第60話 凡人タルトと天才ケーキの一戦
<放送中>
「……どうも」
「畏まることはないさ。同級生じゃないか」
にこやかに笑んでいるようでいて、どこか実験材料でも観察しているような気配を持つ少女に、夏堀は内心に湧き上がる警戒心を解けない。
ワインレッドの深い色合いが映える美しい絨毯の敷かれた有料制の休憩所。その施設に併設された高級店舗の中でも、どれだけお金が入ろうと自分だけでは気後れして利用できないフルーツパーラーにおいて、夏堀は三島ミコトという学生服に白衣を突っかけた少女とふたりだけで面会していた。
「ここはフルーツパーラーの名前の通り、フルーツを使ったスィーツが美味しい。反面、生クリームがいまいちなんだよねえ。不味くはないけれどさ。いや、キミは見る目があるね。フルーツのタルトは正解だ」
三島の前に並んだ高価なケーキ類は5種類。いずれも一切れ2万越えの品であり、その中のひとつは3万越えの期間限定のスペシャルケーキである。
間違いなく美味しそうではあるが、メニューから合計金額を換算した夏堀は食欲を節制心が上回るのを感じた。
それでも見栄と付き合いという意味で、自分もひとつは注文しなければならないのが頭の痛いところ。
このパーラーでは雰囲気作りも兼ねて、古典的に店員が直接注文を受けるという形式を取っている。
夏堀は緊張のあまり微妙に震える手でメニューを指さして注文したため、頼みたかったケーキとは別のタルト系を指してしまっていた。
(これで2万、これで2万)
やってきた一口数千円のイチジクのタルト。夏堀はイチジクというものが何なのか分からなかったが、三島の発言を反芻してイチジクとはフルーツの一種なんだと当たりをつけた。
玉鍵と付き合うようになってからというもの、これまで食べたことのない様々な料理や食材を知る機会が劇的に増えている。
というのも、玉鍵はよく自分で作った食事を昼食時などに分けてくれるのだ。その中には夏堀の知らない食材も頻繁にあり、口数の少ない彼女とコミュニケーションを取ることも兼ねて、なるべく材料を尋ねるようにしていた。
(ピーマンみたいだけど苦くないパプリカって野菜とか、エリート層でもあまり食べないんじゃないかな? ホント玉鍵さん、色々な食材を知ってるなぁ)
一般層である地下都市では主に量を優先するため、生産される食材の品目数が絞られる。特に近い成分を持つ食材は選別される傾向があり、エリート層に比べて流通している食材の種類自体が乏しい。
そのためもあって低所得層の人間ほど代わり映えのしない料理のサイクルが続く。過去には知っている食材の種類が多いほど裕福な傾向がある、という国の調査結果まであった。
(今は訳アリの一人暮らしでも、たぶん元は良いトコのお嬢様なんだろうなぁ……)
それを裏付けるというほどではないかもしれないが、かの少女は質の悪い食品が口に出来ない体質であるらしく、安かろう悪かろうの学食などは一切利用していない。
前に学食由来の食事のにおいを嗅いだとき、夏堀は気にならない程度の臭いでも顔をしかめるほどである。
では普段どんな高級店で食事をしているのかと言えば、玉鍵は先の通りもっぱら自炊をメインにしている。
たまに高級なオーガニックレストランも利用しているようだが、彼女の稼ぎを考えればさほど贅沢というほどでもないだろう。それに初宮の話では自分の料理に反映させるためでもあるらしく、驚いたことに結構なレパートリーを習得しているという。
一緒に暮らしている初宮はもちろんとして、よく昼食を共にする夏堀もおすそ分けとして渡されることがあるのだが、それがまた非常に美味しい。そのせいか明らかに自分たちの舌も肥えていくのが分かり困っているほどだ。
その一方で、今まで感じたことのないほど体調が充実していくのも分かる。質の良い食事を摂るとは体にとってこうも違うのかと、自分の短い髪でさえ分かるほど艶の出た頭髪を見て唸る毎日だ。
後で初宮から聞いた食費の桁に、思わず乾いた笑いが漏れてしまったが。
それでも値段相応。紛い物も少なくない地下都市であるからには、すべて本物の食材だけを使っているだけマシだろう。
目の前にいる三島といい、やはりお金のある人間は食事からして違うと痛感する。
夏堀は貧乏というほど低所得の家庭の生まれではないものの、それでも三人もの子供を持つ家庭というのは家計が常に火の車だ。小さな金額でも抑えるべきところは徹底して抑えないと、積もり積もってすぐ足が出ることになる。
そういった日々の節約意識を教育されてきた夏堀にとって、このところ触れる生活グレードの落差はショッキングであった。
「まずは口の滑りを良くしようか」
三島が話の前に一口と、フォークを持ち出したのを見て夏堀も付き合う。
パーラー内を満たす清潔感のある照明に照らされ、甘い光沢を見せるイチジクの果肉。その光景を見て、以前に玉鍵が言っていたウンチクをふと思い出す。
ゼラチンというゼリーに使う物質で薄くコーティングすることで、切った果肉に生じる酸化の黒ずみを予防しているとかなんとか。そんな話を大真面目に語る美しい少女の事を思い出しながら、イチジクというフルーツに優しくフォークを入れる。
プリッとした弾力が伝わり、その下に充填されたカスタードクリームが圧を受けて飛び出て、さらにフォークを進めるとタルト生地の固い土台に突き当たった。
「あまり音を立てるものではないよ」
生地の固さについ力を入れてしまい、割れたタルトの下にあるお皿まで叩いてカチンという音が出てしまう。
ケーキなど食べ慣れない
「失礼。バカにしたわけじゃないんだ」
ヘラリと笑った気がした三島の顔を想像した夏堀は、チョコケーキの茶色で唇周りをヌラヌラにした彼女を見て目が点になった。いい年の中学生がどんな食べ方をしたらそんな幼児のような顔になるのかと。
「迷惑をかけない程度に好きに食べればいいのさ」
本当におかしそうに、けれど陰険な感じにクックックと笑う口元ベトベト少女の姿に、微妙に馬鹿らしくなった夏堀はカスタードまみれのイチジクの果肉にフォークを突き立てる。
「それで、どういった話?」
ここに夏堀を呼んだのは三島。呼びつけた礼儀と言うように、こちらの入場料を肩代わりするというので夏堀もこの怪しい呼び出しに応じたのだ。
女子らしからず口元を汚した三島を見ていると、夏堀はもっと小さかった頃の弟を相手にしているような気分になる。そうなると先程まで感じていた気後れの無くなった夏堀は、ストレートに本題に入るよう促した。
「なに、ハブられた同士で親睦を深めようと思っただけさ」
ハブられる。という単語に一瞬だけ頭を巡らした夏堀は、三島が玉鍵の事を言っていると考えがついて強く眉を顰める。
別にハブられてはいない。玉鍵は
「本当にそう思うかい?」
思っただけで口に出していないはずの事を言い当てられ、切り分けたイチジクを持ち上げようとしたフォークが止まる。
「これは自慢だけど、うちのヒカルも戦績は中々なんだよ? そしてキャスリンというパイロットも戦績は上位だ。さすがに玉鍵には敵うべくもないけれど、彼女たちがチームを組むのは
夏堀のほうを見ることなくチョコケーキをやっつけ、順番を決めていたらしい二つ目のケーキに取り掛かった三島に夏堀はフォークを置く。
「何が言いたいの?」
「凡人が才能のある者の足枷になるのはよくない、そう思わないかい?」
ステージが近い者同士で固まるのが道理だろう。ミントの葉を避けたあとは碌に崩さず、口いっぱいにレアチーズケーキを詰め込んでいたのではっきりと聞き取れなかったが、三島はおそらくはそのように締めた。
直後、目の前で露骨にガキッという音を立てた皿に、三島が今日初めて夏堀の目を見る。
「そうね。私も貴方のところの綺羅星さん
一太刀。暗に含んだ言葉で夏堀はこの鼻持ちならない天才少女に切りつける。
――――おまえの
フォークを突き立てられたタルトの生地はやはり固く、その先端は刺さることなく生地がバラバラになっていた。
(ゼッター3号機、最終チェック。火器)
《30ミリバルカン2門、1200×2発。対空・対地・対水のマルチミサイル二基、装弾数30×2。オプションで追加した高速魚雷4、虎の子の特大ドリル魚雷1。ほぼ積載量ギリギリ、メッチャ重い》
ちょいと欲張り過ぎたか? 特にドリル(笑)。海洋フィールドだし機銃の弾くらいは下ろしてもよかったかもな。でも今回はなぁ……ウェイトバランスが崩れそうでおっかねえからそのままだ。
つーか、ミサイルの弾数がふざけてるな。ゼッター特有の合体機構の応用で、『その場で生成』するミサイルだから装着箇所も積載重量も取らないらしい。撃った端からニョキと生えるんだぜ、このミサイル。
《あの二人を
(保険だ。結局マクスウェルも合体成功率5割、綺羅星に至っちゃ2割切ってるからな)
贔屓目無しで頑張っちゃいた。が、時間の方がどうしようもねえ。もう一月そこらじっくり訓練すればマクスウェルは7割強、綺羅星も4割からギリ5割いけんだろがよ。どだい機種転換に4、5日は短か過ぎって話だ。
(当人たちも事前の約束で合体成功率が7割越えなきゃ自動操縦に任せるって、ハッキリ了承してるしな)
どのみち用があるのは
それに色々乗ってるオレでもこのやんちゃなロボットは持て余し気味だからよ。合体とかスーツちゃんのサポート無しだとかなりヒヤヒヤするしな。マジであいつらは頑張ってるほうさ。
まあゼッターは謎の多いスーパー系動力の中でも特に謎だらけのシステムで、何が影響してるのかさっぱり分からねえが有人のほうがパワーが出るって話だし。ならまったくのお荷物ってワケじゃねえよ。
たーだ、悪いが口約束だから信用はしてねえ。重武装はそのためだ。
ゼッターのパーツ機である3機の戦闘機は何気にそれぞれ性能が違う。旋回性が高く格闘戦に向いた1号機、加速も良く高速戦闘に向いた2号機、そして積載量が多く頑丈な3号機だ。
1号2号が正統派の空戦用、
大昔の戦闘機で言えば、空戦も地上攻撃も豊富な積載量でなんとかしたファントムⅡみたいなモンだ。いやあれも一応は制空戦闘機だけどよ……って今の時代に知ってるヤツはマニアくらいか?
違うな、元よりミリタリー自体が万年マニア向けだわな。戦闘機の機種なんざ普通は知らん。
……考えてみりゃ女子までロボットに乗って戦って、自分や他人の乗ってる機種についてあーだこーだ意見交わしてる現在って何かおかしくねえか? 女子ってそこまで兵器とか興味涌く生き物じゃねえだろ? 仕事で必要上携わってようやく、って感じじゃねえの?
男みたいに本能的に刺激されるってワケじゃねえだろうし。はっきり言って女で軍事系、もしくはよりマイルドに車・単車マニアとかでもいいが、趣味として興味持つこと自体が相当なレアケースだろ。
そりゃあ理屈はつけられるぜ? 命が掛かってるから、金になるからってよ。でもなぁ、うーん、なーんかしっくりこねえ。
―――まるで『男が好きそうな女の理想像』って感じだな。野郎は自分の趣味を理解してくれる女が大好きだからなぁ。
ははっ、おお恐い恐い。ここはどこぞのオタク野郎の夢が現実になった世界なのかもしれねえ。
………………ダカら女のパイろットは美人ガ多イのカ?
《うぅーん、炉心がちょっち安定しないなぁ。低ちゃん、念のため補助動力は切っちゃダメぞよ?》
(―――ああ。なかなか気難しいみてえだな。すぐ愚図りやがる)
プロトゼッターには補助用に水素燃料の動力がある。試作型の泣き所ってヤツで、ゼッター光を動力とする炉心がいまいち安定しないせいで仕方なく取り付けられた。気難しいメインを補うためのサブエンジンだ。
しかし機体動力を完全に補えるものじゃなく、サブのみだと飛行もおぼつかず合体しても肝心の最終変形ができない。
最終変形は他のスーパーロボットも抱える問題で、これができないと合体しても各部の関節なんかが形成されず、手足や腰がまったく動かない安い玩具みたいな姿になっちまう。
ゼッターはこの最終変形が特に大事なロボットだ。これが出来ないと単なる縦にくっ付いた戦闘機だからな。あ、
見た目の性能こそ実機とあまり変わらないプロトゼッターだが、サブエンジンを積んでるせいで弱点になる箇所が多く、不安定なメインエンジンのせいで思い切りのいい運用が出来ない。
チッ、よくもまあこんな難物下ろしてきたもんだ。じゃあ実機が良いかっていえば、素直にハイとも言い難いがね。あっちはあっちで機体限界以上の出力でゼッター炉が暴走しやすいらしい。多少だが出力を補えるようサブを積んでる分、こっちのほうがまだ大人しいってワケだ。
「
Z01.<……問題ねえよ>
Z02.<02了解>
《キャスちんはともかく、ヒカルちゃんはスネちゃまのようザマスわね》
(そのようザマス。ま、悔しいってのは良い事さ。ホントうらやましいね、どっちもオレよりパイロットの才能がありやがる)
あと3、4回実戦すりゃあ、どっちにも
マクスウェルは理詰めの実
一方で生き死にの経験が何度もあるオレは、正直それだけがイニシアティブの雑魚パイロットなんだよな。死を感じたことで身に付いたっぽい『これはヤバイ』って感覚と、訓練・実戦経験の豊富さだけが取柄。
こいつらとは訓練量も戦ってきた時間量も違う。なんせ6度目のリトライだ。毎回5回で死んだとはいえ、初回スタートの二人に比べりゃ経験値が違う。
あーあ、とほほってヤツだわ。視聴率稼いだら『才能』をくれないもんかねぇ。
この才能ありまくりの体はランダムぶっぱで手に入れた幸運の産物。次にはたぶん引き継げない。
……それにオレは使いこなせていない気がする。
素のオレは雑魚。しかし、素の
もし本能の赴くままに暴れさせたら、
そういやこの体のプロフィール、エリート出身ってとこだけでほとんど開示されてなかったな。スゲー気持ち悪くなるからあんまり見たくなかったんだが、戻って来たら第二幕でも頼んでみるか。
おっと、これはフラグってヤツだな。口には出さないでおこう。
<ボチボチじゃ! 嬢ちゃんども、今日も生きて帰って来いよ!>
―――もしも、もしもプロフィール通りの人間としてここにいたら、玉鍵たまって人間は底辺のオレよりよっぽど活躍してたかもしれねえな。
「ゼッター3号機、了解。1号、2号の後に発進だ」
《飛行型はシャトルに追走する形でもいいから、無理にドッキングしなくていいのが楽ぅー》
シャトルは陸戦型とか飛行出来ないロボット・パーツ機用。飛行できるロボットにはいらねえ。けどカタパルト出撃は共通で義務だ。
(やっぱカタパルトってのは内臓にくるから好きじゃねえなぁ)
《何をおっしゃるウサギさん。カタパルト発進は大切なロボット物の見せ場ナリよ?》
(視聴する側としちゃ同意する。でも実際乗り込んで毎回味わうとワリとウンザリするぜ?)
ちなみに特異なスーパーロボットの場合、専用の格納区画や発進施設があったりする。プロトゼッターは急遽エリート層から下ろしてきたのでそういった施設は無い。つーことで汎用のカタパルトを使うことになった。
正直助かった。中には乗り込むだけで一苦労のアスレチックせにゃならんロボットもあるからな。
専用のシューターに飛び込んで、滑り降りる途中でパイロットスーツに早着替えして、高所にある滑車を掴んでコックピットまで空中移動、とかしたくねえよ。絶対事故るわ。
他には専用シートに乗ったまま移動してコックピットに送り届けてくれる形式もある。こっちはこっちでなんか恥ずかしいんだよ。ガキが遊具に乗ってる感じでよ。
Z01.<ゼッター1号機、出るぜ!>
こっからは早い。カタパルトを飛び出した1号機を乗せていた台座が流れ、すぐさませり上がった2号機の乗った台座がセットされる。改めて後方に噴射炎受けのシールドが展開され、その間に2号機が各部の稼働状況を最終チェックする。
発進前にノズルを膨らませたりすぼませたり、方向舵とかギッチョンギッチョン動かすのは別にふざけてるわけじゃねーんだぜ? ああやって実際に動かして確認してんだわ。
Z02.<ゼッター2号機、発進>
そしてオレの番。
<嬢ちゃん! この頑固者めが! その機体でまだジャージを貫きおってからに! いいか、ちゃんと帰って来いよ! ヘマしたら今度こそパイロットスーツを着せるからな!!>
「嫌(だよバカヤロウ!?)」
何度も言うが、あんなこっ恥ずかしいモンが着れるか!
(さて海鮮モンか、白身のフライ、エビフライ、煮つけ、焼き魚。今晩は何がいいかねえ)
《刺身と言ったらにょた―――》
「ゼッター3号機、発進する」
真面目にやっても一戦。おふざけまみれでも一戦。知ってるか? どっちでも死ぬ確率は変わらないんだぜ?
ならせいぜいリラックスして戦おうじゃねえの―――初めての海洋、初めての6戦目を。
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