第42話 圧倒的強者からの敗北を糧にするエピソード、その始まり(主人公が敵)

っぶッ)


 初手のミサイルはなんとか捌けた。ロックオン警報が直近まで鳴らないとか反則だろ。ミサイル自体に電子欺瞞でもあるのか? 下手したら運搬キャリアー側よりこの4発のほうが金かかってるんじゃねえ?


《長距離ミサイルは打ち止めかな。サイズ的にそこまで大量に積載できないっしょ》


(『WILD WASP』だっけ? ありゃ現実寄りのロボットだもんな)


 スーパーロボットの中にはどう見ても搭載スペース以上の量や大きさのミサイルをバカスカ撃てるヤツがいる。格納されている胴体より長いミサイルとかな。

 発射直前に輪切りのミサイルを組み立ててるってんならまだ分かるが、その輪切りを置いとくスペースはどこだって話になると、これはもう完全に謎だ。


 同じくどう考えたって入ってるわけない量のミサイルを撃ちまくるヤツもな。ロボットの中にミサイル工場でもあって、急ピッチで生産してんのかねぇ?


(装備選択式ならもう大した武装は残ってねえ。機銃と短距離ミサイルが2~4発くらいだろ)


 この辺は現実寄りの10メートル級にとっちゃ泣き所だ。積載量や積載スペースと相談して武装を選択せにゃならん。何でもかんでも都合よく積めるようないい加減なロボットじゃねえんだよな。


《それでも威力は低くないからGARNETには厳しいかもナー》


 こっちは30メートル級だが同じく戦闘機形態に変われる可変機。撃たれ弱いのも一緒だ。どっか壊れたらそれだけで変形さえ出来なくなる可能性がある。

 可変機は単一で色々やりたいこと詰め込んだ結果、ひとつ出来なくなったら全部無理になったりするからおっかねえ。


 例えばGARNETの足は翼とサブスラスターになっている。どっちか破損したらもうまともに旋回できないのだ。まあメインスラスターは背中にあって、これが無事なら推力だけで強引に飛べるがね、元々航空力学なんてクソ食らえって形状だからな。


(ならこのままロボット形態で迎え撃つか。すばしっこそうな戦闘機相手に爆撃機サイズのこいつで旋回勝負なんて馬鹿らしい)


 推力だけなら上回ってるから、長距離ミサイルを捌いた時点で一撃離脱してりゃそのうち勝てるがね。それじゃこっちの訓練にならねえ。


《えー、無駄なドッグファイトも悪くないよ? ワラワラ来るミサイル引き連れて華麗にビューンと行って、途中でバババっとミサイル撃墜しようよん♪》


悪いわりーな。オレだけの腕じゃ、そんな離れ業は逆立ちしても無理なんだわ)


 高速で飛んでる真っ最中に変形して飛来するミサイル撃ち落とすとか無理無理。高速移動中の変形で瞬間的にかかるGで、クラッと目を回して全弾モロにヒットするだけだっての。つーかクラッ、で済みゃいいほうだ。下手したら首が折れるわ。


 今のオレはスーツちゃんのサポート無しでってる、いわば『本来のオレ』だ。思考加速も血流制御も筋力補助も無し。脳内相談も雑談程度で、敵やGARNETのコンディション、周辺環境に対する詳細なデータも貰ってねえ。


 スーツちゃんにおんぶにだっこじゃ自分の素の腕を忘れちまうからな。オレの世間の評価は超万能支援衣服、つまりスーツちゃんって下駄履いてる補助輪付きのオレだ。


 そりゃあ前の体よりか遥かに高性能の肉体だがよ? ちゃーんと訓練しなきゃ咄嗟に動かないのは高性能でも共通だ。高スペックのおかげで反射だけでも劇的に動けるからまだなんとかなってるがね。


WW.<っ、まだ!>


《ウホ、ほぼ詰みの状態なのに突っ込んできたよ》


(シミュレーションだからな。なんぼでも死ねるんだ、経験積みに来るのが正解だろ)


 中にはシミュレーションの戦績汚したくないって考えで途中で打ち切るタコもいるがな。途中放棄はノーゲームだ。


 シミュレーションシートは戦闘状況を再現するために激しく動く設備だから、不測の事態に躊躇しないよう、緊急停止しても停止した側が敗北ってシステムにはしていないらしい。戦績気にして相手の停止を待ってたら手遅れになるケースもあるだろうし、まあオレもこの仕様に異論はねえ。


 悪いのは腕も頭も悪いタコであって、機械じゃねえからな。


《むむ、ファイターモードに拘りがあるのかな? 変形しないね》


 戦闘機ファイター形態の利点はとにかく速度だ。その場に一秒でもいたくねえって戦場には向いている。発見される前なら一発急襲して、倒しても倒しきれなくてもサッと逃げるって一撃離脱戦法を徹底すればずいぶん安全に戦える。


(けどグルグル回るにしても半端すぎらぁ。ナメてんのか?)


 戦闘機ファイター形態の欠点もやっぱり速度だ。一秒経つだけであらぬ距離までカッ飛んで行っちまう。後ろや横に攻撃できる装備でもありゃいいが、ワスプは変形しないと無理だ。どうしてもグルッと回って正面に捉える必要がある。


 対してこっちはロボット形態。同じ旋回するのでも片足を起点にちょっと回るだけでいい。


《ヘタクソスww》


(うっせぇ!)


 クッソ、見越し射撃で盛大に外しちまった。そういやレーザーだったな。実体弾の感覚だったわ。レーザーはトリガーを引いた時点でレティクルの位置に着弾する。光なんだから普通はそうだよな、惑星規模の距離ならタイムラグ無しで届く。別種のエナジー兵器にチラホラある実体弾より遅い、とかはえ。


 ああクソ、つい実体弾の感覚で撃っちまう。まあその射撃を嫌がって蛇行してるからいい感じに速度が落ちてきたぜ蜂さんよぉ。


「無理に留まるなよ」


WW.<~~~っっっ!!>


 仕切り直しってのも大事だぜ?


 温存していたビームランチャーを照射する。撃破――――って、避けやがった。カンが良いじゃねえか。


(思い切りが良くてカンもイイ、ぃーいパイロットだ)


 それでも変形で急停止したスキは逃がすわけにはいかねえな。回避のためとはいえ速度自慢のロボットが止まったらダメだろ。


《ビンゴ。あー低ちゃんのイジメっ子。墜落して地面に叩きつけられるコースじゃん。カワイソー》


(当たったのがたまたま足だっただけだっつーの。足にあるメインスラスターだけで推力をほぼ賄ってるタイプだったのか)


 あの脆さと不安定さはオレじゃ扱えねえな。やっぱスーパーロボットは多少しぶといくらいじゃねーと。ラッキーヒット一発で落とされるようじゃ相性が悪すぎる。スーツちゃんが搭乗候補から弾くわけだぜ。


<VICTORY!!>


(チッ、何が勝利だ。無駄弾撃ちまくっちまったぜ)


《低ちゃんは射撃が下手くそというより、他の火器と切り替えがゴッチャになる感じかな》


(だな。レーザーの照射速度と実体弾の弾速じゃ別モノなのに、つい実弾のつもりで撃っちまう)


 新しい体なんだから脳も若いはずなんだがなぁ。前のクセが思考の方にも染みついてんのかね?


 さて、終わり終わり。パイロットのガキどもが自分の訓練のために順番を待ってるんだ。後がつっかえてるのにベテランが長っ尻ながっちりするわけにゃいかねえ。


 GARNET仕様にしたシートをニュートラルに戻すと、ホログラムで覆われていた機器が元のシミュレーションシートの姿で現れる。光で出来た映像が名残惜しむように消えていく様は結構きれいだ。


「お、お、ぉ、お疲れ様です!」


 おーおー、待ち切れない次のパイロットが催促しに来やがった。早く退けお疲れ様なんて、そう遠回しに言わなくてもすぐ退くさ。ガキにとっちゃ訓練というよりアトラクションだもんな。そりゃ楽しみだろうよ。


「お疲れ。そっちも頑張れ(や)」


「!! 頑張りますッ!」


 ……スゲエ深呼吸だな。実は閉所恐怖症か? 大変なのは察するが、頼むから中で吐かんでくれよ。ゲロって清掃しても臭いがなかなか落ちねえからさ。


「玉鍵。もう一戦お願い」


(ワスプのパイロットか。見た感じ同期か?)


《同期だね。歓迎会に出てなかった一人だよ。ドーセ名前を言っても忘れちゃうだろうから次に会ったら教えてアゲヨー》


(へいへい、覚えが悪くて悪うござんしたね)


 目つきのトロンとした女が未練たらしくシートに手をかけて離れねえ。通信音声でもっとキツい女を想像してたが分かんねえもんだな。それはともかく、もたついてないでさっさと次のヤツに変わってやんな。


「今日は先約がある。(悪りぃな)」


「……分かった。私はどこが悪かった?」


 お、貪欲だな。やっぱ良いパイロットじゃねーか。好きだぜそういうヤツ。


「実戦でひとつの形態に拘るのはいい。それはそれとしてシミュレーションくらい他の使い方も熟知しないと、いざって時に思い切り動けない(ぜ)」


 もっともらしい口先だがな。戦いの正解なんざパイロットの数だけあるもんだ。そりゃどれも使いこなせればいいが、自分が生き残ってきたひとつの戦法だけに集中するのも正解のひとつだと思うぜ?


 だがシミュレーションなら死なないんだ。訓練なら別の切り口模索するもの悪くない。こりゃダメだと思えば実戦で使わなきゃいいし、下手くそでも普段と違う事ができれば生き残れることもある。まーそれもこれも結果論だがな。


「また戦って。次は勝つ」


 手だけ振って応える。オレは勝負事でお互いを称えあうとか嫌いなほうだ。どんな内容だろうと勝ったほうに褒められたら腹が立つんでな。


《ん、低ちゃん、さっきノシた子が気付いたよ》


(そいつは良かった。さすがにあれでご臨終じゃ、こっちが困ったところだ)


 初宮は生粋のおせっかいみてえだな。椅子から転げ落ちて悶絶してる女を助けてら。向井と夏堀はノータッチか。まあトラブルのにおいしかしねえもんな。


「初宮、助かる」


「ううん。大丈夫だよ」


 さぁて、どう出る? 第二ラウンド開始ならガキだろうとゲロくらいは吐いてもらうぞ。







(変な事になったな。シミュレーションはやるつもりだったから異存は無いけどよ)


《ウヒョヒョ。基地中のモニターがほとんどこの一戦で埋め尽くされてるよ。メチャクチャ注目されてる》


 たかが対戦に物好きな。パイロット以外にはおもしろいもんじゃねーぞ。


「玉鍵さん! 思いっきりやっちゃいな!」「勝つのは簡単だろう」「がんばってね!」


「(オメーらは見てないで自分の訓練しろや。今日含めて出撃まで二日しかねんだぞ)」


(おぉーいスーツちゃんッ、まるっと規制されたんだけどー!?)


《品性警察です。このセリフに含まれるお下品なセリフは削除されました》


(どこが下品だ!? 放送禁止ワードなんざ入ってないだろッ)


「「「「「玉鍵さーん!!」」」」」


《ほらほら、星川ちゃんたちも応援に来てくれたゾイ》


(話を逸らすなッ)


《うーん、イージスのパイロットスーツって基本色がピンクで薄くて、そこはかとなくエッチ♪》


(話ぃッ!)


 チィッ、都合が悪いと無視しやがって!


ST.<おいッ! なんでBULLDOGなんだよ!?>


 あん? オレが何に乗ろうが自由だろうが。向こうの乗機は獣型ビーストタイプか。シャインタイガー、確かにすばしっこそうだ。


ST.<聞こえてんだろ! 玉鍵ッ!>


(うっせえなぁ。何が不満なんだコイツ?)


《クンフーで来ると思ってたんじゃない? 今の低ちゃんが乗ってるロボットで認知度が一番高いのはクンフーだろうし》


(そうかぁ? 今のところ戦果は最低だぞ)


 リスタートの実戦で乗ったのは『BULLDOG』『38サーティエイト』『レスキューサンダー』『クンフーマスター』。この4機。


 戦果は前二つが多いがブルは廃棄、38サーティエイトは契約終了で降りた。レスキューは一回こっきり、クンフーの戦果は小型1で一番少ない。


 あ゛ー、思い出したら腹が立って来た。街を守ったわけだし、ちょっとちったあ報酬に色付けてくれるかと思ったが額は変わらなかったぜ、クソが。

 あの蚊から出てきた資源も高性能爆薬を製造できる火薬だったしな。さすがに爆薬なんてパイロットには買えないしオレもいらねえ。


 クンフー自体も格闘特化機って感じで使い辛い。せめてまともな飛び道具でもあるか飛行能力が無いと話にならん。どうしても使うなら戦区はごく狭い場所、例えば巨大施設なんかの内部で戦うなら使えるか? そんな戦場見たことねえけど。


「BULLDOGで十分戦える(だろ)」


 そっちは見た感じ射撃装備は貧弱みたいだしな。攻撃範囲外からオレだけペチペチ撃ちまくってやんよ。


ST.<ッ! 目にもの見せてやるッ>


(威勢はいいな。パイロットとしちゃ結構好きなタイプだわ)


 ……油断できないかもしれねえ。あんな感じの『押せ押せ』は勢いで思わぬ勝ちを呼び込むことがある。正真正銘のビビリで勝てるヤツはいない。戦闘は流れだ、どっかで勝負かけないと相手の優位に飲み込まれる。


《それで浮気者の低ちゃん、今回はどうするのかに?》


(浮気って、まあいい。もちろんサポート無しで行くさ。訓練だからな)


《負けたら赤っ恥だぞい》


(はっ、オレは勝ちたいんじゃない、生き残りたいんだ。シミュレーションの戦績なんざ知るかよ)


<二人とも用意はいいかね? では不肖、三島ミコトが開始の合図を送らせてもらおう。ゲームスタートだ!>


<Here Comes a New Challenger!!>


 ? 仕切り直して初戦なのに、こっちが受けて立つみたいな表示だな。まあいいか。






<放送中>


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 機体の背中からせり出したブーストポッドを全開放し、脚力に上乗せした速度で地面を滑る・・。ここまでの速度となると高速で鳴らす四足歩行の機体でさえ蹴り出しが追い付かない。


 足とブーストの立場は入れ替わり、速度の維持はポッドに任せて四つの足をブーストと同調させることで地面を掻き・・、シャインタイガーは加速するのだ。


 急激な加速による負荷はシミュレーションでは再現し切れない。肉体の限界を本能的に察知しているヒカルは、実戦においてこれほどの高速で機体を駆ったことは無かった。


 だがこれはシミュレーション。条件は向こうも同じ、こちらが肉体の限界以上の機動を行っても悪びれる必要はない。なによりヒカルにとってここが正念場だ。


(最初のロケットからキャノンまで、こっちのレンジ外からバカスカバカスカ撃ちやがって!)


 ヒカルはシミュレーション開始から終始不利を背負っていた。会敵距離が離れていたのがまず不運。


 近接戦闘を主体とし、メインのレーダーは他の分離機に任せているシャインタイガーには貧弱なレーダーしか搭載されていない。ヒカルは玉鍵のBULLDOGを探し四苦八苦していた。


 そこにいい加減・・・・にばらまいたロケット弾と、これよみがしに外した・・・キャノン砲が飛んできた。


 間抜け、私はこっちだと言うように。


(手加減したことを後悔させてやる!!)


 玉鍵の射撃センスならあの一発で致命弾を入れられたはずだ。ロケットは弾速が遅いので被害の中心部からだけは飛び退けるものの、周囲を包まれたらその爆圧の影響からは逃げられない。

 そして狙いをすましたキャノンの一撃は、決して頑丈ではない獣型ビーストタイプの装甲を易々と貫いていただろう。


「ぎっ、ぐっ、~~~っっっ!!」


 いくら速くても飛び道具を持つ相手にずっと直進はできない。脚部の負荷を承知で地面を蹴って機体を何度も横にスライドさせる。そのたびに耳から脳みそ、口から内臓が振り出されそうな気分にさせられる。シミュレーションでこれでは、実機でやったら確実に失神してしまうだろう。


「タイガーランス!!」


 持ち前のセンスで間合いが詰まったと感じとったヒカルは、シャインタイガーの奥の手、エナジー兵器『タイガーランス』を機体の正面に形成した。


 これは『破壊のエネルギー』を発射・・することなく、ビームソードのように機体へと留める白兵戦用の装備。


 これとブーストを用いた突撃戦法ランス・チャージ、タイガートルネードこそ、彼女の愛機シャインタイガーの必殺技だ。


「くらぇぇぇぇぇぇッッッ!! タイガァートルネェードッッッ!!」


 破壊のエネルギーを送り込まれた対象は、どんな装甲や中和フィールドを持とうと送り込んだエネルギーと同じ規模で破壊される。そしてそのエネルギーに包まれている限り、シャインタイガーは自分からの激突で生じるどんな衝撃を受けようとも相殺され、機体・パイロット共に無傷だ。


 赤く輝くエネルギーのランスがあるかぎり、正面に限ってはモーターガン程度の軽い弾など物の数ではない。唯一警戒すべきは弾の威力も質量もあるキャノンだけ。アサルトも後付けアドオン式ランチャーもこの突撃は止められない。


 そしてBULLDOGに搭載された唯一の対抗兵器であるキャノンは、高速で接近するタイガーに直前で命中こそしたが真芯・・を外してランスを逸れた。


(勝ったぁ!!)


 ヒカルは勝利を確信し、避けるためでなく速度を上乗せするために最後のひと蹴りを行う。そして命中のさいに掛かる負荷に備えて体を踏ん張った。


 衝撃は負傷しない程度に抑えられるが完全ではない。その実体験がヒカルの体を無意識に硬直させ備えさせた・・・・・


 ガチガチに。次の動作が咄嗟に出来ないほどに。初めて人を刺した人間がナイフを手から離せないほど固まるように。


(――――!?)


 モニター一杯に映っていたBULLDOGが消失する。ヒカルの動体視力でも追いきれないほどの速度。だが、それでも完全に見失うほどではない。


(下、に)


 ほんの一瞬だけ遅く感じた世界の中で、BULLDOGが仰向けに倒れたと認識する。


 ヒカルの最後の思考は、突撃の命中とは違う衝撃でかき消された。







<VICTORY!!>


ちょっとちっとこすい手だったな)


《タイガーが来たら自分から倒れ込んで突撃を避ける。で、無防備なお腹を撃つと。うーん、しょっぱい、しょっぱすぎるよ低ちゃん……》


(初戦のハイドザウルス戦で『できる操作』を増やすことも有効だと気付いたからよ。スーツちゃんの弄ったプログラムを『ボタンひとつでオートバランスを切れる』ショートカットにして、シミュレーションの個人設定キーに転写しといたんだ)


 ほんの一瞬だけだが、自分から倒れることで正面からの被弾面積を大幅に減らせる。うつぶせはともかく仰向けはいらねえかもしれねえがな。


《ま、いっか。ではスーツちゃんの評価です。相変わらず狙撃はヘタッピですが、前よりはマシになってます》


(この体の補正だな。腕自体は変わってない気がする)


《直射のキャノンはよく当てました。弾かれちゃったけどね》


(あれは正直焦ったわ。ドンピシャだったろ)


《タイガーの攻撃性能に撃ち負けた感じだったかな。同格なら抜けたと思う》


(慰めにもならねえがありがとよ。敵がこっちと同程度のロボット使ってくるなんて保障はないんだ。同じ性能だったら、なんて負け犬の遠吠えだよ)


《捻くれとるのぅ。勝ったんだから素直に喜ぶ喜ぶ》


(わーい♪)


《キモス》


(ぐ、総評頼めますかねぇ)


《40点。次はもうちょっと正攻法で勝ちましょう。奇策ばっかり使うと変なクセがつくよ?》


(グウの音も出ねえ……)


「玉鍵さぁん! すごいすごい! すごいよ!!」


 シートのメインモニター兼カバーが持ち上がった途端に星川が飛びついてきた。機械に巻き込まれるから完全に止まってから近づけや。指やら髪やら巻き込まれんぞ。つーか顔に当たる胸のプロテクターが痛えわ。


《ムフッ、やっぱり生地が薄いにゃあ。体の線がばっちりデブ》


(デブ、じゃねーわ。こういうスーツのところどころに付いてる薄いプロテクターって、意味あんのかコレ)


《スーツちゃんより低性能だけど瞬間硬化したり筋力補助ができる良いスーツだね。そのプロテクターっぽいのは、どっちかというとスーツを稼働させるバッテリーかな。装甲としては小口径の拳銃弾が防げるかどうかジャ》


 銃撃で一番狙われる腹は覆ってないあたりでお察しか。まあ操縦席周りの装甲抜いてくる攻撃受けたら、個人装備の防御程度じゃどうにもなんねえしな。


《スキャン終ー了ー。これでこのスーツと同じ姿にモーフィングできるよ》


(着ません)


「はいはい、お取込みの最中悪いね。次は合体状態で挑ませてくれないかい? もちろん枠はすでに取っている」


 ……ヘラヘラ笑ってる白衣のガキと、目がクセ毛で覆われている背の高い女が何かホザいてやがる。いや、目隠れは黙ってるがな。態度で同調してるって分かる仕草だ。


「待ちなさいよ、玉鍵さんは―――」


「この程度でバテるキミじゃないだろう? 勝ち逃げはよくない」


 こいつ強いな、星川が食って掛かろうとしたのを絶妙な間でいなしやがった。こういう周りの空気を支配できるヤツは大抵何しても強い。


 ……興味はある。あるが、今日は終わりあがりだ。


「まずチームメイトに聞くといい」


 シートからまったく出てこないあの女の状態、さあ次だって感じじゃねえぞ。それにもうオレの訓練に使う時間はリミットだ。


 根っこが生えたみたいにシミュレーション室からぜんぜん動きやがらない、うちのタコどもに発破かけねえといけねえんでな。


「問題ない。すぐに戦える」


 テメエにゃ聞いてねえ。


(スーツちゃん、あのパイロットの名前ってなんだっけ? 教えてくれ)


綺羅星きらぼしヒカル。珍しいね、低ちゃんが積極的に名前聞くなんて》


綺羅星きらぼし! 聞こえてるか! 負けたら何だった?」


 深呼吸するくらいの間があった後、綺羅星きらぼしのシートが開く。


「~~~っ!」


 顔を腕で覆った一人のパイロットが口を強く結んで、近くにいた連中を跳ね飛ばして駆け出していく。目的地は――――グラウンド。


「……どういうことだい?」


 白衣女が戸惑ってるがオレの知ったこっちゃねえ。相手のペースになる前に退散だ。


 ……負けたほうがグラウンド30周。どれだけ屈辱的でも決めたことは守る、か。


 綺羅星きらぼし、あいつぃーいパイロットになるぜ。

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