第69話 『飛ぶパンチ』の有用性!? それは浪漫だ!
月曜火曜と休んじまったから訓練はキツめでやる。特に反射と持久力はすぐ落ちるからな。パイロットによって重視する能力は違うだろうが、このふたつはオレにとっちゃ重要な項目だ。
反射は『思考加速』があれば大丈夫だと思うだろ? 大外れなんだわコレが。いくら思考が回っても現実の肉体は等倍の速度でしか動かないのさ。ゆっくりに感じる時間のなかで、これまたゆっくりの体を動かすことになる。体の反応が遅れたらあんま意味が
《低ちゃん、星川ちゃんが吐きそう》
(自分のペースでやれって言っただろうが。何してんだよ)
グラウンドの端でアップしてたら星川たちに捕まって合同訓練に付き合うことになった。
ダッシュ
「星川、無理するな」
「だひ、だひ、だひよう、ぶ……」
(大丈夫も言えないくらい、いっぱいいっぱいじゃねーか)
《ちょっと休ませたほうがいいのぅ。低ちゃんもマーライオンの横で訓練は嫌じゃろ》
しょうがねえな。他にも走ってるヤツはいるんだからコース上は邪魔だ。
「呼吸を整えてろ」
下からすくい上げて星川を抱える。んー、40キロあるか? この体は素でパワーがあるから体感の重量感覚がイマイチ分らんな。重いと思って持ち上げたものがメッチャ軽かった、みたいな拍子抜けの感覚を受ける事がよくある。
そのままグラウンドの外に連れて行く。うーわ、こいつ汗がドバドバ出てるぞ。ピンクのジャージの首回りとかビチョビチョじゃねーか。
「たま、たまひゃぎさん」
体に熱がこもってるな。さっさと涼しいところに寝かせねえと。
《うーん、お姫様抱っこで身も心も茹で上がりは上々》
(距離があるなら肩に担ぐんだがな。近いと逆にそこまでやるのは面倒臭え)
「…マイム、大丈夫?」
マイペースで走ってた水色ジャージの雪泉がマラソンを切り上げてやってきた。他のメンバーもこっちにやってきている。
寝かせた星川のジャージの前を開けてやるとシャツが透けるほど大汗かいてるのが分かる。おまえの根性は認めるが無茶してもペースが乱れるだけだぞ。
《ジャージと同じピンクのブラ。分かってるぅ♪》
(具合悪くなってるガキをエロい目で見るな)
「飲み物買ってきたぞ、マイム」
「ありがと……ノッチー」
ひとりだけ別に行動した槍先がグラウンド近くの自販機からジュースを買って戻ってきた。これで意外と頭が回るというか、女にしては別行動を厭わないなコイツ。女のグループって用もないのに何かにつけて一緒に行動するようなイメージがあるんだが。
(……そういや何でコイツのあだ名はノッチーなんだ? 槍先切子なのによ)
《コスプレネームとか?》
(痛たたたッ)
「なあ、ノッチーってどういう由来なんだ?」
思わず近くに来た湯ヶ島に聞いちまったぜ………黄色のジャージなんて売ってるんだな、バラエティでしか見たことないぞ。
「え? あ、そっか。玉鍵さんが知ってるわけないよね」
「ちょおっ、ゆっちゃん! 待った!」
「ノコギリと血、ブラッドでノッチーなんだヨ」
「ゆうちゃん! なんで言うんだよぉー!」
湯ヶ島を抑えている間に中華圏から来た
「どういう事だ?」
「小学生の時、ワタシが『
《Oh、バイオザンス!》
(バイオレンスな。なかなかいいとこあるじゃんか)
《ノコギリ振り回しても?》
(男子相手ならいいんじゃね? まーガキのうちは女のほうが体格良くて強かったりするがな)
「…メチャクチャに振り回したあげく自分の足を切って大騒ぎになった。相手は無傷」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!! 若かった、若かったんだよぉぉぉッ!」
当人にとっちゃ黒歴史のようだな。助けに行って自爆してたらそりゃそうか。
「キリコはワタシのヒーローなのヨ」
それでも
「うるさいよぉッッッ! 切子は人生であと何回これを言われるんだぁぁぁぁッ!!」
星川を寝かせに来たのに槍先の方が悶絶して簡易休憩所の床を転げまわっている。なんだコレ。
《むしろ切子ちゃんが出血するくらい大怪我したからよかったんだろうねー。でなきゃ隠蔽されちゃったんじゃない?》
(だな。教師はもとより、いじめてた男子も女子がダラダラ血を流してたらさすがに青ざめたろうよ)
これで男子の方が怪我してたら自分のガキの不始末を棚に上げたモンペが出てきたりして、もっとややこしくなったかもな。結果論だが一番うまいところに落ちたのかもしれん。
「槍先、頑張ったんだな。すごいぞ」
「へ? あ、え、…………はうっ!」
「……心停止。死亡、確認」
なんか身内のコントが始まったからオレは訓練に戻るか。この愉快なメンバーに囲まれてりゃ星川も大丈夫だろ。
<放送中>
「つ、疲れたぁ……」
ロッカーのドアを開けて替えの下着などが入ったポーチを取り出しシャワーに向かう。人によってはシャワー後に下着姿で髪を乾かしたり休んでいるのに抵抗があるので制服ごと持っていくが、星川は下着でもくつろげるのでこれと自前の入浴セット、そして化粧品だけである。
フェイスタオルやバスタオルは無料の物が常備されているのでそれを使っている。ボディソープなども無料の物があるものの、無料相応の質の低い品なのでこちらはあまり使いたくなかった。
「玉鍵さんと同じメニューは無理だよ。最初の一本目から何メートルも離されてたじゃない」
連れだってシャワーに来た湯ヶ島が完全にフラフラの星川に苦笑した。その体の一部を担う質量が笑うたびに揺れるのを見て、マイムはなんとも言えないしょっぱい気分になってしまう。
「分かってるわよ。でも一度くらい挑戦したかったの」
同じ14年間生きてきたはずの相手と自分の差を、数字からではなく体で実感したかった。
(瞬発力も持久力も話にならなかった。玉鍵さんは何本走っても全然ペースが落ちない)
もちろん玉鍵とて人間なのだからいずれはバテるだろう。しかし体力切れになるまでの時間は星川に比べて圧倒的に長い。自分が吐き気を催すほどフラフラになっているのに、玉鍵はこちらを心配して休憩所まで運んでくれるほど体力を残している。
これこそがエースとの差。下地の違い。それが実感できただけでも星川にとっては収穫だった。追いかける背中を見ずして一直線に走ることは出来ないのだから。
(うぅ、でもあんな汗だくでお姫様抱っこされるなんて……)
ただでさえ汗をかいているところに、あんなカッコイイ事をされてはたまらない。星川は疲労と羞恥で全身の水分という水分が抜けるほど汗をかいた気がした。
「うん。体力づくりは大事だよね。ランニングなんて意味ないって言ってた子、みんな死んじゃったもの」
ぬるいシャワーを気持ちよくかぶり続けていたとき、隣の湯ヶ島がシャワー音に紛れてしまいそうな声でポツリと呟く。
確かに意味は無かっただろう。ただし、初めての出撃の日だけはだ。
人の基礎体力や筋力は1週間そこらでつくものではない。だから訓練するにしてもシミュレーション訓練を優先すべきだと言っていた少年たちがいた。
これに星川も同意する。確かにそれも間違いではないだろうと。
だが同時に思う。それで、ご高説を宣う彼らはいつから基礎作りを始めるのか。そもそもパイロットになる前から、あの少年たちはまともな運動をしていたのか?
青白いヒョロい体やたるんだ体でゲームのコントローラーを持っているだけで、本当に飛んだり跳ねたりするロボットを操縦できると思っていたのだろうか?
ゲームだけが取り柄なんて設定の、アニメの主人公のように。
(運動音痴が活躍できるほどロボットの戦闘は甘くないわよ)
謎の配信映像『スーパーチャンネル』には機体の撃破シーンだけでなく、コックピット内のパイロットが死ぬ場面も映ることがある。
その中には重力負荷に耐えられずに失神してそのまま撃破されるものや、同じく負荷のために手足が思うように動かせず、操作を誤って死ぬシーンなども流れることもあった。
体力が、筋力が、あともう少しあれば生き残れた。配信を見ればそれが嫌でも分かる。
スーパーチャンネルは彼らの最後と死因を映し出す。
戦いが膠着したことによる疲労からくる判断ミス、反射の遅れが見えるシーンなど、一見すると素人には伝わり辛い状況もスーパーチャンネルは映像に工夫がなされ、判り易く表示されるのだ。
そのパイロットが
パイロットの死因は敵に殺される事ばかりではない。中には戦闘中に味方の流れ弾で死んだケースや、単なる操作ミスで死んだパイロットもいる。
最近では基地中のヘイトを一気に買った太陽桃香の死因『パニックになって、真空中にメットのバイザーも下げずに
それらも残らずスーパーチャンネルは映し出す。たとえ、どんなに残酷な死に方でも。
戦いをゲームの延長と捉えていた同級生はもう誰もいない。ある者は死に、ある者は逃げ、そしてある者は実感した。
鍛えなければ死ぬと。
そういう意味ではあの忌々しいセクハラコーチ速水の前時代的訓練は、死んだ少年たちよりは理に適っていたのかもしれない。
「ふぃーっ、訓練終わりのシャワーは染みるねぇ!」
「キリコはおっさん臭いナ」
遅れて入ってきた槍先と
この都市にある学校は同じ区画に幼年から大学まである一貫校。同級生くらいならば大抵の生徒の顔は知っている同士。それだけに
それだけに
(私が玉鍵さんに助けてもらったようなものね……思えばこんな風にシャワーを浴びたり、ずっと一緒にいる友達っていなかったな)
学校で表面上は話したりしても、一緒に帰って遊んだりはしなかった。下手の頼み方ではあるが掃除を押し付けられり、宿題を写させられたり、それでいてグループには加えてもらえなかった気がする。
(わ、私って……もしかしてボッチ? ボッチだったの? いいように使われるだけの便利な……ボッチ?)
星川の脳が気付いてはいけない何かに気が付いた。それはとてつもない脱力を伴い、抗いようのない脱力を感じた少女は膝から崩れ落ちる。ぐるぐると脳内を回るのは、気付かないフリをしていた周囲の状況。
そして決定的な『フリーの班分け』の記憶が頭をよぎったとき――――
「―――――きゃあ!? なななな、何!?」
「…いや、良いお尻が見えたから」
シャワー室でへたり込んでいる星川の尻を見つけた雪泉が、そっと近づいてペロンとお尻を撫でたのだ。
「なんだマイム、足に
「アー、玉鍵サンのダッシュに付き合ったからナ」
「シャワー出たら軽くマッサージしよっか」
過去の星川マイムの痛みはきっと消えない。けれど気安く話しかけ、付き合ってくれる友人たちが今の星川マイムにはいる。
「もう、びっくりしたわよ」
筋肉疲労で震える足を気にせず立ち上がる。暖かい世界がここにある。膝を折る心の寒さは、もうマイムには無いのだ。
「
「たまちゃんも絶対気に入るわよ! 見て、この翼のスーパーらしいライン!」
数日分の怠慢を取り戻すためにスーツちゃんに頼んで、30分ほど帰宅時間を遅らせて訓練を延長した。前にいたD区画のマンションに比べて、A区画にある今の寮なら安全度も高い。治安で問題になるスラムは無いし、計画停電もA区画は短いしな。
……気のせいかもしれんが、なんか星川たちとシャワーに入るとジロジロ見られてる気がしてゆっくり出来ないんだよなぁ。特に湯ヶ島。時間をズラしたいがために延長したわけじゃないぜ?
あの後も他で時間を潰してくっついてくる気だったようだが、オレは
(
《個人の嗜好として現実・アニメ問わずスーパーロボットが好きみたい。いわゆるオタク? 結構有名みたいだよ、美人なのに趣味が残念だって》
(趣味は放っといてやれ。自室に死ぬほど積みプラとかしてないかぎりな)
現実にデカいロボットが動いて戦ってる世界だもんな。ロボアニメオタクには夢のような世界だろうよ。アニメと違って見た目が主人公機っぽくてもポコポコ墜とされてしょっちゅう死人がでるがね。
「それで、(オレに)どうしろと?」
「うむ。こいつは嬢ちゃんに合わせて建造するんじゃ。ならパイロットの意見も必要と思ってな」
「飛べなかった機体が回を追って飛行能力を追加されるって燃えるわよねっ、それで飛行パーツと合体するために特訓するの!」
横で興奮しながら試作のコンピューターグラフィックスモデルを指さす長官ねーちゃんの、水を得たオタクらしい早口情報がうるさくてまったく頭に入らん。
『極秘の計画』と銘打たれたこの話はクンフーマスターの強化計画らしい。他にもなんたらかんたら
(すまんスーツちゃん、分かりやすく頼む。耳どころか脳が滑る)
《クンフーの強化パーツ案を立ち上げたんだって。弱点の飛行能力と攻撃手段の追加を考えているみたい。さらにクンフーマスターをベースにした新型機体もエリート層に提案するつもりらしいよ》
(ありがとう。たったそれだけの情報が
原因は長官ねーちゃんだ。
「嬢ちゃんはクンフーに付けるとしたら何を望む?」
「細かいことは出来なくていい。とにかく頑丈な事、より強力な一撃を打てること。後は使い勝手のいい飛び道具の追加」
所詮クンフーは10メートル級。どうしたって限界はあるだろうがな。
《頑丈さと火力は低ちゃんの好みだナ》
(これに尽きる。オレの最適解だよ)
ラッキーヒットで死にたくない。攻撃が通用しなくて死にたくない。たった1パーセントさえ勝ちの目が無い戦いなんざ御免だ。特に当たれば効くって火力は殺し合いに絶対必要だろ。相手が銃撃ってくるのにこっちは泥玉投げつけてたら話にならん。
「そうよ! ロケットパンチこそスーパーロボットの醍醐味よ!」
「それと手足は飛ばないようにしてくれ」
「《ファッ!?》」
(スーツちゃんまで……そんな驚くことか?)
《低ちゃんさぁ、ある意味スーパーロボットの歴史の半分を否定したに等しいゾ!》
「玉鍵さん、スーパーロボットの半分を否定するの!?」
シンクロしてんじゃねえよ。
「だからね、スーパーロボットの頑丈な腕を砲弾のように射出するのは理にかなった攻撃なのよ」
(オレは送迎の車の中でまで何を聞かされているんだろう)
《功夫ライダーはデータ取り込みでお爺ちゃんに預けたから、その代わりに送迎してくれてるんジャン。このくらいは料金のうちどす》
オレがこれまで乗ってきた功夫ライダーにはオレの操縦の癖が蓄積されている。それを解析して本体と言えるクンフーマスターにも共有するんだと。元から返すつもりだったからこれを機会にバイクを返上するつもりが、まぁーたよくわからんうちに会話の切っ掛けを逃しちまった。
広い後部座席の右側には長官ねーちゃんがいて、さっきから喋りっぱなしで聞いてるだけでも疲れるわ。
(この送迎車って揺れないし内装もいいな)
《国の重要人物が使ってる高級送迎車だからナ。お爺ちゃんも使ってるゾ》
見た目はレトロな乗用車だが個人携行程度のロケット弾なら耐えられるって触れ込みで、中身は装甲車クラスの防御力があるトンデモ車両だ。嘘か誠か、Sワールドの技術を流用したんじゃないかって噂があるくらいには頑丈らしい。
(高度な人工知能搭載車で、搭乗者を安全に運ぶためなら法令違反さえ犯すってんだからスゲーよな)
この車には人の運転手はいない。車自体が人工知能で制御されているのだ。大元の統括は会社のコンピューターが行っているが、細かい判断は車のAIが独自に行うらしい。
そのため稀にとんでもない方法で客を守ることがある。
例えば銃撃戦の起きてるビルに車ごと突っ込んで強引に客を回収したり、さらに追っ手の車両に体当たりして犯人を殺害したこともあるんだと。
《契約プランによるみたいだけど、共通して顧客の安全を優先するようプログラムされているみたい。上位プランだと車に武装まで付くってさ》
タクシー業界は戦争でもしてるのか?
<高屋敷様。ただいま当車両は複数の不審な車両から尾行を受けています。契約プランに乗っ取り、安全運転モードを顧客防衛モードに切り替えることを提案いたします>
「――――おもちゃ業界にとって福音となったロケットパンチ機能は、ってどういうこと?」
「不審者に尾行されていると言っている」
(やっと帰ってきたか。なんでロボットの武装の話から男の子の玩具まで話が飛んだんだ?)
《女の子同士で男の子の
(お黙り)
「CARS、本社へ連絡。直ちに顧客防衛モードへ」
<申し訳ありません。何らかの通信妨害を受けており本社と連絡が取れません。顧客防衛モード承りました>
法令速度で走っていた車両が急加速する。窓のシェードが濃くなり、長官ねーちゃんの好みらしい車内に流れていた古いアニメの主題歌がプツリと消えた。
(チッ、きな臭い話になってきたな。装甲車並みの相手にそこらの強盗が手を出すワケがねえぞ)
《この『CARS』の通信妨害って、軍レベルでも難しいはずだよ? 相手は普通じゃないだろうナ》
「玉鍵さん、心配しなくても大丈夫よ。この車は対戦車地雷でも壊せないんだから」
《フラグ乙》
(やめろっ、マジで何か踏みそうだろ!)
《ニャハハハ―――っ、ショック姿勢!》
(なに!?)
その瞬間、車が真上に吹っ飛んだ。濃いシェードの向こうに見えるのは爆発炎。思考加速を始めたオレの目には混じり合う炎の赤と煙の黒。
そしてはるか後方からこの車まで続く、ロケットの噴射煙の残り香がハッキリと見えた。
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