第84話 テンプレ展開? 口は災いの元

 教師の所んトコに軽く挨拶に行ったあと、なぜか学園長室で訓練ねーちゃんの教え子とやらに引き合わされた。


 向こうは授業の最中だろうに、いいのかねえ。あと部屋の主の学園長は外出していて不在だった。学校の勤務形態なんざ知らねえが、校長とか学園長って何やってるんだろうな?


「は、は、花代ミズキよ、よろしくね」


「ベルフラウ・勝鬨かちどきです……よろしくお願いします」


 向かいの革張りソファに座ってる女生徒たちは、ねーちゃんの数いる教え子の中では一番社交的な二人らしい。調子こいてるガキとやらとはまた別口のようだ。


 革張りの椅子は高級感こそあるが、ケツが蒸れるから好きじゃねえなぁ。座るならロボットの操縦席に使われてるようなハイテク素材のシートが一番だ。


 ……なんかスゲー緊張してんな? ああ、このねーちゃん訓練教官だもんな。生徒じゃないオレには普通でも、生徒の二人にとっちゃ鬼みたいに恐いってパターンか。そんな人物に急に呼び出されちゃビビるわな。ドア開けて入ってきたとき、こっち見てビクゥッってしてたっけ。


「(おう、)よろしく(たのまぁ)」


 授業中だったろうに悪いな、お二人さん。こっちも急な話でまだ混乱してるんだわ。まさか迷い込んだ翌日に留学できるとは思わなかったよ。


 それにしてもさすがエリート層だ。一般層に比べて過去の一般的なテクノロジーが結構残ってる。あちこちにホログラフ表示で看板表示があったり、学校の警備にまでさえ自動哨戒のドローンが使われていたりよ。


 それに眼鏡なんかの私物にも面白機能があるようだ。眼鏡女の……あー、カチカチだったか? カチカチのレンズに今も動画か何かの映像が投影されてら。


(変わった眼鏡だな。スーツちゃんの映像投影に近いことができるのか)


《うえ゛ー? あんな原始的なモノと一緒にしてほしくないナ。小型化してるだけで原理は投影機とプリズムのまんまだヨ》


 それ言ったら網膜投影だってプロジェクターと瞳孔使った似たようなもんじゃねえの? 言ったらめんどくさいことになりそうだから言わねえけど。


「もう、猫被っちゃって。普段はもっと明るいのよ?」


 ねーちゃんは微笑ましいみたいな顔してるが、笑顔それが原因じゃね? 厳しい先輩や上官の余所行きの笑顔って逆にこえーだろ。


「次の授業から入ることになるからよろしくね。帰りは私が迎えに来るまで学園の敷地から出ないこと、いいわね? たまちゃん」


(マジでたまちゃん呼びで固定する気か。昨日今日に会った相手にいい根性してるぜ)


《敵対的よりいいジャン。低ちゃんもお姉さま呼びしてくれたらスーツちゃんはかどりますっ》


(牛乳こぼしてやろうかこの不審者スーツ)


 訓練ねーちゃんは別に仕事があるようでさっさと引き払っていった。花道とカチカチも普通に授業を抜けた形だから、用が済めば自分の教室に戻っていく。今の時限が終わったら迎えに来るそうな。


(これ学園長が帰ってきたらどうすんだ? やましいことしてるわけじゃねーから説明すりゃいいだろうがよ。迎えが来るまで爺さんとお喋りでもしてろってか)


《お爺ちゃんとは限らないんでない? 小学生みたいな外見の『がくえんちょー』かもヨ。むしろそっちを希望! 切望!! 大願望!!! 》


(今日はいつにも増して飛ばしてんなぁ……)


《低ちゃんに神を見せてやるっ》


(人の脳内で異世界の電波拾うのやめてもらっていいですか)


 もうあの辺の動きで通用する時代じゃねーよ。上のランクマッチだとターンが返ってくることなく終わるのもザラらしいぜ。


 ……おっと、オレもスーツちゃんの影響で変な電波混線してるかもしれん。なーんか他人の記憶や知識みたいなもんがチラッと混じる気がするんだよな。スーツちゃん当人は『ただちに影響はない』の一点張りで取り合ってくれないから怖くてしょうがねえわ。


「しかし……暇だな」


《次の休憩まで17分》


 15分以上ボケッとしてるって、爺じゃあるまいし若者には苦痛だろ。端末は出撃のとき一般層のロッカーに預けたまんまだから、電子界覗いて暇潰しってワケにもいかねえ。学園長用のデスクには据え置き型の端末があるようだが、さすがにこれを弄るのはマズいよなぁ。


 あ゛ー、飾られてる盾とかトロフィーみたいなもんでも見るか。学園漫画でたまに出てくるからちょっとだけ興味あるし、実は目についた物もあるんだ。


 学園旗の横のショーケースに並べられたいかにもな景品、もとい戦果、でもない……どう表現すりゃいいんだコレ? 普通にトロフィーでいいんだよな?


「バトルファイト、ナックルバトル中学生部門優勝、ねえ」


 ホログラフの付きっぱなしになってるトロフィーに、行きの車内で見たATとやらがミニサイズで映し出されている。本当にこれに乗って戦ってるのか。贅沢な部活だねえ。


《ナックルバトルは飛び道具禁止。文字通りロボットを使った殴り合いみたい》


「ほーん」


 大会の中継は当然として、やっぱ観客を入れる会場とかあるんかね? 他のスポーツ会場と共用は無理そうだし、専用の設備でも作ってんのかな。普通に考えてクソ危ないだろ。ロボットの殴り合いは。


 まあギャラリー受けは良さそうだ。全高4メートルの重量物がぶつかり合えば、それだけでかなり迫力はありそうだし。

 むしろこれ以上大きいと感覚的にピンとこないだろう。生で見るならちょうどいいサイズ感かもしれねえ。移動時の振動や打撃音も体感が不快すぎず、イイ感じなんじゃねえかな。


 あんまデカい物体同士が激突するとうるさいってレベルじゃねーからな。車両事故なら一度くらいでだいたい終わるからビックリで済むが、ロボットの格闘戦となるとガッチンガッチン何度も殴り合うことになるんだしよ。


 車事故なんかで激突音を聞いた事があるヤツは分かると思うが、普通乗用車程度でも耳や脳がキツイくらいスゲー音がするんだコレが。


 デカくて重いものが動いていれば相応なエネルギーが発生してる。ぶつかり合えばそのエネルギーが互いを破壊し、変換し切れなかった分は熱や音って形で放出されるってワケだ。物体が速ければ速いほど、重ければ重いほど強烈に。


 仮に50メートル級のロボット同士が体当たりでもしたら、近くにいた人間は音だけで失神するんじゃね? そこまでいくと爆弾の爆発音と変わらねえと思うぞ。


 まあそこまでじゃなくても危険を考慮して観戦位置が遠かったり、画面の向こうじゃ客としちゃおもしろくねえ。大会運用する側としてもこれ以上大きいと管理に手間と金が掛かって持て余すだろう。


 4メートル、4メートルか。現実でロボットを運用するならこのくらいのサイズが限界なのかもな。


 ――――娯楽とはいえ実機のロボットで戦う見世物。こういうプロスポーツみたいなもんが引退したパイロットの受け皿のひとつと考えれば悪いことじゃないんだろう。元パイロットの功名心を満足させつつ生活費も稼げる。


 むしろ初めからこっちを目指してるガキもいるかもな。これなら死ななくて済むんだから……ヘッ、賢明なこった。


「お遊戯か」


 殺しに来る相手と戦うのと、事故で死んじまうのではずいぶん違う。同じ死でもよ――――いや、さすがに今のはひがみか。死にたくないのは当たり前だ。それを避けて何が悪いってな。


「取り消しなさい!」


 っと。何だ? ここの女生徒? いつのまに入ってきたんだ? まだ授業中だろうに。


《リボンが赤だから3年生だネ。1年でピンクのリボンの低ちゃんや》


(好きでピンクを身に着けたわけじゃねえよ、クソッ)


 スーツちゃんはオレの身に危険が迫るようなこと以外は教えてくれたりくれなかったりで、勝手にアテにすることはできない。気付かなかったオレがタコってだけだ。


「誰(だ、あんた)」


「取り消しなさい! 今言った事を!」


 うわこわ。よくわからんが目を剥いて怒るなよ。というか、頭と同じくらいデカいリボンしてるヤツなんて現実にいるんだな。漫画的衣装だとばかり思ってたわ。金髪なのもアレというか、テンプレってヤツ? エリートで流行ってんの?


 そういや太陽って女もデカいリボンしてたっけな。ヘルメット被るときは外してたのかねぇ。


 ―――おっと、いきなりビンタくれようとすんじゃねえよ。血の気の多い女だな。


「っ! この!!」


 避けたのが気に入らなかったようだ。顔真っ赤にしてまた殴ろうとしてきやがる。だからおまえ誰だよ。


 もう一度飛んできたビンタを躱しつつ、その手首を捻って背後に回り、膝の後ろに足をかけて体重を乗せ、そのままうつ伏せに押し倒す。ちょいとかわいそうだが今は左手が利かねーし、後ろ足で蹴られたくないんでな。


「あぐっ!?」


《水陸両用っ》


(スーツちゃん、何度も電波受信してないで帰ってきてくれ)


 後は背中に片膝を載せて拘束の完成だ。ガキだし女だから暴れても折りはしないが、あんまりうるせえなら脱臼くらいはさせるからな。大人しくしてくれよ。


「どこの誰だ?」


 この体は潜在的に優秀で、スーツちゃんの筋力補助がなくても見た目以上にパワーがある。ウェイトはどうにも軽いが中坊を抑え込むくらいは問題ねえ。この程度の体格差なら関節を極めちまえばおしまいだ。


 首を動かしてこっちを睨みつけてくる様子からすると、まーだ反抗できるつもりか。格闘技の寝技グラウンドでもこなしてるならまだしも、筋肉や関節の堅さ的に格闘家本業じゃねーだろ、おまえ。


「あ゛あああッ!?」


 質問に答える気がないと判断してさらに捻り上げる。リボン女は体重を乗せられて潰れていく肺から、ガハッと息を出して悲鳴を上げた。


《取り返しのつかない角度まで後3センチ》


 ……まあ、このまま意地を張ってもいいさ、ボキリといく前に脱臼させてそれで勘弁してやるよ。さあ、最後の質問だ。


「どこの誰だ?」


「―――お、織姫。三年の織姫よッ」


 一瞬の逡巡。プライドと激痛を天秤にかけていたリボン女は、こちらがわずかに体重かけて腕を捻る気配を出したらついに白状ゲロした。


「貴女こそ誰―――ぎいぃぃぃッ!」


「質問するのはこっちだ」


 余計な事をキャンキャン喚きそうなヤツに口を開くチャンスなんざやるかよ。


《あと2センチ》


「殴りかかってきた理由は? いちいち堪えないでスパスパ頼む。その年で一生障害抱えたくないだろう?」


「痛い! 痛い! 折れちゃう! 本当に折れちゃう! 誰かぁ! 誰か助け、いぎぃぃぃ!」


《後1センチ。でも、なんのかんの理由をつけて加減はするよね、低ちゃんて》


(うるせえよ。必要ないからやらねえだけだ)


 さあ、人の言葉が理解できないチンパンジーさんよ。それならそう言ってくれや。激痛肉体言語ならサルでも分かるだろ。


「あんたがっ、貴女が言った言葉がっ、許せなかったのよ! それだけよぉ!」


 ………チッ。


 手を離してソファまで戻る。


 人間は何が地雷か判らねえもんだな。この女がキレたのは、どうやらこっちの失言が原因らしい。となればとなりゃあ、ちょいとやり過ぎちまったわ。先に手を出してきたのはリボン女のほうだから、そこは謝んねえが。


《ウヒョヒョ、やっぱり低ちゃんはトラブルを引き寄せるのぅ》


(向こうから来るのを引き寄せるとは言わねえよ。その三年様がなんで授業中に学園長室に来たんだ? おかしいだろ。前のアレ、えーと、アレだ)


《SW会?》


(ナイス。校長室を占拠してたあのタコ共みたいな生徒かね?)


《それは今からくる人たちに聞けば? 足音、5人。軽量4、70キロ台が1》


 またか。授業中に生徒が何人もうろついてんのかこの学校。







「三年の彦星アタルだ。よろしく玉鍵君」


 うーわー触りたくねー、触りたくねー。でも友好的に来る相手の握手を断るのは、いくらなんでもスジが通らねえよなぁ……クソ。


 歯を光らせる好青年って感じの男子生徒と嫌々ながら握手する。いや別に男だから嫌ってわけじゃねえが、生理的に嫌ってヤツ? そういう『なぜ嫌なのか』の具体例を出せないけど好きになれない、そんな感じだ。


 これで裏では陰険なヤツとかだったら、それ見たことかと思えるんだが……どうもマジで裏表が無いタイプっぽい。いるんだなぁ、今どきこんなヤツ。夏堀のねーちゃんを思い出すぜ。


「アタル! あなた話を聞いてた!? 私が乱暴されたのよ!」


 床で半泣きになってたリボン女は仲間のご登場で、まさに○キブリみたいなシャカシャカした動きで助けを請いに行った。


 まーアレだ、こんな言い方するのは悪いんだが、ゴキダッシュの後で典型的な悲劇のヒロインぽい感じで男に泣きついていて思わず失笑しかけたわ。しかも微妙に相手にされてねえし。


「パイセン、どうせいらんことしたんでしょ」


「あの女が私たちをバカにしたのよ!」


 ……どうもリボン女の性格は周知されてるようだ。彦摩呂とその取り巻きの女どもは言い分を鵜呑みにせず、一応中立を保つつもりらしい。


「玉鍵君。彼女はこう言ってるけど、ここでどんなやり取りがあったんだい?」


「理由はこっちの失言だ。入ってきていると知らず、呟いた言葉を聞かれたらしい。それを聞き咎めてビンタしようとしてきたから、押さえ込んだ(だけだっつーの)」


 面と向かって言ったわけじゃねえし、関係者が近くにいるとは知らなかった……言い訳か、確かにこれはオレが悪いな。せめて向こうから手が出てなきゃ謝ったんだが。


「押さえ込む力じゃなかった! 折ろうとしてたわ!」


 キャンキャンうるせえな。なんでもかんでもゴネて喚いてなんとかするタイプか?


「あのー、具体的になんて言ったんスか?」


 サイドテールのチャラい感じの女生徒が確認してくる。よれたままだらしなくぶら下げてる青いリボンからすると2年か。


「お遊戯か、だ」


 トロフィーの前に行ってさっきの再現をする。


《うわちゃー、正直モノめー》


 それまで戸惑う感じだった女生徒たちの目つきが変わった。こうなると分かっちゃいたが誤魔化してもしょうがねえだろ。突っ張るしかねーわ。


「失言は謝る。悪かった」


 オレなりに悪いとは思ってる。リボン女とはやり合っちまったからここでおしまいだが、他の連中には手を出されてねえ。こいつらに謝ることに抵抗はない。


「待った! 待つんだ。みんなの気持ちは分かるが――――彼女の経歴はみんな知っているだろう?」


 空気が変わったのを察した彦摩呂が両手を広げて女共を止める。オレの経歴? ああ、学校のタコしめた話か。なんだよエリートにまで広まってんのか。


「バトルファイトとは別よ! エースだからって知った風な口を利かれたくないわ!」


 なんだ、パイロット業のほうか。そういやアレは事故・・扱いに置き換えられたんだっけな。細メガネのおっさんが報酬の話のときに、『すでに処理し終えている件ですが』って説明してきた中に入ってたはずだ。


 しかしリボン女よぉ、畑違いとはいえ大した自信だな……ああなるほど、こいつも選手のひとりなのか。そりゃオレの口走った言葉に腹が立っても無理はえ。この場合はこっちが部外者だ、イラッとくるのが普通だわ。


 まー、テメエの言い分も完全に否定はしねえよ? オレたちはパイロット、ロボットっていう道具をよりうまく使うヤツのほうが強いって理論に異存は無いさ。


 オレが乗ってるSワールドで使うロボットと、エリートの娯楽であんたが乗り慣れたロボットじゃ、勝手も確かに違うだろう。あの一機に関しちゃあんたのほうがうまい可能性はある。


(……チッ、どうにもこじれたな。マジで余計な一言だった)


《マウスは災いがモットー……ハハッ!》


(甲高い笑いはやめろ。なんかヤバい気がする)


 ヤバイと言ったら他の生徒の心象も一気に悪くなったな。どうもこいつら全員バトルファイトってヤツの関係者らしい。部員とかか?


「あのー、何がそんなに気に入らないんスかね?」


 この中で唯一、こっちの言い分を引き出そうとするサイドテール。見た目よりは理性的でまともなタイプのようだ。敵意もこの中じゃ一番薄い気がする。


「気に入らないとは一言も言ってない。戦闘ではないし、これはスポーツの分類だと思っただけだ」


 ――――だから殴りかかってくるなリボン女。こっちの隙を伺ってんじゃねえよ。


「ぎゃふッ」


 脇によけて足をひっかける形で転ばせる。チッ、男相手ならここで顔面に蹴りのひとつもくれてやるんだが。


 分かってる。コケただけじゃ懲りねえよな、オメーみたいなヤツは。あーめんどくせえ。


「織姫君!」


「まだやるのか?」


 上半身を起こしたリボン女は、やっぱまだまだ戦意が旺盛のようだ。その根性は買うがよ……思考加速も筋力補助も使ってない、ナチュラルのオレにあしらわれるようじゃ話にならねえぞ。


「あのー、もう収まりが効かないっぽいし、ここはケンカするにしても平和的にいきません?」


「! そうね! あなた、貴女がお遊戯と言ったバトルファイトで私たち・・と戦いなさい!!」


「……おまえだけじゃないのか?」


「ば、バトルは複数戦のルールもあるのよ!」


 しまらねえ女だな。気が強いクセにこすっからい計算を差し込んできやがる。


 提案された『バトルファイトによる解決』の投票結果は彦摩呂棄権1、女生徒連中賛成5、オレ投票権なし1。


 出来レースじゃねえか。まあ投票なんざ民主の皮かぶったパワープレイか。結局は金と力と声のデカいヤツが根回しして勝つんだからよ。


 やがて3時限目終わりのチャイムが鳴る――――エリート様の学校に来てほんの1時間そこらで、オレは何に巻き込まれたんだ?






<放送中>


「ベル…」


「…ミズキ」


「「どーしよぉーっっっ!」」


 学園長室から出た二人は誰もいない廊下の真ん中で、じわじわ湧き上がってきた不安に駆られ思わず抱き合った。


 初めは憧れのお姉さまから個人的なお願いをされて有頂天だった。


 しかもそのお願いで面倒を見ることになった人物は、あの・・玉鍵たま。


 一般層のパイロットながらエリート層の戦績を常に上回り、『スーパ-チャンネル』内でも頻繁にピックアップされるブッチギリのエースパイロットである。


『スーパーチャンネル』は『Fever!!』によって配信されていると噂の番組で、その中では部門分けしたパイロット紹介コーナーなども存在する。


 今週の最大戦果を上げたパイロットや、注目度の高い魅せる戦闘を行った者を紹介する賞賛のコーナーもあれば、味方を誤射したり無様な戦闘をしたパイロットを取り上げる、嘲笑を目的としているとしか思えないコーナーもある。


 そんな番組の中で玉鍵たまというパイロットは、初出撃からさまざな部門で注目のパイロットとして取り上げられ続ける常連。いわばトップアイドルのようなパイロット。


 しかも本職アイドルがモブに映るほどの美貌を持つ少女である。同じくパイロットを目指しているふたりからすれば雲の上の存在。


 そんな彼女が自分たちの間近に。興奮しないわけがない。


 加えて言えば、玉鍵はその媚びの無い態度とライフスタンスから同性からも人気があった。芸能活動やメディアへの露出は一切せず、パイロットとしてのみ活動する姿勢は階級意識を超えて、エリート層の女性からも高く評価されているのだ。


 そんな彼女との突然の邂逅。尊敬している天野からのお願いとはいえ、突然すぎる話に半信半疑で玉鍵に面会した二人は、そこに座る少女のあまりにも強いオーラに圧倒されてしまう。


 入室前に考えていたやり取りが残らず吹き飛んだ二人は、玉鍵からの挨拶に素で受け答えするだけで精いっぱいだった。


 いくら相手がエースとはいえ、エリート出身の自分たちにもプライドはある。せめて対等の立場だと強調するためのセリフや態度がまったく思いつかない。ベルフラウに至っては無意識に敬語で話してしまうほどだった。


 完全に存在として格が違う。相対した時点で体が本能に従って玉鍵が上と認識し、自分たちはだと理解した瞬間だった。


とてもごっつ気が重い……でも―――」


「パシらされそう……でも―――」


(―――悪くないかも)


 有名で美しい強者。その知り合いという地位は、学園でのヒエラルキーが高いとは言えない二人にはなかなかに魅力的に映った。


 打算と言うなかれ。若者の集団生活においての立ち位置は、そのまま過ごしやすさと利益のバロメーターなのだ。


 何より学園カースト程度でさえ下に追いやられるような弱者は、ほぼ間違いなく社会でも地べたを這う事になる。エリート層から一般に転げ落ちる者さえ、毎年一定数いるのだから。


 ―――学園生活の質向上に期待を寄せる二人が、玉鍵が学園ヒエラルキートップとトラブルを起こしたことを知るのは3時限目終了のチャイムが鳴った、その数分後の事である。

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