第72話 天才科学者? 狂人アウト

<放送中>


「分かりました。ではこちらでそのように調整しましょう」


「よろしくお願いします」


 高屋敷という新任の女性長官は釣鐘つりがねに深く頭を下げた。


 やがて顔を上げたその眼には初めと変わらぬ燃えるような決意が漲っているのが見て取れて、釣鐘つりがねは内心で彼女に尊敬の念を抱く。


(前任とは大違いですね。元エースパイロットということで、少々現場寄りが過ぎて組織間のバランス感覚に欠けるところもあるようですが。概ね優秀です)


 昨夜動きの鈍い治安部隊や救急車両を追い抜いて、まるで戦場のような惨状となった現場に駈けつけたS・国内対策課。そこで彼らが保護したのは国内でも極めて重要な二名であった。


 ひとりは高屋敷法子。若くしてこの都市のS基地を預かる女性長官である。国からの重要度で言えば内閣府の中堅面子よりもさらに上という役職で、この人材の損耗は国内税収への打撃に直結するほどの立場――――前任の無能はともかくとして。


 そしていまひとり。基地長官以上の重要人物に指定されている少女もまた保護された。


 少女の名は玉鍵たま。スーパーロボットのパイロットとして、世界の頂点に躍り出たエースオブエース。その経済影響力は計り知れず、これまで彼女が獲得した希少な資源と技術知識の影響は一国を飛び越え、もはや人類全体への福音となっている。


 そんな二人を乗せた送迎車への襲撃は、S・国内対策課にとって激震が走るほどの珍事であった。


 今回の初動の遅れはS課にとっても痛恨のミス。近く大仕掛けを使用せねばならないことが予想される水星家への対処に、S課の持つマンパワーを最大限注力していたその隙間を縫われた形であった。


 あえて言い訳をするならば『こんなバカな犯行に及ぶとは思わなかった』事が大きい。


 まさか多くの一般車両が行きかう公道で、重火器まで使用して堂々と襲撃を行うとは予想していなかったのだ。想定のひとつとして一考はしつつも、そこまで愚かな事はしないだろうと可能性自体を却下していたのである。


 確かに釣鐘つりがね自身も『Fever!!』の影を無意識に頼りにしていた感はある。あの高次元存在によってSワールドに関わるものは、その重要度の高い存在ほど守られているという先入観があったのは事実であった。


(CARSの事もありましたしね。雇われ連中も、よくもまあアレに喧嘩を売ろうとしたものです)


 要人専用の高級送迎サービスとして知られる『CARS』。車に搭載されたAIと同じくCARSと命名されているあの会社のポリシーは『顧客の安全が最優先』。


 これが脅かされた場合、たとえ国の軍隊が相手であろうと最後まで抵抗するという徹底的なサービスを行っている。

 厳密には客を乗せている車両を個体として会社から切り離し、知らぬ存ぜぬとして国が相手だろうと押し通すのだ。『AIが暴走していて制御できない』という、とんでもない言い訳をぶら下げて。


 運用されているすべての車両は装甲車並みの防御力を持ち、契約プランによっては自衛用の火器まで搭載する。さらに確たる証拠はないが、小型のミサイルまで搭載している車両もあると噂されていた。


 公僕である釣鐘つりがねたちからすると痛し痒しの存在である。設立当初から星天家の支配を受けていない中立会社であるため、手数の少ないS課としては要人警護用に一定の価値を認めているのだ。


「答えられないかもしれませんが……捕まえた生き残りは何か喋りましたか?」


「お答えできる範囲、という意味では何も。すみません、後はどうかお任せください」


 応接室の椅子から立ち上がり、釣鐘つりがねはなるべく真摯に頭を下げた。襲われた張本人に何も話すことができないというのは、さしもの彼とて心苦しいのだ。


 獲物を捕食する直前の爬虫類のような外見からはとてもそう見られないのだが。


 おおよその事を確認した釣鐘つりがねは長官室を後にする。その後ろ姿に黙って頭を下げる高屋敷長官の気配を感じた彼は、以前ここに来たときの不快な出来事が浄化されたような気がした。


「アングラ以外のメディアは何もかもS課で押さえています。話を差し替えるのは難しくありませんが……本当に彼女がやったのでしょうか?」


 部屋の前で待機していた部下がボソリとつぶやき、睨んできた上司の迫力に押されて声が擦れる。この部下は盗み聞きされるほど間抜けではないものの、不用心であることに変わりはない。


 長年の敵対組織の命脈が風前の灯火となり、気が抜けていると判断した釣鐘つりがねは内心で再教育プランに放り込む事を決めた。

 もっとも今は人手が足りな過ぎるのでもう少し後の事になるだろう。上司としてはそれまで派手なポカをしないでほしいと願うばかりである。


 S課の使っている専用車に乗り込み、モーター駆動の車が静かに発進する。ここでようやく釣鐘つりがねは先ほどの言葉に答えた。


「やったんでしょうね。銃弾はCARSの車載火器の物と一致しました。つまり銃本体を外に引き出して、実際に敵に向けて構えたのは玉鍵たまさんでしょう。こんな感じでしょうか?」


 長い銃身を腰だめに構える仕草をした上司に、部下は特に感想を漏らさなかった。


 条約で禁止されている火炎放射器を嬉々として使う戦場のサイコパスのようだ、などととても口にできるものではない。


「銃身に巻きつけられていたのは車内から切り出したシートベルトでした。そこを持って射撃で加熱する銃をなんとか保持したんでしょう。咄嗟ながらに大したものです」


 破損した車から武器になりそうな物を取り出し、必死に応戦準備をする姿を思い浮かべて釣鐘つりがねは痛ましげに眉を寄せる。


 玉鍵たまという少女は一介のパイロットの枠を飛び越え、もはや人類のために戦っていると言っていい人間。そんな彼女が安心して暮らせてしかるべき都市でまで、命がけで戦わなければいけないというのがこの国の現実。


 何より相手は彼女が守っている人間という事が救われない。


 彼女たちパイロットが最高のコンディションで戦えるよう計らうべき銃後の人間たちが、自らの欲のために最前線にいるパイロットたちの邪魔をしている。


 なんと皮肉な話だろうと釣鐘つりがねは嘆く。


 今回の事は星天家の分家の仕業だが、同じような事をしかねない者たちが国の運営に関わっているのが問題だ。先日の通信で玉鍵たまを『生涯に渡って国で囲う』という、実に愚かな企画を出してきた派閥など最たるものだ。


 能力はともかく14歳のいたいけな少女に対して、将来の結婚相手まで彼らが決めて人生をプランニングをしていたことに吐き気さえ覚える。


 国のため、人類のためと謳いながら、その当人たちが人間を自己の派閥の力をつけるためのとしか捉えていないのだ。


(老人たちにも困ったものです。あそこまで年を取って、まだ自分がエリート層に入れると思っているのでしょうか)


 ここで釣鐘つりがねは脱線してきた思考を打ち切った。そして改めて今回基地へと足を運んだ理由へと考えを巡らせる。


(……冬季とうきは訝しんでいましたが、彼女ほどの顧客価値であればAIが契約を独自に判断しても不思議ではありません。少なくともこの点は内外への説得力として十分です)


『最終的にCARSと契約することで機銃による援護を受けた玉鍵は、星天家の送り込んだ犯罪者集団を相手に懸命に応戦し、その間に目を覚ました高屋敷も加わって一人残らず撃退した』


 というシナリオを高屋敷から提案され、釣鐘つりがねもこれを了承した。このシナリオをより細かくねつ造デザインするのは後でいいだろうが、矛盾が生じそうな部分はさっさと整合性をとる必要がある。


「アングラはどうなんです? 押さえられないのは仕方ありませんが、傾向は知りたい」


「目撃者はいますが証拠となる動画などの決定的な物は出回ってません……『Fever!!』の介入があったかと」


 電子界のアンダーグラウンドで展開する情報発信は、以前から『Fever!!』による介入が見受けられるジャンルである。


 公的なメディアは彼らの通信ひとつで好きに操作できた星天家さえ、アングラの情報は何者かに強固に守られて一切手が出せなかったほどだ。


 隠蔽したい情報は物理的にも電子データ的にも破壊ができず、脅迫や買収のために個人を追跡しても配信者へ辿り着く前に星天家のエージェントが原因不明の死を迎えるためであった。


「なら、そちらはいいでしょう。我々の仕事が減って何よりです」


 そして車内に沈黙が降りたとき、同乗していた部下がよからぬ伺いを立てるように釣鐘つりがねを見て質問をした。


「……玉鍵たまとは何者なのでしょうか? 生身の子供があの戦闘能力は異常です」


 S課が回収した死体の中には、この都市の危険人物として記載されている犯罪者と照合が一致する人間も含まれていた。

 特に暗黒街でも有名なナイフ使いは、もみ消された複数の殺人歴と破壊活動歴を持つ異常者の類である。


 もみ消したのは当然の星天家。その中にあって冥画と呼ばれた分家の出であり、S課の捜査を掻い潜って潜伏していた男であった。


(頼っていたのはやはり親戚でしたか。土門か金工かは知りませんが、早めに尻尾を出してくれたのは不幸中の幸いです)


「それが何か問題でも? 我が国は彼女を勘ぐるだけの余裕・・があるのですか?」


「い、いえ、そういうわけでは」


 感情だけで物を言い、口ごもった部下に釣鐘つりがねは重要な事だけを抜き出して諭すことにした。


「パイロットだからと言って、必ず生身の戦闘にも長ける訳ではないでしょうね。しかし長けないとも限りません。特にああいう天才肌の娘なら猶のことです」


 眼鏡を外してレンズを拭き出した上司に部下は徐々に青ざめていく。これは釣鐘つりがねが苛立っているときに見せる仕草であったからだ。


「納税義務を果たす人々は我々の守るべき国民です。ナイフで犯罪者の喉を捌こうが、目玉に刃物を突き立てようが、別によいではありませんか。別に我々S課が取り締まる領分でもない――――違いますか?」


 釣鐘つりがねたちは大きな犯罪組織からは目を背けて、チマチマと国民たちから駐禁を取ることに勤しむような、そんなしみったれた部署ではない。


 S・国内対策課。それは人類存続に貢献する部署。価値の高いパイロットを擁護することで国の経済に貢献する事はあっても、わずかな犯罪を目くじらを立てて取り締まり、国の税収に損害を出すなどあってはならないのだ。






<放送中>


 パイロットになってからしゃかりきに続けていた訓練をピタリと止めて3日目。綺羅星きらぼしヒカルは有料休憩所の一角でぼんやりと過ごしていた。


 気が抜けている。基礎体力作りもシミュレーションもやろうという熱が入らない。あの日、海洋から帰還して叩きつけるようにロッカーに押し込んだままのパイロットスーツは、そろそろ海水と汗によって異臭を放っている頃だろう。


 テーブルのグラスには氷が解けて水の層を作っている炭酸飲料の飲み残し。その上澄みのような薄っぺらい液体が、まるで自分のように思えてヒカルの心は酷くささくれた。


(ちくしょう……)


 思い出すのは数日前の出撃での出来事。ヒカルはあのチームで自分が完全なお飾りであったと自覚せざるを得なかった。


 もはや戦闘以前の問題。戦う前から綺羅星きらぼしヒカルはあの空間ステージに立てない三流役者として弾き出されていた。実力不足の足手まといとして。


 マシントラブルから復帰できなかった。合体もまともにできなかった。やった事と言えば指示通りトリガーを引いてビームを撃ったくらい。それさえ決定打にはならず、最後はもうひとりのチームメイトがトドメをかっさらっていった。


 ヒカルのシミュレーションでの対戦成績は最上位に位置する。その成果は少なからずヒカルの自尊心を満足させていた。


 そして同時に、ヒカルの上に位置するエースパイロットへと自分が肉薄できる可能性を感じて、その手応えを信じていたのだ。自分ならあの女を超えられると。


 ――――思っていたすべては独りよがりの妄想だったと理解したとき、ヒカルの心からパイロットとしての熱が消えた。


 どんな訓練をしようと勝てない。その事実を綺羅星きらぼしヒカルというパイロットを構成する何かが認めてしまったのだ。


「こぉんにちわぁ! じょぉしパイロッ、女子パイロォッ!」


「ひっ!? 誰!?」


 突然耳元で上げられた奇声に仰け反ったヒカルは、顔に息がかかるほどの位置にいた男に恐怖を覚えて萎縮する。


 心の奥に押し込んでいた恐ろしい記憶。スラムで複数人の暴漢に襲われかかった事が頭を駆け巡り、体が無意識に硬直してしまう。


 テーブルに片手を乗せ、上半身を乗り出す形で迫っていたのはピエロ。顔にピエロの化粧をした小汚い男だった。


(こいつ……確かアウト。アウト・レリック)


 幼馴染の三島が『この基地で絶対に近づいてはいけない人物』の筆頭として名を出した人物。


 あらゆる学問において天才の名をほしいままにする人物であり、極めて難解なスーパーロボット関連の技術開発において特に才能を発揮したことで、三島のように国から特別待遇を受けている男だ。


 だがしかし、そんな超頭脳の代わりに人間として持っているべきものを残らず置き忘れた人物でもある。


 倫理観ゼロ。道徳観無し。常識などとっくの昔に放棄した異常者。初めから危険と分かっている人体実験を平然と行い、子供を含む数名を殺害している過去さえある。


 それがこの男。誰が呼んだか『狂人アウト』。


 アウト・レリックという冗談のような名前も正真正銘本名というのだから、まさに名を体で表しすぎた男だった。


「女ぉ子パイロッ、お悩みのようだ。エロサイトのパスワードでも忘れたのかね? ジョークだよ、ひははははっ―――ゴホッ、ゴホッ! ゴッ、おぇ―――あ゛ぁ……ヴんッ! 失礼。喉にきな粉がね」


 ヒカルは思わず周囲を見回した。しかし、その場にいた大人もパイロットたちも目を背ける。その態度だけで『絶対に関わりたくない』と言っているのが分かった少女は、ますます這い上がってくる恐怖に身が震えるのを堪えられなかった。


「言わずとも分かっているんだ女ぉ子パイロッ。キミは実力不足で、才能不足で、悩んでいるんだろう?」


 真っ白に塗りたくられた顔を近づけられ、ヒカルは少しでも男から離れようと背もたれにへばりついていく。


 そこへさらに緑色の星マークが描かれた片目が覗き込むようにズイッと近づき、これ以上逃げる余地のないヒカルはいよいよ泣きそうになりながら身を固くした。


「そんなキミがライバルに勝てる方法があるよぉ? ――――おひとついかが?」


 いつのまにか差し出されていた手袋をはめた手から、ポンッと造花が現れた。


「いつでも連絡をくれたまえ。もちろん朝食と昼食とおやつと夕食と夜食と入浴とトイレと睡眠中以外で。もぉちろんラボに来てくれてもいい。そのときは不在票を忘れずに。ジョークだよ。――――それでは! 女ぉぉぉぉ子パイロッ! ご機嫌ようサヨウナラッ!」


 騒然とした場に頓着せず、ひとり大声でドスコイドスコイと四股を踏みながら去っていく男。その場のすべての人間が通り魔にでも襲われたような気分で呆然とする。


 その中にあってまだ震えの収まらない指で造花を摘まんだヒカルは、花の端に見える文字を見つけて紙製の花びらを解いた。


 書かれていたのは個人端末への連絡先。そして『強さは作れる』という奇妙な一文。


 ――――しばらくして共通の友人ティコを連れた三島が休憩所を訪れ、このところのヒカルの様子を二人は心配してきた。


 そんな二人を疲れていたからという強引な言い訳で押し切ったヒカルは、明日から訓練に戻ると約束して一人で帰ることにする。


 手の中に握りこんだ造花の話を、ヒカルは何故か友人たちにしなかった。







「なんか足痛え」


 基地からの帰宅の最中にどうにも両足の裏が痛むことに気が付いた。日焼けでもしたみたいなヒリヒリとした痛みで腫れぼったい。功夫ライダーのクラッチ操作がしんどいくらいだ。


《だから無理しないほうがいいって言ったジャン。オーバーワークだヨ》


「たかだか2時間そこらの訓練だぞ。運動部連中が聞いたら鼻で笑うわ」


 あいつらマゾなんじゃねえかってくらい練習に時間かけるからな。ホントに身になってるかどうかはしらねえけど。練習量を担保にして自己暗示かけてんじゃねえの?


《忘れたの? 低ちゃんの皮膚や粘膜は強くならないって話をしたじゃナイ。足も炎症を起こすだけで皮膚は厚くならないんだヨ》


「……ま?」


《ま。拳と一緒で足にもタコとか出来ないの。低ちゃんのお肌はいつまでも赤ちゃんスキンのままなのヨサ》


「まーじかー。足もかよ」


 オレの体は前回の死亡後にリスタート用として、完全な運任せのダイスロールによってポテンシャルが決められた代物だ。

 あんときゃ運がブッ壊れたのか、ありえないくらい良い目を引きまくって今の高性能な体を手に入れた。


 けどいくつかの項目がその良い目同士で干渉してるとかで、よくわからん事で面倒事が起きている。そのひとつがこの『体を鍛えにくい』だ。


 正確には『皮膚と粘膜の耐久力をつけにくい』か? 擦ったりするとすぐ皮膚が破けて怪我をしちまう。

 普通なら何度かマメを潰しながら皮膚が分厚くなっていくもんだが、オレは体の再生能力が正確すぎるのか、皮膚がかさまし・・・・されずに『元の状態に戻ってしまう』のだ。


 だから物を殴って拳を作ったり、素足で走りこんで足の裏を鍛えたり、熱めのお湯と冷たい水を交互にかけて初めて剥いたマイサンを鍛えたりできない。


 息子のほうは家出中だからそもそも鍛えようがないがな。オレの16気筒V字エンジン、次のリスタートまでには帰ってこいよぉ。


《肌がずっときれいなままって、人によっては喉から手が出るほど欲しいものだゾ? 美容の話をするときは気をつけたほうがイイな。妬み系女子に刺されるゾイ》


 好きでなったんじゃねえんだがなぁ。……真面目な話、パイロット稼業としちゃこれだけの性能を持ってる体なら些細な事と思わんでもないがよ。


 性別の事もそうだが、この強力な体でなんとか視聴率を稼いで次のリスタートには男に戻りたいもんだ。


「はぁ、こりゃ功夫の慣らし運転どころじゃねえな。さっさと帰るか」


 爺に預けていたクンフーマスター用のコックピットバイク『功夫ライダー』。本来は来週の頭あたりまで預けておく予定だったが、昨日の襲撃を受けて危機感を持ったらしい爺たちが突貫でデータ取りをしたらしい。


 おかげで早々に戻ってきた功夫ライダーだが、この機会に過去のデータを一旦抹消して乗り手のクセが無い空白ブランク状態に戻したって話だった。


 というかつーか、初めに預けられたときは前任パイロットの操作データが残ったままだったんだと。そりゃ違和感も感じるわな。


 データにある動きなら車体が自動で補助してくれるから、素人でも難しい操作がスムーズになるメリットがあるってんで、もしもの時用に経験値データを残していたらしい。


 でも素人じゃないオレからすれば有難迷惑。車体側から受ける勝手な補助のせいで操作感覚が狂ってしまい、ひたすら邪魔に感じるだけだったと。


 自転車に乗れる人間に補助輪なんて逆に迷惑だものな。道理でフィーリングが合わないわけだぜ。


 それまでバイク側に動かされる操作感が気持ち悪いから敬遠していた功夫だが、戻ってきてからは俄然乗りやすくなった。

 これなら車を買える年齢まで繋ぎにしてもいいな。使えるマシンなら歓迎だ。もう無理にミニカーゴを買うこともないか。


《そーだネ。早く帰って水着のはっちゃんとなっちゃんと一緒に、ヌルヌルのオイルマッサージでリフレッシュしようヌルー》


人の家人んちをいかがわしいサービスのマッサージ店みたいに言うな」


 まあ職業に貴賤はえがよ。どんな形で体張ろうが犯罪で金を得る連中よりかは真面目なもんさ。けど勤めるにしても年齢的にせめてあと5、6年は後だろうがよ。いかがわしい。


 そもそもパイロットやって十分稼いでりゃ、そのテの仕事は選択肢に入らない職業だろ。あと家にあるオイルは食用と機械油だけだ。それ以外には使わねえよ。


《低ちゃんは法子ちゃんくらいのほうが好みかニャ?》


「好みとかの話じゃねえ。知り合いで妄想を膨らませるな」


《こんなスーツちゃんに一言言わせてほしい》


「どうぞ」


《当店はあくまでマッサージ店でっす。健全なお店に低ちゃんは何を想像したのかナー?》


「O・DA・MA・RI! バイクの操作を誤るような事を言うな!」

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