第54話 死亡フラグ? 戦闘後のお出掛けを約束する主人公
<放送中>
自室でたったひとり椅子に座ったまま、ブツブツと何かしら呟き続ける当主に普段の威厳はまるで無い。
ヒステリーを起こして毟り取った髪はすっかりまだらとなり、頭皮が剥き出しになった箇所は赤く腫れている。毛を強引に抜いた影響を受けて、皮膚が炎症を起こしていると思われた。
場所によっては毛穴から出血したせいで赤黒いカサブタが覗き、目の前の老婆の異様さと異常性を際立たせている。
太陽家の娘がS関連で犯罪を犯した。その理由を発端として太陽の関係するあらゆる場所に電撃的で強引な捜査が入ったのが3時間前。
地下都市のメディアを王のように牛耳り陰から民衆を操作していたかの家は、今や彼ら自身が茶の間にスキャンダルを晒すピエロと成り果てていた。
今現在も過去に遡った犯罪捜査が行われており、すでに太陽家のみならず他家にも捜査員が雪崩のように突入している。
これまではどんな行為が明るみに出かかろうと、その都度
それが星天に連なる者たちの特権であったはず。当主の思考はそこでループする。
冥画から、いや、今にして思えば火山から始まった分家たちの失墜は留まることを知らず、海戸、太陽、月島と5つにも及んでいる。
火山は息子の暴走によって労働階級の人間ごとき
海戸に至ってはクローン技術によって上流階級の人間たちに、素晴らしい
太陽のしてきたメディア操作など、こんな事はどの国でもやっていること。その報酬に金や犯罪の
―――それらすべて不敬であり許されないが、星天家にとって今回もっとも大きな痛手となったのが月島家に入った捜査である。
月島は下賤な労働階級の人生と引き換えに、一時の幸せな夢を見せてやっていただけだというのに。結婚詐欺、誘拐、人身売買、殺人といわれない戯言で罪を問われるとは。
愚かな女たちの中には偉大なる星天家の血を入れた
何を勘違いしたのか、女の中には自分の子だと拒否してくる愚か者もいたが。それらはさっさと病死ないし事故死させて、残った子供は月島家の運営する施設で慈悲深く育ててやった。
それでも最終的に全体の9割ほどは使えない人間に育つと分かっているので、成績の悪い下等な子供は偉大な血を穢さぬよう時期ごとに病死させ、無縁仏として弔ってやるなど気遣いに満ちていた家だというのに。
いずれの分家もこの国へ心づくしの貢献をしてきただけ。その善行の数々の下、多少後ろ暗いことがあったとて労働階級相手であれば構わないではないか。それが星天の思考。
恐ろしい事に、星天家の当主は本当に、完全に、偽りなく、自分たちの善性を信じていた。暴かれた凶行を世間から一門総出の
何世代にも渡る先祖からの
自分たちの一族は特別であり、どのような行為も許される偉大な存在であると徹底して教育されてきた成果である。
――――それを始めた初代星天を名乗った人物は、実のところその血筋に権威も歴史も無い。火事場泥棒のようなやり口で金を集め、時勢に乗れただけの小悪党であったことを子孫は知らない。
嘘と金と犯罪で塗り固めた汚物のような虚像。今、その像に致命的なヒビが入っていた。
「ブレイガーはしばらく使えない、かぁ……」
行儀悪くチーズハムサンドをかじりながら夏堀が呟く。ちゃんと噛み切らないからパンからレタスがはみ出てんぞ。落とすなよ、高いんだから。
学校での昼飯時。端末に届いた花鳥からの連絡でブレイガーチーム、つまり夏堀、初宮、向井、そしてオレの四人にちょいとショックな話が飛び込んできた。
乗機にしているブレイガーの損傷が想像以上に酷く、一般層で直せる枠を超えていると判断されたのだ。
一般層にあるスーパーロボットが損傷した場合、その損害度合いによって『手が付けられない』と判断されたものは建造元であるエリート層に戻される。
何せロボットごとに『様々な種類』の超技術の塊だ、それぞれ専用の設備とスタッフが必要になる。
たとえ同じ用途の道具でも、まったく別の技術系譜で作られた物というのは、扱うのに必要な知識や道具が異なってくるからな。単なる大きさでさえ方や10メートル、方や50メートルってなもんだ。勝手が違うのはしょうがねえ。
使用しているエネルギーに至ってはロボットごとに違ったりする。小型のブラックホールを内包する超ヤバイロボットがあったり、普通のガソリンエンジンを動力にするそれはそれで意味不明なローテクロボがあったりな。
―――この場合、むしろブラックホールを動力源にするロボットより、ただのガソリンエンジンで動くロボットのほうがスゲーんじゃね? エネルギー効率って意味でよ。
そもそもどんな動力でも発生するのはだいたい熱エネルギーばっかりで、それを人間が使う機器のエネルギーに
乱暴な言い方すると火力発電でも原子力発電でも、できるのはただの蒸気発電だしな。どっちも生み出した熱で蒸気作ってタービン回して発電するんだからよ。案外ローテクなんだぜ、アレ。
だからってせせこましい地下都市に、作ったロボットの数だけ何種類もトンチキな謎技術の設備を作っていられない。
そのためロボットを建造できるほどの技術と設備の配置は広い地表、つまりエリート層の受け持ちになっている。
めんどくせえ話だが、変に下の階層で建造できちまうと反乱とか心配しなきゃいかんしな。庶民が使うのはいいが、作ったり本格的な修理は出来ないような『肝心な技術の根っこはエリート様が牛耳る運用システム』にしてるって訳だ。頭が良くていらっしゃるぜ、ケッ。
「早くてもひと月くらい掛かるのね。でも乗機整備中って事で、出撃しなくても訓練報酬は出るみたい」
意外と健啖家な初宮は自分の分のサンドイッチを食い終わって、タッパーに入れてきたカットフルーツをポイポイ口に運んでいる。関係ねえが、切った果物はレモン汁に漬けてやるとしばらく変色を防げるぜ。
一般層のパイロットはペナルティ無しで出撃拒否ができる。ただし、拒否した翌週から訓練報酬は出なくなる。何度も拒否が続くとパイロットとして受けられた特権がはく奪されちまう。
ペナルティは無いが、代わりに権利が取り上げられて一般人になっちまうって話だな。まあオレは義務を果たさないのに得だけ欲しいなんて、調子のいい事は許されなくて道理だと思ってるから構わないがね。
「訓練報酬が出るなら貯金に手を出さなくて済みそうだ」
向井は一口を味わうように咀嚼するから一番食うのが遅い。そういや最近になって食に目覚めたとか言ってやがったな。以前は栄養補給って感覚だったらしい。若いのに楽しみの無い野郎だなぁ。
《女の子に囲まれて昼食とか、こやつは全人類の敵ダナ》
(モテない全人類の男な。まあオレも何度リスタートしてもそっち側だったけどよ)
《食べてるのも美少女型低ちゃんの手作りゾ。周りからの妬みの視線が可視化したら陰キャ君はポインターで真っ赤じゃ》
(美少女型ってなんだ? オレが作った食い物は厳密に言うと女の手作りじゃねーけどな。中身男だぜ?)
《世間の認知は女の子だし肉体的にも女の子なんだから、すなわち今の低ちゃんは女の子ぞなモシ》
生まれ変わりっ
このリスタートは赤ん坊からってタイプじゃなく、予め人生設定のある『育った人間』をシレッと
実在のキャラクターとして作られるから、それまでの人生のバックボーンが存在するし戸籍もある。ただどれも途中からのスタートになるから、どっちかって言うと他人に憑依して体を奪ってる感覚に近い。
まあオレがリスタートするために『この世界の外側』で作られる架空のキャラだから、本当に人生強奪してるわけじゃねーけどさ。それでもキャラクターごとに作った過去があるから、正直なところ偽物が成り替わってるみたいで良い気分じゃねえんだよなぁ。
(ダイスでファンブル起こして決まった性別だ。根っこは男なんだよ)
体は女だし生理も来ちまったが精神的には代々ずっと男だ。今回は性別を持ち越し出来なかったのは痛恨だぜ。
リスタートは視聴率を使って金銭や持ち物、優れた能力や技能なんかを次に持ち越せる仕様になっている。うまく立ち回れば死んじまっても次の立ち上がりが楽になっていく形式だ。
残念ながら前回は視聴率が足りず、持ち越しどころかリスタートそのものが出来ない本当の最後を迎えた、はずだった。
けど完全ランダムというお祈りシステムで復活できると言われて、藁をも掴む気持ちで試した結果が今回の
肉体の性能とかトータルで言えば大儲けの部類なんだが、なんでこうピンポイントでファンブルったかね……
おかげで男の、しかもオッサンだったオレが物の見事に10代の女の子になっちまった。知る人が知ったらキモいってレベルじゃねぇわ。見てくれが良いのがせめてものだな。
いや、この場合は悪いのか? 男に変な目でジロジロ見られるとかマジ鳥肌モンだから勘弁だぜ。
で、そんな人生リスタートなんてトンデモアクションをサラッとさせてくれるのが、ある日の死にかけたオレに接触してきた人知を超えた正体不明の存在だ。
「(てな訳で、オメーらも)訓練以外の活動は各自好きにしてくれ(や)」
……こんな感じに、勝手にオレの口調に制限をかけてきやがる存在こそ、オレをリスタートさせてくれる謎の知性体さま。
その名は超汎用支援衣装。本人希望の呼称は『スーツちゃん』。衣装じゃなくて衣服だっけ? 似たようなモンか。そっちの名称じゃ呼ばないし。
名前通りの衣服姿のスーツちゃんは、装着者であるオレに様々な支援をしてくれる。
筋力補助による腕力の底上げ、衣服の瞬間硬化によるプロテクター代わり、血流制御による耐G能力付与、網膜投影による正確な情報提供。そして―――
(もうチームメイトなんだからよぉ、フランクでもいいんじゃね?)
《ダメでごわす。低ちゃんのはフランクじゃなくてチンピラ口調じゃん》
(すまんでごわす、こちとら根っからのチンピラなんだよ。女言葉なんて使えるかっての。どうせそのうちボロが出るって)
《スーツちゃんの、目が、牛乳瓶の底な限りは! 美少女ムーブを崩させない!》
(それは目じゃなくて眼鏡のレンズだ)
―――そして思考を超加速する能力。
こうしてスーツちゃんと脳内でバカ話してても、実際の時間経過は通常の10分の1くらいだ。戦闘とか逼迫した状況によってはさらに加速したりもできる。頭に負担が掛かるから滅多にやらんがね。
あとこうしてスーツちゃんと脳内で喋るのも能力っちゃー能力だな。おかげさまでこいつと出会ってこの方、寂しい思いだけはしていない。
他にも様々なハイテク技術による支援を提供してくれるスーパースーツ。スキャンして登録すればどんな衣装にも姿を変えることができるから、今やってるみたいに学校制服に擬態したりして常に一緒にいる。
ひとりぼっちのオレの、唯一無二の相方だ。
「あの、玉鍵さんはやっぱり戦うの?」
カットフルーツを食べ尽くした初宮が戸惑うように当たり前のことを聞いてくる。こりゃ帰りにチョコバーでもかじってそうだな。次はもう少しボリュームのあるメニューにするか。
「ああ」
オレには次のリスタートのための『視聴率稼ぎ』って重要な縛りがあるからな。毎週戦わないと不安なんだよ。日常パートばっかのロボット物なんておもしろくねえだろ。やっぱドンパチがねえと。
他の連中、つまりオレ以外のパイロットは主に金稼ぎが目的で戦うから、まとまった金銭が手に入れば危険を冒して出撃する必要は無くなる。高額の報酬を手に入れてまだ戦うヤツは、人生に刺激が欲しい変わり者扱いだ。
底辺層の場合はどんだけ嫌でも強制で出撃させられるがね。報酬に掛かる税金が90パーセント以上だからいくら戦っても貯蓄は無理だしな。
「……体を痛めてるんでしょ? せめて今週くらいは休んだほうがいいよ」
ついにポロッと零れたレタスを空中でひょいと危なげなくキャッチして、そのままシャクシャクと頬張る夏堀。スンスンと鼻に嗅いだオレの湿布臭さで体を痛めていることを見抜いたようだ。
一応においの少ないヤツ使ってるんだが、まあ分かるわな。制服の隙間に湿布が見え隠れしてるのはどうしようもねえし。
「マコちゃん、ソースを舐めないでちゃんと手を拭いて」
サンドイッチやハンバーガーは具を沢山挟むと飛び出ちまうから加減が難しいな。ハンバーガーの本場だと最初から
あの大陸は一度人間ごと粉々になっちまってるから、その辺の文化を伝える人間は他の国に行ってた生き残りしかいない。ピロシキと包子の大陸もな。どれかひとつだけ残ってたら世界の様式がその国家好みにだいぶ変わってたかもしれねえ。
「はーい。この白いソースほんとおいしいからつい」
「玉鍵さんの特製マヨソースだよ。私は具に挟んでるハムよりおいしいと思う」
《oh、マヨラー》
(……こればっかだとバカ舌になるから次は別の味にするか。ガキがベッタリした味好きなのはある程度しょうがねえけどよ)
かく言うオレも新しい体が若いせいか、すっかり味覚がガキっぽくなっちまってるがね。カレーとかナポリタンとか、舌がその味一色に漬かるみてーなベターっとした味がスゲーうまいわ。
「そうだ、マコちゃん。日曜に玉鍵さんとどこかお出かけしない?」
夏堀にアルコールタオルを出してやってた初宮が、名案って顔で唐突に手をポンと合わせた。ソースの話からずいぶん飛んだなオイ。
《女の子同士のお出かけイベント。つまりおめかしして撮影ですな!》
(記録を取るな。それに出かけるって言っても何かすることあるか? なんも思いつかん)
《まあまあ。どうしてもって言うなら、朝イチで戦って午後に遊びに行けばいいんでない? お出かけすることが目的であって、何するかは現地で決めればいいジャン》
(……それ死亡フラグじゃね? 命張ってるからシャレにならんのだが)
《つまんなーい。低ちゃんは外に遊びにでも行かないとずっと同じ服のローテーションだし。スーツちゃんたまには違う服になりたいぞなもし。制服→ジャージ→ブルマばっかりでしょ》
(制服とジャージと寝間着な。確かに学校指定だがブルマは履いた事ねーよ。誰が履くか、あんなこっ恥ずかしい代物。ありゃほぼパンツじゃねーか)
ちなみに一年は紺、二年は横に白いラインの入った紺。三年は赤だ。無駄に充実させてんじゃねーよ。
《
(えぇ……オレがズレてんの? ブルマが女に受け入れられてんの? マジで? 星川たちは嫌がってたじゃんよ)
《でも結局履いてたでしょ? 人口が激減した影響で、人類そのものの潜在的なセックスアピールが強まったのかもナー》
(嘘臭えー、そんな大層なもんかよ)
《流行り廃りもあるかな。ファッションなんて10年後に見たら『なんだこりゃ』って、着てた当人が思うようなセンスの繰り返しだもの》
(煙に巻かれてる気がする。とにかくオレはブルマは履か―――)
「いいねいいね。そういうことで玉鍵さん、日曜よろしく!」
「―――あ? ああ、そうだな」
「やった! ありがとう玉鍵さん」
(なんか適当に取り返しのつかない受け答えしちまったような……)
《ウヒョヒョ。ついにタンスの肥やしになってるモーフィング元をお披露目できそうでおじゃる♪》
……まあいいか。戦艦の別途報酬で戦闘時刻を選べる特権も貰ってるし。
オレは戦うのは休まねえ。視聴率も心配だが、一週空くだけでもカンが鈍りそうで嫌なんだよ。所詮は『低能』『底辺』『最低』の低ちゃんだからな。
今はエースなんて呼ばれちゃいるが、素のオレは実戦で何度も死んで無理やり叩き上げてきただけの雑魚パイロット。正真正銘のなまくらだ。
だからなまくらなりにやっちゃいけない事や、『ここぞ』って勝負所は分かってるつもりだ。雑魚でも五回も死ねば多少はな。
オレは緩んじゃダメだ。休むのは良いが、戦いを『いつも通りなんとかなる』なんて雑に考えてナメちゃダメなんだ。
今まで前回と同じ戦いなんてひとつもないんだからよ――――ああ、リスタートで視聴率無しでも引き継いできたものがひとつだけあったな。
戦闘経験。体が何度新しくなっても、それだけは引き継いできた。
―――たぶん、それダケガ、オレノシボリカス。
《低ちゃん低ちゃん、外出着は超ミニスカとホットパンツ。どっちがいい?》
(―――はあ!? どっちも嫌だよ!)
……ん? 何かネガティブな事を考えていたような気がしたんだが。ええと―――
《ダイジョブダイジョブ。肌の露出はニーソックスとかオーバーニーで絶対領域だけにするから》
(―――それが嫌だと言ってるんだ!)
ああもう、落ち着いて考える暇も無え。脳内が常時賑やかなのも考えもんだぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます