第50話 天下御免! ブレイキャノン!!
掛け声と共に7メートルの車体が銀色の光に包まれて巨大化する。内部では虫が
《ブレイシステム正常に機能中。パイロットを虚数空間に一時格納。ダンサー形態からブレイガーに変形開始》
変形に伴う内部構成の整理は内部にいるパイロットにとってプレス機や解体ミキサーと変わらない。ブレイシステムは邪魔と判断した人間を一時的に別空間に退避させ、足枷を外されたブレイガーは戦う兵器にふさわしい密度で変形を行う。変形ロボとしては珍しくスカスカじゃねーんだわ、ブレイガーは。
ブレイシステムによって虚数空間に退避させられた人間は脆弱な三次元用の精神を保護するために自動的に意識を失う。本来、『異空間』という人間が認識できないはずの高次元空間は人の精神に理解できない情報をもたらし、脳に多大な負担を強いるため一瞬で発狂、廃人化、人格の溶解をしかねないからだ。
生憎とオレは元から精神異常があって、自分から眠る気がないと薬物を打とうが意識を失えない。だからスーツちゃんの精神防護によってなんとか耐えている。
具体的には理解できないのに無理やり入ってくる情報のストレスを、別の記憶に置き換えてオレを『こういう理由でストレスを感じたんだ』と納得させるという形をとっている。死ぬほど辛いってほどじゃねえが、正直カンベンしてほしいぜコレ。
集団になぶり殺される直前の記憶とか、ずっと腹空かして生ゴミ漁って暮らしてた記憶とかよ。リアル過ぎてたまんねえわ。
生傷と汚れと垢だらけの手は痩せこけていて、節くれだった男の手――――アア、コレ ゲンジツカ。いつのころのオレダ ッタカ ナ……
《各コンディションチェック。低ちゃん指揮官なんだから手伝ってよー》
(……んお? お、おお。各部正常値、全長52メートルで安定。エネルギーゲインも満タン。我慢した甲斐があったな)
変形によって車体後部は分割されスライド。関節が構成されて脚部が出来上がる。上部も同様に伸び、こちらは腕に。前輪タイヤが入っていたはずの個所が回転しクローアームのついたマニピュレーターが飛び出す。そしてフロントエンジン部分からせり出してきたのがコイツの顔。ブレイガーの頭部だ。
銀の光に包まれていたオレの周りも戦闘用に変形したコックピットとして露になる。正確にはこのブレイガーを包む銀の光自体、人間の頭が現象を認識するために勝手に解釈したものらしい。
例えば夏堀は七色に見えて、向井は暗転。初宮はそれっぽく変形を再現して見えるらしい。オレの場合は銀色に見えるってだけなんだと。まあ動けばどうでもいいがな。
<「「「《天下御免のブレイガー! 手前勝手にただいま参上!!》」」」>
最後にキメポーズに合わせて各部の装甲がブラッシュアップされ、肩やら肘やらが厳つい感じにガキンとせり出す。
……あーっ、こっ恥ずかしい! このセリフ言ってポーズキメさせないと変形が完全に終わらねえんだよこのロボット。どんなシステムなんだかよぉ!
コックピットというより小型艦の戦闘室のようなブレイガーの胸部には中央にオレ、右前に夏堀、左前に初宮がそれぞれのシートに収まっている。
「夏堀、データを送る。船体のこの地点まで最大速だ」
ここがスーツちゃんが調べた脆弱な部分だ。キャノンでブチ抜くには大急ぎで穴掘りせにゃならん。いっそドリルでも使いたいねえ。
「まかせて!」
「初宮、レーダーでアークを見張ってろ。後ろから撃たれたらたまらん」
もうオレたちに相手をする気はないが向こうはそう思ってないかもしれねえからな――――邪魔してきたら殺す。味方撃つパイロットなんざガキだろうと容赦しねえぞ。
「はい!」
「向井。おまえの出番はもう少し先だ、深呼吸して落ち着け。集中力を溜めておけ」
向井の表情はモニター越しにも分かるほど意気込みすぎって感じだな。人間は何分も極限の集中はしてられねえし、一日に集中力を維持していられる時間も決まってる生き物だ。それを過ぎたら体力を残していても成果ボロボロだぜ? 経験者は語るってヤツだ。
<……了解>
「アーク! 攻撃動作!」
FA.<無視すんなクソブスぅ!>
「くッ、こんにゃろ!」
二足歩行の足を存分に使い、夏堀の動かすブレイガーが横っ飛びでビームを躱す。ブースターを吹かさなかったのは良い判断だ。無重力下で全力回避していたらブレイガーはずいぶん遠くに流れちまっただろう。
「……向井、ブレイソード準備。
もうダメだ太陽、いくとこまでいっちまったぞ。老若男女誰であれ、オレの命を狙ったらこっちだって命のやり取りしかできねえわ。
<いや、オレが殺す。人殺しは経験済みだ――――だから、お前たちだけは殺しをしないでくれ>
向井は経験者か。面構えが他と違うと思ってたのはソレか――――ああ、嫌なモンだな向井。一度殺しちまうと二度目の決断が軽くなっちまう。殺す前はあれほど苦しんだのにさ。
「二人とも待って! あんなヤツ相手にしなければいいよ」
「そうだよ、あんな下手な射撃、私は絶対当たらないから。まかせて」
シートから顔を覗かせて初宮と夏堀が殺害に反対してきた。どっちもこんなもん大したことない事だと強調するみてえに良い顔をしやがる。
(はぁ……そうだな、チームだったな。引き金を引いたのが誰だろうが、世間じゃブレイガーが殺したって言われちまうんだ、無関係とは言い張りにくい)
オレは誰をいくら殺そうが知ったこっちゃねえが、こいつらの真っ白な経歴に黒い染みをつけるのはかわいそうか。
《ウヒョヒョ。低ちゃんはなんのかんの言い訳するけど殺さない方向を模索するイイ子だもんねー》
(あ? どこがだよ。不良整備士を殺すために付け狙ってたし、綺羅星を襲ってた浮浪者は実際にブチ殺したぞ)
《おっと、『女子供は』が抜けてたネ》
チッ、そんなんじゃねえわ。オレはオレ自身の心配で手一杯だっつーの。
OP.<玉鍵さん! 待って、殺さないで!>
(雉森? なんだよ急に)
《いつもさっさと決めちゃう低ちゃんが黙ってると、さも葛藤してますって感じに見えるんでない?》
「雉森、理由は?」
OP.<もしかしたら、もしかしたらだけど…………ファイヤーヘッドの月影って子、私の異母兄弟かも……>
<「「「《はあ!?》」」」>
OP.<MORI!? JOKEが過ぎるぜ!>
どういうこった? 雉森はそう言ってるのにサンダーの方は目玉ひん剥いてビックリしてら。
OP.<血を分けた感覚というか、サンダーたちに初めて会った時と同じイラッとくる感じがしたのよ! あなたも最初に私や花鳥に会ったときそんな感覚あったって言ってたでしょ!?>
OP.<OH MY GOD! あのクソ親父ぃ、あと何人作ってるんだ……>
(なんか、居た堪れねえな)
《知らない異母兄弟がポンポン出てくるとか、多感な10代には悪夢じゃのぅ》
「あー、分かった。みんな、そういう方向で」
<「「あ、はい」」>
はあ、しまらねえなぁ。一か八かに賭ける場面だっつーのに。
(スーツちゃん、さっきの安全なカッティングルートをヘッドパーツで表示できるか?)
《余裕のヨッちゃん》
誰だよヨッちゃん。指揮官席に表示されたファイヤーアークの3Dモデルに太い青線と、それに被さる赤線が引かれる。アームとチェストをブッ壊してもいいとなると破損の許容限界も広いもんだ。これなら向井でもやれんだろ。
「向井、データを送る。このラインに沿ってアークのヘッドパーツを切り離せ」
<玉鍵……これは?>
「アークを爆発させないで分離させることができる切断ラインだ。出来ないなら制御をまわせ、こっちでやる」
<いや、やれる。任せてくれ>
「た、玉鍵さん。攻撃は」
「初宮。ヘッドのパイロットが自力で操作できない以上、分離させないと太陽諸共に溶鉱炉へ真っ逆さまだ。助けるために(ぶった)切るんだ」
「はっちゃん、玉鍵さんを信じよう。というかアイツずっと撃ってくるんですけどー?」
そうなんだよな、さっきからオレたちが喋ってる間もファイヤーアークからヒステリックな攻撃が飛んできてやがる。撃ったはじめから明後日の方向に飛んだり、撃ちすぎてチャージの甘いビームが途中で
FA.<クソブスがぁ! 死ねブスたまぁ!!>
(どうでもいいが、あのタコ女はオレをブス呼ばわりしないと死ぬのか? セリフ全部にいちいちブスブス入れやがって。テメーよか美人だわ!)
《おぉ……、ついに低ちゃんに女の子の自覚が》
(ちーがーいーまーすぅー。一般論だ、一般論っ)
「分かったよ、なっちゃん――――さっきからうるさいわよこのバカ女! ブスはあなたでしょ!! 整形女!! 同じ女には手術の跡が丸わかりなのよ!!」
《
オレ的には何を言われても押し黙ってる陰気なヤツよか好きだがな。まあ、初宮がこれ以上壊れる前にタコを黙らせるか。
「向井、ブレイソード準備。夏堀、
<了解>
「一発でキメてよね」
「そのまま注意を引いといてくれ、初宮」
画面の向こうにいる太陽と感情的に罵りあいながら、初宮は眼だけでこっちの言葉に応じた。やっぱ女は生まれついて役者だねぇ。
「突貫!」
FA.<は!?>
初宮に挑発されて低次元な呪詛を叫び続けていた太陽が、肺から出し切った空気を戻すため大きく呼吸をしようとしたタイミングで夏堀に突撃を指示する。思わず息の詰まった太陽はほんの一瞬だけ状況を整理できずに目を白黒させた。
分かるかガキども、これが敵の呼吸を読むってヤツだ。戦いがちょっとだけ有利になるから覚えときな。
<ブレイソード!>
ブレイガーの胸元に格納されているのは剣の柄の部分だけ。向井の音声入力によって飛び出した
その先に何もない
これこそブレイガーの切り札、近接用エナジー兵器『ブレイソード』。物質になるまで収束した『エネルギーそのもの』であるこの刀身は、触れた端から物体を溶解蒸発させる超エネルギーの塊だ。
<ブレイ、スラッシュ!>
FA.<キャァアアアアアアア!>
FA.<うわァァァァッッッッ!>
ヘッドビームの攻撃を恐れず強引に踏み込んだ夏堀に合わせ、向井のギリギリ合格点の斬撃が命中する。ちょいとズレ過ぎだ。射撃はうまいが近接戦闘は慣れてねえなコイツ。
まあ射撃でもガンナーとドライバーの息を合わせるのは大変だ。近接となるともっと大変なのは分かる。ぶっつけ本番でこれだけ出来れば十分か。
角度の緩い袈裟斬りにされたファイヤーアークは光の軌跡に沿って鎖骨近辺から分断された。もしもアークに夏堀と向井が乗っていたら、どちらもブレイソードの放つエネルギーの奔流に飲まれてコックピットと共に蒸発していただろう。
「ナイスアタック」
<……>
「へへっ」
「やったねっ」
切断されて胴体と泣き別れになったファイヤーアークの頭部は無重力下でゆっくりと浮遊する。さながら首を切り飛ばされたシーンのスローモーションのようだ。
「ヘッドのパイロット。壊れてはいないはずだ。いつでもゲートに飛び込めるように戦闘機形態になって隠れてろ」
それ以上の世話は知らん。オレたちゃこっからが本番だ、構ってられるか。
「時間を食った。夏堀、船体後部に急行してくれ。高くは飛ぶなよ」
「オッケー! 分かってるって」
「向井、進路上の砲は全部ブッ壊せ。撃てない程度でいい。完全破壊する時間もエネルギーも無い」
<了解だ>
足の裏にあるスラスターだけを吹かし、ブレイガーは船体の外殻を滑るように移動していく。やっぱり夏堀はロボットの操作センスあるな。教わることなく無重力下での張り付く飛び方が出来てやがる。案外、水中戦用ロボットも得意かもしれねえ。
「玉鍵さん、ブレイキャノンの要請は?」
「ボタンひとつで出せるよう、基地に準備だけ要請しておいてくれ。こっちのタイミングで撃ち出してもらう。離れ際が一番危ない」
くっ付いてる間にできるだけ砲は壊すが、ドッキング前にキャノンを撃墜される可能性が拭えないのが嫌だぜ。変な所を飛んでくれるなよ。
FA.<砲を壊せばいいんだな? オレも手伝う>
(チッ、ヘッドのパイロットめ。大人しくしてろよ)
《向こうからしても生きるか死ぬかの瀬戸際だもん。好きにさせたら?》
「……こっちは直進する。漏れた分を壊してくれ」
FA.<分かった!>
「初宮、悪いが」
「うん、ヘッドもレッグも見張ってるよ」
こういうとき分業はいいな、神経を分散しなくて済む。
1000メートルの超巨大船と言っても50メートルのロボットで走れば端から端まであっという間だな。目当ての船体後部にあるノズル付近に辿り着いて、後は土木作業の始まりだ。
「向井、刺すところを間違うなよ。吹き飛ぶぞ」
<ああ。玉鍵のデータ通りに切断する>
マジで頼むぞ? ブレイガーなら致命的なダメージは無いだろうが、ノズルの爆発で相当遠くに吹き飛ばされちまう。目を回してるところに固め打ちされたら避けられねえ。
作業開始。まさに熱したナイフでバターを切るようにってヤツだな、硬い外殻がブレイソードの発するエネルギーに当てられて刀身が触れた端から切れていく。正確には刃が触れた個所が一瞬で蒸発しちまうのだ。まあそれだけエネルギーを喰うんだがな。ブレイキャノン分は残しておかなきゃいけないから途中で切り上げる。
ブレイキャノンはそれ自体がジェネレーターを搭載しているからブレイガー本体が膨大なエネルギーを肩代わりする必要はない。ただそのジェネレーター起動用のエネルギーを送って、待機エネルギーを発射可能な飽和状態に持っていく必要がある。ジェット戦闘機を始動させるための高圧コンプレッサーみたいな工程が必要なのだ。
《削岩順調。残り70パーセント》
(良いペースだ、いっそこのままブチ抜きたい衝動に駆られるな。大爆発してこっちがご臨終だが)
「玉鍵さん、太陽が気が付いたみたい」
(………………………そのまま恒星に突っ込むまで寝てればいいものを)
《生きたまま火葬は苦しいだろうしねー。で、ずいぶん葛藤したね? 低ちゃん》
「太陽、もう大人しくしてろ。そうすれば本星に戻れるぞ」
やっぱガキは殺したくねえ。クソでもタコでもガキはガキだ。
FA.<――――むな>
あ……分かっちまった。聞き取れなかったはずの太陽の言葉が。通信機の向こうから伝わってくる気配だけで、オレには嫌ってほど理解できちまった。
人間ってヤツはどこに地雷があんのかわかんねえ生き物で、たとえ親切にされても腹が立ったりする。
世界中から惨めに見られるような人間でさえ、そいつなりになけなしのプライドってヤツがあるんだ。
それがどれだけ非合理でも。
FA.<わ゛た゛し゛を、憐れむなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!>
「夏堀! 回避!」
合体を解いたファイヤーレッグがブレイガーめがけて突っ込んでくる――――どうしようもなくプライドを傷つけたオレに突っ込んでくる。
イジメられていた子供がとうとうキレて、イジメっ子に体当たりするように。
……悪かった。おまえにとってオレに情けを掛けられるのは、たとえ死んでも御免って侮辱だったんだな。テメエはクソみてえな女だが、死んだって譲れないものがあるクソだ。
その一点だけは命賭けだって、テメエと同じクソみてえなオレが認めてやるよ。
「うわっと!?」
けど、オレはその真っ黒い感情を素直に受けてやるほどお人好しじゃねえ。
「初宮! キャノン申請!」
FA.<キャァァァァァァァァ!>
回避指示を受けて飛び退いたブレイガーの横をすり抜けて、爆撃機形態のファイヤーレッグが勢いを止められぬまま業炎を吐き続ける戦艦の噴射ノズルまで飛び出す。
1000メートル級の船を動かす噴射炎を浴びたレッグは、溶けこそしなかったがたちまちのうちに加速して宇宙の遥か彼方に投げ出されていった。
そして戦艦の迎撃機能が動き出す。やっと生まれた反撃の機会に、まるで喝采の拍手を挙げるように無事な砲身が次々とレッグの飛んでいった方向に向けられていく。
OP.<出したぞ! 受け取れ玉鍵!!>
「今だ夏堀! ドッキング!」
戦艦直近の宇宙空間が虹色に歪む。そのカーテンの向こうから一直線に飛来したのはブレイガーのもうひとつの切り札『ブレイキャノン』。
《反応遅れ0.3。低ちゃん修正ヨロ》
足の裏の二つ、さらに背中のメインスラスターも吹かしてブレイガーが船体外殻を一気に離脱する。
(増速! チッ、角度も修正!)
《もうちょい、早い、そのまま、ヨーソロー》
「ブレイキャノン、ドッキング!」
キャノンが昔の海にいたっていうエイみたいな射出形態から変形し、ブレイガーの背中に装着される。
真後ろに向けていた巨大なふたつの砲身が背中でグルリと回転し、肩越しにその長大な砲身をオレたちに覗かせる。
「ヘッド、離れろ!! こっちだ!!」
FA.<りょ、了解ッ>
<射撃姿勢保持、エネルギー臨界まで5秒!>
「動かないんだから外さないでよね!」
「敵、砲身をこっちに向けてきたよ!」
へっ、やっとどっちが脅威か分かったか。もう
「天下御免!」
「「「「《ブレイキャノン!!》」」」」
砲身から圧縮に圧縮をかけられた金色のエネルギーが閃光を伴って放たれる。ブレイソードと同じ性質を持つ物質化するほどのエネルギーの塊は、宇宙に横たわる暗黒を歪めながら戦艦の後方に突き刺さった。
黄金の光は船体内部で炸裂し、それでもなおエネルギーの本流は直進し続け、ついには外殻の向こう側までも貫通する。
それまで青い噴射炎を吐いていた巨大なノズルから次々と赤い爆炎が吐き出され、指で引き千切られたパイ生地のように船体後部がバリバリと裂けていく。
爆発のエネルギーはそのまま運動エネルギーに変換され、無重力下で予期せず生じた慣性によってピザ型の船体がグルグルと不規則な回転を始めた。
その慣性モーメントは収まるどころかますます強まり、回転で生まれた外に向かう力が傷ついた船体をますます引き裂いていく。
(これは……ヤバいか?)
《うん、恒星に捕まる前に爆発するかも。思ったより良い所に当たっちゃったみたい》
「夏堀! 残ったエネルギーは防御に回せ! 爆発するかもしれない。ヘッド! ブレイガーの後ろに回れ! パーツ機が破片に当たったら粉々だぞ!」
「えぇッ!?」
FA.<待ってくれ! 損傷が激しくてうまく飛べないんだ!>
「
不意にチカっと船体から小さな光が漏れて――――それが船の最後だった。
爆発。幾度にも渡って爆発が起きる。その音は宇宙に響かない。
だが、オレはあの船の悲鳴を聞いた気がした。
<放送中>
「痛ったぁ……」
戦艦の爆発で全方位に飛び散った大量の破片はブレイガーを容赦なく叩いた。その連続する衝撃はコックピットから夏堀の体が浮き上がるほど。さながらミキサーで攪拌される果物の気分を夏堀は味わった。
「状況報告。全員無事か?」
まだクラクラする頭に玉鍵の冷静な声が染み渡ると、夏堀は慌ててシートに座り直して機体のコンディションを確かめる。
<射撃管制ダウン、モニターもやられた。ブレイガーの顔にデカい破片が当たったらしい>
ブレイガー形態時のガンナーはパイロット四人の中で唯一頭部がコックピットになる。損傷した状態で一人は不安だろうなと、夏堀はどこか気の抜けた感想を持った。否、実際に気力が抜けていた。
ひとつひとつが生死を別ける緊張に次ぐ緊張は、14歳の少女に多大な精神疲労をもたらしていた。
「怪我は?」
向井の返答は機体のコンディション。玉鍵は彼が無事かどうかを改めて聞く。その淡々としているようで優しい気遣いに夏堀は少しだけ疲労が抜けていくのを感じた。
<大丈夫だ>
「よし。夏堀、初宮」
「こっちも大丈夫。跳ねたお尻が痛いくらい」
「私も平気です」
「ヘッド、そっちは生きてるか?」
FA.<ああ。そっちの機体が盾になってくれた。ありがとう>
「……太陽。この通信は届いているか?」
「え、玉鍵さん?」
「5分だけ待つ。死にたくなきゃ電波を辿って飛んで来い」
「アイツを待つの!? あんなヤツここで死んじゃえばいいじゃん! 助けたって絶対逆恨みしてくるよ!!」
「……なっちゃん。玉鍵さんはさ、私たちに火山と同じになってほしくないんだよ」
私たちを置いて逃げていったあの男みたいに? 私たちが極寒の世界で一週間苦しみ抜いた原因みたいに?
「悪い。勝手に決めて」
<指揮官は玉鍵だ。オレは判断に従う>
「ここまで来てくれた玉鍵さんのお願いだもの。私も待つ」
FA.<言えた義理じゃないが、助けてもらったんだ。オレも待つ>
「なによ……私だけ悪者じゃん」
気力が尽きたことで強い眠気を感じた夏堀は、軽く目を閉じるだけのつもりでそのまま意識を失うように数分眠った。
「……5分だ。付き合ってくれたことを感謝する。帰ろう」
玉鍵のどこか無念そうな声を聞いて目を覚ました夏堀は、破片の雨で満身創痍のブレイガーをゲートに向けながらぼんやりと考える。
この恐ろしいほど才能に溢れながらも人を気遣う心優しい少女が死ぬとしたら、それは手痛い裏切りによるものになるのではないかと。
「……玉鍵さん」
「どうした?」
「……ううん、ありがと」
「? ああ」
死なせはしない。夏堀マコトの中で、玉鍵の存在はとても大きくなっていた。
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