしてるだけで何も」


 こっちを見て何か言いたそうにした男子生徒は結局何も言わず、トラックから発せられた作業終了を知らせるらしいアラームを聞いて、トラックに逃げるように乗り込み去っていった。


 そしてこの場に残ったのは、本当に使い物にならなさそうな新たなスクラップの山だけ。


 もう一度、無言で片付けをした。


 ―――――やっと一区切りついたところで下校のチャイムが鳴り、門の前に迎えに来ていた訓練ねーちゃんに今日したことのお説教をされながらホテルに戻った。


 パーツひとつ、まともに組めなかった。







<放送中>


 金の無い若者がとりあえず集まる場所のひとつ、街のゲームセンターの一角で月影エイジは消沈していた。いつもは気にならない音量の電子音の波を耳障りに感じるほど心がささくれている。


(なんだよあの花鳥ってヤツ)


 自分と異母兄弟の可能性が高い3人の人物と面談することになったエイジは、期待とも情景とも言い難い奇妙な高揚と不安に駆られた気分で彼らに会った。


 エイジの側から頼んだこともあって多少不快な事があっても我慢しようと考えていたのだが、その自制は早々に限界を迎えることになった。


 最年長のサンダーと、同じく年上の雉森は大人の対応でまだよかった。それまで存在を知らなかった兄弟、それも母が違うのだからギクシャクするのは仕方ない。それでも向こうから胸襟を開いてくれている気持ちは伝わってきて、エイジとしても内心で身構えすぎていたかもしれないと反省したくらいだ。


 だが、もっとも年の近い花鳥という男は露骨にエイジを嫌っていた。


 何を言うにもエイジに対してトゲがあり、皮肉や嫌味がついて回る。年長の二人に窘められても改善しないのだから、最低限でも仲良くやろうという気がないのは明白だった。


 そうなれば下手に出ていた分だけエイジにも不満が溜まる。我慢したことが逆に『これだけ我慢したんだから』という爆発するための言い訳にさえなりだした。


 エイジと花鳥の二人に流れる剣呑な空気を感じ、雉森が強制的に話を終わらせたことで最後の一線は越えなかったものの、それはまだ・・殴り合ってないというだけのもの。動き出した時限爆弾のカウントがしばし止まっただけでしかない。


 年下のエイジに向けてひどく狭量な花鳥という兄に、エイジは怒りと失望を感じていた。


(骨を折ってくれた向井と玉鍵さんには悪いけど、あいつはマジで嫌いだ)


 残りの二人とは悪い関係にならないで済みそうだが、そのサンダーと雉森は性格に難のある花鳥の面倒を見るためワンセットで動いているようで、結局エイジの側には立ってくれそうにない。


 心のどこかで兄弟という幻想を夢見て、夢破れた気分になったエイジは虚脱感のなかで安物のジュースを飲む。味覚に甘く感じるだけの調合がされたこの手のジュースは体に悪いと母親から言われているが、エイジの稼ぎで買える買い食いの品といえばこんなものだ。


(家に入れた残りは、貯金しとかないとな)


 玉鍵たちブレイガーチームから分けられた小型機4機分の報酬はエイジにとってはかなりの臨時収入だった。これまで出撃したなかでは自分の最高報酬記録である。それだけに浮かれて散財しては金銭感覚が狂ってしまうと、片親で育てられたせいか年齢の割に自制心のあるエイジは己を戒めていた。


(オレだけじゃ小型2機も難しいし――――玉鍵さんって、あの子はどんな化け物なんだよ)


 玉鍵がエリート層に行ったという話はすでにパイロット全員が知っている。配信された『スーパーチャンネル』に映されたGARNETの背景、その地表の夜空はエイジにも驚くほど美しく感じた。


 そしてこれが玉鍵たまの一般層パイロットとしての最後の出撃になった。映し出された今回の戦果も世界屈指の巨大なもので、エイジなど逆立ちしたって達成できない。


 SRキラー3機を含み撃破数は中型3を含む16機のダブルスコア。撃破報酬のみでもエイジクラスでは目もくらむ金額になるだろう。そこに戦果報酬が加われば、もはや十年単位で遊んで暮らせる金額に違いない。


(戦闘力が段違いダンチって表現、まさに玉鍵さんを表す言葉だよな。どの戦いも凄すぎるって)


 今の電子界ではこれまで録画された『スーパーチャンネル』から、玉鍵の活躍を抜粋した総集編動画が出回っている。


 純粋にパイロットとして賞賛するための動画と思しき作品が多いが、類まれな美少女が芸能界入りをしなかったことを惜しんだ、微妙に邪な気配を感じる作品などもチラホラ流れている。


 微妙・・なのは有志の良心からではなく、あまりにパイロットを貶めるような動画は謎の力で削除されたり、あげた当人が削除・・されてしまうという噂のためだろう。


 かくいうエイジはどちらの動画も視聴している。これについては健全な男子としての権利と事情を世間に訴えたい10代だ。そもそも配慮・・されている動画なので性的なシーンは一切無いし、玉鍵は初出撃から一貫して白いジャージ姿で機体に乗り込む。まれに煽情的と批難されることが多い女子用のパイロットスーツは一度たりとも着たことが無い。


 もっとも、そのジャージから下着のラインが浮き出ることがあると玉鍵は知っているのだろうかと、エイジは少し心配だった。だがそれを指摘するのはあまりにも貧乏クジが過ぎるだろう。


(……まあ、もう会うことはないんだろうけどさ)


 不測の事態によるエリート層への侵入だったが、彼女はそのままエリートとして暮らすことになるだろうというのがほとんどの人の共通認識であり、エイジもそう思っている。


 もともと手の届かない高嶺の花が成層圏を突き抜けて宇宙にまで行ってしまっただけ。彼女の活躍を少しの間でも近くで見れたことで満足すべきだろう。


 溜息をついた矢先、ドバン! という電子音とは違う、実際に空気を揺らす打撃音が耳に響いてエイジはそちらに顔を向ける。


 ここはエイジが小学生の頃から頻繁に来ているゲームセンター。機種の配置も自販機のレパートリーも、トイレの汚れ方だって隅から隅まで知っている。


 音の聞こえてきた位置にあるのはパンチングマシン。粋がった男子たちがジュースなんかを賭けては叩いている体感型のゲーム機であり、エイジも何度か叩いた経験があった。


(すっげぇ音したな。あんな音するもんだったっけ?)


 格闘技を習っているパンチ力自慢の知り合いでも、あんな強い音をさせたことはない。あそこまでの音を出せるのは、おそらく成人のプロ格闘家くらいだろう。


 ――――女?


 思わず休憩用のポール型のイスから立ち上がり、そこにいるパンチャーを見たエイジは信じられないものを見た気分だった。


 同年代と思われる制服姿の少女の事をエイジは知っている。といっても直接的な面識があるわけではなく、ふたつの事からパイロットの間では有名人なのだ。


 ひとつはシミュレーションの常連上位ランカーとして。そしてもうひとつは―――――玉鍵とチームを組んだ事で良くも悪くも名前が知れ渡っていたから。


 綺羅星きらぼしヒカル。


 三機合体のスーパーロボット『キングタイガー』のメインパイロット。強引で本能的な戦い方をすると評される人物で、自身も空手を習っているためかひどく好戦的らしい。しかしそのエネルギーに溢れた姿はエースと呼んで差し支えない自信に溢れていた。


(……なんか、思ったより陰気だな。機嫌でも悪いのか?)


 それまで見てきた彼女とはどこか違う、見る者を不安にさせるような胡乱な目つきをした少女は筐体を一瞥して皮肉気に笑うと、気怠そうな顔つきでその場を立ち去ってしまった。


 電子掲示板の計測器表示は機能していない。パンチを受け止めるクッションはその構造部が破損しており、いびつに折れ曲がっていた。

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