第83話 初めてのブレザー(はぁと)

「素敵……」


《無敵……》


 スーツちゃんはまだしも、あんたまで制服に着替えただけの中坊に何を言ってるんだ。


(ブレザー女子なんざ珍しくもねえだろ。一般層の学校と逆なのはちょっと驚いたがよ)


 一般層では中学がセーラーで高校でブレザーが制服になる。エリート様は中坊がブレザーなんだな。まあサイタマがそうってだけかもしれねえが。


 ありがてえことに制服に加えて下着やハンカチなんかも替えを用意してもらってる。忘れないうちにさっさと代金を払わねえとな。幸い一般でもエリートでも通貨レートは一緒のようだし。大金の出金は制限が掛かるっぽいが、ひとまず銀行の金も弄れるようだ。


もし身ひとつで来たのに『地表では一般の金は使えません』とかなってたら、一週間かなり面倒なことになってたぜ。クソ相手の強盗はまだしも狡い窃盗はしたくねえ。


(なあスーツちゃんよぉ、このスクールベストって存在が矛盾してるオプションはなんなんだ? 暑い時期にセーターもねえだろう)


 暦的には梅雨前なのに、近年の地表は8月並みの暑さだってよ。


 長年の気候変動で日本の気温は四季の概念をとっくに逸脱して、地表は海面も上昇して地形がメチャメチャになっているらしい。これがサイタマだと10月まで続くんだと。サガはもっと長くて冬って季節がもうほとんどないんだとか。エリート様はエリート様で大変だなオイ。


《かわいいからヨシッ! まあそれは置いといて、暑いと汗をかいて下着が透けちゃうからその目隠しのためでもあるジョ》


(あぁ、ハイハイ。透けブラ対策ってヤツか)


 透けない素材で作ればいいだけじゃね? いや、オレはヘンな化学繊維だとカブれそうだな。肌が弱いって割と日常にハンデあるなぁ。


《制服でミニスカにするときスカートの上を折って詰めたりもするから、それを隠すために着たりもします》


(女は服ひとつでも大変だな……で、折る必要なくスカートが妙に短いのは何でなんですかねぇ?)


《今回用意したのはスーツちゃんじゃないデッス》


 そりゃそうか。用意したのは訓練ねーちゃんだし、今はジャージのスーツちゃんを脱いでいる。後で隙を見てこの制服にモーフィングしてもらって、ブレザースーツちゃんに着替えないとな。それに偽装用のジャージもどこからか調達したほうがいいか。しっかし短いなぁ。ずり落ちた腹巻かよ。


「あの、このスカート短すぎません?」


「大丈夫! 似合ってるわ!」


 そうじゃねえよ。似合う似合わないじゃねえよ。


(女はもっとこう、ジェンダーにうるさいもんじゃねえの?)


《ミニスカ穿き出したのは女の子が発祥だし、肌を出すようになったのも先人たる歴代の『女の子』たちの意志ゾ? よーするに当世代の『女の子』の感性次第じゃい》


 つまり今の世代にとってミニスカが正義ってわけね。こりゃ突っ込んで考えても意味ねえな。中身が男のオレにはその『女の子の感性』とやらが無いし。常識か非常識かなんてそこに住んでる連中が決めるもんだ。地表やエリート様の常識に違和感を覚えても無意味だわ。


 なんか鼻を押さえてる訓練ねーちゃんには朝飯のとき雑談のひとつとして、ごく簡単に地表の事情なんかは説明してもらってる。


 一般常識にさほど違いはないでしょうけど、なんて前置きしてたが、高級ホテルとはいえ出てきた食事をぜんぶ普通に食えるだけでもオレとしてはカルチャーショックだったよ。街中のジャンクフードもこうだったら一度食べ歩いてみたいね。


 他は世間常識程度の話だ。日本と呼ばれるこの国には三つの地表都市があり、その下にはひとつずつの一般層、ようは地下都市が存在する、とかな。


 北からトカチ、サイタマ、サガ。下も順番で第一、第二、第三ってなってるらしい。


 昔に名の通っていた首都群は『Fever!!』の出現より前から社会不安でとっくに荒廃していたり、都市が抱えていた問題に端を発する内戦なんかで潰れているところも多い。


 そこに『Fever!!』がブッ壊した国に連なる事情、食料流通や資源確保の問題が追い打ちをかけて、首都と呼ばれるような他国と繋がりの深い街ほどグッダグダになったようだ。


 そして最終的に人が残ったのはこの地表にある三都市。しかしサイタマは分らんでもないが、トカチとサガってマイナー過ぎじゃね? トカチに至っては県名じゃなくて地名だしよ。

 ちなみにトーキョーとオオサカは他の都市から資源を吸い上げる法案を国に制定させて、強制的に他県の資源を取り上げ続けたからかなりの期間しぶとく残ったらしい。


 それを恨まれて内戦になった途端、四方八方から攻撃されて壊滅したがな。ちなみにオオサカは知らねえがトーキョーを牛耳っていたクソ共の何パーセントかは、この時点で上り調子だったサイタマに逃げ込んだらしい。


 民衆に起きる阿鼻叫喚の地獄絵図を横目に、偉い野郎はすまし顔でとっとと避難するのはお約束とはいえ、マジで虫唾が走るな。


《胸元のリボンがイイネ! 裸になってもそれだけは外さないでほしいナス》


(裸になる前提の条件を突きつけるナス)


 いかがわしいジャンルにオレを入れるな。何度でも言うが、中身は野郎なんだっつーの。あと対象が中坊って時点でその発想自体がアウトだバカヤロウ。


《女の子は裸にリボン。男は裸にシルクハットとネクタイと髭とステッキ。これがエイコクメーンの紳士淑女スタイルゾ》


(変態の国に帰れ!)


 おっと、これは風評被害もいいところだな……風評被害だよな? あの国の飯事情を考えると常人の感覚が通用しない気もするけどよ。


 エゲレスは昔の体制のまま残ってる珍しい国のひとつだ。仲良しのアメちゃんが吹き飛んでるのに、なーんでこの三枚舌国家が残ってるのか個人的には不思議だぜ。


 それ言ったら多かれ少なかれ大国って言われてた連中は、三枚と言わず四枚でも九枚でも都合のいいことをペラッてたろうがな。


「ね、ねえ、たまちゃん」


「た……なんでしょう?」


(オイオイオイ、長官ねーちゃんに続いてこのねーちゃんまでたまちゃん呼びかよ)


《まあ年下だすぃ? 気に入られたと思えばぁいいじゃナァーイ》


(巻き舌を今すぐやめろ。不愉快すぎる!)


「次はこっちのボレロを着てみない?」


 なんで二着持ってきてんだよ!







<放送中>


「由香、すごい顔だよ」


「……なっちゃんこそ」


 玉鍵が帰ってこなかった朝。二人は一睡も出来なかった。


 出撃日から日付が変わったころ、寝ずに待っていた初宮はさすがにおかしいと感じて基地に連絡を入れた。そこで玉鍵が帰還せずエリート層に迷い込んでいると知らされると、不安のあまりどうしていいか分からずうたた寝していた夏堀を起こしてしまった。


 層を跨いだゲートの形成などこれまでに無い話のため基地側も混乱しているようで、さしたる説明もないまま通信は切られている。


 確認に向かうにしても今からでは遅すぎると夏堀に説得された初宮は、そのまま二人で眠れぬ夜を過ごした。


 夏堀も初宮も玉鍵がいずれエリートに進むと予想はしていた。けれど二人はまだ覚悟が出来ていなかったのだ。玉鍵たまという大きな存在にいだかれていた自覚があっただけに、喪失したときのショックは想像以上に大きかった。


 朝になるとどちらともなく惰性で簡素な食事を作り、無言のまま学校に向かった二人。その生気の抜けた顔を心配した向井に事情を聴かれると、無意識に心を無にしてやり過ごそうとした苦痛を改めて感じて辛く感じた。


 それでもチームメイトとして言わないわけにはいかない。うつむく初宮に代わって夏堀が答える。


 玉鍵はエリート層に行ったと。


「………そう、か」


 向井としてもそれはショックな話だった。だが二人と同じくいずれそうなることを予想はしていて、ただ無性に虚しいこの気分をどうにかしたくて主のいない玉鍵の席を見つめた。そこにいつもの落ち着いた顔で座る彼女の姿を空想しながら。


「これからどうしよっか…」


 夏堀・初宮・向井、そして玉鍵で組んだブレイガーチーム。だが肝心要の玉鍵が抜けてしまった。修理中のブレイガーに代わって先輩パイロットの好意で譲られたガンドールも、今の三人チームでは乗ることができない。


 すべてが振り出しに戻ったような虚無感に包まれて夏堀の肩が落ちる。念願の一人暮らしを始めて、さあこれからというときに手酷く蹴躓けつまずいた気分だった。


「私は訓練を続けるよ」


 落胆が隠せない夏堀と向井は、いつもよりはっきりとした初宮の声を聴いて顔を上げる。


 精神的にも生活的にも、三人のなかで特に玉鍵に依存していた初宮。しかしその表情からは先ほどの不安が抜けて、強い眼差しを二人に向けてくる。


「初めからこうなると分かっていたんだから。それが早まっただけだよ。玉鍵さんがいなくても、私はパイロットを続ける」


 初宮由香は自らの未来のために親と決別する道を選んだ。ひとりぼっちの中学生の身で今の生活を続けていくためには相応の稼ぎ口と信用がいる。


 実入りが良く国から優遇されるパイロットであることは、今の初宮には必要不可欠だった。


 そしてもうひとつ、初宮にとって大事なことがある。


 玉鍵を通じて教えられた大切な事。自分の意志・・・・・というかけがえのない財産を、パイロットという形で守りたかった。


 彼女に出会う前の自分のような、親のお願いで唯々諾々と従わされる人形のような生き方に戻りたくない。笑うのも泣くのも自分の意志でありたい。そのための唯一の方法は、きっとこの道だけ。玉鍵の照らしてくれたパイロットという道。


 この道を走り抜きたい。たとえ道の途中で奈落に落ちようと。


 それが自分の意志ならば――――玉鍵もきっと褒めてくれるだろう。


「なっちゃん、向井くん。500ファイブハンドレッドは私が貰うよ」


 それは合体機の要。胴体チェストパーツとなる機体。最後まで逃げることを許されない、覚悟あるパイロットのみが乗るロボット。


「初宮、それは……」


「由香、ガンドールは三人じゃ無理だよ」


「そうだね、今は三人かもしれない。でも――――」


 落ち込んでいたときは考えもしなかったことだが、初宮が意志を決めて前を向いたとき不思議な予感が胸に走った。


「―――もしかしたら、帰ってくるかもしれないじゃない」


 もちろんそんな事はありえない。誰もが憧れるエリート層での暮らしを捨てて戻ってくるなどありえない。


 だが、初宮は不思議と確信していた。ありえないことを続けてきたのが玉鍵たまという少女ではないかと。


 心配するふたりを他所にひとり納得して空席に目を向けると、初宮はそこに玉鍵がいるかのように笑った。





 サイタマ中央学園。


 学校じゃなくて学園か。漫画だとよく書かれてる名称だが、小・中・高・大とか学び舎が集中しているところをそう呼ぶらしいな。地下都市だと同じ状態でも学校呼びなんだがなぁ。どう違うんだか。


 その学園とやらに通うため、訓練ねーちゃんの操る真っ赤なスポーツ仕様の車で移動している。このねーちゃんスゲー派手なの乗ってんな。しかも利便性って言葉にケンカ売ってる2シートだぞ。まあ似合うっちゃ似合うがよ。年は長官ねーちゃんの一個上らしいが、色気も雰囲気も五割り増しでこっちのねーちゃんの圧勝だ。


(あー、地表は空がきれいだな)


《曇ってます、ドーゾ》


(別にいいだろ。曇りでも雨でも天気は天気だ。代り映えのしねえ岩盤眺めるよかマシだよ)


 道中でやっと外の景色を眺めることができた。朝にホテルの窓から見えるかと思ったんだが、あのホテルは狙撃対策とかでカーテンを締め切ってたんだよなぁ。


 ……こう言っちゃなんだが、街に関しては一般層と大して変わり映えはしねえってのが第一印象だ。もっとこう、フォルムが奇抜でスゲー高いビルとかポコポコ建ってると思ったんだがな。なーんかこじんまりとしてるっーか、地下都市の街並みをちょっとスケールアップした程度みたいだ。


 それにしても壁も天井もない世界ってのは違和感があって落ち着かねーな。街路樹のサイズがちょっと大きいのはって雰囲気があって好きだけどよ。人工的に作った陽光にはない何かが本物の太陽にはあるのかもな。


 あとはひたすら飯屋が気になる。ところどころで見えるラーメン屋の看板とかスゲー気になってしょうがねえ。食べたくても一般層のラーメン屋=パウダー屋みたいなもんだから話にならねえんだよ。ラーメンってヤツはイチから自分で作るには敷居が高すぎるしよ。作れなくはないが完成度はどうしても低くなる。うまいチャーシュー作るほうが遥かに簡単だ。


 せめてスープがもっと手軽に作れればなぁ。素人が片手間に作っても味のついたお湯にしかならん。インスタントのスープでいいからSワールドの戦果に出てくれないもんかねぇ。


《およ? 低ちゃん、アレ》


(――――スーパーロボット? スゲーな、小型とはいえ街にかよ。まさか重機の類ってワケでもないよな? 人型あの形で)


 道路脇にある専用の待機所らしい場所に人型のロボットが突っ立っている。全高は4メートルってところか?


 全体的にずんぐりした体形で、ダンボールみたいな硬い紙で人を包んで4メートルにしたらこんな感じってサイズ感とぞんざいさだ。右手に携行しているのは実体弾系のマシンガンっぽいな。


「見えた? あれはATエー・ティー。アーマード・トループス。都市の治安維持のために配備されている有人ロボットよ」


 訓練ねーちゃんにはこっちが何に注目したか分かったようだ。まあ一般層でお目にかかれない物なうえに確実に目立つもんな。仮に注目してなくても普通はアレに目が行ってると思っちまうだろう。


 しっかし、やっぱり有人か。となると乗り込むスペースは胴体だけに見える。それでもかなり狭いはずだ。じゃないと胴体のほとんどが操縦席になっちまう。動力部を収めるスペースが|どこにもえ。まさか手足一本一本ごとに動力が独立してるわけでもあるめえ。エンジン部は股間あたりか?


 アレにパイロットが乗り込むならできるだけ面積を小さくして、それこそ体育座りレベルで収まるしかねえだろうな。半日も入ってたらエコノミー症候群になりそうだ。


「サイタマの都市内には150機ほど配備されているわ。訓練用とかスポーツ用とかを加えると300に届くわね」


(あんなもんが300もか。ーかスポーツ用ってなんだ? レースでもしてんのか)


《えーっと……バトルファイトっていう、ATを使った戦闘観戦が娯楽としてあるみたい。エリートさんはキマッとるのう》


 スーツちゃんが都市に溢れる無線通信から簡単な情報を拾ってくれたようだ。たまに思うがスーツちゃんって服に関係ない機能あるよな。いや関係あるのか? アーマーと一体型の電子戦装備とか軍隊の装備でたまにあるしな。アーマーも着る物って考えれば。まあ服っちゃ服か。


(バトルとファイトって、戦うの単語が被ってんぞ)


《語感だけで付けたんジャロ。よくあるよくある》


 はあ、まあいいや。地表に来て初めておもしろいもんが見れたと思っとくか。『鎧をつけたArmored 群れTroops』。まさか人型兵器が実用化されてるとはな。エリート様の科学力は大したもんだ。けど人型兵器あんなもんがこっちで使い物になるのかねえ?


「パイロットの教材として学校でも使ってるわよ。気になったら乗ってみるといいわ」


「実機を学校で( 教えてんのかよ)?」


「ええ。シミュレーションだけでは戦いの空気って……掴めないでしょ?」


 ……まあなぁ。所詮シミュレーションはオモチャの延長だ。どれだけリアルに再現してもな。実際に兵器に乗って戦うのと、画面の向こうを操るのでは精神的な圧迫感が違うし、実機のほうがカンが冴えるのも事実だ。少なくともオレはそうだ。死の気配を感じる知覚力は死ぬ可能性がなきゃ出てきてくれねえ。


《よっしゃ! エリート相手に無双してやろうじぇ。なんかやっちゃいましたって顔で♪》


(やんねーよ。こっちはもう金稼いでるパイロット、つまりプロだぞ、訓練中のガキいじめてなんになる)


 逆に恥ずかしいだけだわ、みっともねえ。パイロットの本業はSワールドで敵を倒すことであって、安いプライド抱えていじましく人間同士で優劣つける理由はねーよ。


《ウヒョヒョ。低ちゃんはそうでも向こうはどうカニー?》


(オイ、変なフラグを建てるな)


「学園にはデビューしたての私の教え子もいるの………ちょっといい気になってるから、もし因縁つけてきたら鼻っ柱をへし折ってやってちょうだい」


 だからフラグやめろッ!

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