第81話 地底人扱い?(主人公の主観)

「ここがエリート層、か」


《あれ? あんまり驚かないんだね?》


「驚いちゃいるが混乱のほうが大きいな、それに大きい憧れってのは……いざ手にするとシケて感じるもんさ」


 時刻は22時を過ぎて夜。惑星なんだから夜の側・・・って言うべきか? こっちの反対側は昼だろうしよ。


 暗いし何にもない海の上じゃ何が何だかよくわからん。星も月もSワールドに行けば見えるから目新しくはないし、感動もクソもえな。


「何がどうなった? そりゃゲートはエリート、一般、底辺と。階層関係なく利用するもんだがよ。一般層のオレが何でエリート層に飛び出ちまったんだ?」


 行きのゲートはフィールドごとに回廊内で無数に生じるのに対して、帰りのゲートの出口はいつも回廊にひとつだ。実際オレが飛び込んだときも浮かんでたのはひとつだけ。そこ以外に入る余地は無かった。


《わかんにゃい》


「わかんにゃいかー。まあオレも分からんし、誰を責めるもんでもねえか」


 物語の感情的なキャラなら近くの誰かの襟首掴んで絞め上げてる場面かね。生憎スーツちゃんの襟首はオレの襟首、絞めたらオレの首が絞まっちまう。


「星から現在位置が分かるか? なんとか近くの基地にでも降りるしかねえ。こっちの事情を汲んでくれるならだが」


 階層の行き来は厳重に管理されていて特別な権限を持つ者以外は移動できない。特に下から上へはちょっと連絡することすらかなりハードルが高いって話だった。それがロボットごと来ちまったワケだしなぁ。


 見つけ次第即射殺、即撃墜って感じだったらどうすっか。やれるとこまで戦うか? こちとら底辺上がりだ、法律守って黙って殺されてやるほどこの国に恩義なんざ感じてねえぞ。どうせならお偉いさんのいるところで派手にドンパチしてやらあ。


《星を見る限り太平洋側の―――》


「――――レーダーに感、2」


 どこかの哨戒に引っかかったか? 頼むからいきなり撃ってこないでほしいぜ。


《動き的に戦闘機っぽいね。艦載機かニャ?》


「となりゃ近くに空母と護衛艦もいるか。下手したら対空ミサイル撃ちまくってくるな。あ゛ー、今日はもうミサイルは腹いっぱいだよ」


 しばらくすると二機編隊ロッテを組んだジェット機らしい航空機が右側面に現れた。2機とも機体をバンクさせて、その翼にペイントされた所属国旗をこっちに見せてくる。暗くても画像処理した映像から識別は可能だった。


 マークは日の丸。階層は跨いだが外国へ飛んだわけじゃなさそうだ。


《オープンで通信》


「頼む」


<所属不明機に告ぐ。こちらは大日本サイタマ基地所属の護国軍機である。直ちに武装を解除し、当方に帰順せよ>


(サイタマ?)


<This is a Big Japan Guard・Army――――>


 なんぞ英語でゴチャゴチャぬかしやがる。Follow我に Me従えじゃねえよ。まあこっちも最初のっけからケンカしたいわけじゃない。キナ臭くなるまで大人しくするか。


「こちらは一般層―――」


(―――っと、あの基地の名前なんだっけ?)


《ズコーッ》


 レトロな漫画イメージを送ってくるなって。地下都市なんてその一帯で生活が完結しちまってるから、他の都市なんてさして興味が湧かないし、だいたい『基地』と言っとけばパイロットは用が済むじゃんよ。個別の都市名称なんて覚える気にならん。


《サイタマの下にあるのが低ちゃんの住んでる地下都市だよ。名称は第2地下都市》


(第2って、味もそっ気もえな)


「―――第2地下都市所属のGARNET。抵抗の意思は無い、そちらに追従する」


<一般層!? どういうことか?>


「戦闘を終えてゲートを抜けたら地表に出た。原因は分からない。この辺の質問や苦情は『Fever!!』に言ってくれ」


 GARNETには地中をすり抜ける機能もワープ機能も無い。ゲートの不具合とすればオレのせいじゃねえよ。


<待て、確認する>


 Sワールド関係なら『Fever!!』が配信してるらしい『スーパーチャンネル』って番組で、こっちの証言を確認できるはずだ。生配信版ならどんなデータより証拠になる。編集版もカットこそできるが利己的な画像の加工や捏造は許されないって事が分かっている。


 例えば権力者のガキが活躍したように別のパイロットの戦果と映像を差し替えたりするとアウト。権力者の親もガキも、もちろん請け負った連中も公開処刑で謎の力によってなます切りだ。『Fever!!』側の事情か温情か、全人類の強制視聴こそ許されたがな。


 人が解体されていく様なんて年代を問わず見るもんじゃねえ。見せられた連中はさぞガクブルだったろうよ。グロ動画を見せる側に選別された時点で『おまえも無関係じゃないぞ』と言われたようなもんだからな。


<――――GARNETのパイロット、玉鍵たまか?>


「ああ。見ての通り被弾している、降りられる場所はないか?」


 GARNETのエネルギーは無限じゃない。巡航速度なら6時間そこらはまだ飛べるが、さすがに消耗しすぎた。


<追従しろ。サイタマ基地に誘導する>


「了解」


 やや前に1機が出て誘導役として先導に入る。もう1機はオレのやや斜め後ろ。オセロだったらGARNETをひっくり返さにゃならんところだな。


(とりあえずここからこっからどうなるか。スーパーロボットに普通の戦闘機なんて物の数じゃないが、こっちが何かやったらエリートだってスーパーロボットを繰り出してくるだろうな)


 ここは地表。崩落の危険がある地下都市と違って多少は暴れられる環境だ。実力行使の手段は地下よりあるだろうよ。


《ロボット戦闘になったらちょっと勝ち目が無いゾヨ》


(武器も無いしな。徒手空拳で戦えるクンフーをありがたく思う日が来るとは思わなかったぜ)


 さーて、地上にある基地や都市が楽しみだ。夜でも夜景くらいは見えるだろう。







<放送中>


「エリート層で飛行中のGARNETを確保したそうです。ひとまず玉鍵さんも無事かと」


 完全に締め切っていた長官室から出てきた高屋敷法子のりこの第一声で、獅堂を始めとした何人もの人間が大きな溜息をつく。


「良かった……よがっだよぉ……」


 その中には玉鍵と共闘していた星川たちシスターズの面々もいる。足元に崩れ落ちた星川マイムは張りつめていた緊張から解放され、安堵のあまりすすり泣いてしまった。


「当り前じゃ、あの嬢ちゃんが死ぬわけがないわ」


 そう言いつつも星川以上に心配していたことが丸わかりの獅堂は、その節くれだった大きな手で汗まみれの顔を拭う。そして格納庫に通信を入れてアーノルドたち少年整備士たちに無事を伝えた。同じく生きた心地がしていなかっただろう少年たちは、顔の見えない簡素な通信からでも分かるほど声が明るくなった。


「…ノッチー、玉鍵さん無事だって。だからもう機体から降りて」


 シスターズの雪泉シズクも格納庫にいるチームメイトに通信を入れる。自腹で補給と応急修理を始めたイージス02のコックピットにはノッチーこと、槍先切子が機体から降りることなく乗っていた。もしも玉鍵がSワールドに取り残されているのなら、今回もっとも迷惑をかけた自分が救出に行くつもりだったのだ。


 もしも出撃枠がもっと残っていたら星川たちもそのつもりだったが、残念ながら小型機1機分程度であったため、迷惑をかけた罪滅ぼしと親友を助けてくれた恩返しのために槍先が代表して出撃すると決めたのである。


「それで、どうなるんじゃ?」


 端末を仕舞った獅堂が一呼吸おいて高屋敷に向き直る。今はエリート層にコネのある彼女くらいしか玉鍵の行く末に干渉できるものはいない。いかに国から認められた名うてのベテラン整備士獅堂でもエリート層への影響力は無に等しい。もはや目の前の若き女長官しか頼れるものはいなかった。


「……予断を許さない状況です。すぐ一般層こちらに送り返せという意見もあるようですが、その」


「エリート層に留め置けという連中もおるって事か」


 口ごもったところに続く老兵の言葉に、高屋敷は小さく頷いた。


 高屋敷のエリート層へのコネは戦友であり相棒である先輩パイロットだ。努力と根性で才能を磨き戦い続けた彼女をお姉さまと慕い、高屋敷もまたパートナーとして並び立つほどの実力を努力によって身に着けた。


 彼女はパイロットを引退した後エリート層へ招聘され、高屋敷は誘われたが固辞し、一般に残った。別の道を歩むことになったものの、二人は今も強い信頼関係で結びついている。


「そんな! 玉鍵さんはこっちの――――こっち、の」


 二人の会話が耳に入った星川が跳ね起きる。しかし、途中からその声は弱くなった。


 玉鍵たまにはエリート層こそ相応しい。そう言われたら誰も言い返せないと気が付いたからだった。


 獅堂も、高屋敷も、誰もが認めざるを得ない。このままエリート層に招聘されるのが玉鍵にとって最良ではないのかと。そもそも彼女の戦果を考えればエリートからの声掛けが遅すぎるくらいなのだ。


「どうなるかは分かりません。ですが、玉鍵さんが理不尽な目に合わないようにだけは何としてでもします。マイムちゃんたちは心配しないで」


「……聞いたの。長官がこう言ったんじゃ、ガキはもう帰れ。明日になっちまうぞ」


 自分たちにやれることはもうない。若者たちに暗にそう言った獅堂は手を叩いて帰宅するよう呼びかける。やがて力なくドアの向こうに消えた星川たちを見送ると、高屋敷に目だけで礼をして獅堂もまた作戦室を後にする。


 無機質な基地の廊下を進むその手には、先ほどポケットに仕舞った年季の入った端末が再び握られていた。


「アーノルド、悪いがちょいとだけ残業してけ。いつも嬢ちゃんの使ってる駐車場にパレット付きでフォークリフトフォーク持ってきてくれや」


 老兵としてのカンが叫んでいる。この一手が必ず必要になるだろうと。







(歩く道順ぜんぶにカバー付きで外がなんも見えなかったな。犠牲者のご遺体移送って感じだわ)


 サイタマ基地とやらに誘導されて着陸したはいいものの夜景もなんもねえ。人工の明かりがある場所は地表に極集中していて、まるでシャーレに出来たカビのコロニーみたいな感じだった。思ったより人口は広く分布していないのか? 地下と違って土地ならクッソ余ってるだろうに。数少ない都会に人が集中してるか、エリート層でも計画停電をしているのかもしれんがね。


《ある意味で低ちゃんは見るものに精神的動揺を起こさせる危険物だからニィ》


(人を歩くスナッフ動画のように言うな。ちょっと傷つくだろーが)


 チッ、操縦席から降りたらライフル携えた兵士どもに取り囲まれるわ、その兵士たちはアホ面でこっちをぼんやり見ててしばらく変な空き時間が生まれるわ、なんなんだ。しょうがねえからこっちから声出して段取りすることになっちまった。特に先頭にいたオッサン、階級は三尉らしいが幹部クラスのおまえまでボケッとすんなや。下に示しがつかねえだろ。


 降りたらじっくり事情聴取でもされるかと思ってたが、簡単な身分確認の後は用意された部屋で休むよう言われてここに連行された。


 オレにあてがわれたのは簡素なベッドと机があるだけのせせこましい一室。窓ひとつ無い代わりに監視カメラはキッチリありやがる。別にエイリアンでもテロリストでもないんだがなぁ。


《お、カメラがズームしてるピースピース》


(スーツちゃんはピースできねえだろ。あーあ、監視されながら寝るのかよ。落ち着かねえな)


 今日は風呂もシャワーも無しかよ。一般層に来てから初めてだな。垢だらけで当たり前の生活してたヤツが一日風呂に入れないくらいで不愉快とは、オレも贅沢になったもんだ。


 ベッドに腰かけてそのまま寝転ぼうとして、寝る前に髪を結わえ直さにゃならんことを思い出す。あークソ、やっぱロン毛は面倒だぜ。何をするにもいちいち髪の事を考えなきゃならん。例えばこれをやらんと寝返りを打つとき自分の髪を体に巻き込んで、寝ているときに痛い思いをすることになるんだよ。


《ウヒョヒョ、すっかり髪の捌き方もサマになったねー》


 髪をまとめていたゴムを解いて軽くく。もっと楽にならんもんかね。


(おかげさんでな。しかし髪って締めると頭皮っーか頭が痛くなるのな)


《ポニーテール頭痛っていうんだって。だからたまに違う髪型にしたほうがいいのさ》


(ほーん。オレに色々な髪形にさせるのはそういう理由があったんだな。気を遣ってくれてありがとうよ)


《趣味デスっ。キリッ》


(やっぱショートにするか)


《スーツちゃんの、目が、複眼のうちは!》


(虫はやめてくれ、いやマジで)


 悲鳴をあげるほどじゃねえが気持ちのいいもんでもねえ。あれの粉末が食い物に入ってると思うとゾッとするしよ。フードパウダーが食えなくなったのも体が新しくなったからだけじゃなく、女の脳になった影響もあるかもな。おお怖い怖い。


(もうすることもえし、寝るか。スーツちゃん、警戒頼むよ)


 オレと違ってスーツちゃんは睡眠の必要がない。緊急の時はオレを起こしつつ体を動かして危険から守ってくれる。どこに寝てても油断ならねえ底辺層ではよく世話になったもんだ。


《あ、寝るのはちょい待ち低ちゃん》


(あん? まだ何かあるのかよ)


 寝転ぶのを中断してベッドに腰かけたまま数秒。目の前の外側からしか鍵が掛からないドアからノック音がした。


「…どうぞ」


 こっちの言葉は防音ぽいから聞こえないだろうがな。向こうもそれは承知のようで、オレが了承するかしないかの時間差で分厚いドアが開いた。


「良かった。まだ起きていたのね」


 入ってきたのはタイトなスーツ姿の女と、護衛らしいスーツの男が二人。膨らみから察するに懐には拳銃が吊ってあるようだ。


「初めまして。私は天野和美。エリート層でパイロットの訓練教官をしている者よ」


 こちらもベッドから立ち上がる。わずかに護衛のひとりが反応したが、その感触から言ってこっちを警戒してる感じじゃねえな。訓練で培った反射が体に出ただけのようだ。


「玉鍵たま、です」


《ぷっ、ぶふッ、玉鍵たま、です。カヨワイ乙女か!》


(うるっせえぞ変態スーツ。大人がこっち目線に落として来たら、そりゃこっちだって真摯に対応するわい!)


 相手が真摯に対応してるのに横柄な態度を取るガキが本当にカッコイイと思うか? ただの空気の読めないタコだろ。そんなもん粋がる場面を間違えてるだけのクソガキだっつーの。まともな大人になったら10年後には黒歴史だぜ?


「こんなところに押し込めてごめんなさいね。すぐに出ましょう。ちゃんとしたホテルを取ったから」


(スーツちゃん)


《たぶん嘘は言ってないジョ。それとドアが開いてからチョロっと誰かの会話を拾ったヨン。ここに低ちゃんを連れてきた派閥とは違うみたい》


(エリート様も派閥争いかよ。人類はどうしようもねえな)


「警戒するのも無理はないと思うわ。でも安心して頂戴、私はのり――――第2地下都市で長官をしている高屋敷の友人よ」


 ……確かに。体の鍛え方といい目つきといい、あの長官ねーちゃんとどこか似た空気を持ってるな。元パイロットか? たぶん似たような訓練をして似たような飯を食って、そして似たような戦いをしてきたんだろう。


(どこの誰様かまだ分からねえが、同じパイロットのよしみでちょっとばかし乗ってみるか)


「よろしく、天野さん」


《天野=サンwwwwww》


(草を生やすなっ)

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