第46話 『光速』戦闘
暗黒と呼ぶにはいささか嘘くさいほど『宇宙』な宇宙空間。
大気の無い世界は光を頼る人の眼球には距離感があやふやで、己がどれだけ進んでいるか、どれほどの速度をしているかも、まったくと言っていいほど体感できない。
無の世界で信じられるのは己のカンと、絶え間なく更新されていく計器情報だけだ。
(……出た途端に撃ちまくってくるかと思ったら大人しいな。どういうこった?)
完全にアクセルベタ踏みのブレイダンサーはエンジンの爆音SEを車内に
空気の無い宇宙では外部音なんて一切聞こえない。その代わりとしてパイロット用にそれっぽい聴覚情報を構築するソフトウェアが環境音を再現してくれる。
まあ
ちゃんと動いてまーす、って情報をパイロットに耳で拾わせるため、あえてクソうるさい駆動音を設定しているのだ。視覚情報だけじゃパイロットの瞬間的な判断や、いわゆる直感ってやつも追っつかないからな。
この世で一番障害物の無いサーキット『宇宙』は荒野のハイウェイより面白味もクソもない。どこでも走れる直線コース。目指すゴールは約0.1光年先だ。
物理法則を無視する天下御免システムによって加速を続ける車体は地上では決して出せない速度まで悠々と到達する。
速度計は360、720、1080と幾度もメーターがひっくり返り、音速を超えてついには光速へ。なおも当然のように光の速度を超えて、たったひとりを乗せた赤い車体が光も時間も置き去りに走り続ける。
ああ、
《戦艦の
なるほど。一番効きが良いのは敵と向き合う正面なのが普通だ。満遍なく狭い三次元レーダーを展開するより、『用のある方向』に強力なレーダー波を出すのが合理的だからな。この辺の理屈は装甲と
攻撃を受けやすい場所を厚くして、触らせない方向は薄くする。全部厚けりゃそりゃ安心だろうが相対的にクソ重くなるもんよ。
削った分をダメージを受けやすい箇所に
でないと固いだけの鉄ダルマみたいな箸にも棒にも引っかかんねえ代物が出来上がっちまう。弱点は運用で対処して、ハード面の長所を生かしてやるほうが良い兵器になるもんだ。
映像処理で拡大表示された戦艦のシルエットから、おそらくオレの位置は左舷の下側、斜め後ろ辺りだ。
ある意味、カメラ的にもレーダー的にも監視の甘くなるところじゃね?
真後ろより理想的な侵入角かもしれねえ。この位置をキープすればギリギリまで発見されない可能性が高い。
問題は進んでいく戦艦を追っかける形だから、どうしても接敵に時間が掛かることだな。向こうさんも進んでるわけだし。
帰還ゲートは条件を満たした後に要請した近辺に出る仕様だからまだいいが、これが突入場所から帰るって仕様だったら戦闘後も遠くてしんどかったろうぜ。
(
《フジツボみたいにくっついて最低射程を割り込んでるから攻撃できない。それなら外部の力を使って
(艦載機か? いや、移動の説明にならねえか……)
空母じゃなくても1機くらいは持ってそうなもんだよな。オレとしても少なからず撃破カウントのアテにしてる。戦艦落とすよか現実的だ。
《
オレの左手を使ったスーツちゃんがコンソールパネルを叩く。新しくモニターに表示されたのはひとつの恒星。高温過ぎて赤を通り越し、青紫に輝く太陽だった。
(……冗談じゃねえな。恒星に近づいて焼き殺すつもりかよ)
確か太陽とかに代表される赤や黄色の恒星の温度は3千から6千単位。青ってことは1万から5万度ってトコか?
《エネルギーシールドを解除すればファイヤーアークと戦艦装甲の我慢比べになるね。厚みも
そりゃそうだ。物体は小さいほうがあったまりやすいし、有機体のタンパク質は100度もいかないうちに不可逆に変質してパイロットは死亡する。無人機に勝てるわけがねえ。
ロボットの冷却限界を突破するほどの高温じゃあ、パイロットスーツの耐熱性もクソも無えわ。
エネルギーシールドは名前通りエナジー系に有効な防御スクリーンだ。いわゆるバリアってやつ。質量弾相手にはイマイチだが、レーザーとかブラスターなんかはよく弾いてくれる。
で、恒星から放射される熱線はもろにエナジー系なわけで。これを戦艦に解除されたら残りはファイヤーアーク単体のシールドと装甲頼りになる。
ビーム砲とかなら当たっても一瞬で済むが、恒星の熱放射は延々だ。あっという間にシールドのエネルギーが尽きるわ。
(制限時間は算出できるか? ファイヤーアークに横付けしてこっちに乗り込める限界時間だ)
《ウィングに変形して今から28分。それ以上は恒星の光を遮る
(乗り込みにザックリ1分と考えると猶予は15分そこらか)
いくらド下手でも12分も撃ちまくられたらラッキーヒットで当てられちまいそうだ。だがこのまま悠長に近づいてどうなる? ちょっとしたアクシデントでタイムアップになりかねない。
(チッ。こんなんばっかだぜ。たまには好き勝手に戦いたいもんだ)
《せめて操縦席に移動したほうがいいね。低ちゃん、指揮官席の
(そうだにゃ。
操作をAUTOに設定して車内の隙間を跨いで移動する。ブレイガーは変形すると席ごと専用レールを伝って既定の位置に移動できるロボットだが、車のままではこうやって移動するしかねえ。車内が広くて助かるわ。
(座席調整……は無しでいいか。夏堀の体格はオレとたいして変わらんしな。AUTO解除)
《そーだね。胸以外は》
(うっせ。ショートカット切り替え、別枠で入力)
夏堀用を上書きしちまうと乗せたとき混乱するだろうからな。プリセットが何個もあってよかったぜ。
《分かってると思うけど、ドライバー席からは火器が使えないから攻撃はほぼ無理だよ。ダンサー状態ならまだ手が届くけど、ウィングになったらガンナー席とかなり離れちゃうからね》
今は車らしく
(まあいいさ、戦艦相手に豆鉄砲なんざ使わんよ。エナジー兵器の火線を流すだけ危険だ。相手のために誘導灯つけてるようなもんだろ)
本格戦闘はガキども拾ってからだ。我慢の期間はキッチリエネルギーを貯めておくさ。
「ブレイシステム! ウィング!」
音声入力とコンソールのハードスイッチによる二重入力を受けて、銀色の光に包まれた車体は比喩でも誇張でもなく
《ブレイシステム機能正常。ダンサーからウィングに変形開始》
車体後部が左右に展開し、宇宙では役立たずのはずの硬質な翼が現れる。リア部分から大きく露出した二本の噴射口が青く点火し、機体の急加速をシートに押し付けられる圧力という形で体に感じ出した。
フロントからは闇を貫かんと鋭角な機首がせり出し、右配置だったドライバー席は機体正面に再配置。握っていたハンドルは感圧式の操作スティックとなり、加速減速は足のペダルから左手側のレバー操作に変更。ペダルはヨーの操作に充てられ、内部もまた完全な戦闘機仕様のコクピットに変形が完了した。
《ウィング形態、27メートルで安定。変形終了。いつでもドゾー》
「突っ貫!」
スロットルレバーを押し上げる。一瞬だけ耐G機構を凌駕した加速が体を襲い、肺の空気がごはっと出た。
<放送中>
夏堀は疲労と絶望、そして代り映えのしない宇宙空間の景色に目を開きながらも半ば意識を失っていた。
ファイヤーアークは戦艦の弾幕を回避するために無我夢中で逃げ回った。そのツケはパイロットの体力損耗という形で如実に表れ、乗り込んでいるパイロット全員が疲労困憊となっている。
精神的にも悲惨なもので、特にメインパイロットの月影は太陽からの罵りを受け続けて余分に消耗していた。
<どうすんのよぉ! どうすんのよぉ! これアンタのせいだからねぇ!!>
戦闘中、五人の中で早々に気を失った太陽はどうにか安全地帯に逃げ込んだファイヤーアークの中で目を覚ますと、前にも後ろにも進めない状況を見てギャンギャンと喚き出した。
この戦闘区を『星がきれいだから』の一言で選んだのは太陽である。宇宙フィールドは大型の敵が出やすい高難度の場所であると、再三にわたって警告されたにも関わらずだ。
そう。にも関わらず、その点を指摘しようとすると何倍にも理不尽な文句を返してきて取り合わないのだこの女は。
過去に宗太という幼馴染を相手に嫌というほど体験したこの既視感に、この太陽と言う女には宗太の生霊が憑りついているのではないかと想像して、夏堀はひとり恐怖したほどである。
<おまえが選んだと何度言ったら分かる! 人のせいにするな!!>
飽きもせずうんざりするやり取りを続ける二人に夏堀、向井、初宮は通信を切りたくてしょうがない。しかし、オペレーターとの繋がりは太陽のみであり、切ってしまうと
(玉鍵さん、玉鍵さん、玉鍵さん……)
『なんとかする』その言葉だけを信じて三人は不本意ながら出撃した。だが、いかに玉鍵といえど1000メートル級の宇宙戦艦を相手に何ができるだろう。性能だけは折り紙付きのファイヤーアークでさえ有効打は与えられなかったのだ。
これは技巧ではどうしようもない、物理的な火力不足だ。針の孔を通す射撃の腕があろうと、火器の貫徹能力を超える装甲はどうしたって貫けないのだから。
「っ、何?」
不意の慣性変化に見舞われ、前に倒れかけた夏堀はコンソールに顔を打つ寸前でなんとか持ちこたえた。
(戦艦が左に回頭してる?)
機体に掛かった慣性から戦艦が急激に回頭を始めたことを知った夏堀は、とっさに耐G機構に出力を回して
<きゃあ!?><ぐっ><~~~うぅ><これはっ、クソ>
急すぎて警告が出来なかった。しかしながら、他の者は仮に警告できても夏堀のようにスムーズな操作は難しかっただろう。移動の負荷を最も受ける操作担当だからこそ、その対処を訓練してきた夏堀ならではの素早さだった。
(撃ち始めた、主砲っ!?)
船体にへばりつくギリギリまで散々な目に合わされた蛍光ピンクのエネルギー弾。その先駆けとなる戦艦の主砲が、長い光の軌跡を残して6本、次々に宇宙の彼方へと放たれていく。
1000メートル級の宇宙戦艦のレーダーが、50メートルそこらのファイヤーアークの探査能力を下回るなどありえない。この船は確実に
<<来てくれたんだ……来てくれたんだよ、玉鍵さんが!>>
未だ探知外の
自分たちではとても打開策が思いつかない。そんな入ってくるだけで自殺が確定するフィールドに玉鍵が来た。来てしまった。
(バカ……バカだよ玉鍵)
どう戦うというのか、どう逃げるというのか。こんな化け物を相手に、人を前にした虫みたいな大きさの機体で。
<<夏堀、初宮。いつでも動けるように準備しておこう>>
月影と太陽には秘密にして三人だけで開いた秘匿通信から向井の声が聞こえる。モニター越しの向井はヘルメットのバイザーを下ろし、唇の動きで悟られないよう手で隠していた。
「……うん。はっちゃん、最悪機体は捨てるよ。バイザーを下げて」
どんな状況になっても対応できるように、夏堀はあらゆる可能性を思考する。
だが夏堀は多くの思考の向こう側で、たったひとつの可能性だけが頭を支配していた。
何の根拠もないことだが『玉鍵はブレイガーで来ている』そんな確信があった。
《うっひょうッ、来た来た、来やがりましたわよん!》
考えていたより早く気付かれた。しかもこっちの貧弱武装を予想してやがるのか豪快に横っ腹を見せてくれやがって。
円錐形を横倒しにして、上からギュッと面積半分になるまでひっ潰した感じの
(レーザーじゃねえのか? 弾速が遅すぎる)
《エナジー系のイオンキャノンだね。対エネルギーシールド用の貫通兵器だよ》
命中した機器を過電流状態にして内部破壊したり麻痺させるやつか。戦艦のクセに変わったもん持ってるな。
宇宙戦闘での主軸はレーザーが大半だ。何せ交戦距離が地上の比じゃないからな。実体弾ではリニアーレールガンでさえ鈍い兵器扱いだ。
だが一辺倒の兵器ってのは防がれやすい。それを考えて船みたいなデカブツは積載量にモノを言わせて変わり種のひとつふたつは搭載している。けど戦闘艦の顔ともいえる主砲がイロモノってのは珍しいぞ。戦艦じゃなくて実験艦か何かか?
《今は火線も少ないし明後日の方向に飛んでるけど、近づけば近づくほど射程に入る火器も増えていくよ。
(はっ、ビビッたら負けだ! こっちの優位は小さい事と速度だけだろうが! グニャグニャ曲がって減速したらそれこそいい的だってのッ)
急軌道はそれだけでこっちの体力も持っていかれるしな。Sワールド由来の耐G機構が効いてるからまだいいが、現実にこんな速度でちょっとでもカーブすれば中身なんざ一瞬でペシャンコだ。
威力はクソデカくてもリロードの長い散発的な主砲なんざ恐かねぇ。問題はいずれ撃ってくる他の対空メインの火器だ。サイズ的にハリネズミだろ。直衛艦がいない分まだマシと思うべきだがよ。どうして戦艦様が一隻でウロウロしてやがんだか。
《船体さらに回頭! こっちに正面を向けようとしてる》
埒があかねえと踏んで向こうからも近づいてくる気か? もしくは今さら横っ腹を出してるのが恐くなったのかよ、戦艦さんよぉ。
《! 光子魚雷2! 回避回避回避!!》
「うおぉっ!?」
左親指のブースターボタン、推力レバーを潰す勢いで押し込む。
ドンッ、という口の中の舌が喉に潜り込みそうな勢いでシートに押し付けられる。その一瞬後に、劇的に加速したウィングの横を小さなふたつの光がすり抜けたのが見えた。
背面を表示するモニターに閃光。それに遅れて遥か後方で巨大なガスのようなモヤが表示され、映像がザリザリと乱れる。
「《
(戦闘機1機に使う火器じゃねえだろ! 何考えてんだ!!)
《点だとぜんぜん当たらないから面制圧しようってことでしょ。マズいよ、また撃ってくるかも》
元より戦艦のバ火力相手だ、こっちに逃げる以外の対処法は
(とにかく距離を詰めるしかねえ! 半端なところでウロウロしてたら火力で圧し潰される)
さっきのは相手の設定した時限爆発より早く突っ込んでなんとか爆発半径から出た。けど二度三度と通用する手じゃない。
(ん…何だこの振動? チッ、推力が安定しねえ! 見てくれスーツちゃん!)
《メインノズルをちょっとだけ陽子雲の範囲に引っ掛けられたみたい。溶けかかってる。パラメーターを弄って調節するから6秒だけ片手で頑張って》
(おう。どのみちスロットルはマックスで固定だ。減速したら今度こそ的になる)
加圧に耐えるために
限界まで拡大表示された砲口の角度と気配だけを頼りに、右手の操縦棹をねじ切る勢いで操作する。
感圧式の操作スティックはイマイチ動かしてる感じがなくて正直好きじゃねえんだが、こういうシートに押し付けられてギリギリの場面じゃありがたい。つーかさっきから胸が潰れっぱなしで息をしようにも肺が膨らんでくれねえ。苦しい。
《パラメーター操――――光子魚雷おかわりッ、2》
(正面はもうダメだ。
わずかなスティックの操作で強烈な慣性がかかり、足元から上半身に急激に血液が昇ってくるのが分かる。ブワリと視界が赤くなって、くしゃみを堪えたような痛みが目と鼻と耳で風船のように膨らんでく。この痛みが弾けたら、たぶん
《血流操作が追い付かないよ! 速度かスティックの傾きを緩めて!》
(他にやりようがねえ! こういうときに踏ん張るんだよぉ!!)
5、4、3、2、1、ここッ!!
スティックを戻してブーストカット。魚雷の爆発はさっきより遠い。踏ん張り過ぎたかもな。
《あーもー無茶だなぁ。でも魚雷は最低射程を潜ったっぽいヨ》
(そいつは朗報。あとはいつもと一緒だ)
鼻から垂れた血が熱い。オレはまだ生きてるぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます