第44話 女性向け漫画の表紙は、なぜか裸ワイシャツでホールケーキ持ってる細身イケメンの割合が多い

<放送中>


 雉森たちの好意で仮眠のつもりが完全な睡眠を取ることになった獅堂。そのおせっかいに口で文句を言いつつも、気遣ってくれた皆に感謝して気持ちを新たに彼は仕事をこなしていた。


 国からの指示は未だ無く『回っているならいいだろう』とでも言わんばかりの対応に腹を立てながら忙しく書類を裁いていく。


 握ると言えば工具の彼は電子書類を弄るだけなど性に合わない。しかし、本来働く必要のない学生の雉森たちが遅くまで働いて手助けしてくれているのだ、いい年の大人が苛立って頭を掻きむしるわけにはいかない。


 それに良い出来事もあった。それは整備の少年たちが届けてくれた差し入れである。


 差し入れの主は玉鍵。彼女は整備への感謝を形にするように、自分の戦利品から買い付けた高価な食糧を配ってくれる。さらには手ずから調理したものをこうして渡してくれることもあった。


 今日並べられたのはふたつの大きな卵サンド。玉鍵の持ってくる食料はすべてオーガニックであり高価なものである。


 黄色いタマゴのペーストに映える荒い黒胡椒の欠片が見える断面と、耳付きの食パンの端から新鮮そうな青野菜がはみ出ている、なんとも贅沢な逸品だった。


(お灸が効き過ぎたか。食べ盛りなんだから自分たちで食っちまえばいいものを)


 これを持ってきた整備士は食い気も色気もある年齢の少年たち。本当は自分たちだけで食べてしまいたいと思ったはずだ。


 何せあの・・玉鍵の手作りである。美しい少女の手がけた食事を若い男が求めないわけがない。そのうえ栄養価も高く味まで良いときている。


 上司の怠慢の責任を、さらなる怠慢で返してパイロットを窮地に追いやってしまった彼ら。

 そんな彼らを庇った獅堂に少年たちはとても感謝しており、こうして得られたものを老人に分配してくるのである。特に玉鍵の事となれば猶のことと言うように。


(わしはあいつの爺さんでもなんでも無いんじゃがな……)


 整備長は玉鍵を孫娘のように扱っている、という話は整備以外の職員にも有名な話だったりするのだが幸い彼の耳には届いていない。これを知ったら気難しい彼は変な形に拗らせると判断しての、良識ある職員たちのファインプレイであった。


 玉鍵には悪いが獅堂には味わって食べる時間がない。熱いコーヒーでふたつの塊を流し込むように食べると、彼は再び仕事に没頭する。それがもっともパイロットたちを助けると信じて。


 知らず綻んだ老兵の吐き出した満足気な息は、コーヒーのにおいの中に黒胡椒の香りがした。






<放送中>


「クソ、とんでもねえガキだ……」


 吐き気を催す邪悪という言葉を人の形にしたら、それはきっとあんな女になるのではないか。そう考えてしまうほど太陽桃香という少女は、獅堂と雉森に嫌悪の感情を呼び起こさせた。


 まるで腐った桃の腐汁を塗り付けられるような。甘いにおいでありながら吐き気を感じる、生き物にとっておぞましい香り。


「ファイヤーヘッドのパイロットも、いえ、ファイヤーアーク自体いつから準備していたんでしょう?」


 玉鍵の仲間を救えなかった無念を感じ、雉森は疑問を口にする。せめて何か、この状況に綻びを見つけることができないかと考えて。


 不死鳥王ファイヤーアークは五機合体のスーパーロボット。メインパイロットであった火山宗太とチームメイトのトラブルから、ずっと格納庫の奥に引っ込めていたはずの機体である。


 だというのに太陽は自分を含めたアークのパイロットを集めた。元の登録者である自分、向井、夏堀、初宮を。


 ただし、最後のひとりは死にかけで医療ベッドに括り付けられている。火山宗太がいなければファイヤーヘッドは動かない。


 厳格なパイロット登録を必要とするこの機体は、当然の仕様として簡単にパイロットを変えられない。変えられないからこそ火山宗太も乗機をジャスティーンに切り替え、パイロットの足りないアークは基地に転がっていたのだ。


 それがいつの間にかパイロット登録が書き換えられ、ファイヤーヘッドのパイロットは火山宗太から別人に切り替わっていた。


基地ここでパイロットの書き換えはできねえ。誰かが機体を建造棟まで持ち出したはずだ」


 ファイヤーアークの分離機であるファイヤーヘッドは10メートル級の戦闘機。姿を一切見られることなく移動させるなど不可能だ。


 つまり、整備や保安のかなりの人員がこの移動に関わっているということ。


 この恐ろしい事実に獅堂は寒気を覚えた。少なからず不正に手を貸すものが己の職場にいるという事実に。


 不可解なのはこれだけではない。仮になんとか建造棟に持ち込んだとしても、日々過密スケジュールをこなしストレスで殺気立つ彼らが、急に戻ってきた不穏な機体の相手などするはずがないのだ。


 彼らさえ抱き込めるとしたら、それは国が出てくるレベルの話。しかし、それならそれで基地にも正式に通達があるはずだ。コソコソする必要はない。


「国の力を動かせるほどの権力者が背後にいて、それでいて表沙汰にしないでいられる連中……」


 それが自分たちの敵。表に出た太陽桃香という少女は暗躍する者たちの手下に過ぎない。


「……このパイロットも、おそらく向こう側なんでしょうね」


 太陽が書類だけ渡してきたパイロットのプロフィール。彼は話には加わらず、先にファイヤーヘッドに乗り込んでいる。


『月影エイジ』


 会ったこともないはずの少年に、雉森はなぜか言いようのない不快感を感じて書類を閉じる。その感覚を彼女は前にも味わったことがあった。


 だからこそ無意識に考えようとしなかった。


 雉森が感じた感覚の名は『血を分けた相手』。


 まだ異母兄弟と知らぬときに初めて会ったサンダー、花鳥、大鷹と大喧嘩をしたときの切っ掛けとなった感覚であった。







(あった……これってどう思うべきなんだろうな? タコの性癖のおかげで証拠の隠滅を免れたってんだから)


 今回の話は耳鼻科って親子をシメるだけじゃ収まらなくなった。


 三度だ。初宮の部屋は実質三度荒らされていやがった。一回目は色ボケ耳鼻科のガキ、二回目はそれを隠蔽しようとした初宮の親。ここまではいい。


 そこから親も知らねえ空き巣・・・がもう一度、前二つとは比べるべくもない密かさで行われていたってんだからよ。


 目当ての物が無くて派手に空振った誰かさん。こいつは太陽とか言う女の仲間だろうな。


《はっちゃんみたいな美少女の『下着のレンタル代』と考えれば妥当でない?》


(おぞましい料金制度で算出せんでくれ。これ・・回収するの果てしなく嫌なんだぞ……)


 オスガキの部屋から見つかった、何に・・使われたか知りたくもない女物の下着だぞ。


 絶対に素手で触りたくねー。というか分厚いゴム手袋越しでも触りたくねー。


(クソ、放置するわけにもいかねえか……これ知ったら初宮が死ぬ)


 片方と言わず金〇ダブルで踏み潰しときゃよかったぜ。男としてギリギリで仏心が出ちまったわ。思ったよりずっと軽い力で潰れるのな、〇玉って。今は無いはずのモノがヒュンと来たわ。


《返されても大困惑だと思うゾ》


(ここに放置するよかマシだろ。地下都市じゃ途中で焼き捨てるわけにもいかねえ、煙なんて出したらマジでとっ捕まる。うーん、外のダストボックスに捨てたらそれはそれで通報されそうで嫌だなぁ)


 捨てたパンツを目の前に突き出されて、やってきた職員にリサイクル法について説教されるなんて羞恥プレイ御免だ。


《お家で捨てるしかないねー。ふたつの意味・・・・・・で使用済みの同級生のパンツとかブラとか持ってウロウロするのは、さすがのスーツちゃんもキッツイ》


(やめて! 考えないようにしてたのにッ)


 一気に鳥肌が立ったわ! ああクソ、男ってのはどうしようもねえな!


(それで電子書類はどうだい。証拠になりそうか?)


《微妙。でも無いよりはずっと進展したよ》


 今も昔も権力者が証拠にならないと言ったらどんな証拠も通らない。そんなもんだ。逆にどんな嘘でも連中は真実にも出来ちまう。司法の正義なんざいつだって権力の下だ。


 もしも司法に則って権力者が裁かれたとしたら、それはの権力者に敗れたってだけだもんよ。馬鹿馬鹿しいったらないぜ。ここで勝手に捻くれてもしょうがねえけどさ。


(太陽と……つき、月島、だったか? タコどもがタッグでやって来るとは思わなかったわ)


《合ってる。月島に任せるって話だったけど、低ちゃんが想像以上に難物だったからサポートに入った形なのかな?》


 冥画とかいうジジイから吐かせた情報で、オレを付け狙ってる連中は星天とかいう一族とその分家だと分かっている。


 分家は太陽、月島、水星、木目、金工、地頭、土門。他にすでにコケた分家として冥画、海戸。そして火山ヒゲもこいつらの一族だった。


(大胆なもんだ。オレを他メンバーと分断しても、一応全員がパイロットとして戦うんだから『Fever!!』的には合法だろうってか?)


『Fever!!』出張ってこないってことは合法なんかねぇ。華麗に見逃してる可能性もあるのがあの上位存在の怖いところだ。


《ゴチャゴチャした契約とか偽装は人間の勝手だからねー》


 最終的に戦えば首輪が付こうが後ろから撃たれようが『Fever!!』的には文句は無いってか? 『Fever!!』は好きだがその辺は意見が合わねえな。パイロットは自分の意志で戦うからパイロットってのがオレの拘りなんだよ。


(しかしどういう意図だ? 強引にチームメイト引き抜いてどんな得があるってんだか)


《孤独になった低ちゃんに優しくしてハートをGETだぜ作戦、ってところかニャ?》


(ないない、孤独にさせた張本人どもだろうが)


《もしくはまだ他にも出てくるとか》


(……チッ、なるほど。役者がひとりとは限らねえか)


 マッチポンプで良い出会いを演出するハニートラップは常套手段だもんな。反吐が出らぁ。


(まあいい。こんな臭いところはさっさと出るぞ)


 マジで臭え。思春期の男の部屋ってこんなに臭いんだな。胸が悪くなりそうだ。


《そういえば玄関に転がってる親子はどうするの?》


(釣銭だったかのオッサンに連絡しとくか。シモの治療は対応外かもしれんが)


 タコの親もいたのには驚いたぜ。病院に引き篭もってるとか聞いていたんだがな。


 こっちが突き付けたテメエのガキの不始末を見ないフリしやがって。自分たちを棚に上げて逆に脅してくるクソ親への返礼に、父親にはキッチリ男を辞めてもらった。迷惑だから二度と遺伝子を残すんじゃねえ。


 これでひとまず証拠は得られた。後は、後はあいつらが生きて帰ってくるだけだ。


 ……イマイチ運の無い連中だがよ、おまえらは根性と悪運だけはあるはずだ。諦めるんじゃねえぞ。






<放送中>


(これはまた……大暴走という感じですね)


 部下からの報告では父親のほうは両方、息子のほうは片方を潰されているらしい。この親子は釣鐘つりがねの嫌いなタイプだが、やはり男としてその部位の怪我は寒気を感じざるを得ない。


 玉鍵から『S関連で犯罪が行われた証拠がある』と連絡を受けた釣鐘つりがねは、他の仕事を中断して現場に急行した。無論、登録されている住所からある程度の揉め事が起きている事を予想もしていた。


 指定されたのは耳目副長官の邸宅。玉鍵は証拠こそ掴んだが迂闊に手を出せず、釣鐘つりがねの事を思い出して助けを求めてきたのだと考えていた。


 玉鍵は聡明な少女だ。おそらく自分が名乗った肩書などすぐフェイクと見抜き、釣鐘つりがねの役職に辿り着くだろうと思っていた。ならS関係で真っ先に連絡を取ってくる事も頷ける。


(将来はぜひS課ウチに就職してくれませんかね。パイロット引退後でもいいので)


 彼女なら伏魔殿のキャリアなど物ともしないだろう。実力だけで味方を増やしてのし上がっていけそうだ。


 ただ、もう少し行動が落ち着いたらの話だが。


 友人たちの契約が改竄されたものであることを暴くためとはいえ、盗まれた書類の写しコピーを奪還せんと人の自宅に乗り込んで、住んでいる親子に大怪我させるというのはさすがにやり過ぎだ。


(心情的には味方してあげたいんですが……こちらも法を施行する側の人間なのでこれはアウトです)


「これだけやっては見逃すわけにもいきません」


 ひとりの人間としては友人の下着まで盗んでいた愚かな同級生に制裁を科す、という義憤は嫌いではない。友人たちの出撃まで時間が無く焦っていたのも分かる。


 だがこれを見ないフリするのは、頭の中にいる役人側の釣鐘つりがねがNOを出す。


「なので、申し訳ないですが―――――」


 すでに彼女の友人たちは改竄されたらしき契約に沿って出撃してしまい、玉鍵はもう無事を祈るしかない。そのきれいな顔に人の悪意への憤怒と無念で眉が強く寄っていた。


 だからだろうか、それをとても痛ましく思った人側の釣鐘つりがねが、役人の彼を押しのけて顔を出す。


「――――さすがに罰金・・くらいは覚悟してくださいね」


 部下たちから微妙に驚いた気配がしたが、彼は気にせず笑顔という名の凶相で玉鍵を励ました。


「太陽という娘は我々が必ず捕まえます。その背後にいる連中も必ず」


「……ありがとうございます」


 少し陰りこそあるが、それでも鈴を転がすような美しい声で少女は釣鐘つりがねに礼を言った。


 老若男女問わず怖がられる彼の笑顔を見てもまるで動じる様子はなく、その物怖じしない対応が存外この差別主義者の心に響いたことを玉鍵は知らない。





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「待て、待てって! 玉鍵、本当にブレイガーで出るのか?」


 まだまだ慣れない仕事に格納庫で悪戦苦闘していた花鳥。彼は四人乗りのはずの機体にたった一人で搭乗することを決めた少女に驚き、その無謀を止めるため慌てて声をかけた。


 確かに彼女の出撃はブレイガーで決まっている。だがそれはチームメイトがいればこそ。ブレイガーは単体・・のスーパーロボットであっても、単身・・で操る機体ではない。


「ブレイガーで、出る」


 少女の白く細い手は強く握り締められ、その憤怒を隠そうともしていない。


 どんな言葉でも玉鍵の決意は変えられない。そう感じた花鳥はもう何も言えなかった。


 書類偽装によるチームメイトの強奪という、前代未聞の犯罪に基地内で激震が走ったのは午前中の事。


 太陽桃香と名乗る少女は基地の元長官火山が持っていたファイヤーアークの契約書類を買い取ったと称し、三人のメンバーを玉鍵から奪い取った。疑問を持った玉鍵が偽装の証拠を見つけたときには、残念ながら既にファイヤーアークは出撃した後であった。


 残された玉鍵はメンバーの無事な帰還と、憎き犯罪者の出戻りを期待するしかなかった。


 だが、彼らは何時間経っても帰ってこなかった。


 Sワールドで行われている活動のリアルタイムな記録は『Fever!!』の配信しているらしき映像か、もしくはナビゲーターが経由した機体のカメラ映像しか無い。なぜファイヤーアークが帰還できないのかを基地側で知るためには、これらの記録映像を見る必要がある。


 はたしてそこに映っていたのは、1000メートル級の超巨大戦艦に追い回され、なすすべなく逃げ回る50メートル級のファイヤーアークの姿だった。


 Sワールドに突入した機体は、たとえどんな理由があろうと『最低1機』の敵を倒さない限り『本星』に帰還するためのゲートが発生しない。この帰還ゲートは機体ごとに個別に設定されており、別のスーパーロボットが敵を倒して開いたゲートでは脱出できない仕様になっている。


 そしてファイヤーアークの入り込んだ『宇宙フィールド』には、この巨大戦艦以外の敵が存在しなかった。


 悪運か、それでもファイヤーアークは放たれる猛烈な弾幕の中で巨大戦艦の外装に取り付き、敵のほぼすべての最低射程を切ることで急場を凌いでいた。


 無論、そこから進むことも離れることもできない以上はいずれ衰弱して死ぬことになるだろう。あるいは一か八かにかけて粉々にされる未来のほうが、彼らにとってずっと可能性が高いかもしれない。


「わかった、ボクも乗ろう」


 花鳥はパイロットを引退したが、それはつい最近の事だ。まだパイロットとしてのカンは鈍っていないと思っていた。


「やめとけ花鳥。国の手続き前に機体に乗ったらとっ捕まるぞ」


 それを制止したのは全体的に濃い顔をした先輩パイロット。マシンサンダーチームのリーダー『大剣だいけん ごう』。ついさっき自分の出撃を終えて帰ってきたばかりである。


「ガキンチョ、事情は聞いたぜ。オレたちが乗ってやる」


「フン……ガンナーならやってやろう」


 豪に帰還手続きを押し付けられていたダンプサンダーのパイロットも、およその事情を知っているようで玉鍵を励ますように拳を突き出して見せた。


「センパイ、帰ってきたばかりでしょ」


 パイロットとしての花鳥は頼れる先輩の復活がうれしいが、玉鍵に良いところ見せたい男の花鳥としては有難迷惑な話だった。


 何よりマシンサンダーチームは未だにレスキューサンダーのパイロットを募集中である。これを言うと豪がムキになって否定するが、誰が見ても玉鍵を参入させたいがために空けているとバレバレだった。


「ヘンッ、こんなもん疲れたうちに入らねえよ」


 鼻をこすり照れを隠す様はどうみても玉鍵に気がある男のソレ。ライバルだらけであることに花鳥はにわかに危機感を募らせる。


 初めは件の少女が自分にだけ妙に塩対応なことを、密かに照れ隠しではないかと考えていた花鳥。しかし、最近はどうも本当にそっけないのではないかと認識を正しく改めていた。それだけに得点を稼いでおきたいのである。


「やあ玉鍵さん。困っているんだって? ならキミに手を差し伸べよう」


 豪と花鳥の間に目に見えない火花が生まれる中、思わぬ方向から芝居がかった口調が飛び込んできて男三人はそちらに視線を向ける。


 耽美な少年。というのが花鳥の感想だ。パイロットスーツを着ているが、その薄い素材がフィギュアスケートのコスチュームのように見えてしまうほど細身。スラリと伸びた足と端正な顔立ちは、並みの顔立ちをぶら下げるしかない男たちに言いようのない劣等感を抱かせる。


「誰だ、てめえ」


 豪が荒い口調でねめつける。濃い・・顔の彼からすると、真逆の容姿を持つ男はそれだけで印象が悪い。花鳥もこの少年ほどではないが細いほうなので、初めは豪に目の敵にされたものだった。


「フッ、キミたちには名乗りたくないが可愛いお姫様の前だ、僕は月島レイヤ。よろしくね子猫ちゃん」


 男三人が揃ってゾワッと体を震わせる。


 お姫様、子猫ちゃん、こんな恥ずかしいセリフを平気で口にするヤツが現実に存在することが、ただただ気持ち悪い。


 ――――しかし、どんなクサイセリフでも口にしたのがイケメンであれば、玉鍵にとっては別ではないか。そんな絶望の疑問が頭を過った少年たちは思わず玉鍵を振り返った。


「「「「……っ!」」」」


 コイツ殺してやろうか。そんな明確な殺意を発する眼光を四人は見た。中でも正面からにらみつけられた月島は無意識にたたらを踏んで後ずさる。


「き、機嫌が悪かったかな? おひめ―――」


「黙れよ。ドブ腐いんだよ星天の腰巾着が」


 月島がヒッと息を飲み、さらに下がる。


 怒り。その感情の発露は少女の髪の毛が揺らめいて見えるほど。


 一歩、また一歩と少女が近づく毎に月島もまた後ずさる。そこから必死に誤解していると言い募り、周囲に援護を求め出す。


 もしも玉鍵以外が相手であれば月島に味方する者もいたかもしれない。少なくとも味方というほどではないにせよ仲裁に入る者は確実にいただろう。


 だが、現実には誰も月島の呼びかけには応じない。なぜなら彼が相対するのは、この基地でもっとも信頼されているエースパイロット。玉鍵たまなのだから。

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