第65話 遊星たちの暗躍

<放送中>


 わずかな照明だけの狭苦しい一室で二人の男女が顔を突き合わせている。40代後半のやや太ましい女性と、30代後半ほどにも関わらず白髪の混じった男。


 星天の分家筋。土門の頭首と金工の頭首はS課の目を逃れるため、このような形での接触しか出来なくなっていた。


 事の発端は冥画の逮捕から連鎖的に起こった突然の『星天一族大解体』にある。


 次に海戸のクローン施設を抑えられ、月島の牧場・・が摘発され、太陽と木目の情報操作を暴かれ、地頭の度重なる性犯罪と不正契約が明るみに出た。火山に至っては数百人規模の死亡事故と地下都市を滅亡の危機に陥れた張本人として、他のどの分家よりも早く底辺層へと既に叩き落とされている。


 他の分家もいずれは底辺送りになるだろう。そして彼らの長である星天家もまたS課によって拘束され厳しい尋問を受けている。


 わずかに残った伝手を頼りに情報を集めた金工の頭首は、もはや頭を抱えるしかなかった。


「終わりだ。我らは恩知らず共に殺される理不尽を受ける未来しかないらしい」


 麻薬やクローン、人間牧場など人道にもとる行いをしている他家に比べ、金工は比較的穏当な商売を行っていた。基本は情報収集と技術スパイ、他企業への破壊工作が主であり殺人などはあまり・・・やってはいない。実に謙虚で真っ当な特権階級である。


 盗んだ情報を提供して助けてやった企業、犯罪を隠蔽して助けてやった成金は無数にいる。だというのに連中は手のひらを返してこちらを犯罪者呼ばわりする。金工にとってこれほどの理不尽を受けたのは初めての事だった。


「……星天家の伝手、エリート層への連絡はまだ取れないの?」


 土門の頭首はふがいない男に口を歪め、それでも自制して怒鳴りつけることはやめる。これは自分が好きにしていい部下ではない、親類なのだ。しかも彼女に残されたまだ・・自由に動ける手足でもある。へそを曲げられては彼女も困るのだ。


「パスが通らないんだよ! 星天の頭首でなければ直接回線は不可能だと言ってるだろ!」


 一族の中でもあの星天の老婆だけが他者に探知されずにエリート層と直接コンタクトを取れる存在だった。その老婆はすでに拘束され、居場所を突き止めようにも工作員が激減した現状では見つけるどころか、逆に金工の暗躍がS課に知られてしまう危険性のほうが高い。


 S・犯罪対策課。それはSワールドに関する事柄には絶大な権限を持つ組織。S犯罪、その一点に関しては権力も鼻薬も暴力さえも通じない。敵に回せばそれはそのまますべての国を敵に回すに等しい。


 さらにその最後に待ち構えているのは『Fever!!』だ。初めから人類に太刀打ちできる存在ではない。たとえ金工たち神聖不可侵なはずだった特権階級であっても。


「どんな方法でもいいの。エリートの支援者にコンタクトを取らないといけないわ。このままでは栄えある我ら星天に連なる者が地にまみれる。あってはならないことよ」


 土門もまた比較的穏便な商売でこの地下都市を栄えさせてきた一族。こんな通り魔のようなやり方で引きずりおろされるなど御免だった。


 外壁から天井にいたるまで多くの土地の権利を所有する土門。無茶な掘削から起きる落盤による死亡事故程度で裁かれることも、立ち退きに抵抗するものたちの見せしめとして、関わる平民家族を揃って生き埋めにすることが常套手段だった程度で殺されるわけにもいかない。


「……最近、火山に代わり新しい長官として小娘が来た」


 ストレスから精神が退行したのか、机に突っ伏して頭を抱えたままおかしな痙攣をしていた金工が震えをピタリと止めてそう呟く。


 だからなに? さっさと言え! そう怒鳴りつけたい。だが土門は何度か深呼吸して感情を押し殺す。こんなに我慢させられるのは金工のせいではない、自分たちに手の平を返した世間が悪いのだと自分に言い聞かせる。


「あの女はエリート層とコネがあるようだ。新型機を女の伝手でエリート層から一般に降ろしたらしい」


 机に突っ伏したままで金工は暗い瞳を土門に向ける。


「接触…………いえ、時間が惜しい。近いうちに招待・・しましょう」


 本来であれば冥画、あるいは月島の領分となる仕事。だが今動けるのは土門と金工の二家しかいない。畑違いでもやるしかないだろうと、土門は濃い化粧をした己の顔を悩ましいあまりにベタリと触る。指についたファンデーションは土門お気に入りのラメ入りパープルである。


『Fever!!』が強い反応を示すのは現役のパイロットを害したとき。それ以外であれば見逃すことが非常に多い。情報収集に長けた金工の得てきた情報によって、これまで集めた案件から『Fever!!』の介入傾向を星天家に連なる者たちは知っている。


 基地長官の拉致招待程度ならあの厄介な存在は見逃す。そう結論した二人は次に会う日取りと大まかな準備について話し合い、時間をずらしてその場を後にした。








(オレ、なにひとつ買い食いできない問題)


 特に何か買うでもなく店なんかを冷やかした後、全員小腹が空いたってんで休憩用の広場に立ち並ぶ露店に訪れた。


 いやもう臭っせえ。アレだ、フードパウダーの臭いだコレ。しかも売ってるもの全部かよ、嗅いでるだけで眩暈がしそうだぜ。


《そりゃそうニャー。外の売店で買えるジャンクフードなんて大抵はフードパウダーマシマシでしょ》


 あーもー、みんな食ってるのにひとりポツンで空気悪くする完全にノリの悪いヤツ状態じゃねーか。いや、いい。いい。おまえら申し訳なさそうにすんな、ガキはいっぱい食え食え。


 揃って街に繰り出したがいきなりコレかよ。そーだった、オレってこういう時の楽しみのひとつであるジャンキーなモンを買い食い出来ない体質だったわ。無理に食ってもガッツリ吐いちまうから余計に空気を悪くすることになる。


 付き合う相手としちゃ食い物問題ってのは結構深刻だ。同じものが食えないってのは意外と関係に亀裂が入るもんで、住む世界が違うんじゃないかってくらい壁を感じるからな。ブドウ糖と香料だけの『なんとか風味』のジュースでも飲むか。この体で初めて飲んで吐かなかった『オレンジ風味』なら飲めるだろ。


「はい。玉鍵さん」


「初宮?」


 向井と夏堀が申し訳なさそうにアメリカンドッグを食うなかで、初宮から手渡されたのは市販の食品シートにくるんだクッキー。それも明らかに手作りのものだった。


「私が作ったの。もちろんパウダーは入ってないよ……く、口に合うといいけど」


 ……ありがてぇ。


《はっちゃんが持ってたおっきいポーチはそういうことかー。低ちゃん用のおやつパックなり》


(オレは犬か。Bowwow!)


《犬だww 英語圏の》


「ありがとう、初宮」


 ザクザクと何度かに分けてかじる。せっかくの貰い物だ、碌に味わわずに一口や二口でパクリとはいかねえかんな。ありがてえありがてえ。


 シンプルなプレーンクッキーか。ちょいとダマがあって粉っぽいが、まあ手作りなんてこんなもんだろ。うまいうまい。腹減ってるし余計うまいわ。


「おー、女子りょく。私もひとつちょーだい」


 夏堀が茶化して手を伸ばす。だが初宮はやんわりとその手を掴んだ。


「これ玉鍵さんの分だから。ゴメンね」


「おぉ……女子ちから


 初宮と見つめあう形になった夏堀がなぜか微妙に怯んでる。こっちから初宮の顔は見えなかったが何を見たんだか。いくつあるか知らんがひとつくらい分けてやりゃいいのに。


「玉鍵は幸せそうに食べるな」


 おうおう、立ち食いで『トマトソース風味』の味がついた赤いゲルで口を汚してるヤツが抜かしやがる。ちなみにあのゲル物質はスーツちゃんの話だとトマトの成分が欠片も入ってないそうな。一般層だからまだ品質はマシだが、底辺に支給されるフードペーストに近いモンのようだ。


 つまり掛け値なしのジャンクフード。おまえら早死にしたくなきゃ控えとけよ。


「あ、ああ。すまん」


 みっともねえからアルコールティッシュを出して渡してやると向井は慌てて口元を拭った。ゴミはちゃんとダストボックスに捨てろよ。地下都市の警察は犯罪の取り締まりは不真面目なクセに罰金取りだけは熱心なんだから。


「……玉鍵さんて世話焼きだよね。男の子は勘違いするから気を付けたほうがいいよ?」


(へっ、オレに菓子なんて作ってくる初宮に言われたくねえや。ガキの面倒見てるだけさ)


《今の低ちゃんは女の子で同い年ナ。確かに最近は男から怪しい視線がチラホラ……》


(やめろぉッ! 恐い!)


「はっちゃんが言うと実感があるわね……どう? あれから」


 苦笑していた夏堀が声のトーンをひとつ落とした。その表情から見えるのは友人の現状に対する心配。


 似たような問題を抱えていた夏堀の悩みは解決している。夏堀とその家族の重荷であった火山親子は底辺送りとなり、晴れてこいつは自由な交流関係を取り戻した。


 親に頼み込まれて嫌々相手をしていた幼馴染の火山の息子はもういない。あー、名前なんだっけ? もういいか。すでに半死半生のガキが底辺層で生きていける訳がねえ。父親のほうはしぶとそうだけどよ。あっちは3回くらいは生き残りそうだ。


「……うん。大丈夫。平気―――」


「―――平気という感じじゃないな。それに誤魔化している人間の仕草だ」


 初宮の言葉を遮り、食い終わったアメリカンドッグの棒を口に入れたまま向井が指摘する。行儀が悪いからさっさと捨ててこい。


「はっちゃん!? 何かあったのね!」


 肩を掴まれた初宮は思わず夏堀から顔を背けるが、ちょうど隣にいるオレの顔を見てさらに気まずそうに俯いた。


「夏堀、ちょっと押さえておけ」


「……え? ちょ、ちょ、きゃっ、きゃあ!? 玉鍵さん、やめ、ひんッ」


 初宮の耳や脇、背中や首筋なんかもサワサワと掻く。指が産毛につくか付かないかのソフトタッチ。やってて自分がむず痒くなりそうなくすぐり攻撃だ。オラ、吐け吐け。


「見てるぅっ、向井君見てるからぁ!」


「ん? ああ、向井。ちょっと向こう見ててくれ」


「わわ、分かった」


「助けて! なっちゃん助けて!」


「んぅー? 聞こえんなぁー」


「なっちゃーんっ!?」


 ったく、10秒持たずに降参するならすぐ白状ゲロしろや。あとハアハア言って身を抱えるな。ガキなのになんかエロいぞ。


《今宵の奉納品、確かに受け取ったでおじゃる。はっちゃんの揺れるぷよぷよと真っ赤な顔、眼福であった》


(おまえは何を言ってるんだ)


 一旦身嗜みを整えて落ち着いたところで改めて尋問する。初宮も観念したようで、最近また家族から無茶なお願い連絡がしつこく来ていることを明かした。


(金玉潰れたタコのお見舞いに行け、か。しかも一度寮まで来た? ナメたことしてくれてんじゃねえの)


《警告。女の子が淫らに金玉なんて表現しちゃいけません。もうちょっとマイルドにタマタマと言いましょう》


(警告、じゃねーわ。淫らでもねーわ。あとタマタマって、それはそれでどうなんだ?)


「外を巡回してる警官に見つかって最終的には出て行ったけど。寮の関係者だってすごく粘られて」


《そりゃ娘が住んでるんだし、無関係ではないけどね。それでもA区画によく来れたニャア》


 A区画は住んでる人間以外が入ると警官から声掛けされたりするからな。特にペナルティがあるわけじゃないが、仕事以外だと他の区画の人間はかなり入り辛いはずだ。


 警察の確認に知らないで通したものの、後からすげえ量の着信があってゲンナリしたと、深ぁーい溜息をついた初宮。


 なるほどな、身内の恥だから知られたくなかったか……まあ自衛は出来たと考えりゃ成長してるよ。前の初宮なら抵抗する気力が無くなって、もう何もかも嫌になって親に従っていただろう。


「夏堀、むか―――もうこっち向いていいぞ向井」


「見てない。言われた通りオレは見てないからなっ」


「……向井君さぁ、それ言っちゃうと逆に怪しくなるよ?」


 呆れた夏堀のツッコミに『ぐっ』なんて言葉に詰まる向井。なんのかんのコイツもただの陰キャからマシになったな。まだ男友達の影が無いのが心配だがよ。陰キャが社会に出たら女友達なんざ何年も交流できないつるめねえぞ?


「(オレが)帰りにちょっと釘刺しに行く。親に……そうだな、次は公僕が来るぞと連絡しておいてくれ」


 初宮はオレのチームメイト。そのコンディションを乱すような話なら細メガネのオッサンも手を回してくれるだろう。


「私も私も! 一度ガツンと言っておかないとね」


「同行しよう。父親が出てきたら任せてくれ」


《友情パワーだっ》


(茶化すな)


 初宮の心情からすれば有難迷惑かもしれねえが、こういう話でケンに回って解決することはまず無い。親子の情を利用されてじわじわと相手に取り込まれるのがオチだ。後腐れなく関係を切り離すには外部の力がいる。


 でもでもと迷ったあげくにまーたノコノコと親の下に戻って、そのまま悲劇のヒロイン気取りながら人生支配されたいってんならもう知らん。心の呪縛が簡単に解けないのは理解するが、だからって延々と付き合うほど酔狂じゃねえ。


「ありがとう、みんな」


 ……初めにオレが親と切り離した責任もある。めんどくせえが口と拳のひとつくらいは振るってやるよ。






<放送中>


「これはまた……二週続けてとんでもない物が出ましたね」


 基地から極めて秘匿度の高い方法で連絡の入った釣鐘つりがねは、件の『相談された現物』を目の当たりにして眩暈がする思いだった。


 ここはSワールドで勝ち得た戦利品が出現する巨大倉庫。破損・汚損をしないよう相応の容器に入って現れる物品は、やはり損傷しないようスペースと順番を守って現れる。戦利品は得た順番ごとに所定の場所に出現し、これを人なり機械なりで撤去してスペースが空くと初めて次が出てくるのだ。


 これがもしも入手した端からボタボタ落ちてくるような仕掛けであったなら、この倉庫は食料から危険物質までごちゃ混ぜの汚染地帯になっているだろう。


 戦利品は項目ごとに整理されて別区画で24時間保管される。この24時間の間だけ該当の敵を倒したパイロットは優先的に安く品物を購入する権利がある。ただし戦利品は強制で国が買い取るため、国が『渡してもいい』という品を改めてパイロットに向けて卸すという形だ。


 戦利品の中には民間に流せない危険物などもあり、そういった場合は撃破したパイロットであろうと戦利品は提示されない。代わりに幾分報酬を高くすることで損得感を調整している。


 そして今回、釣鐘つりがねが相談を持ち掛けられた戦利品は『水質浄化装置の技術知識』。それ自体は人類でも開発して建造可能なシステム、だった・・・ものだ。


 現在各国で使われている水質浄化装置はすでに耐用年数を超えており、既存の設備を騙し騙し使っている状態である。


 ――――無いのだ。今の人類には大規模に水質改善を行うシステムを建造する知識と技術が。


 『Fever!!』の手による大破壊と人類の醜い争いによって生じた『技術の消失』と『知識層の消失』によって。


 人々はかつて獲得した知識と技術の継承、その多くに失敗したのだ。水質改善技術もまたそのひとつ。


 このまま行けば遠からず未曽有の水不足が起きる。それを分かりながらも有効な打開策はなく、国によってはすでにSワールドからの戦利品にある水資源に頼り切っているほど。


 そこに現れたこの戦利品。扱いを誤れば再び『Fever!!』の激怒を買うような、人類らしい愚かな争いが生まれるだろう。


(最後の明確な介入から10年以上。頭の緩い連中の中には懲りずに馬鹿な計画を立て出す輩も出始めている………前回の戦利品と同様に万全の体制を整えるまで秘匿したほうがいいでしょうね)


 前回の戦利品『物質転換機』は国の上層部に大変な混乱を巻き起こした。中にはこれを独占して我が国を人類の頂点に導くべし、などという脳にウジでも湧いているのかという妄言を垂れる老害まで出始める始末。


 幸い一度に得られる転換物は微量であることから他の権力者に相手にされなかったが、もしも量が多ければ彼らさえおかしな方向に舵を切りそうで釣鐘つりがねは心労が治まらない。


 なら、ここに来て新たに持ち込まれたこの爆弾を前にしたらどうなるか。


 物持ちのいい彼が愛用しているフレームの細い眼鏡を外し、釣鐘つりがねはストレスからジワリと滲んできた顔の油をハンカチで拭った。


(まだ渡していない分だけでも冬季とうきのスケジュールを組み直す必要がありそうですね)


 釣鐘つりがねの部下である『冬季とうきケイロン』は天才的な頭脳を持つ。ただしそれは先天的な障害によって生まれた一点集中的な才能であり、臨機応変な対応は一切出来ない人間だ。

 作業途中に『これは止めて別の仕事をしろ』などと言った日には、最低でもまる一日は混乱して使い物にならなくなる。そのため彼のスケジュール管理はどれだけ緊急の案件でも慎重に行う必要があった。


「たまちゃんは管理職泣かせですね」


 それまで後ろで黙っていた新長官が釣鐘つりがねの寄りかかっていた手すりにやってくる。下では厳重に管理されたコンテナに物々しい装備を身に着けた保安とS課の人員が張り付いており、どちらも相手を信用しない動きでコンテナを警備していた。


 今回の戦果もまた噂のエース『玉鍵たま』の取得物。他に2名のチームメイトがいるが、その活躍量を考えれば『玉鍵の戦果』と言って差し支えないほどの差があるというのが戦闘映像を見たほとんどの者の見解だった。


「ホント、エビでも獲ってきてくれれば十分だったんですけど」


 戦果に普通の海産物を期待したら魚でも貝でもなく、とんでもないお宝を掘り当ててきたエース。それも前回に引き続き二週続けての大当たりである。とんでもなく価値が高いのは分かっているが、持ち込まれる側としては『ちょっと待って』と言いたくなる代物だ。


 そして残念ながら機体のダメージが甚大であり、これ以上の継続した戦闘は不可能と判断した玉鍵たちはそのまま戦果1で帰還している。当初の目的であった海産物の取得は達成できなかった。


「はははっ、金銭的な報酬はなんとかします。ただ、これを『買い叩く』だけの代わりの権利や物品はしばらく調整させてください」


 この技術を開示すれば各国から支援なり報酬なりいくらでも融通できるだろう。ただしそれは最終的に、だ。開示するタイミングを誤るとまたおかしな事を言い出す連中が現れるに違いない。


 それ以外にも釣鐘つりがねたちなどが『水屋』と呼んでいる水質管理で財を得ている連中が、自分たちの利権を害されると工作を仕掛けてくる可能性が高い。


(かなり危ういですが………潰しきれなかった水星にトドメをさせるかもしれません)


 S課は星天家とその分家の悪事を暴き次々と逮捕している。だが連中と関係のある権力者の口から垂れ流されたによって、その実態をギリギリ隠しきった者たちもいた。


 土門、金工。そして――――水星。


 水星は人類が生きていくのになくてはならない水を利権としている一族。それだけに水関係の技術を人質に取られてしまうと強引に踏み込むことが難しかった。いくら国際的に強権を持つS課でも、自暴自棄になって水質浄化施設の爆破などされたら取り返しがつかない。


 そんな手詰まりを感じていた釣鐘つりがねを見かねるように、玉鍵というエースパイロットから贈られたのが、この『戦利品』。


「絶対に無駄にはしません。私も安全で安い飲料水が飲みたいですからね」


 少しおどけてニコリと笑った釣鐘つりがねは、新任の女性長官に真顔で『恐っ』と呟かれてちょっとだけ傷ついた。


 自分の笑顔を見ても動じない相手というのは希少であることを彼は再認識する。例えばこの話の中心にいるエースパイロット、玉鍵などは非常にレアケースなのだなと。


 あと十年若ければ。そんな事を思い浮かべてしまった釣鐘つりがねは自嘲気味に笑い、近くにいた部下や長官の護衛を無駄に青ざめさせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る